cat_oa-shujoprime_issue_0940de56d6d5 oa-shujoprime_0_0940de56d6d5_菜々緒、波瑠、木村文乃に高須院長「仮に彼女が整形だとしたら」 0940de56d6d5

菜々緒、波瑠、木村文乃に高須院長「仮に彼女が整形だとしたら」

2018年4月21日 12:00 週刊女性PRIME

左から波瑠、菜々緒、木村文乃

 NHK朝の連続テレビ小説『あさが来た』のヒロインでブレイクし、主演女優として順調にステップアップしている波瑠(26)。4月スタートの主演ドラマ『未解決の女 警視庁文書捜査官』(テレビ朝日系)は、鈴木京香との美女共演でも話題を集めている。

 また、数多くいるレースクイーンの1人から着実に芸能界の階段を上り、悪女役で女優に開眼した菜々緒(29)もドラマに引っ張りだこ。今クールの『Missデビル 人事の悪魔・椿眞子』(日本テレビ系)では初めてゴールデンタイムの連ドラ主演を張っており、女優としての存在感は揺るぎないものになりつつある。

 さらに、デビュー後は不遇の時期を過ごした木村文乃(30)も、CMや脇役で徐々に実力を発揮し、今やドラマ・映画に欠かせない女優に。4月1日からParaviで配信が始まった主演ドラマ「SPECサーガ完結篇『SICK’S 恕乃抄』~内閣情報調査室特務事項専従係事件簿~」も注目を集めている。

 顔も個性もさまざまな同世代女優だが、主演女優として誰が最も美しいのか? 美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長に話を聞いた。

――今や人気、実力ともに文句なしのアラサー人気女優である波瑠さん、菜々緒さん、木村文乃さんですが、みなさんおきれいですよね!(3人の写真を見せる)

高須「木村さんだけは、数年後に美的レースからは脱落するかも」

――美人女優と評されることも多いですが、どの部分がそう予感させるのでしょうか?

高須「人間は太っても、ヤセても、年齢を重ねても、エラと骨格っていうのは変わらないんです。今はまだ30歳で頬の肉もそこそこ残ってるけど、ヤセ型のようだし、このまま加齢で更にヤセたら、頬の肉だけ減り、頬骨だけはそのまま……となると、頬がくぼむんですよ。そうなるとグッと老けるよね。これ以上ヤセずに、せめてエラだけはボトックス注射で対策してほしいな~」

――まさかの老け予告! では、残り2名の老け予想は?

高須「波瑠さん、菜々緒さんの顔は骨っぽくないから、体形には左右されないでしょう。なので、こけた頬など老け顔になる可能性は低めです。それにしてもこの3名、意外にパッと目立つ美人はいないね」

――菜々緒さんは今や“美悪女”の代名詞、波瑠さんは伝説の美人女優・夏目雅子さんに激似と言われるなど、どう見ても美人だと思いますが……?

高須「菜々緒さんは、顔は普通ですよ。目・鼻・口などのパーツに比べて顔も大きいし。ただ、あの圧倒的なスタイルとクールな雰囲気で“美女感”を演出しているんじゃないかな?」

――菜々緒さん、確かに高校時代は普通の雰囲気ですね(と、高校1年生当時に載った雑誌を見せる)。ところで、菜々緒さんはこの10代の頃と顔が違うと、整形疑惑もささやかれています。

高須「う~ん、目をいじってるのか、アイプチでもしてるのか? 整形したとも言えない微妙な変化だね。でも、誰でも10代から20代後半は、顔や雰囲気が劇的に変化するんだよ! 顔も伸びて顎も成長するしね。それと、全体的に整ってるけど派手顔じゃないし、こういうタイプの顔ってメイク映えするんだよ。歌舞伎メイクが決まる系統の顔だね」

――若くてほぼスッピンだった頃と、メイクテクが上がった今では、顔も違って見えるのかもしれませんね。

高須「ちなみに、仮に菜々緒さんが整形だとしたら、今の流行の整形具合ですね。昔は驚くほど変わるのが良しとされていたけど、今は『メイクしている顔とすっぴんの差がない』程度にいじるのが人気で、菜々緒さんみたいな『アレ!? 最近きれいになった?』という微妙な変化こそ、今の整形なら理想的です」

3人を美的ランク付けすると


――メイク感覚でちょっと可愛くするのがトレンドなんですね。ところで、先ほど話題に上がった波瑠さんが夏目雅子さんに似ている説ですが、夏目雅子世代の院長としてはいかがでしょう?

高須「写真によってはハッとするほど似ているね! 特に目と口はかなり近いです。ただ波瑠さんのほうが、鼻があぐらをかいてるな」

――やはり、美容のプロである院長から見ても似ているんですね!

高須「大きくも小さくもない目と口はバランスがちょうど良く、輪郭とパーツのバランスもすごくいい。この3人の中なら、波瑠さんが一番美人でしょう。ただ小鼻が大きいのがちょっと残念かな。ちなみに美的ランキングでは、次点が菜々緒さん、最後に木村さんです」

――先ほど、老化警告が出た木村さんの顔はどんなタイプですか?

高須「男顔!! 京女とか、はんなり弱々しい役柄より、弁護士役とか強めのキャラクターがハマりそうですね」

――確かに、昨シーズンのドラマ『99.9 -刑事専門弁護士-SEASON II』では弁護士を演じて好評でした! その理由は、やはり骨っぽい顔にエラのせいでしょうか?

高須「そうです。やっぱりエラが張ってると、強情に見えちゃうしね」

――意外でした。一番クセのない顔で、いろいろな役がハマりそうだったので。女優としてのイメージは、菜々緒さんが一番強そう・怖そうなんですが……。

高須「それは、高身長だったり、役柄、それとこのキツネ顔メイクのせいだろうね。目と眉をキッと吊り上げてるメイクだから、そう見えるんでしょう」

――なるほど。3人ともブレイクするまでの下積み時代があり、となると根性があり、強い部分がありそうですが、そういう部分も顔に表れるものなのでしょうか?

高須「悔しい! 負けたくない! と思うと人は歯ぎしりをするし、歯ぎしりばかりしているとエラが発達します。全部のエラがそうではないけど、やっぱり根性があって負けん気が強い方は、エラ顔の方が多いですね」

――そうなんですね! ところで、3人とも今後も更なる活躍が期待されますが、「主演女優にふさわしい顔」というのはどんな顔だと思われますか?

高須「主張する顔であること! 韓流ドラマの女官役なんて、みんなきれいだけど、どなたも同じに見えるじゃないですか。なので、主演を張るなら個性があり、主張する顔であることだね。この3人にはすでにそれぞれ個性があるし、もっと飛躍すると思いますよ!」


<プロフィール>

高須克弥(たかすかつや):

1945年愛知県生まれ。医学博士。昭和大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程修了。脂肪吸引手術など世界の最新美容外科技術を日本に数多く紹介。金色有功章、紺綬褒章を受章。『その健康法では「早死に」する!』(扶桑社)、『筋と義理を通せば人生はうまくいく』(宝島社)、『ダーリンは70歳/高須帝国の逆襲』(Kindle版)、『行ったり来たり僕の札束』(小学館)、『ダーリンは71歳・高須帝国より愛をこめて』(小学館)。最新刊は『炎上上等』(扶桑社新書)。

高須クリニック

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cat_oa-shujoprime_issue_0940de56d6d5 oa-shujoprime_0_7d3f99891603_【ジャニー喜多川さん逝去】16年前の優しい“父”の姿 7d3f99891603

【ジャニー喜多川さん逝去】16年前の優しい“父”の姿

2019年7月16日 07:00 週刊女性PRIME

ジャニー喜多川さん(’03年) 撮影/本誌写真班

 病室に飾られた短冊の願いも叶わず……七夕から2日後、ジャニー喜多川社長がくも膜下出血で帰らぬ人となった(享年87)。

最愛の“息子”たちに送られて


 ジャニー社長といえば、古くはフォーリーブス、たのきんトリオ、光GENJI、SMAPから嵐、King & Princeまで今をときめく「男性アイドルグループ」を世に送り出してきた。

 最近では、滝沢秀明(37)が芸能活動を引退して、ジャニーズ関連会社の社長に就任するなど後進に道を譲ることも考えていたようだ。

 写真は’03年3月、そんなタッキーとジャニーズJr.たちがタイへ向かうときに同行した社長を本誌が撮影したもの。少年たちに優しく寄り添っている姿が印象的だった。

 今回、入院先の都内の病院では、歴代のジャニーズタレントたちが“父親”を見舞い、励ましていたという。そして最期は、そんな“息子”たちに看取られて……。

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cat_oa-shujoprime_issue_0940de56d6d5 oa-shujoprime_0_7563ed26d303_ジャニーさんの家族葬に訪れたタレントたちと「ホタテの貝柱」の関係 7563ed26d303

ジャニーさんの家族葬に訪れたタレントたちと「ホタテの貝柱」の関係

2019年7月16日 05:00 週刊女性PRIME

ジャニーさんの亡骸との対面のため、深夜に関連ビルを訪れた山下(1)

 それはまるで“国葬”のような弔いだった。事務所による発表から連日、マスコミ各社はトップニュースとしてこの訃報を報じた。なかには示し合わせたように出演者がみな“喪服”のように黒い服を着ているテレビ番組までも─。

 ジャニー喜多川(本名・喜多川擴)さん、逝去。享年87。

死因は、解離性脳動脈瘤破裂による、くも膜下出血だそうです。6月18日に自宅で倒れ、緊急搬送されました。ジャニーさんには、かかりつけの大学病院がありましたが、一刻の猶予もなかったため、運ばれたのは救命救急センターがある自宅近くの病院でした」(スポーツ紙記者)

 搬送翌日から、ジャニーズ事務所所属のタレントが多くお見舞いに駆けつけた。

「入院中は、ジャニーさんの意識はなかったようですが、ほとんどのタレントがお見舞いに来ました。病室にはマネージャーは入れず、タレントたちだけがベッドで寝ているジャニーさんと対面したようです。

 ジャニーさんの大好物で、よく合宿所や練習場に差し入れしていたハンバーガーや牛丼やホタテの貝柱なんかを、今回はタレントたちがジャニーさんのために病室に持ち込んで、ジャニーさんの前で食べていたようです」(芸能プロ関係者)

 80代後半となった近年も、ジャニーズJr.の面々のためにお弁当を発注するなど、次なる“スター”の育成に精力的に動いていたジャニーさん。

「“東京オリンピックまでは元気でいたい”と話していて、その後は仕事から退くことも考えていたそうですが、今年に入ってからは特に身体が弱ってきていました。

 3月くらいには車椅子を使うことがすごく増えていましたね。それでもたまに公演には足を運んでいました。そういったときはJr.の子などがジャニーさんの車椅子を押していました。最近では髪や肌も真っ白で、頬もかなりこけていましたね」(テレビ局関係者)

 自ら育てた“子ども”たちに囲まれた最期。子どもたちを愛し、そして愛された彼の葬儀は─。

「デビュー組やJr.たちが参列した“家族葬”は無事に終わりました。タレントが集まると、ファンも大勢来て大混乱になるので密葬となりました。

 亡くなった7月9日の夜には、遺体は病院からタッキーが社長を務める『ジャニーズアイランド』が入っている関連ビルに運ばれました。夜には山下智久さんをはじめ、多くのJr.も集まりました、嵐のメンバーは夜11時ごろまでお台場で収録があり、終わり次第、駆けつけたそうです」(前出・芸能プロ関係者)

 彼が愛し、プロデュースしたタレントたちは、本当に多くのファンに愛された。彼なきジャニーズ事務所はどうなってしまうのか。

 生前ジャニーさんは雑誌で次のように語っていた。

《ジャニーさんが死んじゃったら、あとはないんじゃないかって言う人がいるの。マネジャーなしで、自分でやれる人間ばっかりなんですよ。また、ボクがいるから、遠慮してるとこ、あると思う。ボクいなかったら、それこそ大活躍できるんじゃないかなあ。だから、ボクが知らん顔して消えちゃったとしても、十分できますよ》(『AERA』'97年3月24日号)

 新たに彼の演出、彼がつくるスターは、もう2度と見ることができなくなってしまった。今はただ、安らかに……。

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cat_oa-shujoprime_issue_0940de56d6d5 oa-shujoprime_0_bbc7e796eafb_ジャニーさん伝説「僕はデニーズのハンバーグが日本でいちばんおいしいと思う」ほか bbc7e796eafb

ジャニーさん伝説「僕はデニーズのハンバーグが日本でいちばんおいしいと思う」ほか

2019年7月16日 04:00 週刊女性PRIME

ジャニー喜多川さん

 ジャニーさんというと、“小柄な年配のオジサン”というイメージを持つ人もいるかもしれない。だけど、実に若々しい一面もあって……。

誰よりも食べるのが早かったことが印象的ですね。昔、KinKi Kidsの堂本光一さんが大阪で舞台をやっていたときに、ジャニーさんが見に来たことがありました。

 公演後にチャーハンの出前を頼んで、光一さんやスタッフ数名と食事をしたのですが、彼は、周りがまだ3分の1も食べていないときに食べ終えていたそうです。あまりの早さにみんな驚いていたそうです」(舞台関係者)

急発進、急ブレーキは当たり前! 危険運転常習者⁉


 仕事やレッスン後に、自分の車にJr.を乗せて最寄りの駅まで送ってあげることもあったそうだけど、運転は少々乱暴だったという。

「彼はとてもせっかちなんです。そのうえ、高齢ということもあってか、急発進や急ブレーキは当たり前だったそうですよ。駐車場でも白い枠の中に止めず、縁石に乗り上げてしまうこともあったんだとか」(レコード会社関係者)

3行以上は読まない!


 せっかちな性格は、スタッフと仕事の連絡をする際にも表れていた。

「メールやFAXでジャニーさんに連絡するときは、“文章が3行を超えてはいけない”というルールがあったそうです。彼は用件だけ確認したいから、3行を超えると読まないんです。だから、定型文としてよくある《お疲れ様です》などの挨拶はいらないから、1行ですませるよう徹底されていたといいます」(前出・レコード会社関係者)

とにかく庶民的!


 ジャニーズ事務所という超有名プロダクションの社長でありながら、その素顔は誰よりも庶民的だった。

好きなものを聞いたときに“僕はデニーズのハンバーグが日本でいちばんおいしいと思う”と話していました。贅沢なことにはいっさい興味がない人でしたよ。テレビ局などが宣伝用に作ったスタッフジャンパーや、もらい物のビニール製バッグをずっと使っていましたからね」(ジャニーズ事務所関係者)

 Jr.のレッスンを見に来たときは、差し入れを買ってくることも多かったが、その食べ物も庶民的だった。

「持って来るのは、いつもジャンクフードでしたね。両手いっぱいに、コンビニのスナック菓子やチョコ、ハンバーガー、フライドポテトなどを抱えてくるんです。育ちざかりの男の子たちが喜ぶものを熟知していたんだと思います」(テレビ局関係者)

 高価なものを避けたのには、こんな理由もあった。

「高級店のお菓子だと、数が少なくなりがちでスタッフやアルバイトまで行き渡りません。彼らが遠慮せずに食べられるものにしたかったのでしょう」(同・テレビ局関係者)

 立場が低い人のことを気遣える優しい一面はほかにも。

ジャニーズのタレントがアルバイトのスタッフに横柄な態度をとったときは、“この人たちのおかげでジャニーズが成り立っているんだよ!”と、ものすごい剣幕で怒ったそうです。誰に対しても謙虚でした」(ラジオ局関係者)

自分の所有物に興味なし!


 ジャニーズ事務所をはじめ、彼が所有している会社やビルは多いが、本人はそれらにまったく関心がなかったという。

子会社のスタッフが、自分が働くビルの前でジャニーさんと話していると、“ここが君の会社なの? いいビルだね”と言ったそうです。自分が社長の会社が所有していることを覚えていない様子でした」(前出・ジャニーズ事務所関係者)

 事務所には社長室もあるが、そこにも関心がなかった。

大理石を使った広い部屋なのですが、彼は全然来なかったそうです。常に掃除をして清潔にしていたのですが、あまりにも使われないので、そこが社長室だと知らないスタッフもいるみたいです」(同・ジャニーズ事務所関係者)

 亡くなってからも、彼の伝説は語り継がれることだろう。

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cat_oa-shujoprime_issue_0940de56d6d5 oa-shujoprime_0_4446569989b4_二宮和也、彼女との愛の巣から姿消す 4446569989b4

二宮和也、彼女との愛の巣から姿消す

2019年7月15日 17:00 週刊女性PRIME

二宮和也。7月1日『ARASHIEXHIBITIONJOURNEY嵐を旅する展覧会』囲み取材で

 '16年に『女性セブン』で元フリーアナウンサーの伊藤綾子との交際を報じられ、結婚間近といわれている二宮和也。昨年4月には、本誌でもふたりが都内にある二宮の自宅マンションで半同棲していることを報じたが、そんな“愛の巣”に変化が。

「最近、二宮さんも伊藤さんも全然見かけなくなりました。今年の初めくらいまでは、マンションの駐車場でふたり一緒にいるところをよく見かけたんですけどね……。住人の間では、すでに引っ越したのではないかと噂になっていますよ」(二宮と同じマンションに住む住人)

 ふたりはこのマンションで仲睦まじく生活していた。

「さすがにそろって外を一緒に歩くことはありませんが、駐車場ではよく買い物袋を持ったふたりを見かけましたよ。特に警戒している様子もなく、夫婦みたいな印象でしたね」(同・マンション住人)

 住み慣れた家から姿を消したのには、こんな背景がある。

「以前から、伊藤さんはネット上で二宮クンのファンからバッシングを受けていました。一部の過激なファンが彼の自宅を特定し、住所などを晒してしまったんです。身の危険を感じて引っ越したのではないでしょうか」(ワイドショー関係者)

 いまは、新しい家で周りを気にせず愛を育んでいる!?

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cat_oa-shujoprime_issue_0940de56d6d5 oa-shujoprime_0_1f1e50c7866a_『ランウェイ24』打ち上げで朝比奈彩がみせつけた“新人とは思えない振る舞い” 1f1e50c7866a

『ランウェイ24』打ち上げで朝比奈彩がみせつけた“新人とは思えない振る舞い”

2019年7月15日 04:00 週刊女性PRIME

ドラマ『ランウェイ24』の打ち上げに参加した朝比奈彩

 7月初旬、夜の六本木の一角に9頭身を誇るスタイル抜群の美女が現れた。モデルで女優の朝比奈彩だ。

「この日は、彼女が主演を務めるテレ朝系のドラマ『ランウェイ24』の打ち上げが六本木のレストランで行われたんです。第1話が放送された2日後のことで、撮影はすでに終わっているようですね」(テレビ朝日関係者)

 朝比奈にとってドラマ初主演となる今作は、パイロットだった亡き父に憧れ、航空業界に就職した副操縦士という役どころ。実際に存在する格安航空会社『Peach』を舞台にしたストーリーだ。

撮影にあたっては、Peachが実際に使用している飛行機や制服が使用されるなど、全面協力のもと行われました。東京オリンピックや大阪万博などで需要の高まりが期待できることもあって、このドラマの企画が実現したそうです。ビビッドな色使いがテレビでも目を引きますよね」(航空業界関係者)

 そんな艶やかな制服とは対照的に、打ち上げ会場に現れた朝比奈は全身ブラックでキメたシックなスタイルで、開宴時間の30分も前に到着。女優としてはまだ新人にも関わらず、主演を務めたからなのか、大物を感じさせるオーラを放っていた。

 ほどなくして、朝比奈の同僚の副操縦士を演じた白石隼也が会場入り。ほかにも、ベテラン俳優の小倉久寛や、元・ベイビーレイズJAPANの傳谷英里香、ソナーポケットのko‐daiなど、豪華な顔ぶれがそろい、宴はスタートした。

 2時間ほどで1次会は終了。すぐ近くにあるダイニングバーで2次会が行われ、日付が変わるころまで続いたのだった――。

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cat_oa-shujoprime_issue_0940de56d6d5 oa-shujoprime_0_021ce99e5cc6_松たか子の叱らない子育て、娘が騒いでも “笑顔で傍観” に隠されたメリット 021ce99e5cc6

松たか子の叱らない子育て、娘が騒いでも “笑顔で傍観” に隠されたメリット

2019年7月14日 21:00 週刊女性PRIME

松たか子

 7月7日から放送がスタートした日曜劇場『ノーサイド・ゲーム』(TBS系)に出演している松たか子。

「原作は池井戸潤さんの作品。大手自動車メーカーに勤務する主人公が左遷され、そこで低迷するラグビー部を立て直す物語です。主演を大泉洋さんが、彼の妻役を松さんが務めています。作中ではズバズバはっきりとモノを言う2児の母親役を演じています」(テレビ誌ライター)

ちょっと甘すぎるのでは?


 プライベートでも、松は'07年にミュージシャンの佐橋佳幸と結婚。'15年3月に長女を出産して現在は4歳になる娘の母だ。実際の彼女の子育てはというと、

「松さんの娘さんはまだ幼いこともあって、スーパーや公園などでほかの子どもたちと騒いだり、ケンカをしてしまうことがあります。そんなとき、ほかのお母さんは子どもを叱るのですが、松さんはニコニコしているばかりで怒りません。そんな彼女を見て“子どもに対しても優しいんだね”という声がある一方、“ちょっと甘すぎるのでは?”という声もあがっていますね」(近隣住民)

 松は、常に娘のことを考えているようで、過去の新聞でのインタビューでも、その思いを語っている。

《一緒にいられる時間がたくさんあったり、逆になかったりする差が激しい仕事をしているので、少しでも彼女の気持ちがおだやかでいられるようにできればいいなと思います》

 ただ、まったく叱らないのは気になってしまう。

「以前、静かにしていなければならない公共の場で彼女の娘さんがほかの子どもと騒いでいたとき、あまりにも松さんが叱らないので、ほかのお母さんがやんわりと注意したこともあったそうです」(別の近隣住民)

 週刊女性は、昨年2月にも都内の児童館で娘がほかの子どもとおもちゃの取り合いになったときに、叱らず穏やかに見守る松の様子を報じている。

 松の“叱らない子育て”にはどのような効果があるのか。一般社団法人 子育てカウンセラー協会理事長の角田智子さんに話を聞いた。

「人は誰でも、褒められたいですし、認められたいので、親に褒められながら育てられると素直な性格になりやすいです。頭ごなしに叱ってしまうと、親に何も言ってくれなくなってしまいます」

 子育てはそれぞれの家庭の方針が大きく左右するということも忘れてはならない。

「“伝えることはそのときに伝える”ことを大切に考える方もいらっしゃいます。ただ、松さんのように、公の場では叱らなくても、家に帰ってから子どもと2人きりの時間に言って聞かせるケースも多いです。

 公の場で叱ることで子どものプライドを傷つけないようにしているんです。そう考えると、公の場で叱らないからといって、一概に否定することはできないと思います」(角田さん)

 松が、子どもを叱らずに優しく見守るのも彼女なりの考えがあるのだ。

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cat_oa-shujoprime_issue_0940de56d6d5 oa-shujoprime_0_1bc3e696688a_ひきこもりを経験した31歳男性、母から受けた「支配」 1bc3e696688a

ひきこもりを経験した31歳男性、母から受けた「支配」

2019年7月14日 17:00 週刊女性PRIME

 現在、全国に100万人いると推測されるひきこもり。近年、中高年層が増加しており、内閣府は今年初めて、40歳以上が対象の調査結果を公表した。一般的には負のイメージがあるひきこもり。その素顔が知りたくて、当事者とゆっくり話してみたら……。

※写真はイメージです

喜久井ヤシンさん(31)のケース


 待ち合わせの喫茶店にやってきた彼を見て、「名探偵コナン」みたいな青年だなと思った。穏やかな表情だが、眼鏡の奥の目は非常に冷静で知的な印象である。エスニック調のファッションがセンスのよさを感じさせた。

 彼は小学校2年生から不登校になり、ずっと「学校へ行けなかった自分」と闘ってきた。

とにかく学校というシステムが合わなかったんです。何時から何時までそこにいなくてはならないという時間割が私の生理に向いていなかった。1時間目に国語があったら、頭は国語になっている。それなのに2時間目にすぐ算数の頭に切り替わらないんですよ

 喜久井ヤシンさん(31)は落ち着いた口調でそう言った。共働きの両親の間に生まれたひとりっ子。保育園に通うころは「たくさん遊んで楽しかった」と話す。小学校に入って、急にいろいろな規制や制約があることに心身が拒絶反応を示したのだろうか。

 実は私自身も、規則やシステムが守れない子どもだった。小学生のころ、全校生徒が校庭に並ぶとき待つことができず、ひとり列を離れて砂場で遊んでいた。先生が追いかけてくると捕まらないように逃げ回った。私は校庭で全校生徒がそろうのを、ただ列を作って待つのが無駄だと感じていたのだ。そろうまで砂場で遊んでいてもかまわないと思った。

 子どもから見れば、ことほど左様に学校のシステムは無駄が多い。私は開き直ったような態度を見せていたが、幼いころから繊細なヤシンさんはシステムへの恐怖感が私よりずっと強かったに違いない。

学校へ行けない理由は、単純な話じゃない


私が学校へ行かないことで母親は激怒、無理やり腕を引っ張って行かせようとしました。だけど、そうすればするほど身体が拒否反応を示すんです。全身が虚脱して動けない、頭痛、腹痛もひどくなる。結果、行けない状態になる

 周りはなんとかして学校へ行かせようとする。なぜなら「子どもは学校へ行くべき」だからだ。3、4年生のときは少しだけ行った。5、6年生になると、“保健室登校”はどうかと学校側から提案があった。ボランティアが来ていたので、そこに通った。

「ただ、ボランティアが“なぜ学校がイヤなの?”と聞くんです。時間割がいやだ、食べたくもないのに給食の時間だと無理やり食べさせられるのもいやだと言うと、不登校はそれが原因だと決めつけられる。学校へ行けない理由は、そんな単純な話じゃない。私だって親の期待を裏切って失望させて申し訳ないと思っていたし、できるならきちんと通いたいと思っている。自分が自分に裏切られているような気持ちだったんです

 不登校の原因は「自分でも説明しづらい」と彼は言う。彼の場合、病気でも、いじめでもない。学校のシステムになじめないのは一端である。そして、たとえいじめを受けても学校へ行っている人もいる。そんなことはわかっている。だからこそ他者には説明できないし、親も自分も裏切っているようでつらかった。

母から受けた「心配」という名の支配


 中学は入学式とその後、数日通っただけで行かなくなった。中学2年生の春から夏にかけては特別支援学級、3年生の半年ほどは校内のカウンセリングルームに、いずれも週2、3日行ったことがある。

「どこへ行っても気持ちが休まらなかった。学校へ行かせようとする親との妥協点がそんな感じだっただけ」

 卒業後は母親の要望により、サポート校に在籍した。サポート校は高等学校卒業程度認定試験の合格を目指す人などの学習を補助する、一種の塾のような場。彼は1学年の3分の1くらい登校しただけで、図書館へ行くことが多かった。

「親はもう学校へ行かないことには何も言わなくなっていました。父親はもともと私に対して、よく言えば“自然に接していた”、悪く言えば“放任”でしたから軋轢(あつれき)はなかったんですが、母親は心配性で過干渉。10代半ばからはそれがひどくなって、私がどこかに電車で出かけるだけで“大丈夫なの?”“危なくないの?”って。いつまでたっても幼児扱い。私がレトルト食品を湯煎しようと、鍋を火にかけただけで“あら、すごい。上手ね”って。私は幼稚園児ではないのに。

 そうやって幼児扱いするのは、結局、私への評価が低いからなんです。そして気づいた。本来、私自身が決めるべきことを、ずっと母が決めてきたことに。不登校の代替で特別支援学級やサポート校に行ったのもすべて母の要望。私には1度も決定権がなかった。私の人生なのに……。そこから怒りや憎しみが出てきたんですよね

 17歳のころだった。半年間、1歩も外に出ずひきこもっているうちに負の感情が増幅されていった。突然、悲鳴を上げたり号泣したりしたこともあるという。

自殺したいと思うようになって、自分に危機感を覚えました。そこで、自分で精神科医を探したんです。カウンセリングを受けたほうがいい、と。月に2回通ったけど、医師から特別なメッセージは受け取れなかった。ただ、ひとりで閉鎖的にならなかったのはよかったかもしれません。10代は何もしてこなかったなぁと絶望的な気持ちでした。本当に死にたいと思っていたけど、あと1年たてば何か変わるだろうかと思うところもあって、単純に延期して」

 最初は、彼が精神科に通うことを渋っていた母も、医師とは話をしてくれた。ヤシンさんは母親にアダルトチルドレン関係の本を渡して読んでほしいと頼んだ。ただ、母の反応は鈍かったという。

母は完璧主義者なんです。仕事をしながら家事も手抜きをしない。そんな母が子育てには失敗したことを認めたくなかったのかもしれません

 ヤシンさんは端的な言葉で、自分のことも母親のことも分析していく。

ひとりの人間として母と対話


 18歳になってから、彼は「シューレ大学」を知り、通い始める。ここは1994年に開設されたNPO法人東京シューレによるフリースクールだ。スタッフの助言を受けながら、自分が知りたいこと、表現したいことを学べる。ヤシンさんは美術と文学を中心にディスカッションをするなど、自分のペースで通った。

居場所としての役割が大きかったですね。家以外でそういう場所があるのは、いま振り返っても大事だと思う

 ただ、そのころは常にピリピリしていた時期でもあった。対人恐怖症であるかのように、「人にどう思われるか」を気にして、外出前は1時間も鏡を見ながら身だしなみを整え、気持ちを落ち着かせたほどだ。

 25歳のころ、母がシューレ大学の学費を払うのを渋るようになった。働くしかないかもしれない。彼は危機感を覚え、スタッフと母親と3人で話し合う機会をもった。

大きな転機になったと思います。私はこれ以上支配されたくないと、初めて母にはっきり言った。そして母の人生で何がつらかったのか、何がうれしかったのか、私のこと以外に興味があることは何か……。お互いにひとりの人間として話すことができたんです。母は若いころ、会社でいじめられていたそうです。そんな話も聞いたことがなかった。何ものとも比べようのない時間でした。母も私も、過去をなかったものとするのはやめて、向き合いながら勇気をもって進んでいこうという気になりました

 もちろん、それで母の性格が一気に変わるわけではない。だがシューレ大学を続けることには納得してもらった。そして、それを機にひとり暮らしを始めたいと母に言った。

「やはり抵抗されました。電気代とか水道代などの一覧表を見せて、どのくらいお金がかかるものなのかをわからせようとする。そして私が無理だと思う頃合いを見計らって、最後は“あなたが決めなさいね”って。母の中にはいつもストーリーができているんです。そこに私の行動をあてはめようとする。赤ちゃんを扱うように私に接する。それが我慢できなかったんですよね」

 結局、ヤシンさんはひとり暮らしを決行する。「親から援助を受けてですけどね。すねかじりの穀潰(ごくつぶ)しです」と自嘲的につぶやいた。

 だが結果的には、物理的に離れたことは大きかった。母の過干渉を受け止めることは、彼にはもうできなかったのだ。

家を出たら、まるでコルセットがはずれたような感じでした。母の“心配という名の支配”からやっと逃れることができた。母も伝え方が下手なんですよね。もう少し言葉できちんと伝えるとか妥協点を見いだすとかしてくれれば、話し合えるんですが

 家を出てからは断続的にアルバイトを始める。あまり人と話さなくてすむ倉庫での物流関係の仕事などを選んだ。

「最初は労働することは苦役に服することだと思っていました。ひきこもっていたことへのプレッシャーもついて回るんですよ。だって人と会うと“世間話”というものをしなければいけないでしょう。小学校のころどうだったとか、どんな給食が出たとかの話になると、ついていけない。だけどだんだん、適当に話を合わせることができるようになっていきました。その間、必死で闘っている状態でした」

 現在は週に3日、アルバイトで働いている。その合間には本を読んだり、文章を書いたり美術館へ出かけたりと、1日1日が充実している実感があるという。

ひきこもり経験もあってLGBT


 ただ、彼はもうひとつ「生きづらさ」を抱えてきた。

15歳のころからぼんやりと意識していたんですが、私は同性愛者なんです。親子関係で悩んだりひきこもったりしていたので、そちらが圧倒的な大問題で、LGBTは隠れていた。自分の中ではLGBTであることとひきこもりは直接の関係はありません。ただ、世間は異性愛を前提とした会話をするので、そういう世間話が出るとドキッとすることはあって、それが生きづらさにつながっていく。仕事先や親には言えません」

 シューレ大学やひきこもりの「居場所」などで少しずつ人とつながり、親しい友人には話せるようになったという。

「31歳、非正規で働いていて、ひきこもり経験もあってLGBT。それが私ですが、今の日本では本当に生きづらい。ただ、少しだけ自分で決定して歩いていけるようになっている気はします。世の中はすべて『~すべき』でできているでしょう。学校へ行くべき、就職するべきって。はたしてそれをきちんとこなしたとき、本人は楽しいのかというのが私の疑問なんです

 私自身、早々に世の中の「正規コース」からはずれた人間である。高校にはきちんと通えず、劣等生だったし、大学入学には2年も浪人した。かろうじて卒業はできたが、就職はしたことがない。できなかったというのが正しい。ずっとフリーランスで収入は不安定。「人生は楽しい」と諸手を挙げては言えないが、「生きてりゃいいこともある」程度には思っている。

 ヤシンさんと同じように「~すべき」と考えている人を見ると、つらくないかなと心配してしまう。余計なお世話ではあるけれど。どうせ誰もがいつかこの世を去っていく。それなら好きなことをしたほうがいい。

実家には年に数回、帰る程度です。数年前、父が入院したのでお見舞いに行ったとき、父が弱っている姿を見たら、私も少し本音で話せましたね。最近は、実家に行くたびに少しずつ滞在時間が増えています。母との関係も、時間をかけてもう少し良好になれたらと考えています。私たちにはまだ先があると信じて

 ひきこもり当事者の会に行けば、親と断絶している人たちもいる。「先に希望があると信じられただけ幸せかもしれない」と彼はつぶやいた。

 彼は仲間内でも「若くて知性に富んだ、非常に才能をもった人」と認識されている。自分では「多方面に興味をもったリベラルで寛大な者でいるつもり。複数のマイノリティーがあるため、そうでなければやっていけないんですけどね」と自分を分析する。

 私から見ると、やはり「名探偵コナン」のようだった。鋭い直感と緻密な分析、それを言葉にする理性と知性が彼には備わっている。

【文/亀山早苗(ノンフィクションライター)】


かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆

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樹木希林さん、最後の作品「幸せになんなきゃ」

2019年7月14日 14:00 週刊女性PRIME

『命みじかし、恋せよ乙女』 (C)2019OLGAFILMGMBH,ROLIZEGMBH&CO.KG

 昨年9月に亡くなった樹木希林さん(享年75)。日本を代表する大女優の世界デビュー作であり遺作となった映画『命みじかし、恋せよ乙女』が、この夏に公開される。

“今を生きる”私たちへのメッセージ


 本作の舞台はドイツと日本。酒におぼれて仕事も家族も失った主人公・カール(ゴロ・オイラー)と、彼の父親と親交のあった日本人女性・ユウ(入月絢)が人生を取り戻すために旅をする物語。忽然と姿を消したユウを探しに日本を訪れたカール。樹木さんはそんな彼に手を差しのべる“茅ヶ崎館”の女将であり、ユウの祖母でもある女性を演じている。

 実在する茅ヶ崎館は有形文化財にも指定され、1950年代には小津安二郎が、近年では『万引き家族』の是枝裕和も脚本の執筆のために宿泊すると言われている。樹木さんにとっても大変なじみの深い場所であり、オファーを受けたのには“茅ヶ崎館にもう1度行ってみたかったから”という理由もあったとか。

あなた、生きているんだから、幸せになんなきゃダメね

 理想の自分と本当の自分──。周りの期待にもがき、愛する人との別れに苦しむカールに対し、女将がかけたその言葉は、数々の名言を遺した樹木さんが発する言葉だからこそ、私たちの心に訴えかけるものがある

 女優人生最後となった本作。樹木さんのその姿を、言葉を、胸に焼きつけてほしい。

命みじかし、恋せよ乙女

8月16日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次公開

配給:ギャガ

(C)2019 OLGA FILM GMBH, ROLIZE GMBH & CO. KG

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『いだてん』第2章の見どころをチェック! 新OPの気になるポイント

2019年7月14日 13:00 週刊女性PRIME

(c)NHK

 大河ドラマ『いだてん』、ついに第2章がスタート! 主人公が違えば、時代も違う、新しい物語が始まるじゃんねえ! ということで、これからでも間に合う第2部の超チェックポイントをまとめてご紹介。

主人公のキャラが正反対!?


 第1章の主人公・金栗四三(中村勘九郎)は天真爛漫でまじめな青年だったけど、第2章の主人公である田畑政治は“口がいだてん”と言われるほどのマシンガントークでせっかちな性分。金栗は“日本マラソンの父”の異名で知られているけど、田畑ってどんな人物だったの……?

田畑政治とは?

 1898年12月1日生まれ、1984年8月25日没。東京朝日新聞(現・朝日新聞社)に入社し、記者として活躍しながら、水泳指導者として’32年開催のロサンゼルスオリンピックで日本代表の監督も務めた。その後、日本水泳連盟の理事長に就任し、のちに’64年開催の東京オリンピック招致の立役者に。

オープニングをよ~く見ると……?


 金栗が縦横無尽に街中を駆け回っていたオープニングは、第25回からは田畑がメインの映像にチェンジ。放送ずみの回のオープニングには、あの人もちゃっかり!?

「撮影時はグリーンバックで撮っているので、(その場では)どうなっているのかわからなくて。“もっと上を見て跳んで”や“そこで泳いでみて”と言われていた意味が、(完成されたものを)見てようやくわかりました。

 また、綾瀬(はるか)さんもやりたくなっちゃったらしく、急にセットに来て自転車をこいでるから“どうしたんですか?”って聞いたら“オープニングに出たくなった”って(笑)。出たい人は出られるみたいです」(阿部)

新キャラが続々と登場


 田畑を取り囲む新キャラが、第1部に負けず劣らずの超豪華すぎるキャストで続々と登場!

田畑の妻・酒井菊枝(麻生久美子)

 江戸時代から続く日本橋の老舗『酒井商店』の長女。無口でおしとやかな性格。新聞社では速記係を務め、早口でまくし立てる田畑の言葉やなぐり書きの文字を正確に読み取り、解読する。

田畑の通うバーのママ・マリー(薬師丸ひろ子)

 日本橋のたもとにある政治家・文化人たちが集うバー「ローズ」の名物ママ。何かにつけて未来を占おうとするが、いつも結果は逆に出てしまう。

田畑の同僚記者・河野一郎(桐谷健太)

 金栗を師と仰ぎ、陸上長距離選手として箱根駅伝で活躍。田畑とはスポーツを愛するよきライバルとして切磋琢磨するも、報道の無力さを痛感し、政界の道へ。

田畑の上司・緒方竹虎(リリー・フランキー)

 ひょうひょうとしながらも的確な判断力と信念を持つ政治記者。新人時代に“大正”の新元号をスクープしたことでも知られる。

日本水泳会の大スター・高石勝男(斎藤工)

 日本のクロールの第一人者。’24年パリオリンピックで、100メートル自由形と1500メートル自由形で5位に入り、日本人水泳選手として初めての入賞を成し遂げる。容姿も性格もバツグンで、特に女性からは絶大な支持を集めた。

日本人女性初の金メダリスト・前畑秀子(上白石萌歌)

「前畑、頑張れ!」の実況で有名な伝説の水泳選手。’36年ベルリンオリンピックで日本人女性初となる金メダルを獲得する。

NHKスポーツアナウンサー・河西三省(トータス松本)

 運動部記者として新聞社に勤務後、NHKに入局。’36年ベルリンオリンピックで前畑の凄絶なレースに興奮してしまい「前畑、頑張れ!」を20回以上、連呼した実況が有名。

大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』

毎週日曜、夜8時~ほか

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