「毎年、毎年が生き残りを懸けた勝負。正直、余裕なんてありませんよ」
吉田麻也がサウサンプトン在籍時、繰り返し口にしていた言葉だ。
吉田がプレミアリーグで戦った7年半を振り返ると、まさに山あり谷ありだった。
マウリシオ・ポチェティーノが指揮を執った在籍2シーズン目(13−14シーズン)は、ひたすらベンチ暮らしが続いた。オランダ人のロナルド・クーマン監督が率いた在籍4シーズン目(15−16シーズン)では、不慣れなサイドバックもこなした。
ポルトガル代表DFジョゼ・フォンテの移籍を機に、在籍5~6シーズン目(16−17、17−18シーズン)にはレギュラーの座を掴んだが、安定軌道に乗ったと思った矢先、監督交代で突如、ベンチに回された時期もあった。
決して安心することのできない、過酷な7年半の裏には、プレミアリーグ特有とも言える熾烈な競争があった。
巨額のテレビ放映権が毎年入ってくるプレミアリーグでは、各クラブが潤沢な資金を持つ。そのため、世界中から有力な選手を次々と買い漁ることができ、移籍市場が開く度に大物選手がやってきた。サウサンプトンも例外ではなく、選手の入れ替えはかなり激しかった。その様子は、成功者と脱落者がシーズン毎にハッキリと分かれるサバイバルゲームのようだった。
吉田の在籍期間中、サウサンプトンではデヤン・ロブレン(現リバプール)、トビー・アルデルワイレルト(現トッテナム)、ジョゼ・フォンテ(現リール)、フィルジル・ファン・ダイク(現リバプール)と、世界屈指のセンターバックが代わる代わるプレーした。
レギュラーだったCBがビッグクラブに移籍し、日本代表DFのチャンスが広がっても、クラブはすぐに代わりのCBを補強。常に吉田は3~4名の代表クラスのCBとポジションを争った。
その厳しい競争を勝ち抜くため、吉田は常に向上心を持ち続けた。先発した試合に勝利しても「続けていくことが大事」と、すぐに次を見据えた。
試合に出てもチームが負けてしまえば「結果を残さないと意味がないんです」と険しい表情を見せ、満足感に浸ることなく、常に前に進もうとした。
取材者としては、世界屈指のストライカーたちとのマッチアップに目を奪われた。いかに、日本人CBが世界トップのアタッカーを抑えるか。吉田が積み重ねた経験は、日本代表にとっても、今後活用できる貴重な財産となるだろう。
筆者が最も強く印象に残っている試合は、17年2月に行なわれたリーグ・カップの決勝。ファイナルの相手は、ジョゼ・モウリーニョ監督が率いたマンチェスター・ユナイテッドだった。舞台は、イングランド・サッカーの聖地、ウェンブリー・スタジアムである。
4−3−3の左CBとして先発した吉田は、相手の1トップを務めたズラタン・イブラヒモビッチとマッチアップする場面が多かった。吉田個人としてはイブラヒモビッチにやられることはなかったが、CBでコンビを組んだジャック・スティーブンスから崩され、元スウェーデン代表FWに2ゴールを許し、試合も2−3で敗戦した。
あと一歩のところでタイトルには手が届かなかった。要所、要所で決定的な仕事をこなしたイブラヒモビッチとのマッチアップについて、吉田は次のように振り返った。
「(イブラヒモビッチは)守備はほとんどしないから、(CBとしては)好きにやらせてくれる。だけど、その分スイッチが入った時は恐ろしい。流れのなかで、止めていても、やっぱり“一撃必殺”で点を入れてくる。時間帯によってエネルギーをセーブし、最後の最後で出力マックスで来るんだなと。その使い分けがベテランらしかった。
あとは存在感が大きいので、ディフェンスにとっては嫌だし、味方にとっては頼もしい存在だと思う。彼のような勝ち方を知っている選手とドンドン対戦して、自分もそこでのしのぎ合いで勝っていけば、また成長できると思う。彼のような選手たちとやれるプレミアリーグは、本当に素晴らしいなと思いました」
2014年までリバプールに在籍したウルグアイ代表FWルイス・スアレス(現バルセロナ)との対決も熱を帯びた。対戦時の取材ノートを読み返すと、ピッチ上で吉田が感じていた怖さがヒシヒシと伝わってくる。日本代表DFは、こう語っていた。
「スアレスは本当に厄介。南米の選手らしく、巧くて、ずる賢い。身体の使い方や駆け引き、手の使い方が本当に巧い。だから、変に飛び込むと一発で交わされてしまう。90分間、嫌なところをひたすら突いてくるから気が抜けない。
1対1の場面ではボールを取れることもあるけど、下手したら抜かれることもある。一か八かの仕掛けをしてくるから、それを8割止めることができても、あとの2割でやられてしまうこともある。10回中10回守らなければいけないDFの立場からすれば、非常にやりにくい。やっぱり世界でもトップクラスのストライカーだと思います」
フランス代表FWオリビエ・ジルー(現チェルシー)に対しても、吉田は闘志を燃やした。
高さと強さがあり、それでいて足もとの技術も秀逸なジルーは、前所属のアーセナル時代を含め、サウサンプトン戦を得意としていた。吉田は「毎回、毎回やられているから、ジルーだけには絶対にやられたくないと思っていた」と決意を語り、激しい肉弾戦を繰り広げた。
また、吉田は、ピッチ上でしか分からない貴重な情報も教えてくれた。
イングランド代表のエースであるFWハリー・ケインについては「そんなに身体は大きくないけど、実は身体がめちゃくちゃ強いんですよ」と、フィジカルの強さが武器であると語っていた。
アーセナルのMFメスト・エジルについても、「ボールの持ち方が非常にいやらしくて、取れそうで取れないところにボールを置いてくる。自分がコントロールできるところに保持している。だから、取れそうに見えて、実は取れない。バイタルエリア周辺をウロウロされると嫌ですね」と話していた。いずれも、取材席から眺めているだけでは知りえない情報ばかりだった。
こうして改めて振り返ると、吉田のプレミアリーグでの7年半は、「サバイバル」の一言に集約できるように思う。チーム内では熾烈なポジション争いに身を置き、一瞬たりとも気が抜けなかった。ピッチに飛び出しても、しのぎを削るのはワールドクラスのアタッカーたち。こうした刺激的な環境が、吉田をCBとして大きく成長させた。
プレミアリーグで戦うことの難しさは、同じアジア人としてイングランドでプレーする韓国代表FWソン・フンミンも痛いほど知っている。吉田のイタリア1部サンプドリアへのレンタル移籍発表後、イングランドで身を削ってきた日本代表DFについて次のように語った。
「競争の激しいプレミアリーグで7年半も戦い続けた事実が、彼の偉大さを物語る。本当に凄いことだよ。同じアジア人として、とても誇りに思う。イタリアでの幸運を祈っている」
さらなる成長を期してイタリアへと旅立った吉田麻也。プレミアリーグでの経験は、新天地サンプドリアでも大きな武器になるのは間違いない。
取材・文●田嶋コウスケ
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