cat_oa-rp92670_issue_893be9b2e6ee oa-rp92670_0_893be9b2e6ee_『いきなりマリッジ3』第9話ーー出会って30日目、婚姻届提出なるか? 新郎新婦が下した決断に涙 893be9b2e6ee 893be9b2e6ee 『いきなりマリッジ3』第9話ーー出会って30日目、婚姻届提出なるか? 新郎新婦が下した決断に涙 oa-rp92670

『いきなりマリッジ3』第9話ーー出会って30日目、婚姻届提出なるか? 新郎新婦が下した決断に涙

2020年1月15日 07:00 Real Sound

 初対面の男女が出会ったその日に婚姻届を書き、そのまま30日間の“新婚”生活を送る“新婚”観察リアリティーショー『いきなりマリッジ』待望の第3シーズン。その第9話が、1月11日よりAbemaビデオにて配信されている。

(関連:水嶋ヒロが語る、結婚生活と大切にしていること「ずっと温かい家庭を築くのが夢だった」

「正直もっと好きになりました」

 “新婚”生活29日目、最終決断直前のインタビューで、新婦ヒナ(24歳)への想いを話した新郎ジュンペイ(39歳)。二人はついに答えを出す。

 “新婚”生活28日目。スタッフから「どういう日にしたい?」と問われたヒナは「全力投球って感じ」と笑うが、最終決断を前に「ジュンペイはまだ(自分を)作ってる気がする」と不安も漏らしていた。

 ジュンペイが企画したデートに出かける二人。ディナーを楽しむ中で、ジュンペイは、本来自分が「女の子に優しくしない」ことや「気を使えるタイプではない」ことを打ち明ける。この“新婚”生活で「女の子には優しくしなくては」と意識した結果、ヒナに気を遣わせてしまったと反省するジュンペイ。気になる人の前だと「嫌われたくない」などの思いから、なかなか素が出せないという。ジュンペイが「素の俺を見せていない状態で(結婚の)判断は難しいかも」とこぼすと、ヒナはすかさず「それ思ってた」と突っ込んだ。

 ディナーのあと、ジュンペイはヒナに東京湾ナイトクルーズを用意していた。ジュンペイからのサプライズに感激したヒナは「なんかお姫様になった気分」と大興奮。無邪気に笑うヒナに、ジュンペイがキスをする場面もあった。

 夜の東京湾を眺める二人。ヒナが「もう合うかもしれんって思ってきた。わからん、悩むわ」と複雑な心境を口にすると、ジュンペイは彼女を優しく抱きしめる。思わず涙を流すヒナは、「めっちゃ重く感じる」と本音を打ち明けた。そんな彼女を見て、ジュンペイは「俺はヒナがどんな答えを出してもちゃんと受け止める。どんな答えであっても」と想いを伝える。これは、ヒナが見たかったジュンペイの素顔ではないかもしれない。だが、ジュンペイからは、ヒナへの強い想いが伝わってきた。

 “新婚”生活29日目。“新婚”生活初日にヒナが「一緒にやりたい」と言っていた餃子作りを二人ですることに。リラックスした雰囲気で最後の晩餐を楽しむと、ヒナは「“ごちそうさまでした”が悲しいー」と嘆く。そんなヒナにジュンペイが「30日間ありがとう」と5本のバラを手渡した。「あなたに出会えた心からの喜び」を意味する花束に感動するヒナ。そして彼女もまたジュンペイのためにプレゼントを用意していた。

 この夜、二人はお互いに「ありがとう」と“新婚”生活での感謝の想いを何度も伝え合っていたが、その後のインタビューでヒナは「バラ自体は嬉しかったけど、(ヒナに対するジュンペイの)気持ちを伝えてほしかった」とモヤモヤした気持ちを吐露している。

 決断の日。朝起きてきた二人はテーブルに着席し、面と向かい合ってお互いの“答え”を告げる。対面した二人は、緊張した面持ちだ。

 ジュンペイの答えは「YES」。ヒナと過ごすうちに「結婚したい」想いが日に日に強くなっていったと振り返るジュンペイは、「俺はもう一度、家族とか友達を呼んでヒナと結婚式がやりたいなと思いました。改めて結婚してください」と告白する。真剣な彼の言葉に、ヒナの目からは涙が光った。ジュンペイは涙を流すヒナを優しくなだめながら、彼女が下す決断を待つ。

 ヒナは「泣くと話せなくなるから」と、前日にしたためた手紙を読む。

 ヒナの答えは「NO」だった。「30日間ありがとうございました」と感謝の気持ちから始まる手紙には、ジュンペイが友達の前で見せるテンションについていけなかったことや、家族に紹介してもらえなかったときに「大事にされていない」と感じてしまったこと、ジュンペイのことを100パーセント好きだと感じられなかったことなどが綴られていた。ヒナは改めて「100パーセント好きだと思える人と結婚したい」と主張する。ジュンペイはヒナの運命の相手にはなれなかった。

 それでも二人は、一緒に過ごした30日間に後悔はないと語る。ヒナは「こんなわたしと一緒にいてくれて、たくさん成長させてくれて本当にありがとう」と手紙を締めくくり、彼女の想いを聞いたジュンペイもまた「一緒に過ごせてよかった。ありがとね」と優しく言葉をかけた。

 気丈に振る舞っていたジュンペイだが、一人部屋に戻ると、感情が抑えきれずに涙を流す。そんな姿を見て、もらい泣きしてしまうヒナ。別れのとき、二人は何度も「ありがとう」と言い合いながら、強くハグをした。

 ヒナは別れの決断に「後悔はないです」「二人っぽい終わり方でよかったです」と晴れやかな表情でコメント。ただ、スタッフから結婚の意思を伝えられたときの心境を問われると「奇跡が起きないかな。どっかで会いたいな。成長したヒナに会ってほしい、もう1回だけ。ずるいけど、それは」と切ない笑顔を見せた。

 ヒナが去ったあと、静かに涙を流していたジュンペイだが、「離れる寂しさ(の涙)というよりは悔しいですね。ヒナと出会えてよかった。良い子と出会えたなって」と微笑みながら、これまでの生活を振り返る。

 番組MCの陣内智則、紗栄子、ゲストの水嶋ヒロは別れの決断を悲しみながらも、どうしても埋められない溝を真摯に伝えたヒナの手紙を絶賛。たった30日間でお互いを深く理解し合わなければならない難しさに絶句し、「結婚がよりわからなくなりました」と呟きながらも、「この30日があったから、次の幸せがあるのだと思ってほしい」とジュンペイとヒナの未来に思いを馳せた。

 初めて出会ったとき、「30日後も一緒にいたい」と願った二人。本当の結婚は成立しなかったが、この“新婚”生活を通じて、二人は相手を理解することの難しさや、相手を思いやることの大切さなど、多くのことを学び、得てきたのではないだろうか。次週からは、“ハイスペ夫婦”の30日間の“新婚”生活が始める。新たな二人の未来はどうなるのだろうか。(文=片山香帆)

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cat_oa-rp92670_issue_893be9b2e6ee oa-rp92670_0_3eaa0c0beaac_眉村ちあき、ストリーミングライブツアー第2弾はアラスカ・北極・南極・アフリカへ 3eaa0c0beaac 3eaa0c0beaac 眉村ちあき、ストリーミングライブツアー第2弾はアラスカ・北極・南極・アフリカへ oa-rp92670

眉村ちあき、ストリーミングライブツアー第2弾はアラスカ・北極・南極・アフリカへ

2021年5月7日 21:30 Real Sound

 眉村ちあきが、最新アルバム『日本元気女歌手』を提げたストリーミングライブツアー『飛び出せ!日本元気女歌手ツアー ~ニューヨーク・パリ・ロンドン編~』の続編、『飛び出せ!日本元気女歌手ツアー ~アラスカ・北極・南極・アフリカ編~』を6月24日より配信する。

(関連:眉村ちあき、配信ライブで各国への旅を擬似体験 “一度しかない”ステージに賭ける熱い思い

 眉村ちあきは、本日5月7日19時よりメジャーデビュー2周年記念ライブ『自由に生きて、強く死ぬ!!!!!!!!!』を配信。そのライブ中に同ツアーの開催を発表した。“時空を超えたり魔法も使える配信ライブとリアルなライブの良いところ取り”という趣向を凝らしたハイブリッドライブ第2弾となる予定だ。(リアルサウンド編集部)

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cat_oa-rp92670_issue_893be9b2e6ee oa-rp92670_0_180971960d99_米YouTuberが“木製のSwitchコントローラー”を作成 180971960d99 180971960d99 米YouTuberが“木製のSwitchコントローラー”を作成 oa-rp92670

米YouTuberが“木製のSwitchコントローラー”を作成

2021年5月7日 20:30 Real Sound

 米DIY YouTuberのPeter Knetter氏が、木材で作ったNintend Switchのプロコントローラーを披露した。制作における全ての工程は、同氏のYouTubeで確認できる。

【写真】木製のSwitchコントローラーはこうして作られた

 まずKnetter氏は、Switchのプロコントローラーのパーツを分解し、持ち手部分をカットした。次に木材を2つに分け、それぞれ本体の表、裏面の形に合わせて削っていく。

 ドリルでボタン用の穴を開ければ、コントローラーの表面が出来上がる。

 裏面も同様に作成し、中にコントローラーを配置した状態で表面と組み合わせ、ネジで止める。そして別パーツとして作っておいた持ち手部分を装着。最後に、同氏が自作した十字ボタンやR/Lスティックなどの各種ボタンを取り付ければ完成だ。

 Knetter氏が1番不安だったというABXYボタンも無事動作することが確認され、ホッとした様子を見せた。また任天堂が段ボールで作るVRグラスやコントローラーを販売していることに触れ、「段ボールではなく、木材のコントローラーを作るべきだ」とジョークを口にする場面も。

 動画のコメント欄には、「独創的で最高!」といった声のほか、「次はコンピューターを木で作ってほしい」とさらに難易度の高い要望も見られた。しかし優れたDIYスキルをもつKnetter氏になら可能かもしれない。次回作を楽しみに待とう。(堀口佐知)

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cat_oa-rp92670_issue_893be9b2e6ee oa-rp92670_0_012b19792461_NiziU RIMA、4タイプの自撮り写真投稿 “英語動画”の予告も 012b19792461 012b19792461 NiziU RIMA、4タイプの自撮り写真投稿 “英語動画”の予告も oa-rp92670

NiziU RIMA、4タイプの自撮り写真投稿 “英語動画”の予告も

2021年5月7日 19:30 Real Sound

 NiziUのRIMAが、5月7日にグループの公式Instagramを更新した。

(関連:「メガネタイプ」のNiziU RIMA

 RIMAは、メガネ姿や大人っぽい表情を見せた自撮り写真など4枚投稿。「1 2 3 4 どれがタイプ~?」と投票式でファンに質問を投げかけた。

 また、これまで二度に渡ってメンバーのNINAと共に英語の動画を投稿してきたRIMAは、「今度英語動画の第3弾も載せるから待っててね~」と予告している。(リアルサウンド編集部)

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cat_oa-rp92670_issue_893be9b2e6ee oa-rp92670_0_d2ae9ec867db_日本アニメのような設定は観やすさ抜群 非日常へと誘う『ラブ・セカンド・サイト』 d2ae9ec867db d2ae9ec867db 日本アニメのような設定は観やすさ抜群 非日常へと誘う『ラブ・セカンド・サイト』 oa-rp92670

日本アニメのような設定は観やすさ抜群 非日常へと誘う『ラブ・セカンド・サイト』

2021年5月7日 19:00 Real Sound

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、コロナで映画を観る本数が一気に減ってしまった安田が『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』をプッシュします。

■『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』

 約1年の延期を経て公開された『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』。『あしたは最高のはじまり』のユーゴ・ジェラン監督と『エール!』の製作陣が再タッグを組んだ本作は、若くして結婚したジェラン監督が、自身の結婚生活を見直すことで生まれた、オリジナルのラブストーリーです。

 高校時代、一目惚れから結婚したラファエルとオリヴィアだが、人気SF作家として多忙な日々を送るラファエルと、小さなピアノ教室を開くオリヴィアの夫婦生活はすれ違いが続いていた。2人が大喧嘩をした翌朝、見覚えのない部屋で目覚めたラファエル。そこは、自分はしがない中学教師で、オリヴィアは人気ピアニストとして活躍する、立場が逆転した“もう一つの世界”だった。そして、その世界のオリヴィアはラファエルを知らなかった。

 パラレルワールドへ迷い込むラブストーリーというファンタジックな設定が特徴的な本作。こういった設定は、日本のアニメーション作品で多く慣れ親しんだものではないでしょうか。『君の名は。』の大ヒット以降、日本ではさまざまなSFとボーイミーツガールを掛け合わせた作品が生まれましたが、日本人がハマる題材とも言えます。

 立場が逆転した世界で、主人公のラファエルは、なんとかして再びオリヴィアに振り向いてもらうべく、あの手この手でオリヴィアに近づきます。その過程で、以前の自分自身を顧みて、自分が失ってしまった愛を取り戻していきます。純度の高いラブストーリーですが、コメディとしても完成度の高い一作となっています。

 その要素を大きく担っているのが、ラファエルのユニークな親友フェリックスを演じたバンジャマン・ラヴェルネの存在です。『最強のふたり』の監督コンビ、エリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュによるコメディ映画『セラヴィ!』でセザール賞の有望若手男優賞を受賞し、本作では助演男優賞にノミネートされたという気鋭のコメディ俳優であるラヴェルネ。主人公の親友ポジションという立ち位置で、ラファエルをフォローしていくのですが、その抜けっぷりがなんとも言えない笑いどころに仕上がっています。

 また、ヒロインのオリヴィアを演じるジョセフィーヌ・ジャピが非常にチャーミングです。ラブストーリーという特性上、ヒロインの魅力というのは作品の完成度に大きく関わってきますが、立場が逆転した世界でのオリヴィアの高嶺の花感や、時折見せる愛くるしさを存分に表現しています。

 インタビューでも、「ずっと私の心の中に残っていく作品」と語っていた(参考:『ラブ・セカンド・サイト』が共感できる理由 オリヴィア役ジョセフィーヌ・ジャピに聞く)彼女ですが、今後も注目すべき女優であることは間違いありません。

 先の見えない日々が続きますが、本作は笑いと涙に溢れ、そして最後にはほっこりするという非日常を味わう2時間の旅へと観客を連れて行ってくれます。休日のお供の一作に加えてみるのはいかがでしょうか。(リアルサウンド編集部)

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cat_oa-rp92670_issue_893be9b2e6ee oa-rp92670_0_7cf364ed8d0d_シトロエンが「1人乗りの超小型EV」公開 都市部でのちょい乗りに便利? 7cf364ed8d0d 7cf364ed8d0d シトロエンが「1人乗りの超小型EV」公開 都市部でのちょい乗りに便利? oa-rp92670

シトロエンが「1人乗りの超小型EV」公開 都市部でのちょい乗りに便利?

2021年5月7日 18:30 Real Sound

 フランスの自動車メーカー、Citroën(シトロエン)が、商用小型EV「My Ami Cargo(マイ・アミ・カーゴ)」を公開した。本製品は、昨年発売された小型EV「Ami(アミ)」を、運送業者や建設業者向けに商用モデル化したものだ。

【写真】超コンパクトなEV「マイ・アミ・カーゴ」

 「アミ」は全長2.41m、全幅1.39m、全高1.52mと超コンパクトな2人乗りEVで、バッテリーの容量は5.5kWh、航続距離は69kmとなっている。フランスでは講習を受ければ、免許なしで14歳から運転することができるようだ。ただし最高速度は時速45kmに制限されており、高速道路を走ることはできない。ヨーロッパ各国の都市部には細い路地も多く、小回りの利くコンパクトなEVは大いに活躍することだろう。

 また「アミ」は、米国でカーシェアリングサービスの開始を発表している。ワシントンDCから始まり、すぐにポートランドとロサンゼルスで利用可能になるという。ヨーロッパに比べて道幅が広い米国で、超小型EVがどのような評価を受けるか注目だ。

 対して今回発表された商用モデル「マイ・アミ・カーゴ」は、「アミ」の助手席部分が貨物スペースとなっており、400L以上の荷物を搭載できるという。貨物スペースと運転席とのパーテーションは可動式で、荷物の量によって調節できる。価格は約7,800ドル(約85万円)からとリーズナブルだ。

 残念ながら両モデルともに日本市場へのリリース予定はないようだが、日本でも都市部でのちょい乗りに便利なEVがあっても良いだろう。(堀口佐知)

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cat_oa-rp92670_issue_893be9b2e6ee oa-rp92670_0_789695542253_羽生まゐご、りりあ。をボーカルに迎えた「オノマトペ」配信リリース 新アーティストビジュアル&ジャケット公開 789695542253 789695542253 羽生まゐご、りりあ。をボーカルに迎えた「オノマトペ」配信リリース 新アーティストビジュアル&ジャケット公開 oa-rp92670

羽生まゐご、りりあ。をボーカルに迎えた「オノマトペ」配信リリース 新アーティストビジュアル&ジャケット公開

2021年5月7日 18:00 Real Sound

 ボーカロイドプロデューサー・羽生まゐごが、トイズファクトリー内レーベル<VIA>よりデジタルシングル「オノマトペ (feat.りりあ。)」を5月14日に配信リリース。それに伴い、新アーティストビジュアルとジャケットデザインを公開した。

(関連:じん、バルーン、羽生まゐご……邦楽シーンに影響を与える期待のボカロPアーティスト

 本作は、TikTokフォロワー数130万人超え、若者を中心に幅広い年代から支持を集めるVIAフラッグアーティスト、りりあ。がボーカルとして参加。羽生まゐごが得意とする和テイストにチャイニーズ風なアレンジが加えられたサウンドに乗せて、りりあ。が表現力と歌唱力を活かし女性の喜怒哀楽を歌い上げた楽曲に仕上がっている。羽生まゐごの新アーティストビジュアルとジャケットデザインは、新進気鋭のイラストレーター内田晟が担当した。

 今年、羽生まゐごは新プロジェクトとして、ボーカリストを迎えての楽曲リリースを予定。羽生まゐごの今後の活動を思わせる特設サイトも公開している。(リアルサウンド編集部)

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cat_oa-rp92670_issue_893be9b2e6ee oa-rp92670_0_0d3938183950_Twitterが投げ銭機能「Tip Jar」をリリース パクツイ、無断転載増加を懸念する声も 0d3938183950 0d3938183950 Twitterが投げ銭機能「Tip Jar」をリリース パクツイ、無断転載増加を懸念する声も oa-rp92670

Twitterが投げ銭機能「Tip Jar」をリリース パクツイ、無断転載増加を懸念する声も

2021年5月7日 17:00 Real Sound

 Twitterは、Android・iOSアプリ向けに投げ銭機能「Tip Jar」をリリースした。これにより、ユーザーは支援したいアカウントに直接送金できるようになる。日本語圏への適用時期は未定だが、ユーザーの間では早くも話題になっている。

【画像で説明】Twitter投げ銭機能「Tip Jar」の使い方

 この機能を利用するには、まずプロフィール編集画面から「Tip Jar」を有効にし、支払い方法を選択する。次に、投げ銭したいアカウントのプロフィールページに新しく表示される「お金」アイコンをタップすれば送金が行える。

 現在新機能を利用できるのは、言語を英語に設定しているユーザーのみで、投げ銭を受け取れるのもクリエイター、ジャーナリスト、専門家、非営利団体などに限定されているが、今後対象言語・ユーザーを拡大していく見込みだという。Twitterは今回のリリースについて、「私たちはTwitterでの会話を通して、フォロー、リツイート、いいね以外の方法で、皆さんがお互いにサポートし合える仕組みを提供したいと考えている」と述べている。

 これまでクリエイターからは「Twitterでバズっても1円も入らない」と言われており、今回の「Tip Jar」リリースは、彼らがサービスを利用する動機付けとなることだろう。一方で、画像の無断転載や、文章をそっくりコピーする、いわゆる“パクツイ”でフォロワーを稼いでいるアカウントがマネタイズできてしまうといった問題点も指摘されている。

 同社はこの点に対応するのだろうか。動向を見守ろう。(堀口佐知)

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cat_oa-rp92670_issue_893be9b2e6ee oa-rp92670_0_63356701d5ba_福嶋亮大が語る、平成文学の負債と批評家の責務 「灰から蘇ってくるものも当然ある」 63356701d5ba 63356701d5ba 福嶋亮大が語る、平成文学の負債と批評家の責務 「灰から蘇ってくるものも当然ある」 oa-rp92670

福嶋亮大が語る、平成文学の負債と批評家の責務 「灰から蘇ってくるものも当然ある」

2021年5月7日 17:00 Real Sound

 福嶋亮大氏は昨年9月、『らせん状想像力 平成デモクラシー文学論』を刊行した。「私―異常な主観」、「世界-ディストピア」、「言語-俗語化の浸透」といった傾向のみられた平成30年あまりの文学について考察した内容だ。舞城王太郎、川上弘美、村上春樹、多和田葉子、高橋源一郎、阿部和重、高橋源一郎、村上龍などなど……。ナラティヴ、内向、政治と文学、私小説、犯罪、歴史と虚構などのテーマに沿って多くの作家、作品が論じられている。昭和から平成、そして令和の今に至るまで日本の文学はいかに変わったのか、あらためて著者の見解を聞いた。(円堂都司昭/4月16日取材)

意識のもつ不安定さや空虚さを、平成文学はかたどっていた
福嶋亮大氏
――『らせん状想像力』は、まず「はじめに」で問題群を提示した後、第一章の「舞城王太郎と平成文学のナラティヴ」に入ります。福嶋さんは2004年に東浩紀氏が発行していたメールマガジン「波状言論」へ投稿した舞城王太郎論で批評家デビューしたわけですが、今度の本でも舞城を語ることから平成文学論を始めている。2001年にデビューしたこの作家にもともと思い入れがあったのですか。

福嶋:今となっては思い出すのが難しいのですが、それまでの文学とは違う変な作家が出てきた印象はありました。たんにマンガとかアニメの上辺だけを吸収して書いたのではなく、異種交配を通じて文学を荒々しく引き裂くことによって、もう一度文学の表現技術を書き換えようとする。そうすると当然、穴だらけで壊れやすい文体になるけれども、それが平成の日本社会の崩壊過程とシンクロしていた。当時は「綺麗事ではもう済まない」という気分が、文化にいちばんストレートに出ていた時期だと思います。逆に、震災以降の出版界では平気で綺麗事を言う人が増えて、困ったものですが。

 1つポイントになるのは「象徴的貧困」です。明治から昭和まで100年近くかけて築いてきた文化的な資産から、舞城の世代は切断されていた。しかし、その貧しさを逆手にとる形で、暴力にまつわる概念的な問題をとらえようとしていた。舞城王太郎だけじゃなくて、同じくメフィスト賞から同時期にデビューした佐藤友哉もそうで、2000年代前半の作品は荒々しくて暴力的である半面、概念的な自己言及がそこかしこに入っていたのがよかった。抽象度を上げた言葉でなければいえないことが彼らにはあったのだろうし、初期の佐藤さんなんて「信頼できない語り手」しか信頼しないぞという、がけっぷちの風情もあって、しかもその悲惨な境遇から不思議と思弁的な時間論を語ったりする。そのねじれ方は面白かったですね。

――福嶋さんは1981年生まれですから、平成が始まった1989年にはまだ10歳になっていなかった。舞城作品を読んだ時は20歳くらいですか。

福嶋:20代前半ですね。

――それ以前に最初に出会った文学はなんでしたか。そこから過去にどうさかのぼり、自身にとっての文学史をどう再構成していったんですか。

福嶋:なんといえばいいか……。僕は特定の小説家、特定の作品に影響を受けたことはあまりないんです。どちらかというと、文学という営みそのものに興味があった。普通は好きな作家がいてそこから自分の好みを拡大していく形でなにかを書いていくんでしょうけど、僕は作家からスタートしていない。そこはちょっと特殊なところかもしれません。つまり、象徴的貧困ってのは舞城さんや佐藤さん以前に、要するに自分自身のことですね(笑)。生きることに中身がなくて、骨組みだけで支えている感じ。そうなると、趣味とか快楽ではやる気が持続しない。自前のプログラムを組んで難問を解析していくようなチャレンジがないと、自分を鼓舞できない。僕にとっては「文学」と「中国」がそういう不透明な謎でした。

 僕は十年以上こういう仕事をしていますが、小説とはなんなのか、文学とはなにかをずっと考えています。平成について書いている時も、裏側ではそういう問題意識があった。

 単純に定義すると、小説とは意識に浮かんだ世界を定着させていく技術のことだと思います。ただ、意識というのは回線が不安定なもので、例えば今、僕はコーヒーを飲みながら円堂さんの顔を見ながら自分の過去を想起しつつ喋っています。そうすると、意識が3つくらいの方向を持ってしまっている。だけど、この意識のステータスはじきに消滅してしまって、もう二度と取り戻せない。意識は常になにかに接続している回線の束みたいなものですが、接続環境自体はよくないので、つい5秒前まで覚えていたことをすぐ忘れてしまうとか、そんなことが頻発する。意識のなかでいろいろな仕事を実行するんだけど、その「場」自体が不確定かつ不安定な回線だということを前提に作られているのが、僕は文学だと思います。その不安定な意識の回線を少しでも太くして、エネルギーを集中させていく作業が、おそらく小説を書くということなのではないか。というのが、僕がこの1年くらいにたどり着いた暫定的な結論です。

 これはフッサールの現象学に近いヴィジョンですが、僕は現象学がやろうとしたことが小説の本質に一番近かったんじゃないかと考えています。志向性を持った意識のアンテナが、いろんな電波を拾ってしまう。しかも、フッサールを読んでも、意識そのものが何なのかは分からない。意識は意識以外の何かにアクセスして、意識の場を満たしているだけです。

 こういう意識のもつ不安定さや空虚さを、平成文学はかたどっていた面があります。昭和の文学は、意識の回線がわりと太い状態で動いていた。なにか狙いがあって、それをきちっと形にしていく技術があった。一方、平成になると接続不良そのものが作品のテーマになっていく。結果として、円堂さんがお書きになっていたディストピアの問題(円堂都司昭『ディストピア・フィクション論』)も出てくる。社会が不安定である以前に、意識状態そのものの本質的な不安定さが上昇してきて、それゆえにディストピアに強く反応したんだと思います。そう考えると、平成文学のなかにも、小説のもつ一番本質的な部分があらわれていたのではないか。


だまし絵を描いてみせるのが日本の批評の役割
――『らせん状の想像力』では、柄谷行人が2004年に『近代文学の終り』を発表したことに触れていますが、それでいうと「近代文学の終り」と規定された時代に福嶋さんは文芸批評の道を歩み始めたことになります。

福嶋:確かにそうですね。ただ、ヘーゲルの「ミネルヴァの梟は黄昏に飛ぶ」みたいな話で、終わったことによって初めて考えられることはあるはずなんです。ホットに盛り上がっている時には、その現象自体をとらえるのは難しい。祭りが終って廃墟に佇んでいるときに、初めて了解されることもありますから、僕は特に悲観していません。むしろそんな状況を活かせるかがポイントだと思っています。

 いずれにせよ、文学批評は文明批評でもなければならない。今はみんな業界を向いた作家主義みたいになっていて、新たな作家をほめるとかけなすとか、そういう次元でコミュニケーションしているけれど、それはむなしいことです。今はもっとマクロで自由な視点をとれるチャンスが到来していると思いますね。

――「近代文学の終り」の実感はありますか。

福嶋:結局、それは文学が文化の象徴というポジションから落ちたということでしょう。昭和の文学者は知識人でしたが、平成になると作家はもはや知識人とはみられなくなった。事件が起こっても、昔と違って、メディアが作家に意見を聞きに行くことはほとんどないですからね。小説家はもう知的職業ではないんです。

 それはそれとして、国内の文芸市場はシュリンクしているのに、グローバルにみれば日本文学がかつてなく多く翻訳され文学賞をとったりしている。収縮と拡散が同時進行しているわけです。そのあたりは日本の評論家として説明する責任があると考えていました。村田沙耶香であれ多和田葉子であれ、真空地帯からいきなり出てきた作家ではない。ある程度歴史の裏打ちがあって出てきたわけです。僕の見立てだと多和田さんは古井由吉的な「内向」のエッセイズムにつながるし、村田さんは岡田利規や前田司郎のロスジェネ的風土を再起動したってことになるんですけどね。ともかく、コンテクストを再現しないと、まともな了解にはたどり着けない。

 ちなみに、この本は今度、韓国語版が出るんですが、最初から僕は外国人の読者を想定して書いたところがあります。文学の業界に興味はなくても、作家たちがどんな関係性のなかから出てきたかを知りたい読者には、有意義な情報を提供できているはずです。

――柄谷は「近代文学の終り」と2000年代にいいだしたわけではなく、『日本近代文学の起源』や『反文学論』を書いていた1970年代末から自分は「近代文学の終り」の光景をみているといっていました。『らせん状の想像力』では柄谷にとって「日本近代文学とは二葉亭四迷に始まり中上健次に終わるものである」と書かれています。中上健次は「岬」で1976年に芥川賞を受賞しましたが、すぐ次の回で受賞したのが村上龍『限りなく透明に近いブルー』でしたから、その頃、1つの転換点があったのではないか。村上龍は『らせん状の想像力』でも論じられていますよね。また、舞城王太郎はデビュー時、家族というテーマ、特定地域へのこだわり(中上は紀州、舞城は福井)、暴力性の点でしばしば中上健次がひきあいにだされました。その意味では、中上から舞城へ「近代文学の終り」が反復したともいえる。

福嶋:人間の意識はすぐにハイジャックされてしまうので、勝手に過去へ飛んでいったり未来に飛躍したりする。文学のモダニズムはそういう意識の属性をむちゃくちゃに拡大して、時間とか空間を根本的にリプログラミングする技術を蓄積してきたわけです。中上健次も村上龍もそれを受け継いでいるし、それをアニメやマンガの文脈も借りてさらにシャッフルする形で舞城王太郎が出てきたりもする。

 ただ、なんというか、文学は基本的にこの世界の片隅で生きていくしかないジャンルなんです。しかし、昭和の成功体験が忘れられなかったせいで、片隅で生きていくための撤退戦の組み立てかたがおそまつだった。結果として今は完全にポピュリズムに流れていて、ポリティカル・コレクトネスと芥川賞と村上春樹くらいしか話題がない。だから、べつの撤退戦もありえたんじゃないかというために、この本を書いたわけです。結局、終ったからといってゼロにはならない。灰になっているわけですけど、灰から蘇ってくるものも当然あるので、それを組織する責務が批評にあったと思っています。

――昭和から平成への移り変わりについて、個人的にはどんな記憶がありますか。

福嶋:やはり昭和天皇が亡くなったことと、ルーマニアのチャウシェスクが銃殺されたとか、あとはオグリキャップが有馬記念で突然復活したとか(笑)。そのへんの昭和の末端に起こったことはなんとなく覚えていますけど、それくらいですね。本当に昭和の黄昏の部分だけみていた感じです。

――昭和の終りから平成のはじめにかけて宮崎勤の幼女連続殺害事件があり、それとともに「オタク」という呼称が一般化しました。後にその呼称からはネガティブな印象が薄れ、日本を代表する文化のようになっていきました。ただ、『らせん状の想像力』はオタク文化的なものから距離をおいている印象があります。それは意図的なものですか。

福嶋:やはり2000年代前半にこの本を書くのと、2020年になってこの本を書くのでは当然違ってこざるをえない。2000年代前半のオタクやネットに関する議論の、ちょっと異様でホットな雰囲気は、未規定であるがゆえだと思うんです。ネットがなにものかまだわからない状態だったし、それが勝手にあれこれ言える土壌になった。でも、今はネットがどういうものか、みんな重々わかっている。2020年代には、未規定性が失われた状態で何かを書かないといけない。

 ただ、やはり批評は大切だと思いますよ。僕は批評をフェティッシュ化するつもりは全然ないんですが、小林秀雄以来の批評のあり方は一応それなりに尊重しているつもりです。早い話が小林は、西洋近代のゲームは虚妄でインチキだけれども、この虚妄以外にプレイするものはないという二重の態度で動いていた。

 小林の同世代に三木清という優秀な哲学者がいますが、彼はどちらかというと近代のルールのなかで100点満点をとろうとした人ですね。「近代の超克」にコミットしたけど、それも完全に西洋のコンテクストのなかでやっている。一方、小林秀雄は三木に比べたら無教養ですが、近代のゲームの虚構性を強く意識したうえでものを書いていた。与えられたゲームで100点をとったって自慢にならないということです。つまり、自分たちがプレイしているゲームボードそのものへの疑いがないと、批評にはならない。小林秀雄以降の日本の批評は、嘘と知りつつこの近代のゲームをプレイするしかないというきつい境遇のなかから生まれたジャンルです。逆に三木は優秀だけど批評家ではなかった。

 べつのいいかたをすると、批評とは、だまし絵を作る作業です。ヴィトゲンシュタインがアスペクトの説明で例に出していますけど、アヒルにもウサギにもみえる変な絵があるじゃないですか。ああいうだまし絵を描いてみせるのが日本の批評の役割だと考えています。僕のこの本も、平成の作家たちはそれなりに面白いことをやってきたとも読めるし、すべてはむなしいとも読めるようになっているはずで、その二面性がないと評論にはならない。


令和の文学は政治の補欠にすぎない
――『らせん状の想像力』の終章には「感染と梗塞」という節があり、「平成という時代を象徴するのも、感染性の疫病というよりは、心の梗塞(閉塞)に関わる病であり、それは平成後期の文学にも明らかに反映されていた」とあります。この部分は元号が令和になった後、昨年はじめに書かれたものですよね。同時代のコロナ禍を意識した文章だと感じましたが。

福嶋:そうですね。昭和では結核が、社会的にも文学的にも大きな問題でした。この問題としての結核が退潮してから、平成は心の問題に傾斜して90年代後半には多重人格ものが出てくる。2000年代以降は子どもの発達障害、大人の鬱、老人の認知症が一種の国民病みたいになる。その一方、ウイルスのモデルはコンピュータ・ウイルスとかネットのヴァイラル・マーケティングに吸収されていく。そこに令和になって、久々に本物のウイルスがやってきたという感じでしょう。

 ただ、コロナウイルス自体は、表象的には貧困です。ペストは身体が黒ずんで死んでいくということで、劇的な想像力と結びついた。アントナン・アルトーとか、プーシキンとかですね。結核も堀辰雄を筆頭に、ロマンティックな想像力を呼び寄せてきた。けれどもコロナウイルスにまつわるイメージや表象は、平凡の極みでしょう。コロナを表現するのは、日々の感染者数のグラフや顕微鏡で撮られたボール状の写真であって、劇的なものやロマンティックなものとは無縁です。

 最近『総合診療』という雑誌に、コロナは鏡のようなもの、あるいはスタニスワフ・レムの描いた「惑星ソラリス」のようなものだと書きました。つまり、このウイルスは、各人が自分のそれまでの欲望や思想を投影する鏡なんですね。結果的に共産主義者はグローバル資本主義をいっそう強く批判するようになったし、エコロジストは自然環境との調和が大事だと言い募るようになったし、ITの礼賛者はこれからはZOOMを使ってテレワークだというようになる。誰一人としてコロナになったからといって思想転向した人はいない。あらゆる思想がデフォルメして語られるようになったのが、この疫病の効果です。

――『らせん状想像力』にとりあげられている作家でいうと、村上龍の『ヒュウガ・ウイルス』が感染症を扱っていて、ウイルスが人間の覚醒をうながすような描きかたもされていましたけど、ああいう感じでは……。

福嶋:全然ないです。村上龍が書いたのは、エイズとエボラ出血熱の合成みたいなウイルスですごく派手なんですけど、派手ということは自身の生き残りという意味では不利でアホということなので、その点、コロナウイルスは非常に賢いウイルスでしょう。

--平成文学論を書き終えてしばらくたった今、令和の文学をどうとらえていますか。

福嶋:本の第三章で詳しく書きましたが「政治と文学」という問題設定が久しぶりに復活しているのは、重要だと思いますよ。昔の政治はマルクス主義であったけれども、今はポリティカル・コレクトネス(PC)ですね。政治と文学だったら、今はもう政治のほうが圧倒的に優位に立っていて、文学はそれに寄生(パラサイト)していく形で書かれている。昔のプロレタリア文学みたいなものに近い。この状況はしばらく変わらないと思います。こうなると、まとまった文学史を書けるのは、平成で実質的に終わりではないか。令和の文学は政治の補欠にすぎないし、もはや文学としての自律性をもっていないですから。

 ただ、僕自身はこういう環境とは別の世界を見たいので、今の『群像』の連載(『ハロー、ユーラシア』)では香港と中国におけるイデオロギー的言説をとらえる方向にシフトしています。今の日本は官民ともに相当おかしいから。

――文学においてもPCが強く意識されるようになってきました。

福嶋:まぁ、結局PCの言葉は強すぎるんですね。力を持っている言葉を十分な内省なしに使うのは、一般論として危険なことです。これまでは強い国家権力が向こう側にいて、文学は弱い言葉の代表、あるいは「弱いがゆえに強い言葉」ということになっていた。ところが、今は市民社会の強い言葉で文学が武装できるようになっているので、これまでとは違う局面を迎えていると思います。ともかく、僕は生理的に権力に近寄りたくないんです。

――PCは今、権力になっているということですか。

福嶋:もちろん、そこには多面的なとらえかたがあって、今までわりを食ってた人たちが反旗をひるがえすこと自体は当然だからやればいいと思いますよ。ただ、学生にもよくいうのは、もう少し自己中心的に生きたほうがいいんじゃないかということです。ジジェクが書いているけど、自己中心的に生きている人は自分のことで忙しいから、他人をねたんだり、他人に害を及ぼす暇もない(笑)。しかも、そういう自己中心的な利害で動いている人が、公共的な問題にスライドすることもさほど難しくない。それでいうと今は、他人の関心とか他人の問題を自分の問題と勘違いしている人が多い。PCのもたらした変化はそれです。表面的な印象とは逆に、自己中心的な人は減っているんじゃないですか。

――これまでの福嶋さんの著作をみると『復興文化論 日本的創造の系譜』、『厄介な遺産 日本近代文学と演劇的想像力』、『百年の批評 近代をいかに相続するか』など、歴史や時代を扱ったものが多い。キーワードとなるのが、遺産、相続です。どのように受け継いでいくかが、問題意識の中心にあるんですか。

福嶋:遺産といっても、いい遺産と悪い遺産があって、受け継ぎたくない負債も当然ありますね。僕はどちらかというと負債問題のほうに興味があるんです。というのも、人間を縛りつけているものはなにかを言語化し、検証するのが思想の基本だと思っているので。しかも、負債ゆえのトラブルをたくさん抱えている作家のほうが、えてして良かったりするわけです。

――平成から令和に受け継がれた一番のものは、なんだと思いますか。

福嶋:昭和だと珠玉の名作みたいなものはたくさんありますが、平成はそういう意味での美しい作品はあまりないですね。文学史的に今後どれくらいの作品が残っていくのか、不透明な部分がけっこうある。代表的な作品もかなり絶版になっていますね。文学に関心のない人からすると、平成の文学はすごく読みにくく、間口が狭くなったことは確かでしょうし、まさにそれ自体が負債です。しかし、そうやって一度間口を狭くしなければ語れない問題もあったというのが、この本における文学の救いかたです。いずれにせよ、ウサギとアヒルです。

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乃木坂46 4期生、異例の『Mステ』単独出演は必然? 「I see…」ブレイク以降の躍進を辿る

2021年5月7日 16:00 Real Sound

 乃木坂46 4期生の勢いが止まらない。その象徴の一つと言えるのが本日5月7日放送『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)への4期生単独出演。2018年に生田絵梨花がミュージカル『モーツァルト!』で共演の山崎育三郎と単独出演した例はあったものの、期生としての『Mステ』出演は彼女たちが初めてとなる。

参考:乃木坂46 遠藤さくら、松村沙友理、早川聖来……27thシングルフォーメーションが映し出すグループの強さ

 披露するのは賀喜遥香がセンターを務める4期生曲「I see…」。昨年3月にリリースされた25thシングル『しあわせの保護色』収録の楽曲で、ディスコサウンドや多重コーラス、メロの繋ぎに使用されるサックス、ダイナミックな大サビの展開が「SMAPっぽい」とたちまち話題に。現在までにYouTube公式チャンネルのMVは1900万回再生を突破しており、シングル表題曲以外では異例の数字となっている。リリースから1年が経ち、『乃木坂46のザ・ドリームバイト!』(フジテレビ系)をはじめ、自身らの冠番組『ノギザカスキッツ』(日本テレビ系)や主演ドラマ『サムのこと』(dTVオリジナルドラマ)にも使用され(どんな番組にも馴染んでしまうのがこの楽曲の強度)、「I see…」はファンにとってはもはや馴染み深いメロディと言える。4期生としては、『プレミアMelodiX!』(テレビ東京)、『CDTVライブ!ライブ!』(TBS系)、『シブヤノオト』(NHK総合)、『カミオト -上方音祭-』(読売テレビ)と出演を重ね、ついに『Mステ』まで上り詰めたという印象。また、出演発表に合わせて、グループの公式チャンネルに「I see…」のMVメイキング動画がアップされている。

 この4期生の『Mステ』出演は、確実に既存のファン層以外へのリーチに繋がっていくはずだが、その先に見据えるのが放送翌日に開催される『9th YEAR BIRTHDAY LIVE~4期生ライブ~』、そして6月9日にリリースする27thシングル『ごめんねFingers crossed』だ。

 4期生にとって単独ライブは、初お披露目の半年後、2019年5月に横浜アリーナで開催された『23rdシングル「Sing Out!」発売記念ライブ ~4期生ライブ~』、追加で配属が決定したメンバーを含めた昨年12月の16人初単独配信ライブ『乃木坂46 4期生ライブ2020』に続き3度目。当初は16人での初の有観客ライブとなる予定であったが、緊急事態宣言の発令を受け、残念ながら無観客配信公演に変更となってしまった。

 前回のライブから5カ月という短い期間で4期生が成長したのは、個人としての責任。ラジオ改編期である4月から4期生10人がラジオ出演のレギュラーを持ったのを筆頭に、金川紗耶の『芸人動画チューズデー』(テレビ東京系)アシスタント、掛橋沙耶香と弓木奈於のドラマ『取り立て屋ハニーズ』(ひかりTV)への出演、林 瑠奈のコラム連載スタートなど、明らかにメンバー個人としての活躍が増えてきているのだ。それは1期生、2期生、3期生が通ってきたプロセスであり、さらなる認知が得られるチャンスでもある。乃木坂46の開拓者として様々な道を切り開いてきた白石麻衣がいい例だろう。

 そして、グループを離れてみて実感するメンバーの一人としての自覚と自信。『SCHOOL OF LOCK!』(TOKYO FM)の箱番組『乃木坂LOCKS!』にレギュラー出演をする賀喜はインタビューの中で「4期生の他の子たちにどんどんレギュラーが決まっていく中で、『私には何ができるんだろう』とちょっと悩んでいた」(※1)と答えており、少しずつメンバーの意識も変容していることが分かる。ライブ開催に向けては『のぎおび期別バスラSP』(SHOWROOM)にて、今までやったことのない新しいことに挑戦するライブであること、有観客を想定した演出であるため会場に自分がいると思って観てほしい旨がメンバーの口から明かされている。

 前回の『4期生ライブ2020』では「I see…」に続く4期生曲「Out of the blue」でセンターに立った早川聖来が座長として存在していた。精神的な支柱としては早川の立ち位置は変わらないだろうが、自ずと注目が向かれるのは27thシングル『ごめんねFingers crossed』でセンターを務める遠藤さくらだ。24thシングル『夜明けまで強がらなくてもいい』以来、1年9カ月ぶり2度目のセンターとなる遠藤は、西野七瀬がセンターを務めた「帰り道は遠回りしたくなる」にて4期生から唯一センターを継承したメンバー。3期生の山下美月に続き、乃木坂46の未来を託された一人である。4期生が主役と言える今作に期待を込めた演出や遠藤からのコメントも求められるはず。センターを支える側、支えられる側の意識は、個人としての活動が増えた今だからこそより強く実感するのではないだろうか。

 ここまで『Mステ』出演、その翌日の『9th YEAR BIRTHDAY LIVE~4期生ライブ~』を中心に触れてきたが、昨日には『乃木坂LOCKS!』での「ごめんねFingers crossed」初解禁、さらに5月10日より4期生のレギュラー番組『乃木坂スター誕生!』(日本テレビ系)のスタートが発表された。シングルリリースまでの約1カ月で、4期生の加速度はさらに増していくことだろう。(渡辺彰浩)

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