日本では、芸能人の大麻所持による逮捕があいついでいる。いっぽう、大麻先進国のアメリカでは、大麻ビジネスの最前線に、あのマイク・タイソンがいる。米版『GQ』がレポートする。
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ジョイントを一服し、リラックスするタイソンを撮影。
一度はハデな転落を経験したヤツら
ベルとヒックマンとは、ある土地売買の交渉で知り合った。ヒックマンに土地を売りたい業者の手伝いをベルがしていた。「とにかく、大麻業界の連中はロクでもない。計画が100あったとして、モノになるのはそのうちひとつ」とベル。「その点ロブは違った。やるといったことはどれも全部やったからビックリだったよ」。成立せずに終わったその土地売買のあと、ベルはヒックマンからコンサルの仕事を頼まれた。その後、フルタイムで働くようになった。ベルはニュー・オーリンズ出身で、合法化前の1989年から大麻稼業をやってきた。
ヒックマンは、経歴を調べると、ジョージ・フォアマン食品の前社長とある。ボクサーだったジョージ・フォアマンが引退してからバーベキュー用電気グリルのビジネスを始め、さらなるヴェンチャーとして起こした袋詰め肉販売の会社だ。
その後ヒックマンは映画で450万ドルの損害を被ってしまい、貧乏暮らしをアルコールとカラオケで慰めているときにMRSA(各種抗生物質への耐性をもつ黄色ブドウ球菌)の感染症が発症して、死にかけた。健康を取り戻す過程で大麻派生の自然薬品の世話になり、ブランディング屋魂を取り戻すと、自らの人生を変えた大麻でビジネスをやることを思いついた。
細かく砕いたマリファナでデザインしたタイソン・ランチのロゴ。All Rights Reserved「ハリウッドのヤツらはロクでもない」というヒックマンは、しかし死にかけからの復活後にも映画をプロデュースしている。『キックボクサー:ザ・リベンジ』がそれで、1989年にジャン=クロード・ヴァン・ダムが主演したアクション作品のリブート。それがウケて続編が作られ、そのなかで主人公とタイの刑務所で出会うアメリカ人ボクサーを演じたのがタイソンだった。作品中で、タイソンは主人公に苦痛の耐え抜き方を伝授する。人生ずっと苦痛を耐え抜いてきた彼にはぴったりの役というわけだ。
ヒックマンによると、大麻ビジネスをやりたいからブランディングを頼みたいと大スターの側から声がかかったことはタイソンの件より前に「何度もあった」という。たとえばラッパーのスヌープ・ドッグ。雑誌『プレイボーイ』からの代理人。だが、いっしょにやるならタイソンこそが「パーフェクト」とヒックマン。なにしろ彼ときたら、ずっと虐待に耐え続けてきた闇の人生から大麻のおかげで抜け出てこられた超有名人だから。商業ブランディングの文脈上でマイク・タイソンを評して「パーフェクト」とはおかしな感じもするが。彼にとってタイソン・ランチはあくまでシリアスなプロジェクトだ。
タイソン・ランチではオリジナルグッズも発売している。写真はジョイントを巻くときに使うトレイ。All Rights Reserved#MeTooムーヴメントによって、パワフルな男性による、権力を笠に着ての性的暴行の数々が暴き出された。タイソンの例の一件では、彼がセレブリティであることは隠れ蓑にはならなかった。そして有罪を宣告され、刑に服し、刑期を終えている。しかしレイプで有罪とされたことでタイソンのキャリアは全然終わらなかったばかりか、今世紀になってから人気の有名人として再浮上を果たした。だがそのいっぽうでは、犯罪歴のある有名人を使ってのブランディング商売は許されないという考え方が主流となっている現在の状況もある。
「第2のチャンスに賭けてます」とヒックマン。「われわれはそういうのが大好きでしてね。なにしろここにいるみんな、一度はハデな転落を経験していますから」
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マリファナの効能を生む成分、THCをもっとも多く含むのは花の部分。Vince Chandler
まるで哲学者のようなタイソン
マイク・タイソン的には、そんなことよりヒキガエルの話をずっとしたいと思っている。おもしろい話だし、なにより彼自身、そのおかげで過去の自分と決別できつつあるからだ。もっとマシな、いい人間へと。いまのマイク・タイソンに悪かった頃のマイク・タイソンのことを訊いたらどうなるか。それは想像するだけでも怖い。
ドナルド・トランプとの知り合い関係であることをタイソンは認めているが、それに関して語ろうとはしない。政治的な話題は避けている。政治的ではなくても、「最後に泣いたのはいつ?」とか「最後に怒ったのは?」等の質問にはいい顔をしない。タイソン・ホリスティックにいる取り巻きたちは、そんな彼を業界のアンバサダーに押し立てようとしている。もっとも、新世代大麻産業がプロモートしようしているイメージと旧世代大麻産業のイメージのギャップのデカさを考えると、それもたいして無理なことではないような気もするが。
2018年2月のある土曜日には、タイソン・ランチ建設予定地でKINDフェスティバルなる音楽祭が開催された。主催者はタイソン・ホリスティックで、本格営業に向けてのプレイベントというところだった。KINDという名前は、クリーンで寛大で思慮深いイメージを打ち出すため。『マイク・タイソンのぶっとび大麻フェスティバル』なんていうネーミングは、長期的に見て得策ではない。
KINDフェスティバルが開催されたのはタイソンがヒキガエルをやった2、3週間後のことで、同フェスティバルでのタイソンは、取り巻きによると、ヒキガエル以前とはずいぶん変わっていた。まるで哲学者のようだとも。
その翌月のある水曜日、タイソン・ホリスティックのポッドキャスト用スタジオでは、元NFL選手のエベン・ブリットンが自分の人生を語っていた。ジョイントをやりながら。ヘルニアになって以降のNFLでのキャリア。肩と背中の外科手術。NFLとの最後の決裂。大麻で痛みを和らげながら選手生活を送っていた彼は、NFLからアデロール使用の許可をもらっていた。シカゴ・ベアーズにいたあるとき、そのアデロールをもってくるのを忘れ、チームメイトからリタリンをもらって飲んだ。そこへ尿検査。追放。
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1987年8月1日に世界ヘビー級チャンピオンのトニー・タッカーに判定勝ちし、IBF世界ヘビー級タイトルを獲得したときのタイソン。BettmannNFLから追放されたのを宇宙からの御告げと考えたブリットンは、一大サイケデリック・ツアーに打って出た。手始めは、約6カ月間のLSDの大量摂取。次はアマゾンへ行き、カンボという儀式でカエルの分泌物を体験した。「皮膚を抉って、その凹みにカエルのヤクを埋める」とブリットン。「そうすると、イッキに解放されてトぶ。地元のヤツらは、戦士の清めだとか言っていたな」
ブリットンがカエルのヤクを体験してからしばらくしてタイソン・ホリスティックのロブ・ヒックマンから電話があった。そのときは同社が開催するサミットに薬物経験ありの元プロ・スポーツマンのひとりとして参加してくれという依頼だったが、のちに彼は社員になった。
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モハメド・アリの引退後、ヘビー級で絶対的強さを誇っていたラリー・ホームズにTKO勝ちした直後のタイソン。1998年。Bettmann「マイクはおそらく、子供の頃に決心したんだと思うよ」とブリットン。「つまり、最強のワルになるんだって。自分が誰にも屈しなかったことを天下に示すためにね。でも、ヒキガエルを体験して救われたんだと思う。無敵じゃなくても大丈夫だってことがわかって」。鉄のマイクからヒキガエルのマイクへ変わったことで、タイソンは男性のメンタル・ヘルス問題において重要な役目を果たせる人になった、と彼はいう。「マイク・タイソンには世界を変えるポテンシャルがあると思う」
妻との出会い
ラキハ〝キキ〟スパイサーが10歳上のマイク・タイソンと知り合ったとき、彼女は19歳。そのあと、すぐタイソンの人生が嵐に巻き込まれたため5年間ほどは付き合いがなかったが、24歳のときニューヨークで再会してからは「ローラー・コースターみたい」だったという。「あれだけたくさんの女をとっかえひっかえだった男とデートするようになっちゃって。別れようと思ったこともキレたこともあったけど、でも私たち、ずっといい関係だったの。友達同士として」。キキはいま43歳。マイクと結婚して10年。ヒドいときもあったが、いまでも彼は、彼女にとって可笑しな夫でありつづけている。
キキの継父サムシャド=ディン・アリは2005年、詐欺および恐喝の有罪判決を受けた。母親もまた、詐欺罪で短期収監をいいわたされている。彼女本人も、やってもいない仕事で7万1000ドルの収入を両親の経営するムスリムの学校から得たとして2008年、半年間にわたって連邦刑務所に収監された。そのときにはタイソンの娘がお腹のなかにいた。その娘、ミランが生まれたのは2008年12月。翌年、キキとマイクは結婚した。
そんなことがあったからでもあるのか、たとえ死人のようになってリハビリから戻ってきたときでも、彼女はこだわりなくタイソンと会った。ブクブクに太って薬漬けみたいになって退院してきたタイソンを、彼女は「威張ったゾンビ」と呼んでいた。
「やりたいことといったら、キャプテンクランチのシリアルを食べながらテレビで刑事ドラマ『ロー&オーダー』を観ること、それだけ。そこにいるんだけど、心はないの」。薬をすべて取り上げてもみたが、そうするとタイソンは、毎晩ほぼ決まった時刻に起き出しては暗くなっていた。「なにをいってるのかよくわからないんだけど、でも要は、誰も俺のことを愛してないとか、人生終わりだとか、もうすぐ死ぬとか」。妥協点として、大麻に落ち着いた。キキ自身は、大麻はあまりやらない。年に4回程度。
マイク・タイソンとの結婚生活で心底ツラいときがあるという。「ときどきだけど、マイクは精神的に自己破壊モードになっちゃうの」とキキ。「物事が上手くいきすぎているときにそうなるの。恐怖からなんだと思う。人生のずっとがカオス状態で、むしろそれに依存してきたような人だから、急にフッと穏やかになっちゃうとね……」。去年そういうモードになったとき、タイソンはクラブ通いを再開してしまった。よからぬ人たちとつきあうようにもなった。そしてコカインも。
「ヒキガエルを最初にやったときも、コカインは抜けてなかったと思う。悪いループに入って、抜けたくてもダメだった。女と会って、ヤりまくり。コカインもやって、酒も飲んで、自分の人生をぶっ壊す。罪を重ねて、自分を殺す」とタイソン。
そんな彼いわく、ヒキガエル体験以降は「家から出歩きたくない。女とファックしたくもない。とにかくもう、アッチ側の世界は金輪際ゴメンだ」。酒も飲まなくなったし、もっとキツいのも(たまにやるヒキガエルをカウントしなければ)やってない。そして、家族のなかでポジティブなチカラになれている気がしている。キキによると、ヒキガエル以降、彼女の夫が夜中に起きだしてくることはなくなったという。
ということで、本人に訊いてみた。昔と較べて、いまのほうが自分のことを好きかどうか。
「わからん」とタイソン。
「それ、次会ったときにもういっぺん、訊いてくれよ。わかった?」
All Rights Reserved“ヒキガエルを体験して救われたんだと思う。無敵じゃなくても大丈夫だってことがわかって”
マイク・タイソン
プロボクサー
1966年ニューヨーク・ブルックリン生まれ。18歳でプロデビュー。通算28連勝し、1986年、WBC世界ヘビー級王座を獲得。2005年に引退。映画『ハングオーバー』シリーズに出演し、本格的に俳優業を開始。
Words アレックス・パパデマス Alex Pappademas
Photos マイケル・シュメリング Michael Schmelling / Translation 森 慶太 Keita Mori
Vince Chandler / Getty Images (Marijuana Buds)
Bettmann / Getty Images (Left page)