映画やドラマのラブシーンを一変させた人物がいる。『ノーマル・ピープル(原題)』や『セックス・エデュケーション』などの人気ドラマでインティマシー・コーディネーターを務めるイータ・オブライエンだ。月経周期に合わせた撮影計画から、動物の求愛行動にインスピレーションを得たワークショップの開発まで、映画やドラマにおけるセックスシーンの改革秘話を聞いた。
29歳の作家、サリー・ルーニーのベストセラー小説を原作にしたドラマ『Normal People(原題)』には、メインキャスト2人による6分間のセックスシーンがある。マリアン(デイジー・エドガー=ジョーンズ)と彼女が密かに付き合っているクラスメートのコネル(ポール・メスカル)の初めてのセックスを捉えた重要な瞬間だ。二人の弱さと切望、そして親密さに満ちた名シーンだが、その背景に、本作でインティマシー・コーディネーターを務めたイータ・オブライエンの存在があったことを知る人は少ないだろう。
インティマシー・コーディネーターは耳慣れない言葉だが、つまり、キスシーンやベッドシーンなどの親密な撮影に臨む俳優たちをサポートする撮影スタッフだ。ダンサー、女優、ムーブメント・ディレクターとして10年以上にわたり活躍してきたオブライエンは、6年前から映画、テレビドラマ、演劇におけるラブシーンや性的描写、ヌードの演出に客観的かつ倫理的な視点をもたらした第一人者。繊細なシーンで役者が不安なく演技できるようリスクを管理し、入念にリハーサルし、本番の撮影においても細やかに指示することが彼女の役割だ。
では実際に、インティマシー・コーディネーターとはどんな仕事なのか。オブライエンにZoomで取材した。
大切なのは、曖昧にしないこと。
──セックスはサリー・ルーニーの小説に不可欠な要素です。原作で描かれた愛情表現を、どのようにスクリーンで再現しようと思いましたか?
小説を読んで感じたのは、こうした性的で親密なシーンを通じて、読者は登場人物たちに内在する心情を追体験するのだということです。二人きりでいる時のマリアンとコネルは、友だちと一緒にいる時や外の世界で見せる姿とはまったく異なる存在で、とても美しい。ドラマでもこうした二人の側面を描こうとするならば、性的な描写は、物語の本質を投影したものでなければならないと思いました。
──それぞれのシーンには決まった動作が存在するのでしょうか?
まず、脚本の該当箇所を色でハイライトしていく作業からはじめます。例えばマリアンの動作はピンク色、コネルは緑色、二人で一緒に行う動作は黄色というように。例えば、あるシーンで「彼女が彼にキスをする。キスが濃厚になっていく。彼は手を彼女の体の下の方に移動させる。彼女が彼の方に体を押しつける」と脚本に書いてあれば、私たちは一つひとつの行為を分解して、それぞれのリズムについて考えます。それを動作に変換していくのです。俳優たちには、これを決定事項として要請するのではなく、最大限の配慮をもってリハーサルに挑み、触れ合うシーンでは彼らの合意と承認が得られていることを逐一確認します。俳優たちが自分の仕事を細かく認識し、安心感を得られることが何よりも重要だからです。そうして初めて、彼らは自分自身の感情と個性を演技に活かすことができるのです。
──撮影現場では、どういったことに気遣いますか?
まずラブシーンを撮影する前日に、監督と俳優に声をかけて彼らの懸念点を洗い出し、どんな些細な心配事でも話せる機会を持つようにしています。現場に入る前には、俳優たちのトレーラーを訪れて彼らに挨拶し、今、どんな気分でいるかを改めて確認します。また、月経とラブシーン撮影が重ならないよう、できれば女優の月経周期に合わせて撮影スケジュールを組んでくれるよう製作スタッフと交渉することもあります。こうした繊細な状況に気付くことや、オープンにコミュニケーションできる環境づくりが、シーンの成功の一助になると考えています。
──俳優たちとは、実際にどのような会話をするのでしょう?
仕事への責任感から「YES」と返事することがないよう、雰囲気を和ませるのも私の仕事です。『Normal People』の監督であるレニー(・アブラハムソン)も彼らとじっくり話し合いましたし、リハーサルでデイジーとポールに初めて会った時には、私たちのインティマシー・ガイドラインを見せて詳細に説明をしました。そして本番でのボディダンスのようなシーンの撮影が終わると、二人はすべてがプロフェッショナルに対処されるという安心感のもと、現場を去りました。
個性を発揮できる枠組みづくり。
──彼らがやりたくないと感じたことはありますか?
二人が再び一緒になるシーンを撮影する前に、体のどの部分が映し出される可能性があるかを話し合いました。私が一つひとつ確認すると、そのいくつかに対しては「イエス」、その他に対しては「ノー」という答えが返ってきました。こうしたシーンづくりにおいて重要なのは、どこが彼らの境界線なのかをつぶさに調べ、認知することです。「ノー」という情報を得ることで、彼らの心からの「イエス」を知ることができます。
──劇中でマリアンは、服従的なセックスにも挑戦していました。
監督のヘティ(・マクドナルド)は、二人の俳優の意思を尊重し、彼らが完全に同意した上でなければフェティッシュな行為は描かないという考えを持っていました。劇中では、ボンデージやある種の暴力的な性行為も描かれますが、俳優たちが撮影の途中でその行為を拒否すれば、中断することも厭いません。ヘティは、単にショッキングで魅惑的な描写ではなく、マリアンの心象風景を映し出すシーンにしたいと考えていたようです。
──いくつかのセックスシーンは、とても官能的です。これは入念なリハーサルの賜物でしょうか?
明確な枠組みがあれば、役者たちはその中で自由に演技することができるはずです。インティマシー・コーディネーターとは、性的なシーンをより良くするためのあらゆるサポートを行う仕事です。今後、業界が私たちの存在や役割への理解をより深めてくれることを願っています。
セクハラ糾弾運動の影響。
──これまでに、Netflixの『セックス・エデュケーション』やHBOの『ウォッチメン』、あるいはBBC/HBOの『ジェントルマン・ジャック』といった作品にも携わってこられましたね。仕事内容は、プロジェクトによってどのように異なるのでしょうか。
コメディなのかドラマなのか、作品のジャンルによっても考え方は異なります。そして、その作品に関連する著作物にも目を通す必要があります。『ジェントルマン・ジャック』では、サリー・ウェインライトの脚本と、関連する実業家アン・リスターの日記の両方からアプローチを考えました。また『セックス・エデュケーション』では、求愛行動をとる動物のリズムを参考にしました。これは、性的描写を細かく分析し、各キャラクターに適した動きを生み出すために有効なひとつの方法です。この過程を経ることで、役者たちは個人的な性的表現から離れ、プロの役者としてセクシュアルなシーンに挑むことができるのです。
──「#MeToo」や 「Time’s Up」運動によって、業界の性的シーンへのアプローチに変化が生まれたと感じますか?
以前は、この業界の捕食的な行為を容認する状況が変わる日が来るとは思えませんでした。ですがこれらの運動によって、人々はもはやこの問題を無視できなくなりました。そして2018年にある製作に携わった時、プロデューサーたちが会議を始める前に、まず行動規範を読み上げたのです。これは業界にとって画期的な変化でした。とはいうものの、私を起用したにもかかわらず、現場で口を挟まれるのを好まないような製作チームも存在します。私に俳優たちと話し、ヌードに関する権利放棄の書類を準備するよう指示しておきながら、撮影現場では私の介入を拒んだプロデューサーもいました。そうなると、状況は非常に困難になります。
──あなたは最近、「Intimacy on Set」ガイドラインを作成しました。これが業界全体の新機軸として採用されるようになると思いますか?
「Time's Up UK」の会議でインティマシー・ガイドラインを提示し、それがウーマン・イン・フィルム&テレビジョンにより承認されました。これに続いて、「Time’s Up US」や「Directors UK」といった組織が独自のガイドラインを作成するようになり、私はその両方のコンサルタントを務めました。こうした動きは世界中に広がっていますが、私たちが目指すのは、このガイドラインの法律化です。映画やドラマの製作において、スタントやダンスシーンに対して行うのと同様に、脚本を最初に読み上げる際に性的シーンをきちんと特定し、ガイドラインを整備することを条件にする必要があります。性的行為を模擬するシーンがあるならば、それを各製作チームの裁量に任せるのではなく、インティマシー・コーディネーターの雇用を義務づけることが今後の標準になるべきだと考えています。
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映画のセックスシーンは芸術かポルノか。センセーションを巻き起こしたあの作品から考える。
Text: Radhika Seth