JVCケンウッドから、ビクターブランド初となる完全ワイヤレスイヤホン「HA-FX100T」が登場した。今、完全ワイヤレスイヤホンは人気ジャンルで、市場には様々な製品が出ているが、本モデルはその生い立ちからして他とは一味違う。
HA-FX100Tは同社の豊富な音響設計技術を投入した上で、さらに「ビクタースタジオ」のエンジニアが音決めに関わっているのだ。制作側のプロフェッショナル集団が協力した完全ワイヤレスイヤホンということで、発表と同時にSNSを中心に大きな話題になっている。
そこで今回はHA-FX100Tの音質ファーストインプレッションとともに、関係者から聞くことができた音質チューニングの過程や苦労談などもお伝えしたい。
HA-FX100Tは振動板にPET(ポリエチレンテレフタレート)を採用。開発過程では、PEN(ポリエチレンナフタレート)、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)、PU(ポリウレタン)などのベース素材と、チタン、グラフェン、カーボンなどのコーティングを組み合わせテストしたそうだが、モデルが狙う音の方向性としてオーソドックスなコーティング無しのPETが適していると判断したという。
Bluetooth規格はVer.5.1に準拠。コーデックはSBC/AAC/aptXをサポートする。また、高性能LDSアンテナにより安定したワイヤレス接続が可能で、「Qualcomm TrueWireless Stereo Plus」による左右独立伝送にも対応する(本機能を利用するにはスマホ側も対応する必要がある)。ノイズキャンセリング機能は非搭載だが、製品の意図とコストを抑える意味で良い判断だと思う。
また「Qualcomm cVc ノイズキャンセルテクノロジー」および高性能MEMSマイクによる低ノイズのハンズフリー通話に対応し、リモート会議や電話などでの使用時に声の帯域が聞き取りやすくなる「はっきり音声」機能を搭載する。生活防水仕様はIPX4に準拠している。
バッテリー持続時間は、本体のみで約8時間の連続再生に対応し、充電ケースによるフル充電と合わせて最大28時間の長時間再生が可能。また10分の充電で約1時間の再生に対応するクイック充電機能も備えている。
イヤーピースには、内壁に設けたディンプルによりイヤーピース内の反射音を拡散させる「スパイラルドットイヤーピース」が付属するところもポイントで、SからLまで5種類のサイズが同梱される。
ここからはHA-FX100Tの開発手法について解説したい。
開発に参加したビクタースタジオのエンジニアは3名。JVC側は、近年好評な同社イヤホン、ヘッドホンの多くを手掛ける美和康弘氏を中心に2者が協業する形で開発を行った。
開発のコンセプトは「ストレスフリーで音楽を楽しめる心地よいリスニング体験」。つまりスタジオエンジニアが欲しい物/音を作るものではなく、JVC側が開発を行い、その過程でエンジニアの音に対する知見を注入し、最終的にJVC側が音の方向性を決めたという。
その音質は?音質チューニングの方法は、JVCのエンジニアが通常使用する音調整用の音源に加え、3名のエンジニアにリファレンス音源を1曲ずつ指定してもらい、事前に「どの音がどのように鳴るべきか」について詳細なコメントを貰い、(1) JVCの技術者がチューニング → (2) スタジオエンジニアが試聴 → (3)コメントバック → (4)再度チューニング → (5)試聴 という過程を繰り返したという。
Astell&Kernの「KANN」とHA-FX100T をaptXで接続してテスト開始。試聴曲はホセ・ジェイムスの『リーン・オン・ミー』から「Just The Two of Us」、LiSAの「炎」、ジョン・ウィリアムズ『ライヴ・イン・ウィーン』から「帝国のマーチ」をチョイスした。
帯域バランスは、非常にフラットな中高域とわずかにブーストされた低域により構築される。特に中高域は、スタジオモニターヘッドホンの中でも特にフラット志向なモデルに近く、クセがない。若干強められている低域は、EDMやポップスを聴くとより顕著に聞こえるが、その分適度な音楽性が付加される絶妙なバランスだ。また低域方向のfレンジが広く、ジョン・ウィリアムズなどオーケストラ音源との相性も良好で、ドライバーユニットの背面部に空間を確保して低域の表現力を上げたとアナウンスされているが、その効果を聞き取ることができた。
分解能も価格を考えると優秀だ。本機のような高域に強調感がないモデルは、一聴すると解像感(分解能ではなく聴感上の解像度)が普通に聞こえてしまう時がある。しかし分解能の高い本モデルは、LiSAの楽曲で楽器の数が増え、音が混濁しやすい曲中盤でも、付帯音の少なさも手伝って明瞭度が下がりづらい。ハウジングの音響設計が確かなことと、スパイラルドットイヤーピースの採用による効果だと推測できる。
もう1つ評価できるのは、バックミュージックとボーカルのバランスおよび横方向の位置の提示など、サウンドステージ表現がソースに忠実であるということ。
それを如実に感じるのはホセ・ジェイムスで、本楽曲は声の帯域によりボーカルがセンターから若干右にずれるのだが、そのわずかな移動感を忠実に表現している。スパイラルドットイヤーピースと軽量なハウジングにより、試聴全体を通して装着感もすこぶる良好だった。
HA-FX100Tは、同社の持つ技術とプロのエンジニアの感性による徹底したチューニングが功を奏して、心地よく音楽を楽しむというコンセプトを達成している。
開発当初は、技術部のメンバーとスタジオエンジニアとは音に対する言語(ニュアンス表現)が異なり、スタジオエンジニアの言葉を技術的な要素へと解釈/置換する作業に若干苦労したという。しかし、「異なる言語=異なる視点」ということを認識したJVC側が今まで気がつかなかった問題点を見つけ、それを仕上げることで、最終的な完成度を大きくあげることができたという。
結果として、HA-FX100Tは他に類を見ない独創性を備えるモデルとなった。
クセのない音調/音質は長時間のリスニングに向いているし、音の傾向が理解しやすいというアドバンテージもある。手間をかけながらも価格が抑えられているところも含めて、HA-FX100Tは多くの方にお勧めできる完全ワイヤレスイヤホンだ。