「面白いことやってるな」とどこか遠目に見ていたAbemaTVからお声がかかったことは、大きな驚きであったことは間違いありません。
ただ、そろそろ成長が頭打ちかと感じ始めていた40代半ばの私にとって、それは“渡りに船”でした。
入社以来二十数年間、さまざまな形で地上波テレビに出続けていたことで、街で歩いていてもそれなりに気づかれる存在になりました。ただ、漠然と知られていることと、好意的に見られることは別で、「みたことある」と周りから気づかれるだけの存在でいることは、日常生活のなかでは窮屈でしんどいことでもあります。
そうした意味でも、「テレビ朝日アナウンサー」として広く認知されるだけでなく、もう一段自分の存在をはっきりさせる必要があることを感じていたのです。
こうして「いったんすべてをリセットしよう」と、4月1日から新たな挑戦が始まりました。
地上波番組からネット番組「AbemaPrime」に移って3か月。地上波の視聴率競争から一歩離れて、ネット番組に立ち位置を変えてみると、地上波にはさまざまなオトナの事情から、一定のタブーが存在していることに改めて気づかされます。
これまでの地上波経験で頭と体に染みついた「テレビの方程式」が通用しない、新たな領域。その驚きが薄れないうちに、これまでに感じたことをまとめておきます。
1. 視聴者とともに番組をつくる
「AbemaPrime」(以下アベプラ)に対する視聴者のみなさんの声は、AbemaTVアプリのコメント欄と、ツイッターでの「#アベプラ」のツイートという2つの形で、放送中にどんどん届きます。そうしたコメントの数や熱量で、ニュースや特集への関心の高さや、内容に対する賛否や感情が、放送中にダイレクトに伝わってきます。
一方で、地上波の番組でも、テレビ朝日の視聴者センターに電話やメールで声が寄せられますが、それらを番組スタッフやアナウンサーが目にするのは緊急な場合を除いて放送後で、翌日に整理された形でメールで送られてきます。
つまり、地上波では「番組を放送→放送後に視聴者の声を確認→次の放送」というサイクルですが、アベプラでは視聴者の声を受けて、放送中に議論の方向を変えたり、コーナー時間を延ばしたり、視聴者からの質問をゲストにダイレクトにぶつけたりと、番組作りの大きな要素の一つになっています。
ということで、地上波では「番組をみていただいている」という感覚ですが、アベプラでは「番組を見ながら参加していただいている」という感じです。
2. 「ツイッターやりませんか」アベプラを担当するにあたり、番組プロデューサーからすぐに提案があったのが、ツイッターの運用です。視聴者の声が番組作りに欠かせないだけに、進行担当の私自身が直接向きあう“窓”をもっていたほうがいいとのことでした。
とはいうものの、私のツイッターアカウントは主に閲覧用として使っていただけで、「メンション」や「ハッシュタグ」すらよくわからない状態でした。しかし、そこはさすがのサイバーエージェントとの混成チーム。プロフィールの作り方や、顔写真・ヘッダーの選び方なども含めて、手取り足取り伝授してもらいました。
実際に発信を始めてみると、フォロワーがまだまだ少ないわりに、リアクションがビビッドにあって驚きます。
これまで地上波では漠然とした“集団”でみえていた視聴者が、応援してくださる方、是々非々でご意見・ご感想をくださる方、私を嫌いな方などなど、1人1人が解像度高く見えるようになりました。
私に好意的であるにしろ、そうでないにしろ、こうして視聴者のみなさんが、“ひとりの個”として自分を見てくださっていることに気づいたとき、番組中のコメントも「今後に注目です」といった当たり障りのないものではなく、もう少しクリアなメッセージでそれに応えなくてはならないとを感じるようになりました。
まだまだツイッターも特訓中ではありますが、いまでは放送中からお叱りも含めてさまざまな声が直接私のもとに届きますし、放送前に特集への意見を募集したりと、私自身にとっても欠かせないツールになっています。
※アカウントは「 @naohiraishi」です!
3. 「広く」ではなく「深く」アベプラは毎日2時間の生放送ですが、番組の構成はとてもシンプルで、1つのニュースや特集を大きく(長時間)構えます。
幅広く網羅してお伝えすることは地上波にまかせて、「狭くてもいいので深く」というのが番組内の共通認識です。例えば、トランプ大統領が日米安保体制に不満を示すコメントをした際には、「日米安保がなければどうなるのか」という点に絞って、そのテーマにふさわしい専門家を呼んで議論しました。
「バランスよりもとんがりを」ということで、誰もが関心のあることでなくても、誰かの心に深く刺さる放送を目指しています。
4. スタジオの時間が圧倒的に長いテーマを絞ってお伝えするため、スタジオで長時間議論できます。アベプラでは、1つのテーマについて30分〜40分という単位で議論します。
ということで、お招きしたゲストや出演者には、言いたいことを思う存分話していただきます。ゲストとして出演してくださる専門家の方々の評判が特にいいのはこの点で、「しっかり言いたいことが言えた」と満足して帰っていかれることが多いことも、ここでお伝えしておきます。
また、放送前にはもちろん進行台本も用意されますが、その通りに進むほうが珍しいくらいで、出演者同士の白熱したやりとりのなかで、議論は思わぬ方向に進んでいきます。
むしろそうして本音をぶつけあうなかでおこる“出演者間の化学反応”こそがアベプラの醍醐味で、よほどのことがない限り、進行役としても議論を遮ることはしません。
番組側で用意した構成よりも、出演者の「これを言いたい」という思いや熱量を優先させています。
5. 当事者からきくスタジオ時間がたっぷりあるからこそできることで、番組内で意識していることの1つは、できる限り当事者から直接話をきくということです。
5月に読売テレビのニュース番組中に、「性別を確認する」という企画VTRに対しスタジオのコメンテーターが怒りをあらわにし、ネット上で炎上する騒ぎがありましたが、その際には、性別を確認されたご本人にアベプラに出演していただき、どのように取材されたのかや放送に至る経緯などを直接うかがいました。
これによって、ご本人は取材や放送内容に不満を持っているわけではなく、むしろ炎上していることに戸惑いを感じていることがわかりました。そして、その話を踏まえたうえで、「そうはいっても放送するにはふさわしくない企画だったのではないか」などといった議論を番組内で交わすこともできました。
また、4月の統一地方選で躍進した「NHKから国民を守る党」の代表や、杉並区議選で当選した中核派の女性活動家にもスタジオ出演していただき、いま起きている現象の背景を当事者の話からあぶり出すことを試みました。
6. できるだけ編集せずにすべてを見せる
この3か月間で最も多くの方にアベプラをご覧いただいたのは、山里亮太さんと蒼井優さんが結婚会見した日の放送でした。こうした視聴者の関心の高い記者会見では、できる限り編集することなく、すべてそのまま放送しています。
この日の会見では、フォトセッションも含めてノーカットで放送。イベントの合間の手持ちぶさたの時間は地上波ならカットされてしまうのでしょうが、そうしたときに見せるふとしたしぐさに、お2人の気持ちや関係性が垣間見えました。
7. 地上波報道の疑問に答える場
地上波番組が記者会見を編集して放送したり、事件の遺族のコメントを抜粋して伝えたりすることで、自分たちにとって都合のよくない部分を隠そうとしているのではないか?何かに対して忖度しているのではないか?などと疑念をもたれる場面が昨今、増えてきています。
そうしたなか、アベプラはできる限りすべてを見せるという方針で放送していることが視聴者にも浸透し始めていることもあり、その時々の地上波番組の報じ方を俯瞰して、疑問に答えてくれる場としてみていただけていることが、ネット上の声などから見てとれます。地上波の事情にとらわれずに放送を続けてきていることで、独自の立ち位置を確立しつつあることを感じます。
8. 「そういうあなたはどうなんだ?」そうしたテーマを番組で扱うにあたっては、たとえ司会進行役であっても、自分だけが安全地帯にこもって議論を進めていくことは許されず、「そういうあなたはどうなんだ?」と突きつけられる場面が度々訪れます。
ここで逃げていては、視聴者も他の出演者も番組スタッフも納得しません。特に、報道のあり方やテレビ局の姿勢などが問われる場面では、テレビ局員・アナウンサー・取材者としての自分自身の経験に基づいて、なぜ現状はこうなっているか、その声は取材者や番組制作者に届いているのか、今後どうしていくべきなのかなどについて、誠実に向きあって自分なりの言葉でこたえていくよう心がけています。
9. 見逃し視聴や記事化
アベプラは生放送でお送りしていますので、まずはリアルタイムで番組を見ていただきたいですが、放送終了後1週間は好きな時間に無料で番組を視聴することができます。また、番組内の見どころをまとめた記事を「AbemaTIMES」にアップしています。
こうした記事が「Yahoo!ニュース」などに転載されることで、出演者やゲストが番組内で発したコメントがより一層多くの人たちの目に留まり、それ自体がニュースになったり、バズる現象を巻き起こしていきます。
ということで、番組内では放送中から出演者のコメントをテキストや動画で切り出すSNSチームが同時並行で作業していて、放送されたなかでインパクトの大きなコメントや内容については、放送後にウェブ上で雪だるま式に話題が膨らんでいく仕組みができあがっています。
この辺りはネット番組ならではのサイクルだと感じます。
10. 攻めの姿勢で常にチャレンジ!
地上波の番組は、視聴率にかかわらず、いつも見てくださっている視聴者(固定ファン)によって支えられています。
番組自体を変えたり、大きくリニューアルしたり、いつもと違う内容を放送すると、常連のお客さんのなかには、いつもと違うことを気持ち悪く感じる人もいて、チャンネルを変える動機になってしまうこともあります。特に視聴率の高い番組ほど、固定ファンを逃したくない気持ちが強く働き、これまでの実績に基づいたディフェンシブな番組作りになりがちな難しさがあります。
一方のアベプラは、視聴者数や世間の認知という点でもまだまだ発展途上の段階ですので、より多くの人たちに知っていただき、見ていただくために、「新しいことをやってみよう」というムードにあふれています。放送倫理上問題のあることでなければ、失敗しても構わず、むしろ失敗は次の糧になるという考え方です。
0.1%の視聴率にこだわる地上波文化からいったん離れてみて、これまでの価値観をいい意味で壊してくれるこの環境は私にとっても実に刺激的で、いまここでしかできないことがたくさんあるように感じています。
小さな数字に一喜一憂することなく、
「新たなテレビの未来を切り拓いていこう!」という思いをチームで共有して、日々の番組作りに臨んでいます。