cat_oa-rp24814_issue_ae7c3b51b739 oa-rp24814_0_ae7c3b51b739_いつか怪物になるわたしへ ae7c3b51b739 ae7c3b51b739 いつか怪物になるわたしへ oa-rp24814

いつか怪物になるわたしへ

2019年7月2日 23:26 note(ノート)

女子高生と山月記
 「虎になる」というフレーズが流行った。

 高校時代の話だ。かつて鬼才と呼ばれた男が、己の心に潜む獣に振り回されて虎になる話を習った。重い題材なのにどうにも心にひっかかる上、人間が虎になるという衝撃的展開に驚いた。加えて「尊大な羞恥心」だとか「臆病な自尊心」とかいう妙に語呂の良いワードが登場することから、わたしたちは授業が終わってもこの話を忘れられず、結果「虎になる」というフレーズを局地的に流行らせた。

 わたしたちは虎になった。主に葛藤してどうしようもない時や人間関係が煩わしい時、そして自分が嫌いになった時に。具体的に言うならテスト前や恋愛にまつわる他者とのいざこざ、理想と現実の狭間でもがいた時に、現状の気怠さを「ほんと虎になるわあ」と溜息交じりに吐き出したのだ。
 
 仲のいいグループだけで使う暗号のような、気怠さの共有コードのような使い方をしていたのに、いつしか他のグループにも「虎になる」子が現れた。使い方を教えたわけじゃない。なのに彼女たちはわたしたちが使うように「このままじゃ虎になる」と自然に言ってみせた。

 言葉は感染する。きっとわたしたちが使うのを聞いて、自分たちのグループにも採用したんだろう。だけど説明してもいないのに完璧な用法で虎になってみせた彼女に驚くとともに、「山月記」という物語がわたしたちに与えた影響に驚いた。グループとか関係なく、わたしたちは同じものを受け取っていた。
 
 あの頃、わたしたちは言葉に出来ずとも、仄暗いものを心の中に感じていた。山月記を教わる前は各々が好き勝手に感じていたものだ。だけど中島敦が、山月記という物語を通じてわたしたちに教えてくれた。あれは間違いなく「虎」だった。
 
怪物と親交を深める
 友人たちと虎になっていたのは、もう昔の話だ。

 今は内なる虎どころか目に見える怪物と相対する年頃になった。つまり就職してお局様と出会う羽目になった。歩く脅威とはまさにこのこと。生きているだけでケチをつけられ、重箱の隅という隅をほじくり回される。
 仕事面では優秀だけど気に食わないことがあれば謎のコネで上に訴え、悪評を広め、最終的には泣き叫び壁を殴り颯爽と帰っていくお局様。人生で初めて出会う怪物がここにいた。
 
 上司ガチャ爆死というワードが脳裏をよぎる中図太く仕事を続け、数年経った今はお局様に個人的なドライブに誘われるなど驚くほどに良好な関係を築いた。怪物の懐にちゃっかり収まった形になる。
 努力をお局様との敵対や転職活動ではなく和解(と言ってもこちらに非は無いので向こうの軟化を待つだけ)に費やしたのは、お局様に好かれたかったからではなく、単純に可哀想だと思ったからだった。
 もちろん腹は立った。この人さえいなければ職場は良い人ばかりだし、天国だろうと考えた。だけど度が過ぎる不条理を与えられると怒りよりも疑問が湧く。何故この人はこんなにも怒っているのだろう、と。一度そう思ってしまうと止められない。わたしはお局様が人目もはばからない怪物になってしまった理由を求めてサバンナの奥地へと旅立ったのだった。
 
 この場合サバンナの奥地というのは比喩で、しかしお局様の私生活や歴史といった個人情報を知るには誰かの心の奥地、それこそサバンナのように深い場所へ踏み入らなければならないと考えていた。怪物のような同僚とはいえ、他人のことをべらべらと喋るわけがないと思っていたのだ。だけどわたしがお局様の詳細を尋ねると、先輩方はみな知ることが当然だと言わんばかりに必要以上を教えてくれた。
 
 悲しくてありきたりな話だった。偏見と既存利益に潰されていた若い女性が、ひょんなことから道を外れて二度と戻れなくなった話。詳細は書かないけれど同情の余地がある。お局様はひどい仕打ちを受けた上、助けてくれる人もいなかった。だからといって女という女をいびり倒す理由にはならないけど、性格が歪む原因としては大いに納得できる。
 
 そして過去から現在までひとりの人間を歪め続けた不幸をネタのように話せる人間に囲まれてしまったことも、お局様にとっては不幸だろうなと感じた。「昔は可愛かったのに、あの時は大変だったんだよ」と笑って言うくらいなら、あの時と言わず今助けてあげればいいのに。
 お局様の世界観にも一応の倫理はあるらしいけど、誰も興味が無いから触れない。あれだけ噂話を教えてくれた先輩も、昔は可愛かったと謎目線の上司も、お局様がお怒りになる基準を知らず天災のように諦めるだけ。お局様マニュアルというか対応心得が無いのかと尋ねれば、ぜひあなたが作ってくれと笑われた。台風の発生機序を研究し始めた頃の人間ってこんな感じなのかな、とか思ったりした。


 お局様と普通に話すようになってから、こんなことを言われた。
「これまではひとりで全部決めてきた。誰も決めてくれないから。だけどひとりで決めるのは大変だから手伝ってほしい」
 誰も決めてくれないったって、あなたが全部聞く耳持たなかったんでしょう。そう言いかけて思い出した。
 
 お局様が感情に任せた強い口調で話した後は、誰もが「あの人はああ言ってるんだよね」と腫れ物に触るような扱いをする。少し経って冷静になったお局様が前言撤回して別の意見を言うと「気分で言うことがコロコロ変わる」と冷ややかな態度を取るだけ。そして最終的に「誰からも意見が来なかったから私が決める」とお局様が決定を下す。
 この間、お局様に意見できる人は影で溜息をつくだけで何もしない。怯える人は陰口だけで何も言わない。お局様の目線からすると、確かに孤独な一本道だ。
「喧嘩がしたいわけじゃない。違う意見も聞きたい」
 そう言われた瞬間に眩暈がしたのは、自分の認識が揺らいだからだ。 
 
 何でこの人は急に普通の人っぽいことを言うんだ。目が合った奴らを全員ボコボコにするような生き方をしているじゃないか。もしこの人がこんな、いかにも普通のことを言うと、わたしはこの人を怪物じゃなくて普通の人だと思ってしまう。普通だから理不尽な仕打ちに歪んで、歪んだから手を差し伸べてもらえなくて、手を差し伸べてもらえないから怪物になった、ただの可哀想な人に見えてしまうじゃないか。
 わたしがお局様に対して行ったのは、普通のことだけ。
 何をしたか? 無視されるとわかって挨拶をして、注意をされれば非礼を詫びて、フォローされればお礼を言った。わからないことがあれば聞き、無知を咎められれば反省する。お前はわたしを特別にいじめるが、こっちはお前をなんてことのない日常の一部としか思っていないぞという反抗心からの行動だけど、特別なことは何もしなかった。
 
 特別なことなんて何もないのに、お局様はわたしを懐に入れた。先輩たちからは猛獣使いと呼ばれた。上役からはお前がお局様のハンドルを握るんだと謎の激励を受けた。だけど何も響かない。きっと褒められて、認められているんだろうけど何一つ嬉しくない。頭の中にこびりついて離れないのは、わたしが自分の意見を真っ向から言った時の、嬉しそうなお局様の顔。
 この人は普通の人なのに、こんな怪物になってしまったのか。
 一度でもそう考えてしまうと、信じて立っていた足元がぐらぐらと揺れるような、どうしようもない不安に襲われた。



おはよう自我
 性格は25歳を過ぎると変わらない、というのは友人の言葉だ。
 
 25という数字の根拠はわからない。だけど友人の体感としては大体それくらいの年頃から融通がきかなくなっていくらしい。友人はわたしが受けた理不尽(主にお局様)の話を聞くたび「凝り固まった奴らはどうしようもないよ」と諦め顔で笑う。
 友人の言葉には納得できたりできなかったりするけれど、個人的には「大人になったら性格は濃縮される」という持論を推したい。気の利く人がいつしか神経質になったり、雑な人はおおらかになったり。自我が確立した人間の性格は、とんでもない理不尽や幸運が無ければ、培った自我から派生していくものだと思っている。
 と、したり顔で喋ったものの、わたしの体感として自我の芽生えはつい最近で、偶然にも25歳の時だ。友人がどうしようもないよと匙を投げる年頃にやっと芽生えた。遅すぎる自我よ、おはよう。
 自我がない25年間は何をしていたんだと言われそうだけど、それなりに頑張って生きていた。もちろん記憶はあるし、自由意志もあるし、ちゃんと人間として過ごしていた。それでも不思議なことに、25歳の時不意に「自分はこういう人間なんだ」と納得する瞬間があったのだ。
 出来ること出来ないこと、やりたいことやれないこと。理解と諦めと希望がごちゃ混ぜになった不思議な気分だった。ふわふわと漂っていた自分の表面に薄皮が張られたような、世界の解像度が上がったような、言い知れない感覚をどう表せばいいのかよくわからない。
 だけどひとつ確かにわかるのは、自分と他人は違う人間だ、とこれまで以上に感じるようになったこと。自分の基本的なかたちがわかったから、生きるのが少し楽になった。
 大辞林によると、自我とは「意識や行為を主体としてつかさどる主体としての私」らしい。細かい定義を個人がどれだけ認識しているかはさておき、インターネット上では「最近自我が芽生えた」と呟くアカウントがいくつか存在する。自分を赤ちゃんだと思う人RT、みたいな感じではなく「主体としての私」が芽生えたのがつい最近、という雰囲気のアカウントだ。

 自我が芽生える前後のツイートを遡って見てみても、特に差異は感じない。普通に人生の断片が記載されているだけで自我の有る無しなんてわからない。それでも本人の体感として「最近自我が芽生えた」という意識があるのは、わたしと境遇が似ているようで親近感が持てた。
 そんな顔もしらないアカウント達が「自分は20代後半に芽生えた。周囲もそれくらいで芽生える人が多い」「自分は双子だから物ごころついた時から他人との違いや自我を感じて生きていた」「自我が芽生える前の生き方をよく覚えていない」などと呟く様子を眺めるのが好きだった。
 他人に求められる役割や、着せられがちな生き方がある。だけどそれよりも自分の行きたい道があって、思考しながら日々進む。思い悩むこともあるけど他人のことはあまり、気にしなくなった。
 友人たちも似たような感じだ。個人主義になったと言えばいいのだろうか。みんな自分の世界があって、他人の世界も大切にする。学生時代と違って気の合わない人たちとは距離も置けるし、大人になってからの方が楽しい人間関係を築けると確信した。
 確信した。そう、それは間違いじゃない。だけど気になることがあるのだ。
 自分というかたちを知るほど、興味のないものを全く取り込まなくなってきた。行動の自由度が高まった分、思い通りにならない時に苛立ちを感じてしまう。わたしはどんどん我儘になっている気がした。
 友人の言葉を借りれば、人間は25歳を過ぎると性格を変えることができない。
 これはもしかして「だいたい25歳あたりから自分の歩き方がわかるから進む道を譲らなくなる。結果として柔軟性が無くなり、自分を形作る価値観の再編ができない」のではないか。そしてわたしの理論では性格というのは濃縮される。価値観の再編ができないままどんどん濃くなっていく。
 
ここで一文、山月記から引用をする。
「人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。」
 濃縮されゆく人間の気質は、いずれ猛獣に至る。
 このまま気のおけない友人に囲まれて、自分のやりたいことをやって、見たいものだけを見ていったらわたしの性格はどんな風に濃縮されるのだろう。今現在、気の合わない人たちを排除した人間関係を築いているくらいだ、この先解放的な性格になるとは思えない。
 自分の世界を深めることは、他人が持つ世界との差異を浮き彫りにすることだ。自分の信条に合わない世界も必ずあるだろう。わたしはそれを尊重できるだろうか。
 耳に優しい言葉を聞いて、見たいものだけを見て、自分の世界を深めていく。それは風の吹かない部屋で延々と穴を掘ることと何が違うのだろう。わたしがいつか狭い穴の中で暮らすようになったら、「外は晴れてるから出ておいで」と言ってくれる人はいるだろうか。もし誰もいなかったら、わたしは永遠に穴の中で暮らす羽目になる。
 そして「穴の中より広い家の方が荷物も置けるし便利だよ」という他人の忠告を、忠告として受け取ることができるだろうか。視野が狭くなってしまえば、自分の世界以外のものは全て亜流に見えるかもしれない。「この穴の良さがわからないなんて」とか言ってしまうかもしれない。
 
 自分が世間一般から大きく外れた生き物になってしまう可能性を、初めて考えた。
 そして、冷やかな目で見られ持て余されたお局様に自分の姿が重なる。
 わたしもお局様のようになる可能性がある。
 そんな考えに至った時、心の中で虎が吠えたような気がした。


内側からの足音
 ここで改めて、山月記を復習する。

山月記 (中島 敦) 隴西(ろうさい)の李徴(りちょう)は博学才穎(さいえい)、天宝の末年、若くして名を虎榜(こぼう)に連ね、ついで江南尉(こwww.aozora.gr.jp

 ものすごく簡単にあらすじを書く。
 能力はあるのに生活が苦しい李徴という男がいる。地方の役人を辞めて詩で生きようとするものの全然売れない。家族養うには詩じゃ無理だな、と再び役人になるも、昔見下していた奴らが出世して指示出ししてくるからプライドがぼろぼろ。発狂して虎になってしまった。
 そして虎として生きていた李徴は、かつての友人である袁傪と再会する。
 李徴は袁傪と会話をする。「何かが呼んでるから外に出たら自然と走り出しちゃって、すごい夢中で走るうちに力がみなぎって、気づいたら虎になってたんだよね」「人の心と虎の心が混じってるから、うさぎ食べる時もあれば自己嫌悪がやばい時もある」「このまま虎になる予感がするけど、詩で有名になれなかったのが心底辛いからちょっとこの詩メモって」とか。
 そして「でも虎になった理由、心当たり無いわけじゃない」と、以下のように語る。

 人間であった時、己は努めて人との交りを避けた。人々は己を倨傲だ、尊大だといった。
実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論、曾ての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。
(中略)
 人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。 

 そして李徴は「妻と子供にはもう死んだよって伝えて」「妻子よりも詩のことを先に話しちゃうあたりほんと虎」と自嘲しつつも「もうこの道通らないでね」「ちょっと歩いたら振り返ってみて。今の姿見せる。もう二度と君が会いたいなんて思わないように」と話して、宣言通りに虎となった姿を見せて、友人の前から姿を消す。
 以上、ざっくりとした説明だけど、引用部分には思い当たる節しか無くひたすらに心が痛い。中島敦の破壊力に怯えるとともに、これがデビュー作という事実に驚く。
 そして大事なところだから何度も引用をする。
「人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。」
  
 わたしの中に芽吹いた自我は、よりよい人生への切符であると同時に猛獣の幼生でもあった。自分と世界の間に線を引く術を知ってしまったから、世界を自分のことのように感じ入ることが無くなって呼吸が楽になった反面、濃縮されゆく自分自身を希釈することが難しくなった。
 自分の見える範囲、好きな範囲だけを掘り進めるのが本当に楽しいからこそ、強く思う。自我は、猛獣だ。虎だ。そして心地よい世界への入り口だ。李徴が虎になった時「身体中に力が充ち満ちた感じ」と表現された理由がよくわかる。
 自分に自信を持つことは、素晴らしくもあり恐ろしい。
 有名な動画だけど、自分を信じることの恐ろしさはこれを見るとわかりやすい。この動画ではバスケットボールが延々とパスされていく。そこで、動画の中で「白服の人が何回パスに参加したか」を答えてほしい。 

 おわかりいただけただろうか。
 この動画の目的に気づいてもらえただろうか。 
 動画には事実が映されている。そのうち、わたし達はどれだけの情報を受け取っただろうか。見たいものは見えたとしても、見なかったものは、無かったことにされただろうか。自分でも気づかないうちにかけていた色眼鏡は、いつ外せるのだろうか。

 どうしてこんなにも、わたしは自分の中にいる猛獣を恐れているのか。
 それは「素敵な自分でいたい」とか「よりアップデートされた自分でいたい」なんていうお綺麗なものじゃなくて、ただ単に身近な怪物たちが哀れで醜いからだ。
 愚痴ついでに説明するとお局様の他にもう一人、職場に怪物がいる。
 わたしと同時期に入ってきた男の子だった。素直で明るい体育会系で、愚痴をこぼすのが下手くそ。溜め込んでしまうタイプだなあと気にかけていたけど、ちょっと会わない間に怪物に変貌していた。

 彼は愚痴を言うのも、話し相手を選ぶのも下手だった。どんな悪態にも同調し、否定せず、建設的な意見よりも感情的な意見を述べ、煽ることが得意な奴とつるんでしまった結果、自分の抱く負の感情を全て「尊重されるべき真っ当なもの」と思うようになった。友人は選んだ方がいい。悪い奴じゃなくても癖のある奴は用法容量を守るべき。ちなみに癖だらけの煽りマンは、わたしがプレイしているゲームに出てくる「キャスターリンボ」という奴が本当によく似てる。
 
 彼は職場の人間のうち大半を嫌いになった。もちろん顔には出さないけれど、壁に耳あり障子に目あり、キャスターリンボと話している内容は筒抜けだから彼の罵詈雑言レパートリーは皆よく知るところである。
 
 彼が人を嫌う基準は、最初こそ真っ当だった。仕事が適当だとか、やり方が強引だとか。その点、性別や見た目、歩き方やで人を嫌うお局様とは違う。しかし次第に腹を立てるハードルがどんどん下がって、人によって許す許さないの基準を大きく変えた。
 そして一度嫌いになった人間を徹底的にマークして、どんな同情的背景があろうと、その背景含めて人間性や犯したミスを延々と馬鹿にするのだ。「あいつの事情なんて俺知らない」と子どものように頬を膨らませながら。
 そして後輩たちを集めて、愚痴を肴に飲み会を開く。下には強く上には媚び、ながら唾を吐く。なお建設的な意見を表立って言いはしない。影でこそこそと、キャスターリンボや後輩たちに愚痴るだけだ。
 愚痴のレベルがえげつない彼は、今でこそ腫れ物に触るように扱われるけれど、仕事に対する誠実さや巧みな話術は目を見張るものがあって、キャスターリンボとつるみさえしなければ将来の幹部候補だったと上司が嘆いていた。でも今の彼が幹部になったらパワハラセクハラモラハラが権力と服を着て歩いているような感じになってしまう。とんだ化け物だ。そうなればすみやかに辞職しなければならない。
 
 人間の相性は化学反応のようで、理想通りには進まない。向けられた感情を鏡のように反射するコミュニケーション術を持ったキャスターリンボと、負の感情のコントロールが下手くそな彼は、壊滅的に相性が良すぎたのだろう。
 かつて同期として肩を並べていたはずの彼は、随分遠くに行ってしまった。入ってきた頃は、溜息交じりに扱い方を囁かれるような人間ではなかった。こうなる前に何か出来ることがあったのかもしれない。そんなことを考えては、現状を思い気分が沈んだ。今のわたしは彼に嫌われているから何を言っても届かない。
 
 お局様も彼も、良いところはあるものの人間として尊敬できない。好きか嫌いかで言えば嫌いだ。興味はあるし同情もするけど、こんな人間にはなりたくない。だけどわたしは最近、自分の都合で他人に苛立つことが増えた。あえて見たいものだけを見ているように思う。見たくない自分を見つめていると、二人とも、わたしの生きる延長線上に立っている気がした。

 周囲を巻き込みながらも気持ちよく生きている二人がどうにも他人事には思えない。わたしが彼に対して何かしたかったと思うのは、自分がもし怪物になった時、誰かに止めてほしいと思うからなのかもしれない。



臆病者の旅路
 「自分が行動を起こせば変わった、なんて思うのは傲慢だよ」
 
 怪物になった彼のことを引きずるわたしに、屈強なミスチルファンがそう言った。このミスチルファン(以下ファンと呼ぶ)は彼のことを友人の友人程度に知っており、彼の変貌過程も知っている。

 「あいつは成るべくしてそう成ったんだよ。あんなになっても誰も止めてくれない程度の人間関係しか築けなかったあいつ自身に問題があるから、周りがどうこうって問題じゃない。そこまで気にするのは筋違いだし踏み込み過ぎ」とファンは言う。ドライな意見に聞こえるけど自信満々に言われると一理あるような気がしてくる。
 ファンはわたしよりも早い段階で「自我」を確立していた。中学高校の時には既に今と同じ自分の世界を、自分の理論を持っていたらしい。そして「調子乗ってたらボコボコにされたけど、叱ってくれる人がいなかったら自意識モンスターになってたから良かった」と話してくれたことがある。
 
 もしかしたら、自意識モンスターという概念を持っているファンには自分が怪物になる恐怖を理解してもらえるかもしれない。そんな思いで打ち明けた。これまで書き連ねてきたことを、一から十まで長々と。
 ファンは時々頷きながら、黙って聞いてくれた。そして話が終わり、沈黙が続く。どんな反応をするかと待っていたら、ファンは突然歌い出した。
「滞らないように揺れて流れて、透き通ってく水のような心であれたら「アー↑」

 名曲HANABIである。
 「HANABIだ、まじHANABIだわ」と、ファンはひとりで納得しながら桜井さんすごいと呪文のように唱えた。そして「今度ミスチルの詩集貸すよ……曲もいいけど文字で見たら全然雰囲気違うし染み込み方が違うから」と力強く約束してくれた。ミスチルが詩集を出していたことを、わたしはその時初めて知った。
 
 ファンが言うには、HANABIという曲は「ボーカルの桜井さんが冬場金魚の水槽を掃除するときにね、水が冷たいからちょっと貯めて放置しつつ……あれ塩素抜きを兼ねてたんだっけ? まあいいけど水貯めた翌日水の中に金魚を入れたらバタバタ死んでね、金魚が死んだのは水の中に空気が無かったからなんだけど、ああ水も死ぬんだな、人間も同じだなあという思いからHANABIという曲が生まれたんだよ」ということらしい。
 ファンは歌い出し以降、わたしの怪物化への懸念に言及することなく、いかに桜井さんが素晴らしいかという話を延々と続けた。詩の作り込みが凄まじく、自分が生きる中で曲の印象が変わっていくのが面白いのだと。そして「HANABIの解釈がまたひとつ深まってしまった」「桜井さんはアップテンポな曲に容易く地獄を放り込む」と満足そうに去っていった。
 
 わたしはミスチルファン歴が浅く、桜井さんのことはまだよくわからない。だけどファンの感性や屈強さは心から信頼している。だから、わたしが怪物の話をした直後に突如歌われたフレーズをファンの回答として勝手に受け取ることとした。
 空気も水も溜まれば淀む。人だって立ち止まれば淀むのだ。透き通った心でいたいなら常に心を動かさなくてはならない……そういうことなんだろう。と思った矢先にファンからLINEが届いた。
 「今みたいに揺れるのが大事なんだと思う」「自分はこれでいいのかって悩み続けること自体に意味があって」「どんどん新しいものを取り入れていけば」「自浄作用も働くし」「周りの人からも大事にしてもらえる」
 細切れに届く言葉は胸に響くものの、お前それ面と向かって言ってほしかったし何なら歌う前に言ってくれやという気持ちが前に出る。
 
 だけどこういう想定外の行動によって、自分の思い浮かべるやりとりよりも斜め上のやりとりが生まれた時、世界はわからんことだらけだなあと驚きを感じる。面白い時も苛立つ時もあるけど、こうやって人から驚きを貰える限り、わたしの世界はおそらく滞らないのだと思う。
 問題はわたし自身が、自分の心を「揺れて流れる」ような不安定すぎる場所に置き続けられるか、ということで。驚きを与えてくれる友人がいても、結局は自分次第だ。


 心に住まう猛獣はわたし自身であり、手綱も握っている。だけど、不安がどうにも拭えない。他の人たちはわたしのように猛獣を恐れたりしないのだろうか。ただ真っ直ぐに生きているのか、それとも自分を恐れることなく律することが出来るのか。
 
 本来これは感じなくても生きていける恐怖なのかもしれない。だとしたら、そんなものに怯えているわたしは貧乏くじを引いてしまったのか、あるいは精神が未熟なのか。
 そんなことを考えている時、インターネットで出会った友人の言葉を思い出した。ぼんやりと覚えていたものを、もう一度あれ教えてと頼みこんだらログを発掘してくれたので引用させていただく。

 「文明の広がりと生命維持とか考えると色々面白いよね。例えば日本人はとても鬱になりやすいけど、統計とってみるとアフリカ(人類の起源)から離れるほどセロトニントランスポーター(心の安定に寄与する物質を運ぶもの)の働きが弱いんだってさ。つまりとても不安になりやすい」
「でも私たちがアフリカから極東に辿り着くには、それは重要なことだったんだよね。不安で周りを確認しておっかなびっくり足を踏み出す人間じゃないと、遠くの目的地には到達できない。人間どうしたってネガティブになりがちだけど、私たちはネガティブだからこそ今まで生存できてたってわけです」
「古代文明が栄えた場所も、全部あったかいところなんだよね。シュメール、アッカド、バビロニア。ほかの四大文明も。でも、時代を追うにつれて主役は北へ北へと移っていってるんだよね。やっぱりアフリカから遠く離れれば離れるほど不安だから、色々立ち止まって考えることが多くて、その結果なのかもしれないなあなんて思ったりします」
「じゃあ、移動手段と情報伝達が過度に発達した現代や未来はどうなるんだろうって思うと、途端に法則が当てはまらなくなるから困る。文明の北上は臨界点だし、等しく技術が飽和したなら、今度は環境の恵まれた南の辺りから自由な発想が生まれてくるのかもしれないし、もしかしたら、さらなる北を求めて人間は宇宙にさまよい出すのかもしれないなって思いました」
 
 この話を聞いた当時は、人間すげえや、とか何でこの人こんなこと知ってるのすごっ面白っとしか思わなかった。だけど今はこの話に励まされている。
 
 臆病者じゃないと到達できない場所がある。精神論じゃない。今わたしがここで生きているのは、過去の臆病者たちが一歩を踏み出した結果。わたしの未熟さ、抱える恐怖は、もしかしたら遥か遠くに辿り着くために必要な要素なのかもしれない。
 
 行き着く先できっとわたしは色んなものに触れて、考えて、自分を確かめては組み替える。心の中の猛獣に押しつぶされて他を顧みない怪物となれば、完結した世界に満足して旅に出る気にもならないだろう。だけど恐怖に震える間は、怪物にならず歩いて行ける。長い旅路に意味はある。現に足を伸ばしてオンラインの世界に辿り着いたからこそ友人に出会い、知識に触れ、こうして励まされたのだから。



いつか怪物になるわたしへ

 それでもやっぱり、わたしはいつか怪物になると思う。
 いずれ自分が塗り替えられるという恐怖と戦いながら、怪物化に抗いながら、最終的には成ってしまうと思うのだ。様々なものを見聞きして、考え込んで、いつか考えることを止めて。そうして引き籠る内側の世界はきっと居心地が良い。自分を疑い続けるような旅を続けるより、好きなものだけを追及する方が幸せだと思う。
 
 自分の世界の外に向けた想像力が、わたしを人間たらしめている。目の前に立っている人が見えないところで泣いている可能性を考えるし、自分の理屈が他人に通用しないことを知っている。
 だけどこの想像力を全て自分のためだけに使うのなら、誰が泣こうが喚こうが知ったこっちゃないし、理屈は押し通すものとして狡猾に立ち回るだろう。自分のためだけに生きれば毎日がもっと楽になる。
 怪物になりたくないと思うたび、怪物の良さを突き付けられる。いつの日かこんな風に悩むことすら面倒になって、全てを放り投げて大の字に寝転ぶ時が必ずやって来る。わたしは臆病な奴だから、自分を傷つけて揺るがすものから必ず逃げたくなるだろう。そして考えることを止めて、周りにイエスマンだけを置いて、自分だけの素敵な世界を作りたくなるはずだ。
 
 怪物になったら、怪物じゃない時の理想なんて理解できないかもしれない。だから正気があるうちに「わたしが変なことを言ったらボコボコにしてほしい」と介錯願いを数人に出している。勇者を育てる魔王がいたならこんな気分なのかもしれない。どうか綺麗に殺しておくれ、わが愛しの勇者たちよ。もし君達が先に怪物化したら喜び勇んで殴りに行くね。
 いつか怪物になるわたしは、世間で触れ合う怪物どもに中指を立てて生きている。いずれ自分も辿る道、自覚も無しに通る道。哀れで醜い、と言われる側に立った時、わたしは何を見ているだろう。自分が怪物になったと気づかず、他の奴らを見下しているのだろうか。実はもうとっくに怪物なのかもしれないけど、勇者たちからの正論パンチが飛んできていないからまだセーフだと思いたい。
 ふざけて「虎になる」なんて言っていた頃から、随分遠くに来てしまった。見える景色も歩き方も随分変わったけど、わたしという人間の連続性はゆるやかに保たれながら過去から未来へ伸びていく。願わくばこの悩ましい旅路が、葛藤ばかりではなく瑞々しい驚きと喜びに満ちたものになりますように。
 この文章はいつか怪物になるわたしへ向けた弔辞であり、激励であり、備忘録だ。

cat_oa-rp24814_issue_ae7c3b51b739 oa-rp24814_0_76664735ab30_マーケターが本当に注目すべきタイトルとは?〜2020年上半期の国内スマホゲーム月別ダウンロードランキングTOP50のトレンド分析〜 76664735ab30 76664735ab30 マーケターが本当に注目すべきタイトルとは?〜2020年上半期の国内スマホゲーム月別ダウンロードランキングTOP50のトレンド分析〜 oa-rp24814

マーケターが本当に注目すべきタイトルとは?〜2020年上半期の国内スマホゲーム月別ダウンロードランキングTOP50のトレンド分析〜

2020年10月30日 09:00 note(ノート)

今年の4月に書いた「国内スマホゲーム月別ダウンロードランキングTOP50を大解剖〜ダウンロード数が多いタイトルの共通点とは?」が思いがけずとても多くの方に読んでもらえる記事になりました。スマホゲームの売上やセールスランキングに関する記事は多いですが、ダウンロードに焦点を当てた記事が少ないことが読んでもらえた理由かなと思っています。

前回2019年のダウンロードランキングのデータを元にトレンドを紹介しましたが、今回は続編として2020年上半期のスマホゲームアプリのダウンロードのトレンドデータ公開します。2020年上半期のコロナ渦においてどんなゲームが多くダウンロードされていたのか、少しでもマーケターのみなさんの役に立てば幸いです。

今回もApp Annieから特別に月別ダウンロードTOP10のデータをnoteで公開する許可を特別にいただきました。 さらに詳細なデータはぜひApp Annieをご利用ください。


2020年上半期の月別スマホゲームDLランキングTOP10


2020年上半期のゲーム業界の大きなトピックは、2020年2月下旬から本格化した新型コロナウイルス感染拡大と、任天堂の「あつまれ どうぶつの森(あつ森)」のメガヒットです。この2つの影響がスマホゲームのダウンロードランキングにも顕著に現れています。

まず1つ目の影響は、どうぶつの森のスマホゲームアプリ「どうぶつの森 ポケットキャンプ(ポケ森)」の躍進です。「あつ森」の発売以降の3月〜5月に一気に順位を上げており、この期間で最もダウンロード数が多いゲームになりました。「ポケ森」のリリースは2017年10月ですから、驚異的な伸びと言えます。クロスプラットフォームの影響やポテンシャルの大きさを実感したトピックでした。


【Sp!cemartゲームアプリ調査隊】無料DL・セルラン共に急上昇——最新作『あつ森』発売後、『どうぶつの森 ポケットキャンプ』で何が起こったのか | Social Game Info
スマートフォンゲームの日々の運用とその効果をリサーチし、ゲーム関連企業へマーケティングデータを提供するSp!cemart(
gamebiz.jp



そして2つ目の影響は、カジュアルゲームの躍進です。ハイパーカジュアルはもちろんなのですが、パズルゲームの「トゥーンブラスト」、「ガーデンスケイプ」、「フィッシュダム」などのパズルゲームと「Brain Test」などの脳トレ系クイズアプリが順位を大きく上げました。

これは、緊急事態宣言期間中のおうちエンタメとしてスマホゲームを始めた、もしくは久しぶりにゲームをプレイしたカジュアルゲーマ層が多く生まれたことを意味していると思います。実際に緊急事態宣言が終了した後の6月はダウンロードランキングの傾向は変化しています。

ダウンロードTOP10のジャンル別タイトル数の推移


またこのタイミングでおうちエンタメとしてスマホゲームを始めた人のアプリとの出会い方は「デジタル広告」が多いと考えています(ポケ森は例外として)。そう考える理由は、①このタイミングでゲームを開始/復帰するユーザはゲーム情報を能動的に探す層ではないと考えられること、②デジタル広告の出稿量が多いタイトルが上位に入っていることです。

2020年上半期月別ランキングTOP50タイトルのトレンド


分析の対象を月別TOP50まで広げてトレンドの推移を見てみると、2020年も引き続きハイパーカジュアルゲームのランクインの数が成長しています。2019年の分析記事では、TOP50の3本に1本がハイパーカジュアルと書きましたが、2020年は2本に1本の割合に迫る勢いです。これは世界共通のアプリゲームトレンドです。



新型コロナの影響を受けスマホアプリのダウンロード数、消費支出が過去最高を記録 App Annieが2020年上半期のモバイル市場に関するレポートを発表
App Annie Japan 株式会社のプレスリリース(2020年8月20日 11時00分)新型コロナの影響を受けスマホ
prtimes.jp



その他、全体的なトレンドの気づきや視点は前回の2019年データの記事に書いた以下のポイントからは大きくは変化はありませんでした。

”①上位ランクインタイトルの多くが「IP」か「カジュアル群」であること②版権/オリジナルを問わず「パズルゲーム」の躍進がすごいこと③新作ではなく認知度も高くないゲームがTOP50にランクインしていること④新作でも複数月でTOP50にランクインできているゲームが少ないこと⑤周年や大型プロモ時にTOP50にランクインできているゲームがあること

この観点を元に上半期のダンロードランキングの視点での注目タイトルをいくつかピックアップしたいと思います。


上半期ダウンロードランキングで注目すべきタイトルまずは2020年上半期にリリースされた新作タイトルについて。この分析では特にダウンロード獲得に成功した新作タイトルを、①月別ダウンロードTOP10にランクインしたタイトル、②複数月でTOP50にランクインしたタイトルと定義しています。それがどんなタイトルだったのかを知っておくことはダウンロードを増やす意味でのヒントになると思います。


①月別ダウンロードTOP10にランクインしたタイトル
2020年の上半期は13タイトルの新作がTOP10に入っていて、IPタイトルが8タイトルとミッドコアオリジナルタイトルが5タイトルでした。IPタイトルでは、熱量の高いファンを抱えたIPのスマホゲーム1作目が多いと感じます。特に「ミニ四駆超速グランプリ」、「メダロットS」が多くのダウンロードを獲得していることは驚きで、まだまだスマホゲームで成功できるIPは多く存在していることを示しています。

またミッドコアオリジナルの新作でTOP10にランクインしていたタイトルはやはりプロモーションで目立っていた、工夫していたタイトルと言えそうです。注目したいのはサイバーエージェントグループの2タイトル、「キックフライト」と「マジカミ」です。これらのタイトルはプロモーションの工夫が目立っていたタイトルのように思います。IPタイトルに入っている「このファン」を加えると、サイバーエージェントグループは3タイトルをTOP10に送り込んでおり、リリースプロモーションに強みを持っていると感じます。


②複数月で月別ダウンロードTOP50にランクインした新作タイトル
複数月でランクインした新作タイトルは10タイトルでした。そのうちの6タイトルはTOP10にも入っていました。つまりTOP10に入ったタイトルの半分も翌月にはTOP50に入れていません。個人的な考えとしては、スマホゲームにおいては長期間ダウンロードを獲得し続けることができることが理想的で大ヒットになるための条件だと考えています。その意味では、特に「ディズニー ツイステッドワンダーランド」の右肩上がりの躍進ぶりはすさまじく、2020年を代表する新作タイトルと言えます。


【Sp!cemartゲームアプリ調査隊】勢いが止まらない『ディズニー ツイステッドワンダーランド』…ランキング上位を維持する背景とその魅力 | Social Game Info
スマートフォンゲームの日々の運用とその効果をリサーチし、ゲーム関連企業へマーケティングデータを提供するSp!cemart(
gamebiz.jp



また「魔剣伝説」はTOP10に入っていないものの、こちらもプロモーションの工夫が目立っており(やんちゃな工夫とも言えますが)、セールスランキングにも結果が出ていることを考えると、注目すべきかなと思います。


③周年やキャンペーンでTOP50に入っていたロングセラータイトル
上半期は「あつ森」が凄まじかった話は前述しましたので、それ以外のロングセラータイトルをピックアップすると、2月の「モンスターストライク」と5月の「白猫プロジェクト」が大きくダウンロードを伸ばしTOP10入りしていました。この主要因はどちらも「鬼滅の刃コラボ」です。コラボの力を再認識するトピックでした。


【Sp!cemartゲームアプリ調査隊】『モンスト』×「鬼滅の刃」コラボを分析…IP頼りで終わらず、推奨行動など多様な施策で盛り上げる | Social Game Info
スマートフォンゲームの日々の運用とその効果をリサーチし、ゲーム関連企業へマーケティングデータを提供するSp!cemart(
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【Sp!cemartゲームアプリ調査隊】『白猫プロジェクト』×「鬼滅の刃」コラボを分析…新規・休眠復帰ユーザーの流入にも大きく貢献 | Social Game Info
スマートフォンゲームの日々の運用とその効果をリサーチし、ゲーム関連企業へマーケティングデータを提供するSp!cemart(
gamebiz.jp



また2019年から引き続きですが、「放置少女」は上半期で3回TOP50にランクインしています。デジタルマーケティングを中心として成長を続けてきた印象が強いですが、この2年ほどは和田アキ子さんや橋本環奈さんなど国民的知名度のタレントを活用したTVCMなどのマスマーケティングを積極的に活用して成長を持続しています。また制作したCMはYouTubeでも積極的に広告を展開しており、なんと上半期の橋本環奈さんを起用したCMのYouTube再生数は5000万再生超で、上半期に公開されたYouTubeの動画の中で全体3位の再生数になっています。持続的なユーザ獲得の成功には、積極的なプロモーションが背景にあることがよくわかると思います。



2020年上半期に最も再生された動画やチャンネルは?「インフルエンサーパワーランキング by BitStar」
株式会社BitStarのプレスリリース(2020年7月31日 15時00分)2020年上半期に最も再生された動画やチャンネ
prtimes.jp



スマホゲームにとってユーザ獲得は大きな命題であり課題です。このような視点でランキングを分析すると、本当に注目すべきタイトルが見えてくると思うのでおすすめです。

”■マーケターが注目すべきタイトルの探し方①月別ダウンロードTOP10にランクインしたタイトル②複数月でTOP50にランクインしたタイトル

スマホゲーム業界はセールスランキングに目が向きがちですが、ダウンロードランキングにもたくさんのマーケティングのヒントがあると思います。また定期的にこのテーマでnoteを書いていきたいと思いますので、ぜひ参考になった方はいいねやシェアをお願いします!

おまけ)2016年12月〜現在までのトレンドの変化

おまけとして、2016年12月から2020年上半期の独自のゲームカテゴリ分類によるゲームカテゴリ別のランクイン数の推移のデータを貼っておきます。このように推移で見ると、この3−4年の間の中でもトレンドが変化していることがよくわかりますね。

”・ハイパーカジュアルゲームのランクインは2倍以上に・ミッドコア系タイトルのランクインは2分の1に・引き続き堅調なIPタイトルとパズルゲーム※リリースタイトル数の変化の影響も大きいと思います”


このようにトレンドを掴むためには、ゲームジャンルやカテゴリ別に分析をする必要があり、これまでMOTTO社では各ゲームタイトルのゲームジャンルをコツコツで手作業でタグ付けをしていました。これがとても地味で大変な作業だったのですが、なんとApp Annieが各ゲームのジャンルやマネタイズモデルを分類し、分析できるようにする「GameI Q」という新サービスの提供を開始しました。これを使うととってもかんたんにゲームカテゴリの分類ができてトレンド分析もかんたんになると思いますのでおすすめです。(もっと早く欲しかった)

”競争が激化するゲームアプリの市場・競合分析を簡単かつ高精度に実現 App Annie、モバイルゲーム業界向けに新製品『Game IQ』リリース〜収益を高めるための投資判断や意思決定をサポート〜https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000144.000011276.html


関連テーマのウェビナーのお知らせ11月にはこのnoteにも関連したスマホゲームのマーケティングをテーマにしたウェビナーにいくつか登壇しますので、告知をさせてください!ご興味がある方はぜひご参加ください!

①LIFTOFF×Apps Flyer 「ゲームアプリマーケティングウェビナー」
日時:11月5日(木) 14:00 - 15:00
テーマ:確実にユーザー獲得&スケールアップに繋がるゲームアプリマーケティングとは
申し込み:こちらから




日本と海外での実エピソード&成功事例をお届け
AppsFlyerとLiftoff共催の本ウェビナーでは、Liftoffが直近リリースした2020版モバイルゲームアプリレ
info.liftoff.io



②App Annie 「Mobile Leaders Summit」
日時:11月11日(水) 14:00 - 14:30
テーマ:ゲームアプリにおける今後のマネタイズ戦略
申し込み:こちらから



Mobile Leaders Summit|アップアニー
11月10日(火)〜12日(木)オンライン開催
go.appannie.com



③SGMS  スマホゲームマーケターズサミット ウェビナー 
日時:11月20日(金) 17:00 - 18:30
テーマ:成果にコミットするスマホゲームのSNS/Twitter活用
申し込み:こちらから




11月20日(火)17時開催の第3回SGMSのウェビナー 「成果にコミットするスマホゲームのSNS/Twitter活用」を開催します。100名限定無料での開催ですので、ご参加のご登録はお早めに!
▼SGMS HOTLINE(ウェビナー)とは スマホゲームマーケティングに特化したウェビナーシリーズです。スマホゲームに特
us02web.zoom.us

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cat_oa-rp24814_issue_ae7c3b51b739 oa-rp24814_0_5a08662f6ee5_子どもと作る「ほうれん草の白和え」から考える組織開発 5a08662f6ee5 5a08662f6ee5 子どもと作る「ほうれん草の白和え」から考える組織開発 oa-rp24814

子どもと作る「ほうれん草の白和え」から考える組織開発

2020年10月30日 07:00 note(ノート)

2歳の子どもが、野菜を食べたがりません。さて、どうしたものでしょう。味噌汁も、鍋物の野菜も、煮物も、サラダもダメです。どうしたら野菜を食べてくれるだろうか?と、気合いというか念(怨念)のようなものを込めて料理をつくっても、結局食べてくれません。

野菜を食べてくれないと、栄養が偏っているんじゃないかとか、いろいろ心配になります。しかし、まぁ、そんなに細かく気にしなくても、よほど塩分や糖度の高いものでなければ、食事をとってくれていれば良しとしよう、という風に思っているものの、やはり野菜を食べてもらうと嬉しいのです。

ほうれん草の白和えに、2歳児が参加する晩御飯の支度をしているとき、ふと我が家の2歳児が暇そうにしていたので、ほうれん草の白和えをつくるために豆腐をつぶしてもらおうと頼んでみました。使った道具は、無印良品のステンレス泡だて器(小)。これを使って、地道に豆腐を潰してもらいます。


ステンレス 泡立て・小 | 無印良品
適度にしなるワイヤーで楽に泡立てられます。
www.muji.com




豆腐が潰れていくプロセスって、子どもからすると粘土遊びみたいで面白いんですよね。そこに、ちょこっと味噌を加えて混ぜてもらいます。これもまた、絵の具とか粘土みたいで面白い。どんどん混ぜてくれます。(テーブルに、豆腐を少し撒き散らしながら)




そこに、茹でて水で締めて刻んだほうれん草を放り込み、さらに混ぜていきます。ほうれん草と豆腐をからめるのはちょっと一苦労なので、ぼくも木べらで参加します。一緒に混ぜていると、なんだか楽しくなってきます。

ちなみに、レシピは樋口直哉さんのこちらを参考にしています。


程よく混ざったところで、一緒につまみ食いをしてみました。おいし〜!と目を輝かせました。そう、つまみ食いって美味しいですよね。ぼくも、キッチンで料理して、つまみ食いしながら缶ビールを飲む時間が大好きだし、そういう時のつまみ食いってとっても美味しいんですよね。

こうして作ったほうれん草の白和えを指し、妻に向かって「これはわたしがつくったやつ。食べてね」と伝えていました。自分は料理ができるし、つくったものが美味しいものになったと自信になったようです。

こうして、ほうれん草の白和えは、子どもの好物の一つになりました。野菜を食べなくて悩んでいたのが、小さく解消しました。

2歳児のごっこ遊びに、大人が参加するこれに味をしめたぼくは、チジミをつくるときに小麦粉や片栗粉を水でといてもらったり、コールスローをつくるときに酢と砂糖とマヨネーズを混ぜてもらったり、無印のステンレス泡だて器(小)を使ってできることをあれこれやってもらうようになりました。

そうすると、コールスローや野菜チヂミもよく食べます。やはり、自分が手を加えたものへの愛着が生まれるようです。

さらに面白いことは、このステンレス泡だて器(小)が、子どものおもちゃのレパートリーに加わったことです。ままごと用のおもちゃの鍋のなかをこの泡立て器で混ぜ、ぬいぐるみ達にご飯を与えてごっこ遊びをしています。子どものごっこ遊びに参加しているときに、よくぼくも料理をつくってもらいます。

ここで重要なことは、ぼくがただ料理のプロセスに子どもを「参加させた」のではなく、普段から子どものごっこ遊びのなかの料理のプロセスに参加していたことです。この経験があるから、豆腐を潰すプロセスを遊びの延長に位置付けることができたのだと思います。


子どもは大人の実践に参加するが、大人は子どものごっこ遊びに参加する。このような"参加し合う関係"が、家事・育児の悩みを少し解消したということを考えると、様々なシーンで、ぼくは子どもの活動に参加できているか?子どもに参加の間口をひらけているか?を問い直すことができそうだと、発見しました。

組織開発との類推今回、こうして料理のプロセスに子どもに参加してもらうことで、子どもが料理の楽しみを知ったとともに、野菜を楽しんでくれるようになったわけですが、普段から子どもの活動にぼくが参加していることが下地になっていたことを発見しました。そこでふと「これって組織開発と似てるかも?」と思ったのです。

組織開発において、ロゴマークやビジョンステートメントなどのCI(コーポレートアイデンティティ)の開発を、社員の方々を巻き込んだワークショップを通じて開発することがあります。

大企業において、いくら良いロゴや良い理念(だと経営層が思ったもの)をつくっても、社員になかなか浸透しない、理解されないという悩みを聞きます。2歳児が、親が作った料理を食べてくれないのと似ています。

社員は2歳児じゃない!と怒られるかもしれません。もちろんそうです。しかし、この類推から考えられる「参加」というものが持つ本質を問い直したいのです。

社員への浸透を図るためにも、そもそもCIを作るプロセス自体をオープンにし、社員の方々に参加してもらうことで、名実ともに社員の思いが込もったものができあがります。2歳児が料理を作るプロセスに参加することで野菜を食べるようになることと似ています。

しかし、ただ参加してもらえば思いが込められるかというとそうではなく、コピーライターやデザイナーが仕上げている途中のものを吟味するプロセスもまた開示される必要があるでしょう。社員から意見だけ募集してあとはデザイナーが仕上げる、というやり方ではなく、完成までのプロセスが常にオープンになっている必要があります。この点は、「つまみ食い」をして、味を見て調整する必要があるのと似ているのかもしれません。

さらに、普段から社員の言葉や様子を見ていたかも問われるでしょう。そもそも会社の理念を一緒につくりたい!と思うほどモチベーションがなく、もっといろんな不満が山積しているようなら、ロゴ開発よりもまえにそうした不満について対話し、問題を解消するところから始めなくてはならないかもしれません。


普段から社員の活動に参加し、理念をともに作るための関係性の下地ができていてこそ、ボトムアップ型のワークショップは成功します。ここにもまた、"参加し合う関係"を見ることができます。

参加し合う関係が成立するか?普段から2歳児と一緒に遊び、ままごとのなかで料理をする仕草をしているのを観察していたからこそ、ぼくは豆腐を潰してもらおうと閃いたのだと思います。この子は料理にきっと興味を持っているはずだという仮説は、観察から立てたものです。

この類推から考えられることは、リーダーがプロセスを開示し、メンバーの参加の間口を開くことの重要性はもちろんのこと、リーダーが普段からメンバーの活動に参加している/参与観察していることが重要であると言えます。

「参加させる」「参加してもらう」という言い方をしている時点で気をつけたほうがよいかもしれません。「参加し合う」という関係性が成立していることが、家事でも組織開発でも条件となるでしょう。


NIKKEI STYLE出世ナビ「私のリーダー論」から、育児のヒントを得ることもできそうです。


「責任は僕が取る。やって」 現場の即断が社員育てる|出世ナビ|NIKKEI STYLE
アース製薬は2019年12月期の連結売上高が約1895億円の虫ケア商品・日用品大手だ。筆頭株主である大塚グループ出身の社長
style.nikkei.com

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cat_oa-rp24814_issue_ae7c3b51b739 oa-rp24814_0_10eff7418ff0_第九話 アイスの実in焼酎 10eff7418ff0 10eff7418ff0 第九話 アイスの実in焼酎 oa-rp24814

第九話 アイスの実in焼酎

2020年10月30日 06:26 note(ノート)






もうすぐハロウィン!お家パーティーでカラフルなアイスの実入りカクテルはどうですか?今回は焼酎で作りましたが、梅酒もオススメです。次回の更新は11月13日です。

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cat_oa-rp24814_issue_ae7c3b51b739 oa-rp24814_0_27f0a893b9d5_職場でコーヒーを淹れるようになって、くるりの歌詞の意味がわかった話 27f0a893b9d5 27f0a893b9d5 職場でコーヒーを淹れるようになって、くるりの歌詞の意味がわかった話 oa-rp24814

職場でコーヒーを淹れるようになって、くるりの歌詞の意味がわかった話

2020年10月30日 01:30 note(ノート)

こんばんは。自称Vtuberのブルーウェットふみ乃(@BLVEWHET)です。また雑記っぽいもの(雑記そのものでは)を書きました。

---

職場でコーヒーを淹れるようになった。いまの職場に来て4年目になるが、ずっとやりたいなと思っていたけどできていなかったことだ。理由はだいたい100個ぐらいあって……というのは嘘だけど、いろいろある。家でドリッパーがひとつ余っていたからとか、共用のインスタントコーヒーマシンが利用率低下により撤去されたからとか、少し長めに離席しても特に何も言われないくらいのポジションにはなってきたとか、そういうのだ。




”紙コップは細口ポット代わり(意外とお湯を細く出すことができるのです)”

淹れるといってもミルで豆を挽くことまではさすがにやりにくくて、挽いた粉を共用の冷凍庫に入れておいて、飲みたいときにドリップするくらいなんだけど、いちおう好きな粉で、淹れ立てを飲むことができる。わたしは家でもあんまり挽くことはしないズボラコーヒー民なので、おおむね家での運用と同じだ。

やってみるとこれが存外良い。クオリティ・オブ・職場環境が驚くほど上がって、なんていうか、驚いた(語彙)。自分で淹れたコーヒーをずずずーっとデスクで啜ると、一瞬自宅にいる感覚になって、緊張していたり、どよんとしていたりする気分をニュートラルにしてくれる。

ドリッパーが入る広口の保温ボトルを購入したのも正解だった。マグカップに直接入れても良かったのだけど、すぐ冷めてしまう。「冷めないこと」が、自宅感の演出には大事なんだなという、これは発見だった。

自分の好きなもので職場を彩る、とか、なにも興味が沸かなかったほうだったけど(むしろ仕事のオンオフが侵食し合う感じがして嫌いだったんだけど)こういうことだったんだな。学生じゃなくなって10年目になって、ようやっとわかった気になった。

たぶんわたしは自分の作る食事が好きだから、コーヒーがここまで効果があったんだと思う。例えば推しのアクキーをこっそり置くとか、ロッカールームで好きな音楽をワンコーラスだけ聴くとか、人によって効果的なことは違うと思う。わたしも年単位で時間がかかったけど、やっと自分の機嫌をとる方法を、ひとつ見つけることができた。

くるりの「ハイウェイ」の冒頭で歌われる「僕が旅に出る理由はだいたい百個ぐらいあって」という一節。当然だけど、「理由」は百個もあるわけではない。あそこで歌われているのは、比較的長い時間の積み重ねのなかで、いくつかの事象が重なり合った瞬間、本人もよくわからないけれど、その気になったという、そういう瞬間の出来事なんだろう。

そう、たぶん、そういう瞬間が訪れるのには、ある程度の時間がかかる。どうしても体が動かなかったり、ぐだぐだTwitterを見たり、じっと部屋の隅で体育座りをしたら日が暮れていたり、他人から見ると停滞してるだけなように見えたとしても、それは必要な時間なのだ。職場にコーヒーを淹れられるようになるだけで、わたしは10年かかった。

でもそれでいい、というか、そうとしかできないから、いちいち感動でもしながら、騙し騙しやっていくのがいいんだろうな。飛び出せるハイウェイなんてなくても、とりあえず職場でコーヒーを淹れられて、良い気分になれて、そういう自分を肯定的に見られるようになったことを、祝いたいと思うのだ。

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cat_oa-rp24814_issue_ae7c3b51b739 oa-rp24814_0_4a4b3a71974a_ずっと気になっていたサイゼの「ラム肉」を食べた 4a4b3a71974a 4a4b3a71974a ずっと気になっていたサイゼの「ラム肉」を食べた oa-rp24814

ずっと気になっていたサイゼの「ラム肉」を食べた

2020年10月29日 22:45 note(ノート)
cat_oa-rp24814_issue_ae7c3b51b739 oa-rp24814_0_e9ab460e07d1_立ち飲み屋が苦手な僕が立ち飲み屋に行く理由 e9ab460e07d1 e9ab460e07d1 立ち飲み屋が苦手な僕が立ち飲み屋に行く理由 oa-rp24814

立ち飲み屋が苦手な僕が立ち飲み屋に行く理由

2020年10月29日 21:22 note(ノート)

 立ち飲み屋が苦手だ。


 店構えがまず入りにくい。そして、一歩勇気を振り絞っても店の中でワイワイしている常連がいて心が折れる。意を決して入店できても、話しかけられたらどうしよう、店の人とうまくコミュニケーションできなかったらどうしようという不安が襲う。不安があると酒はまずくなる。まずい酒を飲むくらいなら一人で家で缶チューハイでも飲む。


 これは、「立ち飲み屋=常連の人と店員を交えながらワイワイコミュニケーションする場」という考えからくるものだ。
 世間的な立ち飲み屋の印象はまずこれではないか。この印象があるからこそ人はまず怖気付く。私もそうで、性格も災いして30近くになるまで立ち飲み屋は「こわい場所」という印象だった。
 そして私は「キレイめ」な店を回る。しかし、その世界で感じる疎外感。若者特有のノリ。これが一切わからない。話しかけられても「正しいノリ」がわからないのだ。いつの間にか、「キレイめ」な店も「こわい場所」へと変わっていった。
 とはいえ酒を飲むことが好きな私は、酒を飲める場所を求める。求め歩いて、最後に行き着いたのが、地元の立ち飲み屋だった。


 この店は以前から知っていたものの、玄人じみたおっちゃんたちがガラス越しに談笑しているのを見て、自分とは縁遠い世界だと思い込んでいた場所だ。新型コロナによる非常事態宣言が明けてすぐのころ、酒を外で飲みたいという気持ちから何気なくこの店に入ってから、立ち飲み屋について考え直させられた。
 断っておくが、立ち飲み屋への苦手意識が完全になくなったわけではない。コミュニケーションの素晴らしさに気づいたわけでもない。僕は相変わらず立ち飲み屋に入るまでは緊張するし、見知らぬ人と話せない。
 唯一変わったとすれば、「立ち飲み屋=常連の人と店員を交えながらワイワイコミュニケーションをする場」とは限らないのではないか、という考えに至ったことだ。


 非常に表現しがたいが、立ち飲み屋には「可変性の非常に伸縮性のある膜」が張られていると思う。なんとなく、中学や高校で習った浸透圧や細胞壁や細胞膜の話を思い出してもらうといい。立ち飲み屋は非常にシームレスで、プライベートな領域に踏み込まれると思っていた私は面食らった。
 これは私の運が良かったのかもしれない。初めて立ち飲み屋に入ったとき、常連客は楽しく談笑を続ける。僕を無理に会話に入れようとして困惑もしない(僕は客観的に見て初対面だと話しにくい相手だと思うし、話していて楽しい思いをさせられるという期待にも応えられない)し、店主も他の客と同じように快活に対応してくれる。一切気分を害することなく、むしろ快適に時間を過ごすことができた。


 ハイボールと駄菓子ほどの値段の串カツ。なんということのない味(串カツは本当にうまい。衣が絶妙)なのに、忘れられない。あれほど「立ち飲み屋=常連の人と店員を交えながらワイワイコミュニケーションをする場」だと思っていたのに、立ち飲み屋で、しかも黙って時を過ごすのが心地よかった。
 繰り返しになるが、立ち飲み屋には「可変性の非常に伸縮性のある膜」が張られている。それは、コミュニケーションの窓口は常に開かれているが、双方にその気がなければこじ開けられることのない、非常にゆるやかなコミュニケーションのあり方だ。話したい人は話したい人と盛り上がれるし、僕のように黙って飲みたい人にも門戸は開かれている。このフレキシブルさは、様々な立ち飲み屋に通いながらも常に実感できる点だ。
 もちろん、僕も不意打ちのように話しかけられることがある。ときには不快な話もある。このような例外はもちろんあるが、黙っていても許される、黙ることも立ち飲みのあり方の一つだ、と空間全体が合意してくれているのが心地よい。
 僕は「立ち飲みで黙って飲む」という面白さに気付いたのだろう。
 自己保身のように聞こえて見苦しいだろうが、僕は話しかけられたら会話はする(上手くはないし面白くもない)。感じの悪い客であれ、と言っているのではない。「黙る」という飲み方さえ許される立ち飲みのあり方を問うている。


 この世界の中で、特に自分がしたくないことをせずに許され、自分のあり方を認めてくれる場、そんな多様な場が立ち飲み屋だとはよもや思いもしなかった。
 立ち飲み屋は「閉じた」世界などではなく、「過剰に開かれた」世界でもない。
 前に何かの本で読んだが、満員電車の中で新聞紙を読む行為は、自分の世界に入りながらも、裏面が他の客に見えることで他にも開かれている。そして新聞紙を丹念に折ることが他者への思いやりなのだ、という一節を思い出す。心地よい「開かれ」が立ち飲み屋にはある。



 是非とも、立ち飲み屋に行ったことがない人は行って欲しい……と声高々に言いたいが、僕はあくまで自分の生活圏の中で話しているだけだ。立ち飲み屋の「聖地」と呼ばれるような場所はほとんど知らずにこの文章を書いている。だから、もしも立ち飲み屋に初めて行った人が、僕とは違う感想を抱く可能性だってある。そこで折れずに別の店を……!と言いたいが、そこまで言う資格もない。僕は立ち飲み屋を極めた人間として語る立場にもない。
しかし、一人の人間の実感として、立ち飲み屋への印象が変わったことは間違いない。だからこそ、僕は、気が赴くままに「黙って飲む」立ち飲みのあり方を発信できればと思う。
 僕は立ち飲み屋で黙って飲む。BGMを聴き、メニューを見回し、常連客の話に耳を傾ける。
 でも、しかし、こうして文章にして思いを書いているということは、僕は実は「話したい」人に他ならないのかもしれない。黙って飲みたいと思いながらも話しかけられるのを待っているのかもしれない。しかし、そんな自意識はどうだっていい。
 僕は僕である限り、明日行く立ち飲み屋に僕は緊張して入れないかもしれない。何回も行った店なのに。まあ、そんな日があっても良い。入れたら黙って飲もう。




【今日の立ち飲み】

京都駅前にある立ち飲み屋「ひょうたん」

ハイボール400円×2

焼塩鯖300円

豆腐煮250円

らっきょ100円

外部リンク

cat_oa-rp24814_issue_ae7c3b51b739 oa-rp24814_0_b11a9921d467_息子へ初めて贈ったもの。 b11a9921d467 b11a9921d467 息子へ初めて贈ったもの。 oa-rp24814

息子へ初めて贈ったもの。

2020年10月29日 18:32 note(ノート)

 十数年前、私の息子が生まれました。
 親になった私達夫婦が彼に最初にプレゼントしたものは「名前」です。
 様々な経緯があって、最終的に「ゆたか」という名前を贈りました。

 命名の漢字は私と妻が息子に「こうあってほしい」という字を一つずつ出し合って、私が画数の本と首っ引きで良い画数の漢字を選んでつなぎ合わせ、いくつかの候補から二人で話し合って決めたのです。

 さて、漢字は決まりましたが、読みはどうしようとなりました。
 改めて息子の名前を並べてみると、なんだか武将のような勇ましい漢字が並びます。字はいかついけど、読みは柔らかくしたいな、と新米パパの私は頭を抱えます。

 妻と息子はまだ病院でしたので、お見舞いから帰って、一人、静かなアパートのワンルームで考えます。
 ポツンと置かれた小さなテーブルの前に何故か正座。カバンから取り出した名前候補の紙を眺め、改めて息子の氏名を声に出して読んでみます。
 決まっていて変えようがない名字に3文字の名前を加えると、読み上げるリズムがしっくりいきました。よし、これでいこう。
 ちょうど会社の先輩に「ゆたか」さんがいて、漢字の名前の「読み」にもあまり違和感ないように思えたので、こっそり拝借することにしました。
 そうして、妻に提案し、名前が決まったのです。役所に届ける時、妙に緊張したことを覚えています。

 こうした由来を持つ息子の名前ですが、実はもう一つ、私は彼の名前に願いを込めています。
 「ゆたか」なので、豊かな人生を送ってほしい。少なくても、彼の人生が終わる時、そう思ってほしい、という願いです。今は覚えていないのですが、なぜか妻にはこの「もう一つの願い」をきちんと伝えていませんでした。

 十年前くらいでしょうか。息子が保育園の時に、二人で車で遊びにいった車中にそれは起きました。
 当時夢中で見ていたテレビ番組の話などの他愛の無い話をしていると、息子は、保育園で自分の名前の由来を聞いてくるように言われた、と突然コーフン気味に言い出しました。

「パパ、僕の名前、どうしてつけたの?」

「ああ、ママと話し合って『こういう人になってほしい』って思ってつけたんだよ」

 神妙な顔で私の話を聞く息子。私は親から名前の由来を未だに聞けず、心残りに思っていたので、妻に言っていないもう一つの由来もきちんとお話しました。

「実は君の名前に、パパはもう一つ、願いを込めたんだ」

「どういうこと?」

「『豊かな人生を送ってほしい』……つまり、楽しかったり嬉しいことができる限り多いように生きてほしいってことさ。楽しくないこともきっとあるけど、出来れば楽しいことの方が多くなってほしい、という願いだよ」

 息子は押し黙って窓の景色を眺め始めました。なんの変哲もない大通りが見えますが、小さな頭で解釈しようとしているのでしょう、景色は目に入っていない様子でした。
 その後、息子は得意げに名前の由来を妻に伝えた結果、私は『もう一つの願い』について聞いていなかった妻から「なんでそんな大切なこと言わなかつたの!!」と半分本気で叱られました。

 名前を贈ってから、十数年。
 思春期の小生意気全開な息子。腹立たしいことも多いですがそれなりに健康に育ちました。彼が豊かな人生を送っているかどうか、それは彼自身にしかわかりません。
 ただ、やかましくボイスチャットで騒ぎながらオンラインゲームで遊んでいる彼を見て「彼は彼なりに豊かな人生かもな」と感じる私がいます。

外部リンク

cat_oa-rp24814_issue_ae7c3b51b739 oa-rp24814_0_3bd4e9e596c5_新しい日めくりを作ろう! 「月と暦日めくりカレンダー」 3bd4e9e596c5 3bd4e9e596c5 新しい日めくりを作ろう! 「月と暦日めくりカレンダー」 oa-rp24814

新しい日めくりを作ろう! 「月と暦日めくりカレンダー」

2020年10月29日 17:35 note(ノート)

今朝テレビを見ていると、盛岡で初霜が観測されたと報じられていました。本州では今シーズン初。少しずつですが、冬の足音が聞こえてきました。

私がお仕事をしている新日本カレンダーは、今が繁忙期。年末は、来年のカレンダー、どうしよっかな。と考える時期ですよね。本屋さんや文具屋さん、雑貨店など、所狭しといろんなカレンダーが並んでいますが、今回は、カレンダーの中でも私がいちばん思い入れのある「月と暦日めくりカレンダー」をご紹介させてください。



月と暦(つきとこよみ)日めくりカレンダーは、2021年版で制作7年目を迎えます。
毎年少しずつ販売数量を伸ばし、SNSでは「今年も使っています!」「子どもと一緒にめくるのが楽しみ〜」などのうれしいお言葉をいただいています。本当にありがとうございます。


新しい日めくりカレンダーを作ろう

私が育った家には日めくりカレンダーはありませんでしたが、昔は日めくりカレンダーというとどこの家にもかけてあり、毎朝めくるのが日課だったという方がたくさんいらっしゃると思います。
カレンダーを作る会社である新日本カレンダーに入り、日めくりカレンダーを家にかけるようになってから、急に身近な存在になりましたが、世の中はスマートフォンの普及にともない、今日が何日かをカレンダーで確認することが少なくなりました。特に、日めくりカレンダーは年々その姿を消しつつあります。


「日めくりカレンダーはめくるのが面倒臭い」
「10日分くらい一気にめくっちゃう」

身近な人と話をしていると、そんな声が少なからず聞こえてきます。日めくりカレンダーの辿るであろう行く末を思うと、さみしい気持ちになりました。
そんななか、日めくりカレンダーの魅力をもっとたくさんの人に知ってもらうため、「めくるのが楽しくなる、新しい日めくりを作ろう」と企画がはじまりました。



毎日「めくりたくなる」暦のミニコラム

日めくりカレンダーの抱えている課題は、「めくるのが面倒臭い」こと。
でも、めくるのが楽しみになるような内容だったら、毎日めくれるんじゃないかなと、知っているようで知らない「日本の伝統行事」や「旬の食べ物」「季節の言葉」などを掲載することにしました。知っていることが増えていくのって、やっぱり楽しいと思うんです。
時間がなくて忙しい朝でも読みやすいように、なるべく短い言葉で説明文を書きました。


この暦のミニコラム、最初に作った年は毎日掲載されているわけではありませんでした。発売後、お客様から「毎日見たい」という声をいただき、2年目から毎日掲載することになりました。



日めくりカレンダーに、月の満ち欠けを載せたい!

月と暦日めくりカレンダーのいちばんの特徴は「毎日の月の満ち欠け」が大きく載っていること。その日の空に浮かぶ月の形がわかるようになっています。
その昔、日本人は月の満ち欠けによる「月の暦」を使っていたので、カレンダーと月はもともと親しい存在。月が満ち欠けを繰り返しているのは小学校で習って知っているけれど、そのことを本当に感じられたのは、この日めくりカレンダーを作ってからでした。
それからというもの、仕事からの帰り道、夜空を見上げるのが少し楽しみになりました。「あっ。やっぱり今日はこの形なんだ。」そんな小さなことですが、わかることがうれしくて、日めくりを買ってくれた人にも、同じように感じてもらえたらいいなあと思い、月の満ち欠けを大きくデザインすることにしました。



どこでも楽しめる星空の台座

「めくるのが面倒臭い」につづく日めくりカレンダーのもうひとつの課題は、「家の壁にかけられないこと」。
私の住んでいる家もそうですが、壁に絵や写真をかけたいと思っても、穴は空けたくないし、粘着性のテープを使うと壁紙がはがれないか心配で、なかなか踏み切れないのが現状です。でも従来の日めくりカレンダーは、やっぱり画鋲や釘で壁に穴を開けてかける作りになっていました。
持ち家だと、えいっと穴も空けられそうな気もしますが、そうでない方にも日めくりカレンダーを気軽に使っていただきたいと思い、机の上や玄関の靴箱の上に置けるよう、スタンドを作ることにしました。
その台座も、普通の紙じゃ面白くない。
月の浮かぶ星空のようにキラキラと光る、美しい紙で作ることにしました。



そうしてできた「月と暦日めくりカレンダー」は、ありがたいことに初年度はひと月足らずで完売し、毎年少しずつ暦のミニコラムの内容を変えながら、作りつづけることができています。

ご購入いただいた方から寄せられる声も年々増え、ひとつひとつ寄せられた声を読んでいると、「季節の一言がお気に入り♪」「息子が毎日の月の満ち欠けを楽しみにしています」「一日一日を大切にしようと思わせてくれる」などのうれしい声に、とても励まされています。
ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。

毎年ご購入いただいている方も、まだ日めくりカレンダーを使ったことのない方も、ぜひ来年のカレンダーの候補に「月と暦日めくりカレンダー」を入れていただけるとうれしいです。



■月と暦日めくりカレンダー2021 ご紹介ページ
https://www.543life.com/tsukical2021/

■暦生活のお店(お買い物)
https://543life.net/?pid=154230551

外部リンク

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メルカリ初の車椅子社員である私にしかできないこと。 障がい者に、もっと働く面白さを。

2020年10月29日 15:39 note(ノート)

こんにちは。umiko(@umikokun /海野 優子)といいます。

ステージ4の原発不明癌から奇跡的に復活し、現在メルカリという会社の「障がい者雇用枠」で働いています。

病気の影響で左足が動かず、車椅子での生活を余儀なくされています。2歳の娘と一緒にディズニーランドのイッツ・ア・スモールワールドに乗るのが夢で、そのために毎日リハビリを頑張っています。障がい者手帳の等級は、左下肢機能全廃・身体障害3級です。

mercari R4Dを卒業しました。闘病と育児を経て、2019年9月に職場復帰させてもらったメルカリの研究開発組織R4Dを卒業し、今年の9月からアクセシビリティ向上のためのデータ生成をおこなうAnnotationチームという部署に異動しました。

いわゆる「障がい者雇用枠※」と呼ばれる部署で、障害者手帳の保持者のみが所属している部署になります。ここには私のような身体障がい者に加えて、聴覚に障がいのあるメンバー、発達障がいを持ちながら働くメンバーもいます。


”※「障がい者雇用枠」とは、障がいのある人が能力や適性に応じてお仕事ができるようにするための採用枠のこと。民間企業の場合、従業員数のうち2.2%(=法定雇用率)の障がい者を雇う義務があると法律で定められています。”

私の場合、良くも悪くもこのような障がい者向けの部署がメルカリ内に存在していることすら知りませんでした。知らなかったため、当たり前ですが選択肢にもありません。当たり前のように、元いた部署に、同じ役割で、現場復帰をしてしまいました。

障がい者が、フツーに働くことの大変さ。人生で初めて、1年間、障がい者として通常の現場で働いてみた結果・・・これがもう本当に、想像を絶する大変さでした。ものすごーーく大変でした。というかツラかった。。。しかも私の場合、まだ2歳の娘の育児のために時短勤務であったこと、3週間に1回丸一日がかりの治療まで付きまとうワケですから……。辛くて、悔しくて、夫の前で涙を流したこともあります。(どんな大変さだったのか?具体的な話は長くなるのでまた別の機会に。)

今まで当たり前にできていたことができなくなって、こんなに大変なんだなぁと改めて障がいを持ちながら働くことの難しさを実感しました。

メルカリ初の車椅子社員にしかできないこと。


意外なことに、私はメルカリ初の車椅子社員でした(※メルカリアスリーツの方を除く)。1,800人ほどの従業員がいて、私が初めてなんてちょっと驚きですよね。完全なるマイノリティです。まさか自分がそんな珍しい部類の人間になるなんて夢にも思っていませんでしたが……。

でも何故か、車椅子の私にしかできないことがあるような気がしてなりませんでした。ちょっとポジティブに視点を変えて見れば、せっかく障がい者になったのだから(というか、せっかく障がい者の気持ちに近づけたのだから)、何かアクションを起こすことができないかと考えるようになり、今の部署への異動を決めました。

まだ現時点では個人の活動に近しいですが、メルカリ内でも有志を募り、障がい者の理想的なライフワークスタイルの実現に向けて、少しずつできるところから取り組んでいけたらと考えています。

そこで、まずは障がい者を雇う企業さまを始め、働く障がい者の支援団体さま、個人的興味で活動されている方など、障がい者雇用を取り巻く潜在的な課題やニーズについて、一緒にお話をする機会がいただけたらと考えています。

数字目標だけに目が行きがちな法定雇用率の問題、また、障がいという難しい個性を企業はどう捉えていくべきなのか、あるいはもっと根本的な、健常者と障がい者との間に存在する見えない壁問題など……様々な観点でお話してみたいです。

そして、私のような仕事大好き人間が、障がいのあるなしに関わらず、楽しく前向きに仕事ができる雇用環境をどうやって実現していくか、難しい課題を一緒に解決していく仲間ができたら嬉しいです!

友達が関連したことやってるよ!とか、ご家族にそういう人がいるよ!って方がいらっしゃいましたら、ぜひご紹介ください。

お気軽に以下アカウントまでDMくださいmm それでは、お会いできるのを楽しみにしています。


ご連絡先:facebook→Yuko Umino / twitter→@umikokun

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