エトヴォス 取締役COO田岡敬氏が第一線で活躍するビジネスパーソンから、その人がキャリアを切り開いてきた背景やイノベーションを生み出してきた思考法を探っていく連載。第20回は、DMM.com の最高執行責任者(COO)である村中悠介氏が登場。
ビデオレンタルショップから動画事業を核に成長したDMM.com。新規事業の立ち上げやM&Aを積極的に行い規模を拡大、現在40以上の事業を展開している。2017年には、ベルギー1部サッカークラブ「シント=トロイデンVV」を買収して、世間から注目を浴びた。一方で、DMM.comが事業を具体的にどう進め、拡大させているのか、あまり知られていない。そこで今回、DMM.comの事業戦略と、COOとして同社を率いる村中氏の思考法に迫った。
40以上の事業を横につなげシナジーを起こす
田岡 まずは、村中さんが務めるCOO(最高執行責任者)が、DMM内でどのような役割を担っているかお聞きしたいと思います。いかがでしょうか。
村中 僕の主な役割は、現在DMMが展開している40以上の事業の数値管理です。あとは、各本部の執行役員や事業部長、子会社社長と連携して、事業間の調整を行っています。特に、事業部長同士では、それぞれの事業の優先度をなかなか付けられないこともあるので、僕が決めて指示したり、人の入れ替えを行います。
村中悠介氏
DMM.com COO(最高執行責任者)兼 DMM GAMES CEO 1979年北海道苫小牧生まれ。2002年DMM.comに入社。2011年に取締役就任後アミューズメント事業、アニメーション事業など多岐にわたる事業を立ち上げる。2017年11月サッカーベルギー1部リーグ シントトロイデンの経営権取得。2018年6月 COOに就任。40以上ある事業を統括。2019年5月よりDMM GAMES CEOを兼任。
田岡 それは「今後この領域の優先度が高くなるから、こちらの事業部にはこの領域を担ってもらおう」みたいな。
村中 それもあります。あとは、人の寄せ方ですね。例えば、ひとつの会社に対して、3つの事業部から営業に行くとき、内容が似ているのであれば、まとめてひとつの事業部で行くか、一緒に行けばいいですよね。事業数が増えると、部署間の情報が共有し切れないことが多いので、それらを横につなぐ役割ですね。
田岡 なるほど、営業先やユーザーベースが重なっている事業間のシナジーを見て、人を動かすということですね。
村中 はい、あとは流通もそうですね。例えば、全国の店舗にDVDを卸しているグループ会社があるのですが、それを知らない社員もいて、他社に商品流通を発注するケースが起きたりするんです。
今は動画だけじゃなく、ゲームやグッズの流通も手がけていますが、戦略的に見れば、自社で新しい流通網を拡大していく方がより良い条件が実現できるので、なるべく自社に寄せています。
田岡 つまり、40以上に増えた事業をもう一度つなぎ合わせていく仕事ですね。
村中 そうです。あとは、現在手がける事業の周辺事業を増やすイメージです。もともとは、動画の配信・通販をおこなっていましたが、そこから権利元である出版社や映像メーカーとの関係が構築できて、そのつながりから電子書籍の事業に参入しました。
そうやってメーカーや仕組みを知っていると、他業界に参入できるんです。最近だと、改めてゲームのIP(知的財産権)を扱ったり、流通にも関わり始めたりしています。
データで社内の納得感を醸成し、利益率の高い事業を育成
田岡 DMMは、これまで様々な新しい挑戦をしてきたと思いますが、事業数が増えていくと、上手くいかない事業もあって、営業利益率が下がったりしませんか。
田岡敬氏
エトヴォス 取締役 COOリクルート、ポケモン 法務部長(Pokemon USA, Inc. SVP)、マッキンゼー、ナチュラルローソン 執行役員、IMJ 常務執行役員、JIMOS(化粧品通販会社)代表取締役社長を経て、ニトリホールディングス 上席執行役員。2019年1月21日より、エトヴォス 取締役 COO。
村中 そうですね。ただ、利益率を上げるための努力は、昔から戦略的に取り組んできたんです。例えば、DVDの世界は、今後終息していくと予測して、早い段階から自社内で同じコンテンツがDVDとオンラインにある場合、利益率が圧倒的に高いオンラインにユーザーを流す動線を引いていました。
でも普通、DVD事業の部長からしたら部門の売上が下がるという理由から、この流れを嫌がると思いますが、僕たちは「会社として何が重要なのか」という視点から常に説明しているため納得せざるを得ないんです。この点は、DMMの強みだと思います。
田岡 では、今の例で言うと、DVD通販の事業部は他事業への貢献で評価されるのでしょうか。
村中 その通りです。例えば、リアルからオンラインへ何人送客できたかなどで評価されます。
田岡 すごくいいですね。そうした会社のカルチャーは、どのようにつくったのですか。
村中 何が大事かは、頭では理解できますよね。なので、とにかくそれを説明していくしかないと思っています。実際にデータを見れば、DVDを1枚買ってもらうよりも、オンライン動画のユーザーになってもらった方が次の購買につながる確率が高くて、顧客として定着することは歴然としています。根拠を裏付けるデータをすべて揃えられたら、誰も反論の余地がないですよね。
田岡 データの分析は、どの事業もしっかり行っているのですか。
村中 していますね。全体でも各事業でも、データを見ています。意外と知られていないのですが、うちの強みはユーザーが次のジャンルに転換できる商材が多いことです。
例えば、電子書籍から動画や物販を利用してもらうように、ジャンル間での商材の融通をしていくようデータを見て行けば、そこで競合他社と同じように広告を出しても、間違いなく当社のライフタイムバリュー(LTV)を高くできるんです。総合サイトであるため、同じ土俵で戦っても負けない点は強みですね。
田岡 なるほど。一度会員登録してもらえれば、クロスセルできるのでLTVが高く、広告のCPA競争で負けないのですね。LTVを上げるためにナーチャリングしていくためのシナリオはあるのでしょうか。例えば、この商品を入口にした人は、こういう道をたどるとLTVが高くなり始めるといった。
村中 それもデータから分かっています。ただ、こちらが想定した通りに誘導しようとすると、あまりに広告を貼りすぎたWebサイトになってしまうため、適度にしか誘導はしていないですね。
DMM流、新規事業の成功・撤退の判断基準とは?
田岡 事業が40以上あると、村中さんひとりでは事業の細かい点まで見切れないと思うのですが、事業部長とは、どのように役割分担されていますか。
村中 DMMでは、権限譲渡がかなり進んでいます。僕は期初に決めた数字の推移を見ていきますが、基本的な過程は執行役員や事業部長にほぼ任せています。ただし、この先伸びるか分からない事業は早い段階で連携を取るようにしています。
例えば、実験的な事業をしている子会社との定例ミーティングは月1回ペースで、動画などの既存事業は、それよりも少ないペースです。
田岡 計画通りに結果を出せていれば、任せるスタンスですね。とはいえ、どの業態の事業でも、ここだけは気にかけているというポイントがありますよね。
村中 そういう意味では、新規事業は、時間を割いてかなり細かく見ていますね。不確実な事項がおおいので、「ここに芽がありそう」と報告があっても全部を鵜呑みにはできません。
なるべく小さく失敗させたいので、うまくいかなかった場合 どうピポットさせるか、あるいは撤退させるかを素早く判断して傷口を塞ぐようにしています。そうしないと、撤退する直前に人を採用しちゃったり。
田岡 固定費が増えてしまう、と。
村中 そうですね。雇った社員が少なければ、社内で飲み込めますから。新規事業では、「予算をもらったんで、全部使いました」とは、させないようにしています。
田岡 新規事業の撤退基準は、どのように考えていますか。
村中 どの市場もここを超えれば、必ずうまくいくというラインがありますが、それがロジック通りに越えられないときですね。例えば、当社の終活のメディアサイト「終活ねっと」は、こういうSEOや広告をすればこのランクのユーザーが取れて、これくらいの流入があれば、問い合わせがこの程度入るというシナリオが立てられます。そこから成約率を見れば、事業として成り立つか想像できますよね。
田岡 M&Aを数多く手掛けられていますが、それは、どのような基準で判断していますか。
村中 うちの場合は、持ち込みが多いんです。前のめりに会うというよりも、まずは、詳しい内容を聞いてから判断しています。もちろん、経営者の人となりもみますし、何よりもこれから大きく伸びる産業に張りたいと考えています。
田岡 いま最も注目している産業は何ですか。
村中 農業ですね。2つぐらいの事業を進めています。結局、すべてアナログの世界がデジタルに移り変わっていくんですよ。さきほど話した終活もそうで、例えば、霊園にITが介入する余地は大いにあると考えていますが、現状のプレイヤーに自分たちで何か仕掛けようという意思は感じられないんです。
自社でできる領域を増やし、ウォレットシェアを拡大
田岡 アナログからデジタルへというのは、最初に動画配信の事業で成功された経験値が生かされているのでしょうか。
村中 その経験も大きいですね。あとは、自社で取り組むことをすごく大事にしている社風が大きいと思います。自社内に機能がなかったとしても、基本的に自分たちのリソースで挑戦しているんです。先日は、DMMパブリッシングという名前で出版も始めました。そうしていくことで、どういう仕組みなのか分かって、次の事業に活かすことができます。
田岡 実際に自社でやってみることで、古い方法のボトルネックが分かるわけですね。自分たちの方法で、うまくいった事業などはありますか。
村中 最近、「DMMぱちタウン」というパチンコのスマートフォンアプリが200万ダウンロードを超えました。これは、コンビニエンスストアで売られていた500円ほどのパチンコ攻略雑誌に載っていた情報を無料で見せることで、多くのユーザーを集めることに成功したんです。
現在は、そのアプリにパチンコの店舗が広告を出すモデルで伸びています。そこから派生して、パチンコの店舗に対して無線LANや電子書籍の読み放題サービスなどを提案して、どんどんアップセルにもつなげていっています。
田岡 なるほど。新しい業界に参入したら、そこのクライアントのウォレットシェアを取りにいく戦略ですね。広告費も設備投資費も取り、もしかしたらアルバイト採用も手伝えるかもしれない。
村中 その通りです。参入事業の周辺にどのようなサービスあるのかを見て、それらを全部DMMでお手伝いしていくんです。その元になったのが、やっぱりIPの取り扱いなんですよ。最初に動画配信をやっているなかで、電子書籍の事業を始めて。それが発展して、いまではオンラインゲームとコンソールゲーム(家庭用ゲーム機)も扱っています。
田岡 コンソールゲームもされているんですね。
村中 はい、海外ゲームの日本語化権を取得してDMMでパブリッシングしています。それから最近は、DMM picturesという会社をつくって、アニメも事業化しています。配信、DVD、Blu-ray、グッズの制作販売、舞台化など自分たちのできる領域を少しずつ広げていっています。
あとは、A-Sketchというアミューズ系列の会社と組んで、声優の発掘もしています。さらに、僕らの持っているテレビの提供枠で、CMを流し始めました。これも音楽業界に全然詳しくないところから事業化させています。
田岡 面白いですね。各事業の肝を掴んで、近い領域でもサポートしていくということですね。
村中 はい、ただ、アニメ事業では、NetflixやAmazonなどの海外の配信事業者にグッズ化権も含めてオールライツ提供し、収益を得ているんですが、実際のところ見てみると、動画の配信しかされていないんです。
また、中国で人気のアニメキャラクターがいるのに、全然グッズ化権が使用されていないこともけっこうあるんです。そこで、私たちが日本の委員会に対して権利処理をして、現地のパートナー企業とポップアップストアを出したりしています。なので、眠っている権利を掘り起こすことも行なっていますね。