アドビが描く「顧客体験マネジメント(CXM)」とは何か
これほどの規模のB2Bイベントが他にあるだろうか。筆者は初めて米国・ラスベガスで開催される「Adobe Summit」に参加してきた。マルケト、マジェントも傘下に収め、デジタルマーケティング戦略推進、消費者行動理解、顧客体験創造に不可欠なツールとして進化するアドビ製品のお披露目の場だ。今年の参加者数は1万7000人を超え、日本からの参加者も200人以上と盛り上がりを見せている。
本Adobe Summitを筆者は3日間に渡り体験してきた。2011年前職において現在のAdobe Analyticsの導入を皮切りにお世話になってきた同社であるが、確実に進化しているアドビ製品、本イベントの見所を、前回のSXSWレポートに続いて、今回も2回に渡ってお伝えしたいと思う。初回は初日のキーノートセッションからの学びを紹介しよう。
Customer Experience(顧客体験)話から始まった
久しぶりにアドビ製品の最新情報に触れた筆者は、Adobe Summitの初日のキーノートセッションから驚きを隠せなかった。
なぜなら、失礼ながら顧客体験の話からこのサミットがスタートするとは想像もしていなかったからだ。「Changing the World through Digital Experience」というメッセージが現れ、今までの印象であったWeb Analyticsツールの提供、Photoshop、Illustratorを中心としたクリエィティブソフトウエアに優れた企業イメージは一掃された。
アドビが顧客体験をデザインし、「デジタル体験を通じて、世界を変える」と宣言している。これはチャレンジングなメッセージだ。
過去のAdobe Summitを改めて学びなおしてみると、アドビは過去のAdobe SummitにおいてもExperienceをという言葉を重視していたようだ。しかし、筆者の印象では、デジタル体験の創造と理解だけに特化している印象がある同社がどこまでネットとリアルを融合した「真の顧客体験」を考えているのか?その実現の程度はどの程度なのか?そのような疑問が頭をよぎったが、アドビCEO、シャンタヌ・ナラヤン氏の話を聞くことで、その戦略理解が深まり、改めてマーケティング活動において大切な良質な顧客体験の創造に寄与できるものになりうる可能性が見えてきた。
真の顧客時間設計の実現をサポートするアドビ製品群の広がり
「Personalize experiences」のメッセージとともに、ナラヤン氏からは「Reimagine the Customer Journey」=顧客時間の再考と、DiscoverからTry, Buy, Use, Renewへとつながる自社のカスタマージャーニーが提示された。
また、購買後の時間の可視化としてUseとRenewに力点を置いたプレゼンテーションが行われ、Retention、Customer Engagement、これからのカスタマージャーニーの設計においてFrictionless(シームレスとほぼ同義)の重要性もキーワードとして盛り込まれてきたことも注目に値する。
この「Frictionless(フリクションレス)」という言葉は、Adobe Summitの他のセッションでも多くのCDO/CMOが使っていた言葉であり、現代のマーケティングにおいて複数のデバイス、タッチポイントで同じ体験を迅速に顧客に提供することがFrictionlessの実現につながる。その重要性が強調されたことが、アドビはもちろん、アドビ製品を駆使する多くのマーケターの進化と言えるだろう。
多くのセッションにおいてアドビユーザー企業がオンライン、オフラインを問わずデジタル体験を通じて経営戦略の実現し、マーケティング戦略の高度化、個客理解をプライバシーの問題解決をしながら実践することができる環境づくりに腐心している現状が理解できた。その象徴的な事例として、Amazonの攻勢からなんとか経営再建を成し遂げたBEST BUYの事例がキーノートセッションで紹介された。
CXM(Customer Experience Management)の実現に挑戦する- Adobe Experience Cloudの進化
「People buy Experience not Products」=「お客さまは製品を買っているのではなく、体験を買いにきている」
このメッセージを最も体現し、アドビ製品を活用したマーケティング、経営戦略の実践事例としてBEST BUY CEO Hubert Joyが登壇した。
7年前は経営危機に瀕していた同社。店頭への強い依存から、Amazonに消費者を奪われてきた。改めてお客さまの買物体験においてOnlineの重要性を認識し、現代の購買体験がOnlineから始まることを認識した上で、差別化としての店舗での買物体験をより豊かにする。
この戦略を基礎とし経費削減、社会貢献を行いながら、Reinventing Company(企業再生)を行い、企業理念であるEnrich Your Life with Tech(テクノロジーを活用して人生を豊かにする)を実践し、経営再建を成し遂げた。
かつては、マーケティング予算の8割をマス広告に使っていたが、現在では8割がDigital Marketingにシフトをしている。その上で店頭における買物のサポートや、有料ではあるがHome Advisorによるサービス提供、BOPIS(店頭受け取りサービス)を導入。店頭の強みを最大化し、さらなる挑戦としてお客さまへの真のソリューション提供までを検討できるレベルに企業は進化し、生き残りを図った。
Joy氏は、「企業経営のデジタル化は不可欠である」と言う。また、同時に「店頭での体験提供は資産でもある」とし、オンラインとオフライン行き来するカスタマージャーニーは複雑化していることを前提に、Machine Learning、AIなども活用して、顧客理解に努めていくのが彼の経営戦略なのだ。
このようなリアルをビジネスの中心に据える企業のデジタルシフトのトレンドは米国では顕著である。日本は、まだここまでのデジタルシフトは起こっていないが、アメリカからマス広告がなくなったわけでも、その効果が軽んじられているわけではない中で、デジタルを活用した顧客体験の提供とデジタルのタッチポイントを中心とした顧客理解のスピード化の重要性が増していることに注目すべきであろう。
そういう意味では、アドビ製品のようなデジタル体験設計プラットフォームを中心に据えたCustomer Experience Centerづくり、マーケティング戦略本部構築の実現は近いかもしれない。
様々なオフラインデータを取り込める環境整備、マルケトを活用したB2B CRMから、マジェントを活用した迅速なEC環境構築。良いかどうかはわからないし、これだけが唯一のマーケティング戦略とは言わないが、デジタルに振り切る、アドビ製品を通じての全体のマーケティング戦略を運用、管理する企業は、今後も世界で増えていきそうだ。
それがまさにアドビが提供するAdobe Experience Cloudが果たすべき使命であろう。その萌芽を感じる個別事例も本Summitで多く語られていたように思う。このあたりは次回まとめてお伝えしたい。
CXM(Customer Experience Management)の実現に必要な要素
初日のキーノートセッションを通じて、アドビが提唱するCXMの実現、マーケティングの中心にデジタルを据えていく上での重要な要素が見えてきた。まず第1に重要なことは、CMOとCIOの融合と連携だ。
CMOとCIOの連携の重要性は、本セッションの事業会社からの事例紹介にも多く見受けられた。テクノロジーサイドとマーケティングサイドの両方から登壇者がいることが当たり前になり、プレゼンテーションの内容に厚みをもたらしていた。
筆者もこの連携の重要性についてはここ5年くらい提唱を続けている。前職時代に仕事がしやすかった理由の一つとして、システム管掌役員がWEB事業部も見ていた時期もあったことが挙げられる。アドビのツール導入と検討には、まさに両方のCレベルの協議が求められる。その連携においてCEO、経営陣へのデジタルトランスフォーメーションへの理解促進をすすめなくてはならない。
キーノートセッションでも、INTUITという会計ソフト会社の事例紹介でCIOが登壇し、データをいかにクリーンに受け渡すか、データの可視化と活用における民主化の重要性、CMO、CDOとの連携、組織のあり方についての話もあった。
デジタルを中心に据えた経営戦略においてイノベーションとビジネスの革新スピードを落とさないためにも、Cレベルでのデジタル戦略推進が必要だ。そういう意味では、Adobe Summitへの参加者もCレベル、できればCEOもこの場にきて、多くの事例、トップ企業の経営者が自らの口で熱く語る臨場感を味わってもらいたい。 Cレベルで顧客体験設計を考えることができる場をもつことが大切だと痛感する。
次に重要なのは、いかにデータを活用したマーケティングの実現をMarketing とTechnologyの融合から行い、マーケティングの可視化を実現するかということだ。多くのセッションにおいてCMO、CDOがデジタルトランスフォーメーションにおいて重要なこととして、Measureable=計測可能性を挙げている。マーケティングの計測可能性はもちろんKPIにつながる。しかし、彼らのトークからMeasureableの意味がマーケティング仮説の構築と実証に力点を置いていることが垣間見える。もちろんマス広告の効果もMeasurableだが、Digitalにおける計測可能性において重要なことは、ある程度自ら実施するマーケティング施策において定量の仮説、Measureを持つことがやりやすい点が挙げられる。
結果だけみてMeasureしている限りにおいてはDigitalの重要性は薄いし、マス広告の結果を後追いしたほうがマーケティング効果も高いということになるだろう。効果の大小に関係なく、仮説を持ったKPI・Measureを事前に持ち、ある程度予測をして事を進める事ができるのがDigital Marketingの良さであり、重要なポイントである。結果の数字合わせではなく、スピードを持って定量的仮説を実証することの大切さを感じることができた。
3点目は、Content Velocityという言葉の重要性だ。この言葉も本サミットを通じて多く見聞きした。アドビのHPを調べてみるとこの言葉の定義として、「より多くのコンテンツを迅速に作り出し、適切なターゲットに届け、パフォーマンスの結果につなげること」と呼んでいます。
この視点はまさに現代の顧客体験を象徴している。詳細は次回に譲るが、Accent Groupというオーストラリア最大のフットウエアーリテイラーでCDOを務めるMark Tepersonの自社のオムニチャネル戦略の解説においてContent Velocityの重要性が熱く語られていた。
「VMDを変えるのと、facebook adを変えるのでは時間軸が違う」「今のお客さまがオンラインとオフラインを行き来する中で、顧客とのコミュニケーションタッチポイントをオンラインで埋めるには今の3−5倍のコンテンツが必要ではないか」と同氏はいう。
このスピード感に対する危機感と現実味を帯びた発言は、現代のマーケターがデジタル活用において重要な視点でもある。店舗のコンテンツリニューアルにスピード感が必要ないということではないが、Frictionlessが進むカスタマージャーニーにおいて、すぐにそのブランドタッチポイントに地理的距離に関係なく到達できてしまう今の世の中。そのスピード感は明らかに店舗での顧客体験とは違う。
さらに彼は、顧客のカスタマージャーニーにおいて、「人の流れはもちろん店舗にも年間何十万人と来訪するが、それ以上にWebサイトに人が来る」と解説する。この言葉がどの程度リアルの小売業を中心にビジネスを行う企業が気づけているだろうか?今や「人の流れとして、Webを見る」ということも重要であり、看過してはならない。店舗はExperienceセンター、WebサイトやデジタルタッチポイントはDiscoveryセンターであるという解説も行い、お互いの違いと強みを組み合わせてオムニチャネル戦略を構築している。これからの時代に求められるContent Velocity。このスピード感をコンテンツ製作からマルチチャネルでのデリバリーを実現しなくては真のCXMには到達できない。このためにもAdobe Experience Cloudが重要になってくるのであろう。
ここまでアドビ製品がもたらすマーケティングの進化と発展の可能性を解説してきた。最後にアドビへの提言があるとすれば、まだまだアドビの力を使いこなせていない企業が少なくないこと、リアルとネットの融合にむけたテクノロジー活用事例は、まだまだリアルにおける体験設計に置いては未完成なものが多かったことが挙げられる。
もちろん各企業の事業戦略に基づいたアドビ製品の個別最適化があるべき姿ではあるが、アドビ自身がもっと顧客体験の現場に入り込んで、各クライアントの顧客の理解、真のCustomer Successの提供を目的とした伴走型のコンサルティングサービスをパートナー企業との連携でさらに強化してもらいたい。まだまだアメリカで見た夢のような世界の実現は遠い。しかし、実現は不可能ではないだろう。そこに一歩でも近づく、企業が世界はもちろん日本でも生まれるためのサポートのさらなる強化にも期待したい。
そして、Adobe Experience Cloudがあるのであれば、ぜひAdobe Experience REALもつくってほしい。この言葉に筆者は、アドビが考えるデジタルドリブンな店舗フォーマットを提供して、そこから新しいリアルにおける顧客体験づくりの実験や、ネットとの融合を生み出す優れたリアルの場の設計にも挑戦してもらいたいという願いを込めている。この実現はさらにハードルが高いだろうが、従来の店舗設計からは生まれない優れたCXMの実現ができるのはアドビのような異業種、プラットフォーム提供者からの視点がリアルの買物体験に加わることが重要だからだ。華やかなラスベガスでのイベントも悪くないが、ひっそりとでも良いので、最新のテクノロジーを活用した店舗フォーマットをいつの日かAdobe Summitで体験できることを期待している。