text:Yoichiro Watanabe(渡辺陽一郎)
もくじ
ー ここまで増えた 派手な顔のクルマ達
ー なぜ派手なフロントマスクにしたがる?
ー これまでデザインを統一しなかった事情
ここまで増えた 派手な顔のクルマ達
最近の日本車のフロントマスクには、派手な(あるいはコワイ)顔立ちが増えた。
直近で注目されたのは三菱eKクロスだろう。姉妹車の日産デイズには用意されない独自のフロントマスクを備え、三菱のエクリプスクロスやデリカD:5と共通性がある。
今の三菱は業績を回復する途上にあり、車種のラインナップをSUVに特化してきた。三菱は1982年に発売された初代パジェロ以来、SUVの得意なメーカーであるからだ。
そこで「ダイナミックシールド」というフロントマスクを生み出した。ボディサイドのパネルが前側まで回り込み、フロントマスクを守るようなSUVらしい力強い形状としている。eKクロスも同様のデザインだ。
現行eKシリーズとデイズの開発は、日産が中心に行ったが、eKシリーズのフロントマスクは三菱側のデザインに基づく。特にeKクロスでは、LEDヘッドランプのハイ/ロービームをボディサイドと連続性のあるダイナミックシールドの内部に収めた。
開発者は「現行eKシリーズとデイズは、室内を拡大するために、エンジンルームの前後長を詰めている。前後に加えて全幅も限られた軽自動車で、この位置にLEDヘッドランプを装着する設計は困難をきわめた」という。
今のメーカーはそこまでフロントマスクにこだわり、派手なデザインにしているのだ。
トヨタもフロントグリルが大きな口を開いたような形状になり、マツダも同様だ。ホンダは少し控え目だが、ヘッドランプは薄型で吊り目になり、睨みを利かせている。
それにしても、なぜここまで各メーカーは、フロントマスクを派手に仕上げているのだろうか。
なぜ派手なフロントマスクにしたがる?
最近の日本車がフロントマスクを派手に演出している背景には、各メーカーのブランド戦略がある。
もともと欧州車は、メルセデス・ベンツやBMWを見ればわかるように、フロントマスクに特徴を持たせていた。今はこの流れが日本車にも広がり、メーカー別の統一された顔立ちを大切にしている。
しかも近年のフロントマスクには、強い存在感が求められる。例えばかつてのアウディは、メルセデス・ベンツやBMWに比べると、控え目な雰囲気のフロントマスクが特徴だった。上質なクルマに乗りながら、それをひけらかしたくないユーザーの間で、アウディのフロントマスクは人気が高かった。
ところが2005年頃になると、アウディA4やA6から「シングルフレームグリル」の採用が開始された。それまでのアウディは、横長の薄型グリルをバンパーを挟んで上下に配置したが、シングルフレームグリルは、文字通り大きなグリルがひとつ備わる。インパクトの強い顔立ちとなった。
デザインを変えた理由をアウディの商品企画担当者に尋ねると「今はアウトバーンを走行中に、先行車が道を譲るようなフロントマスクが求められる。しかもそれがアウディだと明確に表現せねばならない。そこでシングルフレームグリルがデザインされた」という返答だった。
レクサスも2012年に発売された現行GSから「スピンドルグリル」を採用している。この時に開発者は、「欧州車はBMWのキドニーグリル、アウディのシングルフレームグリルのように、フロントマスクでブランドを主張している。ところがレクサスはこれが弱く、アウトバーンでも道を空けてもらえなかった。そこでスピンドルグリルを採用した」とコメントしている。この形状が今ではさらにエスカレートした。
以上のように最近のクルマの顔立ちが派手になった背景には、メーカーやブランドを外観で現して、なおかつ存在感を強める目的がある。アウトバーンのような高速道路を走っている時に、後方から迫るフロントマスクを見て慌てて道を譲るのは、弱肉強食の世界といえるだろう。
ではなぜ、日本車では最近までフロントマスクの統一された表現が行われなかったのか。今になってフロントマスクを変える理由は何か。
これまでデザインを統一しなかった事情
メルセデス・ベンツやBMWは古くから統一されたフロントマスクを採用しているが、日本車は車種ごとに顔立ちが違っていた。
その理由は、もともと日本車はアメリカ車を手本に発展しており、各メーカーがそろえる車種の数も多かったからだ。大半のメーカーが軽自動車のような小さなクルマから、高級セダン、スポーツカー、さらに商用車まで用意した。クルマ造りが多岐にわたると、全車に共通する持ち味は表現しにくい。
そのためにフロントマスクの統一も行われなかった。クルマのコンセプトや運転感覚が統一されていないと、単純に顔立ちを共通化しても意味がないからだ。
この方針を変えて、各車種のコンセプトが違っても、メーカーの共通性を持たせようとするのが今のフロントマスクだ。安全装備などのメカニズムが共通化された事情もあるだろう。日産ではV字型のメッキグリルを幅広い車種に装着している。
ただし車種の数が多いと、極端なデザインは採用しにくい。トヨタではグリルが大きく口を開いたフロントマスクを採用するが、コンパクトなヴィッツやパッソでは、フロントマスクだけが過剰に目立って視覚的にボディの前側が重く感じられる。アルファード&ヴェルファイア、カムリなどのLサイズカーならバランスを取れるが、コンパクトな車種では難しい。
このあたりが統一されたデザインの課題だ。トヨタのようなデザインだと、車種によって無理が生じる。日産のV字型グリルのように、共通部分を抑えてアイコンのようにした方が無難だ。
ちなみに欧州メーカーは車種の数が少なく、メルセデス・ベンツも1980年代に190シリーズが登場する前は、今のEクラス(当時はこれがコンパクトメルセデスと呼ばれた)とSクラス、スポーツカーのSLシリーズが中心だった。車種が少ないから、統一された表現もしやすかった。
つまり今の日本車メーカーは、大量生産を誇りながら、デザインを統一させるチャレンジも行っている。そして統一させるなら、メーカーやブランドの存在感を際立たせる必要があるから、派手な顔が増えた。
日本車が日本国内を中心に販売されていた時は、ボディのどこかにメーカーを示すエンブレムが貼り付けてあれば十分だったが、今はそうもいかない。派手な顔が増えたのは、日本車メーカーがグローバル化して、世界を相手にするようになった証でもあるだろう。