cat_oa-rp11418_issue_a5215c590ab7 oa-rp11418_0_a5215c590ab7_ついにタイに行ける!? 10月スタート予定の新案「プーケット・モデル」とは a5215c590ab7 a5215c590ab7 ついにタイに行ける!? 10月スタート予定の新案「プーケット・モデル」とは oa-rp11418

ついにタイに行ける!? 10月スタート予定の新案「プーケット・モデル」とは

2020年8月25日 14:30 TABLO

日本人にもアジアの旅行先として人気のタイ。

現在は新型コロナの感染防止のため、タイでも外国人観光客の受け入れは厳しく制限されており、2020年8月現在ではタイでの医療目的の人ぐらいしか観光客の受け入れは行われていません。

タイでは一日に入国できる外国人も、わずか500人以下に制限されており、とてもではありませんが一般的な観光旅行で入国をできる状況ではありません。そのため、日本人のタイ旅行が好きな人でも、多くの人はタイ旅行にはいけない状況になっています。


これまでに、タイ政府は感染が抑えられている国として日本などとも「トラベルバブル」という構想で、タイ入国前にPCR検査などを行って、陰性の場合は2週間の隔離期間無しで入国を受け入れる案を協議するなどしてきました。しかしこれも、日本でも感染者数が増加する中で議論は中断してしまっていました。

そのタイで2020年8月21日、今年の2020年10月1日からプーケットで、外国人観光客を受け入れる取り組みを行うことで、タイのプラユット首相が観光スポーツ省の大臣と基本合意に至り、ついにタイへの観光旅行が順次再開される見込みが出ています。

この提案は、タイ政府のCESA(Center for Economic Situation Administration)に対して行われたもので、この会議でタイのプラユット首相も基本合意に達したことを、タイメディアのThePattayaNewsが伝えています。

 


基本合意に至った案の内容は、隔離期間の2週間を、外国人観光客は指定された範囲のビーチなどで過ごすことで、旅行として楽しめるようにする案です。

タイの観光スポーツ省のピパット大臣の説明によると、外国人観光客はたとえばプーケット県のパトンビーチでの滞在を希望した場合、パトンビーチのホテルで隔離期間の2週間を滞在し、そこから半径1kmの範囲内のみで行動ができる形で、ビーチにも行けるようになり、隔離期間を旅行の一部として楽しめるようにするということ。

観光客も、到着前、到着後にPCRの感染検査を受ける事が必要とされ、その上で上記の14日間の隔離期間を「旅行」として楽しめるようにします。

 

参考記事:なぜ? そして今? タイ・パタヤビーチに日本人ホームレス出現で政府当局が保護 その後の展開にタイ国内外でも大反響! | TABLO

 


現状の案では、この2週間の隔離期間が終了した場合、その後に別の場所へ旅行を希望する場合は、さらに7日間のプーケットでの滞在と検査が求められ、その後にタイ国内を旅行できるようになります。

この提案を「プーケットモデル」と呼んでおり、タイへの外国人観光客受け入れの試験的な位置づけとしています。


この「プーケットモデル」は2020年10月1日に開始する事を予定しており、観光スポーツ省や他の関係当局は今後プーケット県での現地調査などを予定。その後バンコク、ラヨーン、チェンマイ、ウボンラチャタニ、チャンタブリー、スラタニ、クラビなどの観光地で、外国人観光客を受け入れるために試験的に導入されます。パタヤのあるチョンブリ県も、外国人観光客を受け入れる候補の一つです。

尚、これは現時点ではプラユット首相も「基本合意」を会議で行っただけの案という状態であり、正式な内容の決定や承認は、今後の検討なので、内容は大きく変更される可能性も、中止となる可能性もまだあります。

しかしながら、日本でも人気の旅行先、タイへの旅行がようやく再開されそうで、嬉しいニュースと言えそうです。

 


 


一方タイ国内では、このニュースを受けての反応は多様です。

観光地などでは、外国人観光客をビジネスのためにも是非受け入れたいという意見も多く、肯定的な意見も多く見られますが、一方で観光業と関係の無い一般の人からは、外国人観光客がタイに来ることで、また感染が拡大するのではないかと懸念する声も多くあります。

ついに再開する見込みが出てきたタイへの旅行。上記の案だと、2週間の隔離期間は指定されたビーチとホテルにいるだけという事を考えると、全体ではだいたい1カ月はタイに居ないと意味がない気もする案ですが、それでも再開されていくのは、多くの日本人には嬉しいニュースとなっています。

この「プーケットモデル」が実現するかどうか、国内外から注目が集まっています。(文◎福留憲治【PJA NEWS】)

 


 

外部リンク

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能町みね子が日体大相撲部齋藤一雄監督に聞く 相撲の稽古・技術・そして大相撲 第2回

2021年11月30日 06:00 TABLO

11月28日、大相撲九州場所が終わりました。優勝は堂々たる相撲を取り切った横綱照ノ富士。大変盛り上がった場所でした。その大相撲の興奮冷めやらぬ中、文筆家能町みね子さんと日体大相撲部監督齋藤一雄先生との対談第2回目を掲載いたします。何より、対談後の11月7日、その日体大相撲部は第99回全国学生相撲選手権大会の団体戦で日大を破り、7年ぶり7回目の優勝を果たしました。

そして、熱のこもった第1回目対談から、さらに話は伯仲。話題は「土俵の広さはこれで良いのか」「体重別で相撲をやったらどうなる?」という相撲論から「仕切り、まわしの取り方」といった技術論。さらには斎藤先生が優勝した「第1回相撲世界選手権の思い出」まで、2人の「相撲談義」は続いていきます(次回で最終回です)。

 

第2回★相撲の技術、これからの相撲

 

●やる気にさせる齋藤先生の指導法

〜約2時間の稽古を見学させていただき、その後〜

―ー稽古を見ての感想はいかがでしたでしょうか。

能町みね子さん(以下・能町さん) まず、稽古の環境が面白かったです。土俵が3面あるのがすごい。そして、さらに稽古場の隅に、俵がいくつか埋められただけのところがあります。あそこはぶつかり稽古用の俵ですよね。脚を踏ん張る用の俵っていうことですね。

齋藤一雄先生(以下・齊藤先生) そうですね。ホントはもっといっぱい土俵作りたいんだけど、あそこは土俵が作れないからあれを作りました。

能町さん 稽古内容は、「効率が良い」と言うと語弊がありますが、すごく合理的というか。無駄なことがあまりないなと思いました。

齋藤先生 それが良いかどうか分からないですけど、自分がやりたかった稽古がこれなんで。

能町さん 先生の指導がすごく短く的確ですよね。すぐに「誰と誰(が当たれ)」ってパパッと決めますし、「ここがマズい」って端的に言うのが、聞く側としてはわかりやすいんじゃないかと思いました。

齋藤先生 考え方だと思うんですよね。皆一生懸命やって強くなりたいと思ってるので、ただ自分で気づかないことを客観的に教えてあげるっていう。やらせるのって、好きじゃないんですよ。歩いて行く者に「こっち向けよ」ってアドバイスするのはいいんですけど、首つかまえて引っ張っていくことはしたくないんですよ。やる気にさせるというか。

能町さん 根性論で回数だけやらせるようなことはあまり意味がないわけですかね。

――稽古中、先生が「そんな相撲に未来はないよ」「それで勝っても意味がないよ」と声を掛けるのが印象的でした。

齋藤先生 自分が進むべき方向をキチンと見てもらって、そっちの方向でしっかり考え方を持っていれば将来は勝てるようになるということです。「3年先の稽古」という言葉がお相撲さんの世界にあるんですけど、目先の勝ち負けにこだわらないで3年先に結果が出る、そういう意味でああいう言い方をしました。

能町さん あと、「気を抜くなよ」ってすごくおっしゃってましたね。ケガしやすいですもんね。

齋藤先生 やっばりケガが一番怖いですから。関節が伸びるんで、膝関節とか。

 

●いい相撲とは何か

能町さん 「がっぷりで勝ってもしょうがないから」って何回か止めていたのも印象的でした。がっぷりになって稽古する必要はあまりないんですかね。

齋藤先生 ないです。ケガのリスクも高いですし、力比べやってもあんまり良いことはないです。というか、力比べやったらウチの学生弱いです(笑)。

能町さん え、そうですか!

齋藤先生 もっと強い人いっぱいいます。体が大きい人はいるんで。日大には190キロぐらいの学生もいますから。

能町さん 確かに、アンコ型(よく太った丸い体型のこと)の子があんまりいないですね。どっちかというと細身で背もそんなにない子が多いですね。

能町みね子が日体大相撲部齋藤一雄監督に聞く 相撲の稽古・技術・そして大相撲 第1回 | TABLO 


齋藤先生 相撲は力比べじゃないんで。いい相撲は、相手に何もさせない相撲です。何もさせない、それを覚えてほしいです。センスがある子が負ける時って、力抜いたように負けるんですよ。何にも出来ないのが分かっているから。センスがない子は最後まで力を入れるから、ケガのリスクも高くなります。

能町さん 私、貴乃花の横綱相撲が好きだったんですよね、封じ込めて勝つ、まさに相手が何もできなくなるような相撲で。

――まわしの取り方も指導されてましたよね。

能町さん 立ち合いでいきなり「一枚まわしを狙え」と教えてらっしゃったのが意外でした。

齋藤先生 まず、まわしは小指から取りに行けってことですね。上手は小指から取りに行くと脇が閉まるんですよ。「一枚まわしを握れ」っていうのは、まわしを指先で引っかけただけだと手首って固まっちゃうんですけど、親指を通して握れば手首を使えるんですよ。まわしも切られにくくなるし。私の現役のときもそうだったんですけど、慣れてくると感触でできるようになるんです。

能町さん 素人考えだと、ガッチリつかむために全部つかみに行ったほうがいいんじゃないかと思っちゃうんですけど。

齋藤先生 ホントに力がある人はそれでいいんですよ。ただ、頭つけて相撲を取るタイプの子はガボッと取っちゃうと上から切られるリスクがあるから、そのリスクよりはちゃんと親指を通して肘が曲がるようにしておいたほうがいいです。

能町さん なるほど。多少まわしが伸びちゃっても、思いきり持ち上げていけば。

齋藤先生 そうです。お相撲さんは「拝む」っていいますけど、そういうふうな姿勢で、肘関節を伸ばさない。

能町さん まわしが青色の選手と白色の選手がいますが、青まわしがレギュラーということですか?

齋藤先生 結果を残した子たちですね。団体戦に出る子は基本的にみんな青まわしです。だから、みんな青まわしが欲しいんです。青まわしを持っている子が稽古の時に白を使うこともありますが、白まわししか持っていない子は白しか使えません。

能町さん 他の大学の相撲部は、だいたい白なんですね。

齋藤先生 今は日大が黒とか、けっこうほかの色もいますよ。近大も紺ですし。大相撲の相撲部屋で稽古するときは白まわしが関取の地位を意味するので、だったら白じゃないほうを、という選び方でもあります。

能町さん このなかに、これからプロに入る子もいるんですよね。


齋藤先生 4年生から、3人ぐらいお相撲さんになります。キャプテン(高橋優太選手)と、副キャプテン(今関俊介選手)と、もうひとり今日はケガの影響でやっていなかった子がいるんですけど、その子も体重別の135キロ以上のクラスで、全国で準優勝です。中村(泰輝選手)が優勝したんですけど。

能町さん 今、高砂部屋にいる石崎(拓馬・現在幕下)さんの弟さんもいい稽古されてました。

齋藤先生 あの子は3年生なんですけど、入る気ないと思います。

能町さん そうなんですか……。入りそうだと思ってました。当たりがよくて、すごく気合い入ってましたね。

 

●体重は軽いほうが、土俵は大きいほうがおもしろい

能町さん 日体大相撲部にはあまりアンコ型がいないというお話がありましたが、今の大相撲はどうしても体重が重いほうが有利なので、みんな増量しちゃいますよね。でも、仮に体重制限があれば、すごく面白くなるとも思うんですよね。たとえば130キロ以下ぐらいにしたら格段に動きが速くなる。

齋藤先生 アマチュアレスリングは、200何キロの選手なんか出てきたら、大きくなりすぎてそもそもレスリングの本質と変わってきちゃうわけです。だから、それじゃ面白くないということで上限が決めてあって。体重制限を設けたんですよ。それもひとつのアイデアだと思います。

能町さん まったく体重無制限でやること自体が「大相撲」だから、そう簡単にそれを導入するわけにはいかないと思いますけど、たとえば本場所以外で、100キロ以下だけで優勝を決めるようなリーグがあれば相当面白いと思いますね。齋藤先生は、土俵がもう少し広かったほうが面白いって話もされていましたよね。

齋藤先生 絶対面白いですよ。土俵の大きさを変えることはできるんですよ。昭和初期の頃も変えてますからね。

能町さん そうですよね。

齋藤先生 昔は13尺といって、直径が3メートル90センチだったんですよ。いまは15尺。1回、16尺に広げたことがあるんですよ、GHQの指導で。

能町さん GHQだったんですか!?

齋藤先生 なぜかは知らないですけど、土俵を大きくしろと。その時はお相撲さんの評判が悪くてすぐに戻りました。

能町さん よく「足の裏に目がある」なんていいますけど、さんざん稽古でやり込んだ大きさだし、最初は勘が働かないでしょうからね。これくらい下がったら俵だっていう感覚が狂ったら確かにみんな困りますよね。

齋藤先生 でも、もっと大きくしたほうが絶対面白いです。極論、相撲場が野球場だったら大きな人のメリットは何もなくなるんですよ。

能町さん そうですね(笑)。モンゴル相撲みたいな感じですよね。ただただ押したり寄ったりするだけじゃどうにもならない、何らかの技をかけないと相手が倒れませんもんね。

 

●立ち合いと仕切り

能町さん 立ち合いも、納得いかない部分はあって。互いに両手をつかなきゃ不成立、って定めちゃったことによって、制限がかなり強くなってしまった気がします。昔はもっとタイミングだけで合わせてましたよね。

齋藤先生 そうそう。手もつかないでお互いにポーンとやってましたね。

能町さん そうすると、もう少し攻防が生まれるかもと思うんですよね。手をついちゃうと、立ち合いの比重が大きすぎる気がして。親方衆には「立ち合いで8割9割決まる」と言う方もよくいらっしゃるし、確かに立ち合いは大事だと思うんですけど、そこだけで電車道とか叩き込みとかですぐに決まっちゃうのは、攻防がないまま終わってしまって少し見応えがないというか。立ち合いが違えばまた面白くなるんじゃないかなと思うんですよね。学生相撲の立ち合いはどうなんですか?

能町みね子さんに聞きました 「座布団投げ」「コール」は有り無し? 大相撲人気で観客のおかしなマナー | TABLO 


齋藤先生 学生のほうが厳しいですよ。プロは片手ついて、片手を添えて、で取組を始めてますけど、学生は両手をつかなかったら基本的にやり直させます。

能町さん そこはしっかりしてるんですね。学生の場合、審判はどういう立場になるんですか?。

齋藤先生 学生相撲は、行司じゃなくて主審が「はっけよい」の声をかけるんですけど、立ち合いが成立してるかどうかを判断するには審判長っていうのがいるんですよ。その人がおかしいと思ったらやり直し。

能町さん そこは大相撲と同じなんですね。大相撲の立ち合いは、もはや慣例みたいな感じで、制限時間いっぱいまで誰も立たないようになっちゃいましたね。仕切りに制限時間というものは本来なくて、何度も仕切ってるうちにどこかでお互い気持ちを決めて阿吽の呼吸で立つものだったのが、ラジオ放送が始まってから制限時間ができたっていう話ですけど。昔だったら時間前でも気合が乗って立つ人がいたのに、いまは時間前の仕切りがセレモニーみたいになっちゃってて、そこが観てる側としては残念なんですよね。

齋藤先生 確かにそのとおりです。緊張感なくなりますよね。

能町さん 学生の場合はどうなんですか?

齋藤先生 学生は仕切り直しがないです。

能町さん それはスッキリしますね。

齋藤先生 昔はあったんです。1回仕切り直しとか2回仕切り直しとか、回数で決めていました。でも、世界に広めるときに、まず外国人はあまりその意味が分からない。第1回世界相撲選手権は今の大相撲みたいなルールでやったんですが、普段から相撲を行っている選手があんまりいなかったんです。レスリングのチャンピオンだとか柔道のチャンピオンの外国人選手からすると、阿吽の呼吸なんて意味が分からないんですよ。


能町さん それはそうですよね。

齋藤先生 何で相手に合わせなきゃいけないんだ、と。

能町さん 確かに(笑)。

齋藤先生 そこで、両者が両手をついて「はっけよい」で立たせましょう、と。そのときに、アマチュアの場合は仕切り線を陸上競技のスタートラインと同じように考えることになったんですよ。プロの大相撲は仕切り線の上、もしくはその手前に手をついて立つんですけど、スタートラインには触れちゃいけないんで、アマチュアは仕切り線の手前にしか手をつけなくなったんです。

能町さん なるほど! 選手は関係なく、主審がスタートを決めるみたいになったんですか?

齋藤先生 そこは、しのぎ合ってお互いに呼吸を合わせて、両手をついていればいい、みたいな形になっています。

能町さん 「阿吽の呼吸」は確かに理解しづらいでしょうね。

齋藤先生 他の競技はみんな、相手との呼吸をどうやってずらすか考えるじゃないですか。

 

●第1回相撲世界選手権は天下一武道会みたい

齋藤先生 世界相撲選手権大会の第1回に私は出てるんですけど、天下一武道会みたいなもんでした(苦笑)。

能町さん 力自慢が「相撲は知らないけどやってみよう」みたいな(笑)。

齋藤先生 そのときに私が決勝戦で当たった相手は身長2メートル5センチ、体重が270キロの……

能町さん ヤーブローですか!?

齋藤先生 ご存じですか? そのヤーブローです。

能町さん ヤーブローと戦ったのが齋藤先生だったんですか!? 当時雑誌で読んで、とんでもない怪物だと思ったので覚えています。

齋藤先生 ネットで探せば出てきますよ。そのとき、のちに大関になった出島関(現:大鳴戸親方)、あれがまだ大学1年生で、団体戦で当たって吹っ飛ばされたんですよ。

能町さん え! 出島さんが吹っ飛ばされたんですか?

齋藤さん 真っ正面でバーンと吹っ飛ばされてました。

能町先生 小錦関より大きかったですもんね……。

齋藤 ちょっと待ってくださいね。探してみます(とパソコンに向かう)。


――ヤーブローはUFCで負けちゃってましたね(註・1994年のUFC3で総合格闘家としてデビュー)。

能町さん そうなんですか! その頃は弱ってたんでしょうね。

齋藤先生 だいぶ弱ってましたね。5年くらい前に亡くなっちゃったんですけど、すごく優しい人で。試合で会った時によく話していて、ホントはそういうこと嫌いな人なんですよ。もともと薬のデリバリーしていたんですよ。

能町さん へええ! じゃあ、大きさだけで目を掛けられて。

齋藤先生 お金のためにもやっていて。だから負けることは自分にとって全然嫌なことじゃないから、UFCに出てもすぐ負けちゃって。

能町さん 相撲というものをよく知らない人同士で相撲をやってみる、みたいな海外の動画を見たことがあるんですけど。転ぶか土俵から出たら負け、っていうルールだけは一応わかっている、ある程度格闘技をやっているふたりが戦うんですけど、まず立ったあとに当たらないんですよね。レスリングみたいな、見合う状態になっちゃって。知らなかったら確かにまずそうなるかもなって。

――ぶつからないんですね。

能町さん ぶつかるのって怖いですもんね、リスクも大きいし。相撲で、立ち合いでまずぶち当たるっていうこと自体、異常なことなんですね。

齋藤先生 モンゴルの人たちは日本に来てみんな立ち合いに困ったんですよ。ウチのモンゴルの子はレスリングやってたんで、どうしてもレスリングの癖が出ちゃうんですよ。今の学生横綱の子もそれで最初は困ってたんですよ。

能町さん やっぱり引いちゃいますもんね。宇良関なんか、いまだにちょっとレスリング感がありますね。

齋藤先生 宇良関はあれでいいんですよ。ただケガのリスクは高いですね。――あ、これ、ヤーブローとやった試合です(映像流す)。

能町さん うわっ。ヤーブロー、映像で観るの初めてかも!

齋藤先生 私はこれ、一番強かった頃ではないので。武双山関(現:藤島親方)が学生の頃ですね。

――齋藤先生が小さく見える……(註・ヤーブローの突進を齋藤選手が受け止めて、豪快な右掬い投げで勝ち)。第3回に続く

 

■プロフィール

齋藤一雄

昭和六十三年、全日本相撲選手権において優勝する。翌年、平成元年の全国学生相撲選手権では団体優勝を果たす。日体大の教員を経て平成十六年から学友会相撲部の監督に就任。平成十九年・二十年・二十三年・二十六年と監督として全国学生相撲選手権で本学相撲部を学生日本一に導く。2021年第99回全国学生相撲選手権大会の団体戦で7回目の優勝を果たす。また、個人戦においては平成二十年から七年連続決勝進出者を輩出し、数々の横綱に輝いている。日体大からの学生横綱 垣添徹(後に小結「垣添」)、明月院秀政(現幕内「千代大龍」)、中村大輝(現幕内「北勝富士」)、一ノ瀬康平、中村泰輝(現3年生)、デルゲルバヤル(現幕下「欧勝馬」)。日本体育大学教授。医学博士(日本体育大学相撲部ホームページより)

能町みね子

北海道出身。文筆業。著書に、『くすぶれ!モテない系』(文春文庫)、『雑誌の人格』シリーズ(文化出版局)、『お家賃ですけど』(東京書籍)、『そのへんをどのように受け止めてらっしゃるか』(文春文庫)、『私以外みんな不潔』(幻冬舎)、『結婚の奴』(平凡社)など。NHK「シブ5時」出演の際は、その場所の相撲の見どころなどを紹介・解説する好角家。

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このキラキラ感はAKBにしか出せない 横山由依卒業コンサート アイドルに青春を捧げた12年間の疾走

2021年11月28日 06:00 TABLO

まだまだAKBの「道」は続いていく。そんな思いを2021年11月28日「パシフィコ横浜 国立大ホール」で開催された、横山由依(9期生。二代目AKB48総監督)の卒業コンサートを見て、抱きました。

「あのキラキラ感はAKBにしか出せないよね」。

緊急事態宣言解除後、アイドル好きの女性と飲んでいた時、AKBにはあまり関心がないと言うモーヲタの彼女たちが「横山由依が卒業する」と言ったら、そう口を揃えていました。AKBファンはもちろん、ファンでない人たちさえも言う「AKBのキラキラ感」。これこそ彼女たちの原点ではないでしょうか。

「AKBは紅白の選に漏れた」「総選挙はやらない」等、かつて社会現象を起こしたほどのグループの動きに世間やニュースはマイナス気味に取り上げがちです。ですが、それを一番分かっているのがメンバーたちにインタビューした経験から言うと、彼女たちです。

「そんな事は百も承知。それでもAKBを盛り返す、盛り上げる」。そういった力強い言葉が彼女たちの口から何度も出てきました。実際、次世代メンバーたちの頑張りは劇場を中心に、SNS、メディアでよく見られます。


第二代総監督・横山由依で一番印象に残っているのは、「総選挙19位」と呼ばれた時のシーンでしょう。

AKBの名前を一躍、全国区にしたインベトが「総選挙」。メンバーの人気をファンの投票で決めるという、上位メンバーには嬉しく、下位メンバー、あるいは選にさえ漏れたメンバーにとってはキツいイベントです。メンバーたちの本気の涙も何度も見てきました。

祝! 選抜シングル初センター AKB48・チーム8 小栗有似(16)インタビュー&動画 | TABLO 


その中で未だに語り継がれるのが、横山由依が初めて19位になった時の所作。司会の徳光和夫がそのあまりの号泣ぶりに―ー過呼吸になったと言われる―ー本気で心配しいてたほどでした。

このシーンだけで横山由依の性格が伝わったきたのではないでしょうか、情熱・真面目・真剣。これが合わさったアイドルだと。そこを買われて二代目総監督になった横山由依。現在は三代目総監督は向井地美音が担っていますが、これだけの女の子が集まるとまとめる野球で言う、監督が必要でした(初代総監督は高橋みなみですが、因みに彼女のコンサートでの盛り上げ方は出色で、個人的に高橋みなみ、指原莉乃、山本彩の三人がベスト3だと思っています)。

横山由依はそうではなく、むしろバイプレーヤー的存在でした。盛り上げ方にしてもセンターを務めてきた前田敦子、大島優子、渡辺麻友などのような「ザ・アイドル」ではないものの、そのパーソナリティについていくファンは男女問わず多かったと思います。

現に、卒コンの帰り道、女性2人が「ゆいはんの卒業寂しい」という会話が聞こえてきました。「真面目」と言われ、安心感を与えてくれるアイドル。それが横山由依でした。

また、ユニット「Not yet」は僕がもっとも好きな四人組です(大島優子、指原莉乃、北原里英、横山由依)。2011年2011年7月22日から24日の3日間、西武ドームにて開催した、AKB48初のドームコンサート『AKB48 よっしゃぁ~行くぞぉ~! in 西武ドーム』。


季節が夏ということもあって、西武ドーム(当時はドームではなく屋根がついているだけ)はメディア席にいる僕らも汗だくで、ステージにいたメンバーたちは過呼吸になってしまっていました。また初日の出来が悪かったという事で、プロデューサー秋元康から高橋みなみが叱られるという模様はDVDに収録されています。

そこからの二日目。見事にマイナス部分が払拭された、と両日を見ていた僕は思いました。もしかしたらステージは重苦しい雰囲気だったのかも知れません。しかし、客のハートをつかんだのがユニット曲でした。特に「Not yet」の『波乗りかき氷』で客の空気が変わったと感じたのを覚えています。

今回の卒コンでは、大島優子、北原里英、指原莉乃が駆けつけ約6年ぶりのユニット復活。思わず身を乗り出しました。

また、ファンが「やっばり駆けつけてくれた」と思ったシーンは川栄李奈登場ではないでしょうか。タイで活躍している伊豆田莉奈の後に特別ゲスト。

「横栄」が復活か―ー。


横山由依と川栄李奈のコントは「横栄」と言われ、今やAKBグループ卒業メンバーの中で、出色の演技力を誇る川栄李奈との仲の良さは、柏木由紀と渡辺麻友の「まゆゆきりん」と同様、48グループの中でも有名です。特に2人のコントは、現在の「演技派女優・川栄李奈」の片鱗を今から思うと見せていました。勿論、横山由依の演技も然りです。いつしか2人がドラマ・映画で共演するシーンが出てくると話題になると思うのですが……。

バンコクのBNK48へ移籍した伊豆田莉奈(Izuta Rina)のタイ語が1年ですごいことになっている! | TABLO 


横山由依というタレントは今後、どのような道を歩いていくのでしょうか。ちょうど前日の27日、「ぶらり途中下車の旅」(日本テレビ系列)ではリポーターとして大江戸線の各駅を紹介。誰からも好かれるパーソナリティは様々な分野で活躍できるはず。

夜行バスで京都から東京までレッスンに通ったいた時代。今回は曲の合間に夜行バスでのインタビューで当時の話を「総選挙の時に過呼吸になっていた女の子」とは思えぬ、落ち着いた1人の女性として語ります。

セットリストには激しいダンスで話題を呼んだ新曲「根も葉もRumoer」。48グループ代表曲の「フライングゲット」「ギンガムチェック」「恋するフォーンチューンクッキー」「心のプラカード」「ハロウィンナイト」なども披露。アンコールでの最後の曲は「少女たちよ」。横山由依の選曲。

「歌詞が凄く良いんです。特に二番を聴いてください」という振りの中、今回の卒コンメンバー22人で「少女たちよ」。


 

人の目に触れる星と気づかれない星

そこにはどういう差があるの?

 

から始まる二番の歌詞。横山由依の12年間のアイドル人生の疾走を物語っているようでした。横山由依卒業後、向井地美音総監督の元でのAKB48。「このキラキラ感はAKBにしか出せない」。ずっとこの感覚を持っていた頂きたいものです。(文@久田将義 写真ⒸAKB48)

「歌もダンスも大好きだから妥協せず完璧なものを見せたい」と語る15歳 NMB48 本郷柚巴 | TABLO 

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女優・能條愛未(乃木坂46の元メンバー)話題作 ABEMA『私が獣になった夜~名前のない関係~』で主演 「見どころはラストの私の『爆発』です」

2021年11月24日 18:00 TABLO

乃木坂46の元メンバー能條愛未さんが、オムニバスドラマ『私が獣になった夜~名前のない関係~』(ABEMA)で主演を務めます。この作品、シーズン1は2021年6月25日から「ABEMAプレミアム」で配信。四部作になっており、1話ずつ異なるストーリーで女性が“獣”のように男性を求めた瞬間を描いた、禁断のシークレットラブストーリー多くの女性が共感できるドラマでありつつ、男性も「実際の恋愛ってこうだよな」と納得できる内容となっています。

シーズン1では

・「同窓会の夜、彼氏とレスな私」で大島涼花さん(元AKB48)

・「年下部下との夜、ちゃんと上司な私」で手塚真生さん

・「不器用男に迫られた夜、元彼に未練な私」で小島梨里杏さん

・「ハロウィンな夜、残りものな私」で坂ノ上茜さん

がそれぞれ、体当たりの演技、熱演を見せてくれました。

そのシリーズに能條愛未さんが登場。第1話『身体だけ求められた夜、変われない私』川上詩織役で主演。配信は11月19日朝8時より。「ABEMA」のプレミアムプラン「ABEMAプレミアム」(第1話は無料で視聴可能)で見られます。


乃木坂46で1期生として活躍したのは多くの人が知っていると思いますが、現在は本格的に女優の道を歩んでいます。つかこうへいさんの名作『新・熱海殺人事件』ではスケールの大きな演技を魅せたりと、舞台女優としての道を確実に一歩一歩踏み出しています。正統派女優としての道を歩き続ける中で、今回は大きなチャレンジとも言うべき作品に巡り合ったのではないでしょうか。それが『私が獣になった夜~名前のない関係~2』の主演。正統派舞台女優としての道を進んでいる能條さんが、今回の『私が獣になった夜』という、舞台とはまた違った演技を求められる中、どういう心情で臨んだのでしょうか。

熱演!能條愛未(元乃木坂46) 「新熱海殺人事件」荒井敦史、多和田任益、向井地美音(AKB46)、三浦海里、松村龍之介、愛原実花が魅せた | TABLO 


――以前、『新・熱海殺人事件』を拝見してスケールの大きい演技に感激しました。今回新しいチャレンジをされるということでぜひお話を伺いたいと思います。『私が獣になった夜』の脚本を読んだときの感想から教えてください。

能條愛未さん(以下・能條さん) すごくリアルだなと思いましたね。現代の女の子なら実際にその経験がなくても、ほとんどの子がわかるというか。女の子だからこそわかる痛みだったり、男性にはきっと中々、わかってもらえない悲しさだったり切なさだったり、そういうのがすごくリアルに描かれているなという印象を受けました。


――前シーズンは見られましたか。

能條さん そうですね。

――どのお話に一番感情移入されました?

能條さん 焼鳥屋さんですかね(笑)。(註・「不器用男に迫られた夜、元彼に未練な私」。焼き鳥屋で彼氏と喧嘩した女性が行きつけの焼き鳥屋の店主と……)

――なるほどです。それと舞台とテレビでの演じ方の違いというのは感じられましたでしょうか。

能條さん 舞台は遠くのお客様にも伝わるように、本来だったらその声量で話すようなことじゃない会話も、そこは大きく見せなきゃいけなかったりもします。基本的にすべてが「大きく大きく」というか。私は舞台のほうが多かったので、歩き方ひとつにしても舞台っぽいって言われるんですよね(笑)。

今回は映像に挑戦させてもらって、身につきすぎてしまっている舞台のお芝居とか表現を常に意識しながらお芝居しました。でも気を抜くと舞台っぽいしゃべり方になったり、大きくなってしまったりというのがあるので、それは普段ドラマを観ていて、すごく自然に細かい表情とか瞬きだったりで伝えるお芝居は引き込まれますし……。自分もドラマに挑戦するからにはそういうお芝居をやりたいと思ったので、自分なりにはリアルを追求した芝居をやったつもりではあるんですよね。

――あ。まずは主演おめでとうございますって初めに言わなければいけなかったですね、失礼しました。

能條さん いえいえ、ありがとうございます(笑)。


 

――大変、話題性の高いドラマです。この作品が「女優・能條愛未」にとって、ターニングポイントになるような予感はお持ちですか?

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能條さん 撮影を終えて、「この先もう怖いものないな」っていう感じがあります。何かひとつ、変に守ってるものとか、そういうタガが外れた感覚があるんです。「今の自分、すごく強いな」っていう、怖いものがないって気持ちになったんですよね。

――なるほど! 前シーズンのほかの作品には負けないぐらいの熱量で……。

能條さん (うなずきながら)挑みましたね。

――観てもらいたいというポイントはどこでしょう?

能條さん 今回、本当にすごく皆さんが共感できるお話だと思っています。女の子が一生懸命恋をする物語っていうのが軸だと思っているので。実際に私が今回の役のような経験をしたことがあるかと言われるとそうではないんですけど、でも心の中の葛藤や、ホントはつらくて苦しくて怒りたいくらいの気持ちだけど、それを抑えて笑顔で振る舞ったり話したり、そういう苦しさはわかります。そこは変に作り込まなくても自然と入り込めました。


――どのような心情でお芝居に臨んだのでしょう?

能條さん あんまり作り込んだ感じがなかったんです。何となく脚本を読んでセリフを覚えるなかで、この時の感情はこんな感じだろうなっては想像していました。あとは毎回そうなんですけど、現場で湧き上がってきた気持ちとか、自然の流れで出てきた自分の言葉というか、そういうのでやっていこうと思っていたので、撮影中に苦労したと思ったことは一度もなかったですね。

――すんなり役に入り込めてそのまま演技できた、と。

能條さん そうですね。

――ドラマのテーマの一つである、大人の女性の恋愛の仕方と、少し年下女性の恋愛の仕方とちょっと違うと思うんですけど。

能條さん そうですね、私ももう27歳になっちゃったので昔よりはいろんなことがわかるようになったは思います。そこは、20代前半の頃には表現できなかったお芝居ができたんじゃないかなって思います。

――アラサーといわれる年齢ってどんどん女性が磨かれていく時期だと思ってるんですけど、ひとりの女性として30代に向かうにあたってこういう女性でいたい、みたいなものってありますか?

能條さん アラサー……そうなんですよねー(笑)。でも普段はかなり子供っぽいというか。


――『乃木坂工事中』(テレビ東京系)ではキャラは大人っぽいという感じではなかったですよね(笑)

能條さん 本来の私はあの頃とあんまり変わってないんですよね。でもお仕事でもプライベートでも色々な経験はしている方なのかなと思うので、それは決して無駄になってないなって、お芝居をするとよりそれがわかります。普段は基本、何も考えないで生きてるんですけど(笑)、でもお芝居をあとで見返すと、あの時の経験がつながってこういうお芝居になったのかなって感じることがあるので、全部無駄になっていないなと思います。そして、これからもっと苦しかったり、悲しかったり悔しかったりっていう経験もたくさんあると思うんですけど、それも全部逃したくないなと思います。いつでも思い出せるように、忘れないようにしまっておきたいですね。



――男性と女性ってわかり合えないものだと言われたりします。ずっと平行線なんだけど、どこかで譲り合う感じで、そういう男女の価値観の違いのドラマだと思いました。

能條さん ドラマのラストのほうになっていくと、たぶん女の子同士だったら絶対に気づく変化とか、普通っぽく振る舞っているけどちょっと違うぞとか、言っている言葉と感情が違うなっていう微妙なところがあるんですけど、を男性は「ここ気づけないんだな」って。そこはすごく思いましたね。

――それはシーズンを通してのキモでもあると思ったんですけど、今回もそんな感じが出てくるんですね。

能條さん そうですね。

――能條さんは男性と女性はわかり合えないものだと思います?

能條さん うーん、どうなんだろう(笑)?


――つまり、ドラマを観てると男って女性のことわかってないんだなって思ったので、男性が観てもいいと思いますね。

能條さん そうですね。男性にもぜひ観ていただいて、いろんなことを感じてほしいですね。

――それは、例えばどんな部分でしょうか。

能條さん 自分の身近にいる女の子、彼女にしろ、彼女じゃないにしろ大切にできてるのかなとか、そういう部分を自分に置き換えて観てほしいですね。

――テレビドラマは何回か出られていますが、このような感じのドラマは初めてですか?

能條さん ドラマは全くの初ではないんですけど、かなり久しぶりではありますし、こんなにしっかりドラマでお芝居をしたっていうのはほぼ初めてと言っていいのかもしれないですね。


――女優としての幅を広げるという意味で挑戦という意味もあったのでしょうか?

能條さん 違うステップに行くきっかけになればいいかなというのはありました。このまま舞台をひたすらやっていくのも楽しい、良いと思うんですけど、自分がやったことがない別の領域にあえて飛び込んで行くというのが良いのかなと思いました。

――では今回は自信作ですね!

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能條さん ホントに悔いはないですし、どのシーンも全力でやりました。

――先ほど、「怖いものがなくなった」とおっしゃっていたので、女優さんとして吹っ切れた感じなんですかね。

能條さん そうですね。変に守っていたものが取っ払えたというか。女優としてかなり大きな一歩を踏み出すことができたんじゃないかなとは思います。


――因みに目標とする女優さんはいらっしゃるんですか?

能條さん 特にこの人みたいになりたいっていうのはあんまりないんです。

――なるほど。では自分の演技をひたすら追求していくみたいな感じですか?

能條さん そうですね。私は私のやり方でやっていきたいです。

――そういう能條さんの演技で、「ここが強み」みたいなものってありますか?

能條さん 感情を爆発させるという、自分で出来ていると思っているわけではないんですけど、馬力があると言って頂けたことがあったんです。爆発力みたいなお芝居はもしかしたら強みなのかもしれないです。

――今回そのあたりは?

能條さん 今回は怒り狂うみたいなことはなくて、どちらかというと抑えて抑えて、最後の最後にようやくという感じです。


――なるほど。では、逆に抑えた演技になるのでしょうか。

能條さん 基本的にはそうだと思いますね。今までは何も言えなかったけど、最後にようやく、「女の子が積極的になったって別にいいじゃん」って逆転する瞬間があるんです。そこは今まで抑えていたものを爆発させるじゃないけど、そういう感じになっていると思います。

――楽しみです! 視聴者に向けて、特に観てほしい部分を教えてください。

能條さん 私はこのドラマに対してすごく覚悟を持って挑戦させてもらいました。そこは応援の気持ちも込めて観てほしいなって思います。あと……とにかく私は全力でやり切ったと胸を張って言えるので、きっといい作品になっていると思います。なのでたくさんの方に観てもらって、たくさんの方に共感してもらいたいです。


※終始穏やかに、時々考えながら言葉を噛みしめるようにインタビューに応じて頂いた能條愛未さん。今回のドラマ『私が獣になった夜~名前のない関係~』の第1話【身体だけ求められた夜、変われない私】川上詩織役で女優としての大きな挑戦を果たしました。その、常に挑戦し続けるガッツにエールを贈りたいと思います。(インタビュー@久田将義 Photo@インベカヲリ)

花柄ワンピース:ダブルスタンダードクロージング(フィルム)、レースアップブーツ:ダイアナ(ダイアナ 銀座本店)、イヤリング:ラウローラ(@laurora_japan)

▼番組情報

ABEMAオリジナルドラマ『私が獣になった夜~名前のない関係~』(全6話)

配信日時:

第1話~第3話:2021年11月19日(金)

第4話:2021年11月26日(金)

第5話:2021年12月3日(金)

第6話:2021年12月10日(金)

https://abema.tv/video/episode/90-1602_s2_p1

「ABEMAプレミアム」限定配信(※第1話は無料でお楽しみいただけます)

外部リンク

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日本人はなぜ小室圭氏をバッシングし続けるのか

2021年11月21日 06:00 TABLO

ようやく小室圭さんと小室眞子さんをめぐる大バッシングが2人の渡米により少し沈静化した。とにかく2017年末の小室さんの母・佳代さんと「元婚約者」をめぐる金銭トラブル以降、小室圭さんはネット炎上の主役であり続けた。

恐らく、2月に行われるニューヨーク州の司法試験の結果が出た時、そして2人に子供が生まれた時に再び2人は炎上をすることだろう。落ちたら「ざまーみろ」となり、受かったら「ロイヤル特権」を使った、となる。子供が生まれた場合は「KK(小室圭)の遺伝子が崇高なる皇室に入るのは許しがたい」などと書かれることはすでに想像できる。

ここでは、「皇室バッシング」についての平成の状態を振り返ってみる。天皇制については、日本共産党を含め、左派が反対をし、毎年8月15日の終戦記念日(左派は『敗戦記念日と呼べ!』と主張する)に、「反天連」が靖国神社に向けてデモをするなど反対派も多い。

しかし、保守派も平成以降、天皇家に対しては批判を寄せ続けた。多かったのは、雅子妃が「適応障害」により、公務に出席しなかった件である。週刊誌の批判報道が多かったのだが、箇条書きにするとこのような点が批判の対象となった。

・皇室費をもらっているにもかかわらず公式行事に出ない

・皇太子に公務を押し付け、自分はのうのうと暮らしている

・こんなに公務をしない女ではなく、別の妻を皇太子は娶るべきだった

・なんで何年も「適応障害」で仕事をさぼり続け、税金で生き続けているのだ

さらに「将来の天皇たる男児を産まない」という点も保守派からの批判に繋がった。これは明らかにやり過ぎである。男児が生まれるか、女児が生まれるか、さらには生まれない、ということは、夫婦の間では、批判の対象になるべきことでは一切ない。

衆院選直前 四国新聞はなぜ小川淳也氏に当てないで報道したのか│プチ鹿島 | TABLO 


そして、愛子さまに対しても同じような批判が起きた。雅子妃への批判の延長だ。

・不登校を続けるのはよくない。雅子妃もそれを容認するのは天皇家としてはおかしい

・突然細くなり過ぎた拒食症なのではないか。育ち盛りのダイエットはやめた方がいい

・表情が暗い。子供なのであれば、もっと明るく快活な表情であるべきだ。

結局天皇制については、かつては側室もあり、男児を生む可能性は高かったから続いているが、近代で側室というものは馴染まない。だから、雅子妃の場合は、女児(愛子さま)1人だけを生む、という結果になったのだが、これに対し、批判が巻き起こったのだ。

天皇家をめぐる専門家やネットの議論の対象は「男性しか天皇になれない」「女性宮家も認めよ」「女性天皇も認めよ」といったところにある。いずれも天皇家とは別で天皇の研究家や歴史学者、そしてメディア、保守派・リベラル等政治的思想を持つ人々が場外でその是非を勝手に議論しているだけなのだ。

小室夫妻についても、結局は、税金が使われるかどうか、日本国民の象徴としての天皇家に小室圭さんがふさわしいのか……といった感情面でのバトルだらけだった。

過去、「雅子」と呼び捨てにした『噂の真相』編集部に右翼団体の構成員がやってきて岡留編集長と川端副編集長らに暴力行為をふるった際、天皇家について言及するタブーが改めて明らかになったが、それ以来、「生粋の天皇家」以外はバッシングをしてもいい、という空気になった。

なぜメディアスクラムは起きたのか 小山田圭吾さん問題「Quick Japan」を編集者目線で総括してみた | TABLO

それが雅子妃であり、小室圭氏なのである。

果たして小室夫妻をめぐる騒動はこれからどうなるのか? 恐らく日本社会は2人の失敗を求める空気が強くなるだろう。自分と関係のない人々の失敗を求める惨めな性根の日本人、心底オレは嫌いだ。(文@中川淳一郎 連載「俺の平成史」)

外部リンク

cat_oa-rp11418_issue_a5215c590ab7 oa-rp11418_0_88f136a69caa_能町みね子が日体大相撲部齋藤一雄監督に聞く 相撲の稽古・技術・そして大相撲 第1回 88f136a69caa 88f136a69caa 能町みね子が日体大相撲部齋藤一雄監督に聞く 相撲の稽古・技術・そして大相撲 第1回 oa-rp11418

能町みね子が日体大相撲部齋藤一雄監督に聞く 相撲の稽古・技術・そして大相撲 第1回

2021年11月15日 06:00 TABLO

2021年11月14日に大相撲九州場所が始まりました。コロナ禍、日常が失われつつある中、テレビやネットを付ければ大相撲が見られる幸せみたいなものを感じる人もいたのではないでしょうか。そういう意味で相撲は国技と言えるでしょう。今回は好角家として著名な文筆家能町みね子さんと日本体育大学相撲部監督で相撲論を研究している齋藤一雄教授に、その相撲の魅力について対談して頂きました。数回にわたって掲載していきます。

――齊藤先生は日本体育大学(以下・日体大)相撲部の監督ですが、かつてはアマチュア相撲の横綱として活躍。現在は日体大の教授としても相撲を研究されています。

大学相撲部監督として相撲部の活動について、また、研究者として相撲の技術や大相撲全般について、色々伺いたいなと思っています。最終的に、相撲はこう見たらもっと面白いんだよ、みたいなことが読者に伝われば良いなと思っています。

齋藤一雄先生(以下・齋藤先生) 私も分からないことはいっぱいあるんで(苦笑)。

 

 第1回★日本体育大学の相撲部

 

●相撲は力比べではない~日体大出身の大相撲の力士たち

能町みね子さん(以下・能町さん) 日体大から来た大相撲の力士って、押し相撲が多いイメージがあります。それは先生の教え方なんですか?

齋藤先生 学生時代は基本的に押し相撲を教えてます。まわしを取ったあとの技術はいっぱいあるんですよ。でも、そこで焦ってしまうと結果を残すのは難しいなと考えています。今はわりと高校時代に実績がある子も入って来てくれているんですけど、そういう子が少なかった時代は……。

能町さん 押しのほうが伸ばしやすい。

齋藤先生 相撲というのは、四つに組んで力の出し合いというイメージがあると思うんですけど、私の相撲理論は違っていて、強い人は「相手に相撲を取らせない」人です。朝青龍関(元横綱)も、まわしを先に取らせないし、いつも自分の得意な形で相撲を取っていました。白鵬関(元横綱。現・間垣親方)も強かった時代はほとんど同じなんですよ。だから「力比べ」ではなくて、いかに相手の力を出させないかということが大切なんです。

その、「力を出させない」を考えると、四つ相撲でそれを覚えるのは非常に大変なんです。4年間という限られた時間の中で押し相撲はわりと教えることが出来ると思っていますし、そのあとプロに行くとしても、押し相撲が取れれば。四つ相撲は(その後)時間をかければ覚えられるものです。その代わり四つ相撲をやっていた人が押し相撲に特化するのはまず無理です。

能町さん 確かに、押しの人が押す力が弱くなって四つ相撲になるパターンはたくさんありますけど、逆は見ないですね。日体大出身のお相撲さんは、嘉風関(元関脇。現・中村親方。平成16年卒)なんかもそうですが、高校ぐらいまではそこまでの実績じゃないような人を伸ばしていくようなイメージがあります。

齋藤先生 そう言って頂くと有難いですね。千代大龍(平成23年卒)なんかも、今はちょっと伸び悩んでいますけど、そういう感じの子でしたね。ウチは正直、一流校ではなかったんです。たとえば日本大学みたいな強い大学というのは卒業生が埼玉栄高校や鳥取城北高校、熊本の文徳高校の指導者になっていたり。全国に名だたる指導者がいっぱいいたんです。

でも人間、才能の有る無しも本気になったら大して変わらないと思っています。本気になってくれる子やまだ原石の子を預かることができると、結果を残せることもあると思っています。

今、うちにいる子で将来大関、横綱になれるのではないかという選手は2人います。花田(秀虎選手。2年生。第99回全国相撲選手権個人戦準優勝)と中村(泰輝選手。3年生。第97回全国学生相撲選手権大会個人戦優勝)という子です。この2人はホントに強いですよ。

能町さん うわーっ、それは楽しみですね。

齋藤先生 稽古に取り組む姿勢も、今の子はアスリートですね。

能町さん 体のどこがどうなってるか把握しながら?

齋藤先生 相撲という枠から出ているのかも知れません。大谷翔平選手の影響もあるかも知れませんが、一生懸命ウェイトトレーニングをやったり。昔だったら「ウェイトトレーニングやるな」「もっと投げ込め」「もっと走れ」とか、そういう理論が普通だったし、「喝!」ってやっていた人もいますし(苦笑)、それはそれでよかったのかもしれません。が、今は時代が違うんで、多くの情報が入ってきてるから、色んなトレーニング方法をやってます。

能町さん プロ(大相撲)はどうしても、まず「四股、鉄砲、すり足をしろ」から始まり、ウェイトトレーニングはそういうことやってから余裕があればやれ、という指導方針のイメージがあります。そのへんを自分でバランス取って考えてやれる人が増えてきたっていうことですかね。

齋藤先生 四股も鉄砲もすり足も大事です。確かに筋肉が増えたときに根っこであり幹であるのは四股とか鉄砲とかすり足とかぶつかり稽古。これが基本。相撲に適した体の使い方というのは相撲の伝統的な稽古を用いることが非常に大切だと思うんですけど。

能町さん 染み込ませなきゃいけない。

齋藤先生 そうですね、習慣ですね。そういう体の使い方を覚えて、枝葉に関してはウェイトトレーニングをやってもらったほうが、単純な筋肉をつけるのであれば非常に有効ですね。

 

●アスリートとしての力士

能町さん 私は大学相撲に関しては全然詳しくなくて恐縮ですが、普段はどんな感じで稽古のプランニングをされてるんですか?

齋藤先生 普通の大学は1週間のうち6日間稽古すると思うんですけど、ウチはやって休んで、やって休んでみたいな感じです。

能町さん そうですか! 休む日はホントに休みなんですか?



齋藤先生 いや、完全オフは週に1回です。トップクラスの子は相撲取ったら次の日は取らない。だから大相撲とは違います。大相撲の人には「そんなの甘い」って言われるかもしれないけど、今はそれでいいのかなと思っています。なぜそうしているかというと、例えば大学なんかでも、1日50番、100番稽古するっていうところはあるんですよ。でも、私もそうだったんですけど、50番取る人は最初の1番から本気でやらないんですよ。マラソンランナーも最初から本気で走らないじゃないですか。だから50番取れる稽古しかしないんですよ。

能町さん なるほど。

齋藤先生 それよりも本気になって相撲を取ってもらって、自分で良いと思ったら終わってもらうようなスタイルを取っているんです。今日なんかは、割と今日に稽古を合わせているから、相撲を取らない子は少ないと思うんですが、でも普段だったら10人ぐらい「今日はできません」と言ってくる。それでいいんですよ。私が学生に言ってるのは、「私も神様じゃないし、君たちの体を君たち以上に分かる子はいないから、自分ができないと思ったらやらなくていい。代わりにできることをやりなさい」と言っています。

能町さん 部として全体が休んでるというわけではなくて、個人個人で上手く調整するというか。

齋藤先生 大相撲の記事を見ても、「何々関は誰を相手に20番取りました」とか書いてあって、数が増えれば良いのかなと思うかもしれないですけど、YouTubeなんかで稽古を観ると、こんな稽古でいいのかなと感じる人もいっぱいいると思います。

能町さん 大相撲だと「あいつは稽古が嫌いだから」みたいなことを言われる人もいますけど、それは本人の中では納得いく形でやってる可能性もありますか?そういう力士が増えてきたんですかね。

齋藤先生 そこは分からないですけど。とにかく、私は大学相撲の監督として見た時に、私自身もそうだったんですけど、ゴールが見えないと本気で走らないんです。相撲の稽古って、例えば幕下以下なんかだといつ終わりになるか自分で決められないんですよ。ずっとやっていて、親方が「いいよ」って言ったら兄弟子が出てきて終わるような形じゃないですか。

ウチは自分で終わりたいと思ったら終わっていいよって言っているんです。基本的には自分でゴールを決める。試合前とかは、「今はちょっと休んでもう少し頑張れ」みたいな言い方をしますけど、基本的にはどんな子も「先生、もう終わります」「はいどうぞ」です。自分でゴールを決められるから、そこまでは本気で走れますよね。そういう発想です。


能町さん 今、活躍してる花田さんとか中村さんとか、ああいう選手は「よく稽古する」と監督はおっしゃってましたが、先生としてはどういうことを「よく稽古する」というふうに思っていらっしゃるんですか?

齋藤先生 今日、後で稽古を見てもらうとわかると思いますけど、ずっと体動かしてますよ。あと花田はおそらく朝から坂道ダッシュとかやっていたと思います。

能町さん なるほど。みなさん、寮住まいなんですよね?

齋藤先生 そうです。ここから自転車で10~15分ですね。

能町さん 普段は何時ぐらいに集まるんですか?

齋藤先生 いまはコロナ禍なので別ですけど、普段だったらこの時間(註・取材時は昼過ぎ)はもちろん稽古できないです。学生で、授業中なので。

能町さん ああ、そうですよね。

齋藤先生 今日は何でこの時間にできるかというと、今は常に対面授業してるわけではないので、みんなの2限が授業がなかったのでやっています。


能町さん リモートだから、ってことですね。

齋藤先生 通常はだいたい4時過ぎです。

能町さん そこから、どのくらいで終わるんですか?

齋藤先生 2時間ちょっとです。私自身、自分がやりたかった稽古をやってもらってるつもりなんです。私も現役時代に自分がもうやめたいと思ったら終わりたかったし、毎日毎日やりたくなかったですし。

能町さん 稽古内容は、三番稽古(※1)とか、申し合い(※2)みたいな感じのものもあるんですか?

齋藤先生 ありますよ、日によって。

能町さん 土俵上で取り組む稽古があり、その他は皆が自主的な形でやりたいことややるべきことを探しながらやってるような感じですね。

齋藤先生 そうです。ただウチのぶつかり稽古(※3)は特殊かもしれないです。ご覧になった事はあると思うんですけど、ぶつかり稽古って稽古の仕上げで、キツくなるものだし、最後に1回だけやるのが普通だと思います。ウチは相撲を取り終わった後、軽いのをスススッと押したり、頭つけたまま押したり、離れて押したり、2回も3回もやっています。

1年生にも言ってるんですけど、1年生ってどうしても稽古を「させられる」という感覚を持ちやすいんですよ。「1週間に3回ぐらいでいいからぶつかり稽古を、これ以上できないところまでいかなくて良いから、その一歩手前で、キツかったら休んで良いからやりなさい。それを積み重ねていくと強くなるから」というように言っています。やらされると「どうしたら楽できるか」を考えるんですけど、ギリギリの手前でやめて良いよって言われると、何とか頑張ろうかなって気持ちになるんです。

能町さん ぶつかり稽古、見たいですね。

齋藤先生 是非。あと、他の大学と違うのは、ウチは今年の4月から、雑用や洗濯や掃除は基本的に3年生、4年生がやっています。食事当番も基本的に3年生がやります。

能町さん そうですか! へぇーっ!! それはどういう考えで?

齋藤先生 ラグビーでそういう学校があって、成績残してるって聞いて(註・帝京大学ラグビー部が有名)。特に1年生が入ってきた時に、普通はまず新しい環境に慣れなきゃいけないですよね。先輩の世話や雑用をしなければいけないし授業に出なきければいけない、となると、強くなろうという気がなくなっちゃうんですよ。生きていくのに必死で。

能町さん なるほど! それはすごく斬新ですねえ。考えたこともなかった。

 

●ビデオ導入が技術の向上を助ける

齋藤先生 去年もウチは強かったんですけど、それこそ学生横綱も出たし、アマチュア横綱も出ました。(学生横綱を決める)全国学生相撲選手権大会も(アマチュア横綱を決める)全日本相撲選手権大会も、優勝しただけじゃなくてベスト8に4人ずつウチの学生が残っていたんです。

なおかつ、開催されたリーグ戦とかほとんど勝ったんですけど、全国学生相撲選手権大会の団体で負けたんですよ。何で負けたんだろう、もっと変えられることがあるかなと考えた末に、自分が相撲を取っているシーンが10秒遅れで流れるモニターを相撲場に3つ付けました。

能町さん すごいですね! 3つあるというのは、カメラの角度が違うんですか?

齋藤先生 いや、土俵が3つあるからです。センスがある人は、自分が思うとおりに体が動いている人なんですよ。自分が理想としている体の使い方、動きができて、後はパワーさえ備われば相撲って強くなるんです。だから自分はどういうふうに体を使ってるのか、客観的に見てもらう。人間って自分は上手く体を動かしてるつもりでも、実際は動かせていないケースが往々にしてあります。また、どういう相撲を取ったかを、直後に確認して指導することもできます。

能町さん それは大相撲でも見たことがあって。モニタがあるわけではないんですけど、荒磯親方(元横綱稀勢の里)がiPadで稽古の取組を撮っては本人に見せながら「ここはこうで……」って説明されてました。

齋藤先生 ウチも昔それやってたんですよ。それじゃ、ダメです。

能町さん ダメですか!?

齋藤先生 iPadだと、たとえば土俵が3つあったら、私はひとつずつ指導できないんですよ。タイムラグが生じる。鉄は熱いうちに打てじゃないけど、すぐ(自分で)見たほうがいいです。ウチのこれ見たら、絶対導入しますよ、あの人は頭柔らかいから。いちいち見せる必要ないんですよ。

能町さん なるほど、なるほど。今の動きをすぐに自分で見る、と。

齋藤先生 そうです、すぐやって自分ですぐ改良しなきゃいけない。ウチが土俵を3つ作り出してから、(ほかの大学相撲部でも)2つずつ作るのが普通になってきましたからね。私はホントは5つぐらい欲しかったんですけど、大学がどうしても……まあ3つもすごいんですけど(笑)。

能町さん スペースの問題もありますしね(笑)。

齋藤先生 でも、5つぐらいあったほうが良いんです。稽古時間を短くしたかったので。人間の集中力ってそんなに続かないです、私が続かないんで。稽古4時間なんて大学もあるけけど、4時間もやって何をどうやって教えるの?と思って(苦笑)。

能町さん 大相撲の部屋の稽古を見ていても、土俵が1面しかないと、壁際で何もしようがない子はどうしてもたくさん生まれますよね。ずっと同じ人がやっていると疲れてきて、だんだん立ち合いが弱くなってきたりするのも見ます。

齋藤先生 大相撲の稽古スタイルは、強くなる人は強くなれるんですよ、土俵を独占出来るから。でも、相対的に見た時にはダメな人がいっぱい出てくる訳です。大学は4年と限られてる中で、なおかつ彼らはお金を払って来てくれています。強い人が自分の才能を引き出してもらうっていうことでは、私はそのやり方はダメだと思う。皆に強くなってもらいたいんですよね。

実際、今年の東日本体重別選手権で、一番下が65キロ未満から、75キロ未満、85キロ未満、100キロ未満、115キロ未満、135キロ未満、135キロ以上、無差別って8階級あるんですよ。8階級中、うちは6階級獲りました。

能町さん すごい!

齋藤先生 過去48回の歴史で、6階級獲ったのはウチだけです。預かっている子に相対的に強くなってもらうのは大事なんです。

能町さん そうなると、新しい子がどんどん日体大を目指して来ますよね。


齋藤先生 そうですね、ありがたいいですね。でも、軽いクラスで優勝した子は高校時代全然たいしたことなかったんですよ。人間、本気になったら大して変わらないってことです。

 

●日体大相撲部の生活

能町さん 寮で、ご飯は3年生が作ると伺いましたが、具体的にはどんな感じですか。

齋藤先生 朝は3年生がご飯を炊きます。卵と豚肉とタマネギはいくらでもあるので、あとは自由に自分たちで料理してもいいし。昼は外で食べたり自由にやって、夜は食事当番が作ります。

能町さん それは、いわゆるちゃんこ番的な感じで。

齋藤先生 そうです。ちゃんこ番って、よその大学は決まった子がやるんですけど、ウチはみんなで。ただし、レギュラーはやらないです。レギュラーは、日曜日の食事当番が月に1回ぐらいまわってきます。日曜だけはみんなで回してやるので。レギュラーも、ちゃんこの作り方ぐらい知らないといけないですから。まあ、楽しくやってますよ。

能町さん 寮の中も気になります。私は相撲部屋しか見たことがないので。食堂みたいなものがあるんですか?

齋藤先生 そうです。

能町さん 部員の皆さんは、ご飯食べたあとは自由時間なんですか?


齋藤先生 稽古が終わったら自由時間ですよ。ホントは授業ある子もいるはずなんですけど。

能町さん 基本的に夜ごはんは全員揃って?

齋藤先生 順番です。そんなに広くないんで。今は、1年生が先に食べてます。

能町さん そうなんですね! そこも大相撲と違いますね。

齋藤先生 1年生から先に帰れって言って、風呂も1年生から入るんですけど、それには大きなメリットがあります。3、4年生って、稽古が終わってもダラダラしてすぐ帰らないんですよ。タオルもいっぱいあるんですけど、1年生がタオル当番をすると、3、4年生は適当に使っちゃうんですよ。いっぱい洗濯ものが出る。でも、3年生がそれをやるとなると、最小限しか使わない。

能町さん なるほど(笑)。1年生は1年生でちょっと遠慮もあるから、バランスもよく。

齋藤先生 (笑)。それはあって当たり前ですから。あと、ウチは最近、タオルを個人個人で使うようにしました。コロナのこともあるので。ウチはおかげさまでクラスターも起きていないんですけど、より良い対策ということで、タオルも共有しないように。

能町さん 確かにそれがいいですね。名前を書いて使う感じですか。

齋藤先生 はい、刺繍してあるんで。で、1〜4年生で色を替えてるんです。

能町さん わかりやすいですね。

齋藤先生 どうやったらいいか試行錯誤してる最中なんですけど。タオルに関しては、4年生は4年生のタオルを洗濯しようってことに最近なりました。3年生は3年生、2年生は2年生。各自の学年でやろうってことで、洗濯機あるんで。

能町さん コロナ禍の今は別として、相撲部屋に行って稽古するとなると、どこに行くんですか?

齋藤先生 私は玉ノ井親方(元大関栃東)が高校(明治大学付属中野高校)の後輩なので、栃東のところに行ったり。どこでも行かせてもらいますよ、「行っていいですか?」って言うとだいたい「いいですよ」って言ってくれるので。寺尾さん(元関脇。錣山部屋)のところにも行きました。

能町さん そういうときはみんなで車で行くんですか?

齋藤先生 はい。車で連れて行きます。では、そろそろ向こう(稽古場)に行きましょうか。(第2回に続く)

能町みね子が日体大相撲部齋藤一雄監督に聞く 相撲の稽古・技術・そして大相撲 第2回 | TABLO 

 

※1 実力が拮抗した2人が、2人で何番も続けてやる稽古方式。

※2 何人かが土俵周りに集まる。まず誰か2人が対戦し勝負が付くと、勝った者に対し周りの者が「次は自分が」と対戦を申し込み、勝った者がその中から相手を指名し、また対戦。このようにして順繰りに続く稽古方式。

※3 2人が受ける側とぶつかる側に分かれる。ぶつかる側はぶち当たって土俵際まで一気に押し、また向きを変えて一気に押し、というのを何度も繰り返す。最後に、受ける側は相手を転がして受け身を取らせる。この方式の稽古。たいてい、すべての稽古の仕上げに行う。

■プロフィール

齋藤一雄

昭和六十三年、全日本相撲選手権において優勝する。翌年、平成元年の全国学生相撲選手権では団体優勝を果たす。日体大の教員を経て平成十六年から学友会相撲部の監督に就任。平成十九年・二十年・二十三年・二十六年と監督として全国学生相撲選手権で本学相撲部を学生日本一に導く。また、個人戦においては平成二十年から七年連続決勝進出者を輩出し、数々の横綱に輝いている。日体大からの学生横綱 垣添徹(後に小結「垣添」)、明月院秀政(現幕内「千代大龍」)、中村大輝(現幕内「北勝富士」)、一ノ瀬康平、中村泰輝(現3年生)、デルゲルバヤル(現幕下「欧勝馬」)。日本体育大学教授。医学博士(日本体育大学相撲部ホームページより)

能町みね子

北海道出身。文筆業。著書に、『くすぶれ!モテない系』(文春文庫)、『雑誌の人格』シリーズ(文化出版局)、『お家賃ですけど』(東京書籍)、『そのへんをどのように受け止めてらっしゃるか』(文春文庫)、『私以外みんな不潔』(幻冬舎)、『結婚の奴』(平凡社)など。NHK「シブ5時」出演の際は、その場所の相撲の見どころなどを紹介・解説する好角家。

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cat_oa-rp11418_issue_a5215c590ab7 oa-rp11418_0_e04758b7de63_80代東京不良少年史「三ノ輪極悪」 浅草の不良少年たちの生き様 e04758b7de63 e04758b7de63 80代東京不良少年史「三ノ輪極悪」 浅草の不良少年たちの生き様 oa-rp11418

80代東京不良少年史「三ノ輪極悪」 浅草の不良少年たちの生き様

2021年11月12日 06:00 TABLO

1980年代と言うと「バブル」真っただ中な訳で、不良少年のファッションや有り様も変わっていった時代でした。すなわち、チーマーの台頭です。1980年代に登場した当時はチーマーとは言われずチームか、あるいはチーム名で呼ばれていました。東京都の私立明大中野高校が発祥と言われていますが、諸説あります。

YouTubeでも言いましたが、不良少年の「正史」というのはヤクザのそれと違って中々語る上で難しいのです。ヤクザの場合、警察が例えば警察白書などで「公的文書」として発表します。いわば国で認めている「アウトロー集団」です。

1000人以上の連合にわずか80人で突っ込んでいった伝説の暴走族『極悪』 歴史上の事件となった「大井埠頭事件」の真相とは|ニュースサイトTABLO – YouTube

が、不良少年の場合、「●●という暴走族は●●さんが作った」とします。これは何人もの人に当たり、そして肝心の創始者に当たれば真実性あるいはと真実に相当たる理由が出来ます。ところが、2代目以降になると語るのが難しく、人によって言う事が違うケースが間々あります。これは、不良少年の歴史がヤクザと違い口伝のよるところが大きいからです。なので、ここではあくまで当方が聞いた話をお伝えする事に致します。

チーマーの始祖は明大中野の「ファンキース」とされています。僕の同級生が高校2年1982、3年頃に作ったと「言われて」います。かつて「AERA」で3人くらいの元ファンキースがチーマーの元祖として登場しました。それの影響も大きいのかなと思います。が、本稿はチーマーをテーマとしていないのでそれは後述します。

チーマーの登場は既存の不良少年たち、すなわち暴走族へのアンチ―テーゼの意味もあったのだろうと思います。「パンチ? アイパー? カッコ悪いよ。女の子にもてなきゃ」という意識でした。

が、「バブルの不良=チーマー」という図式は成り立ちません。暴走族は当時もガンガンに走っていました。その中で暴走族の有り様を変えたチーム、それが「極悪」です。

極悪は「東京の下町」「国士館高校」の少年たちが1970年代に立ち上げた暴走族です。僕は、初代築地・月島極悪のメンバー数人、及び総長のYさんに直にインタビューしました。それによると築地、月島、板橋、北千住が出来て、それ以降、足立区の梅島極悪、荒川区の町屋極悪、そして浅草の三ノ輪極悪が結成されました。国士館卒の初代板橋極悪のFさんとは名刺交換のみさせて頂きました。この暴走族のユニークなところは、同じチーム名であるにもかかわらず、「連合」を組ますそれぞれが敵対していたりする点です。

東京を代表する下町浅草。祭りが盛んな事でも知られているこの街でも当然、不良少年が存在し、それは他地域よりももしかしたら、荒々しかったかも知れません。僕の取材感だと「祭りが盛んな地域」「港町」は不良(ヤクザ)および、不良少年が多いような気がしています。

浅草の不良少年たちが結成した三ノ輪極悪のメンバー「タブさん」に話を聞く事ができました。と言っても明大中野中学・高校の同級生なのですが。

―ー「三ノ輪極悪」って地域的にはほぼ浅草だよね。

タブさん ほぼっていうか浅草。俺は九代目。


―ー初代は誰かって言うと……。

タブさん それは分かんないねえ……。

―ー他の極悪とは交流あったの?

タブさん 梅島(足立区)、北千住(足立区)、とはあったね。一緒に走ったり一緒に遊びに行ったりとか。

―ー他は? 町屋極悪(荒川区)とか。

タブさん 町屋は仲悪い(笑)。

―ー仲悪い? 面白いよね、極悪同士で(笑)。極悪連合ってないもんね。

タブさん それは代々のアレじゃないの。先輩からの流れで。先輩が仲悪かったからね。

―ーいつから不良(少年)の世界に入っていったの?

タブさん 明中の中2くらいかなあ。

―ーでも中学の入学式で既に寸胴とか履いていたよね(笑)

タブさん それは時代で流行っていたからさ(笑)。

―ーいつから暴走したいと思ったの?

タブさん 俺はバイクに乗りたかったんだよね。それで喧嘩もしたくて。

―ー浅草の先輩もいるから。

タブさん そうそうそう。

―ー浅草の不良少年は、大体三ノ輪極悪に入る、と。山谷連合とかには行かない。

タブさん ああ。山谷連合はだいぶ下の代でしょ、我々の。

―ーもっと昔は浅草は「スペクター」(公園にたまっていたから「エンコ=公園を逆さにして」スペクターとも呼ばれた)だったじゃない。

タブさん そうそう浅草スペクターだったけどなくなちゃったよね。

―ーあと、実は僕らバブル世代って言われているけどバブル後期なんだよね。その時って暴走族って流行っていたっけ。

タブさん そうそうそう。でも時代があの時は寸胴はいたり、パンチ(パーマ)かけたりだったり、要するにファッションだよね。

―ー極悪って少数精鋭の喧嘩チームじゃない。何人くらいいたの。

タブさん 10人くらいじゃないかなあ。20人いないと思ったよ、確か。

―ーどのコースを走っていたんだろう。

タブさん 浅草から上野。中央通り行って千住の方に行って、というパターン。

―ー渋谷、新宿方面は?

タブさん いや行かなかったね。ていうのはヘルメット被ってないからさ。警察に追いかけられる訳じゃん。遠い距離に行くどころじゃなくなるよね。

―ー浅草の不良少年たちの気質って他と違う? 血気早いとか。

タブさん うん。あるね(笑)。

―ーDNA?

タブさん うん。そうそう(笑)。祭りが多いし。すぐ喧嘩になっちゃう。あと、走るので言えば、捕まっちゃうと意味ないからさ、帰ってくるまでが「暴走です」みたいな。

―ー走っている最中、喧嘩になる時あったんでしょ。

タブさん する時もあったね、義務付けられている訳ではないけど。

―ーどこら辺のチームと?

タブさん 「千駄木極悪」とか。やっている時は分かんないだけどね。結局あとから千駄木だったよとか。文京区の。隣(の地区)だからね。あと葛飾の……何だっけ。

―ー「荒武者」とか?

タブさん 「荒武者」とかもあったね。

―ー「一寸法師」(新小岩近辺)は?

タブさん 「一寸」は分かんない。あんまりどこだからやるって言うのは無くて、喧嘩売られたら買うって感じだったよね。

―ー攻め込まれたりはしなかった?

タブさん そういう事もあったみたいだよ。でも俺18歳くらいだったからね。

―ー何歳くらいまで活動してたの?

タブさん 中3から高校2年くらいまでかな。

ーー現役当時の写真みたけど、「浅草極悪」になってたじゃない。

タブさん これは怖い地元の1個上「総番長」に(言われて)。「お前ら浅草なんだから浅草極悪にしろ」って鶴の一声で(苦笑)。

―ー有名な人だよね。それは「初代」で終わり?

タブさん いや。あんまり後輩がやっているのって興味ないんだよね(笑)。だからを我々は「三ノ輪極悪九代目」で「初代浅草極悪」なんだよね。

―ー初代浅草極悪って皆、知らないもんね

タブさん うんうん。我々がピンと来るのが三ノ輪極悪だよね、九代目。

―ー不良少年達をずっと取材してきて思ったのが、地元を守る意識って強いよね。

タブさん そうそう。セクショナリズムだよね(笑)。

―ー暴走族だと卒業式とか入る時も式みたいのはあるの?

タブさん それはない。

―ーところで何で暴走するのかな。

タブさん うーん……。結局無免許な訳じゃん(昭和64年当時)。信号待ちとか出来る訳ないじゃん。ヘルメットも被ってないじゃん。だから信号で他の車を止めて走って行く訳じゃん。そんなカッコいい理由なんてないよね(笑)。

―ー因みに、タブさんが「プチン」となる時ってどういうとき?

タブさん 血の気は多かったよね。

―ー多かったよね、タブさんはそういうイメージだから(笑)。

タブさん (笑)今は違うよ。当時はちょっとした事で機嫌が悪くなって。大体、十代って機嫌が良い時ってないじゃん。

―ー当時は怖がられていたよね。

タブさん たまたま極悪があったからね。違うチームだったら違ったかも知れないし。

伝説の最強不良少年『三ノ輪極悪』元メンバー・インタビュー 浅草の不良少年史はかくも人間臭かった!? – YouTube

ーーあと、喧嘩相手より地元の先輩の方が怖いでしょ、

タブさん 怖い怖い。

―ー浅草って全国的に有名だけど地元民から見て、どういう街? 知らない人に向けて。

タブさん 五月は三社祭でしょ。お正月は初詣で。ほうずき市とか浅草サンバカーニバルもあり、そういうイベントが多い街だよね。で、気が短い人、多い(笑)。そういう気質なんでしょ、昔から。人と人の間が近いからさ。ま、(住むと)面倒くさいって言う人は面倒くさいだろうね。(聞き手@久田将義)

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メディアはもっとゲリラ的になるべきでは 当事者に取材すると見えてくるもの│プチ鹿島

2021年11月11日 06:30 TABLO

前回、「TABLO」で四聞ネタを書きました。四国新聞は平井卓也議員の一族経営で、平井氏のライバル・小川淳也議員には取材しないで批判的な記事を書くことが多い。それが本当に不思議だと。

そのあと私は4泊5日で「香川1区」に行って選挙戦や投開票日の様子をじっくり見学しました。四国新聞の記者さんもいたので「なぜ取材しないで記事を書くのか」と質問してみた。そのくだりを「文春オンライン」に書いたら、「TABLO」の久田編集長から「当事者に取材する『喜び』みたいなものを今回(TABLOで)書いてみては」とご提案いただきました。

衆院選直前 四国新聞はなぜ小川淳也氏に当てないで報道したのか | TABLO 

そもそも久田編集長と言えば3・11以降に原発作業員にずっと密着取材して「呑んで本音を聞いたりしました。当事者に話を聞かないと意味がないと思ったからです」という方です。また、ある人に「出会い系BAR通い」という記事が出て勝手な言説があったときは店に行って調べて”風評被害”だったことを証明していました。まさしく当事者に取材する喜びのプロです。

私の場合、当事者と言えば「新聞」でしょうか。読み比べが趣味なのですが、同じ風景を見ているのこんなに視点が違うのかと「当事者(=新聞)」の気持ちや行間を勝手に読むのが好きなわけです。取材というよりのぞき見と言っていい。だからこそ四国新聞の記事のつくり方は「読者」としてどうしても聞いてみたかったわけです。

そういえば最近は記者やメディアにも野次馬精神があってもいいのになと思うこともあります。たとえば8月の広島の原爆死没者慰霊式・平和祈念式のあいさつでの菅義偉首相(当時)の「原稿1ページ読み飛ばし」事件です。


あのとき政府関係者は原稿に「のりが予定外の場所に付着し、めくれない状態になっていた」として「完全に事務方のミスだ」と釈明しました(共同通信)。え、のりが付いていた?そんな言い訳ある?誰にでも間違いはあるけどこういう物言いにこそ政権の体質が出ていないか。そう思うと本当に「のり」が付いていたのか気になって仕方なかったし、なんでメディアは言いっ放しにさ

せてるのだろうと不思議でした。ツッコミどころなのに。

すると遂に広島在住のフリー記者、ジャーナリストの宮崎園子氏が調べた。広島市に公文書開示請求をして「原本」を確認。その結果「のり付着の痕跡は無かった」ことがわかったのだ(オンラインメディア「インファクト」に調査報告を発表)。これぞまさに「当事者」に取材した傑作ではないでしょうか。ジャーナリズムであるのはもちろん、私のような野次馬の期待にも応えてくれた仕事でもありました。

菅義偉首相は言葉を持たない政治家だった 「広島・原爆死没者慰霊式・平和祈念式読み飛ばし事件」は深刻 | TABLO 

そうそう、今年は東京五輪・パラリンピックがありましたがメディアのねじれ現象を感じた。新聞にとってあれだけツッコミどころが多かった五輪は格好のネタ対象だったはずでしたが、大手紙はスポンサーになったせいかおとなしい印象でした。その代わりにゲリラ的立場であるはずの週刊誌やタブロイド紙や週刊誌が生き生きしていた。週刊文春の五輪スクープ連発は記憶に新しい。ゲリラが王道を制したように見えた。でも、メディア全体がもっとゲリラでいいんじゃないですかね?(文@プチ鹿島 連載「余計な下世話」)

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衆院選直前 四国新聞はなぜ小川淳也氏に当てないで報道したのか│プチ鹿島

2021年10月18日 06:00 TABLO

先日、配信トークライブをおこないました。メンバーはTABLO編集長の久田将義さん、ジャーナリストの青木理さんと私プチ鹿島の3人。

Twitteアカウント「Dappi」について青木理さんがライブ開始と同時にぶち込むという開幕ダッシュならぬ開幕ダッピ。後半では衆院選からの「地方メディアが権力を牛耳る実態」についても話が出た。地元紙は大きな権力であり、その影響力は計り知れないと。

話を聞いていて直近の記事を思い出した。香川の四国新聞が書いたこれ。

『維新新人に出馬断念迫る 香川1区 立民・小川氏』(10月12日)

香川1区は自民党の平井卓也氏と立憲民主党の小川淳也氏による一騎打ちとみられていたが、今月8日になって、元国会議員秘書で新人の町川順子氏が維新の公認候補に決まった。

《町川氏の動きにすぐに反応したのが小川氏。街頭活動やツイッター上で、町川氏が以前、国民民主党代表の玉木雄一郎氏(衆院香川2区)の秘書だったことを紹介し「知らない人でないだけに少しショックを受けている」「選挙区選挙はどの党であれ、野党一本化すべき」などと主張した。》(四国新聞)

そして読みどころはここ。

《町川氏によると、公認発表後、小川氏本人から電話があり「出られたら困る」などと言われたという。小川氏は町川氏の実家の家族のところまで訪れ、出馬断念を求めた。》(四国新聞)

読んでとにかく不思議だったのが、記事の主役である小川氏のコメントが一切無いこと。小川氏に取材していないのである。

他紙を見てみよう。毎日新聞WEB版で報じた記事の冒頭を抜粋する。

《立憲民主党公認で衆院選香川1区から出馬する予定の小川淳也衆院議員が、日本維新の会に対し、同区で競合する維新立候補予定者の取り下げを要請し、維新が困惑している。維新は立憲、共産党などが進める野党共闘に加わっていないが、小川氏は取材に対し「野党が一本化を目指すのは当然で、できなければ立候補の自由がある」と説明した。》(10月13日)

真っ先に小川氏に取材していた。新聞だから当然だろう。読者としては、四国新聞が書いた「町川氏の実家の家族のところまで訪れ、出馬断念を求めた」という部分にザワザワしたはずだ。この書き方だと「実家に乗り込む」的なニュアンスにもとれるからだ。小川氏に取材してほしくなる。

すると、私とYouTube配信「ヒルカラナンデス」をやっているラッパーのダースレイダーが14日に小川氏とニコ生で共演したので本人にぶつけてくれた。

河野太郎、岸田文雄、高市早苗…「次の総裁にふさわしいの誰か」で支持率0%だった政治家は? │プチ鹿島 | TABLO 


小川氏は「町川氏は前から知っている人で、家がどこにあるかも知っている間柄。今回の選挙は自民党VS野党で1対1で対決しないとダメ、だから維新の候補であっても自分を応援してくれないかと伝えたかった。しかし電話をしたらつながらない。家に行ったらいなかったので親御さんに御挨拶をした。そのあと維新の会議に連絡していった」と述べたという。

ここから想像できるのは「電話をしてもつながらなかった」というがおそらく相手は「出なかった」のではないか。しかし小川氏は「話せばわかる」とばかりに会いに行ったのだ。失礼を承知で言えばクソ真面目すぎないか? 一直線すぎる行動には「ネタにされる」警戒感が感じられない。

一方で「実家の家族のところまで訪れ、出馬断念を求めた」(四国新聞)とはニュアンスがだいぶ異なることがわかる。驚いたことに小川氏は四国新聞に「一度も取材されたことはない」という。両論を併記したら「四国新聞が書きたい記事のバランスが崩れるからなのでしょう」と。

このへんのことが面白くなってきたので、さらに調べてみた。すると朝日新聞の現地記者がWEB版に書いていた。

《町川氏によると、小川氏本人や自民党の関係者から立候補を断念するよう求める電話が相次いだという。》(10月15日)

これを読むと、自民党サイドからも立候補断念についての電話があったことがわかる。選挙前だから各党必死なのだ。だから読み比べは面白い。

ちなみに四国新聞はそのあと『自民県議から提案「3区から出馬を」 香川1区、維新町川氏』(10月16日WEB)と報じた。『県議から町川氏本人へのコンタクトはこの1回のみで、自民陣営や県連からの働き掛けはないという』と。町川氏への取材はしているのだ。

ではなぜ四国新聞は小川氏には取材もせずにキツく書くのか。


ヒントになるのは四国新聞は平井卓也議員の弟が社長、母が社主を務めるファミリー企業ということ。選挙で常に接戦の小川氏は平井ファミリーの天敵なのである。

デジタル大臣になった平井氏を四国新聞では大々的に報じた。しかしデジタル庁の相次ぐ不祥事はベタ記事扱いだった。さらに『平井デジタル相が出席の会議、音声データ保存せず 私文書扱いに』(毎日新聞WEB)というスクープを各紙は後追いしたが四国新聞は紙面で報じていなかった。いかがだろうか。「書いていない」部分に読みどころがある。

そして今回の小川報道の「書き方」である。

新聞の政治部記者を知っている人に四国新聞の今回の書き方について聞いてもらった。すると、

「街頭活動で話したりツイッターに書いているという事実があるにしても、普通は小川氏にあてて(取材をして)、双方の言い分を書くでしょうし、ノーコメントだったとしてもその旨を書くと思います。選挙前ならなおさら気を使うところなのですが。」

予想通りの見解だった。新聞であるなら「選挙前」はなおさら双方の言い分を書く。あ、四国新聞は「選挙前」だからむしろああいう書き方にしたのか。

私は新聞は偏っていて当たり前だと思っている。だからこそ論調の違いを読み比べするのが楽しい。しかし新聞社の経営一族から政治家が出ていて、その政治家を紙面でゲキ推ししていたら話は別だ。それは紙面の「偏り」ではなく「私物化」である。

選挙前の四国新聞はヤバいほど面白い。もっと追い続けなければいけないと思いました。

へずまりゅうを候補者にした立花孝志党首を持ち上げていた人たち | TABLO

※衆院選ネタ、地方メディアが牛耳る実態、「Dappi」問題、ノンフィクション作家には種類がある、など話題がたくさん。視聴期限は10月28日(木) 23:59 までです。ぜひご覧ください。

“タブーなきニュース空間へようこそ” vol.5【出演】青木理、久田将義、プチ鹿島 https://twitcasting.tv/loft9shibuya/shopcart/1068 (文@プチ鹿島 連載「余計な下世話」)

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cat_oa-rp11418_issue_a5215c590ab7 oa-rp11418_0_aad56644deda_なぜメディアスクラムは起きたのか 小山田圭吾さん問題「Quick Japan」を編集者目線で総括してみた aad56644deda aad56644deda なぜメディアスクラムは起きたのか 小山田圭吾さん問題「Quick Japan」を編集者目線で総括してみた oa-rp11418

なぜメディアスクラムは起きたのか 小山田圭吾さん問題「Quick Japan」を編集者目線で総括してみた

2021年10月13日 06:00 TABLO

もう、旬の話題ではないとは理解しつつも、先日ニコ生「噂のワイドショー」でプロインタビュアー・ライター吉田豪君とのトークがYouTubeにアップされたので、それを受けて一編集者として総括してみたいと思います。https://www.youtube.com/watch?v=dJ10ly5WR7c&t=301s

上記YouTubeの通り、吉田君は当初から小山田圭吾さん問題は「ロッキンオンジャパン」で悪ノリしたものをインタビュイー(この場合は小山田さん)のチェック無しで掲載(厳密に言えば著作権違反だと思いますが)し、それを読んだ当時はライターだった村上清さん(現・太田出版)が小山田さんにインタビューを申し込み、打合せの談話を「Quick Japan」(以下「QJ」)にてインタビューとして掲載。90年代悪趣味ブームと相まって、イジメを助長・面白がる記事として構成した結果、小山田さんが約20年間にわたって攻撃されているという「メディア内での立場」を指摘しています。

その後週刊文春の小山田圭吾さんインタビュー(インタビュアー・中原一歩さん)での回答が掲載され、吉田君の指摘と小山田さん記事を読むと、答え合わせが出来ている、という事で良いかと思います。

大前提として、小山田さんがイジメたり、傍観者だったりした事は事実なので、そこを擁護する気は全くありません。本稿はそれとは別の問題です。

版元の太田出版は、2021年9月16日に【1995年執筆記事「いじめ奇行」に関しまして】というタイトルで村上さんのコメントを掲載しました。

その前に、ですが、記事を執筆・掲載する際は、プロの編集者なら必ず「掲載動機」を頭に入れて記載します。商業誌における記事には公共性・公益性などが付帯します。これがないと、例えば「隣の家の掃除機の音がうるさい」といった個人的な理由での私怨記事も許されてしまう事になります。最近、「どうでも良い」との共通認識が世間に広がっている芸能人の不倫記事は、芸能人は「準公人」あるいは「みなし公人」とされているからです。ですから例え建前であっても商業誌には公共性・公益性、真実性があるものを掲載する訳です。

ではこの記事の掲載動機は何だったのか。

今回の「QJ」記事の掲載動機を村上さんの「コメント」から読み取ると、

・記事の目的はいじめを助長されたりするものではなかった。(文中では「いじめを支持したり、ましてや揶揄する意図は、当初から全くありませんでした」と掲載)

・「いじめはやめよう」と言った言葉をどれだけ重ねても現実のいじめはなくならない

・元々の企画は「いじめ側といじめられた側の対談」だった

・「毒には毒をもって対するしかない、当時は考えた」(文中より)

・「いじめってエンターテイメント!?」という記述は皮肉・反語

あとは炎上のきっかけとなったブログに対する「切り取り」への指摘です。

上記の僕の箇条書きも「切り取り」と言ってしまえば「切り取り」なので原文URL

を貼り付けておきます。https://www.ohtabooks.com/press/2021/09/16200000.html

コメントを読んでまず、思ったのが「週刊文春の記事を受けて反省の文を出す」という事について。その前に出すべきだったのでは、という対応の不味さ。あるいは潔くはない態度に疑問を抱きました。なぜ、ここまで引っ張ってしまったのか。反省文を読むと、なるほどそういう意図だったのか、と納得はしました。が、それを読んで改めて、「QJ」記事を全文読んでみました。

どうした事でしょう。反省文のようにとてもではないですが、これが「いじめをなくそう」とした記事なのか。全くそうは読めませんでした。

食堂で「俺はマスクをしない!」で逮捕の男性 法廷でもマスクを拒否 さらに裁判官に自説をお説教 | TABLO 



村上さんのコメントにある

【「いじめはいけない」「いじめはやめよう」といった、正しいけれど素朴な言葉をどれだけ重ねても現実のいじめはなくならないのでは、という苛立ちが募った末、あえて極端な角度からいじめという重大な問題の本質を伝えることで事態をゆさぶり、何らかの突破口にできないかと思うに至りました。】

が後付けではないかとすら思えてしまいます。

コメントと当時の「QJ」の記事の整合性が取れていないように映った訳です。この記事の主体は村上さんです。村上さん執筆記事であり、この人の主張が全面に出ています。小山田圭吾さんの談話は村上さん執筆記事の中に放り込まれているという構成です(長いけれど)。何度読み返しても「QJ」記事がイジメを無くそうとして掲載された、とは感じられません。その点については【執筆者の未熟の極みと言う他ありません】とコメントの前の方に書かれている通りです。

未熟の部分は【でも『いじめスプラッターには、イージーなヒューマニズムをぶっ飛ばすポジティブさを感じる。小学校ま時にコンパスの尖った方で背中を刺されたのも、今となってはいいエンターテイメントだ。『ディティール賞』って感じだ。どうせいじめはなくならないんだし。】

【記事原文では冒頭から私の露悪的な文章が続きますが、それは本来の対談相手でもない筆者が「いじめはよくない、やめよう」と書いたり態度に示すことは、彼らにとっては一気に、安心できる教科書的記事になってしまい、それでは何も伝わらない、毒には毒をもって対するしかない、と当時考えたためです】(コメントより)

といった記述あたりでしょうか。何度も言いますが「コメント」はなるほどと思います。が、記事原文(4、5回は読みました)を読むと不愉快とおぞましさ、しか残りません。

確かにいじめはなくならないでしょう。僕のいた明大中野中学・高校も小山田さんがいた和光中学・高校と同様の都内の私立一貫校です。形態は似ています。が、これほどのいじめが合ったという話は聞きません。違う点はどちらが優れているとかではなく、恐らく暴走族の同級生や体育会系の学生たちが校内ヒエラルキーのトップにいて、彼らが一般生徒を相手にしなかったという校風もあると推測しています。

いじめはなくならない。けれど、村上さんは記事原文で批判していましたが、それが偽善であろうが何であろうが、正論はずっと、恥ずかしげもなく吐き続けるべきだと思うのです。「いじめはやってはならない」と。さらに加えるなら「差別は許されない」。これは我々の先達が命を賭して得た、貴重な思考です。偽善であろうがなかろうが、関係ありません。

そして、頭の良い人が陥りがちなチートはとことんダメだなと、改めて「QJ」問題を考える上で思いました。2011年東日本大震災でも「チートだけど結果が良ければOK」という考えの元、怪し気なジャーナリストの煽りに乗っかってしまった知識人たちもいました。コロナ禍の現在でもそうです。陰謀論が、なぜかSNSを中心として浮遊しています。東日本大震災時で、僕らは「そういう意見は要らない」と学んだはずではなかったのか。頭の良い人(皮肉です)が言う、一見深味がありそうなひねった意見には黄色信号をつけるべきではないでしょうか。

「論破カッケー」の弊害 論争ではなく「言い負かせただけ」の印象操作 | TABLO 

今も、そして「QJ」記事掲載当時も、必要なのは「真っ当な意見」です。偽善と呼ぶ人がいれば偽善と呼べば良い。必要なのは愚直で真っ当な言葉です。それはいつの時代でも変わらないと思います。90年代悪趣味ブームにおいても、現在でも。(文@久田将義)

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