チームの上位進出の鍵となるのが助っ人外国人選手の存在だ。近年では、メジャーリーグ経験のある選手も数多く来日し、1軍登録の上限である4枠を巡って競争も激しくなっている。今回は、各球団の歴代助っ人外国人選手をランキング形式で振り返り、活躍した選手の傾向を探っていきたい。【巨人・投手編】
※成績はチーム在籍期間の通算成績、ランキングはこれを基準に作成。
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第5位 セス・グライシンガー
右投右打
在籍年数 4年(2008〜2011)
成績 71試合(436回)、31勝22敗、307奪三振、防御率3.45
先発として活躍したグライシンガー。多彩な球種を操り、抜群の制球力を誇った。
アメリカ合衆国出身、身長190センチ、体重90キロ。バージニア大から、1996年のMLBドラフト1巡目(全体6位)でデトロイト・タイガースに入団。メジャー、韓国球界を経て、2007年に来日した。
巨人では2008年からプレー。前年はヤクルトで最多勝を獲得する活躍。巨人でも初年度から17勝をマークし、2年連続の最多勝を獲得。防御率3.06と安定した数字を残して、ベストナインにも輝き、チームのリーグ連覇に大きく貢献した。
その活躍から、翌2009年には開幕投手にも指名され、来日から3年連続2桁勝利(13勝)と、期待に応えた。また、勝率.684はキャリアハイの数字だった。10,11年は思うような活躍ができなかったが、巨人退団後はロッテでも2年間プレー。12年には自身4度目の2桁勝利(12勝)をマークし、復活を果たした。
第4位 マイルズ・マイコラス
右投右打
在籍年数 3年(2015〜2017)
成績 62試合(424回2/3、)31勝13敗、378奪三振、防御率2.18
投手陣を牽引する活躍を見せたマイコラス。最速150キロ中盤の速球と大きく縦に割れるカーブを武器に、多くの三振を奪った。
アメリカ合衆国出身、身長196センチ、体重100キロ。ノバサウスイースタン大から、2009年のMLBドラフト7巡目(全体204位)でサンディエゴ・パドレスに入団。12年に同球団でメジャーデビューを果たすと、リリーフとして25試合に登板した。14年にはテキサス・レンジャーズで先発として10試合に登板したが、防御率6.44と結果を残せなかった。
2015年から巨人に加入すると、11連勝を記録するなど、初年度から大活躍。13勝、4完投、2完封、防御率1.92、勝率.813で最高勝率のタイトルを獲得した。
翌2016年は故障の影響もあり4勝に終わったが、2017年には開幕投手を務めると、年間通してエース級の活躍を見せた。最終的に188回を投げて、14勝、187奪三振、防御率2.25の成績で、最多奪三振をマーク。K/BBは8.13と高い数値を示した。
同年オフには、セントルイス・カージナルスでメジャー復帰を果たすと、ローテーションの中心として活躍。2018年には18勝4敗、防御率2.83の成績で、オールスターにも選出。最多勝にも輝いている。翌19年は9勝14敗と負け越したものの、シーズンを投げ抜き、チームの地区優勝に貢献した。2020年は故障で全休。21年も開幕には間に合わない見通しとなっている。
第3位 マーク・クルーン
右投右打
在籍年数 3年(2008〜2010)
成績 159試合(161回2/3)、6勝10敗93セーブ9ホールド、221奪三振、防御率2.56
同ランキングのベイスターズ編では1位に輝いたクルーン。巨人でもその快速球とフォークを武器に、クローザーとして活躍した。
アメリカ合衆国出身、身長188センチ、体重86キロ。シャドーマウンテン高から、1991年MLBドラフト2巡目(全体72位)でニューヨーク・メッツに指名され契約。メジャーの舞台では、サンディエゴ・パドレス、シンシナティ・レッズ、コロラド・ロッキーズ所属時に出場したが、計26登板で防御率7.43と結果を残せなかった。
2005年に来日し、横浜ベイスターズ(現DeNA)でプレー。最速160キロ超えの速球を武器に、セットアッパー、クローザーとして活躍した。巨人では2008年からプレー。入団初年度から横浜時代と同じくクローザーとして活躍。6月1日には、福岡ソフトバンクホークスとの交流戦で、松田宣浩を相手に当時のNPB記録である球速162キロを計測した。同年は61試合登板で41セーブを挙げ、最多セーブを獲得。チームのリーグ優勝にも貢献した。
以降は故障による離脱もあったが、翌09年には46試合で27セーブ、防御率1.26をマーク。同年の日本シリーズでは、3セーブを挙げるなど、チームのリーグ連覇、7年ぶり日本一に大きく貢献した。
2010年シーズン終了後に退団。その後、米球界に戻りサンフランシスコ・ジャイアンツ傘下チームでプレーしたが、メジャー昇格は叶わなかった。
第2位 バルビーノ・ガルベス
右投右打
在籍年数 5年(1996〜2000)
成績 106試合(751回)、46勝43敗、443奪三振、防御率3.31
先発として活躍し、打撃でも在籍5年間で10本の本塁打を放ったガルベス。高い制球力を武器に打たせて取る投球スタイルで、完投数の多さも光る。
ドミニカ共和国出身、身長180センチ、体重107キロ。1981年にアマチュアFAでロサンゼルス・ドジャースと契約。86年に同球団でメジャーデビューし、10試合にリリーフ登板したが、以降はメジャーでの登板はなかった。その後、94年には台湾リーグ・兄弟エレファンツ(現中信兄弟)でプレーした。
巨人には、1996年に入団テストを経て加入。初年度から首脳陣の期待を上回る大活躍を見せた。最終的に16勝、防御率3.05(リーグ2位)、リーグトップの12完投をマークし、同僚の斎藤雅樹とともに最多勝を獲得した。
翌1997年はチームトップタイの12勝、8完投を記録。1999年には外国人選手として球団史上初となる開幕投手も務めるなど強力先発陣の一角を担った。また、打撃力も高く、97年には70打席に立って長打率.415、99年は4本塁打を放った。通算成績は、打率.151、10本塁打、30打点となっている。
退団後は、メキシカンリーグや韓国球界でもプレーした。
第1位 スコット・マシソン
右投右打
在籍年数 8年(2012〜2019)
成績 421試合(431回)、27勝29敗54セーブ174ホールド、492奪三振、防御率2.46
2019年まで8年に渡り活躍したマシソン。主にセットアッパー、クローザーとしてチームのブルペンを支えた。
カナダ出身、身長191センチ、体重104キロ。アルダーグローブコミュニティー高から、2002年MLBドラフト17巡目(全体509位)でフィラデルフィア・フィリーズに入団。2006年に同球団からメジャーデビューを果たし、主に先発としてプレーした。10年、11年にもメジャーの舞台に上がったが定着には至らず。メジャー通算は15試合の登板(8先発)で、1勝4敗、防御率6.75だった。
巨人では、2012年からプレー。開幕は2軍で迎えたが、1軍昇格後はリリーフとして好投を続け、山口鉄也、西村健太朗と形成した勝利の方程式は、「スコット鉄太朗」と呼ばれた。同年は40試合に登板し、10セーブ、8ホールド、防御率1.71と抜群の安定感を見せ、チームの日本一に大きく貢献した。
翌13年はさらに成績を伸ばし、63試合登板で、42ホールドポイント(2勝40ホールド)、防御率1.03をマーク。山口とともに最優秀中継ぎのタイトルを獲得した。以降もフル回転の活躍を見せ、14年は主にクローザーとして64試合に登板し、30セーブを記録。16年にはリーグ最多の70試合に登板し、49ホールドポイント(8勝41ホールド)をマークし、2度目の最優秀中継ぎのタイトルに輝いた。
なお、現役最後の登板を除く420試合でリリーフとして登板。通算174ホールドは外国人投手最多記録となっている。
その他にも最多勝を獲得したビル・ガリクソンやダレル・メイ、ブライアン・シコースキー、最優秀投手(現最高勝率)を獲得したディッキー・ゴンザレスらも光る活躍を見せた。現役ではエンジェル・サンチェス、C.C.メルセデスとルビー・デラロサらに、昨シーズンを上回る活躍が期待されている。
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