cat_oa-rollingstone_issue_fd192e698f59 oa-rollingstone_0_fd192e698f59_レオン・ファノラキスの咆哮「ヒップホップは価値観や考え方を更新していく音楽」 fd192e698f59 fd192e698f59 レオン・ファノラキスの咆哮「ヒップホップは価値観や考え方を更新していく音楽」 oa-rollingstone

レオン・ファノラキスの咆哮「ヒップホップは価値観や考え方を更新していく音楽」

ヴァースを蹂躙する野性味のあるラップ。鼓膜を震わすベースライン。荒ぶる感情が炸裂するリリック。20歳のラッパー、Leon Fanourakis(レオン・ファノラキス)が抱える衝動の源流にあるのは子供の頃から気になっていたという「違和感」だ。

ーLeonさんのリリックに秘められた怒りってどこに向けられたものなんですか? 自分自身というよりは社会や世の中に対してのものが多い気がしたんですけど。

小学生の頃からみんなと同じがすごく嫌いで、ルールに従って生きる意味って何だろうって、すごく考えてたんですよね。でも普通の小学生はそんなこと考えないじゃないですか。学校の規則に従って生きることが当たり前というか。俺はその頃からヒップホップも聴いていたので、そういうことに違和感を感じたのかもしれません。普通に生きてるだけじゃつまらないみたいな。だから格好も1人だけモヒカンにしてみたりとか。



ー音楽はどういうきっかけで?

もともと親が音楽をやっていて、子供の頃から音楽部屋みたいなのを与えられてたんです。部屋の中にギターやベースやドラムがあって、そこで楽器に触れてました。小学生の時はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやリンキン・パークが好きで、タブ譜を見てギターを弾いたりしてたんですけど、あんまりピンとこなくて。中学生になってDJもやってみたんですけど、結局続かなくて。それでラップをやってみたという感じです。

ーヒップホップとの出会いは?

最初はカニエ・ウェスト、ジェイ・Zだったんですけど、どんなラップが自分は好きなんだろうって研究した結果、スクールボーイ・Qであり、エイサップ・ファーグのようなガツガツしたスタイルが好きなんだということに気づいて、その後にXXXテンタシオンが出てきて決定的になりましたね。めちゃめちゃ(テンタシオンの曲を)聴きまくって、どういう風にリズム取ってるのかを自分なりに研究したんです。で、韻を踏めば踏むほどリズムが軽快になることに気づいたり。



ー繰り返し聴いてマネして?

はい。あとはいろんな音楽を聴くことが一番刺激になります。周りにいるSANTAWORLDVIEWやYamieZimmerとか、仲間内でも刺激をたくさんもらえるので、お互い高め合ってる感じですね。やっぱり歳が近い人は意識していて、海外のアーティストでも同い年くらいの人が多いですし、そういうのを見て俺も頑張らないとって思ったりします。


「日本語でめちゃくちゃカッコいいラップをしてやる!」って思った

ーSANTAWORLDVIEWやYamieZimmerらと作り上げた1stアルバム『CHIMAIRA』には、Leonさんを見出したANARCHYの他、Bank.Somsaart、VA$¢0、ハイヤー・ブラザーズのPsy PとMelo、XXXテンタシオンが所属したクルーMembers OnlyのBass Santana、Cookin Soulなどが参加してますよね。父親が日本人で、母親が韓国とギリシャのハーフというクォーターのLeonさんならではというか、どこか無国籍な風情が漂うサウンドだなぁとも思いました。

クラブで外国人から話しかけられることが多いんですよ。『一緒にスタジオ入ろう』って言われることも多々ある。自分もニューヨークに行ったりするし、海外は好きなんです。でも英語をモノにするよりは、外国人をヤバイって言わせる日本語ラップを突き詰めたいですね。混血だけど日本育ちっていうルーツがそう思わせるのかもしれないけど。ハーフの子が周りに多くて、中学生の時に「日本語のラップ、ダサくね?」って言われて、それに腹が立って「日本語でめちゃくちゃカッコいいラップをしてやる!」って思ったんですよ。



ーアルバム発売後、日本全国のクラブのステージに立つ機会も増えましたね。

地方に行ってもみんなバウンスしてくれるし、アルバムを出してからいろいろ変わりました。感情を表現するだけじゃなく、ヒップホップは価値観や考え方を更新していく音楽。そこがすごく面白いし、何年経っても飽きないと思います。だからいくつになっても新しいアプローチを知りたいし、音楽を聴き続けて研究していきたいです。大人になって歳を重ねると昔にとらわれてしまう人って多いじゃないですか。でもそうじゃない人はすごくフレッシュだなと思っていて、自分はそういう大人になりたいですね。



レオン・ファノラキス
2015年の「第8回高校生ラップ選手権」、2018年の「ラップスタア誕生!」シーズン2でLeon a.k.a 獅子名義で優勝。その後、ANARCHY主宰の1%と契約を果たし、Leon Fanourakisとして2019年に1stアルバム『CHIMAIRA』をリリースした。

『CHIMAIRA』
Leon Fanourakis
1%
発売中

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cat_oa-rollingstone_issue_fd192e698f59 oa-rollingstone_0_qki4vs22xrvy_DOPING PANDAが10年ぶりに再結成 アルバムリリース、東名阪ツアーも決定 qki4vs22xrvy qki4vs22xrvy DOPING PANDAが10年ぶりに再結成 アルバムリリース、東名阪ツアーも決定 oa-rollingstone

DOPING PANDAが10年ぶりに再結成 アルバムリリース、東名阪ツアーも決定

2012年に惜しまれながらも解散したロックバンドDOPING PANDAが、10年の時を経て再結成することが発表された。全新曲のフルアルバムのリリース、東名阪Zeppツアーの開催も決定している。

Yutaka Furukawa、Taro Hojo、Hayato Beatによる、オリジナルメンバーでの10年越しの再結成では、3月に書き下ろし新曲10曲を収録したオリジナルフルアルバム「Doping Panda」のリリースと、彼らの聖地とも言えるライブハウス東京・新代田FEVERでの100名限定リリースイベントを皮切りに、4月からは東名阪Zeppワンマンツアーの開催が予定されている。

また、最新曲「Imagine」のMUSIC VIDEOも本日YouTubeにて公開された。再結成を飾るにふさわしく、10年の時を経てアップデートされた新しいDOPING PANDAを余すことなく感じることができる本楽曲のMVは、監督に大喜多正毅氏を迎え、3人による演奏シーンが惜しみなく披露されている意欲作だ。

更に、再結成を記念して、オフィシャルファンクラブ「DOPAMANIA CLUB」も開設。ツアーチケットの優先先行受付や、会員限定デザインチケットの販売をはじめ、ファンお馴染みのTaro Hojoを中心としたメンバーによるブログ「t-log」、ここだけでしか見る事のできないメンバーによる映像・ラジオコンテンツ、会員限定グッズの販売など、盛りだくさんなコンテンツが用意されている。

>>関連記事:フルカワユタカの挫折と仲間との出会い、ソロ活動7年間を振り返る
再結成に寄せ、本人たちからのコメントも、リニューアルされたオフィシャルHPにて公開されている。
10年のブランクを全く感じさせない満を持しての復活に注目したい。


【ライブ情報】

開催日時:2022年3月2日(水)18:00 OPEN / 19:00 START
チケット代:6,000円(税込/+1drink代別)
受付期間:1月28日19:00~2月11日(金)23:59
受付詳細:https://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?site=S&cd=MATO000002769&cid=os-MATO000002769
※5th AL「Doping Panda」CD予約購入者限定抽選。
一般発売はございません。未就学児童入場不可。

<∞ THE REUNION TOUR>
▼オフィシャルHP先行
先行受付URL:https://eplus.jp/dopingpanda22-hp/
FC優先先行/オフィシャルHP最速先行受付期間(抽選):1月28日19:00~2月6日(日)23:59
通常チケット代:1F 指定6,000円(税込/+1 Drink代別)・2F 指定6,500円(税込/+1 Drink代別)
デザインチケット代:1F 指定6,300円(税込/+1 Drink代別)・2F 指定6,800円(税込/+1 Drink代別)
※デザインチケットの申し込みはDOPAMANIA CLUB会員限定。
一般発売:3月26日(土)

▼ツアースケジュール
4月23日(土) 東京・Zepp Haneda
17:00 OPEN / 18:00 START

5月7日(土) 大阪・Zepp Osaka Bayside
17:00 OPEN / 18:00 START

5月8日(日) 愛知・Zepp Nagoya
16:00 OPEN / 17:00 START

5月22日(日) 東京・Zepp Haneda
16:00 OPEN / 17:00 START

【リリース情報】
2022年3月2日(水)リリース
5th FULL AL「Doping Panda」
初回生産限定盤(CD+DVD) ¥3,727円(税抜) / SRCL-12060-1
通常盤(CD) 3,300円(税抜) / SRCL-12062
収録内容:「Imagine」含む、書き下ろし新曲全10曲収録。初回盤にはMUSIC VIDEO 2曲を収録したDVD付き。

【「Imagine」Music Video】

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cat_oa-rollingstone_issue_fd192e698f59 oa-rollingstone_0_xrdk151o8vvx_ARMY必読、インド版制作「BTSスペシャルムック(2020年発行)」日本版の表紙とポスター画像が解禁 xrdk151o8vvx xrdk151o8vvx ARMY必読、インド版制作「BTSスペシャルムック(2020年発行)」日本版の表紙とポスター画像が解禁 oa-rollingstone

ARMY必読、インド版制作「BTSスペシャルムック(2020年発行)」日本版の表紙とポスター画像が解禁

Rolling Stoneインド版が2020年に発行した「BTSスペシャルムック」の日本語完全翻訳版「Rolling Stone India Collectors Edition: The Ultimate Guide to BTS 日本版」(3月14日発売)の表紙と特典につくポスタービジュアルが解禁。本書は、世界中に存在するARMYのために、ARMYの手でつくられた一冊。BTSとARMYとの「絆」、ARMY同士の「連帯」が感じられるファン必読の内容となっている。

デビューした頃からBTSをサポートしてきたRolling Stoneインド版編集部が、2020年に「BTSスペシャルムック」と題し発行した本書は、ARMYを名乗る編集者、ライター、ジャーナリストなどが結集し作り上げた逸品だ。各々がBTSから受け取ったメッセージや彼らの魅力を等身大の目線で立体的にわかりやすく解説し、BTSのシネマティック・ユニバースを司るミュージックビデオ、音楽ルーツを語る上で欠かせないヒップホップ、衣装とファッション、男らしさ(マスキュリニティ)、歌詞の世界など、骨太なコンテンツを通し、彼らのアーティスト性を深く考察した一冊。そして「Rolling Stoneインド版が選ぶ、BTSのベスト100曲」では、ランキング形式で計100曲を紹介している。

Rolling Stoneならではのアーティストの実像に迫った取材記事も充実しており、ミニアルバム『LOVE YOURSELF 承 Her』リリース時のインタビュー、アルバム『BE』リリース時のロングインタビュー、シングル「Dynamite」リリース時のインタビューのほか、SUGA、J-HOPE、RMのソロ活動にフォーカスした記事も掲載。

本書は、『BE』からのエクスクルーシブな写真も掲載しており、表紙ビジュアルのA2変形ポスターも付録。
ARMYにとって特別な一冊を、是非日本のみなさまに届けたいと、日本編集部が翻訳版を出版することを決意。2020年発行のため、インタビューなどは過去のものだが、このあと世界へ羽ばたいていく当時のメンバーの心境を、今また読んでみるのも感慨深い。
完全保存版として、グラミー賞前の総復習本として、是非日本のARMYの皆さんに手にとっていただきたい。

>>関連記事:Rolling Stone Japan BTS表紙ビジュアル解禁 インタビューノーカット翻訳掲載

【書誌情報】

帯あり表紙画像

帯無し表紙画像&ポスター画像

タイトル:Rolling Stone India Collectors Edition: The Ultimate Guide to BTS 日本版
発売日:2022年3月14日(月)
価格:2,000円(税抜)
サイズ:天地297mm×左右232mm
ページ数:表回り+本文104P+巻末綴じ込みA2変形サイズポスター
発行:CCCミュージックラボ株式会社
発売:カルチュア・エンタテインメント株式会社

※Amazonでの先行予約はこちら

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cat_oa-rollingstone_issue_fd192e698f59 oa-rollingstone_0_3ztz6a3cqnhn_頭突き、アイロン投げ、言葉の暴力 ロックな「元夫婦」のDV裁判 3ztz6a3cqnhn 3ztz6a3cqnhn 頭突き、アイロン投げ、言葉の暴力 ロックな「元夫婦」のDV裁判 oa-rollingstone

頭突き、アイロン投げ、言葉の暴力 ロックな「元夫婦」のDV裁判

現地時間24日、米ロサンゼルスの裁判所で証言台に立ったブロディ・ダリーは、2019年末にかつての夫であるクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのフロントマン、ジョシュ・オムから殺人の妄想を打ち明けられ、さらには「目の前に星が飛ぶほど」激しく頭突きされ「恐ろしくなった」と証言した。

【写真】強烈な頭突きをくらわせたジョシュ・オム

この裁判は、8月30日に元夫婦双方が家庭内暴力による接近禁止命令を提訴していたもの。10日間に及ぶとみられる公判初日、ダリーは証言を行なった。

「彼は私を激しく頭突きしました。彼の額が頭のここに当たりました」と言って、ダリーは右のこめかみを指し示した。「目の前に星が飛び交い、気を失いました。頭が後ろにのけぞって、床に倒れました。彼はかがみこんで、『このペテン師め』と言いました」

彼女の話によれば、問題の暴力は2019年11月27日、以前住んでいた家のガラス扉の玄関前で行われたが、この間オムは酩酊状態だったようだ。また暴力におよぶ直前には身の毛もよだつことを打ち上げたという。このとき彼の母親と子供たちは家の中にいた。

「彼は『ずっとお前を殺したいと思っていたんだ、もしお前を殺しても、お前はすでに死んでいるから誰も気づかないだろうよ』と言いました」とダルは証言した。「ショックでした。彼がそんなことを言うなんて、信じられませんでした」

パンク・ロック・バンド、ザ・ディスティラーズで活動していたブロディ・ダリーは2005年12月にオムと結婚。注目を集めたロックスター夫婦は、暴力事件の数週間前から別居の可能性について話し合っていたそうだ。

頭突き事件の後、ダリーは接近禁止命令を申し立て、離婚手続きを進めたそうだ。その後オムはリハビリに通い、2人は共同親権の下でそれなりに上手くいっていたようだったが、それも昨年6月までで、オムは下の2人の息子たちの引き渡しの最中に暴力をふるった、と彼女は証言した。

ダリーによれば、オムは彼女の車の窓を割り、彼女が運転席のドアを閉めようとするのを遮って、「くそ女」と呼んだ。「おいブロディ、お前なんか永遠にくたばれ」。彼女の話では、オムは10代の娘が父親の家に行くのを拒んだために腹を立てたようだ。娘は父親に対する接近禁止命令を認められているが、これも10日間にわたる今回の裁判の争点になっている。


夫も妻から顔を殴られ侮辱されたと主張

24日、オムは法廷で大人しく座り、時折メモを取っていた。彼も8月にダリーに対する接近命令を申し立てたが、その際には「彼女が怒りに任せて車のドアを体にぶつけてきたので、大きなあざができた」と主張している。

さらに、結婚生活の中で「何度か」ダリーに顔を殴られ、「ハンドバッグやアイロンなど」を投げつけられたとも主張した。また「マザーファッカー」「ろくでなし」「クソ野郎」といった「侮蔑的な言葉」で呼ばれたとも語った。

接近禁止命令の審問では、緊急差し止め命令が成立するか否かの判断が下される。オムが法廷侮辱罪で43歳のダルを提訴しようとしていたため、審問は今週まで延期されていた。ダリーは夫の面会時間に3人の未成年の子供を引き渡さず、裁判所命令に違反したとみられる。

11月に閉廷した非陪審審理で、ロサンゼルス郡裁判所の判事はダリーが9月3日に5歳の息子をオムに引き渡さず、裁判所命令に「意図的に」違反したとして、有罪の裁定を下した。

その他関連する一連の裁定で、判事はオムが禁酒に苦労していたこと、ダリーと彼女の恋人を脅迫していたとみられることを理由に、2人の15歳の娘と10歳の息子は自分たちの意思でオムのもとへ行きたがらなかったと判断した。

禁固刑を申し渡される可能性もあったが、ダリーの量刑は60時間の地域奉仕活動と罰金1000ドルだった。

「裁判所の裁定にほっとしました。我が子を守るために刑務所に入れられたり、ゴミ拾いをするなんてことがあってはならないと思います」と、ダリーは審問後にローリングストーン誌に語った。「母親として私はつねに子供たちを最優先し、何があっても子供たちを守ります」

オムは量刑判決の前に判事に宛てた声明の中で、「自分の行いには喜んで責任を取る」ものの、「両サイドに適用されるルール」と「正義」を求めている、と述べた。

「私は短期間で、親として疎外感を痛いほど味わわされました」とオム。「この家族は非常に危うい状態です。バラバラに壊れ、引き裂かれています。自分はただ子供たちに会いたい。おふくろを孫と会わせてやりたい。親父を孫に会わせてやりたいんです」

【関連記事】米富豪「仮釈放なしの終身刑」判決後、わずか数カ月で死亡

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cat_oa-rollingstone_issue_fd192e698f59 oa-rollingstone_0_u1giskdw171l_無差別殺人・傷害事件から考えるメンタルヘルスの問題 u1giskdw171l u1giskdw171l 無差別殺人・傷害事件から考えるメンタルヘルスの問題 oa-rollingstone

無差別殺人・傷害事件から考えるメンタルヘルスの問題

音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている 〜アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス〜」。第43回は、無差別殺人・傷害事件の加害者が内包するメンタルヘルスの問題について産業カウンセラーの視点から伝える。

関連記事:元乃木坂46・中元日芽香と手島将彦が語る、メンタルヘルスを含めたアイドル論

アイルランドのロックバンドThe Boomtown Ratsが1979年に発表しヒットした『I Dont Like Mondays(哀愁のマンデイ)』という曲があります。これは同年にアメリカ・カリフォルニア州サンディエゴで16歳の少女ブレンダ・アン・スペンサーが小学校でライフルを乱射し、校長と主任用務員が死亡、児童8名と警官1名が負傷した事件があり、逮捕後に動機を訊ねられた彼女が「月曜日が嫌いだから」と答えたことに着想を得て作られた楽曲でした。



こうした無差別殺人・傷害事件は日本でも時々発生していますが、特に昨今は頻発しているように感じます。秋葉原通り魔事件(2008年)、相模原障害者施設殺傷事件(2016年)、東海道新幹線車内殺傷事件(2018年)、川崎登戸通り魔事件(2019年)、京都アニメーション放火殺人事件(2019年)大阪北新地のビル放火事件(2021年)、そしてつい先日は東大前での刺傷事件というように、途切れることなく発生してしまっています。こうした無差別大量殺人や、自爆テロ、無理心中、などは、ケースによっては「拡大自殺」と精神医学の領域では言う場合があります。これは他者を巻き添えにして殺害し自分も死のうとする行為のことですが、犯行に及んだ者がその場で自殺する場合もあれば、大量に殺人を犯すことで死刑判決を求める形もあります。



アメリカの犯罪学者、J・レヴィンとJ・A・フォックスは、「大量殺人の心理・社会的分析」で、こうした犯罪を引き起こす要因として以下の6つを挙げています。

1 長期間にわたる欲求不満
2 他責的傾向
3 破滅的な喪失
4 外部のきっかけ
5 社会的・心理的な孤立
6 大量破壊のための武器の入手

1、5、6に関しては、その言葉通りの意味になります。2は欲求不満の原因をすべて他人に求めようとする傾向です。3は、それによって「自分は破滅した」と思うような何らかの喪失体験です。4は、様々な外部での事象がきっかけとなり得ますが、何らかの事件が発生しそれに影響を受けて模倣するということもこれに該当します。

この6つの要因には個人的な要因も関係してきますが、私たちが考えるべきは社会的要因の影響の大きさです。前回の「『不平等な社会』がもたらす格差からメンタルヘルスの悪化を考える」で取り上げた格差の問題はすべての人に「長期にわたる欲求不満」を生じさせます。また「他責的傾向」になる原因の一つに、過度な自己責任論の影響があります。精神科医の片田珠美氏は「自己責任論を突き詰めると、うまくいかないのはすべて自分のせいということになるが、それを認めるのは非常につらい。何よりも、自己愛が傷つく。だから強い自己愛の持ち主ほど、自己責任を否認して、『自分に能力がないわけでも、努力が足りないわけでもなく、○○のせいでこうなった。自分はあくまでも被害者なのだ』と思い込もうとする」と指摘しています。このように、自己責任論が強くなればなるほど、自分の保身のために他責的傾向が強まるという矛盾と悪循環が生じるのです。



また以前この連載の「評価や成果に捉われない 改めて考えるべき”より深い”自己肯定感とは?」で詳しく取り上げましたが、何かの役に立ったとか、何らかの成果を得たという「自己効力感」や「自己有用感」に基づいた、いわば機能レベルでの自己肯定感ばかりが強調されると、何かができなければ存在が否定されてしまうということにもつながります。自分の存在を否定されることはまさに「破滅的な喪失」と言えるでしょう。本来の自己肯定感は「自分が自分であって大丈夫」といった、存在レベルのものであるべきです。誰かがその人として存在することに、何かクリアしなければならない条件など何一つないのです。

社会のあり方は人のメンタルに大きな影響を与えます。どのような社会が皆にとって生きやすい社会なのかを考えることが、悲劇的な事件の発生を未然に防ぐためにも必要なことなのだと思います。

参照
『拡大自殺 大量殺人・自爆テロ・無理心中』(片田珠美著・角川選書)


<書籍情報>


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP:https://teshimamasahiko.com/

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cat_oa-rollingstone_issue_fd192e698f59 oa-rollingstone_0_zj3qdly32coc_妻を射殺したDV男、SNSでは「アル・パチーノのモノマネ」で有名人だった 米 zj3qdly32coc zj3qdly32coc 妻を射殺したDV男、SNSでは「アル・パチーノのモノマネ」で有名人だった 米 oa-rollingstone

妻を射殺したDV男、SNSでは「アル・パチーノのモノマネ」で有名人だった 米

米サンディエゴの高級マンションで妻と男性1人を射殺した罪に問われている「自称 インターネット界のトニー・モンタナ」。ソーシャルメディアでは90万人以上のフォロワーを誇ったアル・アブラバン被告の素顔とは?

【写真】約4000個の人骨が発見された、元肉屋の男の自宅

29歳のアブラバン被告は、寝室やバスルームの鏡で撮影した物まね動画をTikTokに投稿していた。フォロワー数95万5000人を誇る人気者だ。本人いわく、彼は『スカーフェイス』の主演であるアル・パチーノの物まねを得意とし――「インターネット界のトニー・モンタナ」を自称していた。

【動画を見る】トニー・モンタナがゴッドファーザーと会ったら?というお題の投稿

また俳優のスティーヴン・バウアーに会って以来、Instagramにも画像を投稿していた。時には妻のアナ・アブラバンさんと一緒の動画も投稿し、妻のTikTokアカウントに登場することもしばしばだった。「パートナーで親友」というキャプションがつけられた2021年4月の動画では、2人はマンションの中を踊る姿が映っている。アナさんが笑いながら夫を見つめる中、アブラバン被告はカメラに向かって表情を作っていた。

しかしアナさんは夫と別れる準備を進めていたという。理由のひとつは2021年9月に起きたとみられる家庭内暴力事件で、夫から突き倒された後アナさんは警察に通報した。検察の主張によれば、アナさんは10月18日にアブラバン被告に家を出るよう頼んだ。被告は家を出てホテルに滞在したが、ひそかに合鍵を作っていた、と検察は見ている。

アブラバン被告は2021年10月21日に合鍵を使って侵入し、5歳の娘のiPadにアプリをインストールしてマンション内の会話をライブで盗聴できるようにした。その日アプリで男性の声を聞いた被告は車でマンションに向かい、中に入ってアナさんと一緒にいた男性、レイバン・バロンさんの2人を射殺した。アブラバン被告は殺人現場を離れた後、娘に「ママを傷つけた」と語ったという。

2022年1月7日に行われた予審では、射殺事件までの数カ月間に警察は9回も通報を受けて夫婦のマンションに急行した、とサンディエゴ警察の警察官が証言した。これらの通報で逮捕は一度も行われなかった。また予審ではアブラバン家の隣人も証言台に立ち、射殺事件の1カ月前にアナさんが玄関口に現れて、「アブラバン被告に殴られて携帯を取られた、警察に通報するのに電話を貸してほしい」と頼まれたと証言した。

検察の主張によれば、アブラバン被告は2021年10月21日に合鍵を使って侵入し、5歳の娘のiPadにアプリをインストールしてマンション内の会話をライブで盗聴できるようにした。その日アプリで男性の声を聞いた被告は車でマンションに向かい、中に入ってアナさんと一緒にいた男性、バロンさんの2人を射殺した。アブラバン被告は殺人現場を離れた後、娘に「ママを傷つけた」と語ったという。同日、警察がアブラバン被告を発見した際、
娘は被告と車内にいた。

予審で証言した警察官によれば、アブラバン被告は事件の後緊急通報し、自分が到着したときには2人はすでに死んでいた、と語った。だが留置所で行われたFOX5とのインタビューでは、家の中に入っていくとバロンさんとアナさんが「キス」している現場を見た、と語っている。妻を殺したのかという質問に対し、「それは聞くな。聞かないでくれ」と答えた。検察によれば、被告は警察と母親に対し、アナさんとバロンさんを射殺したと自供したという。アブラバン被告の公選弁護人にコメントを求めたが、すぐに返答は得られなかった。有罪になれば、アブラバン被告は死刑を求刑される可能性がある。

【関連記事】米女優の変死、ポルノ業界の「病巣」と薬物依存

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cat_oa-rollingstone_issue_fd192e698f59 oa-rollingstone_0_1i9s7m5hbj1i_西岡恭蔵とKURO、世界旅行をしながら生み出した楽曲をたどる 1i9s7m5hbj1i 1i9s7m5hbj1i 西岡恭蔵とKURO、世界旅行をしながら生み出した楽曲をたどる oa-rollingstone

西岡恭蔵とKURO、世界旅行をしながら生み出した楽曲をたどる

日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2022年1月の特集は「西岡恭蔵」。2021年11月、小学館から書籍『プカプカ 西岡恭蔵伝』という長編伝記が発売された。その著者、ノンフィクション作家・中部博を迎え、今年ソロデビュー50周年を迎える西岡恭蔵の軌跡をたどる。パート3は、作詞家・KUROと西岡恭蔵夫妻の曲づくりの軌跡をたどっていく。

田家秀樹:こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人・田家秀樹です。今流れているのは西岡恭蔵さん「サーカスにはピエロが」。1972年7月発売、ソロの1枚目のアルバム『ディランにて』の中に入っておりました。恭蔵さんが生前最も大切にしたという1曲です。

関連記事:西岡恭蔵と細野晴臣の関係性、ノンフィクション作家・中部博とたどる

サーカスにはピエロが / 西岡恭蔵

田家:今週は、KUROさんと恭蔵さん夫婦の関係についてあらためて光を当ててみたいと思うんですけど、先週最後に紹介したアルバム『Yoh-Sollo』の話が出たときに中部さんが「いい加減にしろ」って言いたくなるぐらい仲の良さがにじみ出ているアルバムだったという話がありました(笑)。

中部:この2人は、一緒に生活をして子どもに恵まれて……ということがあるんですけど、KUROさんが作詞を始めるんですよね。いろいろな人に詞を提供するようになっていくんですけど、2人で詞を作るようになっていく。それで大儲けしちゃうんです。なぜかと言うと、矢沢永吉さんの歌の詞を手がけるようになったから。34~35曲はあって、西岡恭蔵の名前なんですけど、ほとんどKUROさんと一緒に作っているんですね。ある時期はKUROさんが1人で作詞していた可能性もあるんです。それで、たぶん当時の宝くじの一等ぐらい儲かったんだと思うんですよ。前後賞がついたかは分かりませんけども(笑)。で、これをどう使うかというときに、この2人がかっこいいなと思うのは家を買うわけでもなく、車を買うわけでもなく、2人で旅行を始めちゃんうんですね。しかも、1ヶ月とか2ヶ月ぐらいの世界旅行を始めるんです。

田家:それが今週のテーマでもあります。今日の1曲目は1977年4月発売、4枚目のアルバム『南米旅行』から「南米旅行」。





田家:やっぱりこれは選ばれますね。

中部:ええ。これはですね、2人で中米、メキシコ、カリブ海、あのへんをずっと旅行して、ロサンゼルスで録音するという贅沢なことをやるんです。この夫婦2人の”音楽商会”はお金持ちですからね。大黒字経営をやっているわけですから、海外録音までやってしまう。しかもソー・バッド・レビューと一緒になってやっているわけですから。彼らも自分たちのアルバムを作りに来ているんだけども、今聴いていたホーンの部分は現場で雇ったミュージシャンたちなんですよ。そこに投資しちゃうという、かっこいい夫婦なんですよね。

田家:ミュージシャンは石田長生さん、ギター・山岸潤史さん、ピアノ・国府輝幸さん、ベース・永本忠さん、ドラム・土居正和さん、ボーカル・砂川正和。ソー・バッド・レビューですもんね。

中部:彼らも、自分たちのアルバムのためにロサンゼルスに録音に来ていることもあるんですけど、ロスでスタジオを借りたりミュージシャンを雇ったり、そういうお金を含めて相当な投資を恭蔵さんとKUROさんはしているんだと思うんですよね。

田家:もともとはお金がなかった夫婦ではあるわけですけれども(笑)。2人が結婚したのは1977年12月で、神戸の教会で結婚式を挙げたんですが、新郎新婦の両親は参列してないんですもんね。

中部:してないんです。2人で独立しようという気持ちも強かったんだと思うし、あながち、すごい反対があったということではないとは思うんですけどね。たった2人でこれから生きていく決意表明みたいな結婚式だったらしい。まさにそのままに2人で海外へ旅行に飛び出しちゃうんです。その頃はお子さんがいるんだけど、実家に預けて行っちゃうんです。今で言うと、バックパッカーみたいな旅行をするんですよね。

田家:メキシコ各地、バハマ、ニューオーリンズ、北米。そしてロサンゼルスでアルバムを作る。この旅行記もお読みになっているんでしょう?

中部:これは現物の旅行日記が残っていないんです。ただ、アルバムのライナーノーツに一部出ているんですね。そこをちょっと参考にしたんだけれども、この年はアメリカの建国200年、バイセンテニアルの年なので。たまたま僕も実はその頃アメリカに長い間いたので、そのときの感じがすごく分かるんですよ。アメリカがベトナム戦争で50年代、60年代の輝きを失っちゃうんだけど建国200年というのでパッとこの年だけは明るい年なんです。まだ本格的な不況が来ないから、アメリカが一時期明るさを取り戻したときなんですよね。そこに恭蔵さんたちがいて、そこの空気を吸いながら自由に作った1枚で、こういうことをやっていた人は他にあまりいないんじゃないかと思うんですけどね。

田家:加藤和彦さんと安井かずみさんが、やっぱりそんなふうに世界を旅しながら創作したカップルとしては有名ですけど、このアルバムの旅はその2年ぐらい前ですからね。恭蔵さんたちの方が早いですね。

中部:恭蔵さんたちは、これをシリーズ化していくというか、贅沢な話なんだけど、1~2ヶ月の旅行をしてはアルバム1枚分を作詞作曲して帰ってくるようなことに繋がっていっちゃうんです。すごい旅行好きな夫婦でもあるし、旅先で曲を作っていくというのは1つの方法論でもあるんですよね。

田家:そうでしょうね。今お聴きいただいた「南米旅行」はメキシコのテオティワカン。そのピラミッドを見ながら書いたと本の中で出てきました。

中部:本当にロマンチックなんですよね、この2人は(笑)。やることがロマンチック。

田家:それでは今日の2曲目はアルバム『南米旅行』から「アフリカの月」です。





中部:これは、KUROさんが作詞した最初の歌なんです。元はと言えば、ザ・ディランⅡ(セカンド)をやっていた大塚まさじさんがソロになるときに、KUROさんが作詞をして、恭蔵さんが作曲をして、この曲をプレゼントした。大塚さんのソロデビューに花を添えた曲だったんです。まあ、男歌、女歌という言い方をしていいのかどうか分からないけど、その意味ではKUROさんは男歌を書いてデビューしたことになる。高校生のときからアメリカのポップスを訳して詞を作るのを趣味にしていたので、KUROさんは詞の心を自分の中で育てていた人だったと思います。

田家:大塚まさじさんの1976年3月のアルバム『遠い昔ぼくは・・・』の中に、大塚さんの歌で入っている曲。KUROさんの本名は田中安希子さん。恭蔵さんの少年時代の思い出を歌にしたんだというふうにも……。

中部:恭蔵さんから聞いていたことなんでしょうね。つまり、恭蔵さんのおじいさんが経験した海の話が、恭蔵さんの口を継いでKUROさんに伝わっているんだと思うんです。

田家:先週話に出た、西岡新松さん。

中部:はい。海外航路の船員だったおじいさんの思い出話に恭蔵さんは相当影響受けていて、それをシーンとして話したり、こういうことがあったとKUROさんに話していたと思いますね。

田家:KUROさんが以前から詞を書く人だったということは、取材をされてわかった?

中部:そうですね。恭蔵さんがKUROさんのプロフィールを書いているんですけど、その中に高校時代にも(作詞を)やっていたことが紹介されているんですね。詞を作ることはKUROさんの天職だったんじゃないかと、恭蔵さんは書いていますね。

田家:でもそれは、恭蔵さんと出会ったから花開いた? あるいは、恭蔵さんと出会わなかったらこういう形になっていないと?

中部:逆に言うと、恭蔵さんの周りの音楽家の方たちから訊くと、詞と曲を作るのは相当つらくて、小説を1本書くのと同じくらい大変なことなので、恭蔵さんも実はKUROさんが詞を書くようになって、相当楽になったんじゃないかとおっしゃっていましたよ。

田家:なるほどね。中部さんが選ばれた3曲目、アルバム『南米旅行』の中から、「今日はまるで日曜日」。





中部:これは、恭蔵さんが作曲した歌じゃなくて、中川イサトさんが作曲をして、「KINTA」というクレジットになっていますけど上田賢一さんが作詞した曲なんですね。他の人の曲としては、細野さんに次いでこの歌を恭蔵さんは好きで、『南米旅行』にも入れているし、ベストアルバムにも入っているぐらいなので、自他共に認める好きな歌の内の1つだったと思います。

田家:『南米旅行』は10曲入っておりまして、7曲が旅行中に書かれたもので、この「今日はまるで日曜日」と「KUROのサンバ」と「アフリカの月」の3曲は旅行中に書いた曲ではないんですね。

中部:まあ、旅行も忙しかったんだと思うけど(笑)。だけど、旅行中に(曲づくりを)よくやりますよね。

田家:これも、本の中に書いてあったんですけど、最初の海外旅行というのは、結婚から2年目の南太平洋のニューカレドニアとニューヘブリデスに行っている。これは2人の2年遅れの新婚旅行か、休暇旅行だった。その時は具体的に音楽活動に反映されていないというふうにも。

中部:そうなんですよ。だからあらためて意図的に旅行して曲を作ることを始めた、一種の生産活動であるわけですよね。

田家:2人で旅をしながら曲を書こうやってことで旅をしていったんですね。当時の為替レートが260円で、決して安くない(笑)。

中部:それは安くないですよね。30ドルぐらいの安いホテルに泊まっただけで1万円近くになっちゃうわけですから。それができるのはこの2人の財力があるという、貯金通帳にお金がいっぱい入っていたんじゃないですかね(笑)。

田家:なるほどね。で、レコーディングを仕切ったのが先週も名前が出ていた阿部登さん。「春一番」を福岡風太さん、恭蔵さんたちとともに始めて、ザ・ディランⅡのマネージャーだった方。

中部:そうなんですよね。これも、行きあたりばったりの話で、スタジオもロサンゼルスに行ってから探して決めているんですよ。ミュージシャンなんかも人づてに聞いて決めているという、非常に大胆な……阿部さんって大胆な人ですよね。

田家:途中でお金が足りなくなったみたいな話も書かれてました。

中部:そうなんですよ。あとギターを忘れたって話もあって、日本に取りに行った人がいるという(笑)。相当な出費ですよ、たぶん。当時トリオレコードはこれから打って出るという感じのレコード会社じゃないですか。

田家:決して大きな会社ではなかったですしね。

中部:だから、これは恭蔵さんたちが自分たち(のお金で)でやろうと決めてやったんだと思います。こういうお金の使い方が恭蔵さんとKUROさんらしいという……音楽に使っていっちゃうということじゃないですかね。

田家:で、帰国した恭蔵さんが作ったバンドが「西岡恭蔵とカリブの嵐」。

中部:これも恭蔵さんはサウンドが好きなのとコーラスが好きなのがあって、いつか自分好みのバンドを作りたいってずっと思っていたと思うんです。旅シリーズが終わった後に、カリブの嵐と共にライブアルバムに挑戦しているんです。ミュージシャンとしては自分のサウンドが出来たら、それをライブでやってみる、ライブアルバムを作るのは1つの夢らしいですね。

田家:そのライブアルバムからお聴きいただきます。1977年9月9日、京都磔磔でのライブアルバムから、西岡恭蔵とカリブの嵐「アンナ」。





田家:これを選ばれているのは?

中部:これは、恭蔵さんってビートルズ好きだったんだなという感じがすごくするんですよね(笑)。自分のライブで、ベストで選んだので、恭蔵さんの意欲作だったと思いますよ。ライブ(録音)は、やっぱり怖いんじゃないですかね。やり直しがきかないし、それに挑戦したという感じがものすごくある意欲作だと思います。

田家:これだけのメンバー、ドラム・林敏明さん、ベース・山本正明さん、キーボード・難波正司さん、ピアノ・国府輝幸さん、ギター・洪栄龍さん。当時の第一人者ばかりですもんね。

中部:あと、お願いしたからやってくれるっていう感じの人でもなくて、恭蔵さんに説得力があったということですね。この音楽に参加しないかということなんじゃないですかね、こういうレジェンドが集まってくるということは。

田家:しかも関東と関西と両方集まっていますしね。

中部:そこはやっぱり、こういう音楽をやりたいという恭蔵さんの主張がはっきりしていたし、それが受け入れられていたんだと思います。

田家:そういう意味では関西フォークの流れにもいないわけですし、はっぴいえんどから始まっている東京のシティミュージックの流れだけでもないところに彼はいるんですよね。

中部:そうなんです。それだから、知っている人だけが知っている個性的な存在になって、恭蔵さんのファンの集まる温かい洞穴の中に入っていた感じの音楽になっちゃうんだと思うのですけどね。

田家:このバンドもマスターが恭蔵さんだった。

中部:おそらくそうだと思います。このメンバーを引き連れて、小さいライブハウスでもやっているんですよ。(お店側は)到底ギャランティができないから、バンマス(である恭蔵さん)が払っていたということでしょうね。

田家:なるほどね。で、冒頭でも話が出ましたけれども、恭蔵さん夫婦の経済的な裏付けになっていたことの1つが矢沢さんの曲の作詞で、1976年の矢沢さんのアルバム『A DAY』と1977年の『ドアを開けろ』に詞を提供しています。この中には矢沢さんの代表曲が入っていますからね。『A DAY』には「トラベリン・バス」、『ドアを開けろ』の中には「黒く塗りつぶせ」と「バーボン人生」「あの娘と暮らせない」。

中部:(2人には)ヒット曲を作詞してしまう力があった。しかも、プロとしてなんですよね。自分のやりたい音楽とかというわけではなくて、この人のイメージでこういう歌ということに見事に応えるわけです。これはプロの仕事ですよね。

田家:矢沢さんと恭蔵さんの接点もここにあったんだなと。

中部:そうなんです。これも最初は不思議だったんです。関西の人たちに訊くと、西岡恭蔵さんが矢沢永吉さんの詞を書いているというのは、同姓同名の違う人なんじゃないかという説すらあったんです。同じ人だと思えなかったらしいですね。

田家:でもまあ、これまでの『南米旅行』の話とか、恭蔵さんとKUROさんの旅の仕方をたどっていると、「トラベリン・バス」とか「バーボン人生」というのは、お2人の歌でもあるわけでしょうし。

中部:それはもう、間違いなく材料があるわけですよね。それは矢沢さんと同じセンスというか、同じ気持ちだったんじゃないですか。

田家:この本を読むと、それまで何で矢沢に書いてるんだと思われた方も、なるほどなって納得されるでしょうね。

中部:アーティスト(作詞家・作曲家)として同じ事務所に所属していたとか、僕自身もそれを聞いたときに驚きました。そういう関係だったんだと。

田家:で、生き方が似ているところもあった。

中部:でしょうね。尊敬し合う存在だったみたいですね。だから、西岡さんは矢沢さんのことを非常に尊敬している。

田家:次の曲は、先週話に出た1979年のアルバム『Yoh-Sollo』から中部さんが選ばれております、「最後の手紙」。



最後の手紙 / 西岡恭蔵

田家:先週も話に出た『Yoh-Sollo』の中の曲を選ばれておりますが。

中部:これは、スペインとか地中海とかモロッコとかカナリア諸島とかへ行って作ったアルバムの中から選んだんですけど、僕の趣味でもあるんだけど、小林旭さんが歌ったらいいなと思われるような非常に歌謡曲っぽい歌ですよね。ここまでKUROさんと西岡さんの”芸風”というのが広がってきているんですよね。どんどんポピュラーミュージックになっていくという。これは、歌謡曲として今でも誰かカバーしてくれたらいいなと思うぐらいです。

田家:そう言われれば、恭蔵さんが高い声を張り上げたときには小林旭さんみたいなところがありますね。

中部:仲間内の冗談では「フォーク界の小林旭」と言われていたらしいですよ(笑)。

田家:『Yoh-Sollo』は1978年12月から1979年1月まで1ヶ月半の旅の中で、「最後の手紙」は1979年1月8日カナリア諸島で書かれた。これも、旅行記をお読みになって?

中部:ええ。これは旅行日記が現存していて、西岡さんの字で読めたわけですけども、本当に事細かに書いてあるんです、1日何をしたか、何があったかということが。だから、メモ魔でもありますよね、西岡さんって。

田家:その旅行記はどこにあったんですか?

中部:ご実家にたまたま残されていたんです。一部の日記もたまたま残されていて。

田家:日記をお読みになって(本書を)書いているというのが、これが4週目、5週目の感動的要素でもありますね。

中部:残っていた日記は4~5年間で、全部残っているわけではなかったんですけど。記録魔ですよ。わりと事細かに自分の気持ちも、何が起きたかも書いているんです、西岡さんって。

田家:それを事細かに読み直して、再構成して取材されたのが、中部さんがお書きになった今回の本です。



燃えるキングストン / 西岡恭蔵

田家:6枚目のアルバム『New York to Jamaica』から「燃えるキングストン」。Get Up, Stand Up、ボブ・マーリーですね、まさに。

中部:この頃、日本語をブルースやロックにのせるという1つの動きがグッと高まっていって、その流れの中でワールドミュージックに興味を持つという流れも1つあったんですよね。その中で、やっぱりレゲエが、なんと言っても日本のアーティストをすごく刺激したところはあると思う。で、恭蔵さんの場合は、レゲエ音楽を追って、また旅に出るんですよ。プエルトリコなんかは、行ってみたら全然違っていた、何かちょっとつらいみたいなことも日記に書いてあるんですけど(笑)。で、脱出するようにジャマイカに行って、ジャマイカも最初はなんか変だななんて言っているんだけども、リゾート地へ行って落ち着くと、音楽をものすごく楽しんでいますね。そこでラスタファリという彼らの地元の宗教も学んだりして、ボブ・マーリーの音楽と哲学に傾倒していく状態がこの旅行だったんですね。

田家:なるほどね。キングストンはジャマイカの首都なわけで、この曲のサブタイトルに「1980年夏のジャマイカに捧げる」と書いてありますが、この旅行は1980年の7月22日から1ヶ月間、ニューヨーク、プエルトリコ、ジャマイカ、LA……。この旅行記に「いつかニューヨークで4人で暮らせることを願って」と書いてあったんですね?

中部:書いてありましたね。だから、やっぱりどこか他の場所へ行って暮らしたいと思っていたんでしょうね。

田家:それを読んだとき、どう思われました?

中部:もっと刺激を受けてアウトプットしたい気持ちがもちろんあるんだろうし、それから日本の中では息苦しいところが常に自由を求めるアーティストにはあると思うんですよね。やっぱり別の場所で暮らしてみたかったということは恭蔵さんも思っていたんだと思います。

田家:もうこのときは、お子さんが2人いらしたわけですもんね。

中部:それでもこの2人は、もしチャンスがあったら行っちゃうタイプだと思いますけどね。

田家:そうでしょうね。来週、再来週にお話するようなことがなければ、そういう生活になったのかもしれないのですが……。これも、中部さんの旅行記の感想で、旅行記に歌づくりのことを書いていない、とありました

中部:いつ歌を作ったかということを今までの旅行記は書いていたんですけど、不思議なことにこの時は全然書いてないんですよ。いつどこで作ったかは分からないんですよね、このアルバム『New York to Jamaica』に関して言えば。

田家:でもその街のことはいろいろ書いてあったりするんだ。プエルトリコやニューヨークはどうだという。

中部:そうです。ジャマイカでリゾートホテルのレストランをはしごして、そこのバンドを聴いて回るという楽しみもしているんだけど、それで影響を受けて、こういうバンドをやろうって思ったりもするんですよ。だから影響を受けているんだけど、どこで歌を作ったかは書いていない。

田家:このアルバムのライナーはKUROさんが書いてたんですね。

中部:そうなんです。KUROさんが非常に積極的になって自分でお書きになっている。やっぱり世界の現実、ボブ・マーリーは政治的な現実の中でも生きてきた人だから、現実に対して何か言いたいことが大きくなっていった。世界の戦争の問題とか、抑圧の問題とか、差別の問題に(恭蔵さんもKUROさんも)言いたいことが多くなっていった時期なんじゃないかなと思います。

田家:自分たちの歌のことよりも、世の中のことの方に関心が移っていった、そちらの関心の方が強くなっていったと?

中部:レゲエを通じてそうなっていったと思いますね。恭蔵さんはもともとベトナム反戦運動に参加してた人ですから。

田家:それも本の最初の方にお書きになっていますね。

中部:世界を見て回ったときに敏感に反応したということなんだと思うんですよね。

田家:恭蔵さんとKUROさんのバランスが変わってきたことはあったんですかね。

中部:ええ。この先の話なんですけど、恭蔵さんが体調を崩していくというか、おそらく精神的な病(やまい)だったと思うんですね。

田家:その話は、曲の後にお聞きしましょうかね。中部さんが今日最後に選ばれた曲は、『New York to Jamaica』の中の「YELLOW MOON」です。



YELLOW MOON / 西岡恭蔵

田家:ロマンチックないい曲ですね。

中部:50年代、60年代のポピュラーミュージックって感じがしていいんですけど、KUROさんが詞を書くと「月」がすごく多くなってくるんですね。

田家:たしかに。「アフリカの月」とか。

中部:それから「ブルー・ムーン・ラ・パルマ」という歌もありますから、月の歌が多くなってくるんだけど、西岡さんも安心して月のイメージにのっている感じがしますよね。

田家:なるほどね。『New York to Jamaica』は、3回目の長期旅行で生まれていて、どんなアルバムだと思われますか?

中部:これは、ロックならロック、ジャズならジャズ、ポピュラーミュージックならポピュラーミュージックみたいにものすごくはっきりして、いろいろなチャレンジが1つ形になっていったアルバムだと思うんですよね。旅行をしてアルバムを作るのはこのアルバムで終わって、三部作で完結ということになるんですね。

田家:でも、1971年にザ・ディランⅡで始まって、ちょうど10年間。すごい10年ですよね。

中部:すごいと思います。普通のペースじゃないですよね。

田家:大阪から東京に来て、プロになってデビューして……。その後に3回、海外長期旅行をしている。こういうキャリアの人は70年代の過ごし方の中でも他にいないだろうなというのが今回のあらためての発見でもありますね。

中部:自由な旅行をしていますよ。日本語のガイドブックもちゃんとなかった時代ですから、現地に行ってからホテルを探したりしている旅行ですから、それ自体が冒険的要素を含んでいておもしろかったんだと思うんです。そういうKUROさんと恭蔵さんが持っている好奇心、それから行動力が全開に出ていたんじゃないですかね、この10年間は。

左から中部博、田家秀樹

田家:で、そういう10年間の後に待っていたのが、来週以降の話になるわけですね。

中部:そうなんです。つらい話と言えば、つらい話なんですけれども(KUROさんに支えられ)音楽の力とか仲間たちと一緒に、恭蔵さんは生きていこうとするんです。

田家:その話は、また来週お願いします。ありがとうございました。

中部:どうもありがとうございました。



田家:「J-POP LEGEND FORUM 西岡恭蔵」、今年がソロデビュー50周年、西岡恭蔵さんの軌跡を小学館から発売になった本『プカプカ 西岡恭蔵伝』の著者、ノンフィクション作家・中部博さんをゲストにたどり直してみようという5週間。今週は3週目です。流れているのはこの番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説」です。



70年代の若者の憧れとか夢とか生き方の1つの特徴に、日本を脱出するというのがあったのではないでしょうか。これは60年代からももちろんあって、小田実さんの『何でも見てやろう』という本がベストセラーになったりしたのですが、あの本は高度成長に向かう日本の若者たちが「さあ、世界を見に行こう」というとても前向きな海外志向だった。70年代の若者たちの日本脱出は、そういう健康的なものではなかったような気がしますね。日本に幻滅したとか、日本にいたくないとか、俺にはもっと違う何かがあるのではないかみたいな、日本を捨てるみたいな気分があった。中島みゆきさんの「永遠の嘘をついてくれ」はまさにそういう歌でもあるんです。はっぴいえんどの3枚目のアルバムの最後が「さよならアメリカ さよならニッポン」で、僕らには帰るところがない、無国籍なんだということで旅に出ていく。寄る辺ないまま旅に出ていった、そういう旅人志向、吟遊詩人願望が多かったのではないかと思うんです。

それを国内で形にしたのが、作詞家の岡本おさみさんで、海外を旅したのが加藤和彦さんや安井かずみさんの夫婦だったわけですが、恭蔵さん夫婦は1番吟遊詩人的でロマンチックだったんじゃないかなというのが今週の感想ですね。バックパッカー的、ヒッピー的、加藤和彦さん安井かずみさん的なセレブな旅ではなくて、現地の空気に入り込んで、現地のミュージシャンと一緒に音を出して音楽を楽しんで、そこで作品を書くという、理想的な吟遊詩人。矢沢永吉さんの「トラベリン・バス」は、恭蔵さんの1つの旅の考え方でもあったんでしょうね。激動の70年代をそんなふうに激変しながら走り抜けた2人、そのお2人がどうなっていったのかというのが来週のテーマでもあります。世の中が思いがけない方向に行きました。その中で2人は何を考えたんでしょうか。

書籍『プカプカ 西岡恭蔵伝』表紙


<INFORMATION>

田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
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音楽における無音の効果的テクニック、シルク・ソニックなどの名曲から鳥居真道が徹底考察

ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。第31回はシルク・ソニックやダイアナ・ロスなどの音楽から無音を効果的に使ったテクニックを考察する。

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コンビニやスーパー、飲食店などでお会計をしたときに頑としてレシートを受け取る癖があります。別に家計簿をつけているわけでもないし、何かあったときのために保管しているわけでもありません。まったくもって必要ないのですが、毎回受け取ってそのまま鞄に放り込んでいます。ある程度溜まってくると鞄から財布を取り出すときにくしゃくしゃになったレシートが一緒についてきてレジで恥をかくことがあります。それがレシートをまとめてゴミ箱へ捨てるタイミングです。

自分にとって不要でしかないレシートを受け取ってしまうのはなぜか。その理由は、貰わないとなんだか気持ちが悪いからです。レシートを受け取ることは、自分にとって会計に関する一連のやり取りの終了を意味します。これで本当に終わったよね?という確認になっているのです。やり取りのターンをすべて終えて、取引が完了し、お互いの関係もそこでチャラになってノーサイド、という感じ。本当は単に「いりません」と声に出すのが面倒なだけかもしれません。



ライブを観ているとき、曲が終わるたびに拍手がしたくなります。その拍手は必ずしも称賛を意味しません。出来不出来を問わず曲が終わればひとまず拍手がしたい。儀礼として拍手しているというわけでもありません。どちらかといえば、しないと気持ちが悪いので拍手がしたいのです。レシートを貰わないと気持ちが悪いのと近い感覚かもしれません。もっと具体的にいうと、曲が終わった後の静寂を拍手で埋めたいという欲求がそこにはあるように思います。

私は人から寡黙とか無口とか大人しいと形容されがちです。実際そのとおりで、あまり喋りません。会話にも積極的に参加しないタイプの人間です。kemioがおしゃべりな自分のことを「口から文化祭」と形容していましたが、私の場合はさしずめ「口から図書室」といったところでしょうか。

誰かと二人きりになったときなども話題が思いつかない場合など平気で黙っています。沈黙に気まずさを感じないわけでもありませんが、気合と根性さえあれば黙っていても意外となんとかなります。他方、決してお喋りが好きなわけではないが、沈黙が嫌で喋らずにはいられないというタイプの人もいらっしゃると思います。

シチュエーションにもよるのでしょうが、沈黙や静寂、無音は人に緊張を強いる面があるように感じます。個人的にはあまり得意ではないわいわいがやがやした居酒屋がこれほど市民権を得ているのは、賑やかさが人に解放感をもたらすからでしょう。居酒屋の騒々しさは、無音の緊張感と対極にあるものと見ることもできると思われます。

ギタリストとしてバンド活動に従事していると、どうしてもギターソロを弾かなければならない局面が訪れます。以前、ライブでほとんど音を出さない思わせぶりなソロを披露したことがありました。丁度キメッキメのギラギラした熱っぽいソロを弾くのを恥ずかしく感じていた時期だったので、なるべく弾かないで穏便に済まそうと考えたのです。結果として自分としてはなかなかおもしろいアプローチで突飛なソロが弾けたと感じていました。しかし、ライブ後の楽屋で弊バンドのボーカリストから「何の時間なのかわからない。不安になるからちゃんと弾いて」とクレームが入りました。

土屋昌巳がイギリスのバンドJAPANに参加したときに披露した「弾かないソロ」は、その筋では語り草になっています。文字通り一切ギターを弾かないし、ギターに触れることなくポーズを取ったまま微動だにしません。これは無音の気まずさを反転させたとてもラディカルでフレッシュなギターソロだと思います。

音楽は音を使った芸術です。むろん無音も音のバリエーションとしてそこに組み込まれています。私たちが普段感じているような無音がもたらす緊張感もひとつの素材として使われているといって良いでしょう。無音の緊張とそれに相対する弛緩の押し引きが駆動させているともいえます。





そんなことをシルク・ソニックの「Leave The Door Open」を聴いていて考えたのでした。というのも、この曲では無音を効果的に使ったテクニックであるところの「ブレイク」やその親類関係にあるといえる「キメ」が多用されているからです。

ブレイクというのは演奏を一時的に中断することを指す音楽用語です。演奏者全体で一時停止することもありますが、特定のパートだけ残して他の楽器が演奏を止めるパターンも多く見られます。ヒップホップ用語のブレイク・ビーツは、ドラム以外の楽器が演奏を止めるドラム・ブレイクで叩かれるビートのことを指しています。

「Have A Break, Have A KitKat」というキットカットの有名なキャッチコピーがあります。作業を中断して休憩を入れることをブレイクと表現します。コーヒーブレイクなんてことを言ったりもします。このキャッチコピーはキットカットを2つに割ることと、小休止を取ることをかけた洒落になっているわけです。

ここで留意したいのは、音楽のブレイクは決してほっと一息つける休憩のようなものではないということです。むしろ緊張して落ち着かない気まずい時間だと考えたほうが、音楽の力学がどのように働いているかより体感できるように思います。

ブレイクは構成上の演出としてサビへの移行をよりドラマチックにしたいときによく使われるテクニックです。「Leave The Door Open」でいえば、0分50秒前後に登場する無音の箇所がそれに該当します。一瞬無音になったあとで、ブルーノ・マーズがアカペラで甘い歌声を披露したあとに、ドラムのささやかなフィルを合図に楽器隊の演奏が再び始まるという構成になっています。その後、1分10秒前後にさきほどと同様の無音が挿入されたのち、オチとして甘いコーラスが提示されて、そのまま2番へと移行していきます。このように「Leave The Door Open」には度々ブレイクが挿入され、ストップ・アンド・ゴーとでもいうべき歩み方で曲が進行していくわけです。

シルク・ソニックのビジュアルをひと目見れば70年代ソウルのパロディに取り組んでいることがわかります。もちろん音楽にもある種パロディ的に70年代ソウル的な意匠があしらわれています。先述のストップ・アンド・ゴー形式のアレンジも70年代ソウルに見られがちなパターンです。と言い切りたいところなのですが、寡聞にしてリファレンスを挙げることができません。意外と後追い世代が考えたバーチャルな70年代っぽさの象徴的なものなのかもしれません。



それらしきものを挙げるとしたら、ダイアナ・ロスの「Aint No Mountain High Enough」、マイケル・ジャクソンの「Got to Be There」、ジャクソン5の「All I Do Is Think Of You」などがあります。どれも曲の中盤にブレイクとキメの合わせ技的なパートが登場する曲です。こうしたパートには、それまでスムーズに続けてきたグルーヴを一旦中断し、0と100という極端なダイナミクスで来たるべき盛り上がりに向けて圧をかけて緊張を強いるといった機能があるように感じています。





このようなアレンジ上のテクニックは、比較的ソフトなグルーヴの曲にメリハリをつけるため採用されているのだと思われます。緊張と弛緩の駆け引きによって曲に凹凸をつけているわけです。ちなみにこの緊張と弛緩の駆け引きを曲単位から小節単位に圧縮した音楽がファンクだといえます。ジェイムス・ブラウン流のファンクはワンコードの曲が多いです。ワンコードの場合、ドミナント・モーションと呼ばれるコード進行による緊張と弛緩はないわけですが、音符と休符のダイナミクスからなるリズム上の緊張と弛緩でファンクは駆動しているといって差し支えないでしょう。





ブレイクは構成上のテクニックとして使われる以外にも、ある特定のパートを目立たせたいときにも使われることも多いです。その具体例としてはVulfpeckの「Cory Wong」が挙げられます。『Live at Madison Square Garden』に収録されたライブバージョンでは、ベースのジョー・ダートやギターのコリー・ウォンが1小節のブレイクでソロを弾くたびに客席から大きな歓声が上がります。そこで盛り上がらないわけにはいきません。すこし冷静になって分析めいたことをいえば、緊張からの開放感から気持ちがぐっと高まるがゆえに声を上げたくなるのだと思われます。曲が終わったときに拍手したくなるのと同様の心理です。心情としてはそんなことはどうでもよく、気持ちが盛り上がったときは声を上げるのが自然なことだと思います。

ここでブレイクによる心の変化を一度整理したいと思います。一連の流れは次のようなものです。①ブレイクの挿入で緊張感を覚える。②緊張から開放されたいという欲求が生じる。③演奏が再開されて緊張が緩和される。④開放感から気持ちが盛り上がる。いささか図式的すぎるとは思いますが、このように説明できると思います。





かねてから無音の緊張感をうまく使っていると感じているイントロがあります。それはステイプル・シンガーズの「Ill Take You There」です。この曲には元ネタがあり、イントロもそれを踏襲したものとなっています。元ネタはジャマイカのザ・ハリー・J・オールスターズというグループがリリースした「The Liquidator」という曲です。ベースとスネアの「バンッ!」という一撃のあとに訪れる静寂のなかを慎ましいトーンのギターがフレーズを弾き、アンサンブル全体でそれにレスポンスを送るという構成となっています。緊張と弛緩のダイナミクスによって出来た素晴らしいイントロです。



「Ill Take You There」のイントロの仲間と思っているのが、ビーチ・ボーイズの「Wouldnt It Be Nice」です。きらきらしたギターのアルペジオの後に登場するスネアの一打がその後に来る歌のアウフタクトをより劇的にしています。スネアがあることにより、ボーカルに対してきたきたきた!という感覚を抱きます。







ブレイクによるボーカルの「きたきたきた!」感を演出した曲としてはブリトニー・スピアーズの「Toxic」があります。歌が入る直前にブレイクが挿入されており、聴いているとハッとします。この曲ではサビの前にも字余り的なギターっぽい音色のブレイクが入っています。サビ前の字余り的なブレイクといえばやはりaikoの「カブトムシ」も忘れがたい一曲です。そしてビートルズの「Dont Let Me Down」のブレイクはあまりにも有名です。









ブレイクによるストップ・アンド・ゴー形式はロックンロール黎明期のヒット曲にも多くみられます。エルヴィス・プレスリーの「Hound Dog」はその筆頭格です。次のヴァースへと移行する際にブレイクが用いられています。「ハートブレイクホテル」もボーカルを残したブレイクが印象的です。この手法は、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツの「Rock Around the Clock」、カール・パーキンスの「Blue Suede Shoes」、リトル・リチャードの「Tutti Frutti」、エディ・コクランの「Summer Time」などでも使われています。





ブレイクは無音の緊張感を利用したテクニックだと述べてきました。緊張感に満ちた音楽のなかで用いられればその緊張感はさらに増します。その代表例はCANの「Mushroom」とThis Heatの「Horizontal Hold」です。前者はブレイクの後に演奏されるドラマー、ヤキ・リーベツァイトによるタムを使ったシンプルなフィルがとても印象的です。後者はブレイクが効果的に使われた曲のうち、最もクールなものの一つといって良いでしょう。まさに金字塔です。



きりがないのでそろそろやめますが最後にひとつ。かつてリチャード・ヘル&ヴォイドイズを聴いたことがないという友人に、代表曲の「Blank Generation」を聴かせたことがありました。彼が「歌詞に合わせて無音になってるね」と指摘したときには目から鱗が落ちました。歌詞とアレンジの関連性を意識することなく音楽を聴いてこなかったので、なかなか衝撃的な指摘でした。


鳥居真道


1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : @mushitoka @TRIPLE_FIRE
◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
Vol.13 ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察
Vol.14 ストーンズとカンのドラムから考える現代のリズム 鳥居真道が徹底考察
Vol.15 音楽がもたらす享楽とは何か? 鳥居真道がJBに感じる「ブロウ・ユア・マインド感覚」
Vol.16 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの”あの曲”に仕掛けられたリズム展開 鳥居真道が考察
Vol.17 現代はハーフタイムが覇権を握っている時代? 鳥居真道がトラップのビートを徹底考察
Vol.18 裏拍と表拍が織りなす奇っ怪なリズム、ルーファス代表曲を鳥居真道が徹底考察
Vol.19 DAWと人による奇跡的なアンサンブル 鳥居真道が徹底考察Vol.20 ロス・ビッチョスが持つクンビアとロックのフレンドリーな関係 鳥居真道が考察Vol.21 ソウルの幕の内弁当アルバムとは? アーロン・フレイザーのアルバムを鳥居真道が徹底解説Vol.22 大滝詠一の楽曲に隠された変態的リズムとは? 鳥居真道が徹底考察
Vol.23 大滝詠一『NIAGARA MOON』のニューオーリンズ解釈 鳥居直道が徹底考察Vol.24 アレサ・フランクリンのアルバム『Lady Soul』をマリアージュ、鳥居真道が徹底考察Vol.25 トーキング・ヘッズのティナ・ウェイマスが名人たる所以、鳥居真道が徹底考察Vol.26 ホイットニー「カントリーロード」カバーに感じる匠のドラム、鳥居真道が徹底考察Vol.27 チャーリー・ワッツから感じるロックンロールのリズムの成り立ち、鳥居真道が徹底考察Vol.28 手拍子のリズムパターン、クイーンやスライの名曲から鳥居真道が徹底考察Vol.29 ビートルズ「Let It Be」の心地よいグルーヴ、鳥居真道が徹底考察Vol.30 ポール・マッカトニーのベースプレイが生み出すグルーヴ、鳥居真道が徹底考察

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ワクチン接種は「集団催眠の被害者」 エリック・クラプトンが主張

エリック・クラプトンは、Real Music ObserverのYouTubeチャンネルで配信されたインタビューの第2部の中で、新型コロナワクチン接種やロックダウンといった安全対策に関する姿勢が引き起こした賛否両論を「例の件」と括り、感染拡大を食い止めるための行動やワクチン接種に自分は賛成でも反対でもなく、あくまで選択の自由の擁護者であると主張した。

【画像を見る】クラプトン、反ワクチン派の大物と記念撮影

「私は、例の件について意見することで自分の首を絞めているんだ。でも、ひとつだけはっきりさせておきたいことがある——何度も繰り返さないといけないから——それは、私が反対派でもなければ賛成派でもないということだ」とクラプトンは語った。「私は、選択の自由と、他者に対する敬意と優しさ、さらには私たちのモチベーションになることや私たちが目指すべきものを支持している。善良さに対する切望とでも言おうか。あと、かなり抽象的ではあるものの、宗教を信じている。神の存在を信じているし、(人生には)目的があると思っている。どうやら、これがいまの私の目的のようだ」



クラプトンは、自身を批判する人々を「モンスター」と皮肉り、「彼らは、自分たちがモンスターであることを自覚しているし、そんな自分が好きなんだ」と言い添えた。「彼らは、いつも真実や前進する方法を模索する人々を追いかけまわしている。私は、誤解されても別にかまわない(……)反響を心配しすぎることなく、自分の発言や行動に関する判断を下すことは可能だ。あの発言はまずかったとか、ああ言えばよかったとか、私が教訓を得るのは、実際に反響が生まれてからなんだ」

インタビューの中でクラプトンは、新曲「Heart of a Child」にも触れた。クラプトンの新曲には、自身の反ワクチン・反ロックダウン姿勢が一部投影されている。さらに彼は、「同じタイプ」の別の新曲と、「一種の賛美歌というか、本当の覚醒を描いたアンセムのような」セカンドトラックをリリース予定だと明かした。

コロナワクチン=集団催眠説

エリック・クラプトンは、新型コロナワクチン接種を受ける人々を辛辣に批判し、感染力の強いウイルスに感染したり、死亡したりする可能性を下げようとする人々は、「集団催眠」の被害者であると示唆した。

集団催眠(「集団精神病」と呼ばれる場合もある)という言葉は、反ワクチン派の間で輝かしい新語としてもてはやされているが、医学的状態として認知されていないことを忘れてはいけない(某心理学者がロイターに語ったところによると、「集団催眠」は「科学というよりはメタファーであり、事実というよりはイデオロギー」とのこと)。とはいえ、集団催眠という「コンセプト」は、Twitterのアカウントが凍結されたロバート・マローン博士によって世間から注目されるようになった。マローン博士とは、2021年の終わりに配信されたコメディアンのジョー・ローガンのポッドキャストに登場し、人々は催眠術によってワクチンの有効性を信じるようになった、と主張した人物だ(さらに博士は、アメリカのコロナ対策をナチス・ドイツになぞらえた)。

米現地時間1月21日、クラプトンはReal Music Observerのデイヴ・スプーリアとのインタビューの中で集団催眠説の論点/ゴタクを繰り返した。クラプトンの家族や友人たちが彼の反ワクチン姿勢を怖がり、心配していると述べた一方、「私は無知だった。知っていて当然のことを知らなかった。その後、徐々に気づきはじめたんだ(……)集団催眠説は最高だよ。やっと真実に気づいたんだ。一度気づくと、至るところで目にするようになった」と語った。



クラプトンが至るところで目にしたものは、多くの人が言うところの大々的な公衆衛生キャンペーンにすぎない。それは、人々に安全で効果的なワクチン接種を推奨するものだ。だがクラプトンは、「サブリミナル広告のような、YouTubeのちょっとしたもの」をはじめ、あらゆるものの中に催眠術の非道な道具を見出した。さらに彼は「イギリスから発信される新しいものは(……)命令に従ったり、服従を促したりする完全な一方通行の情報だった」と述べた(安全で効果的なワクチンに関するニュース報道だと予測される)。

さらにクラプトンは、公共広告の氾濫について次のように言い添えた。「ジグソーパズルのように、一つひとつのピースをざっくり組み立てていくうちに、私の意志はますます固くなった(……)音楽的にも強いモチベーションを感じた。眠っていた何かが呼び覚まされたんだ。ロックダウンが敷かれる前は、社会活動とは無縁でライブをしてきた。でも、権力者たち——そしてすべての人——に対して本気で腹が立ってきたんだ。でも、私には道具があった。使命があった。だからそれを活かしたいと思った」

実際、クラプトンはこうした道具を活用することができた。ワクチン接種やほかのコロナ対策を批判するために自身のプラットフォームを利用する一方、「Heart of a Child」のように、ワクチンやロックダウンに対する懐疑的な姿勢を控えめとは言えない手法で盛り込んだ楽曲をリリースした(さらに重要な点として、同作はクラプトンと同じワクチン懐疑派のイタリア人建築家、ロビン・モノッティとの共作である)。それだけでなく、昨年12月には「Heart of a Child」よりもあからさまな反ワクチン・反ロックダウン曲、「Stand and Deliver」でヴァン・モリソンとコラボレーションを果たしている。

【関連記事】反ワクチンに人種差別、エリック・クラプトンの思想とどう向き合うべきか?

From Rolling Stone US.

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Natural Lagが語る、ソロプロジェクトが「バンド」に変わった瞬間

昨年末、日本レコード大賞を初受賞し、名実共にトップアーティストの仲間入りを果たした5人組アーティスト・Da-iCE。そのメンバーであり、4オクターブの美声を誇る花村想太(vo)率いるバンドプロジェクト・Natural Lagが最新ミニアルバム『Natural Awake』をリリースし、初のワンマンツアー「Natural Lag Live Tour 2022 After Rain」を開催する。

今回のインタビューでは、メンバーそれぞれがどのような経緯でこのプロジェクトに集結し、どんな想いで変化しながら正真正銘のバンドにならんとしてきたのか語ってもらった。Natural Lagがそのバンドメカニズムも含め、如何に魅力的で面白いバンドか紐解く内容になっているので、ぜひご覧いただきたい。

関連記事:Da-iCEが語る10年の軌跡、「CITRUS」のヒットに至るまでの5人の自負

―2020年のデビューから2年。今、Natural Lagはどんなバンドになっているなと感じていますか?

花村想太(以下、花村):結成当初は、僕がやりたいことをやるソロ・プロジェクトみたいな感じでスタートしていたので、1stミニアルバム『ナチュラルストーリー』は自分ひとりで創ったモノをバンドメンバーにアレンジしてもらう。そういう方向性で活動していたんですけど、もっと仲間感が欲しいなと思って。それで「立て直そうかな」と自分の中で構想して、スタッフさんにもバンドメンバーにも相談して「みんなで方向性を決めていく、メンバーひとりひとりがNatural Lagの顔になるような活動がしたい」という話をしたんです。そこから今回のミニ・アルバム『Natural Awake』の制作に入ったので、話し合いをする機会が圧倒的に増えましたね。しっかり全員で意見を出し合って作品を創っていけるようになりました。

―正真正銘のバンドに近付いていくアプローチをされたわけですね。

花村:徐々に徐々に。なので、今は「4人で47都道府県ツアーを車でまわったりしたいな」と思ったりしています。みんな30歳を超えているから時間が無限にあるわけじゃないので、最速でメンバー間の仲を深めていってどんどん良い作品が作れるバンドにしていけたらなって。

花村想太(photo by Jumpei Yamada)



―メンバー全員が顔になるバンドにしたいと仰っていたので、想太さんのもとへ3人が集結するまでのストーリーも伺いたいのですが、まず福田さんはどんな音楽活動を経てNatural Lagに辿り着いたのでしょう?

福田智樹(以下、福田):ちょっと特殊な遍歴なんですけど、最初は舞台の音楽を作る人だったんですよ。僕の作曲の師匠みたいな人がいて、師匠のもとで舞台音楽家としてプロ・デビューしたんです。その流れでラジオ局の音響も担当したりとか、わりと技術職的な仕事をしていたんですよね。ただ、小さい頃からギターを弾いていたので、そこからギタリストとしてプロの現場で活動するようになっていって、自分のバンドも5年ぐらいやっていて。それで気付いたら今に至る感じですね。

福田智樹(photo by Jumpei Yamada)

―アベさんはここまでどのようなストーリーを歩んできたんですか?

アベノブユキ(以下、アベ):僕はずっとアニソン系多めのバンドをやっていて、そのバンドでデビューしてしばらく活動していたんですけど、30歳を迎えるタイミングで「ベーシストとしての活動をもっと広げたいな」と思ってそのバンドを辞めたんですね。で、サポート業の仕事を広げていく中で出逢った方に「Natural Lagというプロジェクトがあって、そのメンバーを探しているんだよね」とお誘い頂いて。その時点で何年かサポートメインで活動していたので、そろそろまた新しいバンド活動を始めるのもアリだなと思って、初めましての人も多くて楽しそうだし、そのお話が来るタイミングと僕のメンタリティが変化するタイミングがちょうど重なったので、加入させて頂く事にしたんです。

―Louisさんのことは、TM NETWORKのサポートドラマーとして存じていたのですが、どのような経緯でNatural Lagに加入されたんですか?

Louis:小室哲哉さんとはずっと一緒にやらせて頂いていて、それ以外にもいろんなバンドのサポートをしていたんですけど、その中で自分でも作曲したり、編曲したり、いろんな音楽に関する活動をしていたんです。ただ、Natural Lagのようなバンド活動とはまったく真逆の畑で活動してきていたので、今回「バンドに参加しないか?」という話が来たときに「新しいことをやってみたら、いろいろ開けるんじゃないかな」と思いまして。「バンドか。この歳でやってみるか!」みたいな感じで入ってみたら、素晴らしいメンバーと出逢えたので、楽しく活動させて頂いています。

Louis(photo by Jumpei Yamada)

―地元の仲間同士で結成する流れがバンドのよくあるパターンだと思うんですけど、それぞれに全く違う音楽キャリアを積んできたメンバーが30代になったタイミングで「イチからバンド組むぞ」というストーリーって珍しいですよね。そこからして特殊なバンドなんだなと感じました。

花村:たしかに。

Louis:みんなそれぞれの畑があって、そこから「新しい世界を開拓しよう」と思って選択したと思うんですけど、それが「イチからバンドを組むことだった」というストーリーは面白いですよね。なので、Natural Lagは楽しみだらけなんですよ。



―想太さんから見たメンバーの印象も聞かせてもらえますか?

花村:みんな、すっごい優しいんですよ! 誰も我を通そうとしない。それがこのバンドの良さでもあり、不安要素でもあるんです(笑)。

―それこそ大人だからですよね(笑)。

花村:そうなんです。全員がちょっと引き気味に提案していく感じなので。でも、それによって「すごく上手く機能しているな」と感じることもすごく多いんです。だから居心地が良いですね。新しく始めたバンドで、新しい環境で「居心地が良い」と思える状態にすることって本来難しいじゃないですか。それもこのバンドの面白いところだと思います。

―ひとりひとりの印象も伺わせてください。

花村:智くん(福田智樹)がいちばん見せ方に拘るタイプなのかなと思いますね。例えば、リハーサルのときに自分のプレイの映像を録っていたり。僕はバンドを組むのはNatural Lagが初めてだったので、その姿を見て「バンドでも自分のプレイを見て、動き方や見せ方を精査していくもんなんだな」って。それで「自分も録ろうかな。良いところを取り入れていこう」と思ったりして。あと、ノブくん(アベノブユキ)は見た目がいちばん怖いのに……。

一同:(笑)。

アベノブユキ(photo by Jumpei Yamada)

花村:見た目と裏腹でめちゃくちゃ優しいんですよ。大らかですよね。今まで怒ったことってあります?

アベ:いや、あるよ(笑)。

花村:あ、怒るんだ? まったく想像がつかない。それぐらい優しいからコミュニケーションも取りやすいんですよね。で、ルイくん(Louis)は天然で緩いんですけど、お仕事になるとリーダー的存在になる。音やアレンジの方向性は基本的にルイくん中心で考えてもらっているので、頼れる社長ですね。実際に会社を経営されているので、何かあったら入れてもらおうと思っています(笑)。

Louis:ギャラ高そうだな(笑)。

花村:そこは歩合制で(笑)。



―そんなお三方から見た想太さんの印象も聞かせてもらえますか?

福田:僕から見た想太くんは、最初は「僕らにすごく気を遣ってくれるな、丁寧だな」という印象がいちばん強くて。それから一緒に活動してきて2年経って分かったことは、ただ丁寧なんじゃなくて、物事をよく考えて「これは今このタイミングで言うべきだな」みたいな感じでひとつひとつのことを判断していく人なんだなって。あと、バンドって良い意味でちょっと泥臭いところもメンバー間で必要だと思うんですけど、想太くんは日頃の鬱憤とかを僕らにちゃんと素直に聞かせてくれるんですよね(笑)。なので、想太くんもよく「Natural Lagでは、もっとパーソナルな部分を出していきたい」と言っているけど、それを僕らの前でちゃんとやってくれているのが嬉しいなと思います。

花村:僕はとにかく仲を良くしたいんです。その仲の良さって絶対に音楽に出るなと思っていて。あと、全員がこのバンドに責任感を持てるようにしたいんですよね。僕は責任感って持ちたくても持てないなと思っていて。どんなに「やれよ」と言われても持てるもんじゃなくて、でも「やりたいな」「このグループの為に生きたいな」と思えたときに持てるモノ。それって才能だと思うんですけど、全員がそう思えるグループになったらいいなと思っています。

―続いて、アベさんから見た想太さん。

アベ:最近は4人で意見を出し合うことがすごく増えて、今回のミニ・アルバム『Natural Awake』もそうしたコミュニケーションの中で生まれた作品だと思うんですけど、想太くんは必ず僕らに1回投げてくれるんですよね。自分が「こう思っているよ」と言う前に「どう思う?」と聞いてくれるから、こっちも発言しやすい。その意見が通っても通らなくても、そこはみんな大人だから揉めたりはしないんですけど(笑)、そうやってあらかた意見が出揃った後に「自分はこう思う。誰のアイデアが良いと思う?」みたいな感じで進めてくれる。このバンドを組んでくれたのは想太くんなので、自分が先に意見しちゃうとトップダウンで物事が進んでいってしまうと理解してくれているんだと思うんですよね。僕らもサポート経験が長いから様子を伺っちゃうところはあるんで。なので、そうやって我々の意見を汲み上げてくれるのは嬉しいし、本当に発言しやすいですね。

―フロントマンがエゴを貫く形もバンドではよくあるパターンですけど、本当に丁寧にバンドづくりをしているんですね。それが音楽にも表れていると思いますし。

アベ:人間同士の関係値を高める。それが想太くんの根底にあるんだと思います。

花村:僕はやりたいことがしっかりヴィジョンとしてあるので、ワンマンでやろうとしても出来ちゃうとは思うんですよ。でも、それは僕にとってはすごくリスキーだし、僕の意見しか出さないまま進んでいくのであれば「バンドじゃなく花村想太ソロでいいんじゃない?」と思うし、そういうチームにしたくないなと思ったんですよね。なので、結成当初からワンマンではやりたくなくて、みんなの意見を聞きたかったんですけど、意見を直接聞きやすい環境じゃなかったり、それゆえにどこまで話が通っているのか分からなかったりもしていて。僕がどうしたいか聞かれて意見したモノが決定事項として通されちゃっていたんです。それに僕もビックリしていたんですけど、レーベルをエイベックスに移籍してからは、元々マネージメントはエイベックスだったこともあって「メンバーともっと近い距離で活動したい」という方向性を理解してくれて。

―そんな経緯もあったんですね。

花村:なので、僕からするとメンバーと意見交換しながら活動できている今の形のほうが理想なんです。もちろん「ここは譲れない」みたいなモノはあるんですけど、基本的に4人で話し合って決めたモノがベストだと思っていて。例えば、僕ひとりが「これがいい」と言っていても、3人が「いや、こっちだ」と言ったら僕は3人の意見に乗っかるようになっている。そうしたほうが想定外の面白いモノは生まれやすいし、自分ひとりが感じる「良さ」って固定概念の集まりだと思うんで、それだけで成立させようとしちゃうとエゴでしかないモノになっちゃうんですよね。そういうチームになったらイヤだし、それをやるならひとりで活動するべきだし、このバンドを大きくしたいのであれば、今の構築の仕方がベストなのかなって。

―バンドである以上、グルーヴが命になるわけですし、そこを無視しちゃうとただ鳴っているだけの音になっちゃいますからね。続いて、Louisさんから見た想太さん。

Louis:最強のバイタリティを持った生物です。

―生物(笑)。

Louis:凄いエネルギーに溢れていて、本当にとんでもないスケジュールをこなしているんですよ。そんな中でNatural Lagの曲も作っていて、例えば「この曲の歌メロが欲しい」と伝えると「全部終わって家に帰ってからやりますね」みたいな感じで、朝からDa-iCEのメンバーとして活動しているのに深夜にデータが送られてきたりするんです。でも、本人はそれでも全然へばることもなく、毎日ちゃんとパフォーマンスしたりしていて「身近でこんなに凄い人いないかもな」って。本当に尊敬しています。僕は寝ないとダメな人なので、なんでそんなにエネルギッシュに活動できるのか秘訣を教えてほしいぐらい。今、Da-iCEがどんどん世に出ていっていますけど、そうなるべくしてなっているんだなと思いますね。近くにいると、こっちもエネルギーをもらいますし、こんなにまわりに良い影響を与えられる人ってそうそう出逢えるもんじゃないから、おかげさまで毎日刺激的です。本当に太陽みたいな人だと思います。



―それだけのスケジュールをすべてエネルギッシュに対応していくのって普通に考えたら苦しいと思うんですけど……。

花村:苦しさはゼロです。

―凄い。

花村:めちゃくちゃ楽しいです。例えば、深夜に曲を作ったり、歌入れしたりすることも多いんですけど、僕は良い曲が出来るときがいちばんしあわせなんですよ。「キタコレ!」みたいなトラックが届くと「すぐに曲作ろう!」と思いますし、そういうときって数時間で集中してガッと作れたりして、その自分で録った音源を聴きながら移動したりするのも好きなんですよね。だから、究極のナルシストなんだと思います。自分で作った曲を聴きたくてしょうがない。永遠に聴いてますもん。その時間がいちばん至福のときで、どんな音楽を聴くよりも贅沢なんですよ。だから夜中に制作するのもまったく苦じゃないんです。

―ゆえに寝なくても楽しく活動できてしまうと。

花村:そうですね。あと、元々ショートスリーパーで、寝る時間を無駄だと思っちゃうタイプなんですよ。若いときからそうなんですけど、例えば、学校が休みの日でも朝5時とか6時ぐらいに起きて、8時には友達の家の鍵を開けておいてもらって、その友達やおばちゃんとかがまだ寝ていたとしても上がり込んで、勝手に友達のパソコンいじったり、ゲームしたりしていたんです(笑)。基本的にアクティヴなんですよ。やりたいことに忠実に生きている人。

―それが今に至っていると。

花村:なので、曲も自分で作りたいと思うようになったんだろうし、実際に今は作っているんですけど、でも僕はトラックだけはどう頑張っても作れないんですよ。だから良いトラックが届くと嬉しくてしょうがないんです。それでテンション上がっちゃってそのまま制作しちゃう。今回のミニアルバム『Natural Awake』もそれの連続で、1曲目の「Wake Up」なんてトラックの候補が6つぐらいあって、本当に全部好きで、めちゃくちゃ悩んだんですよ! 最終的には「自分たちがいちばんテンション上がりやすいだろうな、表現したいことがしやすいだろうな」と思うトラックを選んだんですけど。



―その「Wake Up」からして今回のミニアルバム『Natural Awake』は最高に聴き心地が良いですよね。モータウンや80sディスコソウルを感じさせる曲調とアレンジになっていて、「あ、こういうことが出来ちゃうバンドなんだ」とワクワクしました。

花村:分かります!

一同:(笑)

―今、この手の音楽を新しいバンドでやっている人たちっていないじゃないですか。それを想太さんが歌う必然性もすごく感じますし。

花村:これ、好きなんですよ。少年時代からソウルやR&Bが好きだったので、こういう音楽をバンドでやれるのは嬉しい。



―そういう音楽をバンドで奏でるコンセプトは、制作前から自分の中であったんですか?

花村:いや、全然ないです(笑)。

Louis:まっさらな状態で「何しようかな?」と考えていたときに、想太くんはそっち好きだなと思って。で、1曲、そういうのを混ぜたらハマったっていう(笑)。でも、たしかに、こういう音楽をやっているバンドは少ないし、Natural Lagの新しい部分も出せるんじゃないかなと思ったし、想太くんがこういう音楽を歌うのはすごくナチュラルなことでもあるんで。

(photo by Jumpei Yamada)

―そんな「Wake Up」から始まるミニアルバム『Natural Awake』、全体の仕上がりにはどんな印象や感想を持たれていますか?

花村:「Wake Up」みたいな曲で埋め尽くされていても良いアルバムになったと思うんですけど、Natural Lagのテーマは「自然に生じるラグ」を表現していくことなので、いろんなジャンルの音楽を取り入れていきながら「すべてをひっくるめてNatural Lagである」という形に自然となっていって。

―これだけジャンルレスにアプローチしていながら、ナチュラルで無理がないアルバムを完成させられているのは、わりと奇跡ですよね。狙っても創れるアルバムじゃないというか。Louisさんはどう思われますか?

Louis:いや、もう全部言われちゃっています(笑)。本当にその通りだと思いますし、想太くんから始まったNatural Lagの今の自然体がよく表れているアルバムだと思いますね。ちゃんとオシャレでポップでありながらロックにも寄ったり、バラードにも寄ったり、モータウン系に寄ったり。でも、そのすべてが「Natural Lagだよね」っていう芯がしっかりある。すごく良いアルバムになったと思います。なので、本作『Natural Awake』を引っ提げてやるライブも自然とNatural Lagらしいライブになると思うんですよね。



―そのライブが初ワンマンツアー「Natural Lag Live Tour 2022」という形で開催されます。どんなツアーにしたいと思っていますか?

福田:最初に計画していたツアーはコロナ禍で中止になってしまって、オンラインライブは出来たんですけど、それから2年の月日が流れていく中で、僕ら的にはちゃんとしたお披露目ライブをどかーん!とやれていない気がしていて。なので、今回のツアーでようやくNatural Lagというモノがしっかり具現化する感覚なんですよね。そこで「あ、Natural Lagってこうなんだ」って知ってもらいたいです。

アベ:最初に計画していたツアーがもし実現していたら、まだバンドとして固まっていない状態でのツアーになっていたかもしれないので、今回の『Natural Awake』の制作を通してバンド感が何段も高まった状態で初のツアーが出来るのは嬉しいんですよね。このツアーを通してバンドとしての軸をまた一層強くできると思いますし、そういう意味でもすごく楽しみです。

花村:コロナ禍によって活動が止まってしまったことによって、当初よりもファンの人たちの熱が少し冷めてしまったなと感じているところもあるんですけど、それでも「Natural Lagの灯を消さないように」と待っててくれた人たちもたくさんいらっしゃると思うんです。そういう方たちにこのツアーに足を運んでもらって「この日を待っていて間違いなかったんだ」と思ってもらえるような時間を一緒に過ごしたい。あと、1日2公演、喉のことや楽器隊の練習量のことを考えると同じセットリストでやるべきなんでしょうけど、やっぱりNatural Lagがこの2年で培ってきた楽曲たちを余すところなく披露しようと、それぞれ異なるセットリストを用意したので、そこで新人かつベテランパワーを(笑)、皆さんに楽しんで頂ければなと思っています。


<リリース情報>


Natural Lag
『Natural Awake』

【CD+DVD】(スマプラミュージック&ムービー対応) 4180円(税込)
【CD】(スマプラミュージック対応) 2530円(税込)

=収録内容=
※2形態共通
1. Wake Up
2. 不機嫌な信号
3. I am a HERO
4. Rain
5. We Can
6. Determination
7. 約束

※【CD+DVD】形態のみ
「Natural Lag Online Live Tour 2020 #1」
・不機嫌な信号
・Determination
・リモコンファイター
・Be your man
・Sugar High
・愛と恋
・蜃気楼
・ファイティングソング
・Trust Me
・約束

「Natural Lag Online Live Tour 2020 #2」
・夏風邪
・Trust Me
・I am a HERO
・Be your man
・翳る月と太陽
・日常
・We Can
・不機嫌な信号
・Determination
・ファイティングソング
・蜃気楼
※オンラインライブの映像を商品化しているため多少映像の乱れが見られますが製品に問題はございません。予めご了承ください。

<公演情報>

1部【Natural Lag Live Tour 2022 After Rain 〜Funk it up〜】
2部【Natural Lag Live Tour 2022 After Rain 〜Hands up〜】
兵庫公演【Natural Lag Live Tour 2022 After Rain ~Funk it Hands up~】

ツアースケジュール(開場時間/開演時間)
2022年2月20日(日)【東京】Spotify O-EAST 15:00/15:30
2022年2月20日(日)【東京】Spotify O-EAST 18:00/18:30
2022年2月27日(日)【愛知】NAGOYA ReNY limited 15:00/15:30
2022年2月27日(日)【愛知】NAGOYA ReNY limited 18:00/18:30
2022年3月4日(金)【大阪】BIGCAT 15:00/15:30
2022年3月4日(金)【大阪】BIGCAT 18:00/18:30
2022年3月5日(土)【兵庫】東リ いたみホール 16:00/17:30 ※追加公演

Natural Lag
Twitter (@Natural_Lag):https://twitter.com/natural_lag
Instagram(@natural_lag_official):https://www.instagram.com/natural_lag_official/?hl=ja
Facebook(@NaturalLag):https://www.facebook.com/NaturalLag
YouTube Channel:https://www.youtube.com/c/NaturalLag

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