モノづくりベンチャーの担い手としてシニア起業家が注目されている。50代以上の人口当たりの起業率は若い世代に比べると少ないものの、製造業を新しく興す貴重な存在だ。日本のモノづくりを支え、新陳代謝を促すにはシニア起業家の活躍は大切だ。一方で年齢がハードルとなり、資金集めや人集めに苦労する。10年後も経営者でいるのかと問われるためだ。(取材・小寺貴之)
ロボセンサー技研 用途・価格明確に示す
「入社しても3年で定年だ。新事業を立ち上げても、軌道に乗ったときにあなたはいるのか」―。ロボセンサー技研(浜松市北区)大村昌良社長は、再就職先の社長面接で、こう問われて起業を決めた。最終面接は2人だけ。若いもう1人が選ばれた。年齢で選ぶなら、なぜ面接に呼んだのか。56歳という年齢が壁になった。
50代と60代の起業家を合わせると全体の29%を占める。2017年の人口当たりの起業率は26―39歳が0・30%に対して、50代は0・16%、60代が0・11%と少ない。だが製造業を選ぶ割合は26―39歳は1・2%に対して50代が2・6%で60代は5・5%と高い。製造業起業家の37%を占めている。生産技術などモノづくりの知見や技術を蓄えた世代だ。日本の産業界は世代交代を進めつつも、シニア世代をフル活用していく必要がある。
だがシニア起業家は資金集めに苦労する。ハードウエアベンチャーは製品を試作し量産する。技術を形にするだけでも出費がかさむ。中小企業基盤整備機構創業・ベンチャー支援部の森田英嗣審議役は「技術の優位性だけでお金を集めようとしても集まらない。技術をいかに世に出すか。その道筋を示す必要がある」と指摘する。技術偏重の大学発ベンチャーのように事業開発が不得手でも支援機関が助けてくれるわけではない。事業計画や営業はできて当然で、実際に「シニア世代はそれができる」(森田審議役)。
製造業はコストとの戦いだ。大村社長は起業を決めロボットの力触覚センサーに狙いを定めた。15年の国際ロボット展を巡り、「力覚センサーはこれから。触覚センサーはまだまだ」と感じたためだ。ただ半導体製造プロセスでセンサーを作ると、試作も量産も開発費が膨らむ。大村社長は「半導体はベンチャーには手を出せない。大企業の仕事だ」と見切りを付けた。そして圧電樹脂を巻いたワイヤセンサーを選んだ。初めは手巻きでセンサーの構造を試していった。電線メーカーの研究部門に頼み込んで試作品を製造した。
センサーができても用途を示せないとモノが売れない。本庄義治最高技術責任者(CTO)が計測システムを構築し、産業用機械などの振動計測に適用した。異常検知で性能が認められ量産にこぎ着けるが、当時は固定給ではなく案件ごとに開発費を払っていた。
シニアだけのベンチャーにベンチャーキャピタル(VC)は冷たかった。大村社長は「若い技術者を集めない限り、会社に未来がないと断られた」と振り返る。若手でも年収600万円以上を提示しないと、リスクだらけのベンチャーに人が来ない。売り上げが立つ前のベンチャーには無理な話だった。社長が自ら全国を巡り、無償でセンサーを据え付けて計測実証する日々が続いた。
19年に宮本了営業本部長と宮崎なおとセンサーシステム開発部長が入社した。平均年齢は60歳。宮本本部長の最初の仕事は「商品を無料で配ってはいけない。せめて実費をもらわないと」と社長を叱ることだった。開発キットに値段を付けて価値を明確にした。売り上げが立ち大型の共同開発もまとまった。VCに提示していた売り上げ計画は1年前倒しで達成する見込み。20年春に量産を始める。
アーキテック 退職金支えに長期戦
退職金などが支えとなり、事業が軌道に乗るまでの長期戦を闘えるのもシニア世代の特徴だ。ArchiTek(アーキテック、大阪市西区)は画像認識などの人工知能(AI)チップのアーキテクチャー(設計概念)を開発する。演算素子は試作するだけでもお金がかかる。高田周一社長兼CTOは「参入障壁が高く、国内はライバルが少ないと考えた」と振り返る。
11年に創業し、黙々と技術開発に打ち込む期間が5年ほど続いた。試作用資金のめどはなかなか立たない。黒田剛毅最高マーケティング責任者(CMO)は「当時は3人。かすみ食べるようだった」と説明する。藤中達也最高財務責任者(CFO)の参画で状況が好転する。15年に三菱UFJキャピタル(東京都中央区)の紹介で、トヨタ自動車などが出資する未来創生ファンドから投資を受けた。これを機に豊田自動織機などと新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の開発プロジェクトに採択された。1月中には念願のチップが形になる。9月にはより小さな試作チップが完成する。
新チップはAI処理に用いる基本処理回路を多数用意し、処理に応じてつなぎ直す。これをハードで実行するため、ソフトで実行していた現行品に比べ約1000倍高速化する。GPU(画像処理半導体)に比べて消費電力を数十分の一に抑えられる見込みだ。
アーキテクチャーは実際にチップを作らないと実力を測れなかった。設計概念が形になることで、ユーザーが性能を確かめられる。回路をライセンスし、ユーザーのチップに組み込めるようにする。高田社長は「本来は時間をお金で買うべきだった」と振り返る。「アーキテクチャーを普及させ、上位のソフトで稼ぐ」と力を込める。
50代になると定年後が心配になったり、後輩が上司になったりと大企業に勤めていても心中穏やかでなくなる。藤中CFOは「60歳で寿命が来るわけでもなく、どこかでもう一勝負しないといけない。あと10年、20年と一緒に頑張れる仲間に出会えるかどうか」という。細くて長い隘(あい)路を抜けようとしている。
アーキテックの5人。左から古川洋介専務、黒田剛毅CMO、高田周一社長、藤中達也CFO、寅巴里ハッサンCOO、全員50代(同社提供)