cat_oa-newspostseven_issue_1421b975fc35 oa-newspostseven_0_1421b975fc35_キンプリ平野紫耀、橋本環奈 意味深メンツの小栗会に参加 1421b975fc35 1421b975fc35 キンプリ平野紫耀、橋本環奈 意味深メンツの小栗会に参加 oa-newspostseven

キンプリ平野紫耀、橋本環奈 意味深メンツの小栗会に参加

2019年8月23日 16:00 NEWSポストセブン

 この秋の注目映画、『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』(9月6日全国公開)で、主演を務める平野紫耀(22才)。アイドルグループ・King & Princeのメンバーとして、全国7か所を回るコンサートツアーの真っただ中だ。

 7月下旬の夜9時過ぎ、仕事を終えた平野の姿は東京・南青山にある紹介制の高級天ぷら店にあった。マスク姿の平野は周囲を警戒しながら、慣れた様子で店内に入っていく。

 実はこの夜、同店には錚々たる面々が集結していた。

「小栗旬さん(36才)を慕う仲間が集う『小栗会』で、平野さんもその一員。その日も約10人ものメンバーが参加していたようです」(芸能関係者)

 小栗会といえば、藤原竜也(37才)や綾野剛(37才)ら若手実力派の俳優が名を連ね、そのメンバーは30人とも40人ともいわれている。“在籍メンバー”が次々に売れていくことでも有名だ。



「ただの飲み会ではなく、演技について熱く語る場になっているようです。小栗さんは自宅近くにトレーニングルームを併設したスタジオを自腹で建てて、俳優仲間にも開放しています。菅田将暉さん(26才)や鈴木亮平さん(36才)も小栗会“出身者”です」(前出・芸能関係者)

 小栗会は10年ほど前に発足しており、瑛太(36才)や山田孝之(35才)ら俳優陣が中心だった。しかし最近は藤田ニコル(21才)らタレントやモデル陣から、平野らトップアイドルまで幅広いメンバーが参加しているという。

「平野さんを小栗さんに紹介したのは松本潤さん(35才)だとか。人気ドラマ『花より男子』シリーズのつながりもあったようです。平野さんは小栗さんを“憧れの存在”“なんでも相談できる”と慕っていて、アドバイスをもらうこともある。小栗さんの自宅に何度も足を運んでいるようです」(前出・芸能関係者)

 この夜は、いつもの小栗会とは少し様子が違っていたようだ。



「妻の山田優さん(35才)が2人の子供たちを連れてきていて、今年6月に離婚したばかりの西山茉希さん(33才)も、子連れで参加していました。『フライデー』で熱愛が報じられた笠原秀幸さん(36才)と元AKB48の北原里英さん(28才)もいて、どこか“意味深”なメンバーが集合していたような気も。

『かぐや様~』で平野さんと共演する橋本環奈さん(20才)が慣れた様子で子供たちの相手をしたり、生田斗真さん(34才)がメンバーとゴルフ談議に花を咲かせたりと、和気あいあいとした雰囲気だったようですね。聞けば『かぐや様~』の公開間近ということで、小栗さんが平野さんと橋本さんらに声をかけ、慰労会のような形で集まったとか」(前出・芸能関係者)

 小栗は来年公開予定の『GODZILLA VS. KONG(仮)』でハリウッドデビューを果たす。 芸能界での存在感は、ますます増すばかりだ。

※女性セブン2019年9月5日号

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cat_oa-newspostseven_issue_1421b975fc35 oa-newspostseven_0_63a648a681f4_野球選手や首相友人が優遇? ウイルス検査で生じる国民の不満 63a648a681f4 63a648a681f4 野球選手や首相友人が優遇? ウイルス検査で生じる国民の不満 oa-newspostseven

野球選手や首相友人が優遇? ウイルス検査で生じる国民の不満

2020年4月2日 16:05 NEWSポストセブン

 新型コロナウイルスは国内にさまざまなひずみを生じさせている。なかでも国民の不満が大きいのがウイルス検査だ。

「政府は騒動の初期段階から、ウイルス感染の有無を調べるPCR検査の拡充に消極的で、体調に異変を感じて検査を受けたくても保健所に断られる人が続出しました。批判の高まりを受けて3月6日にようやくPCR検査が保険適用になりましたが、検査実績は思ったほど伸びていません」(全国紙社会部記者)

 そんななかで勃発したのが、球界の感染発覚だった。

「阪神タイガースの藤浪晋太郎投手(25才)が“コーヒーを飲んでもにおいがしない”としてPCR検査を受けて、ウイルス感染がわかりました。これにはネットで“一般人は発熱しても検査が受けられないのに、野球選手はにおいがしないだけで検査してもらえるのか”“不公平ではないか”との批判が殺到しました」(前出・全国紙社会部記者)

 安倍首相の「お友達の優遇入院疑惑」もくすぶる。舞台は、3月16日に開業した国の第一種感染症指定医療機関「国際医療福祉大学成田病院」。

 同病院は、安倍首相が推進する国家戦略特区制度で新たに設立された国際医療福祉大学医学部の付属病院で、コロナ対策で効果が期待される感染症専門病床を備える。

 関係者を驚かせたのは、同大学の看板教授であるA教授が新型コロナに感染して、3月19日に成田病院に入院したことだった。

「通常、感染が疑われる人は帰国者・接触者相談センターを通してPCR検査を受けますが、A教授はいきなり都内の知り合いの病院でPCR検査を受けて、陽性が判明すると千葉の成田病院に入院しました。A教授は通常の手続きを飛び越えたうえ、本来ならば都内のコロナ外来の検査で陽性が判明したら都内の病院に入院するはずなのに、千葉の感染症専門病棟に入院した。この特別待遇は、A教授が安倍首相の肝いりの特区制度とかかわるからではないかと囁かれています」(前出・全国紙政治部記者)


 国民の不満が募る優遇疑惑について、医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さんは「医師の世界はコネがモノを言う」と指摘する。

「医師の世界は人間関係が非常にモノを言うことは確かです。ただし医師だからと保健所を通さずに知り合いの病院で検査してもらうことは、違法ではないものの、一般の患者からすると納得できないでしょう」(上さん)

 世界的な大混乱のなかで迎えた4月。子供たちの新学期はどうなるのか。

 政府は春休み明けから学校を再開する方針だったが、3月28日の記者会見で安倍首相は、専門家会議の意見を聞いて決定すると微修正した。

「感染者激増が予想される首都圏では、保護者の反発も強くなかなか学校再開は難しいのではないか。しかもロックダウンされたら再開どころではなく、オンライン授業が模索されるかもしれません」(前出・全国紙政治部記者)

 迫りくる「医療崩壊」を防がなければ、最悪の結末を迎えてしまうかもしれない。

※女性セブン2020年4月16日号

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cat_oa-newspostseven_issue_1421b975fc35 oa-newspostseven_0_1c873b24ea73_スタミナ深夜食堂 限定20食のあじフライと革新的もんじゃ 1c873b24ea73 1c873b24ea73 スタミナ深夜食堂 限定20食のあじフライと革新的もんじゃ oa-newspostseven

スタミナ深夜食堂 限定20食のあじフライと革新的もんじゃ

2020年4月2日 16:05 NEWSポストセブン

『ビッグコミックオリジナル』で連載中の『深夜食堂』では、毎回、料理にまつわる話が描かれる。作者・安倍夜郎氏がガイドする滋養強壮メシから、1日限定20食のあじフライと、栄養豊富な革新的もんじゃと鉄板焼きを紹介しよう。

■アジフライ定食(1300円)

・酒肴 新屋敷 東京都新宿区高田馬場2-2-15

営業日時…火~土:11時半~売り切り(限定20食・不漁の場合休業)/月~土:18時~22時(L.O.21時頃・要予約)

定休日…日

 あじの語源には諸説あるが、今日では「味がいい」からという駄洒落のような説が有力で、巷間流布されている。確かにあじは刺身でもいけるし、煮ても焼いても揚げても旨く、縄文の昔から日本人に愛されてきた魚だ。

 味もさることながら、あじには良質なタンパク質や疲労回復を助ける各種ビタミン類、血液をサラサラにして持久力向上にも効果があるEPA、脳の働きを活性化するDHAが豊富なうえに、青魚の中でもコレステロール値を下げるタウリンも多く含まれている。

 そんなあじをさばき、生パン粉をつけてふっくらジューシーに揚げた絶品あじフライを食べさせてくれるのが「酒肴 新屋敷」。

 使用するあじは長崎県の松浦漁港をメインに、20~25センチの刺身用天然真あじを厳選して仕入れているというこだわりようで、あじフライの認識が一変する格別の味わいだ。味はもちろん、栄養パワーも絶大で生活習慣病の予防にも効果的。天然海塩、梅醤油、オリジナルソースと好みの調味料で食べられる。

「鮮度にこだわるので、不漁時には提供できなかったり数が減ることがあります」と店主の池田隼人氏。その日の提供数はHPで公開している。

■帆立とほうれん草のバター焼き(800円。写真奥)、辛味ホルモンスタミナもんじゃ(1300円)


・下町もんじゃ焼 らくらく 東京都目黒区鷹番2-19-23 サンビームプラザ3F

営業時間…17時~翌3時(L.O.翌1時半)

定休日…第2・4木曜日

 小麦粉と調味料を水に溶き、具材と一緒に鉄板で焼くもんじゃ焼きは、地域や店によって使用する材料にさまざまなバリエーションがある。

 駄菓子屋が多かった1960年代ごろまでは低価格で子供たちに広く親しまれていたこともあり、栄養価が高い滋養食という印象は薄いが、1980年代以降は具材のバリエーションが増えて、今では疲労回復や美容にも効果が期待できる一品を提供する店も増えている。

 東急東横線の学芸大学駅至近にある「下町もんじゃ焼 らくらく」もそんな一軒で、自家製明太子が一腹入った「もち明太チーズ」や、牛すじや玉ねぎが入ったカレー風味の「スジカレーもんじゃ」など豊富なメニューを提供している。

 中でも数種類のスパイスをブレンドしたピリ旨辛の生地を使用し、牛もつやニラ、そばなどが入った食べ応えのある「スタミナもんじゃ」は滋味深い味わいだ。

 帆立とほうれん草をバターで炒めた「帆立ほうれん」や牛もつやニラが入った「スタミナもんじゃ」は疲労回復、美肌、貧血予防などに効果的

 もんじゃ初心者には店主の柳楽詠人氏をはじめ、店員が焼き方を教えてくれる。オーナーは詠人氏の父親で、酒肴に関する著作も多いフォークシンガーのなぎら健壱氏。

※週刊ポスト2020年4月10日号

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cat_oa-newspostseven_issue_1421b975fc35 oa-newspostseven_0_8af8e0aa1031_追悼・志村けん 「最初はグー」を発案した稀有な音楽センス 8af8e0aa1031 8af8e0aa1031 追悼・志村けん 「最初はグー」を発案した稀有な音楽センス oa-newspostseven

追悼・志村けん 「最初はグー」を発案した稀有な音楽センス

2020年4月2日 16:05 NEWSポストセブン

 猛威を振るう新型コロナウイルスの災禍に見舞われて、コメディアンの志村けんさんが3月29日に急逝した。多くの人々に愛されて、テレビ界に巨大な足跡を刻んだ彼の功績は、わたしたちの身近なところにも残されている。

 そのひとつが、ジャンケンの際にいまや当たり前のように使われている「最初はグー!」のかけ声だ。「日本じゃんけん協会」(2011年設立)のホームページによると、「最初はグー」は次のような経緯で誕生したらしい。

 1970~1980年代に一世を風靡した生放送中心の公開バラエティ番組『8時だョ!全員集合』の放送終了後、いつも大勢で飲み会が行われていた。そのとき、会計をする人物を決めるためにジャンケンをしようとしたものの、どうにもタイミングが合わない。そこで、志村さんが「最初はグーで合わせましょう!」と呼びかけたのだという(ただし、東京・神楽坂のお座敷遊びが元ネタだという説もある)。

 いきなり「ジャンケンポン!」とやると、なかなかタイミングを合わせにくい。とりわけ多人数でジャンケンをするとなると困難なものである。しかし「最初はグー」のワンフレーズが入るだけで、ジャンケンは格段にやりやすくなる。

 というのも、「さい、しょは、ぐー、(休止)」という4拍子のかけ声が助走の役割を果たすことによって、参加者全員で同じリズムを共有し、続けて「じゃん、けん、ぽん、(休止)」とリズミカルに呼吸を合わせることができるようになるからだ。ジャンケンの世界に革命をもたらしたと言ってもいいだろう。

『8時だョ!全員集合』の番組内でも仲本工事とのコント「ジャンケン決闘」で「最初はグー」は披露され、またたく間にこのリズミカルなフレーズは全国に普及していった。先の日本じゃんけん協会は「今の素晴らしきじゃんけん文化は志村けんさんの発明があってこそ」と惜しみない賛辞を捧げている。

 そんな志村さんは大の音楽好き、それもブラック・ミュージックに精通していたことでもファンの間では知られている。中学時代よりビートルズに傾倒し、高校進学後の1966年には日本武道館で開催された唯一のビートルズ来日公演にも足を運んだ。すれ違うように前日の同公演では、のちの人生を決定づけることになるザ・ドリフターズが前座として出演していた。

◆コメディアン志村けんの音楽愛

 ドゥーワップ、R&Bの代表的なコーラス・グループとして知られるアメリカのThe Driftersに名前をあやかり、1956年ごろより「サンズ・オブ・ドリフターズ」として活動を始めたドリフターズは、もともとは坂本九らが在籍したこともあるロカビリー主体の音楽バンドだった。しかしメンバーの変遷を経ていかりや長介がリーダーに就任した1965年ごろになると、コミカル路線がメインになっていた。

 かねてよりドリフターズへの憧れを抱いていた志村は、1968年にいかりやの自宅へと赴き、直々に弟子入りを志願する。ほどなくその熱意を買われてローディーとして雇われると、それから約5年後にはメンバーの荒井注が「体力の限界」を理由に脱退し、入れ替わるようにして1974年に正式にドリフターズへと加入することになる。


 ドリフターズはそれまで、軍歌や歌謡曲、民謡などをコミカルにアレンジした楽曲を中心に演奏していた。しかし1976年にリリースされたシングル・レコード「ドリフのバイのバイのバイ」では、「ウワーオ!」「ドゥ・ザ・ハッスル!」「ゲロッパ!」といった叫び声が入るなど、明らかに以前とは毛色が違っていた。ブラック・ミュージックをこよなく愛する志村の音楽趣味が反映されていたのである。

 当初は新メンバーということで思い通りに笑いが取れずスランプに陥ることもあったようだが、『8時だョ!全員集合』で歌った「東村山音頭」をきっかけに一躍脚光を浴びることになる。自身の出身地でもある東村山市で制作された音頭に、強烈なシャウトを織り交ぜるなど大胆なリメイクを施した楽曲が大ウケしたのだ。

 さらに志村によってドリフターズの音楽性はソウル/R&B/ファンク色を強めていく。『8時だョ!全員集合』内のコント「ヒゲダンス」で用いたBGM「『ヒゲ』のテーマ」ではテディ・ペンダーグラスの楽曲「Do Me」のファンキーなベースラインを借用。また「ドリフの早口ことば」ではウィルソン・ピケットの楽曲「Don't Knock My Love」を引用して日本語ラップの先駆けのような音楽を完成させている。

◆音楽ファンをも唸らせるBGMの選曲

 音楽に対する愛はドリフターズでの活動だけにはとどまらなかった。1979年から1980年代にかけてシンコー・ミュージックから刊行されていた音楽雑誌『jam』では、ライターとしてアルバム・レビューを担当していたこともあるのだ。1980年に同雑誌でのインタビューに答えて志村は、「音楽が身についてないと、現在の仕事はダメみたいですね。特にテンポの面でね」と述べ、次のように続けていたことがある。

「リズムを知ってないと、間とかいうことがわからないみたいですね。ただ早いだけでもダメなんですけど、遅い時は遅い時なりに、間とかテンポがありますからね。それに間をはずすってあるでしょ。あれもリズムを知ってないとね。お客さんが意表を突かれて笑うんですから」(『jam』1980年9月号)

 志村にとって音楽は単なる趣味ではなく、むしろ彼の芸に欠かすことのできないリズムの妙味をもたらすものとしてあった。お笑い評論家のラリー遠田氏も、自身のTwitterで喜納昌吉&チャンプルーズの「ハイサイおじさん」をもとにしたネタ「変なおじさん」のリズミカルな語感を引き合いに出しながら「鋭い音楽的センスに裏打ちされていた」と述べている。

 笑いと音楽の関係についてさらにラリー遠田氏に訊ねると、やはり「志村さんのコントには歌や音楽が効果的に使われています」という。

「志村さんは著書の中で『音楽をプラスすると笑いが強くなる』という持論を語っていました。笑いを増幅するために音楽を効果的に使うことを考えていたのです。コントのときに流すBGMにも人一倍こだわり、自分で選曲をしていました。テレビでコントの収録をするときには通常、編集時にあとからBGMを入れるものですが、志村さんはコントを演じている現場で音楽を流して収録していました。その方が演じる側の気分が高まり、コントの出来が良くなるからです」(ラリー遠田氏)

 先に述べた「ジャンケン決闘」や「ヒゲダンス」のほかにも、BGMに合わせて食事したり踊ったりするネタをはじめとして、志村のコントには音楽を効果的に使用することで視聴者の意表を突き、笑いを生み出すものが多数ある。ときには音楽ファンを唸らせるような選曲がなされることもありつつ、どれもリズミカルな感覚をもとにした絶妙なタイミングによって成立するパフォーマンスとなっている。そのためにも現場でリアルタイムにBGMを流す必要があったのだ。

 志村けんは音楽的な要素をふんだんに散りばめることによって多くのファンに笑いをもたらした。あるいは笑いを通して数え切れない人々にファンキーな音楽と新鮮なリズムを届けてくれた。もしも彼にこうした音楽的センスがなかったとしたら、少なくとも、いまだにジャンケンがちょっとばかりやりにくい世の中のままだったことは間違いない。

 わたしたちはこれからも、ジャンケンをする際に「最初はグー!」と言い続けることだろう。そしてそのたびに、稀有なコメディアンの姿をふと思い出す。(一部敬称略)

●取材・文/細田成嗣(HEW)

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仏教は「清らか」だけではない 仏典に残る生々しい記述

2020年4月2日 16:05 NEWSポストセブン

 コンビニより多い寺院数に、御朱印集めブーム……。現代の日本で仏教はかくも親しみやすく、身近な「宗教」となっている。しかし、作家で仏教研究家の平野純氏によると、仏典に書かれた開祖ブッダの教えは「コワさ」に溢れているという。日本人が知らない、仏教の真の姿とは──。

 * * *

 仏教はいうまでもなく宗教です。では、仏教という宗教、その教えは皆さんの間でどんなイメージがもたれているでしょうか?

 大昔のインドでブッダ(釈迦)がたちあげた宗教。悟りをめざす清らかな教え──。こんなところでしょうか?

 そのような仏教に関する見方それ自体はまちがっておりません。ただ、仏教の聖典をひもとくと、つぎのような文章にでくわしてぎょっとすることがあります。

〈人間のみならず、動物と性交をおこなった修行者は教団から追放される〉

 これは『律蔵』という仏典の冒頭に登場する条文です。「律」という、仏教の教団で暮らす修行者の生活規則をのせるもので、ブッダ自身が決めた規則をもとに、かれの死後数百年ほどの間にまとめられました。

 ブッダの死のあと、教団はその考えの解釈をめぐっていくつかの部派に分裂しました。「律」は各部派がそれぞれの立場から発展させたことから細かな違いが生まれましたが、基本的な部分は共通です。

『律蔵』は5世紀以降、中国でも訳されました。このうち最もポピュラーになったのが『四分律』という、有力な部派が作成した全60巻からなる「律」で、奈良時代に鑑真(688~763)が来日して本格的に紹介したのをきっかけに、日本の僧侶も運用の実際について知ることになりました。

「律」は日本では一般に「戒律」という言葉に直されて使われています。「律」は規則を破った修行者に対する罰則を記す、非常にナマナマしい内容をもつものです。

『律蔵』の条文にはこれらの本文に加えて、条文がさだめられるに至ったいきさつの話、つまり「因縁話」がつけられるのが普通ですが、そこには獣姦の禁止対象として猿などの動物、屍姦の禁止対象としては女性の死体のほかに死んだ馬までがあげられ、ほとんどの場合、それらと交わった修行者の名前をまじえて、これでもかと語られるのがきまりになっています。

 仏典とは仏教に由来する情報を伝えるために編まれた書物です。ただ、『律蔵』は教団に出家した修行者、すなわち僧侶の生活規則を定めたもので、あくまで教団内部の関係者を想定して書かれています。

 わたしたち一般の人間が接する仏典は、お葬式などの儀式(法要)で読まれる経典です。「色即是空」の文句で知られる『般若心経』などが代表格ですが、仏教の教えがもつ「清らかな」イメージはここからくるものです。

『律蔵』の中味はふだんはわたしたちの目にとまらず、当然、なじみのないものになります。しかし、この「エログロ」エピソード満載の生活規則集、『律蔵』こそが仏教の真実、ありのままの姿を伝える第一級の資料なのです。

●平野純・著『怖い仏教』(小学館新書)を一部抜粋のうえ再構成

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志村けんさん 自分が新型コロナに感染したと知らずに逝った

2020年4月2日 16:05 NEWSポストセブン

 新型コロナウイルスの恐ろしさは、感染者の80%の症状は軽症で、歩けて動けて仕事にも行ける。しかし、残り20%は確実に入院が必要で、全体の5%は集中治療室に入らないと助けられない。しかも、重症化のスピードが異様に速く、たった数時間で、それまで話ができていた患者が、どんどん酸素が足りなくなり、「人工呼吸器」が必要だと思ったら、すでに「人工心肺装置」をつけないと助からない状況に陥っている。それが目の前で一気に起こるので、ものすごく怖い──。

 そう語ったのは、感染者の治療に最前線で当たっている国際感染症センターの大曲貴夫センター長だ(3月25日の都庁会見)。治療現場の緊迫感と、ウイルスの恐怖が端的に伝わってくる。

 どんな感染者が、その「異様なスピードで重症化する5%」に当たるのか。ビートたけし(73才)はこのウイルス特有の脅威を「ロシアンルーレットのようだ」と表現した。そして、誰もが知る有名人の急逝により、その“死のルーレット”の恐怖は、日本中の誰にも他人事ではなくなった。

「風邪のような症状で自宅のベッドで寝込んでいた志村さんは、かかりつけの医師を自宅に呼ぶと、肺炎と診断され、病院に搬送されてそのまま入院しました。その翌日、人工呼吸器をつけるときに意識を失うと、もう二度と目覚めることはありませんでした。

 実は、志村さんは自分が新型コロナに侵されているという事実を知ることなく、本当にあっという間に逝ってしまったんです」(芸能関係者)

 3月29日午後11時10分、タレントの志村けんさんが、新型コロナウイルス感染による肺炎のため亡くなった。70才だった。前出の芸能関係者が続ける。

「3月17日に倦怠感を訴えて自宅静養に入りました。2日後に発熱や呼吸困難の症状が現れると、20日に自宅で訪問診断を受け、重度の肺炎で東京・港区の病院に緊急入院。その際に新型コロナの検査を受け、3日後の23日に陽性と判明しましたが、そのときにはすでに志村さんの意識は混濁していたそうです。

 ほんの軽い風邪のような症状が出てから、意識を失うまでは、たったの3日間でした。近しい関係者も、突然の事態にもう何がなんだか…」

 24日に病院を転院した志村さんは、人工心肺装置である体外式膜型人工肺「ECMO」を使用した治療を受けたという。血液内科医の中村幸嗣さんが解説する。

「肺炎が重症化して、自力で肺に酸素を取り入れられなくなると、人工呼吸器を用いて機械の力で肺に酸素を送ります。それでも症状が改善しないときには、ECMOを使って血液に酸素を直接注入します。ただし、ウイルス感染の影響で全身状態の悪化が止まらないと、ECMOを使っても助かる見込みは低くなります」

※女性セブン2020年4月16日号

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なぜ韓国メディアは元徴用工男性の証言を“歪曲”と報じたか

2020年4月2日 16:05 NEWSポストセブン

 日韓歴史問題の停滞は、韓国から信頼性のある証言が出てこないことにも原因がある。ジャーナリストの赤石晋一郎氏は、身をもってその難しさを知ることになった。自身のリポートが韓国メディアから“歪曲”だと報じられた赤石氏が、その真相をリポートする。

 * * *

 いまだ解決の道筋が見えない徴用工裁判問題。私がこの問題の取材を重ねるなかで、歴史問題の“暗部”を体感することになる事件があった。契機は『週刊ポスト』で、次のような記事を発表したことだった。

「韓国・文在寅政権が隠す肉声入手! 91歳の元徴用工は語る『日本からの金はいらない』」(2019年12月9日発売号)

 記事は私が元徴用工4人をインタビューしたものだった。編集部が付けたタイトルは刺激的ではあったが、証言の範疇内だったので了とした。タイトルにもなった「金はいらない」という発言をしたのが、崔漢永氏という元徴用工の方だった。彼の証言を紹介した箇所を引用する。

〈崔漢永氏が日本に渡ったのは15歳の時だったという。

「私は自分の意志で日本に行きました。当時、父親が傷害事件を起こして逮捕され、罰として日本での強制労働を命じられた。しかし父を失うと9人の大家族なので困る。そこで私が代理として『日本に行く』と手を上げました。年齢も18歳と偽りました。日本での働き先は、福岡県飯塚市にある三菱炭鉱でした。炭鉱には私以外にも何百人もの動員された朝鮮人がいました」(崔氏)

 徴用工として日本で働いた崔氏。しかし、日本人からの差別を感じることはなかったと振り返る。

「私は坑道を作る仕事を主にしていました。現場では日本人と朝鮮人が一緒に働いていた。休みは月に1日か2日でしたが、日本人も朝鮮人も同じ労働条件で、同じ賃金をもらっていました。朝鮮人だからと差別や暴行を受けるということもなかった。特に私は15歳と若かったこともあり、上司のサキヤマさん(日本人)に大変可愛がられた。『私の娘と結婚しないか?』と言われたこともありました」(同前)

 崔氏は日本人に悪感情はないという。私が「徴用工に慰謝料は必要だと思うか?」と問うと、崔氏はこう語った。

「(元徴用工が)裁判を起こしても何も得られるものはないよ。この高齢でお金を手にしてもしょうがないだろう。私はお金もいらないし、補償をして欲しいとも思わない」

 そのハッキリとした物言いは、慰謝料ありきで徴用工問題を語る文在寅政権に、静かに異を唱えているようにも思えた。〉

 紙幅の制約があるなかで何を伝えるべきかと考えたときに、「徴用工は奴隷労働だった」という韓国サイドの主張に対して、証言をベースに検証することを主眼にしようと考えた。記事は「差別や奴隷労働はなかった」等の証言を紹介し、徴用工には多様な現実が存在したことを提示した。



 ところがこの記事をめぐって、私は韓国メディアから思わぬ攻撃を受けた。昨年12月16日、「ニュースデスク」(韓国・MBC)という報道番組で、〈[独自] 「日本人虐待をしなかった」証言? 案の定“歪曲”〉といったタイトルで私の記事が取り上げられたのだ。

 MBCは日本で言うところの大手キー局のようなテレビ局だ。「ニュースデスク」は夜7時30分からのニュース番組であり、日本でいえば報道ステーションのような硬派な番組だという。報道内容は次のようなものだった。

〈日本のある雑誌が、韓国人強制徴用被害者らの肉声を入手したと特集記事を掲載しましたが、その内容が異常です。「日本人が韓国人よりもっとよかった」。また、「被害補償を全く望んでいない」。90歳を超えた徴用被害者らがこのように言ったということですが、全く信じられないので、私達がこの方々に直接会ってみたら、そんなことを言ったことはないと、荒唐無稽な歪曲報道に憤怒しました。(中略)

 取材チームが崔漢永さんに会ったところ、先月末に開かれた強制徴用関連の懇談会に日本記者が突然現れてインタビューを要求したと明らかにしました。特に記事では「被害補償を望まない」と話したことについて説明してくれと尋ねると、「捕まって、3年も炭鉱で苦労していたのに、補償を受けないということを話すわけがない」と言いながら激怒しました。

「被害補償を貰わないとどうして言えるのか。受けなければならない。謝罪や謝りも必要だし、被害補償も受けるべきだ」

 当時、インタビューを横で見守ったという、もう一人の被害者の息子であり、徴用被害者団体の代表は、「ここまで事実をねじ曲げて書くとは思わなかった」と嘆きました。

「(日本が)メディアを利用して報道するのは、『補償も謝りも必要ない』と歪曲して報道してこそ(被害者の声を)弱めることが出来るからだろう」(チャン・ドクファン/強制徴用被害者連合会代表)

 日本の言論(メディア)側は、MBCの取材に「電子メールを送れ」と答えるだけで、最後まで何の立場も示さなかった〉


 前述したように私の記事はインタビューを再現したもので、歪曲などはしていない。インタビューの録音やテレビ映像等の記録も残されている。改めて録音を聞き直すと、以下のようなやり取りがある(通訳は同席したプロによる)。

〈──徴用工裁判の話なんですけど、徴用工で働いた人はものすごいたくさんいますけど、どういう補償の仕方が一番望ましいと思いますか。

「まあ、補償して貰うことってないんじゃない……」〉

〈──日本政府は、この徴用工の補償の問題は1965年に終わったという認識なんですけど、日本政府に対して何か言いたいことっていうのはありますか。

「日本政府にもないよ、貰うものは自分は貰ったんだから」〉

〈──他の徴用工の人が日本企業を訴える気持ちっていうのは理解出来る部分があるんですか。それとも、理解出来ないですか。

「まあ、裁判を起こして特に得をすることはないと思うんだけど。もう年寄りだから、何も要らないんだよ、お金も」〉

 歪曲という指摘はまったく心当たりのないものだった。それ以上に崔漢永さんが証言を翻したことも気になった。MBCで「ここまで事実をねじ曲げて書くとは思わなかった」と語ったチャン・ドクファンなる人物を私は取材したこともないし、もちろん崔さんの取材にも同席はしていなかった。私から言わせれば、“歪曲”報道をしているのはMBCの方だった。

 MBCからの取材は、放送日の昼に質問メールを週刊ポスト編集部に送ってきただけだった。そして彼らは週刊ポストや私からの回答を待つことなく、ニュースを流した。初めから“決めつけ”で報道する意図だったことは明らかだった。もしMBCが真相をより深く取材したいと考えるなら、私は彼らの取材に応じてもいいと考えていた。

 韓国メディアが元徴用工の言葉を正確に報じたとしたら、それは画期的なことになる。日韓メディアで共同取材を行い、歴史問題について正しい報道を行うことが出来れば、それは日韓関係が改善する大きな契機となり得るからだ。


 一方で「歪曲報道とされたのだから、MBCに厳重に抗議をしたほうがいいのではないか」とアドバイスをくれる人もいた。だが週刊ポスト編集部とも話し合い、事態を静観するという方針を決めた。

 なぜならば、崔漢永さんは今も韓国社会の中で生活を続けている。彼にはMBCの取材で“違う言葉”を言わざるを得なかった理由があったのだと思う。もし私や週刊ポストが厳重に抗議をすれば、韓国でその問題が沸騰し、彼の立場がますます無くなってしまうことが懸念された。場合によっては、身の安全すら危うくなるかもしれない。そうした事態を招くことは避けたかった。

 ただ、MBCで報道された以上、どこかのタイミングで私のほうからも説明責任を果たす必要があるとも思っていた。そこで拙稿で記事は事実に基づいたものであり、「歪曲」や「捏造」はなかったと表明させてもらうことにした。詳しい取材の経緯や、崔漢永さんのインタビュー全文は、拙著『韓国人、韓国を叱る 日韓歴史問題新証言者たち』(小学館新書)で詳述している。

 なぜ日韓歴史問題でウソや歪曲がまかり通るのか。MBC報道はその構造を端的に示していたように思う。

 事実関係の検証よりも、彼らが望む形の“物語”が報道においても優先される。時には“物語”を歪曲してでも、それは行われる。つまり“反日”というイデオロギーが、今もなお韓国メディアの間では蔓延しているということなのだろう。

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東日本大震災から9年 鎌田實医師が伝える福島の復興現状

2020年4月2日 16:05 NEWSポストセブン

 2011年3月11日に起きた東日本大震災は、いまだ復興の途上にある。福島への医療支援を続ける諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、今も続く震災について綴る。

 * * *

 東日本大震災から9年が経った。途切れていたJR常磐線の富岡-浪江区間が開通し、震災以来はじめて全線がつながった。日本テレビの311特別番組の取材で、2月末の訓練運転の列車に乗り、車窓から沿線の復興ぶりを見ることにした。

 富岡町は一部に帰還困難区域を抱えているが、2017年4月に避難指示が解除され、居住が許される地域ができた。5年前はゴーストタウンだったが、今は人の気配が感じられた。

 福島第一原発が立地する双葉町は、駅前を含む一部区域が3月4日に解除。駅前には、2022年春の避難解除を目指す特定復興再生拠点区域として、双葉町の相談所を開設させるなど復興に向けての準備が始まっていた。しかし、町の96%は今も帰還困難区域である。

◆今も教室に散乱するランドセル

 福島第一原発から北西約3キロの地点にある双葉南小学校にも、許可を得て入った。空間線量計は0.18マイクロシーベルト/h。除染が終わっており、ほかの双葉町の地域に比べれば数値は低い。

 教室の中に入り、呆然とした。あちらこちらにランドセルや体操着などが散乱している。大地震直後の混乱ぶりが生々しく伝わってきた。

 9年前の3月11日14時46分。大きな揺れが襲う。子どもたちは日ごろから避難訓練をしていたが、このときは身を隠す机がなかった。終業式を間近に控え、教室の床にワックスがけをするため、机は廊下に運び出されていたのだ。

 子どもたちは教室の真ん中に集まって、手を握り合い、肩を組み合いながら、地震の揺れに耐えた。泣き出す子もいたという。

 その後、校長の指示で校庭に出た。余震が続いていたため、教室に戻ることは危険と判断し、上履きのまま帰宅することになった。ランドセルは明日持ちに来ればいい、とだれもが思っていた。

 しかし、翌日早朝から福島第一原発が危機的状況に陥る。避難指示も3キロゾーン、10キロゾーンと広がり、町に入ることさえできなくなった。

 すべてはここから始まったのだ。いまにも子どもたちの声が聞こえてきそうな教室を見ていたら、涙があふれてきた。ランドセルの持ち主たちは、どんな経験をし、今どうしているのだろうか。

◆「やっぱりふるさとがいい」

 富岡町にある夜ノ森駅の真ん前に美容室がある。「まぼろしの美容室」と呼ばれていた。月に3日ほど、夜、明かりがボーッと灯る。だれがやっているのかわからない。キツネかタヌキか。まるで宮沢賢治の童話の世界のようだ。

 そのうち避難している元住民の間で噂が広がって、遠くから客が訪れるようになった。客を迎えた美容室では、お茶やコーヒーが出て、ちょっとしたサロンのようになったという。

 富岡町に戻ってきた大和田春男さん(81)の家では、4軒ほどの人たちが集まって、お昼ごはんを食べていた。ふだんから食事会やお茶会をしているという。

「帰って来て大正解。やっぱりふるさとがいい。よその町で過ごしていたときは何か肩身が狭かった」

 避難生活は苦労しただけに、喜びもひとしおである。だが、その喜びは複雑だ。近隣では、戻ってきた人は1割にも満たない。家屋の解体を済ませたところも多い。大和田さんたちは何度も「寂しい」と繰り返した。

 だからこそ、戻ってきた住人同士は連絡を取り合い、助け合ったりしている。あの日、教室で子どもたちが手を取り合って励まし合ったように。震災は今も続いているのだ。

◆福島県を健康長寿日本一へ

 福島の人たちは、人を招いて食事をしたり、お茶を飲んだりすることが好きだ。ぼくも震災以降、福島に通い続けるなかで、たくさんの人と知り合い、家によく招かれた。なかには親戚のようなつきあいになった人もいる。

 今もぼくが福島に来ていることが知れると、携帯電話が鳴り「今日は鎌田先生の大好きなホッキごはんを作っておくから、食べにきて」などと誘われる。「うちに泊まっていきなさい」と言われ、本当に何回か泊まらせてもらった。

 ぼく自身、こうした福島の人たちに支えられて、支援を続けてこられたような気がする。支援の内容も9年間で変化した。

 初めは避難所で暮らす人たちの健康を支えることだった。見えない放射線への不安をどう解消するかという問題にも直面した。福島の子どもたちに、放射線を気にせず外で思う存分遊んでもらおうと、長野県に招いてきた。

 医療や介護を届ける人と人とのネットワークや住民同士のつながりが大事だと思い、その再生も応援してきた。南相馬市の絆診療所をときどき訪ね、健康づくりの手伝いもしている。

 そして、10年目のこれから、ぼくは福島県を健康長寿日本一にするための応援をしようと思っている。4月から地元紙の福島民友で「人生100年時代の新健康法」と題した連載も開始する。

 健康づくりには、生活習慣の改善が大事だ。そのなかでも「野菜をたくさん食べる」は大きなポイントである。福島のおいしい野菜を食べて、福島の人が健康長寿になれば、福島の野菜のイメージも変わっていくにちがいない。

 福島第一原発の廃炉や汚染水のコントロールなど課題は山積だ。だが、同時に、福島の人たちが原発事故を乗り越えて健康に生きていくことも大切な課題である。「健康」という人間を中心にした切り口で、地域を再生していくこと。それこそ本当の意味での復興だとぼくは信じている。

●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に、『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数。

※週刊ポスト2020年4月10日号

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大量離脱のオスカープロ、次は藤田ニコルと森泉の争奪戦も

2020年4月2日 16:05 NEWSポストセブン

「米倉涼子さん(44才)の独立は単なる序章だといわれています。米倉さんと並ぶ看板女優の上戸彩さん(34才)、武井咲さん(26才)の独立、移籍も報じられ始めましたし、実はそれだけではありません。逆に誰が残るのかということがいわれる危機的状況です」(テレビ局関係者)

 米倉は4月に入って新たな活動をスタートさせている。国民的美少女コンテストで知られるオスカープロモーションだが、米倉だけでなく、近年はバイリンガル女優の忽那汐里(27才)、人気モデルのヨンア(34才)、テレビ出演も多いタレントの岡田結実(19才)、草刈民代(54才)らが次々と“卒業”している。

「原因は事務所のお家騒動。3月下旬に創立者で多くの女優の育ての親でもあった古賀誠一さんが社長を退きましたが、ここ数年は義理の息子が力を振るうようになって社員たちが相次いで退社。米倉さんの独立でさらに多くのスタッフが事務所を離れるそうです。ほかの大手事務所からスタッフの引き抜き合戦も起こっています」(芸能関係者)

 スタッフだけではない。所属タレントの争奪戦も激化の一途をたどっているという。

「上戸さんと武井さんを欲しいと手を挙げたい事務所は数多あるでしょうが、米倉さんがいなくなったオスカーの稼ぎ頭ですし、そう簡単に声もかけられません。移籍や独立も難しいでしょう。そんななか、いちばん激しい争奪戦が起きているというのは藤田ニコルさん(22才)です」(前出・芸能関係者)


 にこるんの愛称で知られる藤田は11才からティーンズ誌のカリスマモデルとして活躍、バラエティー番組の歯に衣着せぬ発言も好評で、SNSやYouTubeでも人気。

「バラエティータレントとしてはいちばん使いたいタレント。ただ、『週刊新潮』でも報じられましたが、ニコルさんには彼女をずっと支えてきたステージ母がいます。ギャラの配分を巡って事務所と話し合いになったこともあるとか。そんな噂がありながらも、母親ごと面倒を見ると名乗りを上げている事務所もあるといいますから、さすがの人気です」(前出・芸能関係者)

 もう1人、話題に上がるのは同じくバラエティー番組で活躍する森泉(37才)だ。

「森さんも昨年末から移籍の相談をしていたようです。それを知った複数の事務所が内々に交渉しているとか。女優よりバラエティーで活躍できるタレントさんの方が各社名乗りを上げやすいようです」(前出・テレビ局関係者)

 藤田や森の移籍についてオスカーは、「そういった話は聞いていません」と答えるが…お家騒動の余波はどこまで広がるのか。

※女性セブン2020年4月16日号

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cat_oa-newspostseven_issue_1421b975fc35 oa-newspostseven_0_234df0808bd9_皇室もコロナの影響 天皇陛下ジョギング自粛、園遊会中止か 234df0808bd9 234df0808bd9 皇室もコロナの影響 天皇陛下ジョギング自粛、園遊会中止か oa-newspostseven

皇室もコロナの影響 天皇陛下ジョギング自粛、園遊会中止か

2020年4月2日 11:05 NEWSポストセブン

「天皇陛下はほぼ毎週末、ジョギングされるそうです。かなり走り込まれていて、屈強な護衛官でさえついていくのがやっとのスピードだといいます。しかし、東京都が不要不急の外出を控えるように要請した3月末の週末、陛下はジョギングを自粛されたそうです」(宮内庁関係者)

 都内有数の桜の名所である皇居東御苑(東京・千代田区)が、3月28日から当面の間、臨時休園になった。1990年に大嘗祭の準備のため長期休園して以来、実に30年ぶりのことだ。

 新型コロナウイルスの感染拡大は皇室にも暗い影を落としている。

「毎年恒例だった皇居乾通りの春の一般公開は見送られ、皇居の一般参観も当日受付を休止。皇居内にある博物館『三の丸尚蔵館』は休館しています。

 さらに、5月下旬に予定されていた『春の園遊会』も中止になるとみられています。いまは招待者名簿の準備を進める時期ですが、とても招待状を送れる状態ではないでしょう」(前出・宮内庁関係者)

 最も影響が大きいのは、秋篠宮家に控えている重要儀式だろう。

 4月19日には、秋篠宮さまが皇位継承順位第1位の「皇嗣」となられたことを内外に知らせる「立皇嗣の礼」が予定される。しかし、祝宴にあたる「宮中饗宴の儀」は中止され、中心儀式の「立皇嗣宣明の儀」は参列者が350人から50人ほどに絞られた。また、儀式が行われる皇居から、お住まいである赤坂御用地までの車列も簡素化されることが決まった。

「規模を縮小したとしても、多数の人が密集する儀式の場は『クラスター(感染者の集団)』が発生する可能性がある。出席者は皇族や閣僚、首長など要人ばかりで、一層の警戒が必要です。政府官邸の判断次第では、『立皇嗣の礼』そのものの延期もないとは言い切れない状況です。秋篠宮さまは儀式のためか、よくたしなまれていたお酒を最近は控えていると聞きます」(皇室ジャーナリスト)

 もし「立皇嗣の礼」が行われたとしても、その後に予定される伊勢神宮(三重県)や、神武天皇陵(奈良県)、昭和天皇陵(東京都)への参拝の実施は難しいとみられている。

「皇嗣となられた秋篠宮さまをひと目見たいと市民が沿道に集まれば、それもクラスターの危険地帯。もし政府から緊急事態宣言が出れば、地方への参拝を行うことは不可能でしょう」(前出・皇室ジャーナリスト)

※女性セブン2020年4月16日号

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