cat_oa-newspostseven_issue_06630d3eb690 oa-newspostseven_0_06630d3eb690_首相の悪だくみ人脈 ゴルフ仲間は医療界寵児と規制改革委員 06630d3eb690 06630d3eb690 首相の悪だくみ人脈 ゴルフ仲間は医療界寵児と規制改革委員 oa-newspostseven

首相の悪だくみ人脈 ゴルフ仲間は医療界寵児と規制改革委員

2018年2月4日 16:00 NEWSポストセブン

 安倍晋三首相の私的人脈を表わす2枚の写真。1枚は安倍昭恵夫人が2015年12月24日にフェイスブックに投稿した加計孝太郎氏(加計学園理事長)らとの「悪だくみ」写真として知られるが、安倍氏の義弟である松崎勲氏がフェイスブックに投稿した別の写真に一緒に写る籔本雅巳氏は、日本屈指の医療法人グループ「錦秀会」の理事長だった。彼との関係から、安倍首相の知られざる大阪人脈が明らかになる。(取材・文/森功=ノンフィクション作家。文中敬称略)

 * * *

 大阪医療界の寵児と評される籔本雅巳(57)は、安倍晋三最側近の一人に数えられる元外務副大臣の中山泰秀の仲人である。

 安倍と籔本もゴルフ仲間で「晋三さん」「ヤブちゃん」と呼び合う関係だ。二人で中山の政治資金パーティの発起人になってきたことから、大阪では中山が安倍と籔本を引き合わせたのではないか、という説もある。だが、そうではないと語るのが、ある自民党大阪府連の関係者だ。

「安倍家と籔本家は、もとは安倍晋太郎先生(安倍の父で元外相)の時代にさかのぼるはずです。晋太郎先生はミナミの料亭『大和屋』を贔屓にされ、大阪にもよくいらしていた。その時代に雅巳さんのお父さんである秀雄さん(錦秀会の初代理事長)と知り合い、懇意になったようです。

 雅巳さん本人が、“晋太郎時代の安倍事務所の金庫番と親しくなり、いっしょにゴルフなどをしていた”と言っていました。そうした縁で、二代目の病院理事長の雅巳さんが、晋太郎先生の後継者である安倍総理に近づいたのだと聞いています」

 米国留学時代からの40年来の仲間である加計孝太郎や昭恵夫人の遊び仲間だった35年来の増岡聡一郎(鉄鋼ビルディング専務)ほどではないまでも、相当長く、深い付き合いなのは間違いないだろう。だからこそ、安倍本人が大阪の籔本を神奈川県茅ヶ崎のスリーハンドレッド(ゴルフ場)や山梨県河口湖畔の別荘に招いてきた。しかも、二人を取り巻く交友関係は単なるプライベートの域にとどまらない。

 たとえば2013年5月6日の山梨県「富士桜カントリー倶楽部」でのゴルフ。ゴールデンウィークに首相主催で行なわれた4組のミニコンペだが、そこには籔本だけでなく、首相補佐官や秘書官、内閣官房参与も集った。二組目が萩生田光一(現・自民党幹事長代行)、中山泰秀、籔本雅巳、大阪大学医学部大学院教授の森下竜一のパーティだ。

 ここに出てくる森下と籔本の付き合いも古く、濃い。大阪市内のある病院長に聞くと、こう話した。

「籔本先生と森下先生は阪大医学部の同級生かと思っていました。そのくらい仲がよく、いっしょに飲んだり食べたりしていますよ」

 籔本は55歳の森下の2つ上にあたり、同級生ではない。「錦秀会」幹部によれば、籔本は関西医大から阪大大学院に進み、そのときに森下と知り合ったようだ。

 森下は、2003年から大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学教授に就任。日本における遺伝子治療研究のスペシャリストだ。予防医学やアンチエイジングを謳う「日本抗加齢医学会」の副理事長も務めてきた。医療ビジネスを展開する籔本に、森下は大学の研究者として協力してきた。

 安倍との関係でいえば、森下は第二次安倍内閣が発足するや、2013年1月23日、内閣府「規制改革会議」の委員に抜擢される。さらに3月18日には、首相が本部長を務める「健康・医療戦略本部」の参与に就任した。GWのミニゴルフコンペは、その1か月半後だ。森下は医療分野における安倍政権のアドバイザーとして尽力してきた。

 森下は、日本維新の会とのつながりも深い。2013年4月17日に「大阪府・市統合本部医療戦略会議」参与、2016年6月28日には大阪府知事の松井一郎が進める「日本万博基本構想」委員となり、維新の会と連携してきた。憲法改正で歩調を合わせる維新の会を、首相の安倍や官房長官の菅義偉がバックアップしてきたのは言うまでもない。

 籔本雅巳と森下竜一──。奇しくも彼らの動きは、安倍政権の進める医療政策と足並みが揃っている。とりわけ第二次政権発足以降、安倍は先端医療や高齢者向けの医療・介護を成長産業と位置付けて力を入れてきた。そこに橋下徹や松井一郎という維新の会が打ち出した政策が複雑に絡み合い、それぞれが果実を得ようとしているかのように見える。

◆医療ツーリズム

 籔本の率いる錦秀会グループは、先代理事長の秀雄が1957年に開設した大阪市住吉区の阪和病院からスタートしている。その頃を知る人物がいる。被差別部落解放運動に取り組んでいる自由同和会浅香支部長の畑中幸司だ。

「阪和病院とは、先代理事長が木造二階建ての産婦人科医院を始めた頃からの付き合いです。当時の運動団体は部落解放同盟しかなく、私の父には正式な肩書もありませんでしたが、父も運動に携わっていました。

 その頃病院経営が傾いた時期があったが、救急病院の指定を受けてから経営が上向いた。その手伝いをしたのが父たちで、行き倒れの情報を得て、病院に運んでいました。そうして患者が増えていき、錦秀会は救急病院として大きくなっていったんです」

 阪和病院には畑中の父親たちによる活動の旧恩もあった。錦秀会グループの社会福祉法人では、今も部落解放同盟の支部幹部が評議員を務めている。

 そうして入院ベッド数40床だった錦秀会は、いまや5800床に達する日本屈指の医療法人グループに成長する。12病院、14の介護施設、3看護教育施設、3訪問看護施設というマンモス医療法人である。

 そこまで大きくしたのが、1995年に理事長に就任した二代目の雅巳だ、と錦秀会の関係者が説明してくれた。

「とくに2000年に介護保険制度がスタートし、今の理事長が療養型の病院をつくっていったのが大きかった。そこから看護や介護施設、社会福祉法人など高齢者向けの施設をつくり、グループを大きくしていきました。生活保護受給者向けの施設などもあります。それらは保険制度や助成金制度のおかげで、経営する側にとって、とりっぱぐれがありませんから」

 高齢者医療は日本の大きな課題である半面、錦秀会はその時流に乗った。それだけでなく籔本は、昨今流行りの医療ツーリズムビジネスにも乗り出す。

「大阪は、日本で治療を受けたいという中国人富裕層のニーズが高い。それで阪和第二泉北病院に『阪和インテリジェント医療センター』という施設をつくり、そこでPRTやCTの検査ツアーを受け入れています。施設をうちで提供し、阪大と提携してドクターが二重チェックをする。もし病気が見つかったら、阪大の病院を紹介して治療してもらうわけです」(同前)

◆安倍側近とスパコン

 錦秀会の健診センターそのものは第二次安倍政権の誕生前に設立されたが、当初は当てが外れて赤字続きだった。健診料金は20万円、ツアー代金は100万円ほどだそうだが、安倍政権がインバウンド政策を進めると、瞬く間に軌道に乗り黒字化したという。

「中国人が奈良や京都の観光をしながら大阪の南港にあるハイアットリージェンシーホテルに泊まって健診を受ける。日中の旅行代理店と提携し、観光バスをチャーターしてこちらにやって来ます」(同前)

 籔本と森下の関係からすると、健診センターの医療ツーリズムにおける阪大との提携もやりやすかったに違いない。実はもとを辿れば、この医療ツーリズムは、維新の会の橋下や松井の発案なのだ、と別の錦秀会の関係者が話す。

「もとは大阪万博を呼び込みたい松井さんたちが、2010年の上海万博を視察に行き、万博の売り物として見つけたのが医療分野なんです。

 上海に行くと、日本の病院で治療を受けたいという中国人の金持ちが多い。で、松井さんたちが、関西は古くから薬問屋の街で医療が盛んだから売り物になる、と乗り気になった。松井さんからある医師を介してPET検査を実施していた籔本さんに話が行き、阪大が協力するようになったのです」

 阪大の森下が「日本万博基本構想」委員になっているのは、そんな経緯があるからにほかならない。と同時に、維新の会では先端医療の国家戦略特区構想をぶち上げた。

 特区構想自体は再生医療を軸にしており、阪大には別のスペシャリストの教授がいるので、森下は直接特区構想に携わっていないという。が、折に触れ、特区構想の実現を呼びかけている。彼らのネットワークの中で何が話し合われてきたのか。

 ここへ来て、大阪における安倍人脈のキーパーソン、元外務副大臣の中山泰秀にも、新たな話題が持ちあがっている。

〈齊藤元章先生、おめでとうございます。更に上を目指して頑張って下さい。そして政府もこの研究開発を、今まで以上に更に力強く支援するべき課題だとの戦略的認識を持って欲しい〉

 中山の昨年10月27日付フェイスブックにはこうある。齊藤の経営するスパコン開発「PEZY Computing」が、処理速度日本一を達成したというNHK報道のあった直後の投稿だ。

 中山は2016年7月15日、東京・目黒の「八芳園」で催されたシンポジウム「経済と人間の成長戦略」で齊藤と仲よく登壇。熱く語り合っただけあって“スパコン日本一”祝いのメッセージを送るのは、自然の流れではある。が、ご承知のように齊藤がその直後に国の助成金詐欺容疑で東京地検特捜部に逮捕されてしまったから、顔色なしだ。

 加計学園問題以降、安倍晋三は親しい友人について、あくまでプライベートな交友であり、自らの政策や政治とはいっさい関わりがないかのように抗弁してきた。だが、その友人たちはしばしば政策の重要局面に顔を出し、ビジネスを展開している。だからこそ「悪だくみ」の構図に対する不信が拭えない。

※週刊ポスト2018年2月9日号

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cat_oa-newspostseven_issue_06630d3eb690 oa-newspostseven_0_837f5e2ceae0_巨人、中田翔「10」に続いて西川遥輝に「7」用意か 原監督の判断は 837f5e2ceae0 837f5e2ceae0 巨人、中田翔「10」に続いて西川遥輝に「7」用意か 原監督の判断は oa-newspostseven

巨人、中田翔「10」に続いて西川遥輝に「7」用意か 原監督の判断は

2021年12月6日 19:15 NEWSポストセブン

 巨人が日本ハムを自由契約となった西川遥輝(29)の調査に乗り出すという。西川は今季4度目の盗塁王を獲得したが、打率2割3分3厘と低迷。日本ハムは海外FA権を持つ西川に対し、来季の契約を提示しなかった。プロ野球担当記者が話す。

「巨人は亀井善行が引退し、昨年オフにFAで獲得した梶谷隆幸はケガでいつ復帰できるか不透明。外国人を取ったとしても、計算はできない。俊足の外野手で、実績のある西川は欲しいところでしょう。まだ29歳という年齢も魅力です」(以下同)

 西川には柴田勲、吉村禎章、二岡智宏、長野久義という歴代のスター選手が着けた「背番号7」を用意すると報じられている。

「今年のシーズン途中に中田翔が移籍して阿部慎之助の『10』を渡し、今度は西川遥輝に長野久義の『7』を授けるとなれば、心中穏やかでない巨人ファンもいるかもしれません。阿部も長野も原監督の第2次政権の中心選手であり、ファンの思い入れも強い。背番号には球団の伝統がある。もちろん移籍選手が悪いわけではないですが、球団の歴史を考えれば、将来のスター候補のために『7』を空けておくという選択肢もあると思いますが」

生え抜きスター選手が背負ってきた番号

 巨人の『7』はV9時代の核弾頭で盗塁王6度のセ・リーグ記録を持つ柴田勲が付け、レジー・スミスを挟んで、選手生命が危ぶまれるほどの大怪我から復帰した吉村禎章、天才的な右打ちで優勝決定ホームランも放った二岡智宏、首位打者や最多安打も獲得してお茶目な性格でも愛された長野久義と、生え抜きのスター選手が背負ってきた。

 西川に『7』を与えるとなれば、背番号の持つ歴史を重視してきた原辰徳監督らしくないという声も出るかもしれない。左のエースである内海哲也の『26』は2020年に高橋優貴、2021年には今村信貴と期待する同じ左腕に付けさせた。高橋は今年、工藤公康や山口鉄也という左の大投手が背負った『47』に代わった。

「原監督は第2次政権の時から背番号が選手に与える影響を考えて、頻繁にシャッフルを繰り返してきました。4位になった2006年オフには過去最多となる23人もの背番号を入れ替えた。大型投手への成長を願った西村健太朗は『23』から江川卓の『30』、亀井義行は『25』から淡口憲治や清水隆行という左打者の巧打者の『35』に変わり、いずれも飛躍しました」

 一方で、FAで移籍してきた選手には現役時代の自分の背番号を授けることを口説き文句の1つとしてきた。

「巨人の『8』は初代の水原茂に始まり、“逆シングル”の白石敏男、“塀際の魔術師”と呼ばれた高田繁、そして原辰徳、仁志敏久と生え抜きのスターがつけてきましたが、2007年からはオリックスからトレードできた谷佳知、2014年からは西武からFA移籍の片岡治大、2019年からは広島からFA移籍の丸佳浩が付けています。生え抜きでない選手であっても、チームに欠かせない戦力として評価しているというメッセージが込められているのではないでしょうか」

 全権を掌握すると言われる原辰徳監督。もし西川を獲得できた場合、背番号をどうするか。

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cat_oa-newspostseven_issue_06630d3eb690 oa-newspostseven_0_e4a22f7d9e75_日本製ジェネリック薬の「降圧剤」を飲まなくなった医師の見解 e4a22f7d9e75 e4a22f7d9e75 日本製ジェネリック薬の「降圧剤」を飲まなくなった医師の見解 oa-newspostseven

日本製ジェネリック薬の「降圧剤」を飲まなくなった医師の見解

2021年12月6日 19:15 NEWSポストセブン

「とりあえず薬を出しましょう」。不調を感じて病院を受診した際に、多くの人がそう言われた経験を持つのではないか。このような“とりあえず”の処方には注意が必要だ。国際医療福祉大学病院内科学・予防医学センター教授の一石英一郎医師が言う。

「薬には、現在の症状を改善し緩和する効能などのメリットと、新たな症状が生じる副作用のデメリットが必ず存在します。その両方を天秤にかけ、患者にとってのベネフィット(利益)が副作用のリスクに勝る時だけ、薬は飲まれるべきで、服用を始める際には慎重な検討が必要です」

 厚労省によると、75歳以上の4割以上が「5種類以上」の薬を飲んでおり(2020年)、加齢により薬の代謝などの機能が衰え、体内に留まりやすくなる高齢者ほど多くの薬を飲んでいる現実がある。

 こうした「多剤併用」は身体への負担が大きいため、「薬を減らしたい」という人は多いだろう。だが、患者自身の判断で安易にやめる薬を決めるのは、現在の症状の悪化を招きかねず危険だ。

 そこで普段、患者に薬を処方する立場にある名医に、「飲みたくない薬」「飲まない薬」を聞いた。

薬を替えて気づいた降圧剤の「苦味」

 川崎医科大学附属病院病院長の永井敦医師は持病に高血圧があり、降圧剤のカルシウム拮抗薬(アムロジピンOD)を飲んでいる。

「もともとは日本製ジェネリック薬を飲んでいましたが、2020年に相次いで発覚したジェネリック製造会社の不正問題を受けて、海外製の(先発薬と原薬や添加物、製造方法などが同じ)オーソライズドジェネリック薬に切り替えました。

 するとまったく苦味を感じず、飲みやすかった。唾液で溶かすOD錠は苦味があるとものすごくつらい。服用後に食事をしてもまだ苦味が残っていた日本製ジェネリックはもう飲みたくないですね。苦味を感じなくなるだけで薬への抵抗感が消え、QOLが改善します」

 永井医師には、ほかにも飲みたくない薬がある。

「ロキソプロフェンナトリウム水和物(非ステロイド性抗炎症薬)は解熱鎮痛薬として一時的に飲むのは問題ないですが、腎機能障害や腎不全の副作用があることから、長期で漫然と飲みたくありません。

 また、総合かぜ薬の非ピリン系感冒剤はかなり眠気が来るので、服用後は運転などができないうえ、男性の場合、前立腺肥大症があると排尿障害が出たりするので飲みません」

※週刊ポスト2021年12月17日号

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cat_oa-newspostseven_issue_06630d3eb690 oa-newspostseven_0_42535d1f686c_盛り上がる民間人向け宇宙旅行ビジネス 2029年の商用化目指す日本企業も 42535d1f686c 42535d1f686c 盛り上がる民間人向け宇宙旅行ビジネス 2029年の商用化目指す日本企業も oa-newspostseven

盛り上がる民間人向け宇宙旅行ビジネス 2029年の商用化目指す日本企業も

2021年12月6日 19:15 NEWSポストセブン

 12月8日、実業家の前澤友作氏が宇宙へ出発する。向かう先は地上400kmの軌道を周回する国際宇宙ステーション(ISS)。搭乗するのはロシアの宇宙船ソユーズで、出発地はカザフスタンのバイコヌール宇宙基地だ。

 その翌日の9日、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が設立したブルーオリジンもまた、5人の民間人が搭乗するロケットをアリゾナの射場から打ち上げる予定だ。今年7月以来、同社の有人宇宙飛行は3度目。搭乗者の1人はアメリカ人の最初の宇宙飛行士、故アラン・シェパード氏の娘で、他の4人は投資家だという。

 現在、世界では民間人向けの「宇宙旅行」ビジネスが盛り上がりをみせている。

 すでに約900人が申し込んでいるヴァージン・ギャラクティック、スペース・アドベンチャーズ、イーロン・マスク氏のスペースXといった企業が次々と存在感を示しており、高額な旅行費を出せさえすれば、「宇宙旅行」は既に身近なものになり始めているのだ。

 日本発の宇宙旅行サービスを目指すPDエアロスペースの代表・緒川修治氏は、「宇宙旅行の申し込みをした人は、既に約2万人に上ると言われています」と話す。いずれその一翼を担おうとする同社が開発しているのが、「サブオービタル」の宇宙旅行に使用する航空機型の宇宙船だ。

 人工衛星やISSの飛行は、地球を周回する「オービタル飛行」と呼ばれる。一方、地上100km程度まで上昇し、自由落下によって約5分の「無重量」を提供する形態を「サブオービタル飛行」と呼ぶ。

「我々は沖縄県の下地島空港で実証実験を行なっています。航空機型の宇宙船であれば、射場に適した土地の少ない日本でも、既存の空港を『宇宙港』として活用できます。また自然豊かで海に囲まれた『島』を出発地にすることで、地球の美しさを上空からも感じられるプランが提案できます」


 事業計画では2029年にサービスを開始し、初年度は50人、5年後に年間1000人の宇宙旅行の実現を目指す。同社の宇宙船で注目すべきは、飛行高度、すなわち大気環境に応じて「ジェットとロケットの切り替え」ができる独自エンジンを搭載していることだ。

「ジェットモードで飛び立ち、宇宙空間をロケットモードで飛行、着陸時に再びジェットモードに切り替えることで、東京とニューヨークを2時間で移動する『極超音速機』になります。再使用可能な宇宙往還機なので、宇宙空間まで“ロケット”を運び、これにより人工衛星を軌道に投入する事業にも活用できます」

 現在の宇宙旅行はまだ“旅行が好きなセレブ”のものだが、いずれ「退職金で夢だった宇宙に行ってみる」と思えるくらいのものになる、と緒川氏は続ける。

「世界で民間による宇宙飛行が現実となった本年は、数十年後に振り返った時、『宇宙旅行元年』だったと言われているはずです。我々も事業化に向け、準備を進めていきます」

取材・文/稲泉連

※週刊ポスト2021年12月17日号




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cat_oa-newspostseven_issue_06630d3eb690 oa-newspostseven_0_8d56098eb8e8_専門家の間でも意見分かれる「ワクチン3回目」 副反応は2回目程度か 8d56098eb8e8 8d56098eb8e8 専門家の間でも意見分かれる「ワクチン3回目」 副反応は2回目程度か oa-newspostseven

専門家の間でも意見分かれる「ワクチン3回目」 副反応は2回目程度か

2021年12月6日 16:15 NEWSポストセブン

 オミクロン株の登場によって各国でワクチンの追加接種が加速している。気になるのが、前回と異なる製造元のワクチンを打つ「交差接種」。副反応や免疫効果、安全性について、専門家に聞いた──。

 日本国内でのコロナワクチン接種2回目完了者は全国民の約76%となり、国内の新規感染者数も減少傾向にあるものの、オミクロン株の登場で「3回目接種」についての議論が急ピッチで進んでいる。

 海外ではすでに追加接種に踏み切った国も出てきている。厚生労働省によると、今年7月にはイスラエルで、8月以降にはアメリカやイギリスなどですでに実施されている。医療経済ジャーナリストの室井一辰氏は、海外での接種状況についてこう話す。

「追加接種は基本的には免疫不全の人や基礎疾患のある人に推奨している国が目立ちます。効果については様々な分析がありますが、イスラエルで発表された論文によれば、追加接種には感染・発症の予防効果があり、副反応については“2回目程度”とされています」

日本が後手に回ってしまう

 追加接種の緊急性やタイミングについては、専門家の間でも意見が分かれている。前出・室井氏は「分からないことが多い段階なので、ぜひ打ってとは言いづらい」と話す。

「ワクチンを2回打った段階で、ある程度重症化を防ぐ効果があるということは明らかになっています。免疫には“記憶する”という機能があり、たとえ抗体が下がっても、一度感染した病原体に再度感染したときは初回よりも迅速に病原体を攻撃できるのです。2回の接種で十分、と言い切ることはできませんが、2回目までの副反応がひどかった人は、あわてて3回目を接種するような段階ではないと考えられます」

 その一方、2回目接種を終えたばかりの人もいれば、数か月が経過した人もいるという状況のなかで、昭和大学医学部客員教授の二木芳人氏は「追加接種は急ぐべき」と言う。

「厚生労働省は追加接種は『2回目の接種完了から原則8か月以上後』としていますが、それだけ待たなくてはいけない根拠は一体どこにあるのでしょうか。世界の状況を見ると、アメリカは6か月、イギリスは当初6か月としていたのをさらに早めて最短3か月にするべきとしています。悠長にやっていると日本は後手に回ってしまう。すぐにでも追加接種が広がるように努めたほうがよいでしょう」

好きなワクチンを選べる

 日本でも今年12月1日から来年9月30日まで追加接種の実施が決定。3回目用として、12月にファイザー製1200万人分、来年1月にモデルナ製1700万人分、2月にファイザー製800万人分を各都道府県に配分し、接種を受ける人の希望に沿った製造元のワクチンが選べる見通しだ。

 日本における製造元別ワクチン接種率は、ファイザーが83%、モデルナが17%、アストラゼネカが1%以下となっており、追加接種では2回目までとは異なるワクチンを接種する「交差接種」も導入される。2回目までは原則“NG”とされていたが、問題はないのか。

「他の病気では交差接種はやりません。基本的に同じワクチンを2~3回打つようにデザインされています」(前出・二木氏)

 海外での交差接種の状況について前出・室井氏はこう話す。

「海外ではいろんな会社のワクチンを混在させて打っている国は少ないのが現状です。そもそも世界的に見てもワクチンが足りているわけではなく、国ごとに1種類確保するのがやっと。複数の会社のワクチンが入っているのは、日本の他にはイギリスとアメリカなど限られます。判断材料が少ないのが現実です」

 日本では追加接種には1回目、2回目に接種したワクチンの種類にかかわらず、メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンを使用することが決まっている。ナビタスクリニック理事長の久住英二医師が説明する。

「現在日本で3回目接種用として承認されているのはファイザーだけですが、この先モデルナも承認される見込みです」

 1、2回目にファイザーを打った人は、3回目にモデルナを接種するという「交差接種」を避けたほうがよいのだろうか。

「副反応の報告が多いモデルナのワクチンを3回目に打つのが心配な人は多いかと思います。しかし、モデルナの場合、世界各国へのワクチン供給を支援するために、3回目の追加接種は1、2回目の半分の量を接種することになっているので、そこまで高熱などの副反応は出ないと考えられる。交差接種にそこまで過敏に反応する必要はないでしょう」(久住氏)

 ただ、11月30日にはモデルナのステファン・バンセルCEOが「既存のワクチンのオミクロン株に対しての効果は、従来株に対しての効果よりはるかに弱い」との見通しを示したことも気になる。専門家はどう捉えたのか。

「モデルナはコロナ以外のmRNAワクチン開発は必ずしも順調でない。よって、CEOとしては新しいワクチン開発をしたいなど、経営を考えて発言せざるを得ない。CEOの発言を事実だと認めるに足るエビデンスがない。ワクチン接種率24%の南アフリカでオミクロン株の感染が拡大しているのを見ても、オミクロン株へのワクチン効果についてたしかなことを言える段階ではない」(前出・久住氏)

 判断の時期は迫ってくるので、引き続き最新情報に注意が必要だ。

※週刊ポスト2021年12月17日号

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cat_oa-newspostseven_issue_06630d3eb690 oa-newspostseven_0_2c1582e840b1_DeNA「背番号18」は小園健太が継承 受け継がれる伝統の重み 2c1582e840b1 2c1582e840b1 DeNA「背番号18」は小園健太が継承 受け継がれる伝統の重み oa-newspostseven

DeNA「背番号18」は小園健太が継承 受け継がれる伝統の重み

2021年12月6日 16:15 NEWSポストセブン

 横浜DeNAベイスターズの三浦大輔監督が現役時代からの背負ってきた18番をドラフト1位の小園健太が継承する。12月3日の新入団選手発表で、DeNAは市和歌山高校の小園投手が背番号18をつけると発表した。横浜では、三浦大輔が初めて2桁勝利を挙げた翌年の1998年から引退する2016年まで身にまとってきたエースナンバーだ。プロ野球担当記者が話す。

「一般的に『18』はエースナンバーとされますが、違う球団もある。DeNAの場合、前身の大洋ホエールズで2番目に『18』を背負った権藤正利は2桁勝利を4回していますが、その後の『18』でエースと呼ばれる活躍をしたピッチャーはいなかった。むしろ、20勝以上を6回記録して通算193勝の秋山登、100勝100セーブの斉藤明夫と受け継がれた『17』、200勝投手の平松政次の『27』、最多勝2回の遠藤一彦の『24』が球団ではエースナンバーだった。

 しかし、三浦大輔が球団の顔になるくらいの活躍をしたことで、『18』がエースの証になった。逆にいえば、『17』『27』『24』を付けた選手が引き継げるほどの活躍をできなかったこともあるし、球団が背番号の伝統を重視しなかった面もあります」(以下同)

 過去の横浜に限らず、中日のエースナンバーも『18』より『20』の印象が強い。“フォークボールの神様”と呼ばれる杉下茂が付け、その後も権藤博、星野仙一、小松辰雄とエースが生まれたからだ。

「球団は、背番号のイメージを大事にしていたほうがファンに愛されやすい。親と子、おじいちゃんと孫が背番号で会話をできる。例えば、巨人の『18』なら子供にとっては菅野智之、父親にとっては桑田真澄、祖父にとっては堀内恒夫や藤田元司。同じようにエースが継いでいけば、1つの歴史を連ねられます」

あっさりと引き継がれた「22」「24」

 横浜の『17』は、斉藤が引退した翌1994年から7年目の盛田幸希(1986年ドラフト1位)が背負った。1992年に最優秀防御率を獲得した盛田はその後もチームに欠かせないセットアッパーとして活躍したが、1997年オフに近鉄にトレードされる。その後、矢野英司や加藤武治、2010年にはロッテから移籍の清水直行、2013年から三嶋一輝が付けている。

「偶然かもしれませんが、斉藤、盛田、加藤、三嶋と横浜の『17』はリリーフのイメージが定着している。ただ、平松の『27』や遠藤の『24』、大魔神こと佐々木主浩の『22』はもっと上手な引き継ぎ方があったのではないかと思います」

 平松が引退した年、3球団競合の末に竹田光訓がドラフト1位で入団すると、球団は『27』を授けた。しかし、4年で1勝しか挙げられずに退団。“27番=エース”というイメージは薄れた。1992年限りでチームを支えてきたエースの遠藤一彦が引退すると、誰が24番を引き継ぐか注目されたが、翌年の開幕直前にトレードで西武から移籍してきた森山良二があっさりと付けた。日本一を達成した1998年のMVPに輝いた『22』の佐々木主浩が翌年オフ、メジャー挑戦を表明。直後の2000年、新外国人のベタンコートが22番を付けている。

「平松の『27』のように、いきなり新人に背負わせてプレッシャーになる場合もある。偉大な番号は、空けておく手もあったはず。しかし、球団はすぐに誰かに付けさせた。1990年代以降、背番号の作る歴史をあまり意識していなかったのかもしれません。チームの強さとは直接は関係しないのでしょうけど、やはり寂しさを感じるファンもいたと思います。遠藤の『24』、佐々木の『22』は特別でしたから」

DeNAになってから意識が変化か

 TBS経営時代には、生え抜きのスターが背負った番号をFA移籍してきた選手に授けることも目立った。左のエースとして通算101勝を挙げ、最多勝にも輝いた野村弘樹が2002年限りで引退すると、オフにダイエーからやってきた若田部健一が『21』を付けた。2000本安打を達成した石井琢朗が広島へ移籍すると、オフに阪神から獲得したキャッチャーの野口寿浩が『5』を背負った。野口が2年で退団すると、またしてもFA移籍の森本稀哲に引き継がれた。


「DeNAになってから、背番号に対する球団の意識も変わりつつあるように思います。2015年にはショートの倉本寿彦に石井琢朗の5番、2016年には左の今永昇太に野村弘樹の21番を与えた。どこまで意図しているかわかりませんが、平松政次の27番を上茶谷大河に、盗塁王を獲得した高木豊の3番を梶谷隆幸(2020年オフにFAで巨人に移籍)に付けさせた。

 小園の『18』は数年後、活躍してからでも遅くないという考えもあるでしょうが、一方で背番号という球団の伝統を背負い、プレッシャーを乗り越えてこそ、エースになれるという考え方もできる。球団や三浦監督は小園を最初から18番を与えても大丈夫だと判断したのでしょう」

 小園は三浦大輔の『18』を引き続きDeNAのエースナンバーとしてを継続させることができるか。

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cat_oa-newspostseven_issue_06630d3eb690 oa-newspostseven_0_067783384127_「石田純一ファミリーヒストリー」再生の裏に妻・東尾理子の気遣いと愛 067783384127 067783384127 「石田純一ファミリーヒストリー」再生の裏に妻・東尾理子の気遣いと愛 oa-newspostseven

「石田純一ファミリーヒストリー」再生の裏に妻・東尾理子の気遣いと愛

2021年12月6日 16:15 NEWSポストセブン

 過去の不倫騒動、最近ではコロナ禍での自由気ままな行動などで、世間を騒がせ続けてきた石田純一(67才)。そんな話題に事欠かない石田に振り回されてきた家族の内情について、コラムニストで放送作家の山田美保子さんが綴る。

 * * *

印象的な言葉は「パパと会うと緊張してしまう」

「石田サンのところでは、久しぶりに明るいニュースなんじゃないですか?」とは、11月25日、すみれサン(31才)結婚のVTRを受けての『バイキングMORE』(フジテレビ系)MC・坂上忍サン(54才)のコメントでした。

 その通りです。この1年半ほど、明るくないニュースの主人公は、誰であろう、家長の石田純一サン(苦笑)。コロナ禍でも自由気ままに動きまわり、自身も感染し、入院もされたのに、懲りずに、会食や県をまたぐ移動を続け、マスクなしで、千鳥足で歩いているところを撮られてしまうこともありましたっけ。

 石田サンは、その都度、スポンサーや仕事を理由に挙げ、ワイドショーのコメンテーターの中には、「それが石田サン特有のサービス精神」という論調もあったものでした。

 でも、コロナ禍の視聴者や読者の皆さんの多くは怒り心頭で、その都度、『バイキング〜』をはじめ、ワイドショーは長尺で報じ、石田サンがコメンテーターを務めるラジオ番組『斉藤一美ニュースワイドSAKIDORI』(文化放送)には、記者やカメラマンの皆さんが押し寄せました。

 それも含め、どんなときにも100%応えてきた石田サンと石田ファミリーは、数々の名場面を芸能史に残してきました。特にラウンド中の石田サンにリポーターが直撃をしたゴルフ場での映像はワイドショー史に残り続ける、忘れられないシーンですよね。

 本当は「不倫は文化」とは言っていないし、「文化や芸術が不倫から生まれることもある」と石田サンに説いたのは、川島なお美さん(享年54)だったともいわれています。つまり、受け売りだったにもかかわらず、スポーツ紙の見出しになったことから、ず〜っと、“「不倫は文化」の人”であり続け、すみれサンは公立の学校で「文化の子」と呼ばれていたのだとか。

 一方、当時の妻、松原千明サン(63才)もカメラの前で「役者の女房ですから」と余裕の笑みを浮かべた名場面がありました。

 でも、おふたりは離婚。松原サンは7才だったすみれサンを連れてハワイに移住されたのです。

 一方、石田サンは、当時の恋人とすわ結婚か破局か復縁かと、まだ“匂わせ”という言葉は存在していませんでしたが、何年にもわたってプンプンと匂わせてくださいました。そして、それを見越して、石田サンをイベントゲストに起用する企業やPR会社も後を絶たなかったのです。

 某有名人が住んでいた土地に新居を建てる計画もありましたっけね。そこには、モデルというだけでなく、美容や健康面でも一家言もつ恋人が利用しやすいキッチンが作られるとかいう話もあったのです。

 が、おふたりは破局してしまいます。あ〜、私はどうして石田サンの“ファミリーヒストリー”をなんの資料も見ずに書くことができるのでしょう。でも、まだまだ続きます。


 石田サンと並行して、松原サンも波乱に満ちた人生を歩まれますし、それでもハワイの太陽の下、スクスク育ったすみれサン。帰国されて「石田純一の娘」として出演したり、父娘共演をされたりした際も、私は至近距離で見守らせていただきました。

 すみれサンの言葉でとても印象的だったのは、「パパと会うと緊張してしまう」でした。幼い頃に別れ、ずっと会っていなかったから、それほど思い出がない。われわれは、“トレンディードラマの帝王”から“ワイドショーの恋人”を経て、政治に一家言もつニュースキャスターもしていた石田サンをすべて知っているけれど、すみれサンはご存じなかった。

 そういえば都知事選への出馬騒動もありましたよね。そうしたなか、石田サンを支え、ファミリーをまとめていらしたのは現在の妻、東尾理子サン(46才)だったのです。

ファミリーが再生したのは理子さんのおかげ

 すみれサンからも、いしだ壱成サン(46才)からも「理子チャン」と慕われ、夫の前妻、前々妻の子供さんを何の迷いもなく受け入れてきた理子サン。いろいろあって一時、独りぼっちになっていた壱成サンは「理子チャンが『ウチにおいで』と言ってくれたことで、助けられた」と感謝されていました。

 さらに、松原千明サンとも“いい関係”を築き上げている理子サン。お嬢様育ちならではの、いい意味で突き抜けたところがあるかたです。

 オープンな姿勢で綴るブログでは、不妊治療や、その結果についても明かしていました。以前、『知りたがり!』(フジテレビ系)で度々共演させていただいていた頃、CM中に私が婦人科系の悩みを告白したら、番組終了後、私の楽屋に「よかったら試してみてください」と「よもぎ温座パット」を持ってきてくださったことも。気遣いと愛のかたなのです。

 私は以前、『1周回って知らない話』(日本テレビ系)で石田純一サンと共演した際、「ファミリーが再生したのは、理子サンのおかげ。前の彼女さんと結婚していたら、こうはなっていないと私は思う」と伝えました。石田サンは「うん、うん」と何度もうなずいていらっしゃいました。

 果たして、すみれサンが結婚・妊娠を発表された日、『バイキング〜』が電話取材したのも義母・理子サン。「石田純一サンに似ている?」というスタッフからの問いには「(すみれサンは石田サンと)反対の人を選びたいと思っているのかもわからない」と言い、その理由を「皆さんのお察しのとおりです」と、おまとめになりました。

 すみれサンいわく、すでにご主人を“ちゃん付け”で呼んでいる、独特の距離感をもつ石田サンは、どう思っておられるのか。文化放送前で囲みを受ける前の石田サンを私、山田、スタジオのサブで直撃いたしました。

 開口一番、「やっぱり心配ですよね」と“花嫁の父”の顔になった石田サン。続けて、「だって、まだ子供ですもん」ともおっしゃるので、「でも、31才ですよね。松原千明サンがすみれサンを出産された32才前に、すみれサンは出産予定ですよね?」と申し上げたのですが、「だって、人生、いろいろあるじゃないですか」と。

 !!! 心の中で、“おまいう”というワードがリフレインするのを抑えつつ、「おめでとうございます」とお伝えしたら、「これからも、よろしくお願いしますね」と、バーバリーのショルダーを抱え、記者さんが待つ駐車場へと降りていかれました。もちろん、この日もノー靴下で。

 これぞ石田純一サンと石田ファミリーです。ほかにも大らかなお姉さまのことや“石田サンの右肩の男”こと、どんなときにもサポートしてきた所属事務所の社長さんらについても書かせていただきたかったですけれど、今回はこのへんにいたします。

 とにかく石田サンとファミリーの久しぶりな明るいニュース。え? また家長が何かやらかしてくれるかもしれない? 確かに、それが石田純一サンですものね。期待しながら、お待ちしております!

構成/山田美保子

『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ〜テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。

※女性セブン2021年12月16日号

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「私はスタチン系薬をやめました」ある内科医が敬遠する「地味な副作用」

2021年12月6日 16:15 NEWSポストセブン

「多剤併用」は身体への負担が大きいため、「薬を減らしたい」という人も多いだろうが、患者自身の判断で安易にやめる薬を決めるのは、現在の症状の悪化を招きかねず危険だ。そこで普段、患者に薬を処方する立場にある名医に、「飲みたくない薬」「飲まない薬」を聞いた。

 コレステロールや中性脂肪の数値が高くなる脂質異常症の治療薬で、多くの患者が飲んでいるスタチン系薬。しかし、内科医の水野雅登医師は「スタチンは安全性の高い薬として知られているが、地味な副作用があり、それが意外とつらいこともある」と語る。

「私はLDLコレステロール値が基準値以上の220mg/dlになったことがあり、一時期スタチンを服用しましたが、不眠症になりました。添付文書にも記載があり、薬をやめると眠れたので、副作用だとわかりました。

 糖質制限をしつつサプリを摂取したところ、薬を飲まずに数値が基準値以下の120mg/dlまで下がりました」

 水野医師は糖尿病治療薬のSU薬も飲みたくないという。

「膵臓のベータ細胞からインスリンの分泌を持続的に促す薬ですが、24時間効果が継続するために血糖が下がり続け、食事量が少ないと低血糖を起こして倒れる可能性があります。食間に空腹感が増して食事量が増え、肥満や高血糖になり、さらにSU薬の処方量が増え……という負のループにも陥りやすくなる。

 現在は同じ作用でもベータ細胞に負担をかけない種類の薬があるので、限定的な状況以外では使用するべきではないでしょう」

※週刊ポスト2021年12月17日号

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牧、佐藤輝、中野…大混戦の新人王候補を凌ぐ「ミスターの1年目」

2021年12月6日 16:15 NEWSポストセブン

 今年の新人王が12月15日のNPBアワードで発表される。今シーズンはセ・リーグが熾烈な争いとなっている。1998年に、14勝をあげた川上憲伸(中日)、9勝18セーブの小林幹英(広島)、打率.300本塁打19本の高橋由伸(巨人)、打率.327の坪井智哉(阪神)が争った時以来の大混戦ではないだろうか。ただ、過去の名選手のルーキーイヤーを振り返ると、今年の猛者たちを凌ぐ者もいる──。

 まず、今年のセ・リーグ新人王候補を見ていくと、DeNAの牧秀悟(23)は新人では初のサイクルヒットを記録(8月25日)。終盤には4番に定着した。球団の新人最多安打を更新したうえに、二塁打を35本放って新人最多二塁打記録を塗り替えている。本塁打22本、打点71、打率は.314でリーグ3位。新人での3割20本をクリアしたのは清原和博以来だった。

 阪神の佐藤輝明(22)はシーズン序盤にホームランを量産し、球団新人記録を52年ぶりに更新。後半に苦しんだものの、新人の中では最多の24本塁打を放っている。佐藤とチームメイトの中野拓夢(25)は木浪聖也からショートのレギュラーを奪い、30盗塁で盗塁王を獲得している。

 投手も豊作だった。広島の栗林良吏(25)は開幕から抑えとして53試合に登板し、新人最多記録タイの37セーブをマーク。開幕から22試合連続無失点で新人の開幕連続無失点記録を更新している。防御率0.86でセーブ機会での失敗はなく、マツダスタジアムでは防御率0.00だった。東京五輪でも守護神を任され、日本の金メダル獲得に貢献している。

 阪神の伊藤将司(25)もローテーションの一角として23試合に登板。ドラフト制度後の球団新人左腕では、江夏豊(12勝)以来、54年ぶりとなる10勝(7敗)をマークし、防御率2.44だった。10月には月間MVPに選ばれ、新人左腕としては球団史上初の快挙を成し遂げた。スポーツ紙デスクが語る。

「新人王の資格がある2年目の奥川恭伸(20)も飛躍の年となった。昨年は1試合(2イニング)しか登板していなかったが、今季は後半になって頭角を現わした。8月以降に5勝を挙げ、18試合で9勝4敗、防御率3.26の成績を残した。リーグ優勝に貢献し、日本シリーズ第1戦ではオリックスのエース・山本由伸と投げ合い、7回1失点の好投を見せたことも記憶に新しい」

 新人王は全国の新聞、通信、放送の各社で5年以上プロ野球を担当した記者の投票によって決まるが、誰が獲得してもおかしくない成績を残しており、大激戦となっている。

「ただ、歴代の打者のなかに、今年の新人王候補の成績をすべて集約したような、飛び抜けて優れた結果を残した選手がいる。1958年に新人王を満票で獲得したミスター(長嶋茂雄)です」

 そう語るのは、ベテランスポーツジャーナリストだ。長嶋の1年目は打率.305(セ・リーグ2位)、本塁打29本(同1位)、打点92(同1位)、二塁打34本(同1位)、盗塁37(2位)、153安打(1位)という数字だった。本塁打は豊田泰光の持っていた新人本塁打記録(27本)を更新。牧、佐藤、中野の成績をすべて集約した、あるいはそれ以上とも言える数字を残しているのだ。

「打率こそ田宮謙次郎(.320)に大差をつけられての2位だが、本塁打、打点の二冠に輝いたうえでの新人王だった。しかも、打球がスタンドインしながら一塁ベースを踏まなかったことで本塁打が取り消されており(9月19日、広島戦)、ベースを踏んでいたら新人で3割、30本、30盗塁のトリプルスリーを達成するところだった。プロデビューとなった開幕戦で後の400勝投手で国鉄の大エース・金田正一から4打席4三振を喫したエピソードが有名だが、1年目から『4番・サード』の仕事を任された実力は、やはり球史に残るものだ」(前出・ベテランスポーツジャーナリスト)

 ミスタープロ野球は、記憶だけでなく、記録にも残る選手だった。

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愛子さまがティアラ姿をお披露目 眞子さん佳子さまの2800万円ティアラより“格上”

2021年12月6日 16:15 NEWSポストセブン

 20才になられた天皇皇后両陛下の長女・愛子さまが12月5日、皇居・宮中三殿を参拝し、宮殿で、天皇陛下による宝冠大綬章の親授式に出席された。初めてローブ・デコルテをお召しになり、注目されたティアラ姿もお披露目となった。

 今回、お召しになったティアラは、新調したものではなく、天皇陛下の妹・黒田清子さんが使ったティアラを借りたもの。愛子さまは両陛下とも相談の上、コロナ禍の国民生活への影響を考慮し決めたという。清子さんのティアラは、当時の天皇ご一家の内廷費(生活費)から拠出されており、現在は清子さんが所有しているため「借りる」という形となった。

 愛子さまのローブ・デコルテ、そしてティアラ姿にネット上には絶賛する声であふれた。

「ティアラって、中身が伴っての美しさなんだな…と感じました。素敵です」

「内面から滲み出る、本物の美しさだと思いました。だからこそ、美しいティアラもよくお似合いなんですね」

「愛子様が持つ品の良さや穏やかさ、清冽さが際立ちましたね」

 

 これまで女性皇族が成人になられる際、ティアラは新調されるのが通例だった。

 内親王だった小室眞子さんは、ティアラと宝飾品は「和光」のもので2856万円、佳子さまのときは2793万円の費用がかかった。佳子さまのときは初めて業者を一般公募し、「ミキモト」製に決まった。いずれも公費で作られている。そのため、眞子さんが着用したティアラは結婚後、宮内庁に返還されている。

 愛子さまが今回、着用されるティアラは上皇陛下が天皇として即位されていたときに、“天皇の長女”として作られたもの。愛子さまも同じ立場で着用されることから、内親王として新調した眞子さん、佳子さまよりも格上という形でのティアラといわれている。

 来年3月には愛子さまの会見も予定されているという。祝福ムードはしばらく続きそうだ。





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