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石原さとみ 破局していた!結婚秒読みから一転、前田氏は転居

2019年7月9日 00:00 女性自身

「最近、このあたりで前田さんをまったく見かけなくなったんです。石原さんの姿は、今でも目撃することがあるのですが……」(近隣の住民)

 

7月9日スタートのドラマ『Heaven? ~ご苦楽レストラン~』(TBS系)で主役を演じる石原さとみ(32)。9月には彼女の主演舞台『アジアの女』が始まることもあり、現在は急ピッチでドラマの撮影が進められている。そんな多忙を極めるなか、プライベートに“異変”が起きているという――。

 

昨年4月に「週刊文春」で沖縄デートが報じられ、「SHOWROOM」社長・前田裕二氏(32)との交際が発覚した石原。8月には彼女の引越し先が前田と同じマンションだったことを、本誌がスクープ。彼女は連日、“愛の巣”からドラマ撮影へと向かっていた。

 

そんなひとつ屋根の下で前田氏との仲を深めてきた石原。今回の撮影中も、帰宅するのは件のマンションだった。だが冒頭のように、最近はマンション付近で前田氏の姿を目撃することがなくなっているという。そこには、理由があった。

 

「実は、2人は破局してしまったようです。最近、前田さんが友人に『もう彼女とは別れたんだ』と漏らしていたそうで……」(前田を知る芸能関係者)

 

今年1月時点で、2人は結婚に向けて着々と準備を進めていたはずだった。当時、石原の知人は本誌にこう明かしていた。

 

「実は前田さん、すでに石原さんのご両親への挨拶をすませているんです。その後も何度か会っていて、親睦を深めているとも聞きました。それほど石原さんとの結婚について“本気”ということ。カレの真剣な姿勢に、ご両親もかなり好印象を持っていたようだと聞いています」

 

両親公認の仲となったことで、“結婚秒読み”とも言われていたふたり。だがそこから一転して、“まさかの決別”を迎えていたというのだ。いったい、何があったのか。前田氏を知るIT関係者は「私もすでに別れたと聞きました」と証言。理由について、こう明かした。

 

「いよいよ結婚が見えてきたことで、2人は改めて将来について話し合うようになったそうです。しかし、そこで価値観のズレが出てきたのです。前田さんは “仕事大好き人間”。いっぽうで石原さんは少しでもいっしょの時間を過ごしたいタイプ。話し合いのなかで、そうした違いが鮮明になってきたようです。最終的には前田さんがマンションを出ていくことになったと聞きました。現在は都内にあるほかのマンションで暮らしているそうです」

 

本誌が取材したところ、たしかに前田は引越していた。7月上旬の深夜1時過ぎ、都内にあるマンションへと帰っていった前田氏。話に聞いたとおり、“愛の巣”とは別のマンション。やはり転居していたのだ。

 

石原との破局の真相について聞くべく、本誌は「SHOWROOM」に問い合わせた。だが担当者は「プライベートについてはお答えいたしかねます」と答えるのみだった。

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cat_oa-jisin_issue_d60cd4da5fb3 oa-jisin_0_cc0f71b261fe_坂口健太郎『モネ』ツンデレ演技が好評!現場ではムードメーカーも cc0f71b261fe cc0f71b261fe 坂口健太郎『モネ』ツンデレ演技が好評!現場ではムードメーカーも oa-jisin

坂口健太郎『モネ』ツンデレ演技が好評!現場ではムードメーカーも

2021年6月20日 18:30 女性自身

放送開始から1ヶ月が経った、清原果耶(19)主演のNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』。高視聴率を維持するなか、気象予報士を目指し始めた永浦百音(清原)に、勉強を教える医師・菅波光太朗を演じる坂口健太郎(29)の“ツンデレ”な演技が話題だ。

 

「坂口さん演じる菅波先生は、クールで物静かなキャラクター。百音の勉強をきっかけに2人で会う機会が増え、少しずつ思いやり深い一面も見えてきます。例えば、百音が雨の仕組みについて理解を示すと微笑んだり、誕生日プレゼントとして理科の本を贈ったり。

 

Twitterでは“菅波先生”がトレンド入りするなど、坂口さんのツンデレな演技に“胸キュン”する視聴者が続出しています。いっぽうで坂口さんは、短い放送時間のなかで『キャラクターが急変しないように』と表現にこだわって演じているそうです。6週目以降は百音の成長だけでなく、2人の関係性も注目されていくでしょう」(テレビ誌ライター)

 

そんな坂口の朝ドラデビューは、16年度上半期に放送された『とと姉ちゃん』。坂口はヒロインに思いを寄せながら、植物学者を目指す個性的な大学生を好演した。

 

同年4月30日に配信された『クランクイン』のインタビューでは、「みなさんが明るくしようと意識していないのに、自然と現場が盛り上がっているのがすごいと思うんです」と充実ぶりを語っていた。

 





 

■サービス精神旺盛なムードメーカー

 

『とと姉ちゃん』以降、数々のドラマや映画で主演に抜擢されるなど俳優として頭角を現してきた坂口。落ち着いた雰囲気の坂口だが、撮影現場を支えるムードメーカーでもあるという。

 

19年に『イノセンス 冤罪弁護士』(日本テレビ系)で、主演を務めた坂口。放送期間中の同年2月、坂口が共演者の趣里(30)やスタッフたちと楽しそうに飲み歩く姿を本誌は目撃。一次会の沖縄料理店を後にすると、坂口が「次はどこへ行こうか~」と一団を率いていた姿が印象的だった。

 

そんなサービス精神旺盛な姿勢は、『おかえりモネ』でも健在だという。

 

「気さくな性格で知られる坂口さんは、共演者やスタッフから大人気です。『現場ではバランスを取る癖がある』と語っていた坂口さんは、チームが一丸となるように周囲への気配りを欠かさないそうです。時にはひょうきんな言動で、笑わせてくることもあるとか。清原さんも『ムードメーカーです!』と言うほど、坂口さんを慕っています」(ドラマ関係者)

 

“ツンデレ”な演技の裏では、撮影現場を盛り上げる坂口。そのギャップは、チームには欠かせないようだ。

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cat_oa-jisin_issue_d60cd4da5fb3 oa-jisin_0_ce8273e4d800_北川景子「リコカツ」で大躍進 ハード撮影支えた“強力家族” ce8273e4d800 ce8273e4d800 北川景子「リコカツ」で大躍進 ハード撮影支えた“強力家族” oa-jisin

北川景子「リコカツ」で大躍進 ハード撮影支えた“強力家族”

2021年6月20日 16:50 女性自身

《ずっと…ずっと…恋をしていた2人の結末、いかがでしたか?》
《3ヵ月間皆様からの応援があり無事に最終回迎えることができました!》

 

こうつづったのは、北川景子(34)が主演するドラマ『リコカツ』(TBS系)の公式Twitterアカウントだ。

 

『リコカツ』は、北川演じる水口咲が永山瑛太(38)扮する緒原紘一とスピード婚したものの、新婚早々、離婚を決意するというラブコメディ。放送当初からネットを中心に反響を呼んだ同ドラマが6月18日、ついに最終回を迎えた。

 

Twitterを覗くと《終わっちゃうのがさびしすぎる》《スペシャルでまた二人に会いたいです》とロスを訴える声が相次いでいる。さらに北川について《北川景子さんはリコカツでキャリアアップ出来たな》《このドラマで一皮剥けた感が凄くて、演技に磨きかかりまくり》《演技上手くなった》との声もあがるなど、彼女の新たな代表作といえそうだ。

 

『リコカツ』で大躍進した北川だが、昨年9月に女児を出産したばかり。それから1年も経たないスピード復帰だったが、これには北川の強い意志があったという。

 

「北川さんは女優の仕事が本当に大好きなんです。コロナで自粛となった当初は『働けない……』と落ち込んでいたほど。それでもすぐに『停滞期でなく、自分を磨くために必要な時間にする!』と捉え直すことに。いつ呼ばれてもいいように映画を見て演技について考えたり、英語の勉強をしたり、常に女優としてのスキルアップに励んでいたそうです。

 

また女優の世界は移り変わりが激しく、次々と新しい才能が現れます。そのため妊娠で休むことになった際、焦りもあったようです」(テレビ局関係者)

 



 

■「お風呂にゆっくりつかる時間すらない」「今から心が折れそう」

 

しかし、彼女は仕事と子育ての両立への苦悩も抱えていた。1月2日放送の『さんまのまんま』(フジテレビ系)で北川は、泣きながら産後の体形戻しに励んだと明かしている。そして、こう吐露していた。

 

「初めての子育て疲れでメンタルが追い込まれていて、ちょっとした冗談でもイラッとするんです」

 

思わず不安を漏らすこともあったようだ。

 

「以前は帰宅したら“休める”と思っていたのに、いまでは“本業が始まる”と北川さんは思うそうです。“本業”である帰宅後の子育てはかなり大変だといい、『お風呂にゆっくりつかる時間すらない』と話していたことも。また『リコカツ』の撮影前には『久々の連ドラと家庭。今から心が折れそう』と漏らしていました」(前出・テレビ局関係者)

 

ハードな状況で撮影に臨んだ北川。そんな彼女を支えたのが、夫のDAIGO(43)だという。

 

「DAIGOさんはもともと北川さんの大ファンで、結婚の際には『女優・北川景子をもっと見ていたい』と伝えたほど。彼女が出産早々、仕事をすることにももちろん賛成でした。育児にも積極的で、主におむつ替えや入浴などを担当しているといいます」(芸能関係者)

 





 

■強力布陣で、最善の環境が整った!

 

さらに“北川ファミリー”もサポート役を買って出ることに。

 

「北川さんとDAIGOさんはこの春、都内の高級マンションに引っ越しました。さらに別の階には、彼女のご両親も『仕事と育児を支えるために』といって移ってきたそうです。ご両親とDAIGOさんとの関係も良好だそうで、北川さんが本格復帰する上で最善の環境が整っていたといえるでしょう」(事務所関係者)

 

『リコカツ』のため、強力布陣を仕上げていた北川。最終回にちなんだインタビューで、こう語っている。

 

「それこそ家族総出で、なんとか育児と家庭を回していった感じでした。『負担かけてるな』とか『我慢させてるよな』という(撮影期間の)4ヵ月でもあったので、家族には感謝でいっぱいです」(『毎日キレイ』’21.06.17)

 

その感謝の気持ちを、家族みんなが喜んでいることだろう。

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cat_oa-jisin_issue_d60cd4da5fb3 oa-jisin_0_66c421707072_【ポップな心霊論】「さまぁ~ずさんについている生き霊は?」 66c421707072 66c421707072 【ポップな心霊論】「さまぁ~ずさんについている生き霊は?」 oa-jisin

【ポップな心霊論】「さまぁ~ずさんについている生き霊は?」

2021年6月20日 15:50 女性自身

その霊能力のために、楽屋では霊視を求める先輩芸人たちが行列をつくることもあるという、吉本興業所属の“霊がよく見える”芸人・シークエンスはやとも(29)。『ポップな心霊論』は、そんな彼が人生で見てきた霊たちや霊現象などを紹介していくコラム連載!

 

【さまぁ~ずさんのYouTubeチャンネルに出演しました】

 

先日、さまぁ~ずさんのYouTubeチャンネルに出演させていただきました。お二人ともすごく優しかったし、めちゃくちゃ盛り上げてくれて、本当に楽しかったです。もともと大ファンでしたが、実際にお会いしてもっと好きになってしまいました!

 

そして、霊視をしてみて驚いたのが、大竹さんも三村さんも50代とは思えないモテ方をしていたこと。純粋に応援しているファンも大量でしたが、本気で惚れている女性の生き霊がものすごくたくさんついていたんです。

 

それこそファンの人だけでなく、身近な共演者やスタッフまで、えげつないくらいモテていました(笑)。同じ年代のタレントさんで、ここまで女性から支持されている人たちは、僕が見てきた限りほかにはいませんね。

 

お笑い的には悪い結果のほうがよかったのかもしれませんが、本当にいいものしかついていなくて、たださまぁ~ずさんを褒める回になってしまいました(笑)。

 

でも、お二人がすごく楽しそうだったので、よかったかなと思います。しかも、大竹さんに「その能力で一生食べていけるんじゃない?」と言っていただいて、感激してしまいました(笑)。

 

【PROFILE】

シークエンスはやとも

1991年生まれ。吉本興業所属。『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)などで見せた芸能人の霊視も話題に。自身のYouTubeチャンネルでも心霊話を配信中。昨年8月には本連載をまとめた初の著書『ヤバい生き霊』(光文社)が発売された。

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cat_oa-jisin_issue_d60cd4da5fb3 oa-jisin_0_e96aeefe71bd_森田剛 りえ誕生日にラブラブ手つなぎデート【上半期ベストスクープ】 e96aeefe71bd e96aeefe71bd 森田剛 りえ誕生日にラブラブ手つなぎデート【上半期ベストスクープ】 oa-jisin

森田剛 りえ誕生日にラブラブ手つなぎデート【上半期ベストスクープ】

2021年6月20日 15:50 女性自身

繰り返される緊急事態宣言、コロナ禍終息の兆しが見えないなか開催に突き進む東京オリンピックなど、未だ混迷を極める2021年上半期。並行して芸能界でも数々の“事件”がーー。本誌が目撃した“スクープ”から特に反響の大きかったものを今一度お届けしたい。

 

今年3月、衝撃的な報せが日本中を駆け巡った。V6が今年11月1日をもって、その活動に終止符を打つことが発表された。メンバーのなかでも、特に大きく環境が変わるのが解散と同時にジャニーズ事務所も退所する森田剛。今後は、俳優業に専念するという森田を支えるのが、18年に結婚した妻・宮沢りえ。本誌が目撃したりえの誕生日デートでのラブラブぶりとはーー(以下、2021年4月27日号掲載記事)※年齢は掲載当時のママ

 

前日までのうららかな春の陽気から一転、寒気が日本を包んだ昼下がり。コート姿で東京・原宿の路上を悠然と歩くのは宮沢りえ(48)。そして、身を寄せ合うように隣を歩くのはもちろん夫の森田剛(42)だ。

 

記念すべきりえの48歳の誕生日を迎えた4月6日。2人は高級ブランドが並ぶ原宿でも屈指の複合施設へと向かった。

 

「2人はアンティーク家具も販売しているおしゃれなセレクトショップで、椅子に並んで腰かけて談笑するなどとても楽しそうでした。りえさんが熱心に見ていた約10万円もするシックなセットアップを森田さんが会計に持っていって、プレゼントしていましたよ。よっぽどうれしかったのか、りえさんは店内のBGMに合わせて踊っていました」(居合わせた客)

 

買い物を終え、再び原宿の大通りを歩く2人。その手は固くつながれており、森田がりえを優しくリードしながらそのまま雑踏へと消えていったーー。

 

人目を気にすることなく、終始ラブラブな様子のりえと森田。本誌は結婚前から2人の熱いデート現場を何度も目撃している。

 

’16年10月、旅行先の沖縄へ向かう飛行機内で森田にもたれかかるりえの姿を目撃。’17年12月には、訪れたゴルフ練習場で、ソファに座る森田にりえがそっと唇を重ねる一幕も。そして、練習場に入る際も2人の腕は固く組まれていたのだった。

 

独身時代、森田は理想の夫婦像についてこう語っている。

 

《結婚したら、奥さんを大切にするよ。安らぎがあって“空気”みたいな存在になるのも大事だけど、結婚記念日はデートするとか、ドキドキも必要かもね。そういう機会は、男性が作るべきだし。とにかく、ごくふつうの、あったかくて笑いの絶えない家庭を作りたい》(『ポポロ』’10年4月号)

 





 

■悲痛のりえ救った娘と森田の交流

 

’18年3月の結婚発表から3年たった今も、情熱的に愛を伝え合うりえと森田。しかし、そこにいたるまでの道のりは決して平坦ではなかったーー。

 

’16年10月、一部週刊誌による“お泊まり報道”で2人の交際が発覚。世紀のビッグカップルに世間は沸いたが、りえは“心の傷”を抱えていた。

 

「’09年2月にりえさんは妊娠6カ月であることを発表。お相手の実業家男性・Aさんと4月に結婚し、5月に長女(11)を出産しました。しかし、それから3年後の5月にAさんと離婚協議中であることを発表し、約4年後の’16年3月にようやく離婚が成立。

 

成立までに4年もかかったのは、娘さんの親権をめぐり、Aさんとの協議が紛糾したためといわれています。協議中、りえさんは女優業と並行しながら女手一つで娘さんを育ててきましたが、“りえがAさんに娘を会わせようとしない”といった報道が出たこともありました。また、’14年9月には最愛の母・光子さんが65歳の若さで亡くなりました。以来、りえさんはふさぎこむことも多くなったそうです」(スポーツ紙記者)

 

相次ぐ悲劇からりえを救い出したのがほかならぬ森田だ。

 

「2人は’16年8月に舞台で初共演。ともに尊敬する蜷川幸雄さん(享年80)の追悼舞台ということもあり、意気投合し、交際に発展しました。しかし、当初は娘さんが大きくなってきたこともあって、森田さんとの交際を続けることに迷いもあったそうです。

 

そんなりえさんを気遣い、森田さんは人見知りながら娘さんと積極的にコミュニケーションを取ったそうです。娘さんもそんな森田さんのことを気に入り、“家族公認”の仲となりました。りえさんは彼にとても感謝しているそうです」(舞台関係者)

 





 

■仕事のオファーも夫婦で事前に相談

 

昨年4月、りえは本誌で行った瀬戸内寂聴さんとの対談で森田についてこう語っている。

 

《私も愛する存在がいてくれることはエネルギーの源のような気がします》

 

森田にとっても、りえは未来を照らす灯台のような存在だった。

 

先日、森田は今年の11月1日をもってジャニーズ事務所を退所し、俳優業に専念することを発表。V6の解散も発表された。人生を左右する夫の決断をりえは陰で支えていたという。

 

「’10年にもV6解散の議論がありましたが、当時の森田さんは『まだ燃焼しきっていない』と反対派だったと聞いています。それだけに今回の退所については、相当悩んだそうです。話し合い自体はメンバー6人だけで進められましたが、森田さんもりえさんには相談していたといいます。

 

結婚発表時、連名で《表現者として志高く歩んでいきたい》とコメントしていたように、りえさんと森田さんは互いに俳優として尊敬しています。どちらかにオファーが来た際は、脚本などを見せ、事前に相談し合うそうです。そんなりえさんが背中を押してくれたことで、森田さんも退所を決断し、役者一本で勝負していく覚悟ができたのでしょう」(前出・舞台関係者)

 

夫婦としてだけでなく“同志”としても手を取り合ってきたりえと森田。

 

“長女をともに育てあげ、共白髪になっても手をつないで”という誓いを体現した誕生日だったーー。

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前田敦子呆れさせた勝地涼のゲーム漬け生活【上半期ベストスクープ】

2021年6月20日 06:00 女性自身

繰り返される緊急事態宣言、コロナ禍終息の兆しが見えないなか開催に突き進む東京オリンピックなど、未だ混迷を極める2021年上半期。並行して芸能界でも数々の“事件”がーー。本誌が目撃した“スクープ”から特に反響の大きかったものを今一度お届けしたい。

 

今年4月、勝地涼との3年弱の結婚生活に終止符を打った“あっちゃん”こと前田敦子。新婚当初から幾度となく夫婦不和が噂されてきた2人だが、本誌は離婚直前に決定的な出来事を取材していたーー(以下、2021年2月16日号掲載記事)※年齢は掲載当時のママ

 

「勝地さんは、親しい友人らと毎晩のようにオンラインゲームに興じているそうです。実はこれ、前田さんと別居する前からの日常なんです。以前はお店などに集まって、仲間たちとゲームをしていましたが、コロナ禍のステイホーム生活になってからは『荒野行動』や『フォートナイト』などのバトルロイヤル系のオンラインゲームを楽しんでいるといいます」(勝地の知人)

 

現在、離婚協議中であることが報じられた前田敦子(29)と勝地涼(34)夫妻。昨夏の本誌では、勝地が親しい仲間に「もう、ウチらはダメですよ。終わってるんで」と、前田との夫婦関係の修復が難しいと漏らしていたことも報じている。

 

新年を迎えたが、結局、夫婦仲が元に戻ることはなかったようだ。

 

「同居当時、慣れない育児に2人とも余裕がなくなり、“イクメン”を目指した勝地さんは、精神的に不安定になる前田さんへの接し方がわからなくなってしまって落ち込んだそうです。ふさぎ込んだ彼は、友人と会って時々飲んだり、愚痴ったり、ゲームでストレスを発散するしかなかったようです。

 

そんな勝地さんの態度に前田さんはひどく怒っていたといいます。別居後、しばらくは彼女が仕事の際は勝地さんが自宅に戻って息子さんの面倒を見ることはあったそうです。ただ、彼の休みの日は相変わらずゲーム三昧だと聞いて、呆れ果てていたそうです」(前出・勝地の知人)

 

本誌は昨年7月、『ザ!世界仰天ニュース』(日本テレビ系)に前田が出演した際、長男を楽屋に連れて収録に臨んでいたことを報じている。今年3月には2歳になる長男。今はもっぱら前田の“ワンオペ”ということになるがーー。

 





 

■別居で息子と会えない日々が続くように…

 

現在の夫婦関係について、勝地の所属事務所はこう語る。

 

「基本的にプライベートは本人に任せております。家庭のこととなれば、なおのことです。本人からはオフの日だけでなく、育児にもできる限りの態勢を取っていると聞いております」

 

前田は当初、別居によって、夫婦関係の修復に期待していた部分もあったという。

 

「前田さんはいったん夫婦の距離を置いて、お互いがリフレッシュして冷静に考えることができれば、まだ夫婦としてやっていけるのではないかと思っていたようです。ただ、勝地さんは、目に入れても痛くないほどかわいがっている息子さんとなかなか会えない日々が続くようになり、前田さんとは“いつ別れてもいい”と周囲に漏らすようになりました」(前出・勝地の知人)

 

すでに“離婚後”を見据えて動き始めているという前田。勝地も親権を争う気はなく、今後も父親として育児を手伝う意向だという。

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cat_oa-jisin_issue_d60cd4da5fb3 oa-jisin_0_0bb24d3f1ef4_カラオケ、ジムは?コロナワクチン接種で、できるようになること 0bb24d3f1ef4 0bb24d3f1ef4 カラオケ、ジムは?コロナワクチン接種で、できるようになること oa-jisin

カラオケ、ジムは?コロナワクチン接種で、できるようになること

2021年6月20日 06:00 女性自身

「福島県相馬市では、64歳以下のワクチン接種がすでに始まっています。7月中に16歳以上の2度目の接種が『おおよそ完了する』予定で進められているんです」

 

こう話すのは、医療ガバナンス研究所理事長の上昌広医師だ。テレビのコメンテーターとしてもおなじみの上さん。現役臨床医としても、相馬市の集団接種会場でワクチン接種に従事している。

 

「電話がつながらない」などのトラブルの多い予約制ではなく、行政が地区ごとに日時を指定する独自方式を採用した相馬市では、5月31日時点で、65歳以上の85%が1回目の接種を終了した。

 

6月1日からは64歳以下の接種も始まり、「相馬モデル」は全国で注目されている。全国各地で進むワクチン接種。

 

「接種したら旅行に行きたい」
「施設の母を見舞いたい」

 

そんなふうな、期待を持っている人も多いはずだが……。

 

「ワクチンを打ってもすぐに効果が得られるわけではありません。また、行為によってリスクは違いますから、いつからやっていいかは、それぞれ異なるのです」(上さん・以下同)

 

それではワクチンを接種してから、何をどのタイミングでやっていいようになるのか。上さんに教えてもらった。

 

新型コロナのワクチンは2回の接種で「望ましい効果が得られる」とされている。

 

1回目の接種後、2週間ほどたってから効果が出始め、3週間(21日間)以上あけて2回目を接種。さらに、それから7日たつと、十分な免疫が得られる。よって、「マスクなしでの会話」は、2回目の接種から7日たつまでは控えたほうがいいという。

 

「マスクをつけて家族以外の人と会ったり会食をしたりする場合も、ワクチンの接種状況が重要になります。自分か相手のどちらかが、接種によって十分な免疫を獲得している場合は、問題ないでしょう。そうでなければ、会わないのが望ましいです」

 

双方が接種していない状態で会わないといけない場合は、会食は避け、できるだけソーシャルディスタンスに気をつける必要がある。では、レクリエーションは?

 

「『映画観賞』は、館内でもほとんどしゃべりませんので、私は『1回目の接種の14日後から』で大丈夫だと考えています。東京五輪も含めた『スポーツ観戦』も『屋外』なら、ウイルスが希釈され、リスクが低いですから、同じ基準と考えていいでしょう」

 

しかし同じスポーツ観戦でも、「屋内」の場合は「2回目の接種の7日後」までは控えたほうがいいという。

 

「屋内の観戦は、密閉空間で歓声を上げてしまう可能性があるので、感染リスクが高まります。スポーツジムでの運動やカラオケなども同様。やはり、体が触れ合う行為も、2回目の接種の7日後まではやめたほうがいいですね。しかし、必要な医療行為をうけるのは、躊躇することはありません」

 

もう1年半近く旅行をしていない人も多いと思うが。

 

「家族での旅行は、いつも一緒に生活しているのであれば、基本的に問題ありません。しかし、団体ツアー旅行などは、十分な免疫を得るまではやめてください」

 

■いつまで効果が続くかは研究中

 

一方、まだ不明なことも多い。

 

「ワクチンで得た免疫の効果がいつまで持続するのかは、まだ研究段階です。もしかしたら、免疫が弱まり、ふたたびワクチンの接種が必要になる可能性も。また、インフルエンザなど、ほかの病気の予防接種をいつから開始していいかも、一部で臨床試験が始まったばかりで、結論は出せません」

 

ワクチンはコロナの感染リスクを大幅に下げてくれるが、接種後に自分が感染したり、人に感染させたりする可能性がゼロになるわけではない。

 

「コロナが収束するまでは、自分がワクチンを接種した後でも、ソーシャルディスタンスの確保やマスク着用は続けたほうがいいでしょう」

 

ワクチン接種後も感染対策を続けながら、少しずつ日常を取り戻していこう!

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天皇皇后両陛下、リモート&リアルの式典シン様式!

2021年6月20日 06:00 女性自身

5月30日、天皇陛下と雅子さまは島根県大田市の三瓶山で開催された「全国植樹祭」に初めてリモートでご出席された。

 

三瓶山の会場と東京の赤坂御用地内に大きなモニターを設置し、双方が映像で様子を見ながらのご交流となった。

 

「全国から参加された皆さんとご一緒に植樹を行うことを喜ばしく思います」

 

大型のモニターを通してお言葉を述べられた天皇陛下。式典では雅子さまも陛下とともに子どもたちの説明をお聞きになり、笑顔で恒例の「お手播き」「お手植え」をされた。

 

コロナ禍が続くなかでも、例年どおりのプログラムを組み入れた、新しい式典スタイル。

 

終了後には、両陛下がモニターに向かい手を振られながら退出するなど、会場と一体になる演出も工夫されていた。

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真田広之の加速する海外進出 現地スタッフも感服の“目利き力”

2021年6月19日 22:23 女性自身

真田広之(60)がキアヌ・リーブス(56)主演の映画『ジョン・ウィック』第4作目に、出演することが報じられた。

 

各メディアによるとクランクインは今夏を予定しており、フランスやドイツ、日本でも撮影が予定されているという。本シリーズ初登場となる真田は、重要な役柄を演じると報じられている。

 

真田がキアヌと共演するのは、’13年公開の『47RONIN』以来8年ぶり。共演当時、キアヌは真田を“師匠”と呼ぶほど尊敬していたという。

 

「現場に慣れない日本人キャストの緊張をほぐそうとするなど、撮影現場での真田さんはいつでも全体に気を配っていたといいます。そういった真田さんの真摯な姿に感銘を受けたキアヌは、『彼のような師匠に助けていただきとても光栄です』と語っていました」(映画関係者)

 





 

■「正しい日本文化を伝えたい」

 

今年2月に水俣病を題材とした『ミナマタ』がアメリカで公開され、6月18日には『モータルコンバット』が日本で公開。’22年には作家・伊坂幸太郎の小説を原作とした『バレット・トレイン』の公開も控えるなど、真田を起用した海外作品が相次いでいる。

 

’99年から’00年にかけて、英国の名門劇団ロイヤル・シェークスピア・カンパニーで唯一の日本人キャストとして参加した真田。’03年公開のハリウッド映画『ラスト サムライ』では見事な殺陣を披露し、世界的に名が知れ渡ることとなった。以降、海外を拠点に活躍する真田だが、“日本人ゆえの使命感”を持っているようだ。

 

「真田さんは日本の描写を入念にチェックすることでも知られています。海外で活動する数少ない日本人俳優として、真田さんは『正しい日本文化を伝えたい』と常に意識しているといいます。そんな姿勢は多くの製作陣から信頼されており、『ミナマタ』では監督から“監修してほしい”と頼られるほど。真田さんはセットから小道具まで、撮影前から隅々まで確認したといいます。『ジョン・ウィック』の新作でも、真田さんの“目利き”が期待されることでしょう」(前出・映画関係者)

 





 

■「後輩たちが挑戦しやすい環境をつくる」

 

’19年に米ロサンゼルスで開催された「第5回アジアン・ワールド・フィルム・フェスティバル」では、特別賞を受賞した真田。その際、「自分の役割は、日本の後輩たちがハリウッドに挑戦しやすくなるような環境をつくること」とコメントしていた。

 

最近では小栗旬(38)や山下智久(36)、新田真剣佑(24)など海外進出する俳優も増えている。真田はそんな後輩たちの躍進のため、模範となるよう励んでいるという。

 

「真田さんは海外進出したばかりの頃、映画関係者やエージェントとの関係を築くために何度もロスを訪れたといいます。そこで痛感したのは、“自分が求めた報酬に相応する力量”が要求されること。海外では一つのシーンに対して納得がいくまで何度もテイクを重ねますが、精神的にも肉体的にも過酷になることがあります。

 

しかしそこでギブアップしてしまうと、『“日本人とはもうできない”という前例を作ってしまう』と真田さんは危惧していました。還暦を迎えた今でもプロ意識を高く持ち、ロールモデルであり続けることを意識しているのです」(プロダクション関係者)

 

海外を舞台に第一線で走り続ける真田。その勇姿は後輩たちにとって、希望の光となっていることだろう。

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三浦春馬さん 実父が死去…伯父が語った最期【上半期ベストスクープ】

2021年6月19日 15:50 女性自身

繰り返される緊急事態宣言、コロナ禍終息の兆しが見えないなか開催に突き進む東京オリンピックなど、未だ混迷を極める2021年上半期。並行して芸能界でも数々の“事件”がーー。本誌が目撃した“スクープ”から特に反響の大きかったものを今一度お届けしたい。

 

昨年7月に、突然この世を去った三浦春馬さん。その半年後、編集部に驚きの情報が。遠くから見守り続けた実父が亡くなったというのだ。伯父が明かす、実父の“最期”とはーー(以下、2021年2月23日号掲載記事)※年齢は掲載当時のママ

 

「本当に、いい映画だったよ。ストーリーもいいし、春馬の姿も見ることができて……。思わず映画館で泣いちゃってさ」

 

三浦春馬さん(享年30)の実父・Aさんが、少し興奮した口調で知人たちにそう語ったのは、昨年12月中旬のこと。昨年7月に急逝した春馬さんの遺作映画『天外者』。その公開初日にAさんは見に行ったのだ。

 

『天外者』は「第94回キネマ旬報ベスト・テン」で「読者選出日本映画ベスト・テン第1位」となった。2月4日に行われた表彰式で、田中光敏監督はこう語ったという。

 

「これは春馬くんにもらった賞。春馬くんの思いがたくさんの人たちに届いた。そう思っています」

 

感動・安らぎ・優しさ……、俳優として、そして1人の人間として、春馬さんは多くの人々に“贈り物”を届け続けた。もちろん前出の実父・Aさんも、それを受け取った1人だろう。そのAさんの突然の逝去を本誌が知ったのは、表彰式の数日前。63歳だったという。

 

Aさんは春馬さんが生まれ育った地である茨城県に住んでいた。Aさんの知人はこう語る。

 

「Aさんが最後に目撃されたのは1月15日未明です。前夜、いきつけの飲食店に現れたのです。しかし朝の3時ごろ、『気分が悪くなった』と、帰宅し、その後、連絡が途絶えてしまいました。店では親しく話す仲とはいえ、Aさんの自宅の住所を知る者はいませんでした。

 

Aさんは’17年に心臓を悪くしてペースメーカーを入れる手術を受けていたのです。そのときに医師から『余命は1年ぐらい』と、宣告されたそうです。本人も『俺はいつ死ぬかわからないから』と、よく言っていましたので、連絡が取れなくなったことを、仲間たちはとても心配していました。

 

実は帰宅した直後に亡くなったということを聞いたのは、1月下旬です。こんなに急にAさんがいなくなってしまったことに、私も愕然として……。でも余命1年と宣告されてから3年以上も頑張ったのですからね。きっと春馬くんの存在が支えになっていたのだと思います」

 





 

■「英国留学を切り上げて会いに来てくれた」

 

春馬さんの両親は彼が幼いころに離婚し、実父・Aさんは家を出た。さらに’17年ごろ、春馬さんは実母とも距離をとるようになったという。

 

「携帯電話の番号も変えて、お母さんからは連絡が取れないようにしたといいます。“絶縁”した理由については“母からたびたび無心されていた”“仕事や恋愛の問題で衝突した”などと報じられていました」(芸能関係者)

 

実母との絶縁と入れ替わるように、春馬さんが復活させたのは実父との交流だった。昨年12月、本誌の取材に対し、Aさんは息子との関係などについて、こう語っていた。

 

「“長い間絶縁していて、20年ぶりに再会した”とも報じられていますが、彼が芸能界デビューした後は、ときどき連絡はもらっていました。春馬の活躍ぶりはずっと楽しみでしたし、私の生きがいでもありました。

 

実際に会うようになったのは3年前(※’17年)ですね。そのとき春馬はロンドンに留学中でした。でも私が心臓の手術を受けるということ、私の命が長くないということを、人づてに聞いたそうです。それで留学を切り上げて、入院先の病院に会いにきてくれたのです。手術がうまくいって元気になった後には、いっしょに食事をしたり、酒も飲んだりするようになりました」

 

Aさんは、それほど飲まなかったようだが、息子が楽しそうにお酒を飲む姿を眺めることは、無上の喜びだったのだ。

 

「春馬もけっこう酒量は多かったですが、そんなに酔っ払うタイプではないし、飲んだ後は、きちんと電車で東京に帰っていきましたよ。ふだんはLINEとかで連絡を取り合っていて、実は亡くなる2週間前にもメッセージをやりとりしていました。近いうちにこちら(茨城県)に来るから、と言っていたのに……。それが最後のやりとりになってしまいました」

 

父子の会話のなかで、実母についての話題が出ることもあったという。

 

「この数年、(春馬は)母とは折り合いが悪く、本人も悩んでいるようでした。いくら母と子といっても、お金のことやら何やらで、もめていると聞いて、私も心配はしていたのですが……」

 

Aさんは、本誌の取材の最後にこんな言葉を言い残していた。

 

「これからの私は“春馬のいない残された時間”を、ただ生きていくだけです」

 

“春馬のいない時間”は、Aさんにとって意味のないものだったのだろうか。春馬さんが急逝してから半年、そして本誌が取材してからわずか1カ月で、Aさんは天国に旅立っていったのだ。

 





 

■生前のAさんが漏らしていた遺産相続問題の心労

 

前出のAさんの知人によれば、

 

「会えないときも、心臓病という持病を抱えていたお父さんのことが心配だったのでしょう。春馬くんは亡くなる2カ月前にも、かつて仕事でお世話になったという長崎県の旅館に依頼して、Aさんやその知り合いたちに、現地の特産品を送っていたのです。産みたての卵、天然真鯛の真子煮、鯛の塩辛……、“皆さんコロナ禍で大変でしょうから”という心遣いで、Aさんはもちろん、みんな感激していました。

 

そんな優しい息子さんが突然亡くなってしまったのですからね。春馬くんが亡くなってから、Aさんはみるみる元気を失ってしまいました。もともと大病をしたのに、あまり健康に気を使わないタイプだったのですが、さらにその傾向に拍車がかかってしまったように見えました。

 

いま考えれば、春馬さんの遺産相続問題も心労になっていたのかもしれません。『弁護士さんを入れて話し合っているんだけど、いろいろ大変なんだよ』そんなことをポツリと漏らしたこともあったのです」

 

春馬さんの個人事務所を誰が引き継ぐかという問題もあり、遺産相続の話し合いは長期化していたようだ。『週刊文春』’20年12月31日・’21年1月7日合併号には、実母の代理人弁護士のコメントも記載されていた。

 

《(個人事務所については)二一年三月までに株の評価額の算定をした上で新代表者を決めることになります。(中略)動産や権利関係の整理、テレビ局との契約書との確認作業も必要で、通常の遺産相続より長期化する見込みです》

 

生前、本誌には「私自身は息子の遺産をまったく当てにしていません」とも語っていたAさんだが、そんな遺産相続問題の渦中に急逝してしまったのだ。

 





 

■伯父が明かした実父の最期

 

Aさんの訃報を受け、駆けつけてきたのは兄のBさんだった。春馬さんにとっては“伯父”にあたる人物だ。中部地方に住むBさんは本誌に次のように語った。

 

「1月15日、病院から私に連絡が来て、弟が他界したことを知りました。アパートから救急搬送されて、その先の病院で亡くなったそうです。アパートはワンルームで、彼は1人で暮らしていました。もともと心臓も悪かったし、何度も手術は受けていました。体調が急変したようで、本当に残念です。

 

すぐに病院を訪れ、遺体を確認した後、17日に荼毘に付しました。密葬? そうですね、でも弟はずいぶん前に離婚していますし、身寄りもいませんから……」

 

Aさんにも心残りはあったかもしれない。前述の本誌取材に、次のようにも明かしていたからだ。

 

「いまの私の願いは、春馬の墓がどこかに建てられて参ることができるようになること。そして、コロナのために延期になってしまいましたが、仲よくしてくださった方やファンの方のためにも偲ぶ会が開催されること、その2つだけ……」

 

結局、Aさんが生きているうちに、それらの願いがかなうことはなかった。だがBさんは弟の逝去についてこう漏らした。

 

「私が春馬に最後に会ったのは3年ほど前です。私にとっても“自慢の甥”でしたが、弟にとってはさらに“自慢の息子”だったのです。確かに63歳での他界は早すぎます。でも……、弟は春馬のような息子を持てて、いい人生だったと思いますよ」

 

病院で息を引き取るとき、Aさんのまぶたの裏に浮かんだのは、最愛の息子・春馬さんのあの優しい笑顔だったのだろうか。

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