cat_oa-jisin_issue_3ed3384dabba oa-jisin_0_3ed3384dabba_さんま 舞台後ひそかに通夜へ…松之助さん次男語る最後の孝行 3ed3384dabba 3ed3384dabba さんま 舞台後ひそかに通夜へ…松之助さん次男語る最後の孝行 oa-jisin

さんま 舞台後ひそかに通夜へ…松之助さん次男語る最後の孝行

2019年3月5日 00:00 女性自身

「親父にとっても、理想的な最期だったと思っています。まったく苦しむこともなく、われわれ家族にも迷惑をかけず眠るように逝きましたから」

 

そう語るのは、2月22日に亡くなった落語家・2代目笑福亭松之助さん(享年93)の次男・明石正之さん(48)だ。松之助さんは上方落語界の重鎮であり、明石家さんま(63)の師匠としても知られていた。そのさんまは亡くなった翌日、新しくオープンした劇場のこけら落とし公演に出演。そこで「師匠、すぐにおそばにいきます……」とネタにするなど、悲しむ様子をいっさい見せることはなかった。

 

だが実はその後、ひそかに師匠のもとへと駆けつけていたという。正之さんは、さんまの知られざる素顔を明かしてくれた。

 

「さんまさんは通夜当日に舞台があって、法要には間に合いませんでした。ですが、『終わってからいきます』と連絡をいただいて……。法要後、みんなでご飯を食べているときにほかの芸人さんらと駆けつけてくださったんです。翌日の葬儀は最初から最後までずっと参列していただきました。私は受付けをしていたので詳細はわかりませんが、さんまさんは最後まで涙を見せなかったそうです」

 

さらにさんまはひそかに、入院中の松之助さんのお見舞いにも訪れていたという。

 

「ちょくちょく来てくださっていました。大きな処置をする前にはいつも、親父の顔を見に来てくれたみたいです。亡くなる数週間前にも来てくださって……。僕はいつも行き違いだったんですが、病院に行くと親父が『さっき、さんまが来てくれてたんや!』と話してくれました」(正之さん)

 

最後まで師匠に義理堅い姿を見せたさんま。そこには若かりしころの“ある過ち”が影響していた。

 

「さんまさんは高校卒業直前の74年に弟子入りしました。しかし入門してすぐ師匠に『やめます』と言って、交際していた女性と東京に駆け落ちしてしまったんです。でも結局はうまくいかず、再び大阪に戻ることになりました。破門されて当然ですが、師匠はさんまさんをとがめませんでした。それどころか周りの師匠に『さんまが帰ってくるから、よろしゅう頼むな』と、根回しまでしていたそうです。再び弟子入り志願に訪れたさんまさんへ、師匠は『何も言うな! ついてこい!』と言って初めて2人で食事をしたラーメン店に連れていったといいます。さんまさんは師匠の優しさに触れて『もう二度と師匠を裏切ることはしない』と固く誓ったそうです。以来、45年前に弟子入りしたときの笑いにかける熱い思いをずっと持ち続けているのです」(芸能関係者)

 

改心したさんまは、瞬く間にスターの階段を駆け上がっていった。その躍進の陰にも、松之助さんの存在があった。

 

「放任主義の松之助さんは“褒めて伸ばすタイプ”。タレントとしての才能を見抜いたのも師匠です。『今日で落語をやめて、タレントに専念します』と言ってきたときも、止めることなく後押ししたそうです。さんまさんが成功したのがよっぽどうれしかったのでしょう。その後、松之助さんは自分の名刺に“さんまの師匠”と大きく打つようになったそうです(笑)」(前出・芸能関係者)

 

さんまがスターになった後も、2人の交流は続いた。

 

「松之助さんはさんまさんが売れっ子になった後も、定期的に手紙を送っていました。そこでは人生に役立ちそうな先人たちの言葉がつづっていたそうです。ある雑誌のインタビューで、さんまさんは自分の宝物としてその手紙を紹介していました」(前出・芸能関係者)

 

いっぽうの松之助さんも『サライ』2010年2月号のインタビューで、さんまとの関係についてこう語っている。

 

《うちのせがれが上京した際はさんまの事務所に寝泊まりさせてもらってます。合鍵渡されて。私らには肉親と同じ気持ちで接してくれてますから、ほんまにうれしいですね》

 

そんな師匠の訃報を聞いても、さんまは舞台を優先させた。壇上で笑顔をみせ、観客を沸かせる。それが、不義理をした弟子ができる最後の親孝行だと信じて……。

 

「師匠は『どんなときでもお笑いを優先すべき』と言っていました。そして、さんまさんの笑いが大好きでした。あるとき酔っぱらったさんまさんは、松之助さんに『年をとったら帰る場所は師匠の家しかない』 と言ったそうです。彼にとって松之助さんの存在は師匠でもあり、父親でもあったのだと思います」(前出・芸能関係者)

 

松之助さんはこれからも天国で、“息子”の活躍を見守り続けることだろう――。

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cat_oa-jisin_issue_3ed3384dabba oa-jisin_0_be149cde33c2_ワタナベマホト引退も沈黙のまま 今泉佑唯に募るファンの不安 be149cde33c2 be149cde33c2 ワタナベマホト引退も沈黙のまま 今泉佑唯に募るファンの不安 oa-jisin

ワタナベマホト引退も沈黙のまま 今泉佑唯に募るファンの不安

2021年3月3日 17:37 女性自身

《ずーみんとお腹の子がとても心配。ほんとに余計なストレスは与えないでほしい》
《ほんとのほんとにずーみんも赤ちゃんも元気でいてほしい》
《マホトよりもずーみんが今大丈夫なのかが心配よ》

 

ネットでは、元欅坂46の今泉佑唯(22)の身を案じる声が相次いでいる。それは彼女の夫・ワタナベマホト(28)が3月2日、YouTuberを引退すると発表したためだ。

 

今年1月に結婚を発表したばかりの2人。あわせて妊娠も報告した今泉は当時、公式サイトにこうつづっていた。

 

「彼と一緒に過ごしていく中で信念を持ち、真摯にお仕事と向き合う姿に惹かれました」

 

「どんなときも優しく包み込んでくれる彼とこの先もずっと一緒にいたいと、心からそう思いました」

 

マホトも自身のYouTubeチャンネルで「今泉さんには僕の過去も、すべてお話しその上で一緒にいてくれると言って下さいました」と語っていた。そんな結婚を発表した当日の夜、ある事件が発覚する。

 





 

■今泉は結婚発表以来、口を閉ざしたまま

 

「マホトさんが15歳の少女に、わいせつな写真を撮って送るよう要求していたことが判明したのです。少女が友人に相談したところ、マホトさんは逆上。『弁護士を用意した』などと少女に迫ったといいます。

 

しかし後に一転して少女へ連絡し、『警察に行かないで』『離婚も考えています』などとも話したそうです」(スポーツ紙記者)

 

そうして13年間のYouTuber活動に終止符を打つこととなったマホト。Twitterで《この度は私が起こしてしまいました事件に関して、被害に合われた方に大変な苦痛を与えてしまったこと、心よりお詫び申し上げます》といい、《けじめとして引退させて頂くことにしました》と投稿している。

 

「結婚発表の夜に、夫による性的な事件が発覚。さらにそのことがキッカケで、夫が引退となったのです。

 

初めての出産を控える今泉さんにとって、大きな負荷となっているはず。また彼女は結婚発表以来、口を閉ざしたまま。そうしたこともあり、ファンの不安が募っているようです」(前出・スポーツ紙記者)

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cat_oa-jisin_issue_3ed3384dabba oa-jisin_0_22b7d9421332_加藤シゲアキ 事務所初の快挙達成にあった文学賞への“諦め” 22b7d9421332 22b7d9421332 加藤シゲアキ 事務所初の快挙達成にあった文学賞への“諦め” oa-jisin

加藤シゲアキ 事務所初の快挙達成にあった文学賞への“諦め”

2021年3月3日 17:18 女性自身

3月2日、「第42回吉川英治文学新人賞」が発表され、NEWSの加藤シゲアキ(33)の『オルタネート』(新潮社)と武田綾乃の『愛されなくても別に』(講談社)が受賞した。ジャニーズ事務所所属のタレントが同賞を受賞するのは初めてのこと。

 

普段はアイドルとして活躍する加藤は、12年に『ピンクとグレー』で作家デビュー。以降もコンスタントに作品を発表し続け、昨年11月発売の『オルタネート』は、第164回直木賞の候補作にノミネート。惜しくも受賞は逃すも、21年の本屋大賞候補にも入るなど、その実力は本物だ。

 

SNSでは、快挙を達成した加藤への称賛の声が相次いだ。

 

《加藤シゲアキ先生おめでとうございます~!!!》
《NEWS加藤シゲアキと作家加藤シゲアキって別人じゃないかって思うくらいいろんな顔見せてくれるシゲほんとすき、尊い、》

 

今年で作家デビューから10年目になる加藤。同日行われた、受賞記者会見でこれまでの執筆活動をこう振り返っている。

 

「『ピンクとグレー』というデビュー作を出版したのが2012年だったんですけど、執筆時は10年前。振り返ってみれば長い作家生活だなと思うんですけど、10年間やめずに続けてきた結果、今に結びついているんだなと思うと、10年前の自分を少し褒めてあげたいという思いもあります」

 

デビュー作の『ピンクとグレー』は累計40万部、『オルタネート』もすでに15万部を売り上げ、文学賞も受賞するなど順調な作家活動を送っている加藤。しかし、文学賞には“諦め”もあったと、インタビューでこう語っている。

 

《作家デビュー時を振り返ると、命がけで書いたデビュー作の『ピンクとグレー』(2012年)が、少しも文学賞に出てこないんだなと思った気もします。それ以後も、別に狙っていたわけではありませんが、まったく話に出てこなかった。だからもう、5作目ぐらいで半ばあきらめていました。シンプルに自分の実力が足りないと思っていた》(21年2月13日『朝日新聞デジタル』)

 

同インタビューで《「オルタネート」に関しては肩の力を抜いて書くことができました。色眼鏡で見られることも、どうでもよくなってきました》と続けた加藤。作家として次のステージへ移った加藤が、直木賞を手にする日もそう遠くないのかもしれないーー。

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cat_oa-jisin_issue_3ed3384dabba oa-jisin_0_acf5cbe51beb_定年後の夫婦生活を安定させる“それぞれの楽しみ”の見つけ方 acf5cbe51beb acf5cbe51beb 定年後の夫婦生活を安定させる“それぞれの楽しみ”の見つけ方 oa-jisin

定年後の夫婦生活を安定させる“それぞれの楽しみ”の見つけ方

2021年3月3日 15:50 女性自身

人生100年と言われる時代。定年を過ぎた後も長い時間を快適に過ごすためには、“定年前”の心構えがとっても大切。過度な楽観は禁物ですが、決して悲観しすぎることもありませんーー。

 

夫が定年を迎えたら、そのときに入る退職金で海外旅行をしたい、ブランドもののバッグを買いたいなどと、使い道をあれこれ考えたことはないだろうか?

 

「多くの人が、『退職金は長年働いた自分へのごほうび』と勘違いしていますが、あくまでも『給料の後払い』です。数千万円という単位で振り込まれた通帳を見ると、豪華な旅行に出かけてしまったり、投資をしてしまったりして、病気や介護が必要なときにお金がない、という話をよく聞きます。定年後にまつわる“勘違い”をなくして、“定年前”の今から夫婦で準備をすれば、安心した生活を送ることができますよ」

 

そう語るのは経済コラムニストで、著書に『定年前、しなくていい5つのこと「定年の常識」にダマされるな!』(光文社)がある大江英樹さん。大江さんは、自身が大手証券会社に定年まで勤務した経験をもとに、資産運用やライフプランニングに関する講演や執筆活動を行っている。

 

大江さんによれば、“定年前”の準備は定年のタイミングの5年前には着手しておくことが、快適な老後につながるという。

 

定年を迎えた夫に、“地域デビュー”をすすめる妻もいる。

 

「私の友人でも、災害の救援活動を始めたり、近所で小学生の登校の見守りに取り組んでいたりする人をよく見かけます。自分のやっていることが確実に誰かの役に立っていると生きがいを感じるボランティア活動は、充実した時間につながるでしょう」(大江さん・以下同)

 

ところが、サラリーマンを定年退職後、謙虚になれないシニアが、“上から目線”で人に話しかけようとする傾向がある。夫にそんな“マウンティングおやじ”の傾向があれば、地域コミュニティへは参加させないほうが無難だ。

 

「ほかに、無理をして同じ趣味をもとうとすると失敗してしまいがちです。一緒に何かを始めると、夫は妻にアドバイスや指図をしたり、しまいにはけんかに発展することも。『家でゴロゴロしてもらっては困る』という声をよく聞きますが、妻が外に出られるように立派な専業主夫になってもらうのもひとつの手段でしょう」

 

そこで、定年前の「趣味」の準備について大江さんが解説してくれた。

 

■やるべきこと

 

【お金がかかる趣味の資金を準備する】

趣味がないという人は、学校やカルチャー教室などで学ぶプランもある。

 

「私は定年の1年前から、大人のジャズサックス教室に通い始めました。きちんと先生から教わることで独善的にならず、趣味がガンコ老人になるのを防ぐきっかけになってくれて一石二鳥です」

 

少しお金のかかる趣味であれば、そのための資金を定年前にためておこう。

 

【“遊びの計画”を立てる練習をする】

スケジュール帳には、旅行やコンサートなど、遊びの計画を積極的に書き込もう。

 

「『計画を立てたら達成しなければならない』と思うかもしれませんが、これは楽しい気持ちで過ごすためのもの。定年後にぼんやり過ごさないために習慣づけておくことが大事。達成できなくてもいいので、楽しいことを考える習慣をつけましょう」

 

■やってはいけないこと

 

【夫婦で共通の趣味を見つけておく】

妻の趣味を夫も一緒に始めようとするときは注意が必要。

 

「夫は“サラリーマン脳”が抜けきらないので、最初は妻の言うことを素直に聞いていても、そのうち夫のほうが上達が早かったりすると、命令口調で指図し始めてしまいます。趣味は夫婦別々のほうがうまくいくことが多いようです」

 

【地域コミュニティには必ず参加する】

夫に“マウンティングおやじ”の自覚がないまま、地域の行事などに参加させてしまうと、家族もろとも村八分になってしまう恐れも!

 

「地域の人たちが困っていることや人手が足りないから手伝うというスタンスで地域の催しに参加して、少しずつ溶け込めるようならもちろんOKです。くれぐれも無理をさせないように」

 

お互いを尊重するためにも、余暇活動についても考えておこう。

 

老後は悲観的に考える必要はないが、いっぽうで“バラ色”というように楽観的すぎる考えを持つのは危険なことも。

 

「老化の進み方は人によってさまざまですから、70歳、80歳になっても若者に交じって活発に行動するのはいいことです。ただし、無理は禁物。加齢にあらがうこと、アンチエイジングはしないほうがいい。楽観でも悲観でもなく、老後を淡々と受け入れる。私の造語ですが、“アクセプト(受け入れる)エイジング”という考え方が大切だと思います」

 

「女性自身」2021年3月9日号 掲載

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定年後の夫婦ゲンカ減らすため…夫に「名もなき家事」を認識させよ

2021年3月3日 15:50 女性自身

人生100年と言われる時代。定年を過ぎた後も長い時間を快適に過ごすためには、“定年前”の心構えがとっても大切。過度な楽観は禁物ですが、決して悲観しすぎることもありませんーー。

 

夫が定年を迎えたら、そのときに入る退職金で海外旅行をしたい、ブランドもののバッグを買いたいなどと、使い道をあれこれ考えたことはないだろうか?

 

「多くの人が、『退職金は長年働いた自分へのごほうび』と勘違いしていますが、あくまでも『給料の後払い』です。数千万円という単位で振り込まれた通帳を見ると、豪華な旅行に出かけてしまったり、投資をしてしまったりして、病気や介護が必要なときにお金がない、という話をよく聞きます。定年後にまつわる“勘違い”をなくして、”定年前”の今から夫婦で準備をすれば、安心した生活を送ることができますよ」

 

そう語るのは経済コラムニストで、著書に『定年前、しなくていい5つのこと「定年の常識」にダマされるな!』(光文社)がある大江英樹さん。大江さんは、自身が大手証券会社に定年まで勤務した経験をもとに、資産運用やライフプランニングに関する講演や執筆活動を行っている。

 

大江さんによれば、“定年前”の準備は定年のタイミングの5年前には着手しておくことが、快適な老後につながるという。

 

男性が家事をするシーンは昔に比べれば増えてはきたが、夫婦間で衝突が起こる原因にも。

 

「妻が『もういい』と思うよくあるシーンは、夫が凝った料理を作りたがること。材料にお金をかけても、後片付けはしない人が多いので、『台所は触らないで』となってしまう。夫も単なる趣味としてではなく、妻の負担を減らすことを心掛けるべきでしょう」(大江さん・以下同)

 

そこで、定年前の「家事」の準備について大江さんが解説してくれた。

 

■やるべきこと

 

【「お金で時間を買う」生活をやめる】

料理をする時間がないときは、つい外食やスーパーのお総菜、弁当を買って食べていたが、定年後その生活を続けてしまうと、老後の家計をジワジワ圧迫する要因に。

 

「時間があるからこそ、自炊をすると食費を減らせます。共働きで掃除などを家事代行に頼んでいたケースでも、自分たちでやるように切り替えましょう」

 

【はじめのうちは夫の家事でのミスは割り切る】

洗濯物のたたみ方やしまい方を間違うとつい「そうじゃない!」と文句を言いたくなり、妻は「自分がやったほうが早い」と思ってしまうが、それでは意味がない。

 

「家事のやり方が違っていたら、違いを説明すると夫は理解します。夫ができることから少しずつ増やしていくと将来的に妻の負担が減るでしょう」

 

■やってはいけないこと

 

【家での食事は“三食妻が作る”ルールに】

外食しようとすると「ごはんは?」と夫に聞かれてカチンときた経験がある人も多いはず。

 

「妻が夫の食事を用意するのが当然という習慣は、定年までに撤廃しておきたいところです。最初は作り置きをしておく、『好きなものを食べて』とお金を渡すなどの工夫が必要ですが、このような定年前の準備が、快適な老後には欠かせません」

 

【名もなき家事を無理強いする】

「名もなき家事」は全部をやってもらうのは、衝突を生む原因にもなり、残念ながら無理。夫にはできるところから1つずつトライしてもらおう。まず「洋服は脱ぎっぱなしにするのではなく片付ける」、といったところからお願いしてもらってはどうか。

 

「定年後、夫婦で過ごす時間は長いので、家事はできることからやってもらい分担しましょう」

 

日常生活の中でちょっとした手間がかかる作業「名もなき家事」は、主に次のようなもの。

 

・裏返しに脱いだ衣類、丸まったままの靴下をひっくり返す
・玄関で脱ぎっぱなしの靴の片付け。下駄箱へ入れる/靴をそろえる
・トイレットペーパーの補充/交換
・脱ぎっぱなしを片付ける。クローゼットにかける/脱ぎ捨てた服を回収して洗濯カゴへ入れる
・食事の献立を考える

 

ごみの片付けひとつでも手順があり、夫はわからない。ごみ箱に袋をセットすることから始まり、ペットボトルはキャップとラベルを外し、中を洗って水を切る、といった手順があり、妻側はこれらを根気よく伝える努力が必要だ。

 

「私も『名もなき家事』リストを見て、家事は料理、掃除、洗濯以外にもたくさんあるのだと気付き、食後の食器洗いと片付けから始めました。掃除は妻に任せがちですが、風呂やトイレの清掃は私がやっていますし、洗濯も私がやることが多いです」

 

「女性自身」2021年3月9日号 掲載

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cat_oa-jisin_issue_3ed3384dabba oa-jisin_0_0bbb7d7207f0_「YOUたち売れないよ」Snow Manが苦節11年でブレイクした訳 0bbb7d7207f0 0bbb7d7207f0 「YOUたち売れないよ」Snow Manが苦節11年でブレイクした訳 oa-jisin

「YOUたち売れないよ」Snow Manが苦節11年でブレイクした訳

2021年3月3日 15:50 女性自身

「彼らは“できません”を絶対言わないことをグループとしてのポリシーにしています。番組サイドから曖昧な指示が出ても即座に対応できるスキルを全員が持っていて、歌も踊りもトークもうまい。人を魅了する力はピカイチです」

 

あるテレビ局関係者が手放しで絶賛するグループはSnow Man。昨年1月のデビューから1年2カ月。CDは2作連続でミリオンヒットを達成し、昨年12月に公開された出演映画『滝沢歌舞伎 ZERO 2020 The Movie』の興行収入は20億円を突破した。

 

4月からは、日曜昼に地上波初の冠番組である『それSnow Manにやらせて下さい』(TBS系)もスタートするなど、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。舞台裏でもその評判は高い。

 

「スタッフに対しても常に丁寧で、カメラが回っていないところでも気さくに話しかけてくるなど、サービス精神も旺盛です。一度取材するとみんなファンになってしまうんです」(アイドル誌ライター)

 

すでに名実ともにトップアイドルの風格を漂わせているSnow Manだが、そこに至るまでには長い道のりがあった――。

 

'09年に前身ユニットである「Mis Snow Man」が結成され、'12年5月に深澤辰哉(28)渡辺翔太(28)、佐久間大介(28)、阿部亮平(27)、岩本照(27)、宮舘涼太(27)の6人でSnow Manとして正式にスタートする。

 

「タッキー&翼やKis-My-Ft2といった先輩グループのバックダンサーを務め、先輩から指名されることも。また『滝沢歌舞伎』の常連にもなり、Jr.内で“職人集団”と呼ばれるまでのグループに」(前出・ライター)

 





 

■「“やめよう”は何回も頭によぎりました」

 

Jr.内での評価が高まるいっぽうで、デビューの話は一向に聞こえてこず、悶々とした日々が続く。

 

「Jr.時代、ジャニー喜多川さん(享年87)が『YOUたちはこのままじゃ売れないよ』と冗談まじりに言ったこともあるそうです」(音楽関係者)

 

デビューできないまま時が過ぎ、メンバーは20代に突入。将来に不安を抱くことも少なくなかったようだ。

 

「深澤くんは昨年のバラエティ番組で『“やめよう”は何回も頭によぎりましたね』と語るなど、ほとんどのメンバーが一度は退所を考えたそうです」(前出・ライター)

 

メンバーそれぞれが“脱退危機”を迎えるなか、精神的支柱として支え続けた“先輩”が。

 

'18年に芸能活動から引退したジャニーズ事務所の滝沢秀明副社長(38)だ。

 

「前身ユニットの名付け親はジャニーさんですが、『Snow Man』と名付けたのは滝沢さん。Jr.時代からプライベートでもよくメンバーとご飯に行く仲で、人生相談にも乗っていたそうです」(前出・ライター)

 

しかし、時には滝沢副社長からの愛のムチも。本誌'14年3月18日号にSnow Manとともに登場したタッキーは、こう“叱声”を飛ばしていた。

 

《たとえばA.B.C-Zの場合は、僕が怒れば悔しがって頑張ってた。そこが必要だと思うんです。今のSnow Manにはそれがまだない。まだ時間がかかるのかな。今まで3年かかったから、あと3年。計6年くらいかかるのかも(笑)》

 

“恩人”からの“悔しがれ!”という叱咤激励も糧に、踏みとどまることを選んだ6人。風向きも少しずつ変わっていく。

 

'13年から事務所のプロデュース公演『ジャニーズ銀座』に出演し、当日券に1千人以上のファンが行列をつくることも。'15年には名だたる先輩らが受け継いできた舞台『少年たち』の主演に選出。

 

'18年には後輩であるKing&Princeが先にデビューするも、6人は前だけを向いていた。

 

「阿部くんは'15年に超難関の気象予報士試験に合格するなどインテリキャラを築き、今ではクイズ番組に引っ張りだこ。岩本くんも体を鍛えフィットネス誌に連載を持つなど、この時期にそれぞれのメンバーが独自の個性を磨いていました」(前出・ライター)

 





 

■「このグループだけはどうしても守りたかった」

 

'19年1月に転機が訪れる。向井康二(26)、目黒蓮(24)、ラウール(17)の3人が加入し、現在の9人体制に。

 

一部のファンから「6人で頑張っていたのに……」といった批判もあったというが、深澤は'19年3月放送の『RIDE ON TIME~時が奏でるリアルストーリー~』(フジテレビ系)でこう語っている。

 

「いままでのグルーブが全部なくなってしまったから、このグループだけはどうしても守りたかったので。そこに、こうね3人プラスして、新しいSnow Manで。どうにか頭ひとつ抜けさせるにはこの方法しかないと思ってた」

 

9人の結束も固いようだ。

 

「目黒くんは別のユニット、向井くんは関西Jr.で、それぞれ長い下積み時代があるので、6人と苦労を共有し、強い信頼関係があります。ラウールくんは持ち前の人懐っこさでみんなからかわいがられているそうです」(音楽関係者)

 

そして、前身ユニット時代から11年を経て、'20年1月についにデビューを果たす。このとき、深澤は27歳で、ジャニーズ史上最年長のデビュー記録となった。

 

やっとの思いでつかんだデビューだが、またしても困難が彼らを待ち受けていた。

 

「昨年3月に岩本さんが一部週刊誌でスキャンダルを報じられ、7月まで活動を自粛。出演予定だった年末の紅白歌合戦も直前に宮舘さんが新型コロナウイルスに感染し、泣く泣く辞退することになりました」(スポーツ紙記者)

 

それでも、苦節11年で培った“凹まない力”で逆風にも果敢に立ち向かっていく。

 

「困難があるたびに、メンバーの絆は強くなっているそうです。9人で“常に初心を忘れないでいよう”と誓い合って、どんな仕事でも前向きに取り組んでいるといいます」(前出・テレビ局関係者)

 

この先、どんな壁が立ちふさがっても凹まぬ9人は“凸破”し、乗り越えていくことだろう――。

 

「女性自身」2021年3月16日号 掲載

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2週間前“隔離”要請に悲鳴 芸能人の聖火リレー辞退が続く理由

2021年3月3日 13:04 女性自身

「この1週間で、5名もの著名人が聖火ランナーを辞退すると発表しました。今後も、この流れは続くと思います」(JOC関係者)

 

著名人による聖火ランナーの“辞退ドミノ”が止まらない。2月3日に、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会・森喜朗前会長(83)による数々の問題発言をきっかけに辞退したロンドンブーツ1号2号・田村淳(47)を皮切りに、11日には藤井聡太二冠(18)がスケジュールの都合で辞退していたことが判明。

 

その後も、25日に五木ひろし(72)、26日に常盤貴子(48)、27日には斎藤工(39)と玉城ティナ(23)と著名人らが次々と辞退を発表。3月2日にも渡辺徹(59)が、辞退を発表したばかりだ。

 

田村を除き、著名人らが辞退理由として挙げたのが“スケジュールの都合”によるもの。しかし、なぜ同じ時期にこれだけ多くの辞退者が続出したのだろうか。あるプロダクション関係者は、その背景に組織委員会からの“要請”も影響していると言う。

 

「2月25日の会見で、組織委員会の橋本聖子新会長(56)が聖火リレーに関するガイドラインを発表いたしました。“走行時以外はマスク着用”といった対策のなかに、聖火ランナーは“実施2週間前から会食や密集する場所への外出を避けること”を要請されています。体裁としては“要請”ですが、著名人の影響力を考えると実質的に“隔離”を命じているようなものです。

 

聖火ランナーに選出される著名人の方はただでさえ多忙ですから、2週間前からほぼすべての仕事が封じられるのはさすがに困るでしょう。それぞれ昨年から辞退の調整は進んでいたそうですが、ガイドラインが発表されたこともこのタイミングで公表した理由の一つと聞いています」

 

“隔離要請”に泣く泣く辞退した著名人ランナーたち。多忙なだけに、辞退が続き、このままゼロに……なんてことにはならなそうだ。

 

お笑い芸人のロッチ・中岡創一(43)は27日、Twitterで《聖火ランナーの空いた枠にロッチ中岡はいかがですか?》と“立候補”。地元・長野県でランナーを務める予定だったオリエンタルラジオ・藤森慎吾(37)も28日にTwitter「藤森、地元長野で聖火ランナーやらせていただきます」と宣言していた。

 

想定外の空き枠争いを制する著名人は果たして――。

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明石家さんま&大竹しのぶがタッグ 別れても変わらぬ父母の結束

2021年3月3日 11:00 女性自身

6月11日に公開が決定した、明石家さんま(65)企画・プロデュースの劇場アニメ『漁港の肉子ちゃん』。その主人公・肉子ちゃんのボイスキャストを、大竹しのぶ(63)が務めると発表された。

 

作家・西加奈子氏の同名小説が原作で、訳あって漁港で暮らす母娘が織りなすハートフルコメディー。大竹演じる肉子ちゃんは、食べることが大好きな明るい母親だ。

 

公式サイトで大竹は、さんまについて《本当に人が笑っている顔を見るのが好きなんだなぁとしみじみ思いました。だから、この映画を作ったんだなと》とコメント。そして《そこを壊さないよう、みんなにきちんと幸せを届けられるよう頑張ります》と意気込んでいる。

 

いっぽう、さんまは大竹の起用について《共同プロデューサーたちが大竹しのぶさんを肉子ちゃん役で推薦してきたので、それならオファーしてみてくださいと》と経緯を明かした。その上で、《今回オファーを受けてくれてありがたい。頼りにしております》と期待を寄せている。

 

「さんまさんが原作に惚れ込み、5年越しでアニメ化した作品です。大竹さんは当初、主人公が大阪弁の設定であることに不安だったそうです。ですが、そこはさんまさんが見事にフォロー。大竹さんも『ずっと関西弁を聞いてきた』と元夫婦ならではのジョークを交えるなど、現場の雰囲気もアットホームのようです」(スポーツ紙記者)

 

夫婦だったさんまと大竹が、それぞれの道を歩んでから29年が経つ。これまでラジオやバラエティ番組などで共演を重ねてきたように、良好な関係は周知のこと。そして今作でタッグを組んだように、2人の子供をもつ父母としての結束力も健在だという。



 

「最近ではIMALUさん(31)の彼氏も招いて、大竹さん、さんまさん、長男の二千翔さんで恒例の合同誕生日会を開いたといいます。愛娘の彼氏と初対面だったさんまさんは、不安と緊張でいっぱいだったそうです。ですが『まだ家族と違うし』と父親ならではのイジりを入れつつも、5人仲良く記念撮影したことを明かしていました」(前出・スポーツ紙記者)

 

家族ぐるみでの付き合いを大切にしているさんまだが、その深い愛情は子供たちにもしっかり伝わっているようだ。

 

「大竹さんと離婚した際、さんまさんが提示した面会交流の希望回数は『月に30回』だったといいます。要は、“会いたい時はいつでも会う”という意味だったようです。

 

この考えに大竹さんも賛同。そういった経緯もあり、家族ぐるみの仲は今でも健在なのでしょう。二千翔さんも、昨年12月に出演したバラエティ番組で『ずっとそばにいてほしい』とさんまさんに呼びかけていました」(芸能関係者)

 

両親の渾身作が公開される日を、子供たちも心待ちにしていることだろう。

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欧州王室にみる眞子さま結婚の道 涙の会見で世論一変した例も

2021年3月3日 11:00 女性自身

「眞子内親王の結婚については、国民の間で様々な意見があることは私も承知しております。このことについては、眞子内親王が、ご両親とよく話し合い、秋篠宮が言ったように、多くの人が納得し喜んでくれる状況になることを願っております」

 

誕生日会見で天皇陛下は、眞子さまの結婚問題について初めて言及された。

 

「陛下も秋篠宮さまと同じく、眞子さまの意志を受け止めつつも、現状ではまだ小室さんとの結婚に“賛成”はできないとの認識なのではないでしょうか。お二人への“苦言”といっても過言ではないご発言でした」(皇室担当記者)

 

結婚に向けて「多くの人が納得し喜んでくれる状況」を実現するという“宿題”に、しっかり向き合わなければならなくなった眞子さまと小室さん。

 

しかし、ヨーロッパの王室に詳しいジャーナリストの多賀幹子さんは「お二人にはまだチャンスがある」と語る。眞子さまと小室さん以上に絶体絶命の状況から、結婚を成就させた例がいくつもあるというのだ。

 

「ヨーロッパの王室では、本人や家族の過去の言動などを理由に、国民から結婚を反対された例がいくつもあります。しかし、辛抱強い努力によって、その多くは結婚を成就させているのです。たとえば、ノルウェーのメッテ=マリット王太子妃。シングルマザーで子供の父親は麻薬常習者、さらには本人も麻薬パーティに参加していたことまで明るみに出て、国民から批判を受けました。

 

しかし彼女は、婚約発表会見の場で『過去は変えられないが、未来は変えられる』と涙ながらに訴えました。その場にいた記者まで泣いてしまったほどで、彼女の誠実な思いは国民の心に響いたのです。結婚後も王妃は薬物依存症の治療を受ける人たちを支援する団体のパトロンを務めるなど、会見での言葉を裏切らない活動を続けており、国民からたいへん信頼されています」

 





 

■結婚のため“肉親と決別”の覚悟も

 

小室さんは母・佳代さんの金銭トラブルにより結婚延期に追い込まれたが、比較にならないほどの大問題で批判を浴びたのがオランダのマキシマ王妃だ。

 

「アルゼンチン人のマキシマ王妃の父は、大量虐殺を行ったアルゼンチンの軍事政権で大臣を務めた人物。国民からは結婚に猛反発が起こりました。しかし、数カ月でほぼ完璧に習得したオランダ語を披露した婚約会見で、世論は一変。そして結婚式には父親を招待しませんでした。父と決別し、オランダ国民のために生きていく覚悟を示したのです。結婚を問題視する国民のほうをしっかり向いて、自分に都合の悪いことでも包み隠さず誠実に向き合う姿勢が、反発していた国民の心を動かしたのではないかと思います」(多賀さん)

 

ただ、これらの例はあくまで、王族の結婚相手の努力によって逆境をはねのけた例だ。眞子さまお独りだけでピンチを脱する方法はあるのだろうか。

 

「オランダのヨハン・フリーゾ王子は、マフィアの麻薬王の元愛人とされる女性と結婚するために、王位継承権を放棄しました。同じように、王位を捨ててまで結婚を選んだ人物といえば、イギリスのエドワード8世も有名です。アメリカ人のシンプソン夫人と不倫の末、国民の反発を押し切って国王を退位してまで結婚することを選びました」(多賀さん)

 

王族としての地位や権利を放棄するという“代償”を支払うことで、結婚を成就させることができたというわけだ。

 

一方、眞子さまはこの王族たちとは違い、もともと結婚によって皇室を離れる立場ではあるが、結婚に際して1億4千万円近い一時金を受け取ることになっている。

 

「一時金の減額や辞退を申し出ることも一つの選択肢といえます。ただ、もっとも大切なことは、小室さんとの結婚を不安視し、反対する声に、眞子さまがきちんと耳を傾けることでしょう。問題を解決しないまま“強行突破”しようとしてきた姿勢を改めて、会見でご自身の思いを誠実に伝えれば、心を動かされる国民も少なくはないと思いますが……」(前出・皇室担当記者)

 

「女性自身」2021年3月16日号 掲載

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「とりあえず再雇用」の考えはNG!定年後見据え準備すべきこと

2021年3月3日 11:00 女性自身

人生100年と言われる時代。定年を過ぎた後も長い時間を快適に過ごすためには、“定年前”の心構えがとっても大切。過度な楽観は禁物ですが、決して悲観しすぎることもありませんーー。

 

夫が定年を迎えたら、そのときに入る退職金で海外旅行をしたい、ブランドもののバッグを買いたいなどと、使い道をあれこれ考えたことはないだろうか?

 

「多くの人が、『退職金は長年働いた自分へのごほうび』と勘違いしていますが、あくまでも『給料の後払い』です。数千万円という単位で振り込まれた通帳を見ると、豪華な旅行に出かけてしまったり、投資をしてしまったりして、病気や介護が必要なときにお金がない、という話をよく聞きます。定年後にまつわる“勘違い”をなくして、“定年前”の今から夫婦で準備をすれば、安心した生活を送ることができますよ」

 

そう語るのは経済コラムニストで、著書に『定年前、しなくていい5つのこと「定年の常識」にダマされるな!』(光文社)がある大江英樹さん。大江さんは、自身が大手証券会社に定年まで勤務した経験をもとに、資産運用やライフプランニングに関する講演や執筆活動を行っている。

 

大江さんによれば、“定年前”の準備は定年のタイミングの5年前には着手しておくことが、快適な老後につながるという。

 

夫には65歳まで再雇用で働いてもらいたいと妻たちは思うが、「再雇用で働くのはおすすめできません」と大江さんは言う。

 

「私も半年間だけ再雇用で働きましたが“やる気”を維持するのがとても大変でした。定年後も現役時とさほど変わらないイメージで働けると思われがちですが、役職から外れ、責任と自分の裁量でできる仕事の範囲が狭くなることが多いのです。そのような環境で5年も過ごしたら、ストレスがかかり、心身に悪影響を及ぼすことも。転職や起業をしたいのであれば、60歳はひとつのタイミングです。夫がやりたいことをしてもらったほうが家庭円満にもつながります」(大江さん・以下同)

 

そこで、定年前の「仕事」の準備について大江さんが解説してくれた。

 

■やるべきこと

 

【資格取得など、働き方を変える準備をする】

厚生年金や企業年金を受け取れるサラリーマンは現役並みに稼ぐ必要はないという。

 

「夫婦で月8万円ぐらい稼げれば十分でしょう。新しい仕事にチャレンジするための知識を得るなど、定年前から資格取得の勉強をしたり、人脈を築いたりするなど、定年後に向けて準備することが大事です」

 

【70代でも働ける健康状態をキープする】

働くことはお金のこと以外にも効果がある。

 

「現役時代のようなストレスがたまる働き方ではなく、自分のペースで無理なく働く環境であれば、健康や精神面でもよい影響が出てきます。人と会うためには身だしなみを整えますし、外出するとかなり歩きますので、いい運動にもなります」

 

そのためにも、健康な体を維持することは欠かせない。

 

■やってはいけないこと

 

【いまのポジションで70歳まで働けると想定する】

70歳まで定年延長が可能になると、60歳以降も同じ職場で働けると思う人が増えているが注意が必要。

 

「それまで管理職だった人は、平社員となって部下が上司になることもあります。給料も今までの半分ぐらい減額されることもあり、よい条件ではないことを覚悟したほうがいいでしょう」

 

【定年後も絶対に働かなくては、と悲観する】

70歳までは必ず働こうという風潮が強まりつつあるが、年金で生活費がまかなえるという選択肢も。

 

「たとえば、シルバー人材センターに登録して週1〜2日、庭の剪定やふすま張りなど自分ができることで小遣い稼ぎする程度に働き、ほかの時間は趣味を楽しむ過ごし方もいいと思います」

 

すべての再雇用がダメというわけではない。工場で技能職として働く人のように、現役時とほぼ同じ仕事を続けられるケースもある。

 

「『何をやりたいのかわからない』という夫には、無理に転職や起業を勧めるのではなく、やりたいことをじっくり考えてもらうことが大事です。今まで取材で会った人の中には自分の趣味を仕事にしている人がたくさんいます」

 

「女性自身」2021年3月9日号 掲載

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