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緊急事態宣言6月まで延長濃厚か 収束は10年仕事との予測も

2020年4月23日 06:00 女性自身

「専門家の提言をもらいながら、延ばすのかどうか判断する」

 

4月17日、会見で緊急事態宣言の延長の可能性について質問を受けた安倍晋三首相は、そう答えた。4月7日に7都府県に向けて発令された緊急事態宣言だが、16日には全都道府県へと拡大。実はさらに時期の延長まで検討されているという。

 

「実施期間は5月6日までとなっていますが、感染者数も予想より減少せず、延長するかどうかの議論も始まるそうです。安倍首相も発令前から、『専門家の皆さまが収束にいたっていないと判断されれば、延ばしていくことになる』と、発言していました。延長期間については“最低2週間”という意見もあるそうです……」(全国紙・政治部記者)

 

専門家たちの判断に委ねられるわけだが、医療関係者のなかで、“5月6日までに感染拡大が収束する”と判断している者はほとんどいないというのが実情だ。医療ジャーナリストは言う。

 

「アメリカのハーバード大学の研究チームは、新型コロナウイルスの流行を収束させるためには外出自粛などの措置を'22年まで断続的に継続する必要があるという論文を発表しました。また京都大学の山中伸弥教授も、ウイルスへの対応が求められる期間について、“1年くらいになっても想定の範囲内”と、語っています」

 

NPO法人「医療ガバナンス研究所」の上昌広理事長もこう語る。

 

「今年はインフルエンザでの死亡者が激増していますが、実はコロナ感染者だった患者さんも大勢含まれていたと思われます。4月17日に発表された東京都の感染者は200人を超えました。このままだと緊急事態宣言を5月6日で解除するのは難しいでしょうね」

 

ウイルス克服の鍵となるのはワクチンの開発であり、各国の研究者たちが全力で挑んでいる。東大病院で放射線科医を務めている前田恵理子医師はこう語る。

 

「2年程度でワクチンの開発に成功するだろうと考えています。それから1年で安全性を確かめても、さらに量産化までは3年かかります。それでも驚異的なスピードですが、日本でいえば1億3千万人が安全に接種するためには、かなりの時間が必要です。コロナを収束させるためには“10年仕事”になると予測しています」

 

だが来年7月に東京オリンピックを開催するとなると、それでは間に合わない。総合内科を専門とする鈴木医院副院長の木原幹洋医師は言う。

 

「来年6月までをワクチンの接種期間とすると、年内にはワクチンを実用化させる必要があります。安倍首相にはその見込みがあったからこそ、来年7月への延期を決めたのではないでしょうか。これ以上感染を拡大させないために必要なのは、ウイルス検査数を増やして誰が感染しているのかを明確にすること、そして感染者の迅速な隔離です。新たな感染者を増やさないために、現在の外出自粛を2~3カ月は続けるのではないでしょうか」

 

すると緊急事態宣言の解除は、6月から7月ごろということになるのだろうか。前出の医療ジャーナリストも次のように語る。

 

「中国・武漢では約2カ月半も都市封鎖を実施しました。アメリカやヨーロッパ各国も、日本より早い時期に、厳しい外出制限措置を講じていますが、措置の期間の延長を重ねています。もちろん日本は状況も条件も異なります。しかし専門家からも“緊急事態宣言を欧米並みに2カ月続けるべき”といった意見も上がってくることでしょう。感染者数がある程度まで減らないとすれば、延長を2~3度重ね、解除が6月にずれ込む可能性も濃厚ですね」

 

「女性自身」2020年5月5日号 掲載

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【ポップな心霊論】「バイトしていたラーメン屋で起こった不思議な話」

2022年1月23日 15:50 女性自身

その霊能力のために、楽屋では霊視を求める先輩芸人たちが行列をつくることもあるという、吉本興業所属の“霊がよく見える”芸人・シークエンスはやとも。『ポップな心霊論』は、そんな彼が人生で見てきた霊たちや霊現象などを紹介していくコラム連載!

 

【ラーメン店で仕込みをしていたら……】

 

この連載もついに5周年を迎えました! 始まったばかりのころは、まだラーメン店のバイトが主な収入源だったんですよね。

 

そのころ、友達も系列店でバイトをしていたんですが、そいつはめちゃくちゃ仕事ができたので、朝の仕込みも任されていました。

 

ある日、友達が店長と2人で仕込みをしていると、ガラガラと入り口の扉が開く音が聞こえました。そこで、「すみません、まだ営業時間前なんです」と声をかけたんですが、入り口のほうを見ると、そこには誰もいません。

 

変だなと思いつつ、とりあえず扉を閉めにいくと、店長が「幽霊かもな」とからかうので、「バカなこと言わないでくださいよ」と笑い飛ばしたそうです。

 

厨房に戻り仕込みを再開すると、またガラガラという音が聞こえました。入り口のほうを見ると、今度はちゃんと本部の社員が立っています。

 

そして「今日は休みにするから帰っていいよ」と言うんです。友達が「何でですか?」と尋ねると、「店長がさっき亡くなったんだよ」と。

 

驚いた友達が店内を見回すと、もうそこには誰もいませんでした。でも、店長が担当していた仕込みは、しっかり終わっていたそうです……。

 

【PROFILE】
シークエンスはやとも
1991年生まれ。吉本興業所属。『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)などで見せた芸能人の霊視も話題に。自身のYouTubeチャンネルでも心霊話を配信中。昨年8月には本連載をまとめた初の著書『ヤバい生き霊』(光文社)が発売された。

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当時は異例の主要キャラの死…人々を惹きつけた『タッチ』の魅力

2022年1月23日 06:00 女性自身

住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代に夢中で読んだマンガの話。活躍する同世代の女性と一緒に、“’80年代”を振り返ってみましょう--。

 

■少女マンガのようなキュンとするシーンも

 

『週刊少年サンデー』(小学館)で連載されていた『タッチ』(’81~’86年)は、’70年代後半から現在に至るまで、第一線で活躍するマンガ家・あだち充氏の代表作。

 

「’80年代初めに、『少年ビッグコミック』で『みゆき』(’80~’84年)、『週刊少女コミック』で『陽あたり良好!』(’80~’81年)とヒットを連発。私の周りでも、両方同時にハマった読者が多かった」

 

こう話すのは、世代・トレンド評論家の牛窪恵さん(54)。

 

そんな多忙をきわめていたと思われる時期に、さらに新連載として始まった『タッチ』は、少年誌であるものの、女性ファンも多かったのが特徴の一つだという。

 

「高校野球がテーマとなっていますが、ラブコメ要素も強く、女子がキュンとする、少女マンガのようなシーンが描かれていました。男性にとってヒロイン・南ちゃんは理想の女性だったようですが、女子にとっても憧れの存在。料理が上手で、学校の成績もよく、運動ができて、しかも親孝行で誰にでもやさしくて、かわいい。(明石家)さんまさんも、一時期、南ちゃんを真剣に探し『いたら結婚してた』と話していましたが、そんな女性、そうそういるわけありませんよね(笑)」

 

南ちゃんは新体操部という設定のため、全国的に新体操部が人気となった。また、夕方のニュース番組には「南ちゃんを探せ」という、スポーツに打ち込む少女を紹介するコーナーも登場した。

 

さらに注目すべきは、主人公の一人が交通事故で亡くなるというストーリー展開。

 

「『主要キャラを死なせるなんて、とんでもない』という、編集部の強い反対を押し切ったそうで、私も意外な展開にショックでした」

 

こうした衝撃の展開も読者を引きつけ、フジテレビ系でアニメ化(’85~’87年)もされた。

 

「日曜の午後7時からという、ファミリー層も多く見る枠でしたので、いかに幅広く支持されていたのかがわかります。また、主題歌『タッチ』(’85年)は、岩崎良美さんの代表曲に。南ちゃんを演じた日高のり子さんも、声優として飛躍しました」

 

’87年には実写ドラマ化。時を経た’05年には、長澤まさみ主演で、実写映画も公開された。

 

「現在は『ゲッサン』(小学館)で、『タッチ』の30年後の世界を描く『MIX』(’12年~)が連載中です。これをきっかけに『タッチ』を読み始めた若い世代も多いのではないでしょうか」

 

2世代に愛される作品なのだ。

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cat_oa-jisin_issue_2dd01235cbd0 oa-jisin_0_3f4207a36cee_生稲晃子を“芸能界は嘘の世界だ!”と号泣させたミスコンでの事件 3f4207a36cee 3f4207a36cee 生稲晃子を“芸能界は嘘の世界だ!”と号泣させたミスコンでの事件 oa-jisin

生稲晃子を“芸能界は嘘の世界だ!”と号泣させたミスコンでの事件

2022年1月23日 06:00 女性自身

住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代に夢中で読んだマンガの話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょう――。

 

「小学校のころからスポーツは得意で、助っ人として参加した女子サッカーチームで、全国大会にも出場しました。小6のときの50メートル走のタイムは6秒08。ですから『タッチ』のヒロインで、スポーツ少女の南ちゃんのイメージガールを選ぶ『ミス南コンテスト』では『芸能界でいちばん足が速い石川秀美さんにも、絶対に勝つ自信があります』とアピールしたんです」

 

そう懐かしそうに振り返るのは、生稲晃子さん(53)。当時よくテレビ放送されていた芸能人の運動会にも出場したいと思っていたそうで、それは’80年代アイドルの影響が大きかったという。

 

なかでも真っ先に思い出すのは田原俊彦だ。

 

「小6のときに『3年B組金八先生』(’79~’11年・TBS系)を見てファンに。同時期にデビューした松田聖子さんも大好きで、2人が出演する『レッツゴーヤング』(’74~’86年・NHK)や『ザ・ベストテン』(’78~’89年・TBS系)は欠かさず見ていました。とくに『ベストテン』は、毎週、ランキングをノートに記録。翌週の予想をしていたのですが、2人のファンだから、どうしても上位にくるんですね(笑)」

 

とくに印象に残っている曲は、トシちゃんの2枚目のシングル『ハッとして!Good』(’80年)。

 

「グリコのチョコレートのCMソングで、赤い電話ボックスでトシちゃんと聖子ちゃんが出会うシーンが、すごくすてきだったんです」

 

海外旅行にも憧れていた当時、『アメリカ横断ウルトラクイズ』(’77~’92年・日本テレビ系)を見て、疑似体験をしていた。

 

「アメリカどころか、まだ飛行機にすら乗ったことがなかったので、番組はすごく楽しみでした。問題が難しくて全然わかりませんでしたが、最初の◯×クイズくらいはできるので、参加するのが夢でしたね」

 

テレビのCMで流れていた、杉山清貴&オメガトライブの『サマー・サスピション』(’83年)も、青春の1曲。

 

「一時期、授業中でもずっと頭の中に流れていたほど。詞が好きで、何度もノートに書き写していました。杉山さんの曲は、都会の大人の恋愛が描かれていて“杉山さんの歌に出てくるような、おしゃれな女性になりたい”って思っていました。“ハンドルを握った女性がハイウエーをひた走る”みたいな歌詞の世界観を想像しては、かっこいいなって。3枚目のシングル『君のハートはマリンブルー』(’84年)の歌詞に“ツイードのジャケット”が出てくるのですが、“いったいツイードってなんだ?”って思ったりして。今みたいにスマホで簡単に調べられないから、なかなかわからなかったのですが、芸能界に入ってから着る機会があって“これがツイードか!”と、感動したことを覚えています(笑)」

 





 

■優勝候補と言われた「ミス南コンテスト」

 

とにかくテレビが好きで、生活の中心。好きな番組が放送されていない時間を見計らって、お風呂に入ったりしていたそう。

 

「アイドルはいつも、かわいい衣装を用意してもらえるし、車の後ろの席に乗って移動しているじゃないですか。そんな華やかな生活をうらやましく思っていましたが“じゃあ、自分が芸能界へ!”とはまったく考えませんでした」

 

’84年、16歳のときに「ホリプロタレントスカウトキャラバン」に応募したのは、芸能界への憧れとは別の理由だった。

 

「たしか優勝者に100万円、その推薦者に50万円が贈られていたと思うんです。思春期に親とぶつかったとき、『一銭の稼ぎもないくせに、偉そうなことを言うな』って怒られて、それなら“一銭の稼ぎをしよう”と。『合計150万円の賞金がもらえたら山分けする』と約束して、4つ上の兄に応募写真を撮影してもらいました」

 

残念ながら賞を取ることはできなかったが、系列の芸能事務所からスカウトされ、所属することに。

 

「それでCMのオーディションなどを受けたんですが、どれもうまくいかなくて、次第に生活の中心が高校のバレーボール部になっていきました」

 

大学進学に力を入れている私立高校に通っていたこともあり、まわりもすっかり受験モードに突入していた高3のころ、出合ったのが「ミス南コンテスト」だった。

 

「『みゆき』や『タッチ』など、あだち充先生の作品を兄が好きだったこともあって、私も単行本を読むように。自分のペースで世界観に浸りたかったので、アニメよりマンガで楽しんでいました」

 

スポーツが得意で、髪も肩にかかるくらいだった生稲さんは、友人から「南ちゃんに似ている」と言われることも。

 

「その言葉に有頂天になり、どんどん南ちゃんのことが好きになってしまって(笑)」

 

だからこそ絶対にコンテストには出場したかった。

 

「“芸能界で手っ取り早く稼ぐ”という幻想を捨てて大学受験に集中するための、最後の思い出作りのつもりでもありました」

 

決勝戦は、新宿のスタジオアルタで行われたが--。

 

「その前に『どうも、あだち先生があなたを気に入っているらしく、優勝する可能性がある。当日は制服を着てきてください』と言われ、南ちゃんと同じようなジャンパースカートで行きました」

 

だが、“芸能事務所に所属していないこと”が条件だったこともあり、生稲さんはグランプリを逃してしまったという。

 

「帰りの電車の中で“話が違う。芸能界は嘘の世界だ”って、大泣きしました。一緒だった母は恥ずかしかったと思います」

 

しかし、このコンテストで生稲さんに魅力を感じたレコード会社から、おニャン子クラブのオーディションを受けてみないかと、電話があった。

 

「最初は失意のあまり『嫌です』と即答したんですが、『一度、スタジオに来てください』と言われて。トシちゃんがそのレコード会社から曲を出していて、レコードやポスターをたくさんいただき、説得されてしまいました(笑)。“ダメでも普通の生活に戻ればいいだけ”と考え直し、おニャン子クラブのオーディションを受けることにしたんです」

 

それをきっかけにデビューした生稲さんは、芸能界での足場を築き、現在に至っている。

 

「南ちゃんは本当に好きなキャラクター、私の人生を変えてくれた存在なのは間違いありません」

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cat_oa-jisin_issue_2dd01235cbd0 oa-jisin_0_bcf87d6c4ce9_育休取得の榎並アナ 仕事中断の不安に「きっと多くの女性も同じ」 bcf87d6c4ce9 bcf87d6c4ce9 育休取得の榎並アナ 仕事中断の不安に「きっと多くの女性も同じ」 oa-jisin

育休取得の榎並アナ 仕事中断の不安に「きっと多くの女性も同じ」

2022年1月23日 06:00 女性自身

正面中央にある数十台ものテレビモニターがまず目に入る、広大なフジテレビの報道センター。昼夜問わずアナウンサーが常駐し、ニュース原稿を片手に持ったスタッフが忙しなく行き交う。

 

スーツ姿の榎並大二郎アナウンサー(36)が入ってきたのは、午後2時過ぎのこと。メインMCを担当する夕方のニュース番組『Live News イット!』のスタジオ近くに設置されたデスクに座り、青ペンで原稿にメモを書き込む。

 

そうするあいだにも、アクリル板越しに「今日のコーナーは、CGを使って紙芝居風にしますので、よろしくお願いします」など、段取りの報告が入る。

 

生放送前の緊張感が漂うなか、榎並アナはおもむろに白い紙袋から菓子パンを取り出し、大きく口を開けて食べはじめた。

 

「3時間15分の生放送ですからね。これを逃すと夜の10時ごろまで食べられないんです。直前にカツ丼とかも食べるので、みんなにギョッとされることもあります」

 

ひょうひょうと笑顔で語る。

 

本番15分前、ともにメインMCを務める加藤綾子さんが別の打ち合わせを終えて隣席につくと、榎並アナは「昨日、夢を見たようなんだけど、妻が言うには『優しい世界だ』と寝言を言っていたみたい」など、本番前のアイドリングトークを楽しむ。

 

スタジオに移動するのは、本番5分前。テレビ画面で見るおなじみのセットの所定の位置で、眉間のシワをクリクリと指でほぐしながら、原稿を見やる。

 

「15秒前です……10秒……5、4、3、2」

 

スタッフの秒読みが始まると、現場の空気も変わる。カメラの向こうにいる視聴者と向き合う。

 

「みなさん、こんにちは」

 

フジテレビの“夕方の顔”である榎並アナは、画面から感じられる印象そのまま、明るくさわやか。

 

最近、イクメンパパとして注目されているのは、昨年9月、2週間の育休を取得し、その奮闘ぶりをSNSにアップしたことが話題になっているからだ。

 

「正直、びっくりするくらいの反響があって、写真をアップするたびにネットニュースで取り上げられました。3万人くらいだったフォロワーも、4万人以上に。それだけ男性の育休利用はめずらしいのかもしれませんね」

 

報道番組では冷静沈着にニュースを伝える榎並アナだが、育児の現場ではオロオロしたり、固まってしまったりの連続だった。

 

ところがーー。

 

生放送後の反省会を終え、一目散に帰途につき、エレベーターを降りた瞬間からネクタイをはずしはじめる。「ただいま~」と玄関に入って手を洗い、シャツを脱ぎながら、急いで赤ちゃんのもとへ。

 

「息子をお風呂に入れるのがボクの役目なのですが、帰宅する時間は眠たくて限界で、急がないといけないんです。脱ぎながら移動して、息子を抱くときは半裸に近い状態です(笑)」

 

高校、大学時代、遠泳部に所属し、猪突猛進に泳ぐ姿から、ついたあだ名は“褐色の弾丸”。その名のとおり“真っすぐ走りながらの育児”で、赤ちゃん中心の生活にくらいついているのだ。

 





 

■初めてだらけの育児「楽しみながら取り組んでくれる夫の姿に愛情が深まりました」

 

9月20日からいよいよ育休生活をスタートさせた榎並アナ。

 

「育休前の出社日、次の予定を書き込む職場のホワイトボードに『10月4日出社』と書いたときは“こんなに休むんだな”と、複雑な気持ちになりました」

 

だが、育児を始めると、そんな感慨も吹き飛んでしまうくらいに時間に追われた。

 

「初日から休まる時間がありませんでした。赤ちゃんが寝ているときに、一緒に寝て休めるんじゃないかと油断していましたが、人間、そんなにタイミングよく寝られないし、何より心配で目が離せませんでした。赤ちゃんが寝ている間、ちゃんと息をしているのか確認したくて、胸の動きをチェックし続けていました」

 

妻でモデル・美容研究家の有村実樹さん(35)は赤ちゃんを母乳で育てていた。そんな妻には深夜には休んでもらいたくて、ミルクを使うこともあったがーー。

 

「寝ぼけているので、何杯、粉ミルクを入れたのか忘れるんです。お湯を温めすぎると、人肌まで冷まさなければなりませんが、慎重に、何度もミルクを手に垂らして温度を確かめているうちに、中身が減ってしまうこともありました」

 

赤ちゃんがしゃっくりをしていれば、心配でネット検索。

 

「『大丈夫』とあっても、うちの息子のしゃっくりは、その『大丈夫なしゃっくり』なのか、気になる。以前、息子が自分の下腹部を、ありえないくらい無心でたたいていたときは、心配で『乳児・腹たたき・自ら』と、すぐさまスマホで検索しました(笑)」

 

細心の注意を払い、食器用洗剤やボディソープも、すべて「赤ちゃん用」を準備した。

 

「ところが台所のシンクで沐浴をしているとき、ボディソープのつもりが、食器用洗剤を使ってしまって『うわー、洗っちゃったよ!』って大騒ぎに。息子は敏感肌なので、保湿にもすごく気を使っていたのに……」

 

そうこうしているうちに、洗濯物を取り込む時間が迫ってくるし、洗い物もたまっている。常に“○○しなきゃいけない”状態だ。

 

榎並アナの奮闘ぶりに、一抹の不安を抱えていた実樹さんだが、

 

「夫は体温が高くて、息子を抱っこしているとお互い汗だくになって、息子が眠りにつけないことがありました。でも、夫なりに考え、腕にガーゼのおくるみを巻きつけて体温が伝わらないようにすると、一人で寝かせることができたんですね。すごいね、やったね! と、こちらもうれしくなりました。それからですね、夫に安心して任せられるようになったのは。

 

育休は、お父さんが、お母さん並みに家と子供を理解するために必要な時間だと思いました。それを面倒がらず、大変だと嘆くことなく、楽しみながら取り組んでくれる姿に、今まで以上に信頼と愛情と絆が深まりました」

 

『恥ずかしながら1人暮らしの経験がない』と語っていた榎並アナだが、家事の過酷さを短期集中で学び、今ではゴミ捨ての際は新しいゴミ袋のセット、乾いた食器を棚にしまうことなど、自然とこなせる。榎並アナにここまでのことができたのは、小さな命と正面から向き合ってきたからだろう。

 

だからこそ、妻の出産を控えた21年8月、千葉県柏市で、新型コロナに感染した妊婦が複数の病院に受け入れ拒否をされ、自宅出産した赤ちゃんが死亡したニュースを伝えた際、わがことに重ね合わせ、感情を抑えられなくなったのではないだろうか。

 

「あらかじめ決められた原稿を読むのであれば、しっかりお伝えできたはずですが、フリートークに近いやりとりだったので、自分の言葉を紡がなければならず、思いがあふれ出て、生放送なのに涙が止まらなくなってしまったんです。

 

あんなふうになる自分が想像つきませんでした。けっきょく、番組終了まで涙声でお伝えするという放送事故を起こしてしまい、不体裁としか言いようがありません」

 

局に批判する声は届かなかったというが、榎並アナは反省しきり。だが、一連の経験は仕事にも生かされる。

 

「育休中、夕方のレギュラー番組を見ていましたが、自分がいなくても番組が回っていることに、さみしい感情もありました。職場復帰したときも、育休中は妻としか話していなかったため、同僚たちの会話のテンポについていけない戸惑いもありました。

 

こうした不安や戸惑いは、出産を経験した働く女性の多くが抱くもの。その気持ちを、少しでも理解できるようになったように感じます」

 

働く男性の目線だけでなく、出産で仕事を中断した女性の目線などでも物事を捉えられることは、幅広くニュースを伝えるキャスターとして、今後の大事な糧となるはずだーー。

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帰宅後すぐ息子の入浴と料理 榎並アナが2週間の育休で得たもの

2022年1月23日 06:00 女性自身

「みなさん、こんにちは」

 

夕方のニュース番組『Live News イット!』。視聴者にあいさつするフジテレビの“夕方の顔”である榎並大二郎アナ(36)は、画面から感じられる印象そのまま、明るくさわやかだ。

 

そんな彼が最近、イクメンパパとして注目されているのは、昨年9月、2週間の育休を取得し、その奮闘ぶりをSNSにアップしたことが話題になっているからだーー。

 

■水泳一筋から、アナウンサーを目指した学生時代

 

榎並大二郎アナは85年9月30日、東京都で生まれ、3人兄弟の末っ子として育った。一人遊びが好きでおとなしい性格。だが、芯の強さは持ち合わせていたのだろう。中学まで泳げなかったが、高校入学を機に“このまま一生、コンプレックスを抱えて生きていくのは嫌だ”と、一念発起し、遠泳部に入部したのだった。

 

朝練のため、毎日5時に起床し、6時前には家を出た。身支度をしているとき、時報がわりに見ていたのが、フジテレビの情報番組『めざましテレビ』だった。

 

「当時は大塚(範一)さんや高島(彩)さんが司会で、伊藤(利尋)さんが、チャチャを入れるという役どころ。すごく楽しそうな雰囲気で、親しみを持ちました。高大7年間、ずっと朝練に参加したため、『めざましテレビ』は生活の一部でした」

 

大学3年になっても、部活優先で就職活動には目もくれなかった。

 

「先輩に相談しても『お前は水泳をやっていればいいんだ。インターンなんかより、クイックターン(水泳のターン)をやっていろ』と言われて(笑)」

 

ところが、毎年恒例の夏合宿を終えると、すでに周囲が就職モードに入っており、焦りを感じた。

 

「あわてて自己分析して、なじみ深い『めざましテレビ』を放送しているフジテレビのアナウンサー職に挑戦。エントリーシートを書きはじめたのは、締切り2日前で、かなり“やっつけ”でした」

 

だが、万年部員不足で、新入生を勧誘するために身につけたセールストークと、1日10時間も泳ぐ体力で、複数ある面接を突破。10人ほどに絞られた面接の控室では、同期の加藤綾子さんの対応力に圧倒されたという。

 

「場を和ませるため、先輩アナが世話役としていたのですが、いつの間にか加藤(綾子さん・現在はフリーアナウンサー)が場を回しているんですよ。『速水もこみちさんに似ているって言われません?』『いや、特に……』『はっきり否定しないってことは、認めているんだ』って、いじられて、いじられて(笑)。それで緊張がほぐれたのかも」

 

そんな“アシスト”もあり、榎並アナは、08年、難関を突破しフジテレビに入社したのだった。

 





 

■コロナ禍で立会い時間が限られた出産当時。居ても立ってもいられず一人、駐車場で待機

 

「系列局の新人アナが集まった研修では、アナウンススクールで学んだ経験がなかったボクはいちばんの素人。力の差は歴然で、落ち込む余地すらありませんでした」

 

アナウンサーとしてのデビューは、視聴率20%超の人気バラエティ番組『はねるのトびら』。11年からキャスターを務めた夕方のニュース番組『スーパーニュース』では、海外取材を初体験した。

 

「14年にタイで起きた反政府デモの取材でした。特派員経験が豊富な先輩からは『平和なデモだけど、何かのタイミングで状況が一変する。空気が変わったら、その場から離れるように』とレクチャーを受けていました」

 

実際に衝突が起こって銃が発砲されるケースもあったため、防弾チョッキと防弾ヘルメットを装着して現場をレポート。

 

幸いにして反政府デモは、ライブが行われるなど、平和なものだった。

 

「そこにフル装備で厳しい顔のボクがいたものだから“なんかオモシロイのが来てるぞ”と、バシャバシャ写真に撮られたんです」

 

タイのSNSで“笑わない日本のジャーナリスト”と拡散され、一夜にして有名人に。

 

「新聞各紙、テレビ各局にも取り上げられました。ヘルメットをかぶっていたから、オートバイのCMオファーもあったんです」

 

そんな縁もあって観光庁の日タイ観光特使を務めつつ、15年には昼の帯番組『バイキング』の進行役に抜てき。

 

16年には、プライベートでも結婚という人生の節目を迎えた。榎並アナが二十歳のころに知り合った、妻でモデル・美容研究家の有村実樹さん(35)が振り返る。

 

「初対面のとき、夫は集合時間ギリギリにダッシュで駆け込んできたのを、今でも覚えています。滝のような汗をかいて『すみません』と謝る姿を見て、一生懸命な人だなぁと感じました。

 

結婚のきっかけは付き合いも長くなり、将来、子供を持つことなどを考えたとき、30歳がいい節目かなと思ったためです。子供を産むなら年齢も大切だと話し合った記憶があります」

 

20年10月からは、現在の『イット!』のメインMCに。公私共に順風満帆だったそのころ、ついに実樹さんの妊娠が判明したのだ。

 

榎並アナは、小さく、はかない命と慎重に向き合ったという。

 

「心拍の確認、胎動の有無など週ごとに壁があって、それを越えるたびに安心しては、次の不安がくるという連続でした。

 

一方、恥ずかしながら一人暮らしの経験がなかったため、出産後に妻をサポートできるよう、家事の勉強を一から始めました」

 

料理はレシピどおりでしか作れず、たとえば野菜を4分の1しか使わなかったら、4分の3をそのまま余らせてしまう。

 

「妻には『分量は目安だから』『味付けさえちゃんとできれば、成立する』とアドバイスを受けました」

 

家事の過酷さも痛感したという。

 

「換気口のフィルター掃除、排水口のネット交換など“見えない家事”の存在を知りました。洗濯一つとっても、洗濯機を回す、干す、取り込む、たたむなど、複数の作業があって、予想外に重労働。そんなことも知りませんでした」

 

妊娠生活が安定期を迎えるタイミングで、出産後にまとまった休みを取ろうと、会社に相談した。

 

「でも育休という意識はなくて、毎年取得している夏休みの1週間、年次休暇の1週間を合わせて、2週間の休暇を取ろうと思って上司に妻の妊娠を伝えたんです。すると『おめでとう! 育休どうする?』と提案され“そういう方法があるのか”と気づきました」

 

人事部で対応してくれた、3人の子を産んだ先輩職員は、男性の育休取得を喜んでくれた。

 

「申請をして気づかされたのは、育児『休暇』ではなく、育児『休業』であること。単なる休暇ではなくて、育児をするための休業なんだと覚悟を決めました」

 

男性である以上、出産の苦しみは経験できないが、少しでも妻の励みになればと思い、出産に立ち会うことも決めていた。

 

昨年の夏、実樹さんに出産の兆候が表れたのは、生放送を控えた日の朝。

 

「きっと栄養が必要だろうと、おにぎりと栄養補給ゼリーを買いにコンビニに行ったんですが、軽いパニックで、ありえないくらい大量に買って、妻としては迷惑なだけだったかもしれません(笑)」

 

出社しても、何かあったら連絡が来ると思い、ソワソワと何度もスマホの画面を見てしまう。

 

その日は、番組終了後の反省会を欠席させてもらい、すぐに帰宅。

 

コロナ禍で立会い時間が限られていたため、妻の入院先からの連絡を待っていたが、居ても立ってもいられず、車で産院まで行き、一人、駐車場で待機。

 

「ようやく病室に呼ばれたのは夜11時過ぎでしたが、そこからが長かったんです。立ち会いでは手を握ったり、汗を拭いてあげたり、飲み物を飲ませてあげるといいと知識は得ていたので手を握ったんですが、それどころじゃない妻からは『大丈夫』とやんわり断られました(笑)。

 

かといってスマホをいじるとイライラさせるだろうし、あおぐ案配がわからないまま、用意していたうちわを、ただ握っていました」

 

不器用だけど、実直で優しい夫に、実樹さんは何を感じたのだろうか。

 

「私を心配そうに見る表情から、一緒に出産に向き合って、挑んでいるという気持ちになれました」

 

いつの間にか朝を迎え、ようやく医師や看護師がバタバタと部屋に入ってきたのはお昼前だった。疲労困憊で記憶も曖昧だが、元気な男の子の産声を聞いた瞬間、涙が止まらなかったことだけは覚えている。

 





 

■帰宅後すぐに息子をお風呂に入れ、夫婦の夕食を作るパパ「毎日が新鮮で、特別です」

 

「今日は、声をかけると、はっきりと笑ったよ」
「モノをつかむ力が強くなったね」

 

こんな会話を楽しむ、夫婦がゆっくり過ごせる夕食の時間を確保するため、生放送終了後、怒濤の家事、育児をこなす。

 

慌ただしく帰宅し息子との入浴を終えた榎並アナは、実樹さんに寝かしつけをバトンタッチし、夕食の準備にとりかかる。

 

「最近は便利なサービスがありまして、炒めるだけ、チンするだけで本格的な料理が楽しめるセットが買えるんです。それに野菜を1品プラスするのが、日々のチャレンジです」

 

夕食は夜9時、10時と遅くなってしまうが、寝室に置いた見守りカメラで赤ちゃんの様子をモニターに映しながら、2~3時間、日々のたわいのない話をするのが至福の時間なのだ。

 

「ノンアルビールで乾杯して、デザートのアイスやフルーツはソファで食べます。別々のことはしないで、一緒の時間を過ごしています。

 

先日は初めて実家に子供を預けて、2人で記念日を祝ったのですが、子供のことが気になるので、コース料理もありえないくらい早くに食べ終えて、早々に帰ってしまったんですね(笑)。

 

わずか2週間でも、育休は貴重な経験でした。夫婦同時に育児のスタートを切ったことで絆が深まったし、子供の成長も実感でき、家事の過酷さも少しは理解できました。そして毎日が新鮮で、特別です」

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松坂大輔 3億円マンションを売りに出していた!事務所認める

2022年1月22日 15:50 女性自身

「昨年末の引退セレモニー後、プライベートにも変化がありました。実は福岡の一等地にある高級マンションを売りに出したんです。5年前に約3億6,000万円で購入されていた部屋で、メゾネットタイプ。現在の売り値は約3億円です」(スポーツ紙記者)

 

昨年末、日米通算23年間の現役生活に終止符を打った松坂大輔氏(41)。妻・柴田倫世(47)が代表取締役を務める彼の個人事務所名義でこの豪邸をキャッシュで購入したのは17年3月のことだった。

 

「松坂さんは大リーグのボストン・レッドソックスなどで活躍するも、15年に帰国。それからソフトバンクと3年12億円の超大型契約を結んだものの、怪我に泣き、17年までで契約が終了してしまいました。翌年からは中日ドラゴンズへ移籍しています」(前出・スポーツ紙記者)

 

中日ドラゴンズの本拠地・名古屋ドームは名古屋市内にある。中日に2シーズン在籍後、古巣である埼玉西武ライオンズへ移り、現役引退している。

 

「そのため、福岡の豪邸は購入年に生活した程度で、松坂さんはほとんど、このマンションで暮らすことはなかったようです」(前出・スポーツ紙記者)

 

本誌の取材に、松坂氏の事務所も売却中であることを認めた。実は売却を決めた昨年末、松坂氏は都内でプロ経験者が学生野球指導者になる資格を得るためのオンライン研修会を受講していた。

 

「受講後にリポートを提出し日本学生野球協会から承認されれば、国内の高校、大学での指導が可能となります」(球界関係者)

 

松坂氏は今後、野球の指導者を目指すという。

 

「松坂さんは引退後、アメリカ・ボストンの自宅と日本の半々で生活しています。奥さまと3人のお子さんは変わらずボストン生活です。日本では東京が本拠地となるので、福岡のマンションの売却に至ったのでしょう。当面は野球の解説者として活動していきながら、野球の指導者として勉強中だと聞いています」(前出・球界関係者)

 

今年から松坂氏の新たな野球人生が始まっている――。

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めざまし&ラヴィット、情報番組で感染者続出…問われる“ノーマスク出演”の是非

2022年1月22日 06:00 女性自身

1月21日、新型コロナの新規感染者数が全国で4万9,856人を記録し、東京都では過去最多となる9,699人が報告された。高い感染力を持つとされているオミクロン株の急拡大は、朝の情報番組へも大きな打撃を与えているようだ。

 

20日放送の『ラヴィット!』(TBS系)では、レギュラー5組のうち4組が代打となった。本来であれば木曜レギュラーは、ニューヨークの嶋佐和也(35)、屋敷裕政(35)、NON STYLEの石田明(41)、モデルの横田真悠(22)、ギャル曽根(36)。しかし嶋佐と横田が感染し、嶋佐とコンビの屋敷は濃厚接触者に。この日はギャル曽根以外、ピンチヒッターの出演となった。

 

また21日放送の『めざましテレビ』(フジテレビ系)では、木曜パーソナリティを務めるHey! Say! JUMPの伊野尾慧(31)の感染が20日に発表された。そのことから伊野尾と接触したメインキャスターの三宅正治アナ(59)を含む7名は、大事をとって出演を見送る事態に。代打として『めざましどようび』に出演する佐野瑞樹アナ(50)、久慈暁子アナ(27)、高見侑里アナ(34)が急遽出演したのだった。

 

コロナ禍以降、テレビ局ではドラマ制作・放送の延期が余儀なくされるなど困難な状況が続いた。各局では感染対策マニュアルが作成されたが、徹底されているとは言い難いようだ。

 

本誌も、昨年7月末に感染した野々村真(57)の感染源が13人ものクラスター感染を起こしたABCテレビ制作のドラマだったことを報じている。

 

「ある局がドラマ制作にあたって昨年8月に作成したマニュアルは、一昨年のものと比べてページ数は倍以上になっていました。ですが、当時まん延していた空気感染を起こすとされていたデルタ株に対応した内容がなく、中身はほとんど更新されていないといっても過言ではありませんでした」(テレビ局関係者)

 





 

■アップデートされないノーマスク出演

 

ドラマ制作以上に感染対策の“ゆるみ”が見受けられるのは、バラエティや情報番組だ。

 

「『めざまし』も『ラヴィット!』もそうですが、まず、出演者がノーマスクでそれぞれの距離が近い。なかには大きい声でアクリル板を越えて話す人も見かけます。一時は普及したリモート出演も、最近ではめっきり減りました。

 

ただ、テレビ東京は緊急事態宣言下だった昨年1月、同局の『ワールドビジネスサテライト(WBS)』を含む3番組でキャスターらがマスクを着用。その後、宣言解除を受けてマスク着用は取りやめましたが、代わりに175センチほどの大きなアクリル版を導入したのです。

 

日本で最初に新型コロナの感染者が確認されてから、もう2年になります。テレ東のような対策をする局もありますが、バラエティや情報番組の感染対策がアップデートされないことに、首を傾げる視聴者も多いようです」(前出・テレビ局関係者)

 

多くの芸能人の感染が報告される一方で、未だに“ノーマスク出演”が続くテレビ界。ネット上では、その是非を問う声が相次いでいる。

 

《テレビを見てると、いまだにマスク無しでやっていて大丈夫なのかなと思う》
《そもそもニュースと天気・交通情報がわかればいいんだから、そんなに出演者いらないし芸能人も要らないだろうに。これを機会に見直せばいい》
《あれだけ感染力が高いと言われているのに変わらずマスクなしでやってるからいつかはこうなるよね。別にマスクしてテレビ出ててもなんとも思わないんだからマスクして出演させればいいのに》

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cat_oa-jisin_issue_2dd01235cbd0 oa-jisin_0_e39c4ea69e36_電話帳みたいな写真集が話題!素顔の佐藤健BESTショット e39c4ea69e36 e39c4ea69e36 電話帳みたいな写真集が話題!素顔の佐藤健BESTショット oa-jisin

電話帳みたいな写真集が話題!素顔の佐藤健BESTショット

2022年1月22日 06:00 女性自身

1月19日、「佐藤健スタッフブログ2011-2021」を一冊にまとめた、佐藤健写真集『BACK STAGE PASS TAKERU SATOH』(光文社/3,300円・税込み)がついに発売! 電話帳のように分厚い本は、なんと全624ページ。発売を記念して、編集部が厳選したBESTショットを先行公開しちゃいます♪

 

【2012年3月20日】

『二人の食卓』で貴重すぎる料理姿を披露。

 

【2012年8月5日】

『天才!志村どうぶつ園』に出演し、サルと戯れる健をパシャリ★

 

【2012年12月21日】

サンタさんをぶら下げて、X’mas感あふれる一枚。

 

【2014年2月13日】

番組のロケで猫カフェへ。こんなに猫が似合う人、ほかにいない!?

 

【2014年4月16日】

始球式に初挑戦。本番前、緊張の面持ちもかわいい。

 

【2015年3月25日】

マカオで行われたASIAN FILM AWARDSに出席。『るろうに剣心 伝説の最期編』で主演男優賞にノミネート。

 

【2015年5月9日】

ドラマ『天皇の料理番』のフランスロケ。セーヌ川でのオフショットも。

 

【2015年10月21日】

東京ドラマアウォードにて主演男優賞を受賞!

 

【2016年2月14日】

映画『世界から猫が消えたなら』の大ヒット祈願イベントで招き猫と。

 

【2017年4月17日】

『るろうにほん 熊本へ』の会見で、記者たちに熊本名物「だご汁」をふるまったそう。

 

【2018年8月21日】

いちばん好きなポケモン「カビゴン」のクッションでくつろぐ健♪

 

【2019年1月1日】

’18年NHK紅白のゲスト審査員を務めた際に楽屋で。

 

【2020年1月11日】

ドラマ『恋はつづくよどこまでも』のプレミアム試写会後に、チームアミューズで。

 

写真集には、“素の健”がいっぱいです!

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cat_oa-jisin_issue_2dd01235cbd0 oa-jisin_0_d3db7d078cd4_コムドット 感染拡大中の街中で“ノーマスク”鬼ごっこ!「迷惑」「危ない」と大顰蹙 d3db7d078cd4 d3db7d078cd4 コムドット 感染拡大中の街中で“ノーマスク”鬼ごっこ!「迷惑」「危ない」と大顰蹙 oa-jisin

コムドット 感染拡大中の街中で“ノーマスク”鬼ごっこ!「迷惑」「危ない」と大顰蹙

2022年1月22日 06:00 女性自身

人気男性5人組YouTuber「コムドット」が、16日から「24時間逆鬼ごっこ」と題した動画シリーズを公開。街中で鬼ごっこをするという動画の内容が、「危ないのでは?」と波紋を呼んでいる。

 

年始の大型企画として撮影された「24時間逆鬼ごっこ」は、鬼が4人、逃げる人が1人という形で行う鬼ごっこ。鬼から逃げ切った場合は賞金として300万円がもらえるという。

 

撮影が行われたのは吉祥寺、原宿、横浜の繁華街や公園。動画内には街中の振り袖姿の若者が映り込み、メンバーも「成人おめでとう」と声をかけていることから、撮影が行われたのは1月8〜10日の三連休のいずれかであることが伺える。実際にツイッターでは、9日に吉祥寺でのコムドットの目撃報告が相次いでいる。

 

逆鬼ごっこ動画シリーズの1本目『【賞金300万】24時間逆鬼ごっこ〜創造と破壊〜』は、16日の投稿からわずか4日で400万回以上再生される人気ぶりだ。

 

その一方で、休日で人通りの多い吉祥寺や原宿の街中を走る行為に対して、SNS上では「迷惑」と懸念を示す声が寄せられている。中には井の頭公園で鬼ごっこをするコムドットに遭遇したとみられる人の声もあり「小さな子とかに凄いぶつかりそうで危なかった」と述べていた。

 

《コムドットの街中で鬼ごっこする動画、いい大人なのに周りに迷惑かけてるのわからないのすご》
《9日で三連休の中日という人が多い時に、吉祥寺の街中で鬼ごっことか危ないしかない》

 

さらに、撮影が実施されたであろう8~10日は、新型コロナウイルス感染拡大の真っただ中。この3連休に都内で確認された新型コロナウイルスの新規陽性者はそれぞれ1,224人、1,223人、871人だった。

 

にもかかわらず、コムドットのメンバーはマスクではなく感染予防効果の低いとされるマウスシールドを着用してロケを敢行。動画内では撮影前にPCR検査を実施し陰性だったと説明しているが、一度陰性と結果がでてもその後陽性判定が出るケースも報じられている。

 

そのような状況において、“ノーマスク”で街中を走りまわったり大声で会話をしたりという、感染を広げかねない行動に対しても否定的な声が集まっている。

 

《1年くらい前まで吉祥寺住んでたんだけどマスクしないで走り回ってる人いたら普通に迷惑だなって思う》
《今の大変な中町中であのマスクで走り回るのはちょっとね》
《公共の場で、マスクもせずに大きめの声で喋りながらダッシュして。横切られた人の気持ち考えたら、不快になると思う》

 

昨年は、緊急事態宣言中の飲み会や深夜のコンビニでの騒音トラブル、メンバーが未成年時代に飲酒していたことなど三度にわたり問題行動が報じられたコムドット。今年も“やんちゃぶり”は健在のようだ。

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