cat_oa-huffpost_issue_e5d7a65b7062 oa-huffpost_0_e5d7a65b7062_ロンブー田村淳さん、慶應大学院生になっていた。理由は「死者との対話」を学ぶため e5d7a65b7062

ロンブー田村淳さん、慶應大学院生になっていた。理由は「死者との対話」を学ぶため

2019年9月8日 15:38 ハフポスト日本版

ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんが4月から、慶應義塾大学大学院のメディアデザイン研究科で大学院生になっていたことを本人が9月5日、Twitterで明らかにした。
なぜ、大学院へ進学したのか。一体何を学び、何を実現しようとしているのか。話を聞きに行くと、いまは「死者との対話」について勉強しているのだという。

田村さんが取材に応じたのは9月6日。相方の亮さんが振り込め詐欺グループの宴会に出席して金銭を受け取っていたことが数ヵ月前にわかったが、「今はまだコンビの今後などについては話せる状況ではない。時期が来たらきちんと説明したい」という。今回は、大学院で学んでいることにしぼって、話を聞いた。 

え、大学に行ってなくても大学院って行けるの?

そもそも、田村さんが「大学」という存在と向き合うようになったのは2017年のことだ。青山学院大学法学部を目指して、センター試験、二次試験に向けて勉強する様子はAbemaTVの番組企画としても放送され、大きな話題を呼んだが、結果は全て不合格だった。
それでも大学に入って勉強することを諦めきれなかった田村さん。2018年4月から慶應大学の通信課程の学生として大学生活をスタートさせていたが、2019年4月、大学院に入り直していたという。
青山学院大学に落ちた後も、大学で学ぶことを諦めきれませんでした。そのため、比較的入りやすい慶應の通信課程に入学しましたが、仕事との両立が難しく、苦戦しました。単位のためのレポートは提出できても、肝心の試験を受けにいくためのスケジュール調整がなかなかうまくいかない。
2、3ヵ月経った頃から、「何か他の学び方がないか」と考え始めた時に、色々な方からアドバイスをいただき、その中の一つが大学院、という選択肢でした。
「え、大学に行ってなくても大学院っていけるの?」と半信半疑でしたが、調べてみると、大学卒業相当の経験を証明すれば、受験するチャンスがあるとのこと。
そこで知ったのが、今通っている慶應のメディアデザイン研究科(KMD)です。KMDでは、自分が実現したいプロジェクトを起点として、デザインや法律、経営、プロジェクトマネジメントなどを学べると知り、「絶対にここに行きたい」と思いました。

話のプロのはずが、面接で頭が真っ白に。「結局何がやりたいの?」

KMDを受験するにあたっては、これまでの芸能の仕事や自分が手がけてきたサービスなどを「大学卒業相当」の経験としてアピールするための書類を提出しました。その後、小論文の試験と面接がありました。
面接の日のことは、今も忘れられません。全然緊張していないつもりだったのですが、部屋に入ったら慶應の教授が3人ずらっと並んでいて、雰囲気に飲まれました。質問のレベルは高いし、聞いたことのない単語が飛び出してくるしで、僕も人前でしゃべる事は自信がある方だけど…、あの時は頭が真っ白でしたね。
10分ぐらい自分で自分が何を喋っているのかわからない状態が続きました。自分の声を聞きながら、「これ全然質問の答えになってないじゃん」と焦っていました。「ああ、完全に落ちたな…」という状態でした。
最後にお情けのようにひとりの教授が、「結局君は、入ったら何をやりたいの?」と聞いてくれた時に、はっと我に返って、こう言いました。
「人は生きる上で、色んなことを主体的に選択する権利を持っています。でも、死に方についてだけは全然違う。そこに何とかアプローチしてみたいんです」
この言葉を聞いた3人の教授が、ごにょごにょと話し始めて、潮目が変わったな、とわかりました。正気になった僕は、「さっきちゃんと答えられなかった質問に遡って話したいのですが…」と話を巻き戻し、自分の言葉で思いを話しました。それは数年前から考え、取り組み続けてきたこと。死に方や弔い方について、人がもっと選択肢を持てる社会をつくりたいというビジョンです。
やっと自分の血が戻ってきた感じでしたね。
「やりたいサービスはわかった。そのサービスはとても興味深い。やればいいよ。ただし、受かればね。でも、ちゃんと来れるのか?」と最後に聞かれた僕は、「毎日来ます」と答えました。

45歳、生まれて初めてパソコンを持ち歩く生活。

面接で「通います宣言」をした田村さん。言葉通り4月から8月頭まで週5日、大学院に行く生活を続けた。授業では、デザインや、法律、経営などの基礎を60人程度のクラスで学ぶ。
学校に行くと毎日色々な学びがあって、とにかく楽しいです。
課題もすごく多いんですが、移動中にパソコンをカタカタ打って何とか取り組んでいます。45歳になって始めてパソコンを持ち歩くようになりました(笑)。
課題は毎日色々ですが、課題を通して世の中の見え方がそれまでとガラッと変わるのが面白いです。例えば「同業種の2社を選んで、そのブランドを比較しなさい」という課題が出た時に、僕はクロネコヤマトと佐川急便について調べました。それぞれの広報担当者に連絡してロゴのガイドラインをもらってみると、その対応だけでも2社で全然違う。会社のポリシーやブランド戦略を見ていると、狙っている層の違いが浮かび上がってきて、街でトラックを見たときの感じ方も変わりました。 
若い子たちと同じフィールドで学ぶことについて、最初は気恥ずかしさもありましたが、入学する時に「年齢を言い訳にしない」ということだけは決めました。「おじさんだから、そういうのは苦手、わからない」というのは一切なし。みんなと一緒になって、プログラミング言語の「Python(パイソン)」も必死に勉強していますし、授業が終われば我先にと、先生を捕まえて質問ぜめにしています。
何もしなければ何もしないまま終わっていく。先生は自分なりの「問い」を持った学生にだけ応じてくれる。恥を捨てて必死になって、食らいつこうとしています。

僕の中では、慶應の通信課程を途中でリタイアしたというのもすごく大きいんですよね。本当は辞めずに両立したかったですが、仕組み上、両方に所属することができなくて…。一度リタイアしているから、そのぶん今回は頑張りたい。
週5で学校に通うことは、吉本やレギュラー番組の関係者にはかなりの迷惑をかけました。それでも、「毎日学校に行かなきゃいけないのは前期の終わりまでだから、何とかそこまで堪えて欲しい。一生に一度なので、やらせてください」とお願いして回りました。

で、結局何がやりたいの?

青学受験に続く、慶應の通信、そして大学院受験。もしかすると周囲からは「大学に行く」ことが目的化しているように見えていたかもしれません。でも、僕が「何を」勉強したいかという点については、青学を受験する前からずっと変わっていないんです。それは、人の“死に方”にもっと多様性を提案すること。具体的には「itakoto(イタコト)」という遺書の動画サービスをつくることです。死者の霊を呼び寄せ、その意思を語るといわれている「いたこ」にちなんで名付けました。
「延命治療はやめてね」とか、「こんな弔われ方をしたい」など、元気なうちに家族に対して、自分の死に方にまつわるメッセージを残せたらいいのに。働き方や生き方には多様性が増えてきたのに、なぜ“死に方”の多様性は広がらないのか。そんな思いから、ずっと作りたいと思ってきたサービスです。
実は2017年の夏に、「itakoto」を作るためにクラウドファンディングのプロジェクトも実施したのですが、当時は、サービスをデザインすることも、尊厳死や安楽死にまつわる法律の知識も、何もかもが中途半端で、真摯に「死」に向き合っていたとはいえない状態だったかもしれません。結果として、僕の言いたいことをきちんと伝えきることもできず、お金もきちんと集まりませんでした。今度こそしかるべき勉強をちゃんとして、これをしっかり世に出していきたいと思っています。

タブー視されている「死」とどう向き合うか。

KMDでは、それぞれの学生がプロジェクトを企画・進行し、サービスや製品として世の中にローンチしてはじめて「修了」することができる。机上の空論で終わらせず、アイデアを具現化するための資金調達なども求められる。死者からの動画メッセージサービス「itakoto」は、人々の共感を得られるのか。
夏休みに入ってからは、これまで随分とスケジュール調整をしてもらっていた仕事がたくさん入ってきてかなり忙しくしていますが、このあと残りの休みを使って、おじいちゃんおばあちゃんのヒアリングをしようと思っています。「そもそも100年生きたいですか?」「自分の葬儀をどうしたいか、娘さんや息子さんに話していますか?」など、リアルな声を聞いてみたいですね。
そんなに数は多くないですが、僕がこれまでおじいちゃんおばあちゃんたちに話を聞いてきた感じだと、大半が“死に方”に関する意向を家族に伝えていないんですね。「長生きすればするほどよい」という常識みたいなものがあって、それ以上の会話は、実はなされていない。
「死」とか「葬い」ってタブー視されすぎていて、身近な人同士でも全然語られていません。最近だとお葬式も多少個性的なスタイルが出てきていますが、もっとそれを当たり前にしたい。
「私は死んだらね、こんな風にして欲しいのよ〜」という会話を、もっとポップというか、カジュアルな感じで始められたらいいなぁと思いますし、遺書だって何度も書いてみたらいいですよね。
僕も娘に遺書を書いてみたことがあるのでわかるのですが、一回で“いい遺書”なんて書けません。全然思いがまとまらなくて…。「こんなに長く書いたら、娘は、ぽかん? となりそうだな」と、何度も書き直すうちに、最初は生き方のノウハウを伝えるメッセージだったのが、どんどん祈りに近づいていくんですね。とにかく健康でいてくれればいい、と。こうしたプロセスが、逝く方にも残される方にも大事な気がするし、「itakoto」は、両者に寄り添うサービスにしたいです。

「軸がブレブレ」と言われても上等。常に動き続ける姿を見せたい。

例えば、今僕は45歳で、娘が45歳になった時に“発射”される動画を残しておけたら、面白くないですか? 同世代として娘にかけてあげたい言葉って、いわゆる遺言ともちょっと違っているものです。
こうして“時限装置”として自分のメッセージを残しておくと、逝く人もひとつ、気持ちが楽になるような気がするんです。「娘が30歳になったらあの仕掛けがあるな」「孫が成人したらあの仕掛けがあるな」…、少なくとも僕は、逝くときの安心感が増すと思います。
語弊があるかもしれませんが、「死者との対話」ってすごく面白いテーマです。KMDにハムスターを飼っている女性の先輩がいて、いつも棒を使ってハムスターに餌をあげているんですね。ハムスターが棒の先をカリカリ噛みながら餌を食べるんですが、その振動を彼女は録っていて、ハムスターが死んだら、その振動が記録されたその棒と、ハムスターの映像とを組み合わせた装置を作るんだそうです。
すごい(生きた証の)残し方だな、と感服しました。僕には全くない発想。文章じゃなくても、もっと感覚的なものを残せるんですよね。僕の「itakoto」も今の構想段階では動画メッセージサービスですが、今後の研究の中でもっと全然違うものになるかもしれません。
当然、技術的なことだけではなく、法律や医療、倫理など学ばなくてはならないことはたくさんあります。弁護士さんや、介護従事者など、仲間を増やしつつ、ともに学びながらプロジェクトを動かしていくのが、本当に楽しくて仕方ないです。
芸能の仕事をやって、音楽活動もやって、大学院にも通って。僕のことを、「軸がブレブレ」と批判する人もたくさんいるでしょうね。一つのことを極めている人が賞賛される文化があるのも事実ですが、僕はそうではない。
やりたいことをやっていたら、それを見た誰かが「こんなのもあるよ」と声をかけてくれて、次のやりたいことが見つかる。ゴールを決めて一直線に目指すのではなく、移りゆくゴールを追いかけ、常にやりたいことをやり続ける、というのが僕の生き方。
こういう僕の姿を通じて、誰かにとって「そんな生き方もあるんだ」の一例になれたら、嬉しいですね。
 

cat_oa-huffpost_issue_e5d7a65b7062 oa-huffpost_0_1ac180c822de_【台風15号】首都圏などで「記録的な暴風」の恐れ。気象庁が警戒呼びかける 1ac180c822de

【台風15号】首都圏などで「記録的な暴風」の恐れ。気象庁が警戒呼びかける

2019年9月8日 12:35 ハフポスト日本版

気象庁は9月8日午前11時時点の、台風15号の最新の見通しを発表した
強い台風15号は、8日夜遅くから9日明け方には関東地方か東海地方に上陸し、9日昼前にかけて関東甲信地方を通過する見込みだ。
急激に雨と風が強まり、猛烈な風が吹き、首都圏を含めて記録的な暴風となるおそれがあるという。
風で飛ばされそうな物を家の中へしまったり、物が飛んでくる場合に備え、カーテンやブラインドを下ろしておいたりする準備も重要だ。
気象庁は、暴風、うねりを伴った高波、大雨による土砂災害、低い土地の浸水、河川の増水や氾濫に厳重に警戒するほか、落雷、竜巻、激しい突風にも十分注意し、交通障害や停電などにも留意するように呼びかけている。
すでに、東海道新幹線の一部運休が決定するなど、交通機関への影響も出始めている。
 
■暴風の見通し静岡県と関東甲信地方では8日夕方以降に暴風が吹き始め、9日にかけて猛烈な風が吹き、首都圏も含め、記録的な暴風となるおそれがある
東北地方でも9日明け方から、海上を中心に暴風となり、猛烈な風が吹く見込みだ。

・9日までに予想される最大瞬間風速
東海地方、伊豆諸島、関東地方
60メートル
東北地方
45メートル

・暴風の吹き始めるタイミング
東海地方 8日夕方から
関東地方 8日夜のはじめ頃から
東北地方 9日明け方から

 
■大雨の見通し東海地方と関東甲信地方、東北地方では、台風本体と周辺の雨雲により、急激に大荒れとなり、8日から9日にかけて雷を伴う非常に激しい雨が降り、局地的には1時間80ミリ以上の猛烈な雨となる見込みだ。

cat_oa-huffpost_issue_e5d7a65b7062 oa-huffpost_0_f88d50d532c3_【台風15号が関東接近】東海道新幹線は午後3時以降、順次運休。最終列車の繰り上げ時間は?(最新状況) f88d50d532c3

【台風15号が関東接近】東海道新幹線は午後3時以降、順次運休。最終列車の繰り上げ時間は?(最新状況)

2019年9月8日 11:30 ハフポスト日本版

台風15号の関東接近に伴い、東海道新幹線は9月8日、下りは午後3時以降、上りは午後4時以降、順次運転を取りやめるとJR東海が午後2時20分に発表した
午前の時点では「午後6時ごろから上下線合計50本を運休する」という発表だったが、台風の進路予想などから、運休が早まった格好だ。
台風の進路によっては、更なる運休や大幅な遅延、急きょの行き先変更が発生する可能性があるという。
JRの発表の詳しい内容は以下の通り。 
(UPDATE 2019/09/08 16:35)
 
■■■下り最終列車(東京発)■■■<のぞみ>
のぞみ273号(東京 午後7時00分発、新大阪 午後9時33分着)
<ひかり>
ひかり527号(東京 午後6時33分発、新大阪 午後9時26分着)
<こだま>
こだま679号(東京 午後6時26分発、名古屋 午後9時9分着)
こだま803号(東京 午後6時37分発、三島 午後7時28分着)
 
※のぞみ273号は、普通車全車自由席で運転する見込み
 
■■■上り最終列車(新大阪発、東京ゆき)■■■<のぞみ>
のぞみ272号(新大阪 午後4時40分発、東京 午後7時13分着)
<ひかり>
ひかり474号(新大阪 午後3時43分発、東京駅 午後6時40分着)
<こだま>
こだま666号(新大阪 午後2時50分発、東京 午後6時47分着)
 
※のぞみ272号は、普通車全車自由席で運転する見込み。
※名古屋ゆき「のぞみ号」最終列車は所定通り。
※こだま666号以降の「こだま」は、名古屋まで運転する計画。
 
■運転本数の縮小午後3時ごろから「のぞみ号」を中心に、本数を減らして運転する。午後3時台以降から東京駅を出る下り列車と、午後4時台以降から新大阪駅を出る上り列車が対象となる。おおむね1時間あたり、「のぞみ号」2本、「ひかり号」2本、「こだま号」2本(うち1本は東京~名古屋間)の運転となる。
 
■切符の払い戻し方法は?台風15号接近に伴い、予定の変更などを検討中の利用者に向けて、JR東海公式サイトでは「ご旅行の見合わせによるきっぷの払いもどしについて」を案内している。
 

cat_oa-huffpost_issue_e5d7a65b7062 oa-huffpost_0_5abab58e81ae_【台風15号】接近に備えて、知っておきたい10のこと 関東に直撃の進路予想 5abab58e81ae

【台風15号】接近に備えて、知っておきたい10のこと 関東に直撃の進路予想

2019年9月8日 11:03 ハフポスト日本版

強い台風15号が、9月8日夜から9日にかけて関東地方にかなり接近し、上陸するおそれがあ
る。
気象庁は、暴風やうねりをともなった高波に厳重に警戒し、土砂災害、低い土地の浸水、河川の増水や氾濫に警戒するように呼びかけている。

危険から身を守るために、どんな準備をしておけばよいのだろうか。
気象庁日本気象協会が公開する情報を元に、事前にやっておくべきこと、いざ台風が接近した時に気をつけるべきことなど10のポイントをまとめた。
 

台風接近に備えて...

 1.家の外の被害に備えよう
・窓や雨戸はカギをかけ、必要に応じて補強する。
・側溝や排水口を掃除、水はけを良くしておく。
・風で飛ばされそうな物は飛ばないよう固定したり、家の中へ格納する(例:植木鉢、洗濯バサミ、ハンガーなど)。
・屋根、塀、壁などの点検、補強をする。
 
2.家の中の被害に備えよう
・飛散防止フィルムなどを窓ガラスに貼る。
・物が飛んでくる場合に備え、カーテンやブラインドをおろしておく。
・断水に備え、水道水を入れたポリタンクを用意、風呂の水を張っておく。
・床上の浸水対策をする
(例:家財や家電などは浸水被害に備えて高所や2階に移動させる。 漏電を防ぐためコンセントは抜き、低い位置にあるものは高所へ移動させる)
 
3.飲料水や非常食などを備蓄しておこう
食料、飲料、生活必需品などの備蓄例
飲料水3日分(1日あたり1人3リットルが目安)
非常食3日分の食料(アルファ米、ビスケット、板チョコ、乾パンなど)
トイレットペーパー、ティッシュペーパー、マッチやライター、倒れにくいローソク、ロープ、布製の粘着テープ、紙袋、カセットコンロ、固形燃料、トイレを流したりするための生活用水(水道水を入れたポリタンク、風呂の水を張っておくなど)
 
4.停電で冷蔵庫やエアコンが機能しない場合に備える
台風による停電でエアコンや冷蔵庫が機能しなくなる恐れがある。冷凍庫で保冷剤を用意しておけば、食料品の保全対策になり、窓を開けられない状況でも涼しく過ごす助けになる。
涼む時は、首や脇を冷やすと効果的だとされる。保冷剤がない場合は、ペットボトルで水を凍らせると良い。水が溶けたら、飲料水や生活用水としても使える。また「うちわ」などもあると良い。風があるだけでも過ごしやすくなる。
 
5.非常用持ち出しバッグを準備しておこう
非常時に持ち出すべきものをリュックサックに詰め、枕元に置くなどしていつでもすぐに持ち出せるようにしておこう。両手がつかえるのでバッグはリュックサックが好ましい。地震など他の災害時の備えにもなる。
非常用持ち出しバッグの内容例
飲料水、携帯食料品、貴重品(預金通帳、印鑑、現金、健康保険証など)、携帯電話、救急用品、お薬手帳、ヘルメット・防災ずきん、マスク、軍手、筆記用具、マッチ・ライター、懐中電灯、電池、ビニール袋、衣類、雨具、下着、タオル、携帯ラジオ、予備電池、携帯電話の充電器、携帯電話の充電用バッテリー、使い捨てカイロ、ウェットティッシュ、洗面用具、携帯トイレ、メガネ・コンタクト、乳児のいる家庭はミルク・紙おむつ・ほ乳びんなど。
 
6.自宅や勤務先からの避難場所や避難経路を確認しておこう
付近に洪水のおそれのある河川があったり、低地、急傾斜地で水害や土砂災害のおそれがある場合は、事前に防災マップやハザードマップ(災害予測図)を入手し、避難場所、避難経路を事前に確認しておこう。自治体によってはネット上で提供しているところもある。
なお避難場所は、豪雨、地震、津波、火山噴火など災害の種類によって安全な避難場所が異なる。国土交通省が提供する全国自治体ハザードマップなどを確認しよう。
 
7.安否確認の方法を家族で共有しておこう
災害の発生時、もしかしたら家族は別々の場所にいるかもしれない。そんな時でも互いの安否を確認できるよう、日頃から安否確認の方法や集合場所などを事前に話し合って決めておこう。災害時には携帯電話の回線がつながりにくくなり、連絡がとれない場合もある。その際には以下のサービスを利用しよう。
・災害用伝言ダイヤル
「171」に電話をかけると伝言を録音でき、自分の電話番号を知っている家族などが、伝言を再生できる。1メッセージ、30秒まで録音可能。登録できる電話は一般加入電話のみ。確認は公衆電話・携帯電話からもOK。覚え方は「忘れていない(171)?災害伝言ダイヤル」。
・災害用伝言板
携帯キャリア事業者が提供。携帯電話やPHSから登録できるネット伝言板。自分の電話番号を知っている家族などが、情報を閲覧できる。NTTドコモ災害用伝言板SoftBank災害用伝言板サービス 、au災害用伝言板がある。
Facebook災害支援ハブ
災害の影響を受けた地域にいる場合に、Facebookを通じて自分の状況報告や友達の安否を確認することができる。
Google パーソンファインダー
災害発生後にGoogleが適宜開設する。氏名などを登録することで、互いに安否確認ができる。
 

台風が接近したら...

 8.外出は控えよう
台風が接近している間は、大雨や暴風の恐れがある。なるべく外へ出ないようにしよう。
・用水路、海岸の見回りは絶対にしないこと。増水した用水路は道路との境目が分からず、足を取られて流される危険がある。海岸では高潮に飲み込まれる恐れがある。
・屋外での作業は控えよう。暴風や突風にあおられて転倒する危険がある。家屋の補修は接近前に終わらせよう。
 
9.命を守るため、早めの避難を
市町村から避難勧告や避難指示があったら、すぐに動けるように準備して、すばやく避難しよう。また、避難勧告が出されていなくても、危険を感じたら、自主的に避難しよう。
・扇状地、海岸・河川敷、樹木の少ない山間部、危険な土地にいる場合は早めに避難しよう。
・車での避難には注意。20㎜/h以上の降水量でワイパーは効かず、ブレーキが効かなくなる「ハイドロプレーニング現象」が起こる危険がある。
・地下空間(地下道、地下室)は、地上が冠水すると水が流れ込み、避難が困難になる危険があるので注意しよう。
・都心では、遠くの避難場所へ避難するより、隣近所の2階以上の頑丈な建物に避難するほうが安全な場合もある。避難する場合は、周囲の状況なども総合的に判断し、行動するようにしましょう。
・避難前には火の元、ガスの元栓、電気のブレーカーを落とし、戸締まりを確認しよう。
 
10.災害時、ネットで情報収集をするには
以下に、災害時に役立つ政府や公共機関が運用する公式Twitterアカウントやサイトを紹介する。
首相官邸(災害・危機管理情報)
地震、台風、大雨や重大事件など、災害・危機管理関連の政府の活動情報を確認できる。
内閣府防災
災害情報や防災・減災に関する情報を確認できる。
総務省消防庁
大規模災害が発生した際、消防関連情報を確認できる。
防衛省
災害時、自衛隊の派遣状況などの関連情報を確認できる。
気象庁
最新の台風情報を確認できる。
日本気象協会
「台風特設チーム」による解説を確認できる。
Yahoo!避難所マップ
自治体から提供を受けた避難所データなどをもとにした全国の避難所情報を確認できる。
NHK各地域災害情報
各地の生活、ライフライン情報を確認できる
トヨタ通れた道マップ
過去24時間の道路通行実績を集計し、被災地における自動車での避難や救援を支援する。
日本透析医会災害時情報ネットワーク
災害時に透析が必要な人向け。透析可能な病院を確認できる。
・Twitterで救助を要請する場合は?
災害発生後は安否確認の通話が殺到して電話がつながりにくくなる場合が多い。そのような場合は、Twitterでの救助要請を考えてほしい。以下のフォーマットに沿って救助要請をしよう。 

 
 
 

cat_oa-huffpost_issue_e5d7a65b7062 oa-huffpost_0_b7d897458b6b_「助けての一言が言えない」母親はなぜ支援の手を振り払ったのか【目黒5歳児虐待死裁判・母親への質問②】 b7d897458b6b

「助けての一言が言えない」母親はなぜ支援の手を振り払ったのか【目黒5歳児虐待死裁判・母親への質問②】

2019年9月7日 17:53 ハフポスト日本版

東京都目黒区のアパートで2018年3月、当時5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった。
結愛ちゃんが両親から虐待を受けて死亡したとされるこの事件で、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27)の公判が開かれている。

午前10時から始まった被告人質問では、異様な食事の実態が明らかになり、「結愛の顔が怖くて見られなかった」という優里被告へ、検察は虐待の容認ではないかと問いただした。
検察官は、優里被告の目を見て「うん、うん」と小さな声で傾聴のしぐさを見せ、ゆっくりと質問を重ねた。
そして、支援の手をことごとく振り払った母親の行動について、言及していった。

雄大被告から妻・優里被告へ暴力

これまで、結愛ちゃんが受けていた暴力や虐待の状況を聞いていた検察官。
「別のことを聞きます」と話を変えた。内容は、優里被告に対する暴力についてだった。

 (検察官)ーーあなた自身が、雄大から暴力を振るわれたという話。昨日の話では、頭を叩かれる、あごをつかまれて顔を揺さぶられる、それ以外にはありましたか。

暴力?暴力…はい。

首をかしげる優里被告。
ーーそれ以外に、言うと難しいですけど、鼻つまんだりだとかつねるだとかでも。そういうことをされたことはないですか。

ないです。

 
ーー頭を叩かれただとか、そういうのはいつ頃で何回くらいされていましたか。
優里被告は一瞬下を向き、黙った。そしてもう一度検察官のほうを見て、考えがまとまらない様子で口を開いた。

説教中のことって…結構記憶が薄い部分があって……。
いつ頃何回かっていうところまでは分からないんですけど、そういうことをされたっていう記憶だけはあります。

 
ーーちょっと細かく聞いていきますね。それは香川時代の話?

これは、香川時代の話。

家族は、2018年1月に東京で転居するまで、結婚してからずっと香川県で過ごしていた。
 
ーー東京に来てからは無かった。

はい。

DV、暴力を振るわれている認識はなかった。「全部私と結愛のため」

話は、一家が香川県で過ごしていたときの状況に移っていく。
児童相談所や市役所、病院など様々な機関が関わっていたが、支援の手は母親と子どもへ届いていたのだろうか。
 (検察官)ーー昨日弁護士さんからもありましたけど、結愛ちゃんが(香川県の児童相談所に)1回目の一時保護をされたとき、女性課の人から電話があって「結愛ちゃんがお母さんが殴られている」って言っているから、あなたに対して「暴力はないですか」って聞いてきたことがありましたね。

昨日の発言だと、(児童相談所の職員の)Aさんが言ってきたんじゃないかなっていう発言をした…と思うんですけど、たぶんAさんじゃなかったのかな?
その…記憶があいまいなんですけど。誰か女性とはそういう会話をしたと思います。

 
検察官は女性課の説明をする。そしてさらに「もうちょっとあなたに詳しい話を聞いたと思うのだけど」と言いかける。
質問の内容をさえぎって弁護人が立ち上がり、挙手して補足する。
「昨日の答えは、『女性課の人かどうかは分からない』という風に言いました。『女性課の人から』ではない」と言い、席に着いた。
 検察官が質問を再開する。
(検察官)ーー分かりました。そこは撤回いたします。あなたが暴力を加えられてないかとか、聞かれませんでしたか。

車の中で話しました。

 
ーー警察官ではなく、ほかにね、香川県の職員から電話はなかったですか。

たぶんまだ、誰が誰だかっていうのがあたしもその時分かってなかったんですけど、今の記憶では、女性と会話したのは覚えています。

 
(裁判長)ーー女性警察官以外で?

はい、そうです。電話でってことです。

 
(検察官)ーーその時にね、「暴力を振るわれてませんか」とか「暴力振るわれてませんか」って詳しく聞かれませんでしたか。

会話の内容は分からないんですけど、会話の最後に、女性の施設がありますよって言われて、切った。その会話だけは覚えています。

 
ーーあなたとしては、「暴力をふるわれていない」っていう話をした記憶はありませんか。

そうですね…。前日の女性警察官とのやりとりがあって、暴力っていうのは……。
私がもともと無知だったていうのがあり、暴力への認識を間違えてしまっていて、「自分は暴力はされていません」って言いました。

 
これまでの公判で、結愛ちゃんが一時保護された際に優里被告が2回「自分も保護されたい」と訴えていたことが語られている。
訴えを聞いた女性警察官は、警察の車両の中で「あなたも暴行されていますか。アザはありますか」と尋ねる。
「グーで殴られることが暴力だと思っていた」という優里被告は「アザが無い、暴力はされていない」と考え、「ないです」と答えていた。
結愛ちゃんは何度も、母親への暴力についてSOSを伝えた。
なぜ優里被告は、素直に暴力を受けていると言えなかったのだろうか。
そこには、「DVを受けている」という認識の欠如と、夫に対する恐怖が重なりあっていた。
 
ーー(児童相談所の)Aさんからもね、「結愛ちゃんがお母さんが叩かれる」って言っていますけどどうですか?って聞かれた記憶はありますか。

確認されたかもしれないです。

 
ーーこの時は、「無い」って答えたの?

そういう問いに対しては、全部「無い」って答えています。

 
ーーどうして?

それは雄大が逮捕されるのが、一番の恐怖であるから……です。

 
優里被告は、香川県で結愛ちゃんとともに通っていた医療機関の育児支援外来でも、「夫に殴られている」という話はしていないと認めた。
捜査段階でも、検察官らに「暴力は振るわれていない」と「みんなに言っていた」と語る。
 検察官は、疑問を口にした。実際は暴力を受けていたのだとしたら、なぜ誰にも言わなかったのだろうか。 
 
ーー本当の話、実際あるということだけど、どうして「暴行は無いんです」って言っちゃったの?

一つ目の理由としては、やっぱり雄大が「俺はお前に暴行なんてしていないよね?」っていうような感じがあった。
やっぱり説教されるなかで「全部お前と結愛のためにこういうことをするんだ」って話が何度も何度も出てくるので、それで私が「それは暴行ではないのかな」というのと、暴行がバレて雄大が逮捕されるっていうのを恐れました。

 
ーー暴行って、殴る蹴るだけと思っていたんですか。
そうですね。はい。
 
ーーこれまで子どもを連れて、雄大の元から実家に逃げ帰ったこともないですよね。

逃げ帰るって言うと、すごい大袈裟なんですけど、実家に居場所を求めるというか、安らぎに行くってことはありました。

 
ーーそうじゃなくて。もう耐えられない、と夫に黙って子ども連れて実家帰っちゃう。そういうことはなかったの?

黙っては、逃げられないです。

 優里被告は、当然そうだろうといった口調で、かぶせるようにして検察官に返答した。
 

 「逮捕されたかった」もう自分では、このおかしさを変えられないーー追い詰められた焦燥感

話は、東京に来てから結愛ちゃんの死の直前の時期に移り変わった。
初公判で証人尋問に呼ばれた小児救急医は、結愛ちゃんについて「心臓が止まる直前まで、救命措置の可能性があった」と語り、亡くなる数日前の嘔吐に気が付いた時点で病院にかかるべきだったと指摘していた。
検察官は、なぜ医療措置を受けさせなかったのか質問を開始。
優里被告は、数年前の記憶を語るときは落ち着いて受け答えができていたが、衰弱していく結愛ちゃんの状況が語られ始めると、だんだんと冷静さを失っていった。
 
ーー2月27日ころから、わずかに与えていた食べ物も吐くようになっていましたよね。あなたは結愛ちゃんの黒くなったアザを見て、「雄大が殴って脳に強い衝撃を受けて吐くようになったのではないか」と思ったことなかったですか。

一瞬、思いました。

 
ーー雄大に「病院は?」って話はしましたか。

初めに吐いたときにしたと思います。

 
ーーそれに対して雄大が「顔のあざが消えたら行こう」と。どういう意味だと思いましたか?

どういう意味…どういう意味かまでは考えなかったです。やっぱり雄大が、アザがあると逮捕されるから。

 
検察官は少し乗り出し、落ち着いた声でかぶせるように聞いた。
ーー雄大、だけですか。

(数秒置いて)私も……だと思います。その時思ったのは。雄大も逮捕されるし、私も逮捕されると。

これまで、雄大被告が逮捕されることを恐れて、かばうような言動をしていたという流れから、優里被告が口にした「私も逮捕される」という言葉に、法廷がにわかに緊張感を増したように見えた。
理由を、検察官が掘り下げた。
 
ーーなんであなたも逮捕されると思ったんですか。

何で?母親だからです。

 
ーーご主人の暴力を見過ごしたから、逮捕されると、こう思ったんですか。

もともと説教の中で、雄大は「お前のせいで俺はこうなった」っていう話がすごい出てきたんですけど、結愛のアザがあるのは確実で、結愛が目の前で見ているわけだから。
それを、雄大がやったというのも、私がやっていないので、確実で。
結愛が自分でつけるわけじゃないから。だから、雄大が……えっと、ごめんなさい質問を忘れました。

優里被告は、2月下旬の記憶を少し遡り、一呼吸で言葉を並べて息切れし、肩に力が入り始めた。
検察官は、同じ質問を繰り返した。優里被告は、そう信じているかのように力強く、意外な言葉を並べ始めた。

雄大の、雄大のやったことは、全部私の責任です。
だから、逮捕されるのは当然というか。雄大が、暴行した。あざを作った。
ということは、逮捕につながることじゃないですか。
それをやったのは、やったのは雄大かもしれないけど、でも、そこまで追い詰めたのは、私。
結愛を守らなかった。雄大が、ストレスなく生活できる環境を作れなかったっていう。 
 それも含めて、すべて私の責任なので、私が逮捕されるべきだと思います。

 
ーー逮捕されるというけど、でも病院ですよね。病院行ったら逮捕されるって思いましたか?

そこまでは考えてなかったと思います。

 
検察官は、結愛ちゃんが亡くなってから2日後の優里被告の供述調書を開いた。 
『それは、今まで香川でも2回ほど調書を取られてますし、こっちきて旦那がしたってことは明らかなので、病院連れていったら100%プロなのでどういうことが理由でこうなったか分かる。警察に言ったらこの後どうなるかというのも想像ができているので、避けました』『私はもう逮捕は確実。旦那もそうですし、それを見過ごした私も同罪なので』(2018年3月4日)  
 ーー間違いないですか。

そう答えたか分からないけど、調書にあるならそうだと思います。正直にそう話していると思います。

 
ーーあなたとしては、旦那さんの報復が怖かったなんて話をしていますけどね、自分が逮捕されるのが怖くって、病院に行かなかった面もあるのよね?
ここで裁判長から「少し誘導になっています」と注意が入る。優里被告は間髪入れずに語り始めた。

自分が逮捕されるっていうのは、もともと結愛の話でもあった通り、香川の病院でも、私は逮捕されたかった。
こう言ったら、おかしいんですけど。
自分の家庭の環境の悪さっていうのは、やっぱり自分が一番認識してて。
してて…(声が上ずり、言葉が止まる)…私は、自分がおかしいというか、誰か…自分で自分をどうにもできないから、誰かの力を借りないと、この状況から抜け出せないと思っていて、なので、自分が逮捕されるのは全然かまわないです。

 
ーー夫の報復が怖かったって話が出ているんですけど、報復って何ですか。

例えば、結愛を連れて逃げるってなった時に、「俺は全国各地、色んな所に友達がいる」って、そういう説教があるんですけども、だんだん……この場で言うのもおかしいけど、殺されるとか、そういう……感じ、です。

 
ーー殺される?そう思った根拠を詳しく教えてもらえますか。

まず、一番最初が、私がもし浮気したらどうするのか、という話のなかで、「殺す」って言われたことがあって。
それは冗談とかじゃなくて本気の顔だなと思っていて。
それからちょっと意識し始めて。説教って言うのも、普通の精神状態に戻ったら、「この人異常だな」って思って、そういう最悪の状況っていうのも、私の性格ではあるかもしれないけど、追い詰められる。

「助けての一言が…言えないんです」

雄大被告の暴力を隠し続け、児童相談所や行政機関、病院にすら転居先を告げずに雄大被告のいる東京に、子どもと共に引っ越していった優里被告。
支援の手を振り払い続けた、その理由が語られた。

 ーー結愛ちゃんが吐く日が続いた2月27日以降、危険な状態になっているとは思いませんでしたか。

本能的には思っていると思います。

 
ーー3月2日に、まぶたのスピードが明らかに遅くなってね、普通じゃない状態になっていて「このままじゃ死んじゃうんじゃないか」って不安になりませんでしたか。

不安にすごくなって、だけども、バカみたいに…なんかこう「大丈夫、大丈夫結愛は絶対治る」って自分勝手なんですけど、そういうことしか思い…ませんでした。

 
ーー体の傷からすれば、相当頻繁に雄大から暴力を加えられたんじゃないかって推測できる。結愛ちゃんがあなたに「パパに殴られた」「シャワーで水を掛けられた」とか、訴えられたことはないんですか。
優里被告の様子が変わり始めた。結愛ちゃんのことを語ろうとすると、涙声が混じり始め、「訴え…」とつぶやくように声を漏らすと、だんだんと抑揚が強くなっていく。

私が、ちゃんと……結愛と親子関係を築けていなかったし……あたしが結愛に…聞いてあげなかったので、結愛もきっと…言えなかったと思います。

 
ーー「パパにこんなことされるなら、家になんか居たくない」とか「パパのいないところに行きたい」とか、そういうことを言ったことは。

2月の最初に、そういうやりとりがあったと思います。でも「頑張ろう」って感じだったと思うんです…分からないです。

 
ーー(香川県で)2回目の児相保護の時に結愛ちゃんが「パパに暴力を振るわれた」という風な話をしているのを聞きましたよね。あなた自身は結愛ちゃんが嘘を吐いているんじゃなくって、実際に暴力を雄大が振るっていたと思っていましたか。

思っていました。

 
ーー児相や警察には、こういう風に言うようにってメモを渡されて、その通り話したと。警察や児相には夫は隣に居なかったですよね。「夫には言わないでほしいけれども、実際は暴力を振るっているから助けてほしい」と、そう言おうとは思わなかったんですか。

言ったら絶対、雄大の耳に入るので……言えなかったです。

 
ーー当時は離婚したいという思いはあった。

ずっとありました。

 
ーー夫が逮捕されたら、離婚できるって思わなかったんですか。

逮捕された後に、死刑とかにならない限り、絶対に戻ってきて、絶対に報復されるから、絶対全国どこに逃げても、探偵使ってでも追いかけられるから……できないです。

 
ーー結局、夫の暴力の隠ぺいに加担した。

結果的にはそうなると思います。

 
ーーそうなると、結愛ちゃんに対する暴力は続くことになっちゃいますね。それでよかったの。せっかくね、児相とか警察がね、入っているんだから、そこで助けを求めなかったら、「助けを求められなくなる」って思わなかった?

助けを…?
何度も、助けっていうか……助けを…。
「助けて」の一言が、言えないです。
病院の先生には、アザを見られたし、(児相の)Aさんにも、あたしは苦しくなったら自分の太ももを叩くんですって、電話で話して、でもAさんは「ああ、そうですか~」って。
そういう自分なりの精一杯のSOSっていうのは、とても自分勝手なんですけど、結愛を守るためには、自分の心のゆとりが無いことには、絶対結愛のことを守れなくて、だから周りからどんなに自分勝手って思われても……。
やっぱり、自分…の、できる最大限の、助けてとは言えないんだけど、SOSは出したとは思っています。

 
ーーでも、あなたは2回目の保護の時に、積極的に嘘を吐いて雄大の暴力を隠しましたよね。それもあって…
質問を遮って、優里被告が強い口調で返した。

積極的に、嘘はついていません。

 
ーーでも雄大からこのメモを渡されて、こう言えって言われて、思っても無いことを言ったわけでしょう。結局、結愛ちゃんが施設に入ることも夫が逮捕されることもなかった。

積極的に嘘を吐いてやろう!っていう積極的に、ではないです。

 
ーー転居に当たって、香川県の児相に転居先も言わなかった。

昨日の(児相の)Aさんの話でちょっと違う点がある。
まず、それまでのAさんとの関係は良好ではなくて、児相に対して間違ったイメージがあって、私がAさんに歩み寄れなかったのが全部いけなかったんですけど。住所言うのも悩んでしまって。
最後、「住所どこですか」って聞かれたときに「言いたくありません」って、これまでの関係がぎくしゃくしていたから。
だけど(優里被告が)「調べれば分かりますか」って聞いたら、「調べれば分かりますけどね」こう、なんだろう…そんな感じに言われたこともあり……。

 
ーー医療機関を紹介すると言っていた病院にも言いませんでしたよね。

先生とも、まだ「助けて」の一言が言えなかった私の責任なんですが、それが言えない。
言えないということは、どこかちゃんとした関係が築けていなくて、どこか言いたくないなって気持ちがあって、言えませんでした。

 
優里被告はその後、東京の転居後に結愛ちゃんを幼稚園などに通わせようと園を探したことなどを話した。
「住所を転居してから、少なくとも数回見学をしてから」と説明され、手続き中に小学校に行くことになりそうだったので、断念したという。
香川県で通っていた医療機関のアートセラピーの担当者から転居後に連絡も入っていたが、返事を返さなかった。
実家にも、相談することはなかった。その理由を「雄大の機嫌が東京に行くってなってからだんだん良くなって、結愛にも手を挙げなくなって、治った!って思いました」と説明した。
最後、検察は支援の手をつかめなかった理由を聞いた。
 
ーーあなたとしては、児相も警察も医療も、誰も助けてくれなかったって思ってますか。

証人の方の中では、私に「頼って相談してほしかった」という話があったんですが、あたしとしては、ああいう立場になった時に、「助けを求める」一言が言えない。
これがあって、結果的に、結愛をぼろぼろにして、死なせたって……ことは…事実なので…皆さんは結愛のために一生懸命やってくれた。
私が全部悪いと思っています。

 
優里被告は嗚咽しはじめ、肩を丸める。
ーーいろんな人が、あなた自身に手を差し伸べてくれている。住所を教えないなどして、あなたがそれをすべて振り払った。あなたも結愛ちゃんも誰も助けられない状況を自分で作りだしていた、とは思っていますか。

今思えば、あたしのそういう行動すべてが結愛の死につなげてしまったと思うんですけど、その時は……、本当に必死に、ただ結愛のために、結愛を助けるためにやった行動が…結果的にそれが全部、結愛を死につなげてしまった、と思っています。

夫からの呼び名は「バカ嫁」「バカ娘」ーー結愛ちゃんと2人で手紙を始めた経緯など【弁護側被告人質問】に続きます)  

5歳児を追い込んだ虐待の背景は。公判で語られた事件の内容を詳報します

2018年、被告人らの逮捕時に自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。   
「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」 
5歳の少女の切実なSOSが届かなかった結愛ちゃん虐待死事件。
行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。
この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。 

この記事にはDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。
子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。
もしこうした苦しみや違和感を覚えている場合は、すぐに医療機関や相談機関へアクセスしてください。 

cat_oa-huffpost_issue_e5d7a65b7062 oa-huffpost_0_cf289b3fb736_台湾・蔡英文総統も京アニ新作映画公開を祝福。「まさに感動すべき実話」 cf289b3fb736

台湾・蔡英文総統も京アニ新作映画公開を祝福。「まさに感動すべき実話」

2019年9月7日 16:50 ハフポスト日本版

35人が犠牲になった京都アニメーションの放火殺人事件。痛ましい事件からおよそ1か月半後の9月6日、事件後初の新作映画「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝―永遠と自動手記人形―」公開された
映画には制作に携わった全てのスタッフの名前がクレジットされるなどし、多くのファンが映画館に詰めかけた。
この映画公開に、海の向こうの意外な人物からも喜びの声が届けられた。台湾の蔡英文(さい・えいぶん)総統だ。
蔡総統のTwitterは、普段は英語で自身の活動を紹介するものが多い。しかし、京アニの新作映画が公開された6日は、日本語で「日本の皆様が勇気を持って再出発を遂げたことは、まさに感動すべき実話です」と投稿。1万2000を超える「いいね」が寄せられている。

蔡総統は放火殺人事件直後の7月18日にも日本語でツイートを投稿。「京都アニメーションは台湾の多くの人にとって、青春の思い出でもあります」などとお見舞いの言葉を寄せていた。

cat_oa-huffpost_issue_e5d7a65b7062 oa-huffpost_0_78382f7cfe14_高速道路で運転中に眠くなった男性、その場にテントを張ってスヤスヤ、罰金。 78382f7cfe14

高速道路で運転中に眠くなった男性、その場にテントを張ってスヤスヤ、罰金。

2019年9月7日 12:39 ハフポスト日本版

高速道路を運転しているときの最大の敵...言わずもがな、睡魔だ。
ひたすら直線を走り続けるだけだし、助手席のヤツは雑談したい時に限って勝手に寝てるし...そんな経験もあるのではないだろうか。
そんな眠さ対策に、中国で画期的(?)な解決法を編み出した男性が話題になった。
「眠いなら寝る」。シンプルすぎる方法で解決を図ったのだ。

現地メディアによると、男性が奇行に走ったのは2019年の8月30日。
友人とともに中国・成都から貴州省へ向かうため、高速道路を走っていたが、重慶市を通りかかったあたりで、睡魔に襲われたという。
眠い。しかも車の中も暑い。男性は車を停めるとテントを取り出し、高速道路上に設営。そのままスヤスヤと眠りに落ちていったという。
この行為、当然ながら違法かつ危険。パトロール中の警察に発見されると、厳重に注意を受けた上、罰金200元(約3200円)などを課された。男性は「テントの方が寝る環境として良かったんだ」と供述しているという。

cat_oa-huffpost_issue_e5d7a65b7062 oa-huffpost_0_da7ee18416f8_ネッシーの正体は巨大ウナギ? 研究チームがDNA調査の結果を発表 da7ee18416f8

ネッシーの正体は巨大ウナギ? 研究チームがDNA調査の結果を発表

2019年9月7日 12:14 ハフポスト日本版

ネッシーの正体は、巨大ウナギかもしれない。学術チームの調査結果が世界に衝撃を与えた。
■ネッシーとは?イギリス北部のネス湖には怪物が住むという伝説があり、その歴史は西暦700年ごろに書かれた「聖コルンバ伝」にまで遡る。
1934年には産婦人科医のロバート・ケネス・ウィルソンが、ネス湖で撮影したという大きな首をもたげた怪物の写真を発表したことで、世界的に知られるようになった。

未確認動物の代表格として「ネッシー」や「ロッホ・ネス・モンスター」という名前で呼ばれている。恐竜と同時代に生きた首長竜「プレシオサウルス」の生き残りではないかと憶測を生んだ。
ただし、写真は何枚も撮られているのに、存在を示す決定的な証拠はこれまで出ていない。ウィルソンが撮影した写真も、潜水艦のオモチャに首をとりつけたイカサマだったことを1993年に関係者が告白した
2016年には無人潜水艇が、ネス湖の水深180メートルの湖底で、ネッシーのようなものを撮影した。しかしこれも、1970年の映画「シャーロックホームズの傍系」のために作成されたネッシー型の模型だと判明している
■学術チームの調査結果は?そんなネッシーの正体を確かめようと、ニュージーランドのオタゴ大学に所属する生物学者ニール・ゲメル教授が率いる調査チームが立ち上がった。2018年10月にネス湖に行き、さまざまな水深の250カ所でDNAを採取した。

データの解析を終えたゲメル教授は再びネス湖を来訪、9月5日に記者会見を開いた。ネッシーの正体について「残念ながら、私たちの調査データからすると、プレシオサウルスというのは厳しい」とした。巨大魚であるサメ、チョウザメ、ナマズのDNAも採取されなかったという。そこで、ゲメル教授が出した推論は「巨大ウナギ」だった。
「ウナギのDNAは非常に大量にあります。ネス湖ではウナギが非常に豊富で、調査点のほぼすべての場所でウナギのDNAが検出されます。DNAからはウナギのサイズまでは分かりません。でも、DNAの量から言って、人々が目撃したネス湖の怪物は巨大なウナギである可能性を無視することはできません」

cat_oa-huffpost_issue_e5d7a65b7062 oa-huffpost_0_d00938a2f7a2_人生は『壮大なオールOK』にできるチャンスがある。 中川翔子さんが不登校経験者に語ったこと d00938a2f7a2

人生は『壮大なオールOK』にできるチャンスがある。 中川翔子さんが不登校経験者に語ったこと

2019年9月7日 11:00 ハフポスト日本版

多くの学校で新学期がはじまって数日が経ちました。
この時期に子どもたちが感じる「学校に行きたくない、行けないかもしれない」という気持ち。そんな子どもたちに向けて、タレント、歌手の中川翔子さんが語ってくださいました。聞き手は、自分たちも学校へ行くのが苦しかった不登校経験者の方々です。
* * *
――今日は「生きる理由」をお聞きしたいと思っています。私は今、中学2年生で不登校をしています。中学に入ってからは、ずっと学校へ通うのがつらかったです。今は、ほとんど家にいます。友だちもいないし、ゲームをしてもアニメを観ても楽しくないし、この先も不安です。私には生きる理由がわからないです。死んじゃったほうが楽になるんじゃないか、とも思います。でも、きっとこの世界は楽しいはずだという思いもあります。だから、中川さんの「生きる理由」をお聞きしてみたいです。(14歳・アオイ)
今、真夜中のまっただなかにいる感じなんだね。
私も13歳のころ「思い描いていた自分の未来じゃない」と思っていました。心のなかでの口グセは「どうせ私なんか」でした。
中学に入ってから、いじめを受けていたからです。靴を隠されたり、キモイって目の前で言われたり、今思い出しても、すごくつらくて、悔しいことがたくさんありました。
いじめてきた人に「言い返してやればよかった」「仕返しをしてやる」とか、そんなふうに思いながらも、教室に入るのが怖くて学校へ行けなかったことがあります。
学校へ行けなくなってからも苦しい日は続きました。「学校へ行きなさい」と言う母親とドア越しに怒鳴り合ったこともありました。親と言い合うのって、すごくつらいですよね。
学校へ行けない日は自分の部屋で朝までネットをして、お風呂にも入らずダラダラして、でもなんだかイライラしてきて、拳で壁に穴をあけて「何やってんだろう」ってうなだれたりしていました。

大人の言葉は届かなかった

そんなとき、まわりの大人はよかれと思って「卒業しちゃえば楽になるから大丈夫だよ」と言ってくれました。
そういう大人に当時の私は「無責任なことを言いやがって」と心のなかで悪態をついていました。子どものころは学校と家がすべての世界。
それ以外の場所や世界なんて想像ができないです。大人はすぐに「それ以外がある」「その先がある」って言うけど、そんな言葉、届かなかったです。
「私には将来なんてないんだ」「この先の夢なんてないけど、どうしても学校には行かなきゃいけない」、そういうことばっかり考えていました。
だから「もうムリ!」「死にたい!」っていう衝動には何度も何度も襲われました。
それが私の10代だったので、あなたが「生きる理由」を聞きたい気持ちもわかる気もします。きっと同じようなことがあったかもしれないし、私よりひどいことがあったのかもしれません。
私は、たまたまオタク気質で、当時から戦隊モノやアニメやカンフー映画が大好きでした。
いじめてきた人たちも見返してやりたいって気持ちもあり、オーディションを受けたこともありましたが落ちまくりました(笑)。

ジャッキーとの運命の出会い

見かねた母が貯金をはたいて、私の誕生日に香港へ連れて行ってくれたことがあります。
そしたらね、たまたま入った香港のレストランにカンフー映画の超大物俳優ジャッキー・チェンがいたんです。
しかも座っていたのが私の斜め前。憧れのジャッキーが目の前にいて……、もう号泣です。騒いじゃいけないと思ったから、声を殺しながらの号泣でした。
そしたら、ジャッキーが「どうしたの?」って声をかけてくれました。
その声にまた感激して、ふり絞るように「私はあなたのことが大好きです。今日は私の誕生日で、あなたに会えてうれしいです」と伝えました。
そしたらジャッキーは、撮影で骨折した足を引きずりながら、店の奥へ消えてハッピーバースデーと書かれた花束を持ってきてくれました。
そのとき心の底から思いました。「生きててよかった」って。昨日まで、「死んでやる」と思っていた私が、です。人生は何があるかわからないです。
その後数年たって、ジャッキーとCMで共演できることになりました。そのときに、あらためて「あのとき香港で優しくしてもらったから、私は死ななかったんです。ありがとうございました」と伝えることができました。
そしたらジャッキーは「そうか。よかったね」と頭をポンポンとしてくれて。
そのとき、私は自分の人生を「壮大なオールOK」にすることができたと思ったんです。ツラいことも苦しいこともあったけど、今ジャッキーに感謝を伝えられて、頭を撫でてもらえた。それでもうOKだろう、と。
アオイちゃんにもいつかそんな「OK」が訪れると思います。そしてそのためにはひとつだけ条件があります。「死なないこと」です。
今、しんどかったり、私の言葉が伝わらないかもしれない。でも、いつか、心が震えるほど「死なないでよかった」と思える日が必ず来ます。それだけは言えます。だから、頼むから死なないでください。
――はい……(泣)。
あー、なんていい子なんだ(泣)。
今、楽しいことが見つからないかもしれないけど、ほんの少しでもいいから、「好き」を寄せ集めてみてほしいんです。
「このチョコ、おいしい」とか、「このゲームは前作よりおもしろい」とか、そんな程度でいいんです。
それを積み重ねていって、いちばんひどい日を乗り越えると「そうでもない日」が来ます。
死にたいって気持ちばかりじゃなくて、夕暮れがきれいだなとか、本を読んで夢中になっちゃったなとか、気持ちが少しやわらぐ「そうでもない日」がやってきます。
「そうでもない日」が続いた先に、思いがけない「死ななくてよかった」と思える日が来るはずです。
私はそうやって死にたい日を一日ずつ先延ばしにしてきました。死にたい夜をたまたま乗り切って、無理やり生き延びてきた気がします。だから、どうかあなたも生き延びてね。

私のブログは“明るい遺書”

――私は今、作業療法士をしています。私も不登校をして、その後、高校、大学へと進みましたが、今でも「明日」がつらい日があります。中川さんは苦しかったときに、どういうふうにして前を向くことができたんですか。(24歳・ヒナ)
中学校に行けなくなった15歳のころ、所属事務所をクビになってしまった18歳のころ、それから仕事でつらいことが重なった29歳のころが私の「三大どん底」でした。
とくに18歳のころのどん底は私の人生の転機になりました。
というのも、このまま死んでしまうのではなく「私という人間がいたんだよ」「私はこういう人だったんだよ」という証を残したくて、遺書のつもりでブログを始めたんです。
最初はグチや呪いを書こうとしたんですが、万が一誰かが読んでくれた場合、「暗い人だな」と思われたらイヤだから、「好きなことだけ書く」というマイルールを決めました。
遺書は遺書でも「明るい遺書」にしよう、と。猫がかわいいから載せよう、好きなメイクして写真とって載せよう、これがおいしかった、コスプレしちゃおう。
そんな感じで一日に何度もブログを更新していました。それは若さゆえの衝動だったと思うんですけれど、やっているうちに、好きなことばかり書いているからか、だんだん楽しくてハイになってきちゃったんです。ヒャッハーって。
ブログはたくさんの方に読んでいただき、評判もよかったんです。おかげで「死のう」は一回横に置いておこうと思えました。それ以来、前を向けるようになった気がします。

今苦しい人に届いてくれたら

――最後の質問ですが、新著『死ぬんじゃねーぞ!!』に込めた思いを聞かせてください。(25歳・ゆりな)
この本が誰かの「隣る人になれば」と思っています。「隣る人」というのは、児童養護施設の職員が使われていた言葉で、文字どおりに隣にいて支える人です。
私がいじめで靴を隠されたり、しんどいときに、さりげなく隣にいて、いっしょに絵を描いたり、話してくれたりした子がいました。
その子の存在が本当にありがたかった。そういうことって大人になっても、なかなかできないことだと思うんです。私にとってはその子が「隣る人」だったんですね。
私も誰かにとって、そんな人になれたら素敵だなという思いで書きました。今、苦しくて学校へ行きたくない夜を迎えている人に届けばうれしいです。
――ありがとうございました。
(取材者一同/撮影・矢部朱希子)

【プロフィール】
中川翔子(なかがわ・しょうこ)1985年東京都生まれ。2002年、ミス週刊少年マガジンに選ばれ芸能界デビュー。タレント、女優、歌手、声優、漫画など、多方面で活躍。著書に『死ぬんじゃねーぞ!!いじめられている君はゼッタイ悪くない』(文藝春秋)などがある。

少しでも自殺を考えてしまったり、周りに悩んでいる人がいる人たちなどに向けて、以下のような相談窓口があります。(ハフポスト日本版編集部) 
チャイルドライン
東京自殺防止センター
いのちと暮らしの相談ナビ
厚生労働省|自殺対策ホームページ
自殺総合対策推進センター

(この記事は2019年09月01日不登校新聞掲載記事『死にたいあなたへ今伝えたい「生きててよかった日は必ず来る」【中川翔子】』より転載しました)

cat_oa-huffpost_issue_e5d7a65b7062 oa-huffpost_0_2bb7b609374e_「体重が200g減ったら、チョコレートをこのくらい」異様な食事の実態【目黒5歳児虐待死裁判・母親への質問①】 2bb7b609374e

「体重が200g減ったら、チョコレートをこのくらい」異様な食事の実態【目黒5歳児虐待死裁判・母親への質問①】

2019年9月7日 10:18 ハフポスト日本版

東京都目黒区のアパートで2018年3月、当時5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった。

結愛ちゃんが両親から虐待を受けて死亡したとされるこの事件で、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27)の公判が開かれている。
公判4日目の9月6日は、前日に引き続き被告人質問が行われ、優里被告が証言台に座った。
優里被告は、初公判の時のように大きく取り乱すことはなく、明瞭な声で検察の質問にはっきりと答えた。 

離婚話からギクシャク、結愛ちゃんを「取り上げられた」

前日の質問の中では、結愛ちゃんが亡くなる1カ月前の2018年2月から、父親の雄大被告(34)は結愛ちゃんと優里被告の接触を制限するようになったという発言があった。
午前中は主に、優里被告がどのくらい結愛ちゃんと接することがあったのかについて、質問が続いた。
 まず検察官が、優里被告の「(結愛ちゃんを)取り上げられた」という発言を掘り下げる。

(検察官)ーー昨日あなたは、2月になってから雄大さんに結愛ちゃんを「取り上げられた」と話しました。取り上げられたとは、どういう意味ですか。

(優里被告)まず、離婚の話があったと思うんですけど、離婚の話の時って、私と雄大の間はギクシャクしているというか。
そういう関係なので、私は「結愛と2人暮らししたい」って言ったし、そういう思いがあったので、とにかく結愛の部屋に行って結愛と二人で話したりしてました。
その時にいきなり、雄大がドシドシ音を立てて入ってきました。「もうお前に育児は任せてられない!」って言われて。
結愛のことを、自分のほうに持っていくというか……。「息子を連れて部屋を出ろ」って言われたので、(自分は)出ていった。
それが「取り上げられた」っていうことです。

 
ーーその時から、具体的に生活に変わったことは。

その日から、東京に来てから(取り上げられた)その日になるまでは、私も結愛と接する機会がまだあった。
ですけど……いや雄大の監視というか目があったので、それほど普通の親子関係にはいかなかったですけど、でも結愛と接することはあって。
だけどそれ(取り上げられて)からは、雄大が起きてくるまでとか、結愛と隣で一緒に居れるってことがなくなりました。

 
ーー朝ごはんについては、ずっとあなたが炊いていた?朝は一緒にいるわけですね。

はい。
ーー(結愛ちゃんの)勉強を見たり体重を図ったりすることは、朝以外にもありますか。
朝だけ?はい。

 
裁判長が補足で質問を投げかける。

 (裁判長)ーー勉強は朝だけ?勉強の時に一緒にいたんじゃないの。

その時は一緒です。

 
ーー朝だけじゃないよね。

はい。

 
ーーお風呂はあなたが大体用意をして、結愛ちゃんは着替えて自分で入るという感じだということだったんですが、近くにいるんですよね。その時は接することができるんですよね。

例えば、結愛の服を触ったりとか、脱がしてあげるそぶりとか、部屋からもってきてあげるとか、会話も雄大に聞かれてしまうと、雄大の機嫌を損ねる場合がある。
なので近くにはいるんですけど、結愛のほうを見ないようにって言ったらおかしいんですけど、うーん…。
ふつうの関わりではない感じでした。

 
ーーあなたが最後にお風呂に入れてあげたときに、(結愛ちゃんの状態に)びっくりしたみたいなんですけど、これまでも結愛ちゃんがお風呂に入るときに傍で着替えていることもあったよね。

2月の中旬くらいから、私がお風呂に入れることさえも、ダメになったというか。
そのタイミングもなかった。もう雄大と結愛が夕方も一緒にいることがあって。雄大からは「結愛と一緒にお風呂に入った」ということは聞いてたし、雄大が結愛のお風呂の準備をしていたと思うんですけど。

 
ーー2月の中旬くらいからは、あなたは風呂の準備をしなくなった。

私は私で、息子と入るときに湯を沸かしていました。

 
ーーなるほど。では結愛ちゃんが入るタイミングはいつ。

夕方です。私の前です。

 
ーーそうすると、誰かがお風呂に入れないといけない。湯を張ったり洗ったりは、誰がしているの。

お風呂を洗うのは雄大が結愛に何回かやらせていたみたいなんですけど、結局は雄大がしていたのか……。
途中から結愛はお風呂掃除をしなくなったと雄大から聞いた。

 
ーーあなた自身はやってないの。

私はやります。

 
ーーお風呂の準備を?あなたがしたのにまたほかの人がやるの?

やります。

 
ーー湯は入れ替えているということ?

はい。

裁判長は、何度か首を傾げ、少しいぶかしげな表情を見せ、質問は検察官に変わった。

日中は週4回程度、弟を連れて優里被告は外出。「夫の就活の邪魔をしないため」

(検察官)ーーほかのことを聞きます。被告人と(結愛ちゃんの)弟さんと、2人で外出することがありますよね。何か言われたから2人で出ていたんですか。

そうですね、はい。パソコンで就職活動をしていたみたいなんですけど、息子が雄大のパソコンのほうに向かって行っちゃうので、邪魔にならないようにということでした。

 
ーーいつからですか。

それを言われたのは、東京に着いてすぐぐらい。

 
ーーあなたと弟さんは、どのくらいの頻度で出かけていましたか。

感覚的には、毎日のように思うけど、毎日ではなかったと思います。

 
ーー出かける日と出かけない日はどんな違いがあるんですか。

特に意味はないです。

 
ーー結愛ちゃんのメモは、最終日が2月27日、火曜日の13時というのが最後の記載でした。その日以降は書き取りもできなくなっていたんですか。

できなかったかどうか、までは分かりません。

 
ーー嘔吐が始まっているんですが、このころ結愛ちゃんは、寝て過ごしていたんですか。

寝て過ごしてはいないです。私の記憶では、DVDを見てた?
そういう記憶はあります。

 
ーーノートの記載はしなくても良くなっていたんですか。

それが私も分からないところで……うーん(数秒間考え込む)。
私、その時たぶん、うーん…。

 
裁判長が、質問を整理する。
(裁判長)ーーこれまでは、約束を守らないと叱られたわけですよね。27日が最後で、28日とか3月の記載は無い。これについてはどういうことなのか。
もうこれは、書かなくていいのか、それとも違うのかなって。これまで、散々叱っているじゃない。

その時のことを振り返っても、何があったかよく思い出せなくって…。
でも、紙が無いってことは、たぶん雄大が怒るような態度ではなかった。
結愛が吐き出したことに対して、気が引けたじゃないけど、たぶんそれでもう休ませとこうという感じになったんじゃないかと思います。

最初の検察官が質問を切り上げ、次の検察官へ移る。

「体重200g減ったら、1枚チョコレート」「今日あげたら、やばい」異様な食事ルール

質問は、東京に移ってからの、結愛ちゃんに対する食事の異様な内容について聞かれていった。
(検察官)ーー食事ですが、朝は何をあげていましたか。

昨日も言った通り、前日とかに結愛に聞いて、とりあえず糖分を。
体重が増えなくて、カロリーがあって、結愛の好きなもので甘いもの。
チョコレートとか菓子パンとかそういったもの。

 ーー食事の内容を、捜査段階でどう話したか覚えてますか。

捜査段階?

 
ーー検事さんとか、警察官の方にどんな話をしたかと。

スープとかあげた。そんな話をしてたかと思います。

 
ーーそれは正しいんですか。

スープもあげていました。

 
ーー(あなたが)検察官、検事に話したことで。転居した頃の話です。
『東京に転居して、最初のころは私が結愛に3食与えていた。食事は玉ねぎやわかめのみそ汁や野菜スープのような汁物。そのほかにレタス・トマト・キャベツ・玉ねぎなどが入ったサラダ、豆の総菜、豆腐や煮物、ヨーグルトなどといったものが1~2品だった』(2018年6月20日の供述調書)
これは間違いないですか。

 はい。

 
ーーさらに、「雄大が食事を管理するようになった」と言っていたのは2月の上旬ごろのことでいいですか。

厳しく管理し始めたのが、2月の上旬ごろです。

 
ーーこの頃について。
『朝あなたがみそ汁やスープに餃子やわかめなどを入れたものを作って与えていたが、それ以外は夫が結愛に食事を与えていた。茶碗や小鉢に入れたスープ1杯、実際に与えていないことも見ていたので1日に1食や2食ということもありました』(同)
それも間違いないですか。

毎日私がスープをあげているみたいになってるけど、毎回毎回スープってわけではなかったです。さっき言ったお菓子とか。

 
ーー『夫がいない時には、おにぎりやパン、カロリーメイトをあげていました』とありますが。

それもあげました。
(雄大被告が)外出や飲み会とかでいないときに、あげていました。

 
ーー雄大被告がいるとき、朝ごはんにはそういうものをあげていたんですか。

音がしないもの。袋を開けて音がしないもの。
あげれる範囲であげていました。

 
ーー「あげれる範囲で」というのは?どのくらい。週に1~2回?
どういう…これは頻度って言いますけど、どのくらいの頻度なんですか。

感覚でもいいですか。週に4日とかです。

 
ーー週に4日?1回にどれくらいあげるんですか。

朝ですか?

 
ーーあなたがあげるのは朝だけですよね。

いや、夫の外出時とか…。
裁判長が再度質問を仕切りなおす。

 
(裁判長)ーー夫が外出したときには、夕方とか夜とかということ?

夜とか、そうです。

質問が検察官に戻る。
 
(検察官)ーーあなたがあげるときに、どのくらいの量をあげていましたか。

朝は、チョコレートだと、コンビニとかに売っている、箱を1箱とか。板チョコで言うと1枚とか。量的に。

 
ーー1枚と言うと、市販のパッケージまるまるということですか。

はい。1枚の長方形のやつ。

 
(裁判長)ーー大きさが分からないんだけれども、例えば、15cmとかの大きなパッケージを想像するんですけど、どんな感じ。それとも小さいやつですか。

値段としては、いくらくらいの。200円とか100円とか。
ふつうの板チョコ……。
安かったら80何円とかで買える。ふつうは100円とかで買えます。

 
ーーキットカットみたいな小さいのではなくて?

うーん、こう、こういう感じの…。(ジェスチャーを交えて大きさを伝えようとする)

 
ーー1枚まるまる与えているの。

それは、加減があるんです。
朝、体重を量るときに昨日の体重より、例えば200g減っていたとしたら、だいたい私の感覚で、チョコレートをこれだけあげれるな、とかチーズをこれだけあげれるなって。
感覚的な話になっちゃって難しいんですけど。

 
ーー結愛ちゃんの体重を把握していたんだね。

前日からいくら、とか。そんな感じに。

 
(検察官)ーー朝ごはんだけでも週4日くらいそういうものをあげていたんですか。それはいつまで続いたんですか。

はい。たぶん飛び飛びなんですよ。あげれる日と、あげれない日と。
「今日あげたら、やばいな」って日と…そんな感じです。
 ーー結愛ちゃんが嘔吐して全く食べられなくなりましたよね。直前まではチョコレートなどを与えるということを週4日ほどしていたんですか。
そうですね。

目指せと言われた“15kg台”を切っても食事を与えず。「あげない方が結愛にとってストレスが軽いかも…」

ーー夫の理想体重が15.5kgという話が昨日でましたよね。

理想体重ではないんです。
香川県に居るときも、やっぱり体重のことは注意だけはされていたんです。
監視まではされていなくて、東京に来てから監視されるようになったんです。
とりあえず15.5kgを目指せと。「お前と結愛に言っても、15kg台になったことが無いだろう」って言われたので、理想と言うよりは、とりあえずということなんです。

だが、結愛ちゃんの死亡時の体重はわずか12.2kgだった。2月の時点で、すでに15kgを切ったにもかかわらず、その「とりあえず」を下回り続けた。
検察官は、問いただした。
 
ーー結愛ちゃんのノートを見ると、2月8日の時点ですでに朝14.7kgって書いてある。どうしてここで食事制限をやめなかったんですか。

どうして?

優里被告は、小さくひとりごとのようにつぶやいた。
少し驚くような、そもそもなぜそんなことを聞かれるのか分からないかのような、面を食らった表情を左側にいる検察官に向けていた。
数秒間考え、黙り、答える。

私が、これは私の責任なんですけど、私が雄大を恐れていたので。
やっぱり結愛にも…結愛に、ここでご飯をあげて、雄大を怒らせるよりも、ご飯をあげない方が結愛にとってストレスが軽くなるというか……。
良いんじゃないかなと考えていました。

 
ーーこの体重は夫も知っていましたよね。

知っていたと思います。
ーーなんで「15kg切ったからやめないの?」って聞かなかったんですか。
聞かなかったです。

 
ーー13kg台になってもやめなかったですよね。見た目も明らかに痩せてしまいましたよね。2月27日ごろ、雄大も「結愛の体重が減ってやばい」って言ってませんでしたか。

はい、言われました。

 
ーー3月1日には、お風呂に結愛ちゃんを入れて、あばら骨が浮き出て胸や足やお尻にも脂肪が無かったんですよね。

「このままじゃ死んじゃうかもしれない」って不安にならなかったんですか。
死んでしまう…とまでは思わなかったんです。
とにかく「心配だ。でも大丈夫、大丈夫」って自分に言い聞かせていました。

「アザになった結愛の顔が怖くて…」目をそらした暴力の“痕跡”

質問は、結愛ちゃんが受けた暴力について及んだ。
雄大被告が行ったという暴力について、罪状認否で優里被告は泣きながら「知らなかった」と語っていた。
検察官は、暴力の“痕跡”を一つずつ挙げ、どこまで認識していたかを確認していく。
(検察官)ーー雄大さんの暴力の話を聞いていきます。
昨日も、結愛ちゃんの身体に170以上の傷やアザがあったという話をしました。雄大さんは、仕事が見つからず機嫌が悪いことが多く、結愛ちゃんの些細な言動で暴力を振るっていたんじゃないですか。

私が見た限りなんですけど、声を荒げない、語りかけるような説教というのがありました。

 
ーーたくさんの傷やアザを自分で作れるわけじゃない。雄大さんが付けたんじゃないですか。

知らなかったでは…私は結愛の母親なので、知らなかったでは済まされないって今は思っています。

 
ーーたびたび香川でも暴力を振るったのは知っていましたよね。あなたが息子さんと外に出ているときとか、結愛ちゃんに暴力を振るっているって思わなかったですか。

私が、家の中にいることが雄大にとってのストレスだって私はかんがえてしまっていて、私が雄大の言うことさえ聞いていれば、結愛へ攻撃しないって思いました。

 
ーー結局、あなたが外に出ることで、雄大にとっては「実の息子が、見てもいないし聞いてもいない」という環境になる。より結愛ちゃんへ暴力を振るいやすい環境にしていると思わなかった?

その時は思わなかったです。いまはそう思います。

 
ーー家に帰った時、結愛ちゃんに暴力振るわれていないか心配で、結愛ちゃんに「何かされてない?」って聞いたり、身体にアザが無いか確認したりはしなかったの。

結愛に近づくと雄大の機嫌が悪くなるので、また結愛に説教されると私は結構いらんことをしてしまう。雄大の機嫌を損ねてしまうので、結愛には怖くて近づけなかったです。

 
ーー朝は(結愛ちゃんと)2人きりですよね。その時に「昨日ママがいない間に何かされなかった?」「身体見せて」っていうことはしなかったんですか。

しなかったです。それよりも、とにかく静かに行動して、静かに雄大からの指示の(結愛ちゃんの)体重を量って、朝起きた時間を書いてって、その間にお菓子をちょっと食べて、そのことしか頭になかったです。

 
ーー雄大の調書には、外出してあなたが家に帰ってきたときに「今日もいつもと変わらないしつけを結愛にした」という話を聞いてね、「あー今日も暴力振るったんだな」とか思いませんでした?

暴力というよりかは、説教されたんだなって思いました。

 
ーーその点について、警察官になんて話したかって覚えてますか。あなたが外出から帰ってきて、どう思ったのか刑事さんに話したことはなかったですか。

私の記憶では分からないんですけど、雄大の調書には「残念だね」って書いてありました。

 
ーー事件の3日後の(供述調書)ですね。毎日午前10時ごろから午後2時ごろまで外出して「私たちが帰宅すると、毎回夫が『結愛がまた嘘を吐いた』と言っていたので、私はまた夫が結愛に対してしつけと称して叩いたり、長時間立たせたり、ベランダに出したりしているなと思っていました』て話しているようですが、思い出しますか。

私の記憶力が悪いんですけど、そう書いてあるならそうだと思います。

 
ーーあなたは結愛ちゃんのことに関して「残念だね」って発言したことはありますか。

たぶんあるんだと思います。

 
ーーあなたは、そういう風に、雄大の暴力を容認していたんじゃないですか。

(10秒ほど押し黙り)……容認…。

 
ーー分かっていながら見過ごしていたんじゃないんですか。

結果を見れば、容認になるんだと思います。

 
ーー2月下旬ごろの話を聞きます。結愛ちゃんが顔を腫らせてアザになっていたことはありませんでしたか。

2月の下旬ですか?アザが腫れていたというほどではないです。

検察官がジェスチャーを交えて説明する。

 ーーちょうど、目と鼻の間のくぼんでいるところなんですけど。こういうことが、2月の下旬、26、27日ごろにあったていう記憶はないんですか。青っぽくなっている。

青じゃなくて、黒っぽい感じです。

 
ーー黒いアザみたいなものがあったというのは覚えている?

はい。

 
(裁判官)ーー雄大の供述調書を読み上げましたが、雄大が言うには、2月の下旬ごろ、暴行をふるい、顔全体が腫れていて両目が開かないくらい青アザになっていると。そういう状態に結愛ちゃんがなっていて、あなたは気が付かなかったの?

優里被告は、要領を得ない表情を見せ、質問を理解しようと「ハイ」とうなずきながら聞いた。

 
ーー今日の話だと、ずっと前からあったのかとかしか分からないので。
優里被告はまたじっと黙り、少し首をかしげた。

ごめんなさい、ちょっと理解ができないです……。

検察官に質問が戻り、再度2月下旬の結愛ちゃんのケガについて話を進める。
 
ーー2月下旬の傷に気が付いたかって話なんですが、(事件5日後の)3月8日に検事さんの調べがあったと思うんだけど、何て言ったか覚えてる?

目の話ですか?

 
ーー思い出せないなら言うけれども、『2月26日か27日の朝、結愛が起きてリビングにやってきたとき、私は結愛の両目の周りが青くなってアザになっているのを見ました。結愛の両目の周りにそうしたあざができていたのは初めて見ました』というような。

はい。その時は、2月26日27日あたりが初めてのアザという認識でした。

 
ーー昨日、2月2日の暴行があってアザができたという話をしているんだけど、それは26、27日の勘違いということはありませんか。

えっと……先月に証拠を色々見ていたんですけど、その時に思い出しました。2月の上旬にもアザがあったっていう。
改めてできたというわけではないんですけど、2月の上旬のアザがずっとあって、消えてるな、消えてるな、消えかけてるなって思ったのに、2月の下旬ごろに、もともとあんまり結愛の顔が怖くて見れなかったんですけど、何かアザが薄くなっているはずなのに黒くこう…変わったなと思ったことがありました。

 
ーー目の周りにアザができた後なんですけど、雄大があなたが家にいるときに結愛ちゃんを連れて行って、冷水シャワーを浴びせたりそういうことはなかったですか。

それは無かったです。

 
ーー雄大の調書に書いてあるんですけど、『殴った次の日、(あなたも息子さんも)家にいるときに、結愛ちゃんを風呂場に連れて行って大体何をしていたか音を聞いていたので分かったんじゃないか』ってあるんですが、記憶にはないですか。

その調書を読ませてもらったんですけど、あたしの記憶と全然違う事実って言うのが結構あって、だからその水風呂がどうのこうのって書いていたのも、どの話をしているのか分からないです。

 
ーー雄大さんが嘘を吐いているということですか。

嘘かは分からないんですけど、それは雄大にとっての事実かもしれないし、だけど私にとっての事実は、どの話を何を言っているのかが分からない。

 
ーー殴った次の日に結愛ちゃんを雄大がお風呂場に連れて行ったという記憶は。

それはないです。

優里被告は、感情的になることなく聞かれた質問に答えていった。
この後、検察官は雄大被告の結愛ちゃんへの暴力から、優里被告への暴力について聞いていった。
そこでは、かすかなSOSを拾おうとする周囲と、助けを求めながらもすれ違う優里被告の姿があった。 
「助けての一言が言えない」被告人質問で優里被告が語ったSOSの経緯に続きます

5歳児を追い込んだ虐待の背景は。公判で語られた事件の内容を詳報します

2018年、被告人らの逮捕時に自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。
「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」
5歳の少女の切実なSOSが届かなかった結愛ちゃん虐待死事件。
行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。
この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。

この記事にはDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。
子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。
もしこうした苦しみや違和感を覚えている場合は、すぐに医療機関や相談機関へアクセスしてください。
必ずあなたと子どもを助けてくれるところがあります。