cat_oa-gendaibusiness_issue_4ef7607c5023 oa-gendaibusiness_0_4ef7607c5023_パラ閉会式出演「脳性まひ」「緑内障」バイオリニストがいじめの過去を超えるまで マンガ『水晶の響』1~5話を公開 4ef7607c5023 4ef7607c5023 パラ閉会式出演「脳性まひ」「緑内障」バイオリニストがいじめの過去を超えるまで マンガ『水晶の響』1~5話を公開 oa-gendaibusiness

パラ閉会式出演「脳性まひ」「緑内障」バイオリニストがいじめの過去を超えるまで マンガ『水晶の響』1~5話を公開

漫画/斉藤倫 文/FRaUweb

パラリンピックの競技や、開会式、閉会式で、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたアスリートやアーティストたち。自分たちにある現実に向き合い、全力で生きる姿に、心を動かされた人も多くあることでしょう。

しかし中には、かつて悲しいいじめや差別を体験した人もいます。

パラリンピック閉会式にバイオリニストとして出演した式町水晶さんもそのひとりです。漫画家の斉藤倫さんがその式町水晶さんをモデルとして描いた『水晶の響』は、脳性麻痺や緑内障などの障がいを超えバイオリニストとして活躍していく式町さんの姿を、フィクションの物語にしています。講談社「BE・LOVE」で連載され全4巻で発売されていますが、式町さんの実体験が多く描かれており、現実を私たちに明確に突きつけてくれます。
斉藤さんにパラリンピック閉会式をご覧になったうえでの感想もお聞きしました。
現実を伝える漫画を読むと、ただパラリンピックに感動するだけで終わりではいけないと強く感じさせられます。
4巻発売を記念して、特別に1巻5話までの無料試し読みもお届けします。

式町水晶くんが閉会式に出演していてびっくり

「式町水晶くんが出演されていて、とてもびっくりしました。パラリンピックの大舞台での本当に素晴らしい演奏・パフォーマンスに感激しました。
これまでの彼の努力は想像を絶するもので、その水晶くんの力強く美しいバイオリンの音色が世界中に響き渡ったようで、涙があふれました」

『水晶の響』の作者・斉藤倫さんはこう語ります。

式町さんは3歳のときに脳性まひ(小脳低形成)と診断され、リハビリとして4歳からヴァイオリンを始めました。障がいにより指の力の入れ方さえも分からなかった状態から、想像を絶する努力、師との出会い、家族の支えにより、多くの人を魅了する演奏を奏でるまでに成長し、さらに作曲とアレンジの才能を開花させたポップ・ヴァイオリニストとなりました。

2021年9月5日に行われた、東京パラリンピック閉会式では、多くのアーティストたちが登場しました。その素晴らしいパフォーマンスを見て、障害のある人たちによるものと思わなかった人もいたのではないでしょうか。その中のひとりが、ポップス&ジャズのバイオリニスト、式町水晶さんだったのです。

障害あるなし関係なしに完璧な人間なんでいない

斉藤さんは、こう続けます。
「閉会式では、人種や性別や年齢やさまざまな障害を超えてのパフォーマンスが個性的で、それが郡をなして、圧倒されました。さらには、関係者やスタッフの方々やボランティアの方々の映像も映し出されて、この大会の大きな繋がり大きな一体感を感じ、胸が熱くなりとても感動しました」

斉藤さんが式町さんに出会ったのは、式町さんが高校2年生の2013年。友人の紹介で訪れたコンサートに、式町さんが出演していたのです。式町さんと2歳違いのお子さんがいらっしゃるという斉藤さんはその演奏に感動。その後も一人のファンとしてコンサート会場に足を運び、この漫画の構想を深めていったと言います。

「パラリンピックの選手のみなさんが、障害があることを忘れてしまいそうなくらい力強くて驚きました。
オリンピックの選手のみなさんは、自分とは違う超人みたいなイメージなんですが、パラリンピックの選手のみなさんはみんなどこかにハンデ(障害)がある方々で、人間の未知な可能性を強く感じさせられました。
障害のあるなし関係なく完璧な人間なんていなくて、誰しもどこかに欠点や弱点があると思います。だけど諦めず日々一歩ずつ前に進めば可能性はきっと広がる、そんなエールを送ってくれた気がします
私もとても励まされました。ありがとうございます」(斉藤さん)

式町さんは、2020年3巻発売を記念して行った斉藤さんとの対談でこう語っています

「漫画で印象的なのは、僕が受けてきたいじめについての描写ですね。講演をやらせていただくときも、いくらおしゃべりな僕でもけっこう気を付けていて……。すべてを話してしまうと、めちゃくちゃ暗い話になっちゃうんですよ。だからちょっと真実を伝えつつ暗くなりすぎないように話しているんです。うれしかったのは、斉藤先生が漫画のなかで描いてくださったことによって、悲惨ななかにも明るさがあったこと。すごく明るいところも描かれていて、読んだ人たちが重い気持ちになりすぎない。それが僕はすごくいいなと思ったんです。漫画だからこそできることだなって」

漫画をお読みの方は、「あのひどいいじめ描写はどうかフィクション部分でありますように」と願ったのではないでしょうか。そしてそれが現実だったことを悲しく感じることでしょう。

2021年、東京オリンピックとパラリンピックが開催された夏は、多くの人の、大人も含めたいじめや暴力、差別の現実が浮かび上がりました。いじめや差別などの現実と向き合いながら、恩師や親友、家族とともに決してあきらめず、自分の能力を広げていった。式町水晶さんの物語、そして音楽は、わたしたちに大きな気づきと元気を与えてくれます。

『水晶の響』1巻1話試し読みはこちら↓

最新巻4巻はこちら↓

4巻発売記念!5話まで無料公開中!

第2話~支援学校から通常学級に転校、そこで直面したことは…
第3話~「障がい者くん」学校でのあだ名、これは、悪意だ…
第4話~「友だちになって」、ひどくなるいじめ、新たな出会い
第5話~「音楽」がつなぐ絆、しのびよる悪意…
1巻丸ごと読みたい人はこちら

式町水晶さんのコラボコンサート動画をお届けします。ぜひお楽しみください!

<文・斉藤 倫>

外部リンク

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2001年9月11日のアメリカ同時多発テロから犠牲者遺族が過ごした「20年」 あの日から20年22

命が戻ってくるなら、どんなに素晴らしいことだろう。しかし、残念ながら失われた命が戻ってくることはない。では、不慮の事故やテロで愛する家族を失った遺族は、どのようにしてその現実とともに歩いていけばいいのだろうか。

2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロで夫の陽一さんが犠牲となってしまった杉山晴美さん。当時3歳、1歳の男の子がおり、そしてお腹の中に新しい命がいた。あの日のようなことがあってはならないと20年のことを綴る連載「あの日から20年」、2021年9月11日にお届けする今回は、前編で20年前のあの日のことを振り返っていただいた。そして中編では、あの日の後にはじまったアフガニスタンについて。米軍が20年になる直前に撤退をし、アフガン情勢が不安定となっているのは報道の通りだが、果たしてこの20年で軍の力によってテロはなくなったのだろうか、晴美さんがいま考えることをお伝えした。

【写真】陽一さんの遺体が見つかり、家族4人で帰国したときと19年後の晴美さん

後編では、ではこの20年で晴美さんとお子さんたちはどのように成長してきたのかを綴っていただく。

前編「アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻が振り返る、20年前の9月11日のこと」
中編「「911から20年」の今、犠牲者の妻が考える「米軍のアフガン撤退とテロ」

京都の大学をやめて、教職を目指す長男

さて、世界から我が家に目を戻してみよう。子供たちとわたしは、2001年9月11日のあの日から20年でどのように変化していったのか。

長男は中高生の頃、父親の命を奪った事件に興味を持ち、私同様発信者になった話は以前の回でもお伝えしたが、大学にあがり色々なことを考えたようだ。

入学当初はテロリストの思考を紐解くためにコーランを読んでみたいと言って、第二外国語でアラビア語を選択したり、学年が進んでからは、自分はジャーナリズムを目指すべきなのではと考え、メディアを希望し就職活動をしたり。
そうした行動は、立派、素晴らしいと評価を受けながらも、そう高評価されればされるほど、自身の中での疑問は膨らんでいったらしい。

本当に自分の目指すものはそこにあるのか? 今まで自分は、自分の生い立ちにとらわれ、他人の評価ばかりを気にして生きてきてしまったのではないか? 期待に応えたい、周りの求めている自分でいたい、そんなベクトルで、今まで様々なことを選択してきてしまった気がするというのだ。そしてことごとくその選択は、部活動にしろ、その他の活動や、大学受験、就職活動まで成功し、結果を出すことができ、軌道修正する事が出来ずに流されてきてしまったという。
他人が聞くと、なんと贅沢な悩みだ! と思ってしまうのだが、本人は真剣だった。京都で暮らしていたが、わたしも何度かその地を訪ね、彼の話をじっくり聴いた。

最終的に長男が出した答えは、本当に自分がやりたいことが分かった。自分のこれまで積み重ねてきたもの、経験も無駄にせず、また自分の個性を発揮し適正を感じるのは教職だという。もう一度一から学び直したい。学費は自分で稼ぐ。働きながら学びたいので、もう一度別の地で国立大を受験して教職課程を取り、公立高校の教師を目指す、というものだった。
周りは10人中10人が卒業しないのは勿体ない! と言っていたが、本人の意志は固く、わたしも長男とよく話し合っていたので、彼の選択に反対することはしなかった。

「一度きりしか無い自分の人生、好きに生きなよ。やりたいことが見つかってよかったね。失敗したって何度だってやり直せばいいんだし、思いっきり頑張って! 応援するよ」そう励ました。

夫は何と言ったかな?そう考えたが、夫のよく言っていたあの言葉を想い出した。

「やってみりゃいいじゃん」

やはり夫も反対はしないだろう。夫自身、学生時代から、海外で働きたいという夢を持って努力を続け、それを叶えてニューヨークまでたどり着いた人だ。志半ばで命を落としはしたが、わたしは夫の人生はやりたい事を精一杯頑張りぬいた素晴らしい人生だったと思っている。そんな夫も、長男のことを天から見守り応援しているに違いない。

次の春が来たら、再び家を出て行って今度こそ帰っては来ないかもしれないけれど、おかあさんはいつまでも応援してるよ! ファイッ!

「お父さん」が欲しかったのだろうか

そして大学3年生の次男は、この夏早くも就活をスタートさせた。企業説明会にもせっせと通い、色々話を聴いてきては、自分に合う会社、今後成長しそうな業種はこんなところじゃないかと、わたしに話をしてくれる。

勉強は得意ではないが、話を聴くと、なるほどと思わせられるところもある。独特の視点と洞察力でアフターコロナや今後のAI化に立ち向かえる職業を探そうと考えているらしい。
もともと行動力もあり、コロナ以前は地方にもふと思い立って一人で旅行に出かけることもあった。東京のど真ん中に暮らしているが、地方で働くことも厭わないようで、東京以外の企業のインターンも申し込んでいた。地方を回るのを楽しみにしていたのに、緊急事態宣言が延長され、ほとんどのインターンがリモートになってしまいつまらないと、ぼやいていた。

そんな次男の夢は実にほのぼのとしたもの。「平凡な温かい家庭を築きたい」のだそう。
優しい奥さんとかわいい子供たちに囲まれて、奥さんが仕事で忙しかったら、自分も家事を手伝ったり、子育てをしたり、そんなささやかでも幸せな毎日を送る。そんな人生が夢だというのだ。

口には出さないが「お父さん」がやはり欲しかったのだろうか。わたしを見ていて「旦那さん」がそばに居てもっといろいろ手伝ってくれたらな、と思っていたのだろうか。
定かではないが、いいよ、その夢! 心優しい君なら、きっと叶えられると思うよ!

これもまた夫が天から応援してくれているに違いない。

そんな夢を持っているのに彼女すらできない、ほんとに結婚できるのだろうか?! とも言って自身なさげな次男ではあるが……いつの日か可愛いお嫁ちゃんと孫たちに会えるのを、かあさんもすっごく楽しみにしているよ! がんば!

勉強し続ける三男

さあて、問題は三男?……うーむ、ある意味一番問題ないような? いややはり問題大有り? 見る人が見たら、ノー問題なのかもしれないが、とにかく大学に入学してから、勉強しかしていない。そしてほとんど誰とも接触していない。

大学が決まったと同時にコロナが蔓延し、入学式もなく、サークル活動も出来ず。不要不急の外出は控えてくださいだの、会話も離れてしましょうだの、飲み会はもってのほか、友達の家に集まることも極力やめてほしい、そんな言葉を言われ続けた1年半。大学生活をひとつも謳歌していないわけで、彼の楽しみとはいったいなんなのか? と思ってしまう。

リモート授業をひたすら真面目に受け続け、テストだレポート提出だと、本を積み上げて勉強ばかりしている姿は、大学のスキーサークルに没頭し、そこで夫と出会ったわたしには異常な状態にしか見えず、かなり問題な気がしてしまう。
少しは外に出なよ、とか、遊びに行ってみたら? と声はかけるが、じゃあ誰とどこ行けばいいの? なんてそんなかわいいセリフは言わないが、内心そう突っ込んでいるのだろう。無言でぷいっとそっぽを向き、また何か勉強道具を開いている。

とはいえ、もともとお笑いが好きで「ギャクセン半端ない!」と中高時代の部活仲間などからはよく言われ、ギャグセンス、笑いのツボをつくワードセンスで一目おかれていたようだ。

実際わたしの前でも、口数は少ないのだが、たまに口を開くと、いったいどうやったらその返し思いつく? というくらい絶妙な言葉を一言選んで返してきて大笑いさせられる。今も勉強している合間にどうやらおかしな動画をみているらしく、一人で大笑いしていたりする。楽しいことはないようにみえているが、案外、笑える動画を見て本人はそれなりに楽しくて、そして人知れず笑いのセンスを磨き続け、コロナが明けて人と接触するようになったら、さらなる爆笑をとるために備えているのだろうか?

とまあ、兄二人に比べ、多くを語らない三男なので、この先どうなっていくかわからないことも多いが、すでに目指している職業があるらしい。先日夏休みに入り、テスト期間は終わったはずなのに、なにやら勉強をまた始めていた。自分の専門の学部とは異なる勉強をしないとならないと、教材を開いているのだ。ひゃー、なんと、もうしっかり将来への勉強を本格的にはじめているようだ。

こんな三男、本当に心配ないのだか、夫と出会った大学時代、スキーサークル活動に没頭していた母としてはなんとも微妙で、どうしたものか考えてしまうが。ああもうこれも天の夫に頼んでおこう。

もっと自由に動けて友達と遊べる時期がきたら、これからの人生を謳歌できますように! かあさんも見守っていくから、これからもギャグセンにさらに磨きをかけて、笑いに満ちた人生をおくっておくれ!

あと数年で還暦を迎えるわたしは…

さてさて、そんなこんなで三人の息子達のこれからは、いよいよ本格的な巣立ちの時期になることは間違いなかろう。

わたしはあと4年足らずで還暦を迎える。60歳。一周まわって0歳になれるような気がする。

どうやって生きていこうかな~。

仕事は変わらず頑張っていきたい。今回こうして書くお仕事を単発ながら頂けて、本当に楽しかった。長男が言っていたように、今の時代、発信の仕方はいくらでもあるので、仕事として肩ひじ張らずとも、書くことは続けてみようと思っている。そして再び世に問う場を頂けたときには、きちんと真っすぐ発信できるようにしておきたい。

連載16回でお伝えしたように、書くこと、考えを言語化することは、メンタルを健やかに保つための大事な「作業」であり、もしそれが幾ばくかどなたかのお役に立てれば、それはわたしにとって「救い」なのである。

そしてまずは昨年より取り掛かっている事業を頑張ろう。洗顔石鹸も無添加で自然由来の成分たっぷり、自信を持って多くの方にお勧めできる商品だ。一人でも多くの方に晴れやかな笑顔をお送りできるよう広めていきたい。それと並行して事業を頑張って拡大し、いつか世の中に恩返しできるような仕事に取り組んでいく、それが今の起業家としての夢である。

メンタルケアの仕事は始めて今年でまる10年になった。これからも、ココロが苦しくなったとか、どうしていいかわからくなったとか、病気とかじゃないけれどとにかく辛いとか、そんなときに、こんなこと話していいのかな、など思わず、縁側の陽だまりでちょっと愚痴をこぼすくらい気軽に話ができる場を作っていきたい。ライフワークとしてそんな想いに寄り添えるよう、わたし自身も精進していきたいと思う。

仕事ばかりではない、楽しいと感じられることをもっと増やしていけたら嬉しい。
ちょっとしたことでも良い。幸せだなあと感謝できる気持ちをずっと持ち続けながら生きていきたい。

美味しいものを食べたとき、楽しい仲間と大笑いしたとき、美しい景色を観ることができたとき、自然の中でスポーツしているとき、ああ幸せ~と感じる感性を大切に、日々を送っていこう!

これからは体力的には少しずつ老いていくのかもしれないけれど、ココロはいつまでも透明感を失わないように、もちろん女性としても。
恋もまだまだしたいし! ワクワクドキドキするような、見ているだけでルンルンしてしまうような、そんな大好きなひとが居ると、毎日絶対楽しいに決まってる!

天の夫にどんどん焼きもちもやかせたい。そのためにも健やかで美しくいられるよう、この辺りは更なる精進が必要そうだ。もっともっと頑張らねば(笑)。

取り巻く環境は、これからもどんどん変化していくだろう。困難な状況にも、まだまだ見舞われるかもしれない。
それでも、今まで生きてきたように、柔軟にものをとらえ、広い視野を持ち、しなやかな強さで乗り切っていこう。
夫が、もう人生十分楽しんだでしょ、そろそろこっち来いや! と迎えに来るその日まで、精一杯生き切ってみようと思う。安全で平和な世界を祈りながら。

【杉山晴美さん連載「あの日から20年」は2021年9月11日が一応の最終回となります。このあと、実際20年後のNYを訪れた晴美さんからの率直な思いもお伝えいただく予定です】
杉山晴美さん連載「あの日から20年」を最初から読む

【#1 あの日前編】「「無事でいて!」2001年9月11日、NYでテレビに向かって叫んだ日の話」
【#1 あの日後編】「夫は帰らなかった…2001年9月11日アメリカ同時多発テロの翌日見たもの
【#2 捜索前編】「一度避難していた?「アメリカ同時多発テロ」行方不明の夫の「当日の行動」
【#2 捜索後編】「「アメリカ同時多発テロ」振り回される誤情報・行方不明の夫の両親との対面」
【#3 決意前編】「9.11テロで行方不明の夫探し…妊娠4ヵ月の妻を襲った「突然の出血」」
【#3 決意後編】「飛行機突入2分前、夫は80階にいた――米同時多発テロ行方不明者妻が見た「現実」」
【#4 前編】「911テロで夫は行方不明…事件4週目の「追悼ミサ」、3歳の長男の反応」
【#4 後編】「日本人の遺体が見つかった…アメリカ同時多発テロ行方不明の夫「退職」の意味」
【#5 前編】「アメリカ同時多発テロで行方不明の夫のことを、3歳長男に話した日の話」
【#5 後編】「「子供たちを育てていかなければ」夫は911テロで行方不明…3ヵ月後の妻の決意」
【#6 前編】「「空でお雑煮食べてるよ」アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明のまま迎えた元旦の話」
【#6 後編】「10年目の結婚記念日、911後に夫不在で迎えた「3児の母」が思ったこと」
【#7 前編】「結婚10年を目前に夫が行方不明…911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」」
【#7 後編】「母ひとり娘ひとりの妻のため夫が姓を変え…911犠牲者の妻が考える「夫婦」とは」
【#8 前編】「夫が行方不明になり5カ月…アメリカ同時多発テロに翻弄される妻から「夫への手紙」」
【#8 後編】「夫はテロで行方不明、3歳と1歳の子もいる…妊娠9ヵ月の妻が決断した「出産」」
【#9 前編】「アメリカ同時多発テロの「報復」で戦争勃発…犠牲者の妻が考えたこと」
【#9 後編】「「犠牲者」の夫だったら何と言う?911後のアフガン戦争を子供たちにどう伝えるか」
【#10 前編】「妊娠4カ月のとき911テロで夫が行方不明に…3人目出産の日の「奇跡」」
【#10 後編】「過去2回の難産…アメリカ同時多発テロから半年後の出産、感じた「夫」の存在」
【#11 前編】「夫は行方不明のまま…911から半年後「メモリアルデー」に生まれた子につけた名前」
【#11 後編】「みんなの想いが名前に…アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明の中での出産に思うこと」
【#12 前編】「911テロで夫が行方不明のまま出産…直後に「夫の遺体」が確認された日のこと」
【#12 後編】「4歳2歳0歳の子たちと迎えた「夫の葬儀」…911から7ヵ月、妻の覚悟」
【#13 前編】「観戦予定だった…911で犠牲になった夫の「2002サッカーW杯チケット」」
【#13 後編】「アメリカ同時多発テロ「夫の葬儀」を終え…4歳2歳0歳と行った「帰国の準備」」
【#14 前編】「「ぶーちゃ、また来るからね」アメリカ同時多発テロ・3人の子と来た夫のいる「現場」」
【#14 後編】「4歳2歳0歳連れて帰国…911テロで犠牲になった夫の誕生日に妻が思ったこと」
【#15 前編】「9月11日から1年…日本に帰国した「アメリカ同時多発テロ遺族」の私がやったこと」
【#15 後編】「「お父さんテロで死んじゃったの?」911から1年の日、4歳の息子が直面したこと」
【#16 前編】「夫が犠牲に…アメリカ同時多発テロの翌年から、なぜ私は想いを書き続けたのか」
【#16 後編】「手記がドラマ化…「アメリカ同時多発テロ」犠牲者の妻が感じた「伝える意味」」
【#17 前編】「「親の死」を子に伝えるには…3歳のとき実父を亡くした911犠牲者の妻が思うこと」
【#17 後編】「中学生の長男が手記の読書感想文を…911犠牲者の妻が感じた「夫の存在」」
【#18 前編】「911の犠牲者の妻が、2011年3月11日東日本大震災の日に起こした行動」
【#18 後編】「「親の死」を子に伝えるには…3歳のとき実父を亡くした911犠牲者の妻が思うこと」
【#19】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」」
【#20 前編】「「子供依存」への恐怖、実母のがん…アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻の決意」
【#20 後編】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」」
【#21 前編】「すべての人の居場所」を…911犠牲者の妻、50歳でイタリアンバール開店の挑戦
【#21 後編】「アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻を支えた母の最期を、「居場所」で見送った日のこと」
【#22 前編】「911を乗り越え「居場所」として作った飲食店…5年目に襲いかかった新型コロナ」
【#22 後編】「飲食店開店5年目でコロナが…アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻「決断」の理由」<文・杉山 晴美>

外部リンク

cat_oa-gendaibusiness_issue_4ef7607c5023 oa-gendaibusiness_0_21e3db1c37c8_「911から20年」の今、犠牲者の妻が考える「米軍のアフガン撤退とテロ」 あの日から20年(22) 中編 21e3db1c37c8 21e3db1c37c8 「911から20年」の今、犠牲者の妻が考える「米軍のアフガン撤退とテロ」 あの日から20年(22) 中編 oa-gendaibusiness

2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ。3歳と1歳の男の子がおり、お腹に新しい命が宿っていた杉山晴美さんは、テレビの画面で夫の陽一さんが勤務するワールドトレードセンタービルに飛行機が突入する様子を目の当たりにした。

それから20年。あの日のような悲しい出来事を二度と起こしてはならないと伝える連載「あの日から20年」、9月11日にお送りする22回目前編では、改めて「あの日」2001年9月11日のことを思い出していただいた。中編では、それから20年経ったいま晴美さんが改めて思うことについて率直に綴ってもらう。2021年8月末日にアフガンからアメリカ兵が撤退した。そしてタリバン政権による混乱が生じているのはご存知の通りだ。これは、まさに20年前、911のひと月後からアメリカ軍が侵攻したことから始まっていた。

【写真】2001年のブッシュの宣言、2021年、子供も血を見るアフガンの現実
あの日から20年(22)前編「アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻が振り返る、20年前の9月11日のこと」はこちら

あのときお腹にいた子が大学生になった

20年は長かったですか? 短かったですか?

これは、2001年の911テロ事件から20年の今年よく質問された言葉。
この返答にはいつも困ってしまう。長かった気もするし、短かった気もする。
色々なことがあったし、20年前お腹にいた子が大学生になっているのだから長い時間が過ぎたことは事実だろうけれど、あっという間に感じてしまうのもまた事実。

思えばあの日から、時間は不思議な流れ方をするようになった。
悲しみや苦しみは時が解決してくれることもある。苦痛は時が癒してくれることもある。
が、一方でどんなに時が流れようと変わらないものもある。
特にショッキングな映像を観たり、ドキッとすることがあると、一瞬であの当時に記憶や感覚が戻ることがあり、そういう時は、案外時間などは関係ないのではないかと思ったりもする。

最近都内では飛行機の航路が変わり、我が家の真上を低空で飛行機が通過するようになった。コロナ禍で減便されてはいるが、夕方は2分おきくらいに次々飛んでくる。
ゴーという低い音が近づいてきて空を見上げ、建物の間からぬっと大きな飛行機が姿を現した瞬間などは、未だにドキッとしてしまう。慣れてはきているはずなのに、見る度に気持ちがざわっとする。歩いている時などは、つい歩みを止めて、どこから飛んでくるのだろう? と空を見上げ身構えてしまう。あの飛行機がどこかのビルに激突するのでは? と。
20年経ってもまだ変わらず恐怖はわたしの脳内に存在しているのだなと感じる。

テロのないアフガンを作るのではなかったのか

最近、再び連日アフガンの報道を目にするようなった。20年前のアフガン攻撃が始まった、あの日の複雑な気持ちが蘇る。

アメリカは911テロからたった1ヵ月でアフガニスタンを攻撃した。

夫はまだ行方不明者で、何ひとつ事実はわかっていない時期。テロ事件は憎むべき事件ではあるが、では武力行使が正しいのか否か? その論議をかわす間もなく、アメリカのナショナリズムは高まり、街中が星条旗だらけとなり、一気に戦闘モードになっていった。外国人であるわたしは、本当にこれで良いのか? アメリカは何を目指し、どこまで走って行ってしまうのだろう? そう感じていた。

アメリカは「アフガニスタンがテロの温床にならないようにするために攻撃する」と言っていた。そしてそれから20年、アメリカ軍はアフガニスタンに駐留し続けた。その間多くの兵士や民間人も犠牲になってきたが、それはテロリストを再び生み出さない為ではなかったのか? しかし2021年8月、米軍が撤退を発表してから時をおかずして、あっという間にタリバンが政権を奪回。さらには20年の間に、新たに生まれた脅威であるISがそのタリバン政権に攻撃をしかける。

テロのないアフガンを作る大義名分はどうした?
そのもとに命を奪われた人は?
残された家族は?

この20年はなんだったのだろう、長い年月経ったはずが世界は変わっていない。それどころか悪化の一途をたどっている。20年の間にもテロは繰り返され、未だ終わる気配はない。報復が報復を呼ぶ負の連鎖が止まらない。

この連載で掲載された私の手記の中に、事件から一年の9月11日を記した個所(15回)がある。そこに私はこう書いた。

”たかだか1年ではみえてこないものがある。わからないことだらけ。明確な答えはなかなかでない。長期戦ととらえ、一年また一年と考え続けねば”

しかしその時、20年後もまさか同じことが繰り返され、なにも解決策がなく、同じ問いを繰り返しつづけることになるとは思っていなかった。もちろん20年後を明確に想像していたわけではないが、漠然とでも、そのくらい時が経てば絡まった糸も少しはほぐれているだろうと思っていた。よもや20年もの間、自爆テロが起き続けることになるなど考えてはいなかった。

そしてそれを受け、今改めて思う。

わたしが大切であると思うことも、また変わってはいない。

テロで肉体は奪えても、心は奪われたくない

我々被害者家族にとって一番大切なのは報復ではない。暴力などでは決してない。
暴力では何も解決しない。暴力で返せば更なる暴力が返ってくるだけ。

どんなに辛い想いを受けようと、憎しみの中に留まって、恨みが充満した日々に身を置き続けるのではなく、幸せを感じる自分を取り戻す。すべてを失ったかのように感じていても、実は小さな幸せはそこここにあるもの。それに気づいて感謝できれば、人は前を向いて歩いて行ける。そして幸せを感じるココロを取り戻したら、今度は家族や周りの笑顔を取り戻すことを目指して生きていく。

テロ行為で肉体は奪えても、ココロまで奪えるとは限らない。

そう、ココロは奪われてはいけない。ココロまでテロリストに支配される必要はないのだ。どんな攻撃を受けようとも、ココロは自由で希望を失わずにいること、それが一番大切なことなのである。
20年経ってもなおこの想いは変わらないし、この想いを胸にこの20年子供たちを育て、自身の人生を歩んできた。そう立派な人生ではないかもしれないが、子供たちが健やかに成長し、わたし自身も紆余曲折はあったにせよ、こうして生き甲斐を感じて好きな仕事をし、沢山の良い仲間に囲まれ幸せを感じて今を生きている。この事実が、この想いは間違っていなかったことを証明してくれているように思う。

この考えを象徴する、1年目の9月11日を記す手記にこんな一節がある

“9月11日の忌まわしいイメージにつきまとわれがちなこの日を、うれしそうにアイスクリームを食べる子供たちのほほえましい姿で、バラ色に塗り替える。これこそが、無力ではあるが一市民であるわたしたち家族のテロへの抵抗。テロになんかつぶされてたまるかという、小さいながらも精一杯のアピール

テロ事件後しばらくは、まだこういった私の考えは受け入れてもらえない場面も多くあった。

なんでそんな弱気なんだ、テロには毅然とした態度で臨むべき。武力行使も辞さないと、日本もまた当時の小泉首相はアメリカの強気な姿勢に賛同し、イラク戦では自衛隊を派遣した。何かにつけにつけ「毅然とした態度、テロには屈しない」という言葉を、世界は引き合いに出して戦争を正当化していたが、わたしだって私なりのやり方で、毅然とした態度でのぞんでるわい! テロになんか屈服したつもりないわい! とあの頃よく憤慨したものだ。 

そうして911事件以降、アフガン攻撃、イラク戦と続き、さらには悲しいテロ事件が各国で起き繰り返されていく。

パリの同時多発テロで妻を失った父親の言葉

時は流れ2015年、わたしはある報道を見てハッとした。

わたしと全く同じことを訴えている人がいる! 同じ考えを発信し、そして世界中の賛同を受けている!

日本でもテレビ、新聞、各メディアで数多く取り上げられていたのでご存じの方も多いと思うが、それは2015年パリの同時多発テロで妻を失った、1歳5ヵ月の小さな息子を持つアントワーヌ・レリスさんというフランス人ンジャーナリストの方がFacebookに投稿し22万以上の人からシェアを受けたという記事だ。

内容はテロリスト達に向け「憎しみという贈り物を君たちにはあげない。怒りに応じてしまったら、君たちと同じ、まさに屈することになるんだ」「息子と二人になった。もう君たちに構っている暇はない」「メルビルが昼寝から目を覚ますから一緒にいなければならないんだ。まだ17ヵ月。この子がずっと自由に生きていけば、君たちは恥を知ることになる。だから、君たちを憎むことはしない」というもの。

まさに私が2001年の事件直後から想い、実践してきたこと。同じ気持ちを共有できる人がいてくれることも勿論だが、何よりうれしかったのは、その考えに22万人を超える世界中の人々が賛同してくれているという現実だった。

時代は流れたのだ! と感じた。長きにわたる暴力による負の連鎖、暴力では何も解決しない、大事なことに世界が気づき始めたのだ! と思った。

先に述べてきたように、2021年の今も尚、変わらず世界は混とんとし、テロの脅威にさらされ続けている。20年何も変わってはいないのではないかと感じはするが、それでも確実に時代は変わっていっているのではないか。世界中の一市民それぞれが大切なことに気づき行動すれば、これからの10年、20年……どれくらいかかるかわからないけれど、良い方向へ向かっていけるのではないか。

一筋の光を見逃さず、僅かであろうと希望を持って、これからも生きていこうと思う。

◇2021年9月11日に送る記事の後編「2001年9月11日のアメリカ同時多発テロから犠牲者遺族が過ごした「20年」」では、20年で子どもたちがどのように育ったのかをお伝えする。
杉山晴美さん連載「あの日から20年」を最初から読む

【#1 あの日前編】「「無事でいて!」2001年9月11日、NYでテレビに向かって叫んだ日の話」
【#1 あの日後編】「夫は帰らなかった…2001年9月11日アメリカ同時多発テロの翌日見たもの
【#2 捜索前編】「一度避難していた?「アメリカ同時多発テロ」行方不明の夫の「当日の行動」
【#2 捜索後編】「「アメリカ同時多発テロ」振り回される誤情報・行方不明の夫の両親との対面」
【#3 決意前編】「9.11テロで行方不明の夫探し…妊娠4ヵ月の妻を襲った「突然の出血」」
【#3 決意後編】「飛行機突入2分前、夫は80階にいた――米同時多発テロ行方不明者妻が見た「現実」」
【#4 前編】「911テロで夫は行方不明…事件4週目の「追悼ミサ」、3歳の長男の反応」
【#4 後編】「日本人の遺体が見つかった…アメリカ同時多発テロ行方不明の夫「退職」の意味」
【#5 前編】「アメリカ同時多発テロで行方不明の夫のことを、3歳長男に話した日の話」
【#5 後編】「「子供たちを育てていかなければ」夫は911テロで行方不明…3ヵ月後の妻の決意」
【#6 前編】「「空でお雑煮食べてるよ」アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明のまま迎えた元旦の話」
【#6 後編】「10年目の結婚記念日、911後に夫不在で迎えた「3児の母」が思ったこと」
【#7 前編】「結婚10年を目前に夫が行方不明…911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」」
【#7 後編】「母ひとり娘ひとりの妻のため夫が姓を変え…911犠牲者の妻が考える「夫婦」とは」
【#8 前編】「夫が行方不明になり5カ月…アメリカ同時多発テロに翻弄される妻から「夫への手紙」」
【#8 後編】「夫はテロで行方不明、3歳と1歳の子もいる…妊娠9ヵ月の妻が決断した「出産」」
【#9 前編】「アメリカ同時多発テロの「報復」で戦争勃発…犠牲者の妻が考えたこと」
【#9 後編】「「犠牲者」の夫だったら何と言う?911後のアフガン戦争を子供たちにどう伝えるか」
【#10 前編】「妊娠4カ月のとき911テロで夫が行方不明に…3人目出産の日の「奇跡」」
【#10 後編】「過去2回の難産…アメリカ同時多発テロから半年後の出産、感じた「夫」の存在」
【#11 前編】「夫は行方不明のまま…911から半年後「メモリアルデー」に生まれた子につけた名前」
【#11 後編】「みんなの想いが名前に…アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明の中での出産に思うこと」
【#12 前編】「911テロで夫が行方不明のまま出産…直後に「夫の遺体」が確認された日のこと」
【#12 後編】「4歳2歳0歳の子たちと迎えた「夫の葬儀」…911から7ヵ月、妻の覚悟」
【#13 前編】「観戦予定だった…911で犠牲になった夫の「2002サッカーW杯チケット」」
【#13 後編】「アメリカ同時多発テロ「夫の葬儀」を終え…4歳2歳0歳と行った「帰国の準備」」
【#14 前編】「「ぶーちゃ、また来るからね」アメリカ同時多発テロ・3人の子と来た夫のいる「現場」」
【#14 後編】「4歳2歳0歳連れて帰国…911テロで犠牲になった夫の誕生日に妻が思ったこと」
【#15 前編】「9月11日から1年…日本に帰国した「アメリカ同時多発テロ遺族」の私がやったこと」
【#15 後編】「「お父さんテロで死んじゃったの?」911から1年の日、4歳の息子が直面したこと」
【#16 前編】「夫が犠牲に…アメリカ同時多発テロの翌年から、なぜ私は想いを書き続けたのか」
【#16 後編】「手記がドラマ化…「アメリカ同時多発テロ」犠牲者の妻が感じた「伝える意味」」
【#17 前編】「「親の死」を子に伝えるには…3歳のとき実父を亡くした911犠牲者の妻が思うこと」
【#17 後編】「中学生の長男が手記の読書感想文を…911犠牲者の妻が感じた「夫の存在」」
【#18 前編】「911の犠牲者の妻が、2011年3月11日東日本大震災の日に起こした行動」
【#18 後編】「「親の死」を子に伝えるには…3歳のとき実父を亡くした911犠牲者の妻が思うこと」
【#19】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」」
【#20 前編】「「子供依存」への恐怖、実母のがん…アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻の決意」
【#20 後編】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」」
【#21 前編】「すべての人の居場所」を…911犠牲者の妻、50歳でイタリアンバール開店の挑戦
【#21 後編】アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻を支えた母の最期を、「居場所」で見送った日のこと
【#22 前編】「911を乗り越え「居場所」として作った飲食店…5年目に襲いかかった新型コロナ」
【#22 後編】「飲食店開店5年目でコロナが…アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻「決断」の理由」<文・杉山 晴美>

外部リンク

cat_oa-gendaibusiness_issue_4ef7607c5023 oa-gendaibusiness_0_66a5a485e15f_アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻が振り返る、20年前の9月11日のこと あの日から20年(22) 前編 66a5a485e15f 66a5a485e15f アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻が振り返る、20年前の9月11日のこと あの日から20年(22) 前編 oa-gendaibusiness

20年前の「ある1日」を鮮明に覚えている、詳細に思い起こせるという方は限られているかもしれない。
私とて、全てを思い出せるわけではない。全てを鮮明に記憶しているわけではない。
がしかし、目を閉じて思い出そうとすると、様々なシーンが蘇ってくる。

目が覚めるとムッと何かが込み上げてくる、つわりの感覚。それをさけようと開けた窓から入り込む、ひんやりとした空気。その頭上に広がる、抜けるような真っ青な秋空。

【写真】渡米直前の杉山ファミリー、そして9月11日直前子供たちと遊ぶ陽一さん

そして、行ってきますも、いってらっしゃいもなく、会話の最中に玄関のドアが閉まる瞬間。その隙間から見えた夫の姿。

これは20年前のある1日の、朝のほんのいっときの事象。それでもこんなにも具体的な記憶が残っている。
だが、忘れたくても忘れられない、私の脳に深く刻み込まれたショックは、この記憶の約2時間後に起こるのである。

その「ある日」とは2001年9月11日。アメリカ同時多発テロが起きた日の出来事。
そう聞くと、私同様、忘れ得ぬ記憶として、青空をバックに煙を吐く穴のあいた高層ビルの映像を思い出す方も多いはず。それだけ映像的にもショッキングなものであった。

ボストン発ロサンゼルス行きアメリカン航空11便がハイジャックされ、ワールド1に飛び込んだのは2001年9月11日、午前8時46分のこと。そして、同じくハイジャックされたボストン発ロサンゼルス行ユナイテッド航空175便は、午前9時3分にサウスタワーに突入した。このアメリカ同時多発テロ事件で、日本人24人を含む約3000人が亡くなり、負傷者は6000人以上とされている。

杉山晴美さんの夫の陽一さんは、当時の富士銀行(現・みずほ銀行)に勤務していた。あの日、なにがあったのか。そして20年どのように生きてきたのか。杉山さんの著書で当時ドラマ化もされた『天に上った命、地に舞い降りた命』の再編集と、晴美さんの書きおろしによりお届けしてきた連載「あの日から20年」、2021年9月11日にお送りする最終回の前編は、「あの日」当日のことを20年後の今、振り返る。NYで20年後の9月11日を迎えることを決意した晴美さんが、現地からメールで送ってくれた「あの日のこと」とは。

杉山晴美さん連載「あの日から20年」今までの記事一覧はこち

2000年6月にNY赴任に

え、911とかアメリカ同時多発テロってなんですか? と、全くピンとこない世代の方もいらっしゃるだろう。

なんといっても20年も前の出来事だ。
どんなに前代未聞の、常識ではあり得ないショッキングな事件であろうと、その頃に生まれていなかったり幼かったりすれば、知らなくても当然である。

今回このように多くのかたに届きうるデジタルメディアで連載をさせていただいたが、最終回を書くにあたり、あの頃の記憶が定かでない方々、そして今回ご縁があって20年後の9月11日に公開となるこの最終回で初めてこの記事にたどりついてくださった方々に向け、この連載の初回、私の19年前に出版した手記の出だしとも重なりはするが、今一度、私たち家族に降りかかった2001年9月11日、あの日の記憶を記しておこうと思う。

私の夫は幼い頃から海外で働く夢を持ち、努力を続け、就職した都市銀行から、2000年6月にNY赴任を命じられ、渡米した。
意気揚々とアメリカで働き出した翌年2001年の9月11日、勤務先の、当時マンハッタンで最も背の高いビルが、過激派武装組織アルカイダの自爆テロの標的になったのだ。

朝9時少し前にテレビ画面に出てきたもの

9月11日、その日の朝は今思い返してみても特別なことは何一つなく、ごくごくありふれた朝だった。3歳の長男、1歳の次男、そして私のお腹の中には翌日から妊娠4ヵ月目になる小さな命が宿っていた。
朝7時、夫はいつも通り、マンハッタンの川向こうに位置するニュージャージーの自宅から出勤した。それを見送り、これまたいつもの朝同様、保育園に通う長男のお弁当を作り、そこへ車で送り届ける準備をし、ちょうど9時頃にリビングへ。
「さあ、そろそろ出かけるよ」そう長男に声をかけながらテレビ画面に目をやると、マンハッタンの空をバックに穴のあいた高層ビルの映像が映し出されていた。

何これ?? その時はこの映像が映画のワンシーンなのか、はたまた現実なのかも判断がつかなかったが、よくよく見ると「ん? これは夫の勤めるワールドトレードセンターか?」そして気づけば、その映像の映ったテレビの前のソファに座っていた長男が、誰かと電話をしているではないか。そこで確信する。これは映画などではない。マンハッタンの、しかも夫が勤めているワールドトレードセンターの映像だ。なぜ穴があいているのかはわからないが、とにかくとんでもないことが起きたことだけは事実。それを伝えるため、夫が電話をしてきたに違いない! そう思い「ちょっと電話貸して!」と言って長男から受話器を奪い取り「何? 何が起きたの?」と叫ぶと、

「どうなってるのかしら?」

と、答えたのは夫の母だった。日本でも同様の報道が流れており、それを観て心配して電話をかけてきたのだ。

そこでやっと正気に戻り、画面をもう一度注意深く見てみると、穴のあいているビルにはアンテナがたっている。ワールドトレードセンターはツインタワーである。ノースタワーにはアンテナがたっているが、夫の働いているサウスタワーにはアンテナはたっていない。

「大丈夫、これは陽さん(義母は夫のことをそう呼んでいた)のいるビルじゃないです! 陽さんがいるのはこの穴のあいたビルの隣、アンテナのたってない方のビル」

と話していた最中、そのアンテナのたっていないビルに2機目が突っ込み、丸い大きな火を噴いた。

義母もわたしも……そしてテレビの前にいた3歳の長男も、その衝撃的な映像を一緒に目撃してしまった。
もうそこからは、受話器を持つ手は震え、足はガクガク、まともに立ってはいられない。
頭の中はパニックになってしまったが、とにかく夫から電話がかかってくる可能性があるということで、一旦電話を切らせてもらった。

夫の携帯がつながらない

勿論わたしからも夫の会社や携帯電話に電話をかけてみた。しかしつながらない。再びベルが鳴り、慌てて電話をとってもそれは、やはり同じように心配して電話をかけてきた知人や友人からのものばかり。

長男には「ごめんね、今日は保育園には行けないよ。ぶーちゃ(夫の愛称)のビルが大変なことになったみたいなの。ぶーちゃから電話がかかってくるかもしれないからお家にいなくちゃ」そう話し、電話をしていない時は、食い入るようにテレビの映像を見守った。

夫は80階勤務、飛行機がぶつかったのはビルの真ん中あたりに見えた。後に実際激突したのは80階付近、夫のオフィス直撃と分かったが、その時わたしにはそう見えていた。きっと今まだ逃げているに違いない。階下に飛行機がぶつかった。エレベーターはきっと動いていない。徒歩で80階を降りるのに、どのくらい時間がかかるのだろう。火にまかれたりはしないだろうか? 早く! とにかく早く逃げて! そう祈りながらテレビを観ていた。そして何もわからないまま小一時間がすぎた頃、まさかの出来事が再び起こる。夫の勤めるサウスタワーが崩壊したのだ。

これを観た時は、まさに絶叫だった。自分でも、自分からこんな声が出るのだ、とびっくりするほどの、嗚咽のような、叫ぶような鳴き声が出て、

「ぶーちゃが死んじゃった、どうして、どうしてー!」

泣き叫びながら、部屋中を転げまくった。

母親の狂ったような姿を見て、長男は固まり、次男はもらい泣きで同じく絶叫。家中が壮絶な状態になった。

「銀行のほとんどの人たちが無事避難したって」

そんな時、同じ集合住宅の別棟に住む日本人の友人女性が2人、わたしを心配して訪ねてきてくれた。そして、
「杉山さんのご主人の銀行のほとんどの人たちが、無事避難したってニュースが流れたわよ」という情報をくれた。

「良かった、逃げられていたんだ! 間に合ったんだ!」

心底ほっとしてわたしはパニックから脱出できた。

その後、実は夫はそのほとんどの行員には含まれておらず、行方不明者となり、本当の苦悩の日々がやってくるのだが、そこからは不思議なくらい冷静に様々なことに対処できた。あの崩壊の瞬間、わたしの中にあった、マグマのようなドロドロとした強烈なショックと悲しみを吐き出し切ったのか。あの瞬間のショックが強烈すぎて、その後色々聞かされても、あの時ほどの衝撃にはならず、なんとか凌げたのかもしれない。

と、こうして信じがたい現実と、耐え難い苦難に見舞われ、我々家族は幾多の波に翻弄されるのであるが、そこからどう再生していくのかは、これまで連載で細かくお伝えしてきた。、この先は、今回のテーマである、あの日から20年たった今の想いを綴っていこうと思う。

◇「あの日から20年」22回目の中編「「911から20年」の今、犠牲者の妻が考える「米軍のアフガン撤退とテロ」」では、先日アメリカ軍が撤退し、タリバン政権により混乱しているアフガニスタンについてのことをお送りする。
杉山晴美さん連載「あの日から20年」を最初から読む

【#1 あの日前編】「「無事でいて!」2001年9月11日、NYでテレビに向かって叫んだ日の話」
【#1 あの日後編】「夫は帰らなかった…2001年9月11日アメリカ同時多発テロの翌日見たもの
【#2 捜索前編】「一度避難していた?「アメリカ同時多発テロ」行方不明の夫の「当日の行動」
【#2 捜索後編】「「アメリカ同時多発テロ」振り回される誤情報・行方不明の夫の両親との対面」
【#3 決意前編】「9.11テロで行方不明の夫探し…妊娠4ヵ月の妻を襲った「突然の出血」」
【#3 決意後編】「飛行機突入2分前、夫は80階にいた――米同時多発テロ行方不明者妻が見た「現実」」
【#4 前編】「911テロで夫は行方不明…事件4週目の「追悼ミサ」、3歳の長男の反応」
【#4 後編】「日本人の遺体が見つかった…アメリカ同時多発テロ行方不明の夫「退職」の意味」
【#5 前編】「アメリカ同時多発テロで行方不明の夫のことを、3歳長男に話した日の話」
【#5 後編】「「子供たちを育てていかなければ」夫は911テロで行方不明…3ヵ月後の妻の決意」
【#6 前編】「「空でお雑煮食べてるよ」アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明のまま迎えた元旦の話」
【#6 後編】「10年目の結婚記念日、911後に夫不在で迎えた「3児の母」が思ったこと」
【#7 前編】「結婚10年を目前に夫が行方不明…911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」」
【#7 後編】「母ひとり娘ひとりの妻のため夫が姓を変え…911犠牲者の妻が考える「夫婦」とは」
【#8 前編】「夫が行方不明になり5カ月…アメリカ同時多発テロに翻弄される妻から「夫への手紙」」
【#8 後編】「夫はテロで行方不明、3歳と1歳の子もいる…妊娠9ヵ月の妻が決断した「出産」」
【#9 前編】「アメリカ同時多発テロの「報復」で戦争勃発…犠牲者の妻が考えたこと」
【#9 後編】「「犠牲者」の夫だったら何と言う?911後のアフガン戦争を子供たちにどう伝えるか」
【#10 前編】「妊娠4カ月のとき911テロで夫が行方不明に…3人目出産の日の「奇跡」」
【#10 後編】「過去2回の難産…アメリカ同時多発テロから半年後の出産、感じた「夫」の存在」
【#11 前編】「夫は行方不明のまま…911から半年後「メモリアルデー」に生まれた子につけた名前」
【#11 後編】「みんなの想いが名前に…アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明の中での出産に思うこと」
【#12 前編】「911テロで夫が行方不明のまま出産…直後に「夫の遺体」が確認された日のこと」
【#12 後編】「4歳2歳0歳の子たちと迎えた「夫の葬儀」…911から7ヵ月、妻の覚悟」
【#13 前編】「観戦予定だった…911で犠牲になった夫の「2002サッカーW杯チケット」」
【#13 後編】「アメリカ同時多発テロ「夫の葬儀」を終え…4歳2歳0歳と行った「帰国の準備」」
【#14 前編】「「ぶーちゃ、また来るからね」アメリカ同時多発テロ・3人の子と来た夫のいる「現場」」
【#14 後編】「4歳2歳0歳連れて帰国…911テロで犠牲になった夫の誕生日に妻が思ったこと」
【#15 前編】「9月11日から1年…日本に帰国した「アメリカ同時多発テロ遺族」の私がやったこと」
【#15 後編】「「お父さんテロで死んじゃったの?」911から1年の日、4歳の息子が直面したこと」
【#16 前編】「夫が犠牲に…アメリカ同時多発テロの翌年から、なぜ私は想いを書き続けたのか」
【#16 後編】「手記がドラマ化…「アメリカ同時多発テロ」犠牲者の妻が感じた「伝える意味」」
【#17 前編】「「親の死」を子に伝えるには…3歳のとき実父を亡くした911犠牲者の妻が思うこと」
【#17 後編】「中学生の長男が手記の読書感想文を…911犠牲者の妻が感じた「夫の存在」」
【#18 前編】「911の犠牲者の妻が、2011年3月11日東日本大震災の日に起こした行動」
【#18 後編】「「親の死」を子に伝えるには…3歳のとき実父を亡くした911犠牲者の妻が思うこと」
【#19】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」」
【#20 前編】「「子供依存」への恐怖、実母のがん…アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻の決意」
【#20 後編】「アメリカ同時多発テロ遺族「母と息子3人」911から10年超えて見た「新たな夢」」
【#21 前編】「すべての人の居場所」を…911犠牲者の妻、50歳でイタリアンバール開店の挑戦
【#21 後編】「アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻を支えた母の最期を、「居場所」で見送った日のこと」
【#22 前編】「911を乗り越え「居場所」として作った飲食店…5年目に襲いかかった新型コロナ」
【#22 後編】「飲食店開店5年目でコロナが…アメリカ同時多発テロ犠牲者の妻「決断」の理由」<文・杉山 晴美>

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cat_oa-gendaibusiness_issue_4ef7607c5023 oa-gendaibusiness_0_bf1a07fcc62d_GACKTの無期限活動休止、発表に到るまでの「謎だらけ」の1年間 どこまでもミステリアス bf1a07fcc62d bf1a07fcc62d GACKTの無期限活動休止、発表に到るまでの「謎だらけ」の1年間 どこまでもミステリアス oa-gendaibusiness

GACKTの無期限活動休止、発表に到るまでの「謎だらけ」の1年間 どこまでもミステリアス

2021年9月11日 06:00 〔PHOTO〕Gettyimages

どこまでもミステリアスで謎が深い男だ。

歌手のGACKTが、活動を無期限休止すると発表した。

【写真】芸能人が「クスリとセックス」に溺れるまでの全真相

発表の前日、筆者がツイッターでこの発表があることを書いた時点では、ほかに言及していた者はなく、先に情報を集めていたのだが、音楽関係者などから聞いた話では「8月上旬にキプロスから帰国後、体調不良があって持病の神経系疾患が悪化、一時は命に関わるほどの重篤な状況だった」とのことで、発表されたものと一致した。

公式発表では、容態は安定したものの「重度の発声障害が併発」しており、今後は「主治医がいる海外」で治療に専念するという。

GACKTと言えば、そのミステリアスな活動とプライベートで知られている。そんな彼がなぜ無期限の活動休止に至ったのか。発表までの1年ほどの彼の活動を見ていこう。

コロナ陰謀論を語っていた

気になったのは、発表前の段階で日本の情報源が「新型コロナウイルス感染ではない」と、聞いてもいないのに念を押して言っていたことだ。それは、発表後にネット上で多くの人々が「実際はコロナ感染では」と書くことを懸念してのものだった。そして実際に発表後にネット上ではそうした反応が見られた。タレントが病気になれば通常は同情の声一色になるもので、そこはちょっと異様である。

原因はGACKT本人の言動にあった。コロナ禍に突入して間もない昨年4月、筆者も滞在するマレーシアから日本のテレビ番組にリモート出演した際、GACKTは現地の厳しいロックダウンを伝えながら、日本の対応を「危機感が足りない」と批判。「自分たちは大丈夫っていう気持ちで行動される方が、結局は感染を広げている」と言っていた。

ところが今年5月になると、動画配信で「ちょっとコロナよくないすか? もう風邪ですよ、これ」と真逆の姿勢になっており、「世界的な仕掛けがありますよね。誰が得してるかって話なんですけど、どの国が儲かっているか考えてみてください」と陰謀論のような見方まで示していた。

最近、アメリカなどでは「コロナは怖くない」とか「ワクチンは国家の陰謀だ」と言っていたラジオDJら著名人のコロナ感染死が相次ぎ、日本でもワクチンを「効果ない」と言いきっていた落語家が感染死して世間に衝撃を与えた。それだけに、GACKTも万一、コロナ感染して重症化した場合は格好がつかないのは想像がつく。声の出ない症状も伝えられたことで、なおコロナ感染による肺炎疑惑が囁かれてしまったようだ。

かつてGACKTが支持していたマレーシアのロックダウンは、昨年3月中旬「死者ゼロ」の段階で予防的に行なわれたもので、現在のように1日の死者が300人も出ている状況で実行されたものではなかった。さらに現在では首都クアラルンプールの市民ワクチン登録率が100%に達するなど、コロナへの恐怖度はかなり高く、「コロナは風邪だ」と言うGACKTならば、現在のマレーシアの対応こそ批判してもよさそうなものだ。

なにしろ同国では、昨年から現在まで申請なく州境すら超えられず、国際郵便の扱いも一部を除き停止。マスク着用のみならず追跡アプリや人との距離も罰則付きで義務付けられている。ロックダウン中は半径10km以上の移動も禁止で、現在もタクシーは乗客1名しか乗れない。つい最近まで店内飲食も一切禁止で、デリバリーと持ち帰りしかできなかった。

住む場所が次々変わる

そこに言及がないのは、GACKTが最近、マレーシアではなく、新たな移住先として南欧のマルタにいたことも関係しているだろうか。

彼の行動を随時追跡していたわけではないから正確には不明だが、GACKTは今年1月下旬にマルタから帰国した様子を公開。愛犬を友人にあげたことが批判される騒動を挟み、2月に日本を出国した様子を伝えていたが、その行先は再びマルタで、後に現地からの動画配信があった。音楽関係者によると、7月に日本でのバースデイライブがあって6月にはリハーサルなどの準備で帰国していたという。

その後、7月下旬に地中海の国・キプロスからの動画配信があったが、この流れを見ると海外移住といっても1度の滞在期間は観光ビザでも行けそうなほど短い。

もしかするとマレーシアからマルタに移ったのは、タレント活動上、マレーシアが不向きということもあるのかもしれない。彼がやっている動画配信の撮影や制作活動は、マレーシアではコロナ禍の影響で長く制限があり、自宅からのひとりリモート出演程度はできても、スタッフが集まることや野外撮影は許可されていなかった。

また、入国時には14日間の厳しいホテル隔離があることも、定期の動画配信には向かない。最近になってワクチン接種完了者への行動緩和が始まったが、外国人滞在者への接種は6月ごろからで、まだ日本のワクチン接種証明書との連携が完全ではなく、マレーシアで接種していないとなると、なお不自由な場所になってしまう。

ミステリアスのプロ

もっとも、彼が出入りしたマレーシア、マルタ、キプロスはいずれもタックス・ヘイブンという共通点があるから、投資収益の扱いで有利ならばどこでも良いということもあるのかもしれない。以前マレーシアでは不動産事業をしていると伝えていたが、中国人客の激減した現地ではいま同種の商売は低迷している。

そのあたり、いろいろ想像をたくましくしてしまうのは、彼のキャラクターのミステリアスさ、そこから発する怪しげな雰囲気に由来する。

たとえば最近では、仮想通貨スピンドルを大々的に推薦していたが、違法性の疑いがある売り文句を言い放っていたことが週刊誌で報じられたこともあった。ネット上では「近年、ヒット曲もないのに何が収入源なのだろう」という声もあり、ゴージャスな生活はたしかに謎が多かった。

ただ、タレントとして見れば、それも彼なりのプロフェッショナルな姿勢であるともいえる。男性と付き合ったことは一度もないと言うアイドルや、悪さばかりしてきたと言うラッパーも一種のセルフプロデュースであるのと同様、GACKTも素が見えにくいミステリアスなところは「キャラ売り」を徹底しているともいえる。豪華なライフスタイル自慢と、華麗なルックスを維持するストイックさはエンターテインメントの登場人物としては優秀だ。

過去、眼の手術は公表していたGACKTだが、神経系の持病というのも初耳だった。もし人々が疑うようにコロナ感染していたのなら陰性証明書の必要な海外渡航は困難で、近日に海外へ飛んでの治療はできないはず。そもそも深刻な病気を患っているのに、わざわざ感染リスクもある国境を越えた移動を伝えるというのが謎すぎる。

活動休止という最大の危機にあってもミステリーだらけのGACKT、回復を強く願いながらも、彼らしいエピソードには感心してしまう
<文・片岡 亮(フリージャーナリスト)>

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急増する「墓じまい」でトラブルを引き起こす「離檀料」…気になる“その相場”

2021年9月11日 05:00 Photo by iStock

地方の過疎化と少子高齢化にともない、近年、急増している「無縁墓」。満足に世話のできない遠方の墓を持てあまし、元気なうちに「墓じまい」をする人も多いという。そのとき問題になるのが、寺に支払う「離檀料」だ。中には法外な離檀料を求められるケースもあるという。トラブルを避けるにはどうすればよいか、著書『「墓じまい」で心の荷を下ろす』を出版した宗教学者の島田裕巳氏にアドバイスをいただいた。

増え続ける無縁墓と改葬

墓じまいを終えた人は、ひとまずホッとしていることでしょう。

墓があれば、その墓を守っていかなければなりません。

【写真】なぜ「無縁墓」と「墓じまい」がいま急増しているのか?その“意外な背景”

守るためには、管理料を払い続けなければなりませんし、墓参りをして、その墓を掃除する必要もあります。

その際に、墓がどこにあるかで、しなければならないことが変わってきますが、地方自治体の墓地や民間霊園にあるというなら、管理料を支払い、墓自体の掃除をすれば、それで墓についてやるべきことは終わります。

ところが、墓が寺の墓地にあるというなら、事情は変わってきます。それは寺の檀家になっているということです。寺は寺檀関係を結んだ菩提寺になります。管理料を支払うだけではなく、寺の建物を修理するなどの際には、檀家がそれを負担しなければならないこともあります。

そうした面倒を避けたいがために、現在では墓じまいをする人たち、あるいは家が増えています。

墓じまいは、その墓の管理者が自発的に行うものです。

それに対して、管理する人間がいなくなる、あるいは、意図して管理を放棄するケースもあり、その場合には、墓が放置され、「無縁墓」になっていきます。

無縁ということばは仏教に由来するもので、本来は、仏の教えに縁がないことを意味します。有り難い教えに接してない、それが無縁です。そこから転じて、現在では弔ってくれる縁者がいない死者のことをさします。

厚生労働省による「衛生行政報告例」には、無縁墓になった数や(遺骨を新たな墓や納骨堂に納めなおす)改葬の数が示されています。

無縁墓になって撤去された数は、2009年度で2675件でした。それが2018年度では4033件と増えています。およそ1.6倍になったことになります。

改葬の件数の方は、2009年度で7万2050件だったのが、2018年度では11万5384件に増えています。こちらも、およそ1.6倍に増えています。

改葬は、古い墓の墓じまいを伴うはずですから、無縁墓として処理されたものを加えると、2018年度では12万件近い墓じまいが行われていることになります。

寺とのトラブルも増えている

いったい日本全国に墓の数がどれほどあるのか、これについてはわかりません。

墓地の数は、全国で86万ヵ所を超えているようですが、これは、区画の数ではないので、それぞれの墓地にある個々の墓の数はわかりません。

仮に、1世帯に1件の墓があるとしたら、全国の世帯数はおよそ6000万世帯ですから、墓は6000万件に達するということになります。

6000万件のうち12万件なら、0.2パーセントです。一方で新しく建てられる墓もあります。

その点だけを考えれば、まだ墓じまいは少数派であるということになりますが、12万件が数として多いのは事実です。

しかも、それが増え続けているとするなら、墓じまいという行為は決して珍しいものではなくなってきたということになります。

ところが、改装前の墓が寺の墓地にあるとなると、簡単に承諾を得られないという事態が訪れることがあります。

というのも、その場合、たんに寺の墓地に墓を設けたというだけではなく、寺の檀家になっているからです。そうなると、墓じまい・改葬を行う際に、離檀という手続きが伴います。墓をしまい、遺骨を移すということは、檀家から離れるということなのです。

その際に問題になってくるのが、「離檀料」です。離檀料のことは、墓じまい・改葬が言われるようになって話題にあがるようになってきました。これも最近の現象になります。

離檀料は、法律で定められたものではありません。「料」ということばが使われているので、料金のように思われますが、それはあくまで檀家が出す「布施」で、本来は自発的なものです。

これは「戒名料」と同じことですが、戒名料もやはり料金ではなく、布施であるというのが本来の形です。

しかし、戒名料も離檀料も、寺の側が額を示すことが多いので、檀家にとっては料金という感覚が強くなっています。

檀家のなかには、離檀料など払いたくないという人もいます。

逆に、寺の側は、離檀料を払ってもらわなければ、墓じまい・改葬を許可しないと言い出すようなところもあります。それで、寺と檀家の関係がこじれる。

だからこそ、寺との交渉も請け負うという業者が出てくるわけで、そこに需要があったりもするのですが、最終的には金の問題ということになってきます。

法外な離檀料を請求してくる寺も

寺にとって、離檀されるということは、寺を支えてくれるスポンサーを一軒失うということですから、経済的に痛手です。最近では、檀家の数が減る傾向にある寺が多いので、できるだけ離檀してほしくないというのが本音です。

最終的には、離檀料としていくら支払うかということになってきます。その額は決まっているわけではありませんが、10万円前後というのが相場だとも言われています。毎年の管理料が1万円だとしたら、その10年分ということになります。

なかには、法外な離檀料を請求してくる寺もあるようで、以前には150万円という話も聞きました。

檀家が離檀料を支払うかどうか、すでに述べたように、それは法的な義務ではありません。ただ、檀家になっているということは、それまでのあいだ菩提寺とのあいだに関係があったということです。菩提寺は、墓地に納められた故人の供養を行ってきたわけで、檀家としても、それを求めてきたという面があります。

現代の寺は、住職の家族も住んでいて、住職一家の所有物のように見えるかもしれません。しかし、それは宗教法人が所有しているのであって、住職一家のものではありません。檀家全体のものであるというのが、本来のあり方です。だからこそ、檀家には、寺を経済的に支えていく義務が生じるのです。

そのあたりの事情を考えてみれば、それまで世話になったお礼として、宗教法人である寺に離檀料を布施するというのは、決して理不尽なことにはなりません。寺は布施によって成り立つもので、それ以外に収入源がない寺も少なくありません。

それでも菩提寺との関係がこじれ、改葬の承諾を得られないというときは、どうしたらいいのでしょうか。

墓埋法の施行規則第2条2の一には、改葬の許可申請書にかんして、「墓地又は納骨堂(以下「墓地等」という。)の管理者の作成した埋葬若しくは埋蔵又は収蔵の事実を証する書面(これにより難い特別の事情のある場合にあつては、市町村長が必要と認めるこれに準ずる書面)」と書かれてあります。

墓じまいを止めることはできない

終わりの括弧のなかに書かれていることが重要です。寺の側が承諾しなくても、別に書類があれば、改葬許可の申請ができるというのです。代わりになるのは、申請者と故人の続柄がわかる戸籍謄本、あるいは、管理料の領収証などです。

したがって、僧侶が烈火のごとく怒っても、改葬を差し止めることはできないということになります。

しかし、改葬には墓じまいということが伴い、墓から遺骨を取り出さなければなりません。それを寺の墓地でやるわけですから、できるだけ穏便に進めたほうがよいということにもなります。

改葬許可証が送られてきたら、それまでの墓から遺骨を取り出します。その作業は石材店に依頼するのが一般的です。そこには、墓石を撤去し、更地にして還すという作業も伴いますから、専門業者の手をわずらわせるしかありません。

そのときに、寺の僧侶に、「閉眼供養」を依頼することもあります。閉眼供養は、「御魂抜き(みたまぬき)」や「お性根抜き(おしょうこんぬき)」とも呼ばれます。

果たしてこれが必要なのかどうかについては、いろいろと考えなければならないことがあります。ですから、ここで論じることは控え、改めて考えることにしましょう。

閉眼供養をしたにしても、しないにしても、取り出した遺骨は、新しい墓や納骨堂に納めることになります。その際には、管理者に改葬許可証を提出しなければなりません。

新しく墓を建てたという場合には、「開眼供養」も行われますが、開眼供養があるから閉眼供養があるとも言えます。

これで、墓じまい・改葬が終わりました。いろいろと面倒で、厄介なところも少なくありません。

墓じまい・改葬をしようとする人間が高齢者であれば、自分ではそれまでにかかる手間や手続きをこなすことが難しいこともあるでしょう。しかし、墓じまい・改葬という話が持ち上がるのも、そうした状況にあるときです。年を取っての墓じまい・改葬はたいへんです。

墓を新たに造る人間は、将来のことについてはさほど考えないのが普通です。墓は永遠に続くものだと考え、墓じまい・改葬のことなどいっさい考慮しないのです。

なぜ日本人はお墓に執着し、思い悩むのか? 墓から自由になるヒントと、新たな墓のあり方を考察。<文・島田 裕巳(宗教学者)>

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【難読漢字】「鱗」って読めますか? これは即答できないとマズイ! 3文字の言葉です

2021年9月11日 05:00 難読漢字:鱗

魚についているアレです!

突然ですが「鱗」って読めますか?

果たして正解は?

気になる正解は?

正解は「うろこ」でした。

いかがでしたか?

次回の漢字クイズもお楽しみに!
<文・マネー現代 クイズ部>

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cat_oa-gendaibusiness_issue_4ef7607c5023 oa-gendaibusiness_0_e80f6dab52c3_日本政府が「キャッシュレス推進」しながらも「新紙幣を発行」するワケ 矛盾はしていないの? e80f6dab52c3 e80f6dab52c3 日本政府が「キャッシュレス推進」しながらも「新紙幣を発行」するワケ 矛盾はしていないの? oa-gendaibusiness

日本政府が「キャッシュレス推進」しながらも「新紙幣を発行」するワケ 矛盾はしていないの?

2021年9月11日 05:00 by Gettyimages

ちぐはぐではないのか

最近、金融決済関係のニュースが多い。ビットコインがエルサルバドルの第3の通貨に指定されたり、みずほ銀行の決済インフラが何回も連続してトラブルを起こしたり、また日本の新紙幣の印刷が開始されたりなど相変わらずだ。

その中で、マネーロンダリング(資金洗浄)対策を審査する国際組織「FATF」(金融活動作業部会)は8月30日、日本の金融のマネロン審査の結果を不合格と発表した。筆者は報道されるより先に、すでに8月19日公開の「進まない菅政権の『地銀再編』に急展開か?…国際機関のマネロン検査で日本がまさかの『不合格』」でその内容を解説した。

【写真】「銀行ATM」がいよいよ「お荷物」の時代になってきたと言えるワケ

しかも、FATFは、日本政府による金融機関のマネロン対策を調べる検査や行政処分といった対応に、「縦割り行政の弊害」という課題があるとの指摘をおこなった。その発表を受けて、政府は内閣官房に省庁横断の特別チームを設置し対応することとなった。

キャッシュレス化、つまりデジタル化は一般にマネーロンダリング阻止に効果があり、一方、諸外国に対し高い日本の現金使用率はマネーロンダリングの温床とみなされている。

ちなみにキャッシュレス推進政策は経済産業省、通貨発行は財務省が担当省庁である。各省庁のそれぞれの所管の業務として行われている。

キャッシュレスといった場合には、筆者もそうであるが、現金以外の、銀行口座をつかった振込・振替は、現金を使っていないため、これも「キャッシュレス」であるという感覚がある。しかし、この「キャッシュレス・ビジョン」のキャッシュレス比率の計算には、その金融庁所管の銀行の振込・振替はそもそも入っていない。

現金・キャッシュレス化・デジタル化でも同様なことが発生している可能性があり、調整はどのようになっているのか、実は疑問が残る点なのである。

政府としてキャッシュレス化を推進しながら、新しいリアルの紙幣を発行しようとしている。そこに跛行性はないのか、それぞれの政策の背景を検討してみる。

キャッシュレス化の意味

日本では2018年に作成された基本政策「キャッシュレス・ビジョン」に基づき、当時の安倍政権と関係が深かった経済産業省が中心となって「キャッシュレス推進政策」が推進されてきた。

しかし、ちょっと考えてみよう。いうまでもなく「キャッシュ」とは現金(紙幣・貨幣)のことである。キャッシュレスを推進しているにも関わらず、一方で最先端の技術を駆使して新紙幣と新貨幣を発行する。日本政府は、すべてキャッシュレスにしようとしていないのである。

確かに日本は現金決済比率が高い国である。現金の取扱のコストが経済・金融全体で年間約1.6兆円ともいわれている。

キャッシュレス推進で、このコストが削減され、そして生産性が向上し、新しい企業・産業も興り、日本経済が成長することが期待されていた。この推進と、消費税の引上げによる影響を軽減するために「キャッシュレス・消費者還元事業」として約5000億円が支援のために使われた。

このキャッシュレス推進政策は、経済産業省が中心となって行われたこともあって、商売のモノとおカネでいうと、「モノ」の方からの政策であった。

キャッシュレスとは、文字通りみれば、現金を無くすことであるが、そのおカネが無券面化(電子化)されるということよりも、その取引のデータが記録され、それが活用されることの方が経済的に価値がある。

このデータの記録と活用を「デジタル」(Digital)という。そのDigitalのもともとの意味は、手のひらの意味で、ほぼどの民族でも10本の指を使って、(フランスは過去12進法も用いた)、データを記録し活用した。

もちろん、コストの削減も大事なことであるが、それよりもそのデータを活用して早く正確な経営判断ができることの方が重要である。それにより、日本経済全体で生産性が向上するということである。

2019年にキャッシュレス比率は約27%で先進国の中でも低水準であったが、2025年までに40%にすることが目標となっている。決して100%、キャッシュレス化しようとしているわけではない。

紙幣の不正使用対策は常に必要だが

新紙幣発行は、偽札などの不正対策で必要である。新紙幣への更新はそのため常に高い技術を使った紙幣・硬貨に更新し続ける必要もある。

財務省は、キャッシュレス推進政策が進む2019年に、2024年をめどに新紙幣を発行することを発表した。また、2021年をめどとした新500円貨幣の発行も発表された。

実は、紙幣・貨幣は、「20年ごと」に更改されることになっていて、ほぼその周期で発行されてきた。この周期の根拠は、今回でいうと3Dホログラム(肖像が浮かび上がる技術)などの新技術を定期的に導入する意味もあるが、実は人的な問題がある。

紙幣も貨幣も、その製作には、ある程度、熟練した人の手に依存しなければならない。この部分の人から人への伝承が必要だからである。そのために、20年ごとという周期が必要なのである。

しかも、日本の紙幣・硬貨の技術水準は非常に高い。実際に海外の通貨も製造している。その機械は小森コーポレーションという企業が製造してきた。機械の輸出も行っている。紙幣は独立行政法人・国立印刷局、硬貨は独立行政法人・造幣局で製造している。

海外への輸出を進めているのは、キャッシュレス推進政策もあり、長期的、最終的には、国内での必要量が減ってくることを予想しているからである。

通貨発行の受託にも課題がある。日本の通貨はわざわざ説明するまでもないが、高度な技術で偽札が非常に少ない。そのため製造コストが、その国の偽札の取締りなどをする費用よりも高くなるケースも多い。製造業としての悩みである。

2024年から流通する新紙幣の印刷がこの9月から開始された。新500円貨幣は今年2021年11月から発行(流通)される。通貨(紙幣・貨幣)は国の経済の基本である。偽札は国家の安定をも危うくする可能性があるので、無期懲役などの重罪が課せられる。

新型コロナでキャッシュレス化、一気に推進

日本では粛々とキャッシュレス化を進めていたが、現在、一気に進む状況になりつつある。それは新型コロナウィルス禍によるものである。新型コロナウィルスが紙幣・硬貨の現金にも付着する可能性があるとして、注目を集めた。

筆者も銀行の支店勤務の経験からも理解できるが、銀行の現金取扱い窓口担当者の苦労は計り知れない。最近では、新型コロナウィルスの主たる感染経路は飛沫やエアロゾル(空気中に漂うウイルスを含んだ微粒子)とされているものの、心理的な不安には限りがない。

たとえば、金融機関によっては、新型コロナウィルスが死滅するといわれていた2週間の間、現金を別途保管したり、強力な紫外線を紙幣の表裏に照射して除去(消毒)する機械を使用したりした。ちなみに、この紙幣消毒の機械はこれまでも中国で使われていたようである。

一方で、キャッシュレス化にも思わぬ伏兵がいる。タンス預金である。実は現金、特に一万円札の市中の流通量は増えているのである。金利が下がると、タンス預金も増加する傾向がある。超低金利のために流通量が増加中なのである。現金は人口1人当たり100万円を超えている。

しかし、新札の発行量(現在9億枚)は減少中である。この現象は、キャッシュレス化がそれなりに効いていて、実体経済における、タンス預金以外の実質的な使用量は減っているのである。

通貨を発行する際、現金に対する需要があるかを、財務省理財局が計算し、発行量を決定している。通貨(現金)を始めとして、日本銀行がサイトなどで説明をしているが実際には財務省が行っていることが多い。ちなみに、外国為替における為替介入も財務省が判断・決定し、実務を日銀が行っているだけである。正確に言えば、日銀介入は間違いで、財務省介入である。

タンス預金は予想以上に延びているが、一般的にタンス預金は経済に対しては、血液が滞留する様なもので良くないことといわれている。このタンス預金を減らすことが政策としても求められている。

実は少し逆説的であるが、タンス預金削減の対策になるのが新紙幣なのである。使えるものの、古い貨幣を大量に使う、というのは多少憚られるものである。それが抑止力となる。インドなどアジアの国々では新紙幣は脱税対策としても使用されている。交換する銀行の情報が税務署にそのまま流れるのである。新紙幣発行は、あながちキャッシュレスに逆行するだけということではない。
<文・宿輪 純一(博士(経済学)・帝京大学経済学部教授)>

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佐々木希、驚異の16万いいね!を獲得した「自撮り」ショットが圧巻…「可愛さしかない」「リアル天使」

2021年9月10日 20:45 Photo by Gettyimages

佐々木希さん、あなたこそ天使です

モデルで女優の佐々木希が9日、自身のインスタグラムを更新。その“髪の毛ボサボサ”での自撮り写真が話題になっている。

〈今日は2回公演でした!
カツラを取ると最高に気持ちいい〜
髪の毛ボサボサの切れ毛たくさん 笑
明日も明治座にてお待ちしています!
#醉いどれ天使〉

とのコメントとともに、佐々木はロングヘアが多少乱れた様子の自撮り写真を公開。先日の記事でもお伝えした舞台『酔いどれ天使』出演後の一枚だったようだ。
【フォトギャラリー】佐々木希さんの写真はコチラ このカツラとマスクを外したプライベート感漂う自撮りに、ファンは早速、

「むしろ可愛さしかない」「秋田美人ですねー」「べっぴんさん」「リアル天使ですね」

といったコメントを寄せている。現在800件近くのコメントとともに、16万以上のいいね!がつく大反響っぷりだ(10日18時時点)。

『酔いどれ天使』では、桐谷健太が演じるやくざ“松永”を支える、“ぎん”という女性を演じている佐々木希。「リアル天使」と評判になるその美しさで、ますますファンを魅了することだろう。

<文・マネー現代 エンタメ班>

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【マンガ】薬まで飲んで飼い猫に会いに来てくれた「お客さん」を襲った「悲劇」 『つまねこ』12話無料試し読み

2021年9月10日 17:00 現代ビジネス

「おみやげ」に興味津々…

シュールなやりとりがSNS世代に刺さる『サラリーマン山崎シゲル』の作者・田中光先生は、なにかと手のかかるやんちゃな猫・正太郎を飼っています。田中先生と妻のヨメタナカ、そして正太郎の一つ屋根の下の暮らしは毎日が「修羅場」のようです。
『つまねこ』第1話〈【マンガ】「噛みクセ」がすごい猫と、嫁との「バトル」が開幕…!?〉はこちら田中家を訪れたヨメタナカの後輩は猫アレルギーですが、薬を飲んでまで正太郎に会いに来てくれました。

【マンガ】愛猫に「トラのぬいぐるみ」を与えたら、驚きの展開に…!

その後輩が持ってきた「おみやげ」は、大きいサイズの「虎のぬいぐるみ」。正太郎は興味津々のようですが、田中夫妻には苦い思い出が…。

正太郎と遊ぶのを楽しみにしてきたヨメタナカ後輩に、この後どんな悲劇が待ち受けているのでしょうか。
【マンガ】つまねこ12話

「今週の正太郎」のコーナー!!

ヨメタナカ:タイ土産のトラのぬいぐるみと初めての対面。
可愛くじゃれあうかと思いきや、即座に顔つきが変わり…

ヨメタナカ:次の瞬間、喉元へ。
その後も攻撃の手を休めることなく執拗に喰らいつく正太郎。
怖いのでぬいぐるみは奥にしまったままです。

ヨメタナカ:そしてこちらが後輩がプレゼントしてくれた大きいトラ。
もうすごい勢い。怖い。
後輩には申し訳ないのですが、同じく奥にしまいました。

もっと正太郎の写真が見たい方は、ヨメタナカのinstagramをチェック!
ヤンマガWebなら続きも無料で読める!

<文・ヤングマガジン編集部>

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