cat_oa-fnn_issue_84e3a83b45c4 oa-fnn_0_84e3a83b45c4_ゴーン被告が隠れて国外脱出したとされる大型ケースとは?スタジオで生検証 84e3a83b45c4

ゴーン被告が隠れて国外脱出したとされる大型ケースとは?スタジオで生検証

2020年1月6日 19:50 FNN PRIME online

ゴーン被告が潜り抜けた“3つの穴”を徹底検証
2019年12月29日、レバノンへ前代未聞の大脱出劇を演じた日産自動車の前会長、カルロス・ゴーン被告(65)。

日本を出国した翌日、ゴーン被告は声明を出した。

<アメリカの代理人を通じて発表された声明(一部)>
私はいまレバノンにいる。
有罪が前提で差別が蔓延し、基本的な人権を否定している不正な日本の司法制度の人質ではなくなる。
日本の司法制度は、国際法や条約のもとで守らなくてはいけない法的な義務を目に余るほど無視している。
私は正義からではなく、不正と政治的迫害から逃れたのだ。


写真は、12月31日に逃亡先のレバノンで撮影されたとみられるもの。
ゴーン被告の手元には赤ワインがあり、隣には、離れ離れになっているはずの妻・キャロルさんの姿が…

レバノンと日本の間では、犯罪人引き渡し条約は結ばれておらず、レバノンが身柄を引き渡す可能性は低いとみられている。ゴーン被告は、それを見越してレバノンへの逃亡を計画したのだろうか。

「直撃LIVEグッディ!」では、ゴーン被告が通り抜けた“3つの穴”について解説した。

<ゴーン被告が通り抜けた“3つの穴”>
(1)日産の監視態勢
(2)空港の出国検査
(3)保管されているパスポート


大村正樹フィールドキャスター:
ゴーン被告は2018年11月19日に逮捕され、その後保釈金10億円を納めて保釈。しかし2度目の逮捕があり、2019年4月25日に5億円を納め2度目の保釈となりました。様々な条件があったものの、ゴーン被告は自由の身となったわけですが…実は、日産側が民間の会社に依頼して、ゴーン被告の行動を24時間に近い形で監視していたそうです。

大村正樹フィールドキャスター:
そこでゴーン被告は「これは重大な人権問題である」と声をあげました。そしてゴーン被告の弁護人は先月25日に刑事告訴を検討していると発表。27日には刑事告訴しました。すると、日産側は29日に監視を解除しました。そして監視が解除された当日の昼に、ゴーン被告が一人で自宅を出る姿が監視カメラに映っていたそうです。その日の午後11時ごろプライベートジェットで国外へ逃亡しました。

安藤優子:
すごいタイミングですよね。なぜ日産側はゴーン被告の自宅に監視の人員を配置したんでしょうか?

井上久男氏(ゴーン被告を長年取材する経済ジャーナリスト):
逃げるということを、日産は想定していたと思います。ゴーン氏のやり口を日産側はよく知っていますし。海外に複数の家があるかつ複数のパスポートを持っているということと、保釈金15億円はゴーン氏にしてみれば、はした金。言葉は悪いんですけどはした金だと日産側は見ていたと思います。それと、日産の裁判関係者の人に会って口裏を合わせないかということを警戒して監視していたんだと思います。

若狭勝弁護士(元東京地検特捜部副部長):
刑事告訴するというのはゴーン被告人はあらかじめ考えていて、弘中弁護士はそれに乗っかって刑事告訴したわけですが、それはまさしく騙されているわけです。

安藤優子:
なるほど。逃亡ありきで監視の解除をさせた可能性があるということですね。15億円の保釈保証金は安すぎたのでは?

若狭勝弁護士:
安すぎたと思いますけど、ただそれを100億円にしたとしても、逃げようと思ったと思いますよ。

大村正樹フィールドキャスター:
ゴーン被告が逃亡に使用したプライベートジェットは、ドバイを出発し大阪の空港に用意されたと見られているんですが…注目するのは、その時間です。トルコメディアによると、大阪に向かう飛行機がドバイを出発したのは、日本時間で29日の午前1時ごろ。この段階では、監視が解除されるかどうか、あまり知られていないはずなんですが。

安藤優子:
ゴーン被告のところに配置されていた日産側が配備した民間警備会社の人がいなくなるのが29日の午前0時だとすれば、そんな情報がどうやってゴーン被告のもとに入ったんでしょうか。

井上久男氏:
手際が良すぎますもんね。そうするとあくまでも推測ですが日産内部に協力者がいたのか?あるいは日産のOBなんかで協力者がいたのかという見方もできるんですけど、ただ私が取材する限り今の日産内部はゴーン氏にほとんどみんな批判的ですから、協力するとは思えないんですよね。

若狭勝弁護士:
お金にものを言わせて、日産の監視団をさらに監視する人を雇っていれば、日産の監視が解けたということは分かりますよね。

安藤優子:
でも、そんな簡単にすぐにプライベートジェットが手配できるんでしょうか?

若狭勝弁護士:
プライベートジェット自体をキープすることはできるにしても、関空などの空港で航路を確保する、飛び立ったりするのは年末のジェット機がたくさん行く中で、きちんと確保しておかなければいけない。確保するために申請が必要ですが、申請して許可を得るまで最低でも数週間かかるんじゃないかと言われているんです。今日飛び立ちたいといって、ハイOKとなるわけではないと。かなり前から計画的にやっていた可能性はあると思います。

伊藤洋一(エコノミスト):
でも、それは時間帯にもよるかもしれませんね。大阪の空港だったら、深夜はかなり空いていると思いますよ。

若狭勝弁護士:
いずれにしても捜査は、いつ逃亡の手配をしたのか?というところを重点的に掘り下げていると思います。
被告が潜んだ「機材ケース」 検査潜り抜けた方法は…
大村正樹フィールドキャスター:
さて、ゴーン被告は、音響機材を入れるようなある大きな箱に入ってレバノンへ逃亡したと見られています。

<実際にゴーン被告が入っていたとされる音響機材ケースには、トルコ当局が指紋採取などをおこなった際のものとみられる白い跡が付いていた>

倉田大誠アナウンサー:
ゴーン被告が入っていたとみられる箱とほぼ同じサイズとの箱をスタジオに用意しました。こちらに用意した箱は、横幅が1m20cm、奥行きがだいたい80cm、高さが62㎝の箱です。

安藤優子:
想像していたより、ずっと大きいですね。

大村正樹フィールドキャスター:
わたしの身長は170㎝ないくらいで、ゴーン被告とだいたい同じくらいだそうです。実際に入ってみたいと思います。

倉田大誠アナウンサー:
クッションなどを敷いてもまだ余裕ありそうですね。

大村正樹フィールドキャスター:
余裕ですね。この箱は気密性が高いかもしれませんが、下の方には空気取りの穴が開いていたという話もあります。

安藤優子:
実際に蓋をしめてみると、どうですか?閉塞感はありますか?

大村正樹フィールドキャスター:
閉塞感はあまりないですね。ゴーン被告からすると1年2カ月の拘束、まあ保釈はされていましたが、そこから逃げられると思ったら期待感も当然あると思いますし。

安藤優子:
それだけ空間があれば、水やいざという時の空気ボンベ、具合が悪くなった時のちょっとした薬とか、備品としてなんでも詰め込むことができますよね。クッションや毛布なども含めて、短時間であれば決して耐えられないものではなさそうですね。

大村正樹フィールドキャスター:
この箱に人が入っているとして、エックス線検査はどのように通過したのか?関西エアポートに問い合わせました。広報担当の方によると…

・関西エアポート広報担当者は「今回のような大きな荷物を通せるエックス線検査機はありません。その他、出国の荷物検査等は各運航会社に一任しています」と話す
・ゴーン被告が逃亡した際、ケースが大きすぎてエックス線検査装置に入らなかったため、手持ちの金属探知機を使用したという


大村正樹フィールドキャスター:
金属探知機では、人間が入っていてもおそらく反応はないため、通してしまったのかと思います。そして、出国する際にパスポートは必要ありません。しかし、レバノンに入国する時は必要です。ゴーン被告はどうしたのでしょうか?

・フランス、レバノン、ブラジルのパスポートは、弁護団で保管していた
・しかし、在留外国人はパスポート所持の義務があるため、2冊発行されていたフランスのパスポートの1冊を、ゴーン被告は所持していたという。
・ゴーン被告が所持しているパスポートは鍵付きのケースに入れられていたというが、レバノン大統領府担当者によると「フランスのパスポートとレバノン国民の証明書を持って正式に入国した」という
→ゴーン被告は鍵を外してパスポートを使用した可能性がある?


ゴーン被告は、今月8日に記者会見を開く予定となっている。


(「直撃LIVE グッディ!」1月6日放送分より)

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cat_oa-fnn_issue_84e3a83b45c4 oa-fnn_0_fd7f75421e53_『八村ぼっち』登場の“浜乙女”パロディCM…仕掛けた日清食品の部長は愛知出身だった「まず懐かしい」 fd7f75421e53

『八村ぼっち』登場の“浜乙女”パロディCM…仕掛けた日清食品の部長は愛知出身だった「まず懐かしい」

2020年1月26日 12:30 FNN PRIME online

東海地方にお住いの方にはお馴染み、“でえたらぼっち”が登場する海苔のCM。ところが今、出演者を変えたそっくりのコマーシャルが放送されている。しかも出演しているのはあの大物スポーツ選手だった。

“でえたらぼっち”が出演する、おなじみ「浜乙女」のコマーシャル。2020年、そのでえたらぼっちに強力なライバルが出現した。しかも、そのライバルが出演するCMは浜乙女のCMに瓜二つ。

CMを見た人:
家で見たとき、おもっきり笑いました
おもしろい!
こっちのほうがかわいい

そのライバルが出演するのが日清食品によるパロディCM。山からひょっこり現れたのは、“でえたらぼっち”でなく、プロバスケットプレーヤーの八村塁選手だ。

1月1日から東海地方で放送されていて、浜乙女のCMそっくりだが、“海苔”ではなく“カップヌードル”を宣伝している。

これは、いったいどういうことなのか…浜乙女の本社を訪ねてみた。

案内されたのは会議室。そこにいたのは、なんと“でえたらぼっち”本人。本家本元は自分だといわんばかりに田植えのしぐさを繰り返していた。

早速、お株を奪われたことについて聞いてみると、“でえたらぼっち”は「くやしい」「でも八村選手ならしゃあないぼっち」とコメント。

怒るどころか山の大男の、大きな心で八村選手を受け止めているようだった。

実はこのCM、日清食品がスポーツ振興活動の一環として各地のご当地CMをまねて作ったパロディCM。オリンピックイヤーの今年、期間限定で放送していて東海地方は“浜乙女”のCMを元に制作した。
浜乙女 商品開発部 伊藤千夏さん:
世界でご活躍されているスポーツ界のお三方が実写でパロディCMにご出演されていて、大変感激いたしました。八村選手は八村ぼっちになっていまして、つい笑ってしまいました

“でえたらぼっち”が登場する浜乙女のCMが初めて放送されたのは、今から35年前の1985年。

アニメ「ヤッターマン」のドクロベエ役などで知られる声優の滝口順平さんがおじいさんの声を担当。大きな鼻と、垂れ下がったまゆげが愛らしい“でえたらぼっち”のキャラクターとともに東海地方に定着した。

ちなみに特技は“利き海苔”で、一口食べただけで、どこで採れた海苔なのかわかるのだという。そんな“でえたらぼっち”に目を付け、浜乙女に協力を要請した日清食品は…

日清食品 広報部部長の大口さん:
2020年を迎えるにあたりまして、間違いなく東京は盛り上がっているんですけれども、ちょっと待てよと、熱くなっているのは東京だけなんではないかと。そんな思いから地元から2020年沸かせたいとの一心で、地元企業さんとのコラボを制作したわけなんですね。浜乙女さんのCMは東海地方では非常に有名な地域限定のものなので、地元の方々に話題にしやすいということから選んだ次第です

と、選んだ理由を説明してくれた日清食品の大口さん、実は愛知県の出身だという。

日清食品 広報部部長の大口さん:
まず懐かしいな~というのが率直な感想です。浜乙女さんののりは小さいときから食卓にありましたし、“でえたらぼっち”のCMもよく目にしていました。どっちかっていうと(ほかの地区は)錦織さんとか大坂さんがメインのものが多いんですね。東海地方は“でえたらぼっち”ということなんで八村塁選手が結構メインになっています

地元で愛されるCMと、世界的アスリートがコラボしたパロディCM。東京オリンピック・パラリンピックの開催に向け機運を盛り上げている。
(東海テレビ)
【関連記事:日本各地の気になる話題はコチラ】

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cat_oa-fnn_issue_84e3a83b45c4 oa-fnn_0_b20f11b24d52_高速バスと軽自動車 正面衝突 反対車線にはみ出しか b20f11b24d52

高速バスと軽自動車 正面衝突 反対車線にはみ出しか

2020年1月26日 12:04 FNN PRIME online

千葉・銚子市で26日朝、高速バスと軽自動車が正面衝突する事故があり、1人が死亡し、乗客ら3人がけがをした。

26日午前7時前、銚子市三崎町で、客を乗せた高速バスと軽自動車が正面衝突した。

事故の衝撃で、軽自動車は、バス停に突っ込んで大破した。

この事故で、軽自動車を運転していた男性が車の外に投げ出され、顔などを強く打ち、その場で死亡が確認された。

また、高速バスの運転手と乗客の女性2人が病院に運ばれたが、いずれも打撲などの軽傷。

現場は、片側1車線の緩やかなカーブで、警察は、どちらかが反対車線にはみ出して事故が起きたとみて調べている。

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cat_oa-fnn_issue_84e3a83b45c4 oa-fnn_0_aad56c41e03d_相手の素性知らず漏えいか ソフトバンク元幹部の男 aad56c41e03d

相手の素性知らず漏えいか ソフトバンク元幹部の男

2020年1月26日 12:01 FNN PRIME online

ロシアのスパイとみられる男に会社の営業秘密を渡したとされている、ソフトバンクの元幹部の男が、相手のロシア人の素性をよく知らなかった可能性があることが新たにわかった。

荒木豊容疑者(48)は、ソフトバンクの統括部長だった2019年2月、会社の営業秘密を不正に取得した疑いが持たれていて、この情報を在日ロシア通商代表部の職員に渡したとみられている。

荒木容疑者は容疑を認めているが、相手のロシア人については、「『何者だろう』と疑問に思っていた」と供述している。

警視庁公安部は、荒木容疑者が相手の素性を知らずに機密情報を渡していた可能性があるとみて調べている。

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cat_oa-fnn_issue_84e3a83b45c4 oa-fnn_0_9c508273ac96_「スーパーボランティアさえなければ……」尾畠春夫が東京~大分間徒歩の旅に挑んだ理由<後編> 9c508273ac96

「スーパーボランティアさえなければ……」尾畠春夫が東京~大分間徒歩の旅に挑んだ理由<後編>

2020年1月26日 12:00 FNN PRIME online

FNSドキュメンタリー大賞2019

2018年、山口県で行方不明となった2歳の男の子を無事救助し、一躍時の人となった尾畠春夫さん。大分県日出町在住の80歳だ(2020年1月時点)。

“スーパーボランティア”として脚光を浴びた尾畠さんだが、その活動は昨日や今日に始まったことではない。50歳で由布岳の登山道整備をはじめて以後、さまざまなボランティア活動に参加。東日本大震災をはじめ、数々の被災地にも足を運んでいる。

後編では、2018年に一変してしまった生活に戸惑いつつも、自分らしいボランティア人生を追求する尾畠さんの姿を追う。“長年の夢”だったという東京~大分約1100km徒歩の旅の意図と、その行方は?


「2018年は、スーパーボランティアがなければ最高にいい年だった」
2018年、山口県で行方不明となった2歳の男の子を無事救助して以降、尾畠春夫さんの生活は一変した。“スーパーボランティア”と呼ばれるようになり、自宅にはテレビや新聞、雑誌などの報道関係者のほか、人生相談にやってくる人などが押し寄せた。

その一つひとつに対して、尾畠さんは丁寧に応じた。その結果、自分のペースが保てないことしばしば。夜中までテレビ局の撮影に付き合わされたこともあった。

出版依頼も相次いだ。しかし、依頼の手紙を読み上げる尾畠さんは冷静そのもの。

「『ぜひ尾畠さまのこれまでの人生の歩みを書籍という形でまとめ、多くの読者とこの励まされた気持ちを共有させていただけませんでしょうか……』書く気はないです、こんな時間があったらボランティアに行きます」(尾畠さん)

一変した生活に、尾畠さんは戸惑い、ストレスを感じていた。

「想定外でしたね。報道関係の方、雑誌社の方、ラジオ局の方、いろんな方に、私はどうぞいいですよって言ってたんだけど、しなきゃよかったな。会わなきゃよかった人に、いっぱい会って。自分で掘った墓穴だけどね」

2018年12月末には、「2018 ユーキャン新語・流行語大賞」に「スーパーボランティア」がトップテンに選出された。しかし尾畠さんは、常々「わしはスーパーでもコンビニでもない」というジョークで、その名をやんわりと拒否してきた。

尾畠さんは受賞を辞退。華やかな表彰式が行われたその日、尾畠さんは静かに過ごすため自宅を離れていた。

どこか疲れた表情で、尾畠さんは2018年をこんな風に振り返った。

「スーパーボランティア。あれがなかったら、最高にいい年だったな。あんなにノイローゼになることもなかっただろうし。もし万が一、次に同じようなことがあっても、今回みたいな対応はしないと思う。子どもたちにももう心配かけたくないし…」

2018年の年の瀬、尾畠さんが訪れたのは由布岳だった。夏以降、多忙を極めたこと、また精神的な疲れにより、登山道整備にはほとんど来ることができなかった。

美しく雪化粧した山道を歩きながら、尾畠さんにいつもの笑顔が戻ってくる。「きれいやねぇ、これ見て。真っ白」と、心底うれしそうな表情。

「つまずいたときでも、自然が教えてくれたことが頭をよぎるんですよ。自然の中に身を置くことは、大切だなと思いますね」

冬になれば雪が積もり、梅雨など雨量の多い時期には土砂災害が起こる。自然が教えてくれるのは、そのあらがえなさだ。

「来年は『無』という言葉を願っているんですよ。あんまりいいこともなくてもいいから、自然の大災害は起きてほしくない」


東京~大分約1100kmを徒歩で。世界の子どもたちの幸福を願う旅
2019年、新たな年の始まり。尾畠さんはある決意を固めていた。

1月のある日、尾畠さんが向かったのは東京。都内の中学校での講演に招かれたのだ。多くの依頼を断るなかで登壇を引き受けたのは、生徒たちのためにという校長先生の熱意に共感したからだ。

会場である体育館に尾畠さんが登場すると、生徒たちが大きな拍手で出迎える。オレンジ色のTシャツに赤いタオルのはちまきといういつものスタイルで登場した尾畠さんは、照れくさそうに頭を下げる。

「おじいさんだけど、子どもに夢を与えるようなことをしたいんです。夢は夢で終わらせずに実現してほしいこと、結果は必ず出ることをお伝えしたいなって思うんですよ」

講演は生徒の質問に答える形で行った。一人の生徒が「ボランティアで心がけていることや大切にしていることは何ですか」と問うと、尾畠さんはまっすぐにその目を見て答えた。

「お手伝いさせてもらったら、必ず結果が出ます。結果が出たら依頼した人が、ありがとうってニコッと笑ってくれる。その笑顔が、私には何よりの宝」

尾畠さんの言葉に体育館中がざわついたのは、こんな質問があったときだ。

「尾畠さん今の夢は何ですか?」

そう問いかける生徒に、尾畠さんは「明日から、ここから歩いて大分まで帰るんです。それが夢です」。

そして、はにかんだ笑み。

唐突に思えた挑戦の表明だが、尾畠さんは講演を引き受けたときから決めていたことだという。

東京からおよそ1100km先の大分を目指す旅。テーマは、世界の子どもたちの幸福を願うこと。道中では、子どもたちやその親との交流を特に大切にした。

初めての真冬の旅だが、これまで通りテントで野宿をしながら夜を明かす。

ただ、これまでと大きく異なることがあった。テレビ局が連日、尾畠さんの一挙手一投足を伝え、世間の注目が高まっていったのだ。


「このままでは交通事故になる……」不本意な旅の中断

東京を出発して1カ月。尾畠さんは静岡県内を歩いていた。沿道には、ますます多くの人が集まるようになっていた。応援の言葉をかける人、差し入れを渡す人、記念撮影をする人、握手を求める人…。

「昨日みたいに24時間1ミリも歩けなかったのは、練馬を出てから初めてだよ。朝飯も食えない、昼飯も食えない。一番最後の人は夜の10時半、最初の人は朝の2時半に来た」(尾畠さん)

引いているのは、いつのまにかリヤカーに。リヤカーを押すボランティアまで現れていた。

このリヤカーは、出発の1週間後に神奈川県内へ尾畠さんの娘家族が届けてくれたもの。増え続ける差し入れを見かねてのプレゼントだった。はるばる大分から車で駆けつけてくれたのだ。

人一倍働いてきたこと、ボランティアに励むこと、そして夢と挑戦に生きること。息子に娘、そして5人の孫たちにとって、そんな尾畠さんは当たり前の姿だ。

脚光を浴びたとしても父は父、おじいちゃんはおじいちゃん。正直なところ、世間の熱狂には戸惑いを覚えながらも、家族は陰でそっと支え続けている。家族の願いは、ただただ無事に帰って来てくれることだけなのだ。

それから1週間後。尾畠さんの家族から届いたメールには、尾畠さんがこの旅を断念する決断をしたことが記されていた。今はまだ疲労困憊中だという。

「今まで自分の人生で、私は途中で投げ出したことは一回もない」と話していた尾畠さん。旅を断念したやむを得ない事情とは、交通事故を防ぐためだった。

静岡県内では人が殺到し、警察が駆けつけることもあった。旅をやめる決断をした日も、沿道は大混雑。親の目を離れた子どもが道路に飛び出しそうになるのを見て、断念することを決めた。

娘夫婦と連絡を取りたいと思っていたちょうどそのとき、次の交差点で娘夫婦と再会。タイミングよく足を運んでくれていたのだ。尾畠さんは、旅を中断することを説明し、大分まで連れ帰ってもらったという。

「皆さんからたくさん励ましの言葉をいただいたのに、途中でやめてしまって、逃げ帰ったみたいになってしまった。でも、私は受けた恩は忘れないから、必ず何かの形で恩返しをさせてもらいたいなと思っています」(尾畠さん)

尾畠さんは、応援してくれた人たちへのメッセージを残すと、取材陣を避けるようにまた自宅を離れた。


戦災孤児ボランティアに励んだアーン少佐の背中を追って
旅の断念から2カ月後。2019年4月、尾畠さんは別府市の児童養護施設「光の園」を訪れた。

施設長の松永忠さんは、秋に児童虐待防止のチャリティーイベントを開催している。尾畠さんは、そこに毎年参加していた。苦しい子ども時代を経験してきたから尾畠さんだからこそ、今を生きる子どもたちの幸せを願う思いがあるのだ。

このイベントで、参加者が着て歩くのは、児童虐待防止のシンボルカラーであるオレンジ色のTシャツだ。尾畠さんは、山口県の男児捜索を始め、至る所でこのTシャツを身につけている。

今回の旅もまたTシャツがユニフォームとなったが、そこには強い動機があった。旅のヒントが、「光の園」にまつわる人物の偉業にある。

それは、別府市に駐留していたアメリカ軍のジョン・O・アーン少佐。光の園の前身の施設にいた戦災孤児たちのために、プレゼントを持っていくなどのボランティアをしていた。

アーン少佐が神奈川県内の基地「キャンプ座間」に移った後も、施設との親交は続いた。新しい施設の建物を建設する費用を集めようとして、アーン少佐はキャンプ座間から別府市の施設までを、2週間以内で歩けるかどうかの賭けをする。

失敗すれば倍にして返すと同僚たちからかけ金を集め、1日200kmを完歩。挑戦は見事成功し、施設には善意が届けられた。このエピソードは1970年に、『ある兵士の賭け』として映画化され、報道カメラマン役で石原裕次郎さんも出演している。

アーン少佐の偉業に感銘を受けた尾畠さんは、自分もいつか同じ挑戦をしたいと夢をずっと抱いていたのだ。

「第二次世界対戦のときには、アーン少佐の仲間や先輩も、相当犠牲になったはずですよね。それを越えて、日本の子どものためにやろうって気持ちになってくれたことに、ものすごく感銘を受けたんですよ」(尾畠さん)

もちろん、光の園の子どもたちへの思いもある。

「今、光の園で夢を持ちながら頑張ってる子どもさんもたくさんいるから、無事に到着して頑張った姿を見てもらいたいなと思って」

東京から大分に向かう尾畠さんが、遠回りをしてでも座間市に立ち寄ったのは、アーン少佐の足跡を少しでも感じたかったから。ただ、注目されるなかでの旅であるため、光の園に迷惑をかけたくないと、アーン少佐のことは胸に秘めていた。

今回の旅の真の目的は、自分も挑戦を成し遂げ、光の園に寄付を手渡すことだったのだ。

この旅のために、尾畠さんは手書きで「光」とマークをつけたケースに貯金をしてきた。

「例えば、カメラの忘れ物を警察に届けたら、その方からお礼のお金をいただきますよね。私は、額に汗しないでいただいたお金は、誰かのお役に立てたいと思っているんですよ」

今回は渡せなかった寄付。再度、挑戦して渡したいと夢は諦めていない。そんな尾畠さんに対し、松永さんは、「アーン少佐が、尾畠さんに影響を与えている。もう何十年も経っているのに、思いが残っていてすごいなと思っています」と感嘆する。

2019年5月、尾畠さんは光の園の子どもたちと標高1375mの鶴見岳へ登山に出かけた。子どもたちと語り合いながら、山頂を目指す。途中で木の杖を作ってやり、励ましの声をかけ、「頑張ったね」と笑いかける。

子どもたちは尾畠さんとの登山を振り返り、「優しかった」「僕も優しくなって困っている人を助けたい」と口々に話した。

「一人でも二人でも、人様の役に立とうって気持ちで、一歩でも半歩でもいいから前に出るお子さんが出てくれたら、私は最高に幸せですよ」(尾畠さん)

尾畠さん自身も、元気でいる間はボランティアをずっと続けるつもりだ。

「あと50年ぐらいは続けられますかね、アッハッハ。命はひとつ。人生は一回。だったら、この世にある間に悔いのないように生きたいなって。あの世に行くときも、『さいなら~、バイバ~イ』って明るく逝きたいです。あと50年でも130歳やからね。まだまだ大丈夫です」

母の死や貧しさを乗り越え、自分の店を開業。そんな半生を支えてくれた人たちへの感謝の気持ちから、尾畠さんはボランティアの道に進んだ。脚光を浴びても、「私は一ボランティアで、一尾畠春夫」と話し、その姿勢に変わりはない。

人生は恩返し。それこそが、尾畠さんの信条なのだ。

この先も尾畠さんは、気持ちが自分を、そして他人を動かしていくことを証明し続けてくれるだろう。自然災害の相次ぐ昨今、次に支援の輪をつなげるのは、私たちなのかもしれない。

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cat_oa-fnn_issue_84e3a83b45c4 oa-fnn_0_b2f04c35f333_「志望校行き」の片道切符は“諦めない限り有効”…前橋駅が作った受験生への応援に心が温まる b2f04c35f333

「志望校行き」の片道切符は“諦めない限り有効”…前橋駅が作った受験生への応援に心が温まる

2020年1月26日 11:30 FNN PRIME online

センター試験も終わり、本格的な大学入試シーズンに突入した現在。受験生はプレッシャーの中で勉強に励んだり、試験に臨んでいることだろう。

そのような中、ある駅で配られている受験生を応援する切符がTwitterで話題となっている。

それがこちらだ。



前橋駅より受験生の皆さんへだそうです(笑)

ウエポン(@ueponGUNMA)さんがTwitterに投稿したのは、前橋駅(群馬県)の改札口近くに設置されたホワイトボードの画像。

ボードには「受験生のみなさまへ みなさまの受験が合格することを祈願しまして、志望校行きの片道きっぷを作りました。ご自由にお持ちください。前橋駅関係者一同お祈り申し上げます」と書かれており、その下には受験生を応援する駅利用者らのメッセージが書かれている。



そして「ご自由にお持ちください」と書かれた案内とともに、受験生を応援する志望校行きの“片道切符”が用意されているのだ。その切符には「前橋→志望校 諦めない限り有効」という粋な言葉がつづられていた。



Twitterでは「心があったまったありがとう」「前橋駅員さんの優しさにほっこり」などの声があり、称賛されている。

お守りにもなりそうでとても素敵な企画だが、今年から始めたという前橋駅の職員に話を聞いた。


高校生の一大イベントである受験を応援できないかと企画
ーーなぜ『志望校行きの片道切符』を作ろうと思った?

前橋駅は高校生の多い駅で、そんな高校生の一大イベントである受験を駅として応援できないかと考えました。今後、県外に出る人も多くいますが、県外に出ても地元の群馬や前橋駅を好きでいて欲しいという理由で思い出に残るような取り組みをしました。

また、こうした取組みを通じて利用者が自慢できる駅・地域にしたいと思っています。


ーー誰のアイデア?

下館駅や大船駅で同様の取り組みをしていたので、参考にして前橋駅風にアレンジしました。


ーー文言は誰が考えた?

前橋駅の職員である新井、佐藤、松本、田中、明石で意見を出し合いながら考えました。


ーーこの切符の材質は何?

コピー用紙をラミネート加工して作りました。サイズなど似せていますが本物の切符ではありません。


ーー裏はどうなっている?

3種類で「頑張って」「応援してます」「絶対合格」のいずれかの文言が書かれています。



すでに800枚以上は持って行っている
ーー何枚くらい作った?

当初300枚ほど作成しましたが増刷を重ね、1月23日現在で、1000枚程作りました。800枚以上は持って行っています。


ーーちなみに改札はこの切符では通れない?

本物の切符ではないので改札は通れません。切符にパンチ穴をあけているのは入鋏の意味があります。志望校へ向けて歩み始めたという意味を込めました。



可能であれば2021年もやりたい
ーーホワイトボードには駅利用者らからどんな言葉があった?

本人以外の例えば「妹の受験がうまくいきますように」とか「〇〇さんの受験が合格しますように」とかがありました。一番うれしかったのは「感激しました。しおり(切符)大切にします」と書いてあったことです。


ーー反響あった?

予想以上です。


ーー他の駅からも「やりたい」という声はあった?

今のところまだありませんが、私たちも他駅を参考にしているので今後あると思います。


ーー来年もやる予定はある?

未定ですが可能なら2021年もやりたいと思います。


ーー受験生に一言

私たち駅員は安全に皆様を受験会場の最寄駅まで送り届けます。受験当日もいつもどおりの力を発揮できるよう陰ながら応援しています。頑張ってください。



受験生を応援する気持ちがこのように形になると、受験生だけではなく一般の利用客も心が温まる。本格的な受験シーズンはこれから。“志望校行き切符”はまだあるようなので、気になる受験生はこの切符を手に入れ、そして志望校への合格を決めてほしい。


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冬の非日常を体験できる雪上キャンプ!メープル採ってパンケーキ作りに挑戦してみた【新潟発】

2020年1月26日 11:00 FNN PRIME online

真冬のキャンプを体験!
冬には奇祭「むこ投げ」が行われ最大4mの雪に覆われる新潟県十日町市。この豪雪地域でも冬を気軽に楽しむ体験ができるという。

ガイド 小山友誉さん:
こちらでは真冬に雪の上でキャンプ、雪上デイキャンプができます

地元の旅行会社が企画しているツアーの1つが雪上デイキャンプだ。果たしてどんなツアーなのか。まずはスノーシューをはいて森の中へと入っていく。

新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
いよいよですね。行ってきます

すると道中で見慣れない木を発見した。

ガイド 小山友誉さん:
これ、なんだかわからないですよね。ちょっと匂ってみてください

新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
あ、いい香り

ガイド 小山友誉さん:
クロモジという木でアロマオイルとかお茶に使っています

雪国の自然について学びを深めながら歩みを進めると。

ガイド 小山友誉さん:
ここからメープルを採っていきたいと思います

新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
メープル?

新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
メープルシロップがとれちゃうんですか

ガイド 小山友誉さん:
とれちゃうんですね

この森にはメープルシロップの原料となる「イタヤカエデ」が多く自生していてツアーでは樹液の採取も体験できる。

ただ、気温が高い影響でこの日は樹液が出ず。冷え込むと樹液が出てくる。

そして、砂糖などは一切加えず樹液だけを煮詰め、森の恵みメープルシロップが完成。

そしてここからが雪上キャンプの本番で雪の上で米粉のパンケーキ作りを開始。

新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
えいっ。ちょっと黒かった

女性スタッフ:
ちょっと黒いですね

新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
私が焼いたパンケーキはちょっと焦がしてしまいましたので焼いていただきました

森で採取したメープルシロップをかけていただく。

新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
おいしい。あまくておいしいけどこのメープルシロップがあっさりした甘さ

ガイド 小山友誉さん:
自然のものというか、お砂糖ぽくない。大好きな仲間とわきあいあいと作って最後は自分で採りにいったメープルシロップをかけて、食べる最高の贅沢だと思います

パンケーキを味わい雪上キャンプは終了。雄大な景色を背景に非日常の体験を楽しむことができた。十日町で「冬」を満喫する方法は他にも…
ご当地鍋の棚田鍋を堪能
新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
雪山をたっぷり楽しんだ後は雪を見ながら地元の温泉にゆっくりつかるのもいいですよね。実はここの温泉街、雪国・十日町市を味わう事のできるユニークなご当地鍋があるんです

草津・有馬に並ぶ日本三大薬湯の松之山温泉。ここでいただけるご当地鍋が棚田鍋。

山間に位置する十日町市には棚田が点在していて、春先と晩秋には水鏡、冬には一面銀世界と四季折々で表情を変える美しい田園風景が広がっている。

そんな棚田をイメージした棚田鍋のベースは棚田でつくられたコシヒカリと「だし」をミキサーにかけた重湯スープ。旬の野菜に熟成豚肉、棚田に積もった雪に見立てた大根おろしを加えて火にかける。

新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
まさに雪国を彷彿とさせるような

ひなの宿ちとせ 柳一成社長:
まさにこの松之山の風景を鍋にしたというのが棚田鍋です

そのお味は…

新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
このとろりとしたスープ、優しい味がしますね

そしてアクセントとなるおこげももちろん棚田米だ。

新潟総合テレビ 高橋正和アナウンサー:
おこげがさくさくですね。重湯ベースのスープにおこげもある。様々な形のお米の魅力を楽しむことができるのもいいところ。本当に心も体も暖まりますね

ひなの宿ちとせ 柳一成社長:
ここでなければ味わえない風景とともに鍋があるそんなストーリーを出すことができたた。土地全体をイメージしていただけるようになるとうれしいです

雪に閉ざされる新潟の冬。しかし、寒い季節だからこそ楽しめる体験や味わいがあなたを雪国の虜にしてくれるはずだ。
(新潟総合テレビ)
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ロッテ佐々木朗希「やりたいことはしっかりできた」新人合同自主トレを充実の締めくくり

2020年1月26日 09:56 FNN PRIME online

新人合同自主トレ打ち上げ
「最速163キロの注目ルーキー」ロッテのドラフト1位・佐々木朗希投手(18)ら新人7選手が25日、さいたま市のロッテ浦和球場で約2週間に及ぶ新人合同自主トレを打ち上げた。

「吉井理人投手コーチの指導のもと、フォームをしっかり固めてほしい」という井口資仁監督の考えで2月1日からのキャンプは既に1軍スタートが決まっている佐々木。
新人合同自主トレ最終日では、球場裏の斜面を利用した坂道ダッシュ、ノック、キャッチボール、体幹トレーニングなどの調整メニューで汗を流した。

「やりたいことはしっかりできた」と充実感
新人合同自主トレでは一度もブルペンに入ることはなかったが、プロで通用する体力をつけるべく基礎トレーニングで順調に調整してきた高校史上最速163キロ右腕。同学年のライバルでヤクルトのドラフト1位・奥川恭伸投手(18)が右ひじの軽い炎症でノースロー調整を余儀なくされる中で、けがもなく無事に新人合同自主トレを終えた佐々木は「つらい時もありましたが、しっかり対応できたと思います。こっちでやる練習は終わって、やりたいことはしっかりできましたし、メニューも全てこなせたので良かったと思います」と充実した表情で振り返った。
他の新人選手たちがキャッチボールをする時間は体幹トレーニングに充てた佐々木。ランニングメニューなどが終わってからグラウンドに残って約30分間、最長60メートルまで距離を伸ばして、他の選手と別の時間にキャッチボールを行い、「体重移動だったり投げるタイミングを意識しました」とゆっくりと感触を確かめた。

「時期的にはだんだん上げていかないといけない時期。自分のペース、自分のタイミングで投げたかったので」と語った佐々木。相手との距離をどんどん詰め、ラスト約20球はマウンドからホームとほぼ同じ距離(18・44メートル)で力強い球を投げ込み、計110球のキャッチボールでしっかりと肩を慣らした。

石垣島キャンプでブルペン入りに意欲
1月26日には、2018年のドラフト1位・藤原恭大外野手(19)ら22人とともに、キャンプ地の沖縄・石垣島に先乗り。翌27日から練習を再開し、2月1日のキャンプ初日を万全の体制で迎える。

石垣島での合同自主トレ、キャンプへは「けがをしない体作りができたらいいです。(楽しさと不安は)同じくらいの割合。不安な部分もあると思うので、そこを消せるように1か月頑張りたいと思います」と意気込んだ佐々木。
取材に訪れたLive News it!の内田嶺衣奈キャスターの「石垣島キャンプではブルペンに入ると思いますが、自分の中で意識して投げていきたいところはどんなところですか?」との質問には「ブルペンに入って投げるのも久しぶりなので、感じるものがあると思うのでその感覚を大切にして投げていきたいと思います」と意欲を見せた。
焦らずマイペースで調整を続けてきた“令和の怪物”がブルペンでベールを脱ぐ、その時を待つ。

(フジテレビ・加藤忍)

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今こそラグビー その魅力 “北の鉄人”新日鉄釜石

2020年1月26日 09:00 FNN PRIME online

東京から東北新幹線で新花巻まで2時間半。そこから在来線に乗り継いで2時間。
肌を刺すような寒さに迎えられて釜石駅を降りるとその正面、新日鉄の工場に書かれた歓迎の言葉が目に入る。添えてあるのは釜石市の花「はまゆり」だ。

かつての高度成長時代、この東北の田舎町から来た、武骨で泥臭いラガーマンが都会のチームをなぎ倒し、7年連続(1979年~85年)の日本一を成し遂げた。
新日鉄釜石。「北の鉄人」と呼ばれた面々だ。
都会を打ち負かす“たたき上げ”集団

実はこのチーム、大学出身者は数えるほど。ほとんどが地元東北の高校を卒業し、凍てつく大地で鍛えに鍛えられ、無敵の全盛期を迎えた。当時の真紅のジャージは溶鉱炉の炎をイメージしたともいわれている。
毎年1月15日に行われていたかつての日本選手権は、社会人と大学の優勝チーム同士の一騎打ちだったが、学生最強との評価もあった平尾誠二氏率いる同志社も、ジャパンクラスのFWと言われた明治も、釜石はことごとく跳ね返した。跳ね返したというよりも、その深い懐に包み込むように退けた。文字通り、大人が子供を相手にするような「余裕」が感じられた。
満員の国立競技場には釜石のトレードマークでもある無数の大漁旗がはためき、女性の晴れ着姿と並んで、正月の風物詩にもなっていた。

釜石がもたらしたのは強さだけではなかった。地方出身者が居並ぶチームが都会のエリートを打ち負かす様に、人々は「たたき上げの逞しさ」を見た。普段は製鉄所で働くサラリーマンとしての姿は、ラグビーの雑誌にもたびたび掲載された。
堅固なスクラムとボールを展開するスタイルも人気があった。人工皮革ではない、普通の皮で出来た当時のボールは滑りやすく、それだけにボールをつなぐ技術が要された時代だ。V7達成時の社会人大会決勝・対神戸製鋼戦で見せた、延べ13人が繋いだトライは圧巻で、ため息が出るほどに美しいトライであった。

時代の変化に揺れて
この栄光から30年余り。ラグビーにはプロ化の波が押し寄せ、また時代の変化とともに企業とラグビーの関係も様変わりした。
現在、新日鉄釜石は「釜石シーウェイブス」というクラブチームに変わり、国内最高峰のトップリーグを目指して精進を続けている。
先日、秩父宮ラグビー場で行われたシーウェイブスの試合は、トップリーグや大学の注目カードと違って当日券の販売があり、全席自由という「お得な」チケットだった。
釜石サポーターが圧倒的に多かったが、その応援はもっぱら自発的、個人的なもので、お世辞にも洗練されたものとは言い難い。でもその素朴さがいい。少なくとも私にはそう感じられた。

現実に目を向ければ、海外選手も含めた戦力獲得やチームの強化は簡単ではない。クラブチームの運営でトップリーグと伍していくのは至難の業だ。それでも釜石は地元の支えと、ファンらの深い愛情を胸に、前進を続けていくのだろう。
総体としてのラグビー強化の方向は決して間違っていないが、時に郷愁的だと言われようと、そういうチームの活躍を願う人は決して少なくないはずだ。
それは、敗戦という結果でも温かな拍手が送られる、その光景だけで十分にわかった。

東北の強さとしぶとさ
学生時代、一度だけ釜石と対戦したことがある。高橋善幸さん。岩手が生んだ宰相・鈴木善幸氏と同じ名前の方にタックルしたが、岩のように固かった。釜石であれば「鉄のように」と言うべきか。試合展開もスコアも覚えていないが、あの衝撃だけは忘れられない。

時代の流れにも、震災という出来事にも耐えて、黙々と日々を送る釜石の人々にとって、シーウェイブスのラグビーが希望のひとつであることは間違いない。
素朴で温かいサポーターの「かーまーいし!」という声援は、昭和の懐かしさが残る、耳に心地いい響きだ。
(フジテレビ政治部デスク・山崎文博)

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ほぼ全ての電源一時喪失 トラブル相次ぐ伊方原発

2020年1月26日 06:16 FNN PRIME online

愛媛県の伊方原発で、またトラブル。

25日、3号機の定期検査中に発電所内のほぼ全ての電源が一時喪失した。

県と四国電力によると、25日午後3時44分、伊方原発3号機の定期検査中に、送電線の電力を遮断する装置が作動し、停電状態となった。

この送電線は、廃炉作業中の1号機と2号機にもつながっていて、原発内のほぼ全ての電源が一時喪失。

非常用の発電機や別の送電線からの電力で数秒後に復旧し、環境への影響はないとしている。

原因はわかっておらず、四国電力は、定期検査の全ての作業を当面見合わせることを決めた。

伊方原発3号機では、2020年に入り、制御棒を誤って引き抜くなど、トラブルが相次いでいる。
(テレビ愛媛)

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