cat_oa-flash_issue_81f44952f689 oa-flash_0_81f44952f689_AKB48柏木由紀、すっぴんからメイク完了まで「1時間半かかる」 81f44952f689

AKB48柏木由紀、すっぴんからメイク完了まで「1時間半かかる」


 

 4月3日放送の『アッパレやってまーす!』(MBSラジオ)で、AKB48/NGT48の柏木由紀が、メイク時間を明かした。

 

 別番組でAKB48の小嶋真子が柏木について「ダントツで(ヘアメイクの)セットに時間がかかっていて、『何をしてるんだろう?』と思う」と発言していたことが伝えられた。

 

 

 その話に柏木は「やめてくれ~。刺された、仲間内で」と嘆いた。自身のメイク時間に「確かに工程がめちゃめちゃいっぱいあるんですよ」と言い出す。

 

「ラジオの生放送の始まりですっぴんからメイクを開始したら、生放送終わりに間に合うか間に合わないか(笑)。1時間半でギリ」と、90分枠の同番組の放送時間と同じぐらいかかると明かす。

 

 ケンドーコバヤシが「マジで罰ゲームで、メイク落としてよ。1回見たい」と頼むと、柏木は「めちゃめちゃ地味ですよ」と自虐していた。

 

 過去にも自虐ネタで番組を盛り上げていた柏木。3月6日放送回では、自身の胴が長いことをイジられて、自身の腰の位置より上でスカートをはいていることを告白。

 

 本来の腰の位置ではくと「本当に無理。スカート、床に着いちゃう、地面に」とぶっちゃけて笑わせていた。AKB48の「神7」経験者では圧倒的大ベテランの彼女だが、イジられることを辞さずに受け入れられる根性は大したものだ。

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cat_oa-flash_issue_81f44952f689 oa-flash_0_cfe7885660dd_ハライチ岩井「たまごっち」プレイしたら育児ノイローゼに cfe7885660dd

ハライチ岩井「たまごっち」プレイしたら育児ノイローゼに

2019年8月19日 20:00 Smart FLASH[光文社週刊誌]


 

 8月15日、ハライチの岩井勇気が、ラジオ番組『ハライチのターン!』に出演。昔からやりこんでいるというゲーム「たまごっち」について語っていた。

 

 岩井は、最近サンリオコラボのたまごっちをプレイし始めたという。

 

「俺の大好きなけろけろけろっぴが出るということで。まあ、昔から私はけっこうたまごっちもやってきていますから。3年前ぐらいにも1回、『TAMAGOTCHI 4U』っていうやつをやっていて。全国のタッチスポットっていうのにタッチして、たまごっちを増やすみたいなのがあって。バイクでいろんなタッチスポットに行きましたね」

 

 

 こんな意外な過去を明かしたが、プレイし始めたものの、2日ほどたまごっちを育てていることを忘れたという。

 

「仕事で意外と時間がなくて、適当にベビーフードみたいなのをあげて。すごいピコピコ鳴るんだけども。だから『サウンド』を切って音を鳴らさないようにして。バッグのサイドポケットに入れていたのね。で、仕事に行って。そしたらさ、もうたまごっちを始めたことはまったく忘れてしまって」

 

 2日後にたまごっちを見たときは、すでに墓場になっていた(=死んでいた)という。リセットボタンを押し、再び育て始めるも、今度はたまごっちが泣きっぱなしで大変だった。

 

「わんわん泣いてさ、ピコーッ、ピコーッ、ピコーッって鳴るんだけど。エサをあげても遊ばせても全然泣き止まないわけ。話しかけてもずっと泣いているのね。そのうち、ご飯をあげているのに病気になったりして。そしたらどこからかさ、『僕は治療すらしてもらえなかったのに……』っていう声が聞こえてくるのね。

 

 たまごっちも泣きやまないの。なにやってもさ、ピコーッ、ピコーッて。俺はもう初めてだよね、何をやっても泣きやまないから、育児ノイローゼになったの。初めてだよ、俺(笑)」

 

 さすがゲーム好きを公言するだけあって、手広いジャンルをやり込んでいる岩井。過去にツイッターでは「昔たまごっちが流行った頃、たまごっちによく似たぎゃおっぴという商品が出回った。たまごっちが手に入らない人はぎゃおっぴを買うことがあり、ぎゃおっぴも結構売れていたのだ。その時世の中二番煎じまでは売れるという事に気付いた。二番煎じまでは売れる現象を『ぎゃおっぴ現象』と名付けよう。」(2013年12月23日)とつぶやいていた。

 

 岩井の価値観にまで、たまごっちは影響を与えているようだ。

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Lカップ美女「松坂南」ブラをするのは年に10日ほど

2019年8月19日 20:00 Smart FLASH[光文社週刊誌]

 

 

 雑誌グラビアで、DVDで、我々のハートと衝動を駆り立ててきた巨乳美女たち。夢中で追いかけたミューズの姿を、久しぶりに拝見したい??。諸兄のそんな思いを叶えるべく、Lカップ美女・松坂南(35)の「今」を追跡した!

 

 バスト115cmのLカップという、日本人離れしたバストを引っさげ、2005年にデビューした松坂。さらには「ロボコップ」こと高見盛(現・振分親方)との交際も話題になった。

 

【関連記事:仲村美海、グラビアと演技の共通点は「カメラの前でなりきる」】

 

「祖母が、すごく胸が大きくて。その遺伝でしょうね。中学校に入ってから急に成長しました。高校時代は今よりも大きくて、妊婦さん用のブラを使っていたくらい(笑)。

 

 いまはノーブラ派で、ブラをするのは年に10日ほど。もちろん今日もブラなしです」

 

 爆裂級バストは健在だった!

 

まつざかみなみ
35歳 1984年2月7日生まれ 千葉県出身 7月26日、DVD『南ちゃんの恋人』を発売。8月24日13時より、ソフマップAKIBA1号店にてDVD発売記念イベントを開催

 

(週刊FLASH 2019年8月20・27日号)

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cat_oa-flash_issue_81f44952f689 oa-flash_0_f7c70c13aaf7_アメリカの球場で開かれた「ジャパン祭」選手は楽しめず残念 f7c70c13aaf7

アメリカの球場で開かれた「ジャパン祭」選手は楽しめず残念

2019年8月19日 16:40 Smart FLASH[光文社週刊誌]


 

 8月18日、アメリカ・カリフォルニア州にあるサンノゼ・エキサイト球場で、日本文化を讃えるジャパニーズ・ヘリテージナイトが開催された。

 

 サンノゼ市は、サンフランシスコから車で1時間ほど南下した場所にある。市内のジャパンタウンが州から歴史地区として指定されるなど、日本とのつながりは深い。

 

 今回で8回目となるこのイベントを主催したのは、サンフランシスコ・ジャイアンツ傘下で、マイナーリーグに属する「サンノゼ・ジャイアンツ」だ。

 

 

 宇山智哉・サンフランシスコ日本総領事が始球式を務めたあと、浴衣姿のコーラス隊「かけはし」が、日米の旗を広げて2つの国家を斉唱。観客も選手も直立で、右手を胸にあてたポーズで耳を傾け、両国に敬意を表した。

 

 会場では和太鼓やサムライ演舞、コーラス、ダンス等が披露され、たこ焼きやかき氷などの和食も出店されていた。イベントの合間にはJ-POPを流す配慮も。

 

 このイベントのために、赤い日の丸の中に大きな漢字で「巨人」と書かれた特製Tシャツが用意され、先着500名に配布されていた。これは大好評で、さっそく着替えて観戦する家族連れの姿もあった。

 

 サンノゼ・ジャイアンツは、多種多様な文化を讃え、伝承するのを目的として、今年は8つのヘリテージナイトを企画している。日本はそのうちの1つだ。

 

 すでにイタリアンが開催されており、今後、アイリッシュ(アイルランド)、ハワイアン、ギリシャ、シーク教徒(インド)、ヒスパニック(ラテンアメリカ)のイベントが順次開催される予定となっている。

 

 だが、こうした目的とは裏腹に、意外なトラブルが起きるのがアメリカだ。

 

 実は、昨年、鉢巻や三角笠をかぶったハッピ姿でイベントを楽しむ選手の写真をチームがSNSに載せたところ、人種差別的で好ましくないとの声がファンからあがり、チームが削除・謝罪する事態となった。

 

 その影響か、ユニフォーム姿の選手は、イベント最中に離れた場所でウォームアップするのみ。試合開始直前、日本語補習校の子供達と一緒にポジションにつく以外、日本人グループと目立った交流はなかった。

 

 実はこれ、最近、アメリカで強く主張される「文化の盗用」の問題。自分と関係のないよその文化を私物化してはいけないという批判のことだ。日本人にとってはややわかりにくいが、タレントのキム・カーダシアンが、自身の下着ブランドに「KIMONO」と名付けて批判を浴びたのもその一環である。

 

 さらに、トランプ政権下で、誰もが人種問題に敏感になっていることも大きいだろう。

 

 会場では、チームマスコットのギガンテが、大きな頭に必勝と書かれた鉢巻を上下逆さまに巻いてイベントを盛り上げていたが、日本人からすると、アメリカにもちょっと堅苦しい部分があるのだ。(写真・文/白戸京子)

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cat_oa-flash_issue_81f44952f689 oa-flash_0_6233d6e44eb7_パリピは苦手…小芝風花「穏やかで一途な人がいい」 6233d6e44eb7

パリピは苦手…小芝風花「穏やかで一途な人がいい」

2019年8月19日 16:00 Smart FLASH[光文社週刊誌]

インスタグラムより

 

 小芝風花が、8月16日放送の『金曜日のどっち!?』(テレビ朝日系)で好きな男性のタイプを語った。

 

 小芝は「パーティーピープルみたいな人は苦手。怖いと思っちゃう。遊ばれて終わりみたいなイメージ」とパリピは得意ではないという。

 

 

 逆に「穏やかな人がいい。一途な人」と語った。「真面目そうだけどチャラチャラしている人」と「チャラそうだけど一途な人」の選択を聞かれると、後者を選び「そっちがいいです」と明かしていた。

 

 小芝は、7月26日放送の同番組では筋肉フェチで、「筋肉が好きな気持ちはわかる。筋肉好きです。腕の筋が好き」と話した。

 

 続けて「スタッフさんとかカメラマンさんとか照明さんとか録音部さんとか、重い物を持たれているから、いい腕の人が多くて。血管がちょっとキュッと動く感じが好き。撮影中とかにもちょっと見たりしています」と嬉しそうにコメント。

 

 また、声の低い男性も好きで、「名前を呼んでほしい」とおねだり。フットボールアワー・後藤輝基が「風花」と低めの声で呼びかけると、小芝は照れ笑いを浮かべていた。

 

 パリピは苦手な小芝には、一途な男らしさが必要なようだ。

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cat_oa-flash_issue_81f44952f689 oa-flash_0_1c24da421298_【下川裕治の隣のアジア】カシミールで見た国旗セレモニーの愛国心 1c24da421298

【下川裕治の隣のアジア】カシミールで見た国旗セレモニーの愛国心

2019年8月19日 16:00 Smart FLASH[光文社週刊誌]


 

 インドとパキスタンの領土紛争が続くカシミール地方。インドがジャム・カシミール州の自治権を剥奪したことから、再びきな臭くなってきている。

 

 インドとパキスタンの間には、ひとつの越境ポイントがある。インドのアムリツァルとパキスタンのラホールを結んでいる。

 

【関連記事:【下川裕治の隣のアジア】バングラデシュ世界最大の難民キャンプ】

 

 この国境では、毎夕、フラッグセレモニーが行われている。
フラッグセレモニーとは、両国の国境警備兵が、夕方、国境が閉まるときに、掲げた旗をおろす儀式だ。このイベントが中止になったという情報は入ってないが、実はこの儀式、大変な盛り上がりを見せるのだ。

 

 2018年6月、パキスタン側からこの国境を越えた。パキスタン時間の15時少し前にイミグレーションに着いた。すると職員から、「あと2分で国境が閉まる。急ぎなさい」といわれた。出国書類もそこそこにスタンプを捺してもらった。

 

 妙な通路を歩いた。そこはスタジアムのようになっていた。左右に30~40段のスタンドがある。あとでそこがフラッグセレモニーの会場だとわかった。

 

 インドに入国し、すすめられてセレモニーを見た。とんでもない数の観客がスタンドを埋めている。話では8000人を超えているとか。パキスタン側にもかなりの人がいる。

 

 インド時間の夕方18時、セレモニーがはじまった。隣との話ができないほどの大音響が会場を包む。そして観客はみな「ヒンドゥスタン、ヒンドゥスタン」と大声で叫ぶ。ヒンドゥスタンとはインドのことだ。僕が歩いた通路を、インドの旗をもった女性が走る。

 

 やることはそれだけだった。兵士は隊列を組んでセレモニーをこなしていく。いってみれば、インドとパキスタンのサッカーの試合に熱狂するようなものだった。

 

 しかしサッカーの試合がない。ただ叫ぶだけ。ものすごく単純なナショナリズム……。同じことがパキスタン側でも行われているわけで、それを考えると頭が痛くなってくる。

 

 暑い時期だった。気温は40度を超えている。そのなかでただ叫び続ける。インドではこのセレモニーの人気が高まり、遠くからツアーバスを仕立ててやってくるのだという。

 

◯写真・文/下川裕治
 旅行作家。1954年、長野県生まれ。慶應義塾大学を卒業後、産経新聞の記者を経てフリーに。近著に『新版「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社知恵の森文庫)。

 

※下川氏が、クラウドファンディングでバングラデシュの小学校校舎修繕プロジェクトを進めています。詳細は以下で。
「バングラデシュのこどもたちに安全な教育環境を コックス・バザールの校舎修繕プロジェクト」
https://a-port.asahi.com/projects/sazanpen/

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cat_oa-flash_issue_81f44952f689 oa-flash_0_0427e53cee42_【食堂のおばちゃんの人生相談】36歳・公務員のお悩み 0427e53cee42

【食堂のおばちゃんの人生相談】36歳・公務員のお悩み

2019年8月19日 11:00 Smart FLASH[光文社週刊誌]

「食堂のおばちゃん」として働きながら執筆活動をし、小説『月下上海』で松本清張賞を受賞した作家・山口恵以子。テレビでも活躍する山口先生が、世の迷える男性たちのお悩みに答える!

 

【お悩み/匿名希望さん(36)公務員】

 

 

 30代になって初めて、8年ぶりに、ネットで知り合った女性と食事デートをすることになりました。「お酒が好きで、チェーン居酒屋でかまわない」と言ってくれますが、学生が行くようなお店に連れていくのも……。

 

 どんなお店に案内すればいいでしょうか? 迷える仔羊に愛の手を!

 

【山口先生のお答え】

 

 まあ、それはおめでとうございます! 夏に相応しい、お悩みじゃありませんか。本当は私の行きつけのお店を教えてあげたいんだけど、それは多分マズいので、悪しからず。

 

 まず、最初のデートではちょっと良いとこ見せて、お酒込みで2人で1万5000?2万円を目処に、ネットでお店を探しましょう。どこで会うか場所を決めて、和食とか割烹居酒屋とかで検索してみて下さい。いっぱい出てきます。

 

 私のお勧めは、こぢんまりした店を選ぶこと。カウンターのみ10席とか、そういう “隠れ家感” のあるお店が良いですよ。

 

 絶対に避けた方が良いのは、100席もあるようなキャパのデカい店。“個室居酒屋” とか謳っていても、防音装置があるわけないので、周囲の声がうるさくて、ゆっくり二人で語らうことが出来ません。ムードもへったくれもなくて、彼女はうんざりすること必至です。

 

 それと、店の候補を決めたら、取り敢えず一人で下見して下さい。ネットと実際が違う店では、私自身痛い目を見ましたからね。それに二度目だと “常連感” が漂って、頼もしく見えたりします。

 

 私は彼女との初デートのためにあれこれ悩むあなたを、とても尊敬します。その優しさと気遣いが伝われば、デートは大成功です。どうぞ頑張って、気の合う彼女と幸せを?んで下さいね。

 

やまぐちえいこ
1958年、東京都生まれ。早稲田大学文学部卒。就職した宝飾会社が倒産し、派遣の仕事をしながら松竹シナリオ研究所基礎科修了。丸の内新聞事業協同組合(東京都千代田区)の社員食堂に12年間勤務し、2014年に退職。2013年6月に『月下上海』が松本清張賞を受賞。『食堂メッシタ』『食堂のおばちゃん』シリーズ、そして最新刊『夜の塩』(徳間書店)が発売中

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cat_oa-flash_issue_81f44952f689 oa-flash_0_ac0f18b26862_岡村隆史、新川優愛の結婚から「ナチュラルな誘い方」学ぶ ac0f18b26862

岡村隆史、新川優愛の結婚から「ナチュラルな誘い方」学ぶ

2019年8月19日 11:00 Smart FLASH[光文社週刊誌]


 

 8月16日放送の『ナインティナイン岡村隆史のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で、岡村隆史が、ロケバスの運転手の男性と結婚した新川優愛について語った。

 

【関連記事:岡村隆史が暴露、中居正広のケンカを石橋貴明が仲裁した過去】

 

 岡村は、相手の男性について「指原に教えてもらってん」と、番組収録で会った指原莉乃から情報をゲット。バラエティ番組の運転手ではなく、「ファッション誌やったり、写真集やったり、雑誌系のロケバス。おしゃれなほう」と明かす。

 

「よく中川家がマネするようなロケバスの運転手さんとはちゃいます」と笑い、「新川さんの方から声かけるってことはやっぱ、おしゃれ系やってことやねん」と話した。

 

 指原から「私、その人の写真持ってるんです。収録終わったら、見せてあげます」と言われたが、岡村は「そのまま忘れて帰ってもうてん。俺だけ居残りでコメント撮り直しさせられてたから、その顔を見せてもらわれへんかったんや」と残念がった。

 

 岡村は、一般男性が女性芸能人と結婚するためには「ナチュラルに接して、気を使わせないようにしないとダメ」と持論を展開。

 

 岡村はいまだに「芸能人としゃべったり、『ごはん行こうか』って誘うと、やっぱビビる」という。「抑えようとすればするほど、出てしまうっていう悲しい性」と自分が度胸を持てないことを反省していた。

 

 新川はこれまでNON STYLEの井上裕介のファンだと公言してきた。だが、8月13日放送の『アッパレやってまーす!』(MBSラジオ)で、陣内智則が「マネジャーさんが『それは絶対言ったらダメ』って「井上を好きって公言NG」が出たらしい」と発言していた。

 

 新川は8月11日におこなった結婚会見で「ロケバスにわざと忘れ物をして相手との会話作りをした」と噂になっていることを「ほぼ、あってる」と認め、「『忘れ物しちゃったんです?』と声をかけたのですが、実際は忘れ物をしていない。作戦でウソをつきましたね」と「うそつき婚」と命名した。相手については「人への接し方がすてきな人」と人柄に惹かれたことを明かしていた。

 

 同居はしているが、婚姻届の提出は「近日中です」と明かしている新川。末永い幸せを祈りたい。

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cat_oa-flash_issue_81f44952f689 oa-flash_0_56f38dda6f2a_3位に終わった「渋野日向子」怒涛のお菓子注入で頑張れ~ 56f38dda6f2a

3位に終わった「渋野日向子」怒涛のお菓子注入で頑張れ~

2019年8月19日 08:40 Smart FLASH[光文社週刊誌]

5月の帰省時にも駄菓子屋へ

 

 8月18日、女子ゴルフのNEC軽井沢72トーナメントが終了した。全英オープンでメジャー制覇した渋野日向子選手は、惜しくも優勝を逃し、3位にとどまった。

 

 試合後の会見では、「最後の最後で台無しにしてしまったのがちょっと悔しいです。ほんとに情けないなと思います。しっかり今日も、攻めの、自分のプレイができていたので、これからもそのプレイをできるように。皆さんに楽しんでもらえるようなプレイができるように頑張ります」と語っていた。

 

 

 42年ぶりのメジャー制覇をはたした渋野は、国内外で人気沸騰中。思い切りのいいプレースタイルと無邪気な笑顔でお茶の間を虜にし、海外メディアからは「スマイルシンデレラ」と称賛されている。

 

 そんな渋野が、笑顔とともに話題になったのは、試合の休憩中にお菓子を食べる姿だ。全英オープン優勝後の会見では「お菓子をいっぱい食べたい」と話し、渋野が食べていた駄菓子「タラタラしてんじゃね~よ」は各地で売り切れが続出した。

 

 8月18日放送の『ジャンクSPORTS』(フジテレビ系)では、「プレー中に食べたいお菓子ベスト3」を聞かれ、「グミ。クッキーはパサパサするから(ダメ)。あと昆布とビーフジャーキーと……。いや、3つ選べないです」と困り顔に。番組から忍者メシグミを差し入れされると、「私、これいつも食べてます! 全英(オープン)のときも食べてました」と満面の笑みを浮かべていた。

 

 だが、注目を浴びすぎて、「タラタラしてんじゃね~よ」は封印したという。

 8月16日の会見で「タラタラしてんじゃね~よ」について、「あれだけ取り上げられると食べづらいじゃないですか。コースには持ってきてないです。今日は『ハイチュウ』食べました。あんまり食べるとシャッター押されるから、好きなときに食べられなくて、おなかすいて困っちゃいますね。我慢できなくなったら食べます」と答えていた。

 

 実際、今回の軽井沢トーナメントでは、「激辛焼きかまソーメン」という、魚肉のすり身に唐辛子などを混ぜた細長い駄菓子を食べる姿が目撃されていた。

 

 そんな渋野のお菓子好きは筋金入りで、昔から地元の駄菓子屋さんにもよく通っていた。地元の駄菓子屋の店主・坪井広美さんが、本誌取材に対し、小学校時代の渋野の素顔を語ってくれた。

 

「健康的で、昔からいい笑顔しとったよ。お母さんから『笑顔が大事』って育てられたみたい。あと、会見でもきちんと話して対応できている。頭がいいんよ。それに物おじしない、無邪気な子やね。あんなに試合で1位や2位を争ってるとき、普通は笑顔なんて出せないし、お菓子も食べられないでしょ。並大抵のことじゃない。

 

 小さいときからゴルフして、ソフトボールもして、遊ぶ間もなかったと思うよ。おもしろかったのは、小学校3年か4年のときに、東京に行ったことを話してくれて。『東京は人がいっぱいだし、行くところじゃない。岡山がええ』って(笑)」

 

 全英オープンから3週連続で大会に出場していた渋野だが、次週は欠場し、地元・岡山で静養するという。怒涛の日々を乗り越えた今、地元でお菓子を食べながら、しばしのんびりしてほしい。

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名経営者は「焼け跡」で何をしたのか/サントリー

2019年8月19日 06:00 Smart FLASH[光文社週刊誌]

トリスバーの看板

 

 終戦直後の大阪は、いたるところ瓦礫の焼け野原だった。1945年3月13日の大空襲では、274機のB29が計173トンの焼夷弾を投下、4000人近い死者が出ている。

 

 戦前から「赤玉ポートワイン」や初の国産ウイスキー「サントリーウイスキー白札」を発売していた寿屋(現サントリー)も、主力の大阪工場は灰燼に帰し、この火災で社長の鳥井信治郎(当時66)も顔面に火傷を負っていた。

 

【関連記事:名経営者は「焼け跡」で何をしたのか/パナソニック】

 

 だが、持ち前の元気は衰えず、逆に「これから日本はよくなりまっせ」と社員を激励、再興に向けてエネルギッシュに走り回っていた。

 

 鳥井は進駐軍にもサントリーウイスキーを1本下げて「これを買うておくんなはれ」と売り込みに行っている。

 

 これを機に同社はウイスキーを進駐軍に正式に納入するようになり、納入品を飲めない若い米兵は寿屋本社に押しかけ、「サントリーを飲ませろ」と騒ぐほどだった。

 

 焼け跡の街では密造の「カストリ」や「バクダン」といった粗悪な酒が出回っていた。「安価でもきちんとしたウイスキーを提供できないか」。それが1946年4月の「トリスウイスキー」の発売につながった。

 

 このころから、サラリーマンが気楽に飲めるスタンドバー「トリスバー」が全国に普及しはじめる。まだ海外旅行が高嶺の花だった1961年には「トリスを飲んでハワイへ行こう」というキャンペーンも展開された。

 

 その後、高度成長とともに、鳥井が戦前から夢見たウイスキーの時代が本格的に開かれていく。

 

「やってみなはれ」

 

 自らの言葉を、鳥井は焼け跡の大阪で自ら実践してみせ、成功を遂げたのだ。

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