もし、あなたが働く会社で多くの外国人が働いていたら、より良いコミュニケーションを取るために、どんな取り組みを検討するだろうか?
英語を共通言語にしたり、または日本人社員に英語、外国人社員に日本語のクラスを用意したりする企業もある。
外国出身のエンジニアらが多く在籍するフリマアプリ大手の「メルカリ」では、ある新しい取り組みを試みている。
日本人、外国人スタッフがお互いに「やさしい」言葉でコミュニケーションを取る、「やさしい日本語」と「やさしい英語」だ。
コミュニケーションの「歩み寄り」が必要な理由
メルカリグループでは、エンジニアの3割が外国出身という。スキルの高さを買われて外国から採用されるエンジニアらも多く、メルカリに在籍する外国人スタッフの日本語習得レベルはバラバラだ。
ビジネスレベルの日本語が話せる人もいれば、仕事のことを話すのは難しい日常会話レベル、または初歩レベルの人もいる。
一方で、日本語スタッフも全員が仕事に使えるレベルの英語を流暢に話せるわけではない。
そこで、登場したのが「やさしいコミュニケーション」なのだ。
「やさしい日本語」は日本語学習者、「やさしい英語」は英語学習者に、それぞれ理解しやすいように、やさしい単語や言い回しを使った書き方・話し方だ。
お互いの言語レベルに合わせて「歩み寄る」、それが鍵だという。
「やさしいコミュニケーション」って?
それでは具体的に「やさしいコミュニケーション」とはどのようなことを指すのだろうか。
それを知るために、メルカリのオフィスで社員向けに開かれたセミナーを訪れた。
やさしいコミュニケーションのセミナーの様子
メルカリでは通訳・翻訳スタッフが社員として在籍し、会議の通訳や資料の翻訳などをサポートするほか、日本語や英語の教師がオリジナル学習プログラムの開発から指導までを担当している。
そして、他社とは違うユニークな取り組みが、外国人スタッフが多いチームから優先的に実施している、「やさしいコミュニケーション」のセミナーだ。
この日は、チームの6、7割が外国出身というAIチームが受講した。
AIチームはインド、フランス、中国など様々な国出身のエンジニアらによって構成され、外国人社員の日本語習得レベルも、日本人社員の英語習得レベルもまちまちだ。
だからこそ、会議や仕事中の会話やメールでも、相手の語学レベルに歩み寄ってコミュニケーションを取る必要があるという。
同社で日本語・やさしい日本語トレーナーを務めるウィルソン雅代さんは、やさしいコミュニケーションについてこう説明した。
「やさしい日本語とやさしい英語とは、コミュニケーションを取る上でのベストプラクティス、つまり相手に最も分かりやすく伝わる方法を考え、実践することです」
「日本語であれば、短くはっきり最後まで言い、あいまいな表現を使わない。英語であれば難しいイディオムを使わずに、より分かりやすい単語を使ってゆっくり話すなどが重要です」
「何が難しい?」互いを知るきっかけに
ウィルソンさんの「日本語学習者にとって何が難しいか?」という質問には、外国出身の社員から「漢字」「オノマトペ」などの答えが飛んだ。
「オノマトペ」とは、「こそこそ」「ばらばら」など、状況や音を表した、擬態語、擬音語だ。多く存在し、日本語では日常的に会話の中で使われるが、学習者にとってはなかなかイメージが掴めず覚えるのが難しいという。
一方で、英語学習者は「話す速さ」「言葉と言葉を繋ぐ発音」などに難しさを感じていた。
毎日一緒に仕事をしているチーム内でも、会話やメールにおいてお互いが難しいと思っていることを共有する機会は、なかなかない。それを知るだけでも、その点に気をつけてコミュニケーションを図ることができる。
この日のセミナーは昼食を兼ねた1時間半。短時間で学べるように要点を絞って説明がされ、練習問題やグループワークでの実践をした。
グループワークのトピックは「Teaが何か知らない人に、やさしい日本語・やさしいい英語で作り方を説明する」と「社内イベントを、やさしいコミュニケーションで話し合って企画する」の2つ。
「Tea」と一言に言っても、出身国やその文化が違えば「緑茶」「紅茶」「チャイティー」など想像するもの自体も違う。やさしい言葉を使い、相手のバックグラウンドなども想像した上での説明作りに、メンバーは苦戦した。
セミナーの締めくくりとしてAIチームは「ゆっくり話す」「理解できない時に相手が質問しやすいようにフレンドリーな雰囲気で」などを、今後、仕事をする上でのコミュニケーションのルールに設定した。
セミナーを終え、20代の女性スタッフはこう振り返る。
「外国出身のメンバーと話す時、今まで気づかないうちに、理解しにくいオノマトペを使ったり、遠回しな言い方をしていたと気づきました。気をつけてコミュニケーションを取って行きたいと思います」
ゼロからの独自のセミナー作り
やさしいコミュニケーションのセミナーの様子
やさしい日本語の社内セミナーは、ウィルソンさんがメルカリ入社前から興味を持ち、抱いていた構想だった。
ウィルソンさんは2018年夏に日本語トレーナーとしてメルカリに入社。入社後に本格的にセミナー内容開発に取り組み始めた。ウィルソンさんはその難しさについてこう語る。
「まずモデルがなかったので、難しいことばかりでした。ゼロからプランを作るところからでした。プランを作っては改善の繰り返しで、今も研修をやりながら改善を重ねています」
現在、日本では、医療現場や役所などでのやさしい日本語の必要性から、各所でセミナーや勉強会が実施されている。しかし、大企業での社内独自セミナーは前例がない。
ウィルソンさん自身も、やさしい日本語の指導員になるために3カ月ほど講座を受け、ビジネスの場で使えるセミナー内容を独自に確立している最中だ。
昨年冬に、やさしい日本語の小規模なセミナーを開始。講座を受けた人たちからは「こういうコミュニケーションの取り方があるんだ」「新鮮」という反応があったという。
その後、社内での会話が英語でなされることもあることから「どっちも必要」と、やさしい日本語にやさしい英語も講座に加え、今年の7月ごろから本格的にセミナーを実施している。
ウィルソンさんは社内でのやさしいコミュニケーションの広がりについてこう語る。
「色んな国や文化の人たちが働いているメルカリらしい動きです。メルカリの文化になってきていると思います」
今後の目標は、このセミナーを社員全員に受けてもらうことだ。「どう継続して、どう浸透させていくか」が課題という。
「お互いの言語の理解度に合わせて」
セミナーで社員に話しかけるウィルソンさん
語学プログラムのマネージャーを務めるマーク・アンダーソンさんは「コミュニケーションは常に双方向プロセス」と、相手を慮るコミュニケーションの大切さを指摘し、こう話す。
「日本人の場合、自分の英語力が足りないと自信がなかったりします。しかし、お互いの言語の理解度に合わせて、相手が自分の言っていることを理解することに責任を持ち、コミュニケーションを取れたら良いですね」
ウィルソンさんも「ネイティブレベルの言語を話せなくても、コミュニケーションを取ることができるということを知ってほしい。それは英語でも日本語でも一緒」と語る。
「日本に来た人は日本語を話すべきというような考えを持っている人も多いです。(外国人が増えている中で)歩み寄りの考え方がスタンダードになればいいなと思います」(ウィルソンさん)
同社では、多様な文化や宗教を持つ社員がいることから、言語の他にも、イスラム教やハラルフードについて学ぶセミナーなど、異文化コミュニケーション・無意識バイアス研修を実施している。