風疹の感染者が全国に広がっている。第49週(12月9日まで)の累積報告数は2586人となった。流行年だった2012年の同時期を超え、2013年の大流行の年に次ぐペースで増え続けている。
厚生労働省は12月11日、予防接種を一度も受ける機会がなく、流行の中心となっている39〜56歳の男性を、予防接種法に基づく定期接種の対象にすることを発表した。2019年から、免疫があるか調べる抗体検査やワクチンの接種費用を公費で賄う。
それにしても、なぜ39歳から56歳の男性はワクチンで守られなかったのだろうか。また、他の世代の免疫はどうなのか。
風疹の流行状況を注視している国立感染症研究、感染症疫学センター第三室長・多屋馨子さん
感染症の動向を監視し、予防に活かす分析をしている国立感染症研究所、感染症疫学センター第三室、室長の多屋馨子さんに、これまでのデータで見えてきた風疹の流行の特徴と今、なすべき対策を伺った。
ワクチン接種の機会が与えられてこなかった39〜56歳男性
ーー今回の風疹の流行、過去の予防接種政策が原因と言っていいのでしょうか。今回の流行は予測された事態ですか?
風疹の予防接種の制度は、これだけ変遷し、それが今の感染症状況に大きく影響している
「なぜ今までこれをやってこなかったのかと、過去の政策を批判しても仕方ありません。受験間近に、受験生に、『なぜ勉強してこなかったの!』と言っても、やる気が起きないのと同じですね。それよりは、過去を分析して、今、やれることをやろうよという提案をした方がずっと建設的です」
「その上で、今期の感染症報告を毎週地道に追ってきた立場から言うと、おかしいことが起きていると気づいたのは30週(7月23日〜29日)のグラフでした。それまで数人程度だった風疹が、急に19人になっていたんです。すぐに厚労省に連絡し、緊急情報を公表しました」
それまで数人のペースであったのが、30週で急に19人が報告され、その後は急激に増え続けた
ーー感染症の流行を分析する時は、データのどの部分に注目するのですか?
「疫学で注目する3要素として、時・人・場所があります。まず、おかしいと思った30週という『時』があり、増えている『人』の内訳を見ると、男の人が多い、全員成人とわかりました。現状では20歳以上が96%を占めます」
「1962年(昭和37年)生まれより上、つまり現在56歳以上の人はそもそもワクチンがなかった世代です。既に風疹にかかった人が多いため、今回の流行ではほとんどかかっていません」
男性の風疹報告者数。その世代が受けてきた予防接種政策が、2018年時点の感染者数を左右していることがはっきりとわかる
「次に、1962年(昭和37年)4月2日から1979年(昭和54年)4月1日までに生まれ、現在39歳から56歳までの男性は、風疹ワクチンの定期接種対象ではなく、接種する機会がなかった人です。グラフを見ると、一番多く患者がいる層だということがわかります」
2018年の年齢別患者報告数(男性)。30〜50代の報告が多い
ーー同じ世代の女性はほとんど感染者がいませんね。
「この世代の女性は、中学で1回、集団接種が行われたため、接種率が非常に高いのです。ワクチン効果に守られてほとんど患者がいませんね。女性だけが予防接種の対象になったので、男女で明らかな差がついています」
2018年の年齢別風疹患者報告数(女性)
「28歳から39歳までの男女は1回だけ保護者同伴で医療機関に行って受ける個別接種となりました。この世代が今、どうなっているかを見ると、男性はワクチンを接種する機会がなかったその前の世代より報告数は少なくなっていますが、女性は集団接種から個別接種に切り替わった世代なので、少し報告数が増えています」
「中学生は部活もあるでしょうし、塾にも通う世代で、医療機関が開いている時間に保護者同伴でワクチンを受けにいくのが難しく、接種率が一時かなり下がりました。接種率が1割を切った地域もあるほどです」
「2000年前後に、このままだと将来大変なことになると小児科関連の学会では、問題になっていました。そこで厚生労働省は、2001年から03年にかけて、1979年(昭和54年)4月2日生まれから1986年(昭和61年)10月1日生まれまででまだ接種していない人は、年齢に関係なく定期接種として自己負担なく受けられるキャッチアップ制度を作りました」
「その後、2008年4月から、28歳から下の世代は男女共2回接種となりました」
対象者に伝わっているか、受けやすい制度になっているか
ーー受けてもらうために、どのような努力をしてきたのでしょう。
「2008年度から12年度にかけて、保護者同伴の要件が緩和されたのです。保護者の事前のサインが予診票にあれば、本人だけで接種を受けに行くことが可能となりました」
「現在18歳から28歳の10学年については、中学1年生か高校3年生相当年齢での接種だったので、学校での呼びかけを徹底してもらって、受けていない人には個別に呼びかけるようにしたら、かなり接種率が上がりました。中学1年生は全国平均で80%台後半、高校3年生相当年齢の人は全国平均で約80%の接種率でした」
「さらに、現在は小学校入学前に2回接種となっていますが、1回目の接種は95%以上が続いています。2回目の接種率は93%ぐらいまで達成しています」
ーー直接の呼びかけは効果があるのですね。チャンスを逃した人が後から受けられるようにするキャッチアップ制度の効果はどうだったのでしょうか?
「残念ながらこのキャッチアップ制度はほとんど使われませんでした。制度ができても、対象者に伝わらなければ意味がありませんし、対象者が受けやすい環境が整っていないと意味がないことがわかったことが教訓です。予防接種制度を作る時は、以下の二つのことを考えないといけないことがわかりました」対象者に必ずその制度について伝わるようにすること
対象者が受けやすい環境が整えられていること
「今、流行の中心となっている30〜50代の男性の多くは仕事をしています。その人たち本人に聞いてみたいです。どうしたらあなたたちは受けやすいですか?と。2013年に流行した時も、風疹に免疫があるか測る抗体検査事業を国は行いました。妊婦さんの夫は、国や自治体の助成で検査を受けられるようにしたのです」
「ただ、これは抗体価がどうなのかを調べるだけで、低かったら予防接種を受けるというところまで徹底されていませんでした。その結果がこのグラフです」
年度ごとの生まれ年別の抗体保有率の推移。現在、流行の中心となっている39〜56歳の男性は、抗体検査事業では全く抗体保有率が上がっていない
「結局、予防接種を受けていない30〜50代の男性は、風疹に対する免疫である抗体保有率が80%のまま何も変わりませんでした。この教訓は、これからの対策に活かす必要があります。抗体検査だけでは、不十分だということです。抗体価が低ければ、ワクチンを確実に受けるような環境を整えないと意味がないことがわかりました」
関東5都県から全国に拡大
ーーもう一つ、注目しているという「場所」についてです。当初は関東地方のみの流行でしたが、広がりつつありますね。
感染症発生動向調査(2018年12月12日現在)より、都道府県別の風疹報告。当初の首都圏だけでなく、大阪や福岡なども多くなり、全国に患者が広がっている
「最初は首都圏のみでしたが、徐々に九州、関西にも広がり、12月半ば現在、全国で報告がないのは2県だけになりました。特に多いのは、首都圏と愛知、大阪、福岡ですが、これから年末年始の大移動が始まれば、全ての地域で感染を警戒しなければならないでしょう」
流行を食い止めるために何をすべきか 画期的な30〜50代への対策
ーー過去の教訓を踏まえて、流行が始まっている今、食い止めるために何をすべきなのでしょうか?
「2012〜13年の流行時も同じことが必要だったのですが、特に抗体保有率が低い1962年〜78年度生まれの男性にワクチンを徹底してもらうしかないのです。それが前回の流行から5年間、できていなかったので、今回また流行が起きているわけです」
男女別の年齢ごとの風疹患者報告数(棒グラフ)と抗体保有率(折れ線グラフ)。抗体保有率が8割を切る40代は特に患者報告数が多い。
ーー政府はこの世代を定期接種とすることを決めましたが、これで解決するのでしょうか?
「定期接種にしただけでは不十分で、対象者が確実に受ける仕組みを作らなければいけません。30〜50代を定期接種にするという経験は、今までおそらくありません。史上初めての試みを成功させるために、知恵を絞らなくてはなりません」
ーー今回の流行、感染者のほとんどが働いている世代ですから、企業の協力が不可欠だと思われますが。抗体検査を健康診断の項目に入れることはどうでしょう。
今回の流行で報告された感染者の多くは会社員。これ以上感染を広げないための対策には企業の協力が不可欠だ
「健康診断の一項目とするとしても、自分で選ばせるのではなく、必ず調べる項目にしなければなりません。さらに、もし抗体価が低ければ、必ずワクチンを受けるような仕組みにしなければなりません」
「会社が予防接種を社員に勧めるようにするならば、会社が結果を把握しなければなりません。抗体価が低い社員に予防接種を促して、接種証明書を提出していただくぐらいのことをしなければ、抗体保有率はあげられないのかもしれません」
「さらに、予防接種を受けてくださいと言っても、仕事があったら無理ですね。受けるために休むことができたり、勤務時間中にワクチンを受けに行けたり、休日や勤務終了後の時間帯に受けられるようにしなければ難しいでしょう」
妊婦の自己防衛をどうするか?
ーー風疹は妊娠初期の妊婦がかかると、赤ちゃんの目や耳や心臓に障害が残る「先天性風疹症候群(CRS)」が怖いです。日本産婦人科医会などは、とにかく妊婦さんが自己防衛をするように呼びかけています。
「はい。もう流行は始まっていますし、今、妊娠出産年齢の20代から40代前半の女性は抗体価が低い人が20%ぐらいいます。中学の時に保護者同伴で医療機関に行かないと受けられなかった世代や、高校3年相当年齢と中学1年の時に個別接種で2回目のワクチンを受けた世代なので、接種率が低かったことが響いています」
妊娠1か月で感染すると50%以上の赤ちゃんが、2か月だと35 %が、3か月だと18%が先天性風疹症候群になる可能性がある
先天性風疹症候群の主な症状。妊婦に感染させるのはどうしても避けたい
「今は妊娠10〜12週で抗体検査を受けて、14〜15週で結果が出ることが多いのですが、先天性風疹症候群になる危険が高いのは妊娠20週ぐらいまでの感染ですから、わかった時にはほとんどその期間は終わっているんです。妊娠かなと思ったらすぐ検査を受けてほしいですし、妊娠を考えている人は妊娠前に検査を受けてほしい」
多くの自治体では、妊娠を考えている夫婦の風疹抗体検査やワクチンの費用助成を行なっている。お住いの自治体の名前と風疹、成人というキーワードで検索してほしい
「そして抗体価が低ければ、妊娠前なら是非、カップルでワクチンを受けてほしいです。妊娠中でしたらワクチンは受けられないので、家族にすぐにワクチンを受けてもらい、人が多く集まるところに出かけるのは避けて、職場に事情を話して20週ぐらいまでは仕事を休ませてもらうなどしか対策はありません」
ーーワクチン接種を呼びかけてきましたが、明るい兆しは見えませんか?
「7月の終わりから感染が広がり始めて、5か月たっても収束する気配は見られません。定期接種の子供たちが全員受けたとしても、50万〜60万人分は任意接種の人の分として残っていて、流行の中心である7都府県に優先して配分されていると聞いています」
「今後、ワクチンも増産されるでしょうし、今やれる全てをやりましょうよと呼びかけたいです。2012〜2013年の流行では、流行のピークから半年ぐらいしてからCRSの報告がありましたが、妊婦さんは万が一、感染したとしてもそれだけを理由に赤ちゃんを諦めないでほしいです」
「必ずしも100%の赤ちゃんに影響が出て、CRSになるわけではないのです。ぜひ、かかりつけの産婦人科医の先生から、全国に18か所ある各地区ブロック相談窓口の産婦人科の先生に相談してください」
各地区ブロック相談窓口の一覧表
【風疹】淡く赤い発疹、発熱、首の周りのリンパ節が腫れるのが主な症状で、咳やくしゃみ、会話で飛び散るしぶきや直接の接触でうつる。ウイルスを吸い込んでから症状が出るまで2〜3週間かかり、症状がないうちから人に感染させる力を持つのも特徴。
妊娠20週ごろまでに感染すると、赤ちゃんの目や耳や心臓に障害が出る「先天性風疹症候群(CRS)」をもたらす可能性がある。2012〜13年の流行時には、45人のCRSの赤ちゃんが生まれた。