クラウド会計freeeの佐々木大輔社長。同社は3月初頭から全社員テレワークに切り替えたが、1カ月余りで見えてきたことがある。写真は2019年12月撮影。
撮影:今村拓馬
新型コロナウイルスの感染拡大で、政府は緊急事態宣言の対象地域を全国に拡大する方針を固め、すでに宣言下にある7都市の企業に対しては出勤者を7割減らすよう求めるなど、在宅勤務の流れはますます強まっている。
これを機に初めて本格的なテレワークに踏み切る企業も少なくない中、顔を合わせない職場でいかに円滑なコミュニケーションを取っていくかは、大きなテーマだ。
日本企業の99.7%を占める中小企業を対象に、クラウド会計サービスを提供するfreeeは、3月から全社的な在宅勤務に切り替えている。「テレワークは信頼貯金を使うことになる」と話す佐々木大輔社長に、その対策と、withコロナ時代の働き方について聞いた。
「信頼関係の貯金」の有無でテレワークの負担が変わる
インタビューはテレワーク中の佐々木社長に、やはりテレワーク中の記者がオンラインで実施した。
撮影:滝川麻衣子
freeeは3月2日から全社リモートワーク(テレワーク)を続けています。すでに1カ月以上が経っていますが、リモートワークでの業務はそれまでの「信頼関係の貯金」を使ってやることになるので、時間が経過するに連れて、やはり疲弊していく面はあります。
(社内から)「リモートワークは寂しい」「うまく気持ちを表現できない」といった声は生じています。とくに新入社員など新たなメンバーとチームを構築するのは(それまでの信頼貯金部分がないため)やりづらい面があるのも事実です。
新型コロナウイルス感染拡大は国難レベルだと捉え、早くに全社リモートに切り替えました。こうした危機の下でも業務を続けていくためには、必要なことだと考えたからです。
とはいえ普段は、完全リモートワークを推奨はしていません。会社は信頼関係を築きながら回していくことが必要で、完全リモートではそれが難しい。長期的に続けていくことではないと考えています。
そんな中で1カ月あまりやってみて、今は「なんとか回せているよね」という状況です。
リモート切り替え環境:freeeでは社員に対しモニターやポケットWi-Fiなどレンタル費用を会社で負担。派遣社員についてもリモートワークできるよう派遣会社と交渉した。使用するツールはビジネスチャットのSlack・Workplace、営業面ではSalesforceで進捗管理。ビデオ会議はハングアウト。
信頼貯金を減らさないために雑談が重要な理由
Shutterstock
リモートワーク体制下での具体的な工夫としては、雑談だけが目的のミーティングを全社ルールにしたことです。業務の話だけをするのではなく、雑談をどう作っていくかは組織にとってかなり重要です。
リモートワークは自然と、「信頼貯金残高」をすり減らしていきます。話さない・表情が見えないことで、相手が今忙しいのか余裕があるのか分からない。それにより、仲間に協力要請することや相談・依頼することが自然と減る。さらに、何かトラブルが起きたりすると、信頼貯金はもっと減っていきます。
だからこそ、日頃から「雑談」というかたちでコミュニケーションを取っておくことで、仲間の今の状況、価値観や働き方を自然と理解することが必要です。貯金をまた少しずつ増やすためです。これによって自然と助けを求めやすくなるし、「あの人に相談してみよう!」といった連携のきっかけにもなる。
「雑談もするようにしてください」程度では、そうしたコミュニケーションが得意なチームはやりますが、やらないチームはどんどんやらなくなる。チームのカラーによって、かなりばらつきが生じます。なので、組織として雑談を「仕組み」で担保することにしました。それが、全社ルール化の背景です。
オンラインの方が質が上がる例も
freee提供
一方、ビデオ会議の方が都合のいいケースもあることが分かりました。全社会議や入社式など、ビデオ会議の方が発表者のクオリティーも高くなることが少なくない。参加者からすぐにコメントもつくので、コミュニケーションが活性化していると感じます。
だいたい最大で250人規模ぐらいのミーティングを実施していますが、ビデオ会議にしたことで、新しい関わり方が生まれているなと思います。
ミーティング自体の質もオンラインだと上がっています。(会議を主となって進める)ファシリテーションにしても「その場の空気を読んで決める」ということが、ビデオ会議だとできません。参加者も無言でいると、何も話が進まない。
より当事者意識を持って参加し、思い切りよくファシリテーションをすることになるので、会議としての健全性が高まるのではないでしょうか。
ハンコ文化、ペーパーレスが進まない背景
契約はメールで済ませられない、法律的な手続きにはハンコが必要など壁がある。
撮影:竹井俊晴
社会全体を見渡した時、リモートワークへの切り替えのボトルネックになっているのが「リモートワーク制度はあっても活用されていない」という、大企業の職場文化があると思います。
日本の企業社会で、とくに大企業の契約周りの事務手続きは、経営判断で圧倒的な差が出ています。
100万事業所を超えるfreeeのユーザーは、ほとんどが中小零細企業です。契約をメールで終えられず紙の提出を求められる、法律的な手続きにハンコ(実物の印鑑の押印)が必要など、取引先である大企業の社内規定が、中小企業にとってのリモートワークの壁になっているケースが散見されます。
調査を見れば、確かにリモートワーク制度を持っている大企業の割合は高いです。
調査: 2020年3月のパーソル総合研究所の調査では、従業員1万人以上の規模の企業では約4割にテレワークが推奨されているが、100人未満では7%台だった。
ただし、(これまでは)強制的な在宅勤務ではなく「原則、在宅勤務」とするなどの運用をしている会社がかなりあります。これによって、制度はあるけれど活用されずに、普段どおりのビジネスが回ってしまっているケースが相当あると思います。
実際、freeeは(インターネット上でサービスを提供する)SaaSのビジネスをする会社で、(前述の通り)現在は全社リモートワークに切り替えていますが、取引先がどうしても契約書に押印の提出を求めるケースがあるため、一部の社員は週に1回は、オフィスに行かざるを得ない事態が生じています。
一般的に中小企業にして見れば、発注元である大企業側から「提案に(オフィスまで)来て」と言われたら、行かざるを得ない。中小企業は断れません。仕事の受注を他に取られてしまう恐れがあるからです。(同業他社という)横を見て意思決定せざるをえない立場です。
そうやって、リモートワークに移行できない負のサイクルが生まれています。ですから、大企業側から、(発注先である)サプライヤーに「リモートでやりましょう」と提案することが必要ですよね。
発注者側のリテラシーも問われていると思います。
「コロナが終わってから」ではなく「今」変化を
デジタルを活用していくのか、あくまで接触にこだわり続けるのか。
撮影:竹井俊晴
日本の企業社会には今も、face to face(フェイス・トゥ・フェイス)至上主義というようなものがあります。テクノロジーへの苦手感もあるのか、ミーティングや会議のオンライン化も進んで来ませんでした。
けれども、発想を変えていく時が本格的に来たと思います。
いろんなことを「コロナが終わってからにしよう」と先送りするのでは、経済はストップしてしまう。リモートでできることはどんどんリモートにして、できるだけ普段の業務をやるべきです。デジタルによって働き方もサービスも、企業間取引も、抜本的に変わろうとしています。
1カ月以上、完全リモートにしてみて、個人的にはむしろ以前より忙しくなったと感じています。より集中した状態で業務を行うことになり、ミーティングも議論が増え、生産性が上がっています。
企業は今、こうした変化をどれだけ味方につけられるかが問われています。デジタルを活用して変化していくのか、あくまで接触にこだわり続けるのかの、分岐点にいる。
完全リモートの状態では、お互いにうまく仲間として呼びかけていくことが必要で、ふだんの仕事以上のコミュニケーションが求められるのは事実です。
とはいえ、リモートの状態でも、みんなの温度感が同じであれば、やっていける。こんな状況下でも、開き直って頑張っていこうという合意形成をいかに作れるか。そこにかかっているのではないでしょうか。
それは会社であっても、世の中全般であっても同じだと思います。
(聞き手、文・滝川麻衣子)