人手不足と好景気で転職志向がこれまでになく高まる中、「求人を押し付けられないオンライン相談」として、Twitterを中心に話題のサービスがある。
2018年9月に開始した「そうだんドットミー」だ。クチコミを通じて、ユーザーは1カ月で2000人を達成し、「日本人は相談にお金を払わない」との定説を、斬り崩そうとしている。
立ち上げたポジウィル社長、金井芽衣(28)は、リクルートキャリア時代に幾度も営業成績で表彰を経験、独立後は事業立ち上げ間もない中で投資家から資金調達を果たすなど、すご腕20代に見える。
ただ、これまでの道のりは、エリートコースを順調に歩むキラキラ起業家女子のストーリーを想像すると、少し違う。
子どもの頃から「存在する意味がない」
「高校時代、一学年240人中、成績は239番だったんです。しかもいつの間にか240番の人が退学していて、最下位に。勉強する気にもならず、やりたいこともなくて。大学進学は無理だな、とあきらめていました」
ポジウィルのオフィスにほど近い、渋谷の道玄坂で待ち合わせた金井は、よく動く瞳に笑みを含みながら、そう話し始めた。
「高校は地元群馬のそこそこの進学校で、憧れていた全国一のチアリーディング部があって。そこに入ったことで、ゴールを達成した気になっちゃたんです」
バスケ部で部長、目立つギャルグループにいながら成績は抜群、生徒会では副会長という”オールラウンド”な中学時代から、高校入学後は一転。
「一切勉強をしませんでした。数学のクラスは上中下、特下というのがあって、いつも特下でしたね」
部活こそ熱中したが、大半が有名国公立大を目指す学校で、一人浮いている気持ちだった。親は呆れて「そんな中途半端な気持ちなら、学費は出せない」。
高校時代、進路を決める頃には「やりたいことがあるわけでもなかった」という。(写真はイメージです)
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「やりたいことがあるわけでもないし。それなら別に大学はいいやと、北関東の保育短大に決めました。子どもの育つ環境には興味があったんです」
というのも、両親は小学1年生で離婚。数年後にはそれぞれに新しいパートナーもいた。
日々忙しい両親に「私が存在している意味ってあるのかなという虚無感があって。存在する意味がないと、子どもの頃からいつも思っていました」
ただ、進学を決めた短大の授業は、進学校のそれとは、あまりに違っていた。同級生たちは、講義中も化粧したりおしゃべりしたり、勉強をするために来ている人は少ないように感じた。
高校時代の女友達からは、「芽衣はそのまま早くに結婚して子ども産んで、地元でなんとなく暮らすんだろうね」と言われる。そういう彼女たちは、大学進学後は教員や商社勤務を目指していた。
「このままでいいんだっけ」。気持ちが沈み込んだ。
しかし、その短大の保育実習で、その後の人生に大きく関わる、ある光景に出くわす。
ママに会いたいと泣く傷だらけの子ども
「実習で訪れた児童養護施設で、出会った子どもたちのからだに火傷や傷があって。親から虐待を受けているのに、2歳の子どもがママに会いたい、迎えに来てほしいと泣くんです」
その光景に衝撃を受け、その場で自分の母親に、泣きながら電話した。黙って聞いていた母親は「現実を認識したのであれば、これからの人生で努力するしかない」とだけ、言った。
その時に「自分の無力さを知りました」。
「両親の離婚もあって、自分はかわいそうな育ち方をしたと思っていたけれど、被害者意識も自分のエゴだったのだと」
その時から「社会に何か働きかけられる仕事をしたい」。強烈な気持ちが生まれた。まずは保育士と幼稚園教諭の資格を取ろうと、1日2〜3時間睡眠で猛勉強をした。
「家で勉強すると寝てしまうので、短大の教室に並べた椅子で仮眠を取りながら勉強しました」
それを見かけた学長から「キャリアカウンセリングの概念を学んでみてもいいかもね。いい教授がいるから行ってごらん」と、紹介されたのが法政大学キャリアデザイン学部。編入試験を受け、入学を果たした。
とはいえ、そこから綺麗な再生ストーリーが続いたわけでもない。初めての東京での大学生活が楽しすぎて、「遊び呆けてしまった」。
そのまま就活では「かわいい人が多かったという理由で大手航空会社のキャビンアテンダントになろうとした」金井に、編入のきっかけでもあったキャリア教育専門の女性教授は、こう投げかけた。
「あなたは一体、何のために編入したの?」
はたと思う。「本当にその通りだ」。自分は何をやろうとしていたのか。
転職エージェント「以前」のニーズ
そうだんドットミーはLINE登録で始まる、オンライン相談。人材エージェントのように求人案件を紹介されないので、フラットな相談が可能だ。
2018年、人材不足と景気回復で、転職市場は活況だ。
有効求人倍率は1.63倍(8月)と、高度経済成長期以来の水準を維持し続けている。ただ、だからこそ悩む人も多い。
「転職エージェントに登録すれば大量に求人がくるけれど、それ以前にどうすればいいのか迷うという声であふれています」と、金井は言う。
そんな中、2018年9月6日にサービスを開始した「そうだんドットミー」は、転職・キャリアに特化した相談プラットフォームだ。「転職すべきかどうか」「どの業界に行くべきか」など、「エージェントに行く前段階」の悩みの受け皿を目指している。キャリア相談サービスにありがちな、求人情報の売り込みは一切、ない。
■そうだんドットミーを使う流れ
・LINEでそうだんドットミーを友達登録する。
・LINEの画面上で、相談申し込みフォームに入力。
・外資系トップセールスやキャリアエージェント出身者ら70人のアドバイザーが待機。
・相談者の悩みの内容からマッチングされ、希望の時間帯にオンラインツール「Zoom」を使って相談ができる。
・価格は現在、30分4980円、60分9800円。
決して安くはない。だが、「量を集めるよりも、ユーザーが何に課題を抱いているか徹底的に検証し、プラットフォームの基盤を固めたい」と考え、本気の相談者が集まる場にしている。Twitterを中心に、広告なしの口コミで拡散。登録者を異例のスピードで増やし、年明けにはWEB版をリリース予定。2019年上期には登録者1万人規模を目指す。
アドバイザーは全員、金井が面接をして選んでいる。10月現在では相談者の7割は男性で、転職の相談が多い。使ってみた人が感想を書いたブログや、家族や友人に勧めたりといったことからユーザーが広まっているという。
「ちょっといいマッサージやネイルサロンに行く感覚で、相談できる。将来的には“相談版のメルカリ”のようにしたい」と、金井はイメージを語る。
着想から2週間でサービス完成
転職市場は今、活況だが、転職前の相談の受け皿は意外と少ない。
現在、ユーザーは2000人。「メルカリ」は遥かな目標にも思えるが、これまでもやると決めたら行動は早かった。
就活では「人と向き合うことから逃げたくない」と、最終的には人材系に絞った。就活時の2011年はリーマン・ショック、東日本大震災を経て「いばらの道」と言われたが、人材系6社から内定を獲得。第一希望の会社の社員が通うバーでバイトをし、150人近くにOBOG訪問をかけ、分析ノートを作成した。
リクルートキャリア入社後は、「一番厳しいところに行かせてほしい」と頼み込んで大阪配属に。入社初年はまったく結果を出せず、ストレスで夜は眠れなくなり、顔はニキビだらけ、体重は10キロの増減を繰り返したことも。しかし、営業先の会社のニーズを分析して売り方を変え、2年目下期には、対前年比で数倍の売り上げを達成する。
「20代のうちに事業をやる」と、入社4年目の2017年には独立。現在の社員4人は主にTwitterで声を掛けて集め、こまめに足を運んだベンチャーキャピタル(VC)から、サービスの構想段階で出資を受ける。そうだんドットミーは着想から2週間でサービス完成というスピード感だ。
「地区大会で優勝するのも、オリンピックで金メダルとるのも、どちらも苦しい努力がいる。せっかく辛いなら、とことんやりたいな、と」
「どうせやるなら、徹底的にやりたい」という金井芽衣さん。
インタビューを終え、渋谷の雑踏の中を歩きながら、そうだんドットミーによって「何を目指しているのか」について、金井はこう答えた。
「悩みから解放されて、自分のことをちょっとでも好きになって、笑っている人を増やしたい」
その時、脳裏にあるのは、傷だらけでも親を求めていた児童養護施設の子どもたち。
「社会ももう少しだけ生きやすくなり、苦しむ大人の身勝手さから傷つけられる子どもが減ることを、願っています」
あの保育実習の日から、道はずっと、つながっている。 (敬称略)
(文・滝川麻衣子、写真・今村拓馬)