企業などの不正を内部通報した人を保護する、改正公益通報者保護法が6月8日、成立した。通報窓口の担当者等に罰則つきの守秘義務を課すことなどを柱とするもので、2022年6月までに施行される。
近年、内部通報によって事業者の不祥事が明るみに出るケースが後を絶たず、制度が広く知られるようになった。その一方で、通報者の不利益処分に関する問題も少なからず発生している。
直近でも、山口県田布施町の職員が固定資産税の徴収ミスを内部告発したところ、2年間で3度の異動を命じられた上、2020年4月に新設された1人だけの部署に異動させたことが報じられた。
公益通報者保護法は2004年に制定されて以来、内容面での改正が一度も行われておらず、安心して通報できる仕組みが不十分との声があるなど、早期の法改正が急務だった。
今回の改正で、公益通報者保護法はどのように変わったのか。
●待望の改正法だが…「通報者にとって保護が大幅に強化されたとはいえない」
内部通報制度に詳しい大森景一弁護士によれば、公益通報者保護法は施行から5年を目処として見直されることが予定されていたという。
「本来は公益性の高い通報をおこなった通報者を保護することを目的とする法律です。しかし、成立当時は反対意見も強かったこともあり、通報者に対する保護は必ずしも十分ではなく、見直しを前提に成立しました」
ただ、見直しについても意見の対立が激しく、改正案のとりまとめは難航。制定から15年以上経ってようやく今回改正されたというのが実情のようだ。
ずいぶんと待たされた改正法だが、どのような点が変わったのか。大森弁護士は主要な改正点として、以下の3点を挙げる。
・保護される通報者の範囲の拡大
・通報対応体制整備の義務づけ
・行政機関に対する通報が保護されるための要件の緩和
「もっとも、今回の改正も、裁判上は法改正がなくとも認められる可能性が高い範囲で通報者の保護を拡張したにとどまり、通報者にとっては、法的な観点からすると保護が大幅に強化されたとはいえません。
他方で、事業者側や行政機関にとっては、通報対応体制が法的義務とされたことで、対応を迫られることになります。反射的に、通報者がより保護されるようになる面はあるでしょう」
大森弁護士は、「通報をするインセンティブは働かず、不正の是正のためのシステムとしては未だ不十分といわざるを得ない」と改正法の不十分な点を指摘する。
「今回の改正では、通報者の保護の強化は非常に限られたものにとどまり、違反に対する制裁や立証責任の緩和といった強力な手段については、今後の検討に委ねられました。
現状では、通報者が通報したために不利益な取扱いを受けたとしても、裁判での立証が難しかったり、経済的に見合わないなどの理由から、争うことを断念してしまうことが多いのが実情です。この点が大きく変わるとは考えられません。
事業者としては、不利益な取扱いをしても、制裁はなく、争われるリスクも低いということになるので、抑止力があまり働かないこととなります」
●脱税や公職選挙法違反に関する通報は保護の対象外
また、保護される通報の範囲についても懸念を示す。
「保護の対象となる通報は政令において列挙された法律の違反に限定されており、どの通報が保護されるのかの判断が極めて難しい上、脱税や公職選挙法違反、行政内部の手続違反などの重大な不正が含まれていません」(大森弁護士)
この点の改正も議論されたが、結局、法案には盛り込まれなかったという。
「先日も、山口県田布施町で固定資産税の徴収ミスを内部告発した職員が不利益取扱いを受けたと報道されましたが、このような通報は保護の対象外です。
近年、世の中を揺るがした内部告発事例であるエドワード・スノーデン氏の事件やパナマ文書事件などのような事案も対象外と考えられます。
また、今回、役員も保護の対象に含まれることになりましたが、組織内部で調査是正措置をとった場合でなければ保護されないこととされました。
日産のカルロス・ゴーン氏の事件のような事案では、役員であっても社内で調査是正措置をとることは事実上不可能でしょうから、改正法によっても保護を受けることは難しいことになります」
●「今から風通しのよい組織づくりを進めていくべき」
改正法により、事業者には通報対応体制整備が義務づけられた。この点について、大森弁護士は「施行までの間に内部通報体制を整備することが求められる」という。
「事業者は、形式的に義務を果たせばよいというわけではありません。
今回、行政機関に対する通報の保護の要件が緩和されたことによって、事業者は、自ら内部の不正を早期に把握して是正できなければ、行政機関に通報されるリスクが高まることになり、効果的な内部通報体制を構築することがより強く求められることになります。
組織の風土は一朝一夕に変わるものではありませんので、現在消費者庁が出している民間事業者向けガイドラインなどを参考に、より風通しのよい組織にしていくような見直しを今からでも進めていくべきでしょう」
また、大森弁護士は、「組織vs通報者」という構図ばかりではないと話す。
「公益通報の問題は、一見、組織と通報者が鋭く対立する問題のようにも思えます。しかし、実際には、組織内の特定の個人と通報者が対立しているにすぎない場合も多いのではないでしょうか。
組織の存続や発展を考えれば、その利害は必ずしも対立するものではなく、事業者としても通報者を保護することの意義を積極的に捉えていく必要があると思います」
【取材協力弁護士】
大森 景一(おおもり・けいいち)弁護士
平成17年弁護士登録。大阪弁護士会所属。同会公益通報者支援委員会委員など。
一般民事事件・刑事事件を広く取り扱うほか、内部通報制度の構築・運用などのコンプライアンス分野に力を入れ、内部通報の外部窓口なども担当している。著書に『逐条解説公益通報者保護法』(共著)など。
事務所名:安永一郎法律事務所
事務所URL:https://omori-law.com