人気作品『鬼滅の刃』のキャラクターが着ている羽織の柄が、商標出願されていたことがわかり、ネット上で困惑が広がっている。
出願されたのは、竈門炭治郎(かまどたんじろう)、竈門禰豆子(かまどねずこ)、我妻善逸(あがつまぜんいつ)、冨岡義勇(とみおかぎゆう)、胡蝶しのぶ(こちょうしのぶ)、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)ら、6人のキャラクターが着ている羽織の柄だ。
いずれも、版元の集英社が6月24日、商標出願していた。
特に、炭治郎の羽織の柄である市松模様や、禰豆子の羽織の柄である麻の葉模様は、一般的な着物にも使われる日本の伝統的な模様であることから、「着物では珍しくない古典的な柄なので困る」「コスプレやグッズを手作りできなくなるのでは」といった声があがった。
これらの柄を商標登録することは可能なのだろうか。また登録された場合、ファンにどのような影響があるのだろうか。岩永利彦弁護士に聞いた
●「柄」でも商標登録はできる
――こうした「柄」だけの商標登録は可能なのでしょうか?
たとえば、有名なデパート「伊勢丹」の紙袋などの「柄」を思い浮かべることができると思いますが、実は商標登録されています(第5241411号)。ですので、実例のように「柄」だけの商標でも登録できるのです。
――市松模様や麻の葉模様などの伝統的な柄でも登録可能なのでしょうか?
商標制度は、特許制度と異なり、従前から存在するものであっても登録できるようになっています。
これは商標制度が「新しいものをどんどん創作していきましょう」という特許制度とは異なり、ある商標を自身の商売で継続使用することによって、売り手の信用が溜まっていき、その信用を維持することによって、商標を目印にしてやってきた買い手までも保護しようとする制度だからです。
ですので、従前から存在する伝統的な柄であっても、その伝統的な柄を商標として使用したことによって売り手の信用が相当に高まっているような場合、つまり、その柄を見ただけで「あそこのあの商品だ!」と誰もがわかるような場合には、登録できるのです。
もちろん、伝統的な柄の場合は、柄の周知度合いにくらべて、柄と売り手との結びつきの度合いが問題となってきますから、どの程度売り手の信用が高まっているか、そこをきちんと吟味しなければならないので、商標登録のハードルが当然高くなります。
●「布地」は出願されていない
――もしもこれらの柄が登録された場合、これらの柄の布を作って販売することや、これらの柄の布を使ってファンがコスプレをしたり、グッズを作成したりすることは難しくなるのでしょうか?
特許もそうですが、産業財産権は、特許庁で「出願(申請)→審査→登録」というプロセスを経て権利が発生します。ですので、出願だけでいまだ登録されていないものについては、さほど注意しなくてもいいと思います。
では、仮に将来、登録された場合の話ですが、まずは何が権利範囲になるかが重要となってきます。出願情報を見ると、いずれも指定商品は次のようなものです
第9類:スマートフォン用カバーやコンピュータソフトウェア用アプリケーションなどの機械器具類
第14類:貴金属など
第16類:事務用品など
第18類:財布や傘や革製品など
第25類:被服・履物関係
第28類:おもちゃ関係など
商標制度は、すでに述べたとおり、商売における商標の使用による信用を保護する制度ですので、どの商品やサービスに商標を使用して商売するか、自己申告しておかないといけない制度なのです。
ですので、これらの指定商品を中心として、商標権の権利範囲が定まるのです。
そうすると、注目すべきは、第24類の織物(布地)などには出願していないことがわかります。一方、第25類の被服などには出願されています(布地と服は異なるものです。)。
ですので、出願人である集英社に直接聞いたわけではないので、わかりませんが、たとえば、布地を買ってきて自作のコスプレにするような場合には権利を及ぼすつもりはあまりないのでは?と思います。
しかし、それを超えて、自作したコスプレ衣装を売りに出したり、スマホケースなどにあつらえて売ったりすると、それはもはや商売と言え、商標権の範囲内となりうるので、そのような行為は難しくなると思います。
●登録まで時間がかかる
――ほかに注目すべきポイントはありますか?
話が戻りますが、今回のケースでは、漫画やアニメ内でのキャラが使用する羽織等の柄として、それぞれが有名となっていると思いますが、上記の指定商品、たとえば、第9類のスマートフォン用カバーなどとしてまで有名になっているとはとても思えません。
つまり、『鬼滅の刃』のあの衣装のデザインだとわかっても、集英社のスマホカバーだとなるほどの信用はいまだ高まっていないと思われます。
ですので、個人的には、現状では登録できないのではないかと思います。また、仮に登録できたとしても、審査での紆余曲折が予想されるため、相当先の話になるでしょう。ちなみに、「伊勢丹」の柄が登録されるまで、出願から2年以上の時間を要しております。
【取材協力弁護士】
岩永 利彦(いわなが・としひこ)弁護士
ネット等のIT系・ソフトウエアやモノ作り系の技術法務、知的財産権の問題に詳しい。メーカーでのエンジニア、法務・知財部での弁理士を経て、弁護士登録した理系弁護士。著書「知財実務のセオリー 増補版」及び「エンジニア・知財担当者のための 特許の取り方・守り方・活かし方 (Business Law Handbook)」好評発売中。
事務所名:岩永総合法律事務所
事務所URL:https://www.iwanagalaw.jp/