2010年8月に自殺したソニーの男性エンジニア(当時33)の遺族が、パワハラや退職強要が原因なのに労災が認められなかったとして、国に判断の取り消しを求めた訴訟は2月22日、東京高裁(甲斐哲彦裁判長)で控訴審判決があり、一審に続いて遺族が敗訴した。上告する予定だという。
一審は、一部暴言や退職強要を認めたものの、その心理的負荷が労災の認定基準に足りないとの判断。これに対し、今回の判決はそもそもの「退職強要があったと認めることはできない」というものだった。
認定基準を不当として争っていた遺族側は「裁判所は論点から逃げた」と憤った。
●自殺後、上司からのメール「もっと打たれ強いと思っていた」
男性は、大学院卒業後の2004年にソニー入社。左手のマヒによる軽度の身体障害(6級)、自閉症スペクトラムなどの障害があった。採用したソニーは男性を法定の雇用障害者の人数に含め、雇用調整金(毎年約2000〜3000万円)を受け取っていた(障害者雇用促進法)。
男性の父親は「自死直後に上司である部長から『もっと打たれ強いと思っていた』というメールがきた」「利かない手を使う仕事を提案されていた」などのエピソードを紹介し、「パワハラ、退職強要に耐えかねて自死したものだと確信している」と述べた。
●遺族側は「労災基準」を争点にしたが、高裁はそもそもの前提を否定
遺族側が問題視していたのは、労災の認定基準だ。男性は2010年6月に精神障害(適応障害)の診断を受けている(業務起因性は否定された)。一審判決は、その後の7〜8月にあった人事部との面談を「退職強要」と認定。心理的負荷を「強」とした。
平常時なら労災と認められうるが、男性は精神障害を発病中。一審判決は、厚労省の基準に従い、発病中は所定の「特別な出来事」がなければ認められないと判断した。些細なことでも過敏に反応する可能性などがあるためだ。
しかし、一審判決の3週間前、別の裁判で、名古屋高裁が「総合的に検討」することが相当として、男性のように発病後の心理的負荷「強」でも労災を認め、確定したケースがある(名古屋高裁平成28年12月1日判決)。
遺族側はこの裁判例をもとに高裁を戦った。しかし、今回の判決は、名古屋高裁判決を「事案を異」にすると却下。基準にも合理性があるとした。そもそも、前提となる「退職強要」も否定した形だ。
遺族代理人の川人博弁護士は「高裁は証人も呼ばずに評価を変えた。結論ありきだ」と憤慨。男性の父親は「仮に一審と同じ判断なら、まだ法律の壁だと思うこともできた。退職強要がないのなら、なぜ息子は死んだのか。息子を侮辱されたようだ」と肩を落とした。