性同一性障害の50代の経済産業省職員が、戸籍上は男性であることを理由に、女性トイレの使用制限などをされたのは不合理な差別だとして、国に処遇改善と約1650万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が12月12日、東京地裁であった。
江原健志裁判長は、トイレの使用を認めないとした国の措置を取り消し、国に慰謝料など132万円の支払いを命じた。
判決言い渡し後、東京・霞が関の司法記者クラブで会見した職員は、「何かアクションを起こさないと、何も変わってくれないというのが、現実の世の中ではないか。すぐには変えられないかもしれないけれど、変えるために何かアクションを起こす。その第一歩を踏んでほしい」と話した。
●2階以上離れたフロアのトイレを使用するよう言われる
判決などによると、職員は男性として入省後、1998年に身体的な性別は男性であるが、性自認は女性である性同一性障害の診断を受けた。その後、女性ホルモン投与などの治療をはじめ、経産省との話し合いをへて、2010年7月から女性職員として勤務することになった。
経産省からは、女性用休憩室や更衣室、乳がん検診の受診などを許可されたが、女性トイレについては、勤務するフロアから2階以上離れたフロアのトイレを使用するよう言われた。
また、日本で戸籍上の性別変更手続を行うには、性別適合手術を行わなければならないが、職員は健康上の理由から手術を受けられないため、現在も戸籍上の性別変更手続ができないままでいる。
しかし、上司は2011年6月、職員に対し「性別適合手術を受けて戸籍の性別を変えないと異動できない」などの異動条件を示した。話し合いの中で、当時の上司からは「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」といった発言もあった。
●真に自認する性別にそくした社会生活を送ること「重要な法的利益」
判決理由で江原裁判長は、性別は「個人の人格的な生存と密接かつ不可分のもの」とし、個人が真に自認する性別にそくした社会生活を送ることは「重要な法的利益として、国家賠償法上も保護されるものというべき」と示した。
そして、トイレは日常的に必ず使用しなければいけない施設で、不可欠のものであるため、今回の職員への対応は「重要な法的利益を制約する」と判断した。
国側は、トイレに関連する職員への対応について、「女性職員との間で生じるおそれがあるトラブルを避けるためで、合理的な判断だ」と反論していた。
これに対し、裁判所は、・職員が女性として認識される度合いが高かったこと、・民間企業では戸籍上は男性で性自認が女性であるトランスジェンダーの従業員に対し、特に制限なく女性用トイレの使用を認めている例が複数あること、・性自認に応じて男女別の施設を利用することについて、国民の意識や社会の受け止め方に変化が生じていること、・諸外国の状況などを考慮して、「トラブルが生じる可能性はせいぜい抽象的なものに止まっていて、経産省もそれを認識することができた」と指摘。
トイレ使用制限などの対応を継続したことは、「尽くすべき注意義務を怠ったもので、国家賠償法上、違法」と判断した。
また、経産省側が、トイレを自由に使うためには性同一性障害であると女性職員にカミングアウトするよう求めたことは、「裁量権の濫用で違法」と認定。
当時の上司の「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」といった発言についても「職員の性自認を正面から否定するもの」として国家賠償法上、違法だとした。
●「当事者を勇気付ける判決」
弁護団の山下敏雅弁護士は判決について「原告本人だけでなく、日本国内で苦しんでいるトランスジェンダーの当事者を勇気付ける判決。一人一人の多様性を尊重している」と高く評価した。
経産省側は、顧問弁護士から「他の職員が不快と思い、(経産省が)組織として対応できないことについては、本人に我慢してもらう必要がある。特に女性職員の保護が重要」といった助言を受けていた。
これについて、山下弁護士は、弁護士側もトランスジェンダーについての認識が不足していると指摘する。
「弁護士もトランスジェンダーの問題を人権問題として取り組んでこなかった。使用者側に助言をする弁護士は今一度どういった配慮をすべきか、きちんと認識していただきたい」
職員は「非常に安堵している。女性として生活している者は、他の女性と同じように扱って欲しいというのが大元の希望だった。今後、管理者側は、当事者の人格や人権を重視した対応が求められると思う」と話した。
●経済産業省「関係省庁とも相談の上、対応する」
経済産業省は「1審で国の主張が認められなかったと承知しています。控訴するかどうかは判決を精査した上で関係省庁とも相談の上、対応することとしたい」とコメントしている。
●事件の経過
大学卒業後、男性として経済産業省に入省1998年 性同一性障害との診断を受け、女性ホルモン投与などの治療を開始2009年7月 人事担当部署と上司などに「女性職員として勤務を開始したい」と申し入れ2010年7月 約1年に渡る話し合いを経て、人事担当部署が女性職員として勤務することを条件つきで認める2011年5月 家庭裁判所の許可を得て、戸籍上の名を変更2011年6月 上司から「性別適合手術を受けて戸籍上の性別を変更しなければ異動ができない」などと告げられる。以後、処遇をめぐって話し合いが続く2013年12月 人事院に対し「人事異動及びトイレの使用の制限を設けない」などを求めて、行政措置要求を行う2015年5月 職員の要求を認めない人事院判定2015年11月 東京地方裁判所に提訴2019年12月12日 判決