地方銀行の北國銀行(本店:石川県金沢市)は2019年11月21日、日本ユニシスの開発する勘定系システム「BankVision」の稼働基盤として、日本マイクロソフトが提供するパブリッククラウド「Microsoft Azure」の採用を決定したと発表した。フル機能を備えた勘定系システム(フルバンキングシステム)のパブリッククラウド上への実装は国内初となる。2021年中盤の本番稼働開始に向け、導入プロジェクトを正式にスタートする。
同日には北國銀行、日本ユニシス、日本マイクロソフトの3社による記者発表会も開催された。北國銀行からは、今回の勘定系クラウド移行は最新の中期経営計画において重要視しているITシステム戦略の一環であること、コスト削減や業務効率化だけでなく、将来的な「BaaS(Banking-as-a-Service)提供」や「地域を巻き込んだデータ連携のエコシステム構築」も視野に入れた取り組みであることが説明された。
「ただ生き残るだけでは意味がない」地銀の使命を果たすためのデジタル変革
今回の発表は、2018年3月に日本ユニシスと日本マイクロソフトが発表した“BankVision on Azure”プロジェクトにおける、初の正式採用ケースとなる。
これまで日本ユニシスでは、北國銀行を含む地銀10行に対しBankVisionを提供してきた。これは日本ユニシスが運用するオンプレミス環境で稼働するASP形態のもので、各地銀はBankVisionの勘定系処理機能をサービスとして利用している。他方で、日本ユニシスと日本マイクロソフトでは2016年度から、Azure上でのBankVisionの実装に向けた共同検証を進めてきた。
発表会に出席した北國銀行 専務取締役の杖村修司氏はまず、なぜ中堅地銀である北國銀行がこうした先駆的な取り組みをするのか、という点から説明を始めた。
よく知られているとおり、人口減少やマイナス金利政策、さらにはキャッシュレス政策など、銀行業を取り巻く経営環境は厳しさを増しており、収益構造も大きく変化している。北國銀行ではそうした変化を先取りするかたちで、15年前から店舗削減などの業務効率化、さらに新たなビジネスモデルの開発などを進めてきた。その結果、すでに「これから5年、10年、このままでも間違いなく生き残れる」(杖村氏)経営体質の改善を図ることができているという。
しかし杖村氏は、地銀としての使命を考えると「ただ生き残ればいい、というものではない」とも強調する。事業基盤である北陸三県(石川県、富山県、福井県)を変革し、発展させていくことが、北國銀行にとって「最大の命題」だからだ。「継続的に地域の発展に貢献していくためには、もう一歩戦略を進めなければいけない」(杖村氏)。
そうした背景から北國銀行では今月、2018年3月に策定した中期経営計画を見直し、2024年3月までを計画期間とした新たな中期経営計画「コミュニケーション×コラボレーション×イノベーション2024」を発表している。この新中期経営計画では、顧客志向をより深化させ、地域全体のイノベーションに貢献する「次世代版 地域商業銀行」を、将来の目指す姿として掲げている。
この新中期経営計画において、北國銀行が重要視しているのが「システム戦略」だ。他行とは大きく異なり、「勘定系(BankVision)のクラウド移行」や「サブシステムのxRM化/基盤統合とクラウド移行、内製化」「次世代インターネットバンキングの独自開発」といった積極方針をとる。こうしたシステムの実現を通じて、生産性向上と運用コスト/災対コストの削減を図り、戦略システムの新規開発への投資をIT投資全体の「7~8割」程度にまで引き上げていく方針だという。
「このシステム戦略をトリガーに、さらなる経営戦略をどんどん実行していきたい。それはわれわれのためというよりも、地元の中小企業のお客様にクラウドを広めていくため。デジタルトランスフォーメーションとシステムのモダナイゼーションを『地域で』進め、お客様を巻き込んだ(データ活用の)エコシステムも作っていく。それがわれわれの目指すところだ」(杖村氏)
今回発表した勘定系BankVisionのAzure移行は、この2024年に向けたシステム戦略の一環となる。すでに今年9月にはAzureを基盤とした新しい個人向けインターネットバンキング「北國クラウドバンキング」をリリースしており、今後は2021年のBankVisionクラウド化にあわせて、現在120ほどあるというサブシステムのxRMプラットフォーム統合、法人向けインターネットバンキングのリリースなどを計画している。さらにその先の2024年をめどに、より多くのクラウド化メリットを享受できるBankVisionのPaaS化も考えていると説明した。
なお、このシステム戦略を推進していくために、北國銀行では同日、東京に新しいシステム子会社「デジタルバリュー」を設立した。データ活用促進のための開発力強化を目的としており、FIXERや日本ユニシスといったパートナー企業の知見も生かしながら、システム面から北國銀行グループにおけるサービスの高度化をサポートしていくという。
「世界でもなかなか類を見ないプロジェクト」実現に向けて協議を重ねる
日本ユニシスの取締役常務執行役員の葛谷幸司氏、日本マイクロソフト 執行役員常務 サービス事業本部長の内田聡氏はそれぞれ、BankVision on Azureを推進する市場背景や、北國銀行の正式採用決定に至るまでの両社の取り組みを紹介した。
日本ユニシスの葛谷氏はまず、BankVisionの歴史を説明した。2003年、銀行の勘定系システムをWindows Server+SQL Server環境で稼働させることを目標にスタートしたBankVisionプロジェクトは、2007年度に物理サーバー基盤を使った商用サービスを開始。さらに、2018年度からは仮想環境版のBankVisionも提供を開始している。そして今回発表されたとおり、2021年度にはBankVision on Azureが本番稼働を開始することになる。
この10年以上に及ぶBankVisionの開発過程においては、常に日本マイクロソフトおよびマイクロソフト本社と協議を重ねてきたという。
「銀行の勘定系システムを動かすためには、非常に高いSLAを達成しなければならない。これまでのBankVisionの開発においても、マイクロソフト本社の技術者と議論を重ね、たとえばWindowsやSQL Serverにさまざまな機能を組み入れていただいた経緯がある。今回もAzureの採用に当たっては、技術面の課題やサポート面の課題などを協議しながら開発を進めてきた」(日本ユニシス 葛谷氏)
また日本マイクロソフトの内田氏も、フルバンキングシステムのクラウド化は「日本では初めて、世界でもなかなか類を見ないプロジェクト」だと語った。金融機関が求める高度な要件をクリアするために、可用性、セキュリティ、信頼性などさまざまな課題について議論を重ね、国内200名体制の金融専任チームや米本社側のAzureエンジニアリングチームのフルサポートも受けながら、そうした課題をクリアしてきたと明かした。
なお今回の発表において、具体的なSLAの数値やシステム冗長化の手法などは明らかにされていない。内田氏は「あまり詳しくはお話しできないが」と前置きしながら、顧客である北國銀行、日本ユニシスと協議を重ね、「費用対効果およびSLAの観点からベストだと考えられる選択をした」とだけ説明している。
また内田氏は、Azureではコンプライアンス/監査対応の側面で、金融機関向けの特別対応を実施していることも紹介した。一般ユーザー企業向けの対応内容に加えて、金融機関の場合は顧客自身での監査権を持つほか、当局検査への対応も行う。さらに有償プログラムとして、年次サミットやコミュニティへの参加を通じた個別の提言、マイクロソフト技術部門担当者への直接アクセス、情報開示要求への個別対応なども提供するという。
日本ユニシスの葛谷氏は、BankVisionの既存ユーザーである他の地銀に対してもプロジェクトの状況は報告しており、今後各行のサービス契約更改の時期に合わせて、Azure版を採用するかどうかを選択していくことになると述べた。ただし、単なるコスト削減にとどまらないクラウド化の価値については顧客も理解しており、クラウド移行が加速していく方向感はあるという。
「この5、6年で、(地銀の)経営者の意識は相当変わってきたと思う。クラウドを利用することのメリット、たとえばSaaSやPaaSのサービスを組み合わせられること、特にデータ活用におけるAIサービスの有用性など、理解もすごく進んでいる。まだ『本当にクラウドで大丈夫か』という意識や契約時期の都合もあるが、これから(クラウド採用が)どんどん加速していくという方向感は間違いないと考えている」(日本ユニシス 葛谷氏)
単なるクラウド移行ではなく「その先の付加価値も提供するもの」
日本ユニシス、日本マイクロソフトの両社もまた、今回の取り組みが単なる“銀行勘定系システムのクラウド移行”にとどまらないものであることを強調した。
日本ユニシスでは、地銀/地域金融機関は「地域のエコシステムの担い手」であり、将来的には「地域企業に対する経営とデジタル化の総合コンサルティング企業」というビジネスモデルへのシフトを強めていくと考えている。
そのため今回のBankVision on Azureにおいても、コアバンキング機能だけでなく「データ活用プラットフォーム」や「オープンAPIプラットフォーム」を組み合わせた形で提供する。顧客である地銀がこれらを活用して、地域産業や地域企業の活性化をリードしていくというストーリーだ。
「BankVision on Azureは、単にシステムをクラウドに乗せるというだけでなく、その先にある付加価値も提供していくもの。2、3年先ではなく10年先を見据えたプロジェクトだ」(日本ユニシス 葛谷氏)
金融機関に対する「付加価値」の一例として、葛谷氏はBaaS事業への展開の可能性を挙げた。金融サービスに参入したい異業種の企業やFinTech企業に対し、地銀がオープンAPIを通じてコアバンキング機能(BaaSプラットフォーム)を提供する新たなビジネスモデルだ。
また日本マイクロソフトの内田氏も「今回の発表は始まりにすぎない」と語り、データの収集を通じたビジネスモデル変革、デジタルトランスフォーメーションを継続的、かつアジャイルな形で成し遂げていくことが「3社共通の目標である」と語った。
北國銀行でも、目指す将来像のひとつとして「BaaSの提供」を掲げている。北國銀行の杖村氏は、BaaSを通じて銀行の持つ機能を「パーツ」として提供し、「囲い込むのではなくみんなで『シェア』しながら、コラボレーションできるシステムを地域に広げていきたい」と、その将来像についてコメントした。
「目指すべきところは、やはり地域のエコシステム(の構築)。それを実現するためには、残念ながらレガシーなシステムやレガシーな言語ではなくて、クラウドとAPI、新しい言語、生産性の上がる新しい仕組みでシステムを作って行かざるをえない。すでにお客様視点で『こういうサービスがあったらいい』というものも具体的に出てきているので、それをどんどん具現化していきたい」(北國銀行 杖村氏)
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