2019年10月30日22時、Intelはかねてから予告していたCoffee Lake Refresh世代の新たなハイエンドCPU「Core i9-9900KS Special Edition」(以下、Core i9-9900KS)の販売を解禁した。10nmプロセスへの移行が頓挫し、14nmプロセス世代に留まることを強いられていたIntelは、短期間ではあるがメインストリームのデスクトップPC向けCPUにおけるマーケットシェアの半分以上をAMDに奪われている。
その理由は製品の供給量不足と、Zen2世代のRyzenのパフォーマンスの良さであることは皆が知るところだ。特に8コア/16スレッドを上回る12コア/24スレッドのCPU(Ryzen 9 3900X)をメインストリームに投下されてしまったことで、LGA1151世代のCore i9の輝きには陰りが出てしまった。
そこで投入したのが今回紹介する「Core i9-9900KS」だ。コアそのものはCoffee Lake Refreshなので8コア/16スレッドから増えていないが、全コア5GHz動作が可能である“Special”なバージョンである。数量限定で税込み6万6000円という販売価格には、ライバルRyzenの手前、それほど値段を上げたくないが、既存のCore i9-9900Kより高くしないと……というIntelの苦悩が読み取れる。
今回はCore i9-9900KSのES版に振れる機会に恵まれた。Core i9-9900Kはマルチスレッド性能こそRyzenに抜かれたものの、ゲーミング分野ではまだ踏ん張れている。果たして全コア5GHz動作で性能はどの程度変わるのか? 時間の制約上、簡単な検証しかできなかったが、気になるパフォーマンスを検証したい。すでに速報ベンチマーク記事を掲出済みだが、今回はテスト対象を拡大してお届けしたい。
全コア5GHz動作可能な選抜個体
Core i9-9900KSのスペックについては、すでにジサトライッペイ氏が記事で報じている通りである。下表はその記事からの引用であるが、8コアすべてに負荷をかけても5GHzで動作する個体を選抜してチューニングをしている代わりに、TDPは95Wから127Wへ大幅増となった。
もっとも、Core i9-9900KのTDP95Wという数字は発熱量や消費電力を正しく表わしていないという疑惑が拭いきれないため、あえて今回正直な値を書いた、という邪推もできなくはない。
ちなみに、BIOSはCore i9-9900Kが動くBIOSなら動作するようであるが、とりあえず最新のBIOSにアップデートして運用するようにしたい。
主なスペック
型番Core i9-9900KSCore i9-9900K
コア数/スレッド数8/16
定格クロック4GHz3.6GHz
Turbo Boost時の最大クロック5GHz
8コア動作時の最大クロック5GHz4.7GHz
L3キャッシュ16MB
内蔵グラフィックスIntel UHD Graphics 630
メモリークロックサポートDDR4-2666
TDP127W95W
希望カスタマー価格513~524ドル488~499ドル
注目したいのはCore i9-9900KSの保証期間だ。Core i9-9900Kを筆頭とする第9世代Coreプロセッサーの保証期間は3年間だが、Core i9-9900KSはわずか1年。相当無理をして全コア5GHzを達成しているためか、単に製品数が確保できないため、3年の保証期間を担保できないから、などいくつかの理由を推測できるが、本当のところは謎だ。
Core i9-9900KやRyzen 7 3800Xとガチ対決
今回の検証環境を紹介しよう。比較対象としてCore i9-9900K、さらにライバルAMDのRyzen 7 3800X、Ryzen 9 3900Xを準備した。8コア/16スレッドのCPU、もしくはメインストリームCPUにおける頂上対決と考えてもらえば問題ない。BIOSは検証時点での最新版(Z390→F10b、X570→F7b)とし、BIOSはすべてデフォルト設定とした。
ただし、メモリーについてはXMPを有効にした上でCPUのサポートするメモリークロックに合わせた。電源プランはIntel製プラットフォームは「バランス」、AMD製は「Ryzen Balanced」としている。また、表記のない部分は共通のパーツを使用している。
検証環境
CPU Intel「Core i9-9900KS」(8C/16T、4~5GHz)
Intel「Core i9-9900K」(8C/16T、3.6~5GHz)
AMD「Ryzen 7 3800X」(8C/16T、3.9~4.5GHz)
AMD「Ryzen 9 3900X」(8C/16T、3.8~4.6GHz)
CPUクーラー NZXT「Kraken X72」(簡易水冷、360mmラジエーター)
マザーボード Intel環境:GIGABYTE「Z390 AORUS MASTER」(Intel Z390)
AMD環境:GIGABYTE「X570 AORUS MASTER」(AMD X570)
メモリー G.Skill「Trident Z RGB F4-3200C14D-16GTZR」×2(DDR4-3200 8GB×4、Intel環境はDDR4-2666/AMD環境はDDR4-3200で運用)
グラフィックス NVIDIA「TITAN RTX」
ストレージ Western Digital「WD Black NVMe WDS100T2X0C」(M.2 NVMe、1TB SSD)
電源ユニット SilverStone「SST-ST85F-PT」(850W、80 PLUS PLATINUM)
OS Microsoft「Windows 10 Pro 64bit版」(May 2019 Update適用)
では最初に「CINEBENCH R20」のスコアーで力比べといこう。
速報記事ではRyzen 7 3800Xと対決させたが、改めてRyzen 9 3900Xまで比較に加えてみると、Ryzen 9 3900Xにはマルチスレッドで遠く及ばず、さらにシングルスレッドでもいまひとつ伸びきれないという結果になった。
物理コア数が4基も差があるため、少々クロックを上げようとマルチスレッドで勝てないのは明白だが、同じ8コア/16スレッドのRyzen 7 3800Xに対してはマルチスレッドのスコアーでなんとか勝ち越せた。このあたりが今のIntel製メインストリーム向けCPUでできる精一杯といったところだろう。
続いては「Handbrake」による動画エンコード時間を比較してみよう。再生時間約5分の4K動画をフルHDのMP4形式に書き出す時間を比較する。エンコード設定はプリセットの「Super HQ 1080p30 Surround」そのまま、すなわちx264エンコーダーで“High”&“Very Slow”設定とした。CINEBENCH R20と同系統のテストだが、こちらは10分以上はかかるテストであるため、熱でダレる要素があると差が出なくなりやすい。
Ryzen 9 3900Xに対しては、CINEBENCH R20でも勝てなかったのだからHandbrakeでも勝てないというのは当たり前の話である。しかし、それよりも重要なのは、CINEBENCH R20でCore i9-9900KSが9900Kに対して見せたマルチスレッド性能の強さを、Handbrakeでは出し切れていないことだ。全コア5GHzと4.7GHzだから差はわずか、という考え方もできるが、わずか20秒足らずの差はあまりにも小さい。これは後ほど別角度から検討しよう。
ゲーミング性能は依然として強いIntel
マルチスレッド系の処理ではあまり良いところを見せられなかったが、ゲーム系ではどうだろうか? ということで、まずはCPU負荷が超絶に重い「Assassin's Creed Odyssey」で試してみる。画質は“最高”とし、ゲーム内ベンチマーク機能を利用して計測した。解像度を上げるとGPU側が律速になるため、解像度はフルHDのみとした。もっと解像度を下げてCPU性能をより引き立てるることもできるが、あくまで実用的なシチュエーションでのパフォーマンスの差を見てみたい。
Zen2世代に入ってRyzenは驚異的な性能向上を果たしたが、ゲーム分野においてはまだIntelがわずかにリードしている。マルチスレッド処理が進んでいるこのゲームでも、Ryzen 9 3900XよりもCore i9-9900Kのほうが平均フレームレートがより高いという結果を生んでいる。特にCore i9-9900KSの平均フレームレートの高さはダントツだ。ハイエンドGPUのパワーを存分に引き出したいなら、まだIntel製CPUに分があると言えるだろう。
ただし、最低フレームレートを見るとRyzen勢のほうが良い結果を出している。メモリーのクロック設定の違いなども関係していそうだが、Core i9-9900KSが常に最強とは言えない。フレームレートの安定度で言えば、Ryzenのほうが優秀な結果を出すこともあるのだ。
Assassin's Creed Oddyseyはもう旬を外している感もあるので、今が旬の「Call of Duty: Modern Warfare」でも試しておこう。画質はDXRを無効にした以外はすべて最高(ただし、デフォルトでモーションブラーはオフだったので、ここでもオフ)とし、キャンペーン“ピカデリー”の一定のコースを移動した際のフレームレートを「CapFrameX」で計測した。
ここでもCore i9-9900KSの平均フレームレートの高さは突出している。Core i9-9900Kも高いが、9900KSはさらにその上をいった。最低フレームレートこそRyzen勢も健闘しているものの、ゲームにおける最強の座はいまだIntelにあると言っていい。ただし、初代→第2世代とその差をグイグイ詰めてきたAMDである。次世代のZen3アーキテクチャーが出るまでに、Intelも新アーキテクチャーを完成させなければ、ゲームでの優位性の確保は難しくなるかもしれない。
8コア動作時の消費電力は激増!
では気になる消費電力について見てみよう。ラトックシステムのワットチェッカー「BT-WATTCH1」を利用し、システム起動10分後を“アイドル時”、ストレステストソフト「Prime95」の“SmallFFT”を実行したときのピーク値を“ピーク値”、10分経過後の安定値を“高負荷時”としている。
少し前まではIntel製CPUはAMD製CPUに比べ消費電力が少ないことがウリだったが、メインストリームの最上位が8コア化してからというもの、そのメリットは急速に失われ、今や完全に逆転してしまった。IntelはCore i9-9900KSで短期間における強烈なパフォーマンスゲインを得る代償として、消費電力を犠牲にしたということだろう。
まあ、プロセスもアーキテクチャーも一緒だからクロックが上がれば消費電力が増えるのは至極当然だ。だが“Special Edition”だからなんとか許せる、といったところか。一方で、現状のRyzenはアイドル時の消費電力が高止まりしてしまう傾向にあるが、高負荷時のワットパフォーマンスは抜群に高いと言える。
ここまで消費電力が高いとCPU温度も気になるところだ。そこで前述のPrime95実行時にモニタリングソフト「HWiNFO」を利用してCPUのクロック(Core #0のみを比較)やパッケージ温度、そしてCPU Package Powerをそれぞれ追跡した。計測時間はおよそ10分である。
まずはクロックの推移を眺めてみると、Core i9-9900KSが全コア5GHzを維持できているのは開始から30秒足らず。あとは徐々にクロックを下げていき、3分あたりから4.7GHzあたりに収束してしまう。5GHzからクロックが落ちるタイミングでサーマルスロットリングフラグが立ちっぱなしになるのだ。
HandbrakeではCore i9-9900KSと9900Kの処理時間がほぼ同じであることが不思議だったが、両者とも4.7GHzに収束するのだから、処理時間が近くなるのはむしろ当然の話だったわけだ。
CPUパッケージ温度(Tcase)の推移はもっと強烈だ。Core i9-9900KSのパッケージ温度はSmallFFTの処理を始めた直後に100℃まで上昇し、そのままずっとそれが続く。5GHz動作がすぐキャンセルされるのも無理からぬ話だ。高クロック動作を維持するために、発熱面は完全度外視でチューニングされていることがわかる。しかし、360mmラジエーターを備えた簡易水冷クーラー(Kraken X72)でも間に合わないとは、恐れ入ったものである。
Core i9-9900KSのCPU Package Powerは最大231Wで、処理開始直後がピークで、その後ゆっくりと下がって205W前後で安定する。これに対し、Core i9-9900KSは最初は173Wで、その後ゆっくりと上昇。最終的に4.7GHzに落ち込んでしまうグラフ終盤の時も、Core i9-9900KSは200W以上を維持している点を考えると、とにかくパワーをつぎ込んで高クロックを何とか維持できるようにチューニングされていることがうかがえる。
OCテストは全コア5.2GHz設定で時間切れ
最後に簡単ながらオーバークロック(以下、OC)にも挑戦してみた。Core i9-9900Kだとお手軽OCは全コア5.1~5.2GHz設定あたりで限界が来るが、今回の時間的・物理的な制約下では、9900KSでも52倍設定の全コア5.2GHzが限界だった。全コア5.3GHz設定でも起動はするが、少し負荷をかけるとBSOD。コア電圧を1.45V以上盛っても高負荷で落ちるなどの限界が見られた。細かく設定していけば、もう少し上を狙えそうな気もするが、そこは時間の都合上試せなかったことをお詫びする。
というわけで、定格のCore i9-9900KSと全コア5.2GHz動作のCore i9-9900KSの性能差をCINEBENCH R20で比較したのが下のグラフである。
全コア5.2GHzまでOCすればシングルスレッド性能が536ptsと、Ryzen 9 3900X(524pts)やRyzen 7 3800X(518pts)を上回ることができた。しかし、マルチスレッド性能は3%程度しか伸びず、全コア5GHz動作が可能な優良個体ではあるが、そこからさらに伸ばすのは、さらなるOCのノウハウが必要になるだろう。
まとめ:なりふり構わず力を絞り出してきたが、輝ける時間はあまりにも短い
以上で簡単ではあるがCore i9-9900KSのテストは終わりだ。まずIntel製のCPUが好きで、最速のものが欲しいと考えているなら「買い」だろう。特にゲームにおける性能は現役では間違いなく最強である。また、Core i9-9900KSは色々な意味で歴史に残る製品となるだろう。
だが、現在の市場価格を鑑みてコストパフォーマンスを求めるなら、Core i9-9900K(実売価格 5万8500円前後)やRyzen 7 3800X(実売価格 5万1700円前後)のほうが確かな選択肢と言える。全コア5GHz動作は魅力的ではあるが、超高負荷を長時間継続するシーンにおいて、Core i9-9900KSのパフォーマンスをフルに引き出すためには、冷却システムも含めて相当な準備が必要になるからだ。
我こそはCore i9-9900KSの真の使い手であると自負するなら、挑戦してみてはどうだろうか。筆者は素直にバランスと使い勝手の良いCore i9-9900Kをオススメするが……。
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