アップルの定額制音楽配信サービス、Apple Musicに「ドルビーアトモスによる空間オーディオ」を含む3つの新しいコンテンツが6月8日から加わった。従来の利用料金を据え置いたまま、一段と充実したApple Musicの新コンテンツを上手に楽しむ方法を解説しよう。
今回Apple Musicに追加されたコンテンツは「ドルビーアトモスによる空間オーディオ」と「ロスレスオーディオ」、そして「ハイレゾロスレスオーディオ」だ。アップルの製品をシンプルに組み合わせて楽しめるものから、外部オーディオアクセサリー機器を足すことによってリスニング環境のグレードアップが狙えるものもある。それぞれを詳しく解説する。
ドルビーアトモスによる空間オーディオ対応コンテンツは数千曲以上
米ドルビーラボラトリーズが開発した立体音響技術のDolby Atmosをベースに制作した音楽コンテンツが、Apple Musicに数千曲以上加わった。その効果はまるでライブのステージ、音楽フェスの会場に足を運んで、アーティストの演奏を目の前で聴いているような広がり豊かな音場感が楽しめるところにある。ここまで沢山のバラエティにも富むサラウンド音楽コンテンツを揃えた定額制音楽配信サービスは、Apple Musicのほかに今はない。新作タイトルは今後も続々と増える予定だ。
Apple Musicの「ドルビーアトモスによる空間オーディオ」(以下:空間オーディオ)に対応する音楽コンテンツが再生できる機器は、サービス開始当初はすべてアップルの製品に限られる。Androidのデバイスは後日の対応を予定しているようだ。
iPhone、iPadは内蔵スピーカーでApple Musicの空間オーディオコンテンツが再生できるし、ヘッドホンやイヤホンを使えば屋外も場所を選ばずに、伸び伸びと聴ける。当然Macも対応機器の中に含まれる。さらにMacBookシリーズならば屋内・屋外を問わず柔軟な楽しみ方ができそうだ。
自宅など部屋の中で楽しむならば、Apple TV 4Kが便利。空間オーディオに対応するコンテンツをApple TV 4Kで聴く場合も、ドルビーアトモス再生に対応するサウンドバーやサラウンドアンプ、スマートテレビにHDMIケーブルで接続するだけでいい。または既に生産を完了しているがスマートスピーカーのHomePodがある。
プレイリストから対応コンテンツが探せる
Apple Musicを起動するとトップページに空間オーディオのプレイリストが7種類並んでいる。空間オーディオの魅力を紹介する特集ページも含めて、空間オーディオを猛烈に推すアップルの意気込みが伝わってくる。
数千曲以上に及ぶ空間オーディオコンテンツを探す際にはこのプレイリストが役に立つ。文字検索は「ドルビーアトモス」「Dolby Atmos」のどちらを条件に指定しても正しくヒットしなかった。
アルバム作品のページを開くと解説テキストの下にドルビーアトモス、ロスレスなどその作品がどのフォーマットで楽しめるのか見分けられるロゴが並ぶ。アルバムによっては収録曲の一部だけが空間オーディオに対応している場合もあるので根気よく探そう。お気に入りのアーティストによる思わぬ楽曲が空間オーディオで聴けるかもしれない。
Apple Musicの空間オーディオを楽しむための環境設定
iPhoneやiPad、Macは、Bluetoothヘッドホンやイヤホンと組み合わせてApple Musicの空間オーディオ対応コンテンツをワイヤレスで聴くこともできる。
AirPodsシリーズやBeats by Dr.Dreの中からApple H1、またはApple W1チップを搭載するワイヤレスヘッドホンやイヤホンであれば、対応するコンテンツの再生を始めると自動的に空間オーディオ再生が選択される。「ミュージック」アプリの設定に入り、「ドルビーアトモス」の設定を「常にオン」としておけば、他の様々な有線/無線のヘッドホンやイヤホンでも、空間オーディオ再生が楽しめる。反対に空間オーディオ再生ではなく、通常のステレオ再生に戻して聴きたい場合は設定を「オフ」にしよう。
iOS/iPadOSの「設定」アプリでミュージックを開いて、「ダウンロード」に並ぶ「ドルビーアトモスでダウンロード」をオンにすると、空間オーディオ対応コンテンツを端末に保存してオフライン再生ができる。すでにiPhoneに保存していたコンテンツが空間オーディオに対応しているものであれば、設定を切り換えた時、自動的にこれを入れ替える。
新しいiPad ProとAirPods Maxで空間オーディオを聴いた
新しい第5世代の12.9インチiPad ProにAirPods Maxをつないで、プリンス&ザ・レヴォリューションのアルバム「Purple Rain」から『When Doves Cry』を聴いた。
音楽を再生した途端、目の前にステージの情景が浮かんでくるような体験だ。見晴らしがとても良く、音場が広々としている。奥行き方向に描かれる情景も限界を感じさせない。何より音場の天井が高いことがドルビーアトモスによる立体音楽体験の特徴だ。
プリンスのボーカルがセンターの位置に力強く定位する。声の繊細なニュアンスの変化も生々しく見えてくる。ステレオ再生に切り換えてみると、空間オーディオで聴いた方がエレキやシンセサイザーなど、バンドの楽器とボーカルの位置関係が明らかになることがよくわかる。
効果音の粒立ちも鮮やかだ。イントロのコーラス、アウトロのシンセサイザーによる演奏は、頭の周囲をぐるぐると回る音の移動感がよく伝わってきておもしろい。空間オーディオ再生ならではの醍醐味だ。さらに腹の底を突くように力強い低音による演奏全体の安定感も見事だ。「ドルビーアトモスによる空間オーディオ」の価値は、恐らく体験する誰もがすぐさま実感できるものだと思う。
原音再生の感動が味わえるロスレス再生
Apple Musicでは今後、7500万曲を超える楽曲を高品位なロスレスクオリティで聴けるようになる。ロスレスは、CDと同等の44.1kHz/16bit以上の音質。アップルが“CDよりも高音質なロスレス”と呼ぶ48kHz/24bitの音源700万曲以上が配信される。アルバムのページ、または楽曲再生中の画面に表示される「ロスレス」「ハイレゾロスレス」のアイコンが目印だ。
従来、Apple Musicの音楽コンテンツはiPhoneにiPadなどモバイルデバイスを使って、いつどこでも楽しめるようデータに圧縮をかけてファイルサイズを削減した状態で配信している。再生時に消費するモバイルデータ通信の容量を少なく抑えるためだ。その代償として、元のソースが持つ情報量は必然間引かれることになる。
ロスレスオーディオに対応したことで、Apple Musicは制作された音源の情報をロスなく届けられるようになった。アップルの各デバイスで楽しむために必要な環境設定から整理しよう。
iPhoneやiPadの場合は「設定」アプリから「ミュージック」を選択。「オーディオの品質」に入ると「モバイル通信ストリーミング」「Wi-Fiストリーミング」「ダウンロード」の各項目ごとに音質の上限が決められる。データ容量に制限がない、あるいは大容量のデータプランを契約している場合は、モバイル通信ストリーミングの音質もロスレス以上で良いと思う。それ以外の場合はロスレス再生を選ぶとあっという間に「ギガ死」を迎えてしまうので注意したい。ロスレス再生はWi-Fiストリーミングとダウンロード時のみに設定しよう。
ロスレス、またはハイレゾロスレスの楽曲をiPhone、iPadにダウンロードしてオフラインで聴くこともできる。この場合はストレージに多くの空き容量を必要とすることも覚えておこう。例えば10GBのストレージに保存できる楽曲数の目安は、ロスレスの場合が1000曲、ハイレゾの場合は200曲だ。
簡単に楽しめるロスレス再生。ただしAirPodsシリーズは非対応
今のところiPhone、iPadでApple Musicのロスレス再生を楽しむ場合、それぞれのデジタル端子に合わせた3.5mmヘッドフォンジャックアダプタを用意して、有線ヘッドホン・イヤホンで聴くスタイルが最も手軽だ。iPhoneのLightning端子に直接つなげるイヤホンもある。周囲に気を遣わずに音を出せる環境であれば内蔵スピーカーで聴く手もある。
Macの場合は内蔵スピーカー、または3.5mmヘッドフォンジャックにヘッドホン・イヤホンをつないで聴けばいい。5月に発売された新しいiMacはリッチなサウンドシステムを内蔵している。Apple Musicのロスレス再生を最も手軽に楽しめるオーディオコンポーネントとして購入を考えてもいいと思う。
一方、AirPodsシリーズがロスレス再生に対応していないことに注意したい。AirPodsシリーズがサポートするBluetoothオーディオのコーデックであるAACとSBCが、圧縮処理による音質ロスを伴うためだ。現在時点でアップルは、AirPodsシリーズのロスレス対応について何もコメントしていない。あるいは次期新製品から何らかの手段により対応してくるのか今後の動向に注目しよう。
HomePodについては今年後半以降に「HomePod mini」がApple Musicのロスレス再生をサポートすることがWWDCの基調講演でアナウンスされた。本機のユーザーは期待しながら待とう。
iPhone/iPadでハイレゾロスレスを聴く
ハイレゾロスレスは音楽コンテンツのマスター音源に迫る高品位なサウンドが、Apple Musicで楽しめるようになるサービスだ。CDと同等の44.1kHz/16bitよりもはるかに高音質な最大192kHz/24bitのハイレゾ作品が100万曲以上出揃った。これをサポートするアップルのデバイスはiPhone、iPadとMacになる。
ハイレゾロスレスもキーワード検索に“ハイレゾ”と入れても楽曲がヒットしなかった。やはりアルバムのページ、または楽曲の再生画面に表示される「ハイレゾロスレス」のアイコンが目印になる。
ハイレゾロスレス対応のコンテンツをダウンコンバートせずに、ネイティブ音質のまま楽しむための環境設定については、iPhone/iPadとMacの場合で少し違う。
iPhone/iPadの場合はミュージックアプリの設定に入り、「オーディオの品質」からロスレスオーディオにチェックを入れてから音質を「ハイレゾロスレス」に設定する。
ハイレゾロスレスのネイティブ再生を楽しむ場合は、USB-DACが必要だ。これをiPhoneに接続する場合、アップル純正のLightning-USBカメラアダプタを介して、USBケーブルでDACにつなぐ方法が一般的だ。バッテリーを内蔵するポータブルタイプのUSB-DACは、機器が消費する電力が大きすぎるとiPhoneがこれを認識しない場合があるので要注意だ。据え置きタイプのUSB-DACを内蔵するヘッドホンアンプの中にも、iPhoneとの接続に対応する製品が多くある。
Lightning端子を搭載するiPadの場合は上記iPhoneの場合と同じ手順になる。USB-C端子を搭載する最新のiPad Pro、iPad Airの場合はそれぞれに使える変換アダプタを用意しよう。あるいはもっと簡単に接続できるポケットサイズのUSB-DAC内蔵ヘッドホンアンプもおすすめだ。
Macでハイレゾロスレスを聴く
MacでApple Musicのハイレゾロスレスを楽しむ場合、少し手順が複雑になる。USB-DACをMacに接続してからシステム環境設定内の「サウンド」を開いて、出力デバイスにUSB-DACを選択する。さらにユーティリティの中にある「Audio MIDI設定」を開いて、出力フォーマットがUSB-DACのスペック上限になっていることを確認しよう。
続いて「ミュージック」アプリの環境設定から「再生」タブを開いて、「ロスレスオーディオ」にチェックを入れる。ストリーミングの品質が「ハイレゾロスレス」になっていれば準備完了だ。
対応する機器を整えて聴けば、情報量の豊富なハイレゾ再生の醍醐味がよくわかると思う。ミュージックアプリの環境設定から、ハイレゾロスレスとロスレスを交互に切り換えながら聴き比べてみてもおもしろい。ハイレゾ再生もやはり有線接続のヘッドホンやイヤホン、またはアンプを介してスピーカーで聴くことになる。さらに道を究めるならば、まずは安価なハイレゾ対応のイヤホンやヘッドホンを手に入れてぜひ楽しんでみよう。
空間オーディオと最も相性の良いデバイスは新iPad Proだ
今回筆者がApple Musicの「ドルビーアトモスによる空間オーディオ」を試聴するため、リファレンスにした第5世代の12.9インチiPad Proは、アップルのオーディオデバイスとしても現状ベストと言える選択肢だと思う。
その理由は、本機が内蔵する4スピーカーオーディオが2020年に発売された第4世代のiPad Proと聴き比べてみても、さらに力強さを増していたからだ。空間オーディオのコンテンツを再生した時に感じられる立体感がとても際立っている。本体にバッテリーを内蔵する、空間オーディオ対応のポータブルスピーカーとして見た場合、iPad Proを越える実力を持つ製品もほかにない。
Apple TVアプリで楽しめるビデオコンテンツから先に対応した空間オーディオを、最良の環境で楽しめるデバイスもこのiPad Proだ。特に第5世代の12.9インチiPad Proは高精細なLiquid Retina XDRディスプレイを搭載しているので、これまでに発売されたどのiPad Proよりも映像が飛び抜けて美しい。
さらにAirPods Max、AirPods ProをiPad Proと組み合わせれば、Apple TVの空間オーディオに対応するビデオコンテンツ、またはiTunes Storeで購入またはレンタルしたビデオコンテンツを再生した時に、ヘッドホンやイヤホンを装着したユーザーの頭の動きに合わせて、作品のダイアローグや効果音が聴こえてくる方向が変わる「ダイナミック・ヘッドトラッキング」が楽しめる。
アップルは次のiPadOS 15から、FaceTimeアプリによるビデオ通話の音声を「空間オーディオ」対応とすることを発表した。ビデオ通話の音声コミュニケーションが、まるで通話相手と向き合いながら話しているみたいにクリアで開放的な聴こえ方になるそうだ。今秋以降もアップルの「空間オーディオ」という言葉を耳にする機会がさらに増えるのではないだろうか。
筆者紹介――山本 敦
オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。取材対象はITからオーディオ・ビジュアルまで、スマート・エレクトロニクスに精通する。ヘッドホン、イヤホンは毎年300機を超える新製品を体験する。国内外のスタートアップによる製品、サービスの取材、インタビューなども数多く手がける。
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