CPUアーキテクチャが変わるのは、プラットフォームにとって一大事である。特にPC(Mac)では、自分が使っているソフトがそのまま使えるのか、どのくらいのパフォーマンスになるのかが気になるところである。
Mac向けAppleシリコンこと「M1」搭載版のMacBook Proを試用することができたので、その辺の懸念について確認してみた。結論から言えば、「初物とは思えないほどちゃんとしている」製品だった。
ベンチマーク結果は圧倒的に「M1優位」
互換性の話をする前に、M1がどれだけの性能を持っているのか、ベンチマークで確かめてみた。
結果は一目瞭然だ。Geekbench 5の結果でも、Cinebenchの結果でも、M1の性能はインテル版を大きく上回っている。今回は比較用として、インテル Core i5-1038NG7(いわゆる第10世代Core i5)を搭載した、2020年モデルのMacBook Pro(メモリー16GB)も用意した。それと比較すると、倍に近いパフォーマンスが得られている。
Geekbench 5のサイトから検索できるデータベースを参照すると、CPUの値では、MacBook Pro 16インチが採用しているCore i9のものに匹敵する。GPUでは流石にMacBook Pro 16インチほどではないが、NVIDIAのGeforce GTX 1050クラスの性能、ということになるようだ。
同じサイズかつ同じような価格帯でこれだけの性能アップ、と言うのは確かに圧倒的だ。
互換性問題はほぼなし? 意識することなく「Mac」として使える完成度
Macは過去、2度の「CPUアーキテクチャ変更」を乗り越えてきた。モトローラの68000系からPowerPC系へ、そしてPower PCからインテル系へと、まったく互換性のないCPUへの変更は、今回の「Appleシリコン」への変更で3度目になる。
過去のアーキテクチャ変更で使われてきた方法論は、今回も踏襲されている。ソフトのトランスコードをする「Rosetta 2」と、Appleシリコン版とインテル版のアプリを1つのパッケージで供給する「Universalアプリ」だ。この両者によって、M1対応の「macOS Big Sur」は、どのアプリもCPUアーキテクチャをユーザーに意識させることなく動作させられる……ことになっている。
問題は、「それが本当か」という点だ。まずOSやアップル自身によるアプリを動かしてみる。こちらは実に快適。数値で表しづらいが、アプリ起動時間もインテル版よりワンテンポ早くなっている印象を受ける。
「Uni Detector」(AppStore URL: https://apps.apple.com/jp/app/uni-detector/id1531249804?mt=1 開発者 Twitetr @piyomaru氏)というアプリを使い、Appleシリコン対応のUniversalアプリがどのくらいあるのかを確認してみた。どうやら、アップルのソフトはほぼAppleシリコン版が提供されているらしい。それなら動作が快適なのも頷ける。
では、インテル版アプリの動作はどうか。結論から言えば、こちらも「拍子抜けするくらい安定」している。
事前の予想では、もう少し動作が遅くなったり、動きがおかしかったりするアプリがあるものだろう……と予測していたのだが、意外なほど少なかった。初回起動時にはRosetta 2によるトランスコードが走るので起動が遅いものの、それも2回目からはごく普通になる。アプリが最適化されたものかどうかを、動いている状況で見分けることはほぼ不可能に近い。
もちろん、正常な動画をしていないアプリはある。例えばAdobeの「Lightroom」は、画像ファイルの読み込みや書き出しが異常に遅い。クラウド(Adobe Creative Cloud)にすでにアップロードされている画像を取得して編集する分には、特に重さは感じないのだが。ただLightroomの場合、12月にはAppleシリコン版が出ることになっているので、不便な時期は短期間で済みそうだ。
それ以外はさほど問題がない。例えば、日本語入力ソフトの「ATOK」や、クラウドストレージ「Dropbox」「OneDrive」などの同期用ユーティリティも普通に動いている。負荷が大きくなったり動作が遅くなったりするのでは……と予測していたが、それも起きなかった。
インテル版アプリを動かしても「インテル版Mac」より速い不思議
というか、どうもM1版の場合、インテル版アプリを動かしたとしても、「同価格帯のインテル版MacBook Proより速い」と断言して良いようだ。
Geekbench 5には「インテル版としてベンチマークを走らせる」モードもある。それで試したのが以下のデータだ。前掲のインテル版MacBook Proの値より高いことに注目していただきたい。
実際にはそれどころか、劇的にパフォーマンスが上がる場合もある。「Adobe Premiere Rush」で、4K/毎秒60フレームの動画(1分53秒分)にいくつかエフェクトをかけたものを書き出す時間で比べた場合、インテルでは15分4秒(3回平均)かかっていたものが、M1では3分36秒で終わってしまう。4倍以上の高速化だ。
ゲーム「Rise of the Tomb Raider」のベンチマークで(グラフィック設定を全て「最高」、解像度を「2560×1600ドット」に設定)でも、インテルで「毎秒9.45フレーム」だったフレームレートが、M1では「毎秒22.69フレーム」になる。
インテルでは「毎秒9.45フレーム」になってしまうが、M1では「毎秒22.69フレーム」出る。
念のために強調しておくが、どちらも「インテル版アプリの互換動作」での値である。これらは特に、マルチコア動作やGPU活用などの面でガッチリと性能がミートした時のものだろうと思われる。Macの場合、現在はインテル版でもM1版でも、GPU用のAPIとしてMetalが使われている。同じMetalを使いつつ、CPUの部分だけM1にトランスコードされた場合、これだけパフォーマンスの差が生まれるのだろう。
高速なだけでなく「快適」であることが重要
もう一つ重要なのは、これだけの性能差があるにも関わらず、「静かである」ということだ。インテル版のMacは意外とすぐにファンが回る。ビデオ編集やゲームはもちろんだが、ちょっとビデオ会議をやる程度でもファンが盛大に回る。
それに対してM1版は、動作がずっと静かだ。ファンが改善され、音が静かになっていることもあるのだろうが、そもそも、負荷が高い状態になかなかならない。これは精神衛生上かなり良い。
そして、消費電力も低い。
ウェブを見つつ、文書をクラウドストレージに同期し、Microsoft Wordを立ち上げて文章を書くという作業を3時間続けてみたが、バッテリーは21%の減少だった。ここから計算すると、同じ作業は14時間続けられることになる。
インテル版では、同じ作業で45%が減っていた。バッテリー動作時間は7時間、というところだろうか。そう考えると、インテル版とM1版では、同じ重さ・同じ大きさの製品で、動作可能時間はほぼ倍に伸びている計算である。これは、アップルの謳い文句通りである。
想像以上の完成度、気になるのは「Air」との速度差
正直なところ、ここまでM1版が最初からパフォーマンスを出してくるとは思わなかった。実際には「自分にとって必須のアプリ」の動作状況を確認していただく必要があるが、「いきなりM1版を選んでも問題は少ない」と思う。
ポイントは、ここまでのテストが「メインメモリー8GBのモデルで動いている」という点だ。これでも、少なくとも16GBのメモリーを積んだインテル版MacBook Proより遅い、と感じるシーンはなかった。タブを20〜30枚開いたウェブブラウザーを見ながら画像を整理する、という作業しても、である。
もちろん、大容量のメモリーが重要なシーンは多々あり時間の関係もあって、そこが完全に検証し切れていない部分はある。しかし少なくとも、「13インチMacBook Proに求められる作業」の範囲では8GBのメモリーで不足だとは思えなかったし、ビデオ編集レベルでも、特に重いとは思えなかった。むしろ心配になったのはストレージ容量の方だろうか。
個人的には「Thunderboltポートが2つ」というのが意外に不便で、やはりMacBook Proなら4つ欲しい。最大ストレージ容量が2TBであることに加え、現状での制限ともいえそうだ。
あとは現状、インテル版 Macの必然性は「仮想環境上でWindowsやLinuxなどを使う必要があるか」という点に絞られた感がある。
M1よりもパフォーマンスが高い製品を作るには、GPUも含め、アーキテクチャを多少変えないといけない部分がある。そこで「M1の拡大版」を作るのか、M1を複数使うアプローチなのか、それはわからない。どちらにしても、パフォーマンスへのアプローチにはまだ不安が残る。しかし、少なくとも「互換性」「インテル版と同等以上の速度」「インテル版よりも長いバッテリー動作時間」は期待してもいいのではないだろうか。
むしろ、MacBook Proを触っていて気になったのは、「MacBook Airがどうなっているのか」だ。同じM1を搭載したMacBook Airは、インテル版のMacBook Airに比べて劇的に性能アップしていると推定できる。ファンがないので限界性能ではMacBook Proの方が上の「はず」だが、果たして実効ではどのくらいの差があるのか……?
そこは、M1版Airを試せた時に改めて確認したい。
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