約6年前の2015年、ソニー、パナソニック、日立製作所など電機業界の大手3社は、年功序列型の賃金制度を廃止すると発表した。このニュースは、終身雇用や年功序列に代表される日本型雇用が終焉に近づいていることを強く印象付けた。
一方、この流れは日本の産業の中心を占める中小企業(2016年の経済センサス活動調査では、個人事業主を含む日本の中小企業は企業数で全体の99.7%、従業員数で68.8%を占めるとしている)も含めた大きな変化へとつながるだろうか。年功廃止の動きの今後について探ってみたい。
年功序列と深い関係にあるのが「給与制度」である。従来の日本型の賃金制度は、新入社員として入社し、一律同じ初任給からスタートした後、勤続年数を重ねるとともに給料が上がっていく「職能給」が中心であった。
これは、能力が向上すれば給料が上がる制度である。具体的には、年次が上がることで経験を積み、現場の上司が本人の能力が向上しているとみなした場合、無事昇給が実現する。
つまり、仕事の内容や役割(職務)が変わらなくても、給料が上がる仕組みである。社歴が長くなるにつれて、給料がなだらかな上昇カーブを描いて上がる傾向があるため、一般に年功序列型賃金といわれている。
職務給重視型へシフトしていくことで見えてくる課題は
職能給を廃止、もしくは縮小することで注目を集めたのが「職務給」である。具体的には、仕事の内容、重要度、難易度、責任度、そして仕事の成果などを総合的に評価して割り出した職務の価値に基づいて支払われる賃金のことである。
職務給は、日本では定着が難しいという意見もあるが、世界の企業では広く採用されている。人材の流動性が高い時代を迎え、優秀な人材が集めやすくなることへの期待を込めて、最近は日本でも名だたる企業がその導入に挑戦を続けている。
とはいえ、完全な職務給の導入ではなく、職能給と職務給の組み合わせで賃金設計をする企業が多いのが実態である。例えば7割は職能給、3割は職務給という具合である。この割合を調整しながら、企業は独自の企業文化を形成し、パフォーマンスの高いプロフェッショナル人材を獲得する方法を模索しているのだ。
実際、新しい賃金制度を導入するとなれば、現場には多くの課題が生まれる。例えば部署間で評価基準が異なり、それが不公平な結果を生み出すことがある。慢性的な長時間労働やサービス残業の慣習がなくならず、制度が悪用されているケースもある。
また、「やりがい搾取」(経営者が支払うべき賃金や手当の代わりに、労働者にやりがいを強く意識させて、本来支払うべき賃金や割増賃金の支払いを免れる行為を指す)が疑われる事例もある。会社が職務給を重視したことのメリットを享受するためには、同時に発生するさまざまな課題に対して、一つひとつ丁寧に対処していくことを忘れてはならない。
職務内容を明確にして成果で処遇する「ジョブ型雇用」が増えていく
化学業界最大手の三菱ケミカルは2020年10月に人事制度を刷新し、4000人の管理職社員に対して職務内容を明確にして成果で処遇するジョブ型雇用を導入することを発表した。
つまり、職務を遂行できる能力や実績がある人を採用・配置することで、同一労働・同一賃金を実現させることを目指すということだ。その結果、成果の高い人を特別に処遇することで、会社への貢献度の高い社員のモチベーションアップが期待できることになる。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、在宅勤務など、職場の働き方が多様化したことも、ジョブ型雇用の導入を後押ししたかもしれない。
たくさんの社員を抱え、多くのグループ企業を持つ伝統的な業界の最大手企業である三菱ケミカルがジョブ型雇用の導入に踏みきったインパクトは、業界内の競合他社への影響もさることながら、広く日本の企業社会に議論を引き起こす意味でも注目に値するだろう。
他にも、最近注目を集めた発表があった。日本経済を支えてきた重厚長大型産業である総合重機業界で国内2位の川崎重工業が、2021年4月より「工場勤務の従業員を含んだ全従業員を対象」に勤続年数に応じて昇給する年功序列を廃止し、役割や成果を重視した新たな人事制度を導入することを発表した。
総合重機業界では、その半年前の2020年10月にも、業界首位の三菱重工業が国産初のジェット旅客機スペースジェットの事業凍結を発表し、約3000人の社員の配置転換を決めた。
三菱重工業では民間航空機事業だけでなく、主力事業である火力発電や造船も含む形で、異例の体制縮小が進んでいる。このように業界全体が業績不振に苦しむ中で、業界上位の川崎重工業では、社員の働き方に関する各種制度改革を進め、従来の日本型雇用からの脱却を急速に進めている。
社員は本当に年功序列の廃止を望んでいるのだろうか
年功廃止に踏み切る企業の紹介が続いたが、ここで基本的な疑問が浮かぶ人もいることだろう。それは、社員はこの動きをどのように受け止めているだろうかということだ。
もちろん、そのとらえ方に個人差があることは当然である。損得勘定でいえば、得する人もいれば損する人もいるはずである。損得以外にもどちらが自分にとって快適かどうか、短期的な視点だけでなく、長期的な視点で見た場合など、評価はいろいろ分かれるはずだ。
そのうえで、日本の職場で年功序列がこれだけ長く続いた理由を考えてみると、社員を年功で処遇することにメリットを感じる人が多かったということはないだろうか。つまり、若手からベテランに至る社員の中で、「年功序列は都合がいい」「年功序列は働きやすい」と考える人も少なくなかったのではないかということだ。
例えば業務に関して経験・知識不足でも(若手社員や入社間もない社員では、それも無理ないこと)、本人が時間をかけて能力を高める努力を続ければ、毎年一定分の給料が上がるのが年功序列型賃金の特徴だ。少しずつでも給料が上がっていくことをメリットに感じる人も少なからずいるのではないか。
一方、自分が働いた労力や時間、そして会社への貢献度(成果)に応じた給料が正当に払われないこともあるかもしれない。例えば入社年度が早い、年齢が上というだけで、自分よりも会社への貢献度が低い先輩社員や上司が、自分よりも高い給料をもらっていることがある。若手に限らず、このことを不平等だと思う人はいろいろな世代にいるのではないだろうか。
長い会社生活の中で、ゆっくり成長したい人、できるだけ早く成長したい人、またそれができる人・できない人など、実際にはさまざまなケースがあるだろう。ゆっくり成長したい、もしくは、本当は早く成長したいがそれができない社員にとっては、確実に給料が年々少しずつ上がる年功序列型は決して悪くない制度かもしれない。
会社によっては、若手社員にはじっくりと時間をかけて仕事に取り組んで、ゆっくりと成長してくれることを望むこともあるかもしれない。さらに、先輩社員や管理職に多めに給料を払う理由には、若手への指導にかける分を上乗せしている場合もあるかもしれない。
年功を廃止して成果主義色を強めた場合、それが職場の社員間の競争を煽り、社員教育が劣化し、職場の雰囲気を悪くするという意見も根強くある。
実際、世の中には社員の競争意識が目立って強い企業文化を持つ会社もあり、競争が行き過ぎた場合、それがさまざまな歪みを作り、パワハラや各種労働争議に発展することもある。急激な成果主義への移行を望まない会社があっても当然であり、そのような会社は世の中に多いのではないだろうか。
社員の大半が終身雇用であることを前提にしていた時代には、社員は同じ会社で長期間働き、中高年になってから高給を得ていた。つまり、会社からは生涯賃金として収支の帳尻を合わせてもらっていたのかもしれない。
しかし、現代はそのような時代ではなくなってしまっている。若い時は安い給料でも我慢して働き、社歴が長くなり中高年になってから高い給料で以前の不足分を取り戻すというのは、会社の視点で見ても、もしくは社員の立場からしても、もはや今の時代には合わないのである。
文:小松 俊明(転職のノウハウ・外資転職ガイド)