2020年東京オリンピック・パラリンピックの開幕まで、あと2年。今大会では史上最多となる33競技、339種目が行われるということもあり、ルールや道具などについて、詳しく知らない競技もあるのではないでしょうか。
今回はその中でも、最もパワフルな陸上競技のひとつ「砲丸投」にフォーカスをあて、LINE NEWS編集部のスタッフが「実際に砲丸を買って、投げてみるまで」にチャレンジした様子をお届けしたいと思います!
ということで、わたくしLINE NEWS スタッフ・和泉は早速、編集部のカメラマン・松本と砲丸を買いに行くことにしました。
まず、そもそも砲丸ってどんな物なの?という初歩的なことから教えていただくため、陸上競技用品メーカー「株式会社ニシ・スポーツ」さんを訪問。企画推進室の山岸路典(やまぎし・みちのり)さんと久保田満(くぼた・みつる)さんにお話を伺ってきました。
編集部 和泉
いきなりですが、砲丸にはどういった種類がありますか?
久保田さん
鋳鉄(ちゅうてつ)を使った鉄製の競技用、ゴム製の練習用などがあります。さらに一般男子用が7.26kg、一般女子用が4kg、高校男子用が6kgと、年代や性別によってそれぞれ重量・サイズなど規格が違っています。
編集部 和泉
細かく分かれているんですね!同じ重さでも値段が違う製品がありますが、その差は何でしょうか。
久保田さん
はい、それは直径が違うためです。一般男子は110~130mm、一般女子は95~110mmという規格設定があるんですね。
山岸さん
感覚の問題だと思いますが、選手からは直径が大きい方が軽く感じるという声も聞きます。
左と真ん中の男子用の球はともに7.26kgですが、直径は125mmと129mmで、真ん中の方がやや大きく造られています。
右は女子用の4kgのもの。
編集部 和泉
直径が大きい方が重く感じそうですが、逆に軽く感じるのが不思議ですね。
山岸さん
砲丸は球の素材を調節して、重さは同じでも、決められた直径に収まるように造っています。あとは、球の重心が中央にあることがとても重要です。
編集部 和泉
砲丸造りをされている方は、何名ほどいらっしゃるんでしょうか?
久保田さん
今は30代の社員2名が中心となって製造しています。
編集部 和泉
たった2名ですか!年間何個ぐらい造るんですか?
山岸さん
だいたい男子で600~700個、女子も同じぐらいですね。実は砲丸とハンマー投げのヘッドの部分は、それぞれ重心の位置など細かな部分は異なりますが、製造工程は似ているところがあり、同じ社員がどちらも製造しています。
編集部 和泉
1個1個手作業で製造する…大変なお仕事ですね。
北京、ロンドン、リオと近年の五輪では、ニシ・スポーツさんの砲丸を使用した選手が、金・銀・銅メダル合計8個を獲得しています。
砲丸ならここのを買えば間違いなし!ということで、今回は特別にこの場で砲丸を購入させていただきました。普段はスポーツ店で取り寄せて購入できるそうです。
そして、いよいよ購入したマイ砲丸を持たせてもらうことに。
「お、重い…。」この大きさで想像する重さより、はるかにズッシリとしています。
ちなみに、久保田さんは学生の頃に陸上部で七種競技をされていたとのことで、砲丸投のコツについても伺ってみました。
久保田さん
私は、砲丸を脚で使って投げるよう意識してました。
編集部 和泉
腕ではなく、脚でですか!?
久保田さん
はい。最後にジャンプするように投げる選手もいます。なので、上半身はもちろん大切ですが、脚を使って全身で投げるように意識するのがコツですかね。そして、最後にスナップを利かせます。
編集部 和泉
単純に腕力任せの競技ではないんですね。
山岸さん
そうですね。投てき競技(砲丸投・円盤投・やり投・ハンマー投の総称)全般に言えることかもしれませんが、メンタル面の影響も結果に響くし、指先をケガしただけでも本来の力が出せなくなるような、意外にも繊細なスポーツだと思います。
編集部 和泉
体格の大きな選手が行う荒々しい競技のイメージでしたが、一見単純に見えるようで、細かいところの影響を受けやすい競技なんですね。ありがとうございました!
続いて、ニシ・スポーツさんで買いたてホヤホヤの砲丸を大事に抱えながら、砲丸用シューズを探しに移動を始めたわけですが…。
夏の厳しい日差しの中、7.26kgの砲丸を抱えながらの移動はかなりの重労働。これ、本当に読者の皆さんが思ってる以上に重いんですよ。4~5カ月の赤ちゃんぐらいの重さです。お父さん、お母さんを尊敬しつつシューズ探しに。
汗だくになりながら到着したのは、株式会社B&D 渋谷店。早速、店員さんに陸上競技用のシューズを紹介していただきました。
ちなみに、今回担当していただいた上谷凌平(かみや・りょうへい)さんは、学生の頃は八種競技の選手だったそうです。マジですか!
編集部 和泉
最初に、砲丸投用シューズの特徴を教えていただけますか。
上谷さん
まず、こちらが100mや200mなどで使用するトラック競技用のスパイクでして、足裏にとがったピンが付いてます。
上谷さん
そして、こちらが砲丸投、円盤投などで使用するシューズですね。
編集部 和泉
なんだか普通のシューズみたいですね。
上谷さん
そうですね。砲丸投や円盤投は体を回転させる投げ方もあるので、ピンが付いていないんです。
初心者ということもあり、一番安価で初級向けのシューズを試着させてもらうことに。
編集部 和泉
お、ぴったりですかね。
上谷さん
うーん…。ちょっと先が余ってますね。砲丸投はつま先のブレが少ない方がいいので、もう少しサイズを落としてみますか。
言われるがままにサイズを落としてみると、さっきよりも格段に踏み込んだ時のズレがなくなりました。普段履きのシューズならちょっと大きめのサイズでも問題ないですが、競技用となると数ミリのズレが結果につながってしまいます。つま先のベルトも、踏みつけ部分のブレをなくすためのものだそうです。
編集部 和泉
せっかくなので、上谷さんもちょっと砲丸持ってみますか?
上谷さん
じゃあ…。
上谷さん
おおー、もう何年ぶりかに持ちました。やっぱ重いですね(笑)。
上谷さんは、砲丸投は得意ではなかったといいますが、軽々と持ち上げる姿はさすが経験者といったところ。
砲丸コミュニケーションでひと盛り上がりしつつ、無事シューズも購入できました。さあ、あとは投げるだけです。
しかしこの後、われわれはまさかの壁にぶち当たってしまうことに…。
いざ砲丸を投げてみる
投げると言ってもそこら辺の公園で投げるわけにはいかないので、砲丸投ができる施設を調べて、取材のアポを取ることに。ここで問題が発生しました。
各区役所のスポーツ振興課や、競技場などに「砲丸投の撮影を…」とオファーをかけるも、なかなか許可が下りず、断られ続ける事態に。
荒川区、豊島区、新宿区、江戸川区、江東区、台東区、千代田区、文京区…。
砲丸を買ったはいいものの、飛ばない砲丸はただの砲丸。
ああ、飛ばしたい…。こんなにも砲丸を飛ばしてあげたいのに、この世はなんて世知辛いのか。
都内を諦めかけたその時、やっとの思いで板橋区に投げられる場所を発見。ただ、投げられはするものの、投てき競技ができるスペースは何年も使われていない状態で、十分な設備も整っていないとのこと。
しかし、文句を言ってはいられません。熱中症対策も万全に準備しつつ、やって来ました。荒川戸田橋陸上競技場。
ここからは、社会人で投てき競技をされている朽木誠一郎(くちき・せいいちろう)さんに、砲丸投の基礎を教わっていきます。ちなみに、朽木さんは医学部卒の医療記者として活躍されている方です。
編集部 和泉
最初に、砲丸投を始めたキッカケを教えていただけますか。
朽木さん
学生時代から12年以上、陸上をやっているんですが、社会人になってからはブランクもあり、砲丸歴は6年なんです。もともとは走る競技をやってました。
編集部 和泉
転向されたということですか。
朽木さん
はい、ちょっと事情がありまして。僕の大学には医学部の陸上部がなかったので、自分が創部して主将になったんですね。で、ある年に強いやつらが入ってきてくれて、それ自体はうれしかったんですが、陸上は種目ごとに出場できる人数が決まっているので、自分が走る競技から漏れてしまったんです。でも、主将だから何かには出ないといけないし、入賞すればチームに点数も入る(陸上の大会にはチームごとの対抗戦がある)。人が少ない投てきなら、自分にもできるんじゃないかと、甘いことを思って始めました。
編集部 和泉
最初は軽い気持ちで始められた。
朽木さん
そうなんですよ。でも、やってみたら全然、簡単じゃなかった。そこから一生懸命、練習するようになって、最終的には医学部の大会で入賞したり、全学部対象の大会で点数を取ったりするくらいのところまではいけました。
編集部 和泉
スゴイですね!その後、社会人になってからも陸上を続けられている理由は何かありますか。
朽木さん
僕が今も続けているのは、陸上がシンプルだから。投てきなら重いものを遠くまで投げる。他の競技では誰よりも速く走る、遠くまで跳ぶ。それだけです。「記録」が唯一絶対の基準なので、「セルフブランディング」もない。仕事ではあるじゃないですか、でも陸上にはそれがない。実力がないのにカッコつけてばかりいたら、みっともないだけです。遠くまで投げた人がカッコイイ。そのシンプルさが、社会人となった今では貴重なんですよね。
編集部 和泉
仕事のモヤモヤした部分を晴らす手段にもなっているということですか?
朽木さん
そうですね。もうひとつ、陸上には「絶対評価」と「相対評価」があります。僕は競技者全体の中で言えばまったく上位ではなく、五輪なんてほど遠い。それでも続けているのは、絶対評価があるから。過去の自分の記録は越えられるわけです。1cmでも遠くに飛ばせたら、自分の成長を実感できる。そういったところが陸上の魅力です。
編集部 和泉
なるほど。競技者として、今の目標はありますか。
朽木さん
今は大学時代の記録にどんどん近づいているので、全盛期の自分を超えることを目標に練習していますね。
朽木さんの熱いお話を聞いた後、自分の中の「投げたい願望」がピークを迎えるのを感じました(そしてマイ砲丸も今すぐ飛びたいとジリジリ熱を帯びているのも)。
「では、始めましょうか。」
投げる方の手首にテーピングを巻いて、まずはウオーミングアップ。
球をぐるぐる回したり…
前投げをしたり、後ろ投げをしたり…
ギュインギュイン
次第に本格的な投球の練習に入っていきます。
立ち投げ→ステップ→グライド投法→回転投法と、基本からひと通り教えていただきました。
回転投法はこういうカッコイイやつです。
砲丸投には主に、進行方向に背を向けた状態から準備し、振り向きざまに投げる「グライド投法」と、体をターンしながら投げる「回転投法」があります。
現在、世界的には回転投法の選手が多く、今年5月に18m85cmの日本新記録を樹立した中村太地選手も回転投法を採用していますが、日本で回転投法を行う選手はそう多くないといいます。
僕も回転投法をやってみましたが
なんか弱そう。
今回は最初ということで、僕はステップなしの基本的な「立ち投げ」で6m超えに挑戦することになりました。
「もっと思いっきり!」「嫌な上司の顔を浮かべながら!」げきが飛ぶ中、ひたすら投げ続けるも球は6mに置かれたマーカーの手前にポトリ。
ひたすら投げ続け、全員汗だく。
だいぶ限界顔。
それでも投げます。
お世話になったニシ・スポーツさん、B&Dさん、朽木さんの顔に泥を塗るわけにはいかない。
そして、ついにその瞬間はやってきました。
最後の力を振り絞った一投。うぉぉぉぉぉぉ!!!
いったーーーーー!鉄球は6mマーカーの、ほんの少し先に落下!
しゃああああー!
ついにやりました、6m超え!
貧弱な記録ですが、胸の内に沸き起こった達成感。この感覚は、部活をやっていた学生時代以来のものでした。社会人になってからは味わったことのない、久しく忘れていた感覚です。
ということで砲丸の購入から、シューズなどをそろえ、最後は6mの投てきまで。ひと通りやってみて、腕っぷしだけではなく、細かい技術とメンタルが鍵を握る、とても集中力が必要な競技だと感じました。また、記録を伸ばすことで、成長がハッキリ目に見えて分かるのは本当に爽快です。
スポーツのだいごみを味わいました!すべての人にありがとう。ご協力くださった皆さま、本当にお疲れさまでした!
(取材・文=和泉達也、撮影=松本洸、編集=LINE NEWS編集部)