東京都内のスタジオ。
佐藤健はインタビュースペースに、ふらりとひとりで入ってきた。
柔和な笑顔で「佐藤です」と会釈をする。
まずはポートレート撮影。求められ、背景紙の前に立った。
足元にある、立ち位置を示したテープを何気なく確認する。
打者が足場を固めるように、両足で床を小さく、ぐっと踏み込んだ。
「それじゃ、始めましょう」
おもむろに、顔を上げる。
周囲は思わず、息をのんだ。
表情は、俳優のものに一変していた。
射るような視線で、カメラをにらみつける。
実直な若者の「義憤」を思わせる表情。それが口角を少し上げただけで「不敵な笑み」になった。
憂い。喜び。戸惑い。達成感。
1秒ごとに表情を変える。物語を紡ぐようにも、人格自体を変えていくようにも見える。
魅入られたように、無心にシャッターを切り続けていたカメラマンが、ハッと顔を上げた。
「ごめんなさい!時間過ぎてますね!」
平謝りするカメラマンに、佐藤はほほ笑みで応じる。
入ってきたときと同じ、柔和な表情。インタビュー用の席に着くと「お願いします」と頭を下げた。
決まっていたのは2人だけ
19日には、主演映画「億男」が公開される。
――主演が決まった際、役柄への最初の印象は
「主役の一男は、色のない主人公。台本からどういう役かという印象を受けるというよりも、どういう役にしなければならないかを考えて臨みました」
――台本で役柄が決まっていたわけではないのか
「今回は台本自体、完成版を渡されたわけじゃなく、読んで、解釈して、改良していく形でした。クランクインしてからも、その作業は続きました。だから主人公の設定にも、無限に選択肢がありました」
――選択肢とは
「大きく分ければ2つ。分かりやすく活躍させて、いかにも主人公っぽくすることもできた。でも今回は世間によくいる、いわゆる普通の人にしようということになった」
――普通の人というのもいろいろある
「見ている人が感情移入しやすい、媒介にすればいいと。そこから『普通』の中身を決めていった。一生懸命ゆえにダサい、みたいに。一男の役柄は、そうやってできあがっていきました」
――いつも、そうやって役柄を自分で決めていくのか
「今までもなかったわけじゃない。でも今回は、その傾向がより強かったですね。そして一男がこういうキャラになったから、周囲には派手な人が必要だなと」
――最初から配役が決まっていたわけではないのか
「最初は、親友・九十九役の一生さんと僕の2人しか決まっていなかったんです。そこから徐々に、だと思います」
――毎回そこまで主体的に制作に関わるのか
「今回はそうでした。ただ、僕も作品によってアプローチの仕方は違うので。今回はたまたま。珍しいことではないですが。一方で、自分の役のことだけを考えている現場もあります」
落語家さんに憧れるんです
――劇中、モロッコでのシーンが印象的だった
「1月1日から8日まで行っていて、撮影期間は5日間くらい」
――なぜ、モロッコなのか
「モロッコという場所よりも、現在の一男とは違う、キラキラしたものを持っていた一男が描けることが大事でした」
「当時の一男と、10年後に借金を背負って、大切なものを失った一男とで、明らかに輝きが違えばいいなと。モロッコという場所でキラキラしていたものが、今では損なわれ、失われているという」
――砂漠で落語をする場面が目に焼きつく
「特に一生さんは、演じる九十九が落語の天才ということもあり、モロッコロケの3カ月以上前から準備をしていたそうです。僕も高座を見に行ったり、立川志らくさんの指導を受けたり、時間をかけて勉強しました」
――落語をやってみて思うこと
「役者をやっていることがアドバンテージみたいなことを言ってくださる方もいらっしゃいましたが、自分としては最初から、落語は難しいと思っていました。でも敬意、憧れはあったので、いい機会でした」
――どんなあたりをリスペクトするのか
「基本的には型の中で、技術だけで勝負をされているところですね。役者は技術があるに越したことはないですけど、なくても成り立つ仕事。気持ちだけでもいけます。でもそれだけじゃダメだと思うので、技術で表現をする落語家さんに憧れるんです」
――気持ちだけ、とは
「例えば一男の役柄とかは、精神論から入っていく。技術というより、彼の生活そのものをする感じにしたい。技術を感じさせると、おそらく感情移入の妨げになる。だから彼の生活を生き、人生を生きて、それを切り取ってもらって映画にするのが理想かと」
――役柄の生活と佐藤健の実生活とのギャップはある
「できれば一男だけの生活をしたいくらいです。その期間だけでも実生活がなければ、とも思います。ただただ、借金に苦しみ、悶々(もんもん)としている一男の人生を生きたかった。見てもらいたかった」
――ただ一方で、技術に対する敬意、憧れはある
「今回は精神論でしたけど、それだけではたどり着けない役柄もある。だから技術を持った上で、精神的なアプローチもできる役者でありたい。なので、確固たる技術を持つ落語家さんたちには、憧れがあります」
映画とドラマ、演じ方の違い
――「半分、青い。」の律という役柄に対してはどう向き合ったか
「ドラマと映画は違いますね。映画はお客さんが『この人は何を考えているんだろうか』などと考えながら見てくれる。だからニュアンス芝居で良くて、そのときの感情を持ってたたずんでいればいい」
「そうすれば、見ている人が『悲しいんだな』とか『嫉妬しているのか』とか解釈をしてくれる。でもドラマは違います。『今、私は悲しいんです』と提示していかなければならない」
――なぜ、提示が必要なのか
「連ドラは、映画ほどじっくり見てもらえないコンテンツだと思っています。自宅には映画館と違って、他にやることもたくさんある。全ての時間を割いてもらえない中で見られている」
――朝ドラなどは特に、朝食や家事の合間に消費されるコンテンツ
「まさにそうですね。朝は特に時間がない。だからニュアンス芝居が許されない。分かりやすく芝居をしないと届かない。ただ、分かりやすすぎるとうざくなる。そういう意味で、技術が必要です」
――「半分、青い。」まで、連ドラから3年ほど距離を置いていた
「偶然です。何なら、ドラマをもっとやりたかった。ただひかれる企画が映画に多かった。結果論です。映画がいいとか、ドラマが嫌とかはなくて、本当はバランス良くやりたかったんですよね」
――ひかれるテーマとは
「例えば今回、億男の『お金』というテーマで作品を残せるのは財産です。お金って誰にとっても絶対的なもので、普遍的。生きていく上で逃れようのないものを題材にできたのはよかったです」
もうひとつの「表現の場」
映画、テレビとは違う表現の場として、SNSも活用している。佐藤さん本人とのやり取りを疑似体験できるLINE上での取り組みは、フォロワーが60万人に迫っている
――なぜ、このスタイルになったのか
「僕も以前、芸能人の公式アカウントをフォローしてみたことがありました。すぐに自動返信がババッと来たけど、これファンの方は本当にうれしいのかなと、疑問が生じまして」
「で、自分にもやらないかというお話が来たときに『自動返信じゃなくてもできるんですか?』と聞いてみたんです。できるし、コメントも見られる。だったらこういうことできるかなと」
「自分がユーザーだったからこそ、ですかね。だから、キャラもつくってません。本当に僕が友達とやるLINEのやり取りそのままの感じにしています」
――大きな反応を得ての感想は
「割と早く、手応えは得られましたし、正直思った以上に喜んでいただけているなと。ここまでとは思いませんでした。おはようと言うだけで、こんなに喜んでもらえるなんて。発見というか、驚き」
――役者業で忙しい合間に、LINEが負担にはならないのか
「いえいえ。ツイッターとかインスタグラムとかをアップするより、よっぽど楽だと思うんですよね。文章やネタを考える必要、そんなにないし。それでいて、より喜んでいただけるんじゃないかと」
――情報収集ツールとしてのSNSの活用は
「ネットの声には敏感でいるようにしています。知っておくべきだと思っている。ポジもネガも、だいたい自分のイメージと一緒ですけど、大事なのは確認し続けておくことだと思っています」
――確認を経て、どうするのか
「反応が自分のイメージからずれていたら、軌道修正をしないといけない。やったことで喜んでもらうのが仕事だから、やったことで思うような反応が得られないなら、何かを変えないと。受け取ってくださる側が、どう受け取っているのかは大事」
数字より、自分がいいと思うものを
29歳。人生の節目の年が近づいてきた。
――仕事に対する考え方の変化は
「ありますね。僕の仕事は特に、アウトプットに年齢が直接関わってきます。20代が終わるということは、新しい役ができるとも言えるけど、失う役も出てくる。だから失う前にやっておきたい」
――具体的に、やっておきたい役柄は
「とりあえず『半分、青い。』で制服はおなか一杯ですかね(笑い)。そこはクリア。あとはラブストーリーとかでも、20代と30代では形が変わる。若者の恋愛というのをやっておきたいですね。あとは大学生はギリいけるかなとか、身体が動くうちにアクションとか」
――いよいよ国民的俳優になりつつある
「いえいえ。個人的には、万人受けというのは作品をつくる上でも無理なことは分かっているつもりです。全員にとっていいものって、無理じゃないかなと」
「その中で基準にしたいのは、自分がいいと思えるかどうか。自分がいいと思えるものには、はっきり言って自信はあります。もしもそれが嫌いだと言う人がいても、あまり気にならない」
「逆に自分がいいと思わないもので、数字が出てもそんなにうれしくないんですよね。そもそも、数字を狙いに行くのは難しいし、そこに振り回されるとおかしなことになる」
「それよりもとにかく、自分がいいと思うものを発信し続けていきたい。いいことも訪れるし、悪いことも訪れると思うけど、どちらも受け入れる。そういうスタンスでやっていこうと思っています」
佐藤 健(さとう・たける)
1989年3月21日、埼玉県生まれ。
【近年の主な出演映画】
『るろうに剣心』シリーズ(12・14) 『バクマン。』 (15)『世界から猫が消えたなら』 『何者』 (16)『亜人』 『8年越しの花嫁 奇跡の実話』 (17)『いぬやしき』 (18)
最新作『億男』が10/19より公開
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