そもそも、なぜ速度を落とすのか?
寒波による雪の影響で、滋賀県の米原地区を中心とした一部区間で、速度を落としての運転が続いている東海道新幹線。きょう2017年1月16日(月)も、愛知県の三河安城駅と新大阪駅のあいだなどで減速しての走行になり、記者(恵 知仁:鉄道ライター)が乗車した品川駅8時47分発の「のぞみ211号」も、新大阪駅到着が24分遅れの11時37分になりました。
なぜこうしたとき、東海道新幹線は速度を落としての運転になるのか、JR東海は次のように説明しています。
(1)列車が走行する速度が速くなると、舞い上がる雪の量が多くなる。
(2)舞い上がった雪は車両に付着し、氷の塊となる。
(3)車両に付着した氷の塊が解けると落下し、バラストをはね飛ばす。
「バラスト」とは、レールの下に敷かれている石のこと。車両から氷の塊が落ちると、それによってはじき飛ばされたバラストにより、車両の窓ガラスが割れるなどの被害が出ることが考えられます。こうしたことを防ぐため、つまり安全のため、積雪区間や、それに隣接する区間で速度を落として運転するのです。列車の速度が遅くなると雪を舞い上げにくくなる、すなわち車両に雪がつきづらくなり、被害の発生を抑えることができます。
普段とは異なる車内放送 「雪による速度規制」ドキュメンタリー
2017年1月16日(月)、雪による速度規制を受けた新大阪駅行き「のぞみ211号」は、雪の影響を受け、次のような運行になっています。
その「のぞみ」に、記者は品川駅より乗車。都内から富士山が車窓に望める晴天のなか、次の新横浜駅を定刻の8時59分に発車したところで、普段とは異なる次のような車内放送が行われました。
「雪の影響により、三河安城~新大阪間で速度を落として運転しております。次の名古屋駅には定刻通りの10時21分到着を予定しておりますが、京都、新大阪駅には30分ほど遅れての到着が見込まれます。京都駅には11時28分前後、新大阪駅には11時43分前後の到着予定です。京都、新大阪駅へのお客さまには大変ご迷惑をおかけします」
そのとおり、雪が一部に積もっているものの、晴天の名古屋駅へは定刻に到着。しかし、岐阜羽島駅を通過するころには積雪が増加してきました。そして、列車の進行方向である岐阜・滋賀県境方向の空には、立ちこめる暗い雲。それがいよいよ近づいてくると列車は減速し、本来ならば最高速度285km/hである「のぞみ211号」は、170km/h程度での走行になりました。なお、これら走行速度はGPS受信機の表示によるもので、実際とほぼ同様と考えられますが、必ずしも同じではないことをご承知ください。
断続的に続く、普段は聞こえない謎の音
そして関ヶ原の手前にある岐阜県垂井町内で、少し驚かされます。断続的に「バシュッ」といった音が響くようになったのです。
これは線路脇に設置されているスプリンクラーの散水が、列車に当たった音です。線路に積もっている雪をしめらせ、「濡れ雪」にすることで雪の舞い上がりを防ぐため、JR東海は降雪が多い東海道新幹線の岐阜・滋賀県内およそ70kmの区間にスプリンクラーを設置。それが作動しているのです。
列車は岐阜県垂井町内でさらに減速。在来線の特急列車レベルである120km/h程度での走行になり、まもなくの関ヶ原町内は、空に白いものが舞う雪国の景色でした。
滋賀県に入って米原駅を通過したのちも車窓は同様で、列車は引き続き最高120km/h程度で走行。そして大津市が近づいたころ降雪地帯を抜け、170km/h程度までスピードを戻してほどなく、一部に雪が残るものの晴れて日差しのある京都駅へ、約25分遅れの11時23分ごろに到着しています。
京都駅の発車後は、最高速度が230km/h程度に。特に120km/hの低速走行が長く続いていたぶん、乗っていて数字以上に列車が速くなった気がしました。
数ある新幹線、なぜ東海道は雪の影響で遅れるのか 「先駆者」ゆえの悩み
雪国を毎日、普通に走る新幹線も少なくないなか、なぜ東海道新幹線は雪による速度規制を受けるのか、それには理由があります。
ひとつは、いわば「想定外」だったこと。1964(昭和39)年に最初の新幹線として東海道新幹線が開業する前、神奈川県内の「鴨宮モデル線」で新幹線の走行試験が行われましたが、そこは米原地区のように降雪する場所ではありませんでした。また、世界で初めて200km/hを越える高速走行を実現した東海道新幹線、そのスピードになると大量の雪を巻き上げ、先述したバラストをはじき飛ばすような事態を引き起こす、ということは“未知の領域”でした。
東海道新幹線以降に開業した新幹線ではそうした教訓から、スプリンクラーで大量の水をまき、雪をとかしてしまうといった対策を行っています。しかし東海道新幹線は、それができません。線路が土を盛った上にバラスト(石)を積んだ構造であるため、大量の水をまくと土が緩くなり、悪影響が出る可能性があるからです。
この「線路の構造」も、東海道新幹線が雪の影響を受けやすい理由のひとつ。そのため東海道新幹線では、線路に悪影響が出ない程度の散水を行い、舞い上がりにくい「濡れ雪」にしています。雪国を行くほかの新幹線は線路がコンクリートですが、東海道新幹線が誕生した当時、そうしたコンクリートによる線路の技術はまだ確立されていませんでした。
こうした“先駆者”であるがゆえの悩みを、東海道新幹線は抱えています。そこでJR東海は先述したスプリンクラーのほか、効率や性能の良い新型除雪車の配備、レーザービームで降雪状況を判別する「降雪情報装置」の設置、高圧洗浄機を使って駅で雪落としをする、地上や車両に監視カメラを用意して車両への着雪量を正確に把握、より適切な速度制限を行うといった対策を実施。遅延はするものの、かつては多かった「雪による運休」を1994(平成6)年以降、ゼロにしています。