目的は「地域活性化」「もっと便利に」
京急電鉄が4駅を2020年に改称します。この駅名変更のきっかけは、2019年3月3日(日)に予定されている「大師線連続立体交差事業」でした。川崎市川崎区内を走る京急大師線の東門前~小島新田間を地下化し、交通量の多い東京都道・神奈川県道6号東京大師横浜線、通称「産業道路」など3か所の踏切を解消します。産業道路と京急大師線の交差地点付近にある産業道路駅は地下化され、地上には駅前広場が整備されます。そこで京急はまず、産業道路駅の改名を決めました。
京急電鉄の2100形電車(2017年4月、草町義和撮影)。
同社によると「今後の沿線活性化の一助にするため(中略)一層皆様に愛され、沿線の活性化に繋がると思われるものや、読みかた等が難しくお客さまにご不便をおかけしている駅等」についても変更を検討するため、2018年9月から10月にかけて、京急沿線の小学生と中学生から駅名変更案を募集。全73駅のうち47駅が対象となる大胆な企画として話題になりました。
結果、大師線の産業道路駅は「大師橋駅」に、本線の花月園前駅(横浜市鶴見区)は「花月総持寺駅」に、仲木戸駅(同・神奈川区)は「京急東神奈川駅」に、逗子線の新逗子駅(神奈川県逗子市)は「逗子・葉山駅」に改称が決定。実際に駅名が変更される時期は2020年3月で1年以上も先ですが、「東京オリンピック」のころには新駅名も広く認識されていることでしょう。
京急4駅はなぜ改称? いっそ「葉山ゲートウェイ」
京急の駅名変更の目的を整理すると「沿線活性化の一助」「皆様に愛される」「お客様の不便の解消」です。
「逗子・葉山」駅に改称が予定されている京急逗子線の新逗子駅(2014年1月、草町義和撮影)。
駅名になっている「産業道路」は、実態として大型トラック、トレーラーなどで渋滞しています。排ガスを連想する人もいることでしょう。一方、「大師橋」は多摩川に架かる大きな斜張橋で、白い主塔が美しく、ライトアップも行われます。「皆様に愛される駅」にふさわしい名前として、イメージアップに貢献して沿線活性化につながります。
花月園前駅は、花月園遊園地の最寄り駅として開業しました。しかし1946(昭和21)年に遊園地は閉園。1950(昭和25)年から2010(平成22)年までは花月園競輪場がありました。そのため、いまでもギャンブルのイメージが強い名前です。そこで付近の曹洞宗大本山の総持寺にあやかりたいところ。しかし大阪に、総持寺駅(阪急電鉄)とJR総持寺駅があります。また、花月園跡はUR都市開発機構が宅地開発するほか、横浜市が鶴見花月園公園(仮称)を整備しているため、新駅名は「花月」を残し「花月総持寺」としたようです。
仲木戸駅は、隣接するJRの東神奈川駅と名前が違い不便という理由で「京急東神奈川駅」になります。駅名がそろうと確かに分かりやすくなりますが、開業は京急の駅が3年先(1905年開業)で、仲木戸の由来はこのあたりに徳川将軍の神奈川御殿の門があったからだそうです。“後輩”のJR駅のほうが「仲木戸」に合わせてくれたら良いのに、と筆者(杉山淳一:鉄道ライター)は思いますがいかがでしょうか。
新逗子駅は神奈川県葉山町の近くです。「逗子・葉山駅」とすることで「葉山も駅から近くて便利」という印象を与えます。これも地域活性化の一助となることでしょう。もっとも、葉山に住む筆者の友人は「駅がなく静かなイメージが葉山の良さ」などと話しており、近隣の人々とは、田町~品川間に開設されるJRの「高輪ゲートウェイ駅」にちなんで「いっそ『葉山ゲートウェイ』が良かった」という冗談も交わされているそうです。
駅舎の更新から1年後に駅名変更するワケ
ところで、京急大師線の地下化は2019年3月です。しかし駅名変更は1年も先。準備に時間を要するとしても、長すぎるような気がします。産業道路駅は新しく地下に造られるため、駅名看板など掲示物も作り直すと思われます。それなら、地下化と同時に駅名を変更すれば手間が省けますし、費用も抑えられるように思います。一体なぜ、地下化と駅名変更は1年も差ができるのでしょうか。京急電鉄に聞きました。
「第一に、駅をご利用いただいているお客様に周知させていただくため、時間をかけたいということです。ほかには、IC乗車券などシステム変更のタイミングなども考慮しています」
駅名の変更によって、まずは駅名の看板、プラットホーム上の時刻表など、駅の掲示物が交換されます。両隣の駅の「次の駅」の表示も変更です。路線図、運賃表など、路線や鉄道会社全体の掲示物も変わります。駅や車内放送の自動音声も新規録音が必要です。列車の終着駅であれば、車両の行先表示も変更です。駅名変更は鉄道会社全体に及びます。駅名変更の必要があるなら、そのすべての駅を一斉に変えたほうが時間と費用の節約になります。
鉄道会社内部だけの問題ではありません。駅は地域の目印です。市販の地図、電子地図、カーナビなどの地図にも反映されます。さらに、駅前の商店では「○○駅前店」といった支店名を変更する必要があります。こちらも看板などの掛け替えが必要です。商店ではなくても、企業の最寄り駅であれば所在地の地図が変更されます。支店名も影響するかもしれません。駅名変更は鉄道会社だけの問題ではないのです。京急電鉄の言う「お客様へお知らせと周知」には、このような内容を含んでいます。
ダイヤ改正日に駅名改称が多い背景
そして、近年の駅名変更では「3月」が意味を持ちます。2019年3月16日(土)にゆりかもめが、船の科学館駅(東京都江東区)を「東京国際クルーズターミナル駅」に、国際展示場正門駅(同)を「東京ビッグサイト駅」にそれぞれ変更します。東京国際クルーズターミナルは、世界最大級のクルーズ船に対応できるよう建設が進む港湾施設です。開業は2020年7月で、駅名変更はこれに1年4か月ほど先行します。ゆりかもめに聞いたところ、京急電鉄の回答にもあったように「IC乗車券などシステム変更のタイミング」とのことでした。
2019年3月16日にゆりかもめは2駅を改称する(画像:ゆりかもめ)。
ここで、ゆりかもめの駅名変更日「2019年3月16日」に注目します。この日はJRグループのダイヤ改正日です。JRに直通運転する私鉄や地下鉄、新幹線や特急に接続する地方私鉄も、この日に合わせてダイヤを改正します。新しい列車が誕生したり、新しい駅ができたり、廃止されたりします。
つまり、ダイヤ改正日は列車の時刻だけではなく、運賃に関する変更も生じるわけで、全国のIC乗車券のシステム変更も同時に行われます。このタイミングに合わせて駅名を変更すれば、駅名変更のためのシステム変更費用負担は小さくなるというわけです。
さかのぼってみると、京阪電鉄が石山坂本線の4駅を改称した日は2018年3月17日で、JRグループのダイヤ改正日でした。東武鉄道が伊勢崎線(東武スカイツリーライン)の松原団地駅(埼玉県草加市)を獨協大学前駅に変更した日は2017年4月1日で、JR東日本の磐越西線で郡山富田駅(福島県郡山市)が開業し、常磐線の小高~浪江間が復旧するなどのダイヤ改正が行われています。
IC乗車券を採用していない鉄道会社は、駅名変更日を独自に設定しています。また、IC乗車券を採用している会社にも例外があります。たとえば、東急電鉄は2019年秋に田園都市線の南町田駅(東京都町田市)を「南町田グランベリーパーク」駅に変更します。駅に隣接するショッピングモールのリニューアルに合わせて、駅名を同名とするのです。また、駅名変更と同じ日に田園都市線のダイヤ改正を実施し、南町田グランベリーパーク駅を急行停車駅に格上げします。
東急電鉄によると「駅名のみ3月に変更するという計画はなく、予定通り秋に駅名を変更します。正式な変更日はまだ決まっていません」とのこと。また、同時に駅名を変更する駅はないといいます。ちなみに東急東横線の学芸大学駅(東京都目黒区)や都立大学駅(同)は付近に同名大学がないため、違和感がある駅として話題になりますが、駅名変更の考えはないようです。
【画像】京急4駅、改称後の駅看板イメージ
京急電鉄4駅の改称後の駅看板イメージ(画像:京急電鉄)。
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