平家終焉の地のさらに下に
本州と九州のあいだにある関門海峡の両岸は現在、渡船(関門汽船)、鉄道(JR在来線・新幹線)、関門橋(高速道路)、関門国道トンネル(国道2号線)で結ばれていますが、このうち関門国道トンネルの一部で、車道の下を通る「関門トンネル人道」(以下人道トンネル)は「車道」に対する「人道」で、つまり歩いて渡れる海底トンネルです。
歩いて関門海峡を渡れる「関門トンネル人道」。ランニングコースとしても近年利用が増えているという(加藤博人撮影)。
人道トンネルは1958(昭和33)年に車道トンネルと同時に開通し、今年(2018年)で60年を迎えましたが、意外な利用法を楽しむ人で大混雑していました。
本州(下関市)と九州(門司市)を結ぶ関門国道トンネルの建設開始は、戦前にさかのぼります。試掘立坑工事が開始されたのは1937(昭和12)年。戦争のために工事が中断されましたが1952(昭和27)年に再開し、1958年3月10日に車道と人道の2層構造となる関門国道トンネルが開通しました。
人道トンネル入り口は関門橋のすぐ近く。付近には攘夷戦争などに使われた大砲のレプリカなどもある(加藤博人撮影)。
人道利用者をはじめ観光客用に用意された無料駐車場は午前6時から22時まで利用可能(加藤博人撮影)。
関門トンネル人道の入口。ここからまずはエレベーターに乗る(加藤博人撮影)。
人道トンネルの本州側(下関側)は関門橋を見上げるみもすそ川にあります。源平の戦いで平家が敗れた壇ノ浦もこのエリアで、出入口前のみもすそ川公園には、明治維新のきっかけとなった攘夷戦争や下関戦争で使用された大砲を原寸大に復元したものがあり、観光スポットにもなっています。門司側は和布刈(めかり)山の中腹にあり、観光エリア「門司港レトロ」へのアクセスも良好です。なお、歩行者と自転車、原付(原動機付自転車)は人道を利用でき、料金は歩行者無料、自転車・原付は20円です。自転車や原付に乗ったままの通行は固く禁じられており、そのまま乗って行こうとすると監視室より注意のアナウンスが流れてきます。
海底60mの空間に集まる人々
開通当初は通勤や通学、見物人などで1日5000人以上の通行があったそうですが、現在は「多い時で1000人以上のご利用をいただいております」(北九州市 観光課)とのこと。通勤や通学で使う人は多くはありませんが、近年は海外からの観光客が増えているそうです。
また、増えていると言えば意外な利用方法で人道トンネルの内部が賑わいを見せています。10年ほど前からランニングやウォーキングのコースとしても人気を集めているとのことで、下関出身の筆者(加藤久美子:自動車ライター)もその話を聞いていましたが、今回、久しぶりに訪れてびっくり。まるで体育館のランニングコースのように、30人くらいでしょうか、たくさんの人々が運動着姿で走ったり歩いたりしていました。歩行訓練用のリハビリ場所として使っている人もいるとのことで、雨や風も関係なく、クルマが飛び出してくることもなく、午前6時から22時までの間、管理された場所で安全に歩けることが人気の理由のようです。
関門トンネル人道の様子。自転車や原付は押して通過する。県境はトンネルのほぼ中央(加藤博人撮影)。
利用者に話を聞きました。
「ほぼ毎日、会社帰りに走りに来ています。雨でも雪でも年中無休で6時から22時まで無料で使えるのが魅力ですね」(下関在住の男性)
「夏休みを利用して日本全国を自転車で旅しています。人道トンネルは自転車で日本一周をする人たちのあいだでも有名です。皆さんここを目指して九州に入りますね」(東京在住の男性)
なお、自転車で関門海峡を渡るにはほかに渡船(約5分、旅客運賃400円+自転車運賃250円)という方法もありますが、やはり海底トンネルを利用する方が多いようです。
維持費は「相当」
人道トンネルの有料利用者(自転車・原付)はあまり多くはなく、通行料収入は今年度、1日あたりの平均で約2300円とのことですが、保守や管理には相当な費用がかかっています。1998(平成10)年度に更新された一般用エレベーター(下関側、門司側合わせて6基分)のメンテナンスだけでも多額の費用がかかるそうです。
関門国道トンネルの断面図。車道の下を人道が通っている(加藤博人撮影)。
また、車道トンネルと合わせて大規模なリフレッシュ工事を行うこともあり、2010(平成22)年の工事の際には108日間という長いあいだ、車道も人道も通行止めとなりました。車道の方は関門橋(普段は高速道路用)へトンネル利用料金と同額で迂回する措置が取られましたが、関門橋の利用ができない歩行者や自転車はそうもいきません。ではどうしたのかというと、歩行者、自転車、原付の利用者を工事期間中108日間、毎日、バスとトラックにより、人道トンネルの供用時間である午前6時から22時まで関門橋を通り無償で搬送したのです。サポートの手厚さに驚きますね。
通行料無料でも維持され続けるウラの理由とは?
相当な維持費がかかる人道トンネルを維持し続けるのには、国道トンネルの歩道として関門海峡の人の往来を支える地域に欠かせないインフラという以外にも、実は非常に重要な役割を持っています。
60年前に設置し、1998(平成10)年度に更新された三菱製のエレベーター。行先ボタンは「地上」と「地下」のみ(加藤博人撮影)。
三菱製の重厚なエレベーター。これで、地上と海底約60mを昇降(加藤博人撮影)。
関門人道トンネル下関側の出入口。料金ボックスはこちら側のみ設置(加藤博人撮影)。
一般的に車道のトンネルには、長さや交通方式などによって非常口や緊急避難通路を設置する決まりとなっていますが、戦前に建設が始まった関門国道トンネルにはそれがありません。そこで大規模な火災などが発生し車道トンネルから避難するような際に人道トンネルが使われることがあります。全長約3.4kmの車道トンネルには、数か所に非常口があり、海底部については、緊急時にはクルマをトンネル内に置いたまま人だけが、人道トンネルに降りて避難する仕組みになっています。すなわち、関門国道トンネルにおける車道と人道は一体として管理されているものであり、相当な維持費がかかる人道トンネルだけを見た収支ではなく、それは車道と合わせて考えるべき数字ということになります。ちなみに1973(昭和48)年には(車道、人道あわせたトンネル全体としての)建設費を償還しており、人の通行についてはその前年の1972(昭和47)年から無料化されています。
人道トンネルには本州と九州を結ぶ大動脈である関門国道トンネルを、文字通り下から支える「縁の下の力持ち」の役割もあるのですね。