大きく3つある窓の役割
列車の窓を開けたことがないという人も、今では珍しくないのではないでしょうか。
大窓を分割して一部を開閉できるように改造したJR東日本の通勤形車両。現在は209系2100番台として房総各線で使われている(2013年4月、草町義和撮影)。
鉄道車両の冷房化は概ね80年代から90年代にかけて完了します。それまでは夏は窓を開けて車内に風を通していました。冷房車であっても、冷房を使用するのは夏だけで、それ以外の季節は窓を開けることも珍しくありませんでした。
現在では、わざわざ窓を開ける人は見かけませんし、そもそも開かない窓も増えています。列車の窓の役割は、どのように変化してきたのでしょうか。
建築物の窓には、大きく分けて眺望、採光、通風の3つの役割があります。鉄道車両の窓の役割も基本的には同様です。
眺望
眺望つまり外の景色を眺める機能は、移動を前提とした鉄道車両においては特に重要です。それは車窓の景色を楽しむことだけではありません。案内装置が普及する以前の鉄道においては、窓から入ってくる情報が現在地を把握するための唯一の手段でした。
たとえば、1927(昭和2)年に登場した日本初の地下鉄車両は、トンネル内を走るため景色が見えないからこそ、どこの駅に到着したのか分かりやすいように大きな窓を備えていました。車内放送や車内ディスプレイなど様々な案内装置が普及した今でも、まずは窓の外の景色から現在地を判断するという人は少なくないはずです。
新鮮な外気を取り込む「換気」、しかし問題も
採光
安価で取り扱いが簡易な照明装置が普及するまでは、明かりを確保する最も簡単な手段は太陽光を取り入れることでした。側窓だけでは車内の隅々に光が届かないので、初期の鉄道車両は屋根の上に段差を設けて二重の屋根とするダブルルーフ構造を採用し、段差に窓を設けて採光していました。
レバー部分が取り除かれ開かなくなっている窓も(2009年3月、乗りものニュース編集部撮影)。
夜間用の車内照明としては鉄道開業当初から石油ランプが設置されており、後に白熱灯が普及しますが、昼間と同等の明るさを実現するためのものではありませんでした。車内照明を常時点灯させる必要が生じるのは、鉄道が長区間の地下トンネルを走るようになってからのことです。
現在も一部の鉄道事業者が日中の室内灯を消灯しているように、今も採光は窓の重要な役割のひとつであり続けています。
換気
狭い空間に多くの人が乗車する鉄道車両にとって、暑くよどんだ空気を排出し、涼しくきれいな空気を取り込むための換気は欠かせません。
車両の換気は、ベンチレーターと呼ばれる、風圧によって内気を吸い出したり、外気を吸い込んだりする装置が主に担いますが、初期の車両ではダブルルーフの採光窓を開閉させ、換気に用いるものもあるなど、窓とも密接な関係があります。そして車両の側面の窓も、さらに多くの外気を取り込み、車内に採風するための手段として活用されていました。
一方で、窓が開くことでいくつかの問題も生じます。
ひとつは新鮮な外気以外の、好ましからざるものの車内への侵入です。例えば突然降り出した雨が吹き込んできたり、騒音や悪臭が入ってきたり、蒸気機関車が運行されていた頃は、トンネル走行中は窓を閉めないと煙が車内に流れ込んでくるということもありました。ですから走行位置や環境に応じて窓を適時開け閉めすることは、旅客の重要なミッションのひとつであり、交通マナーでもありました。
もうひとつは、窓から身を乗り出して車外へ転落したり、車内からはみ出たものが外部と接触したりする危険性です。そのため、特に乗車率の高い都市部の鉄道車両においては、窓の外に保護棒を設置するか、窓の上部だけを開けられる構造とするなど、窓の開口部を制限することで安全性を確保しています。
変わる窓の役割と常識
冒頭に述べたように、窓の役割は技術の発展とともに次第に変わっていきます。
営業最高速度110km/hのビジネス特急「こだま」用に、1958(昭和33)年に製造された国鉄の151系特急形電車は、全車に空調設備を完備することで、客室を固定窓とした最初の車両です。
151系が固定窓を採用した理由のひとつが、列車の高速化です。空気抵抗は速度の二乗に比例するため、100km/h以上を超えると運転速度を行うためには空気抵抗の影響を無視することができません。窓を開けると空気抵抗が増大するため、固定式の窓を採用したのです。これは200km/h以上で走行する新幹線ではさらに重要な要素となり、特急車両は窓が開かないことが「常識」になっていきました。
東海道・山陽新幹線のN700系も固定窓。空気抵抗を減らすため、車体と窓との段差が極力小さくなるように造られている(2018年3月、恵 知仁撮影)。
通勤電車の「常識」を変えたのは、1993(平成5)年に登場したJR東日本の209系電車です。それまでの通勤電車が長い歴史の中で改良を積み上げて作られてきたのに対し、209系は全く新しいコンセプトに基づいて、最新の技術を用いて一から設計されました。
コンセプトの中心には徹底した軽量化が掲げられ、車体の構造や各種装置の見直しにより、編成全体の重量を旧型車両の半分程度にすることが目標とされました。
窓、ベンチレーター、冷房についても役割を整理し、換気と冷房を兼ねた空調装置を通年稼働させることで、車両端の小窓を除き固定窓として開閉機構を省略しました。さらに熱線吸収ガラスを用いることでカーテンも省略するなど、軽量化とコストダウンを徹底しています。
ところがこの新たな試みには大きな問題がありました。換気と冷房のすべてを機械化したことで、停電などにより空調装置が停止した場合に換気性能が極端に低下してしまうのです。実際に209系が長時間立ち往生した際に体調不良者が続出する「事件」が発生したこともあり、結局固定窓の一部を開閉できるように改修工事が行われ、その後の新型車両は開閉できる窓が増やされました。
JR東日本の209系2100番台。房総各線で使われている(2013年4月、草町義和撮影)。
しかし209系の登場を契機として、通勤車両の窓を開ける習慣がなくなっていったことは間違いありません。窓を閉めた方が騒音も少ないですし、窓を開けることで窓から吹き込む風で髪が乱れたり、花粉が侵入したりするのを嫌う人もいます。空気清浄機を設置して、車内の空気にまで気を遣う鉄道事業者も登場するほどです。
最近は一部の窓が開くことに気付かない、または知らない乗客が増えたために、「この窓は開けることができます」というステッカーが貼られた車両も走っています。いざという時に備えて、開けられる窓を見つけておくのも重要かもしれません。
【写真】下半分が開けられる列車の窓
レバーを操作して下半分が開けられるタイプの窓(2007年12月、乗りものニュース編集部撮影)。