「ななつ星」デザイナーによる「スイーツトレイン」 九州の旬の食材を
「『鉄道』は『旅客(移動)』『物流(流通)』に加え、『エンターテインメント』になったと思います」
JR九州の観光列車「JRKYUSHU SWEET TRAIN『或る列車(あるれっしゃ)』」に、「鉄道BIG4」としてテレビ番組にも出演するホリプロの南田裕介マネジャーが乗車し、語った言葉です。各地でさまざまな個性を持つ観光列車が運転されているなか、“プロの鉄道ファン”の目に、「或る列車」はどう映ったのでしょうか。
「JRKYUSHU SWEET TRAIN『或る列車(あるれっしゃ)』」に興奮するホリプロの南田マネジャー(2017年4月、恵 知仁撮影)。
「或る列車」は2015年8月8日に久大本線の大分県内、大分~日田間の「大分コース」で運行を開始。車両デザインは、日本における豪華クルーズトレインの先駆け「ななつ星in九州」と同じ、工業デザイナーの水戸岡鋭治さんが代表を務めるドーンデザイン研究所が手がけています。
デザイン、設計は1906(明治39)年に現在のJR九州へつながる九州鉄道がアメリカのブリル社へ発注した豪華客車、通称「或る列車」の模型を参考に、行われました。21世紀によみがえったその豪華な車内で、流れる風景を楽しみながら季節のスイーツコースを味わえるのが、「或る列車」の特徴です。
ちなみに南田マネジャーは、「ズッパ・イングレーゼ」というイタリア菓子を求めお店を探したこともあるほどの甘党。今回の「或る列車」乗車は、前日に甘いものを控えるといった気合の入りようでした。
いざ乗車へ 南田マネジャーが乗る前に感じた「或る列車」のスゴさとは?
「すごい! 輝いている! ゴールド!」(南田マネジャー)
2017年4月24日(月)の午前9時すぎ、南田マネジャーが興奮している大分駅のホームへ、黄金色の車体に陽光を反射させながら「或る列車」が入線してきました。すると南田マネジャーは早速、「細かい点」に気づきます。
「或る列車」はディーゼルカーの2両編成。
細かい造形が施されているタイフォンカバー。
ラインが金属で描かれている「或る列車」。
まず、車両の前面にある空気圧を使った警笛装置「タイフォン」のカバー、そして車体に描かれた唐草模様。その細かさに南田マネジャーは感心しきり。そしてさらに、あることに強く心をうたれたようです。
「帯がシールじゃない!」(南田マネジャー)
車両の側面に入っている金色のライン。こういったデザインはシール状のもので表現されることがよくありますが、「或る列車」は金属を使用。唐草模様の部分もそうです。上質感、重厚感、そして手間暇かけられている列車である、ということが、こうした細かい点から伝わってきます。それを南田マネジャーはめざとく見つけたワケです。
南田マネジャー「まさにビフォーアフター!」 劇的な匠の技
「或る列車」を見た南田マネジャーからは、こんな言葉も。
「スゴイとしか言いようがない! まさに『ビフォーアフター』!」
この「或る列車」、実はキハ47形という、普通列車などに使うディーゼルカーを改造したもの。南田マネジャーは関西に住んでいた少年時代によく乗っていたそうです。
「47DC」(キハ47)と書かれている「或る列車」。
手前が「或る列車」の、奥が普通列車向けのキハ47形。
普通列車に使われるJR九州キハ47形の車内。
元は普通列車向けのキハ47形、「或る列車」への改造で外見が大きく変わっていますが、内装はさらに劇的に変わりました。
キハ47形「或る列車」の車内。
キハ47形「或る列車」の1号車の車内。
キハ47形「或る列車」の2号車の車内。
なじみ深い車両の激変に思わず、テレビ番組「大改造!! 劇的ビフォーアフター」に由来する言葉が、南田マネジャーの口から飛び出したのです。
「キハ47形の基本構造のまま、ここまで変われるなんて!」(南田マネジャー)
「或る列車」の背景に“匠(たくみ)の技”があることを知っていると、よりその旅を楽しめるかもしれません。
フリードリンクの「或る列車」、その内容 おっさん組は注意も必要?
「或る列車」は定刻9時46分、大分駅を発車。「スイーツトレイン」の旅がいよいよ始まりました。南田マネジャーと記者(恵 知仁:鉄道ライター)が乗車したのは、個室の2号車です。
「おっさんふたりで乗る場合は、1号車のほうがいいかもしれませんね(笑)」(南田マネジャー)
高いプライベート感から、そんな言葉も。2両編成の「或る列車」は、1号車が開放的なテーブル席、2号車が個室になっており、シーンに応じて使い分けられるのも特徴です。
個室の「或る列車」2号車。
部分的に開く個室の扉。
クルーが各個室をまわり、サービスする。
この2号車の個室は福岡県の大川組子という伝統的な技術を用いてつくられており、細かい細工、部分的に開く扉といった工夫に感心していると、クルーから声をかけられ、その扉が開きます。まずドリンクです。「日向夏ジュース」をいただきます。
「濃い!」(南田マネジャー)
ちなみに「或る列車」はフリードリンクで、2017年4月と5月のドリンクメニューは以下の通り。九州のドリンクが多くそろえられています。また以下、メニューの内容は2017年4月と5月のものです。
・スパークリングワイン(宮崎:都濃ワイン)
・白ワイン(宮崎:都濃ワイン)
・赤ワイン(宮崎:都濃ワイン)
・コーヒー(東京:堀口珈琲)
・紅茶(福岡:星野製茶園)
・緑茶(長崎:北村製茶)
・日向夏ジュース(宮崎:サンA)
・ミネラルウォーター(大分:MYMウォーター)
「食べ過ぎないで」 スイーツだけではない「或る列車」
「或る列車」は「スイーツのコースを楽しむ旅」ですが、乗車にあたって「お食事をお控えいただくか、軽めの食事をおすすめします」という注意書きがあります。スイーツ3品、ミニャルディーズ(お茶菓子)に加え、軽食も提供されるためです。
この「或る列車」では、「世界のベストレストラン50」にてアジア最高の世界8位に輝いたという東京・南青山のレストラン「NARISAWA」のオーナーシェフ成澤由浩さん監修で、九州各地の旬の食材を使用したスイーツ、軽食が提供されます。
「或る列車」の軽食。手前にスープ。
2017年4月と5月の軽食「うららかに」。
ピンで一部を開けられるなど、細かい工夫がある個室。
軽食はスイーツの前にいただきます。このとき提供された軽食「うららかに」と、あわせて用意された温かいスープ「大地」の内容は以下の通りです。2017年4月と5月のメニューは「風薫る」がテーマになっています。
●NARISAWA“bento”「うららかに」
・福岡県長崎県あさりと大分県フキの炊き込みご飯
・九州産牛肉の時雨煮と大分県筍、木の芽の香り
・大分県関アジの炙り、春野菜のサラダ仕立て
●スープ「大地」
・大分県おおいた冠地どりのつくねとスープ、佐賀県自然薯の団子とともに
郷土の味覚が盛り込まれた駅弁は多いですが、衛生上の理由から、そこに刺身を入れるのは困難です。そのため、旅先ではなるべくその土地のものを食べるという南田マネジャーは、スーパーで地魚の刺身を買って楽しむこともあるそうですが、「或る列車」は車内で関アジ登場。「素晴らしい!」と、「鉄道旅の達人」らしい感想が聞かれました。
ご当地メニューや旬のフルーツなど、旅先でその土地の味を探しながら楽しむ鉄道の旅。「鉄道が好きな人は昔からしていましたが、『或る列車』のような列車の登場で、そうした鉄道の旅の間口が広がりましたね」と南田マネジャーは話します。
「こうした列車により、『鉄道』は『旅客(移動)』『物流(流通)』に加え、『エンターテインメント』になったと思います。『映画』『お芝居』『鉄道』と並ぶのではないでしょうか」(南田マネジャー)
南田マネジャーは特にスープが気に入ったようで、日田へ向かって快調に走る列車に対し「そんなに急がないで!」と、嬉しい悲鳴を上げていました。
葉っぱがまかれたスイーツ いきなり立ち上がる南田マネジャー
軽食をいただいたのち、スイーツの登場です。
一品目はカクテルスイーツ「端午の節句」。大分県産よもぎの蓮根もちと大分県産菖蒲の香りの葛ソースで風味豊かなカクテルに仕上げたといい、そうした説明や、シェフがここを工夫しているといったことを、クルーがひとつひとつ教えてくれます。グラスに菖蒲の葉がまかれているのもニクい演出です。
一品目のカクテルスイーツ「端午の節句」。
本格レモンティーに南田マネジャーは興奮。
なぜか突然立ち上がった南田マネジャー。
そうしたなか突如、南田マネジャーが立ち上がりました。
「由布岳が見えてきましたよ!」(南田マネジャー)
「或る列車」大分コースが運行される久大本線は途中、温泉で知られる由布院を経由。そのシンボル的存在で、「豊後富士」とも呼ばれる由布岳が車窓に現れるのです。
そして車内放送で、由布岳の案内が始まりました。それより早く反応した南田マネジャー、さすがです。こうした列車では、料理やスイーツに街中のレストランでは得られない「移り変わる車窓」「旅情」というスパイスが加わります。
お皿が車内に模様をつくり出す?
スイーツの二品目はスープスイーツ「茶摘み」。「抹茶と黒糖のハーモニーが大人の味」という南田マネジャーは、あることに気づきます。スイーツが盛り付けられたガラス皿の下、テーブルの上に模様ができていたのです。
スープスイーツ「茶摘み」。皿の下の影に注目。
食材から皿の話まで、クルーが教えてくれる。
メインスイーツ「そよ風」。
この「茶摘み」に使われた皿は瑠璃庵(長崎市)が手がけた皿で、「泡入り」という手法により、上から光が当たるとガラス内部の気泡が模様になってテーブルに映るという「光の演出」があります。「或る列車」では料理やスイーツ、大川組子などの技術を用いた内装のほか、皿にまで「匠の技」が生きていました。
続いてスイーツの三品目、メインスイーツ「そよ風」が登場。福岡県産ハチミツと熊本県産レモンが、宮崎県産のヨーグルトとネズの実でまとめられた甘酸っぱいデザートです。その作りたての冷たさが、ここが列車内であることを忘れさせようとしてきます。
車内に『或る列車』デザイナーが! 水戸岡×南田、緊急対談
進行方向左手に近代化産業遺産で或る「旧豊後森機関庫」が見えてくると、まもなく豊後森駅に停車。ここではドアが開き、ホームへ降りることができます。
車窓に現れた、時代の経過を感じさせる外見の「旧豊後森機関庫」。
豊後森駅ホームからも「旧豊後森機関庫」が見える。
豊後森駅には15分停車。
「ゴールドだけど成金的だったり、派手だったりしない……。ステッカーを使ってない……。細工が細かい……」(南田マネジャー)
再び車両を外から眺めながら、感心する南田マネジャー。するとこのあと何と、そのデザインを生み出した本人に会うことができました。今回の「或る列車」はメディア向けの試乗列車で、デザインを担当したドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治さんも乗車していたのです。
水戸岡鋭治さん×南田裕介マネジャー、「或る列車」車内で「或る列車」を語る
南田「コースをいただいて思ったのですが、容器にプラスチックが使われていませんね」
水戸岡「それは許されません。グラスの滑り止めといった仕方がない部分を除いて、石油製品は使っていません」
南田「甘いものを堪能できたというより、とにかく『おいしかった』という印象です」
水戸岡「『甘い』で終わってはいけません。日本は最高の食文化の国です。『物語』がないといけません」
「或る列車」のトイレ部分。座席とは別の空間が作られており、南田マネジャーは特に感心していた。
南田「『或る列車』について、『ここは会心』という部分はありますか?」
水戸岡「難しいですけれど、『感動と楽しさが詰まっている』がテーマです。そのために、温もりのある自然素材をふんだんに使って、古今東西の様式を曼荼羅(まんだら)のように組み合わせてデザインしました。そうすると、インドのような、和のような、空間としては和が見えながらインターナショナルなものになり、時代を超えて残る普遍性が生まれ、大人、子供、世界の人が納得します。そして手間暇をかけることで、感動が生まれます。こうしてつくられた『舞台』でサービスクルーが『演技』することによって、『或る列車』というひとつの『物語』が完成するのです」
壁の装飾(右)が通路を挟んだ向かい側の壁に映り込む。
ミニャルディーズ「木漏れ日」。
車内で提供したお茶や列車のグッズなども販売している。
また南田マネジャーは、1号車にある壁の装飾が反対側の壁に映り込んでいることに気づいたと、水戸岡さんに“報告”。水戸岡さんから「そうした“気づき”が大切です」と返され、上機嫌でした。
「或る列車」は「水戸岡デザイン」ひとつの集大成
南田マネジャーは水戸岡さんについて「21世紀の鉄道に革命を起こした人」といい、誰にもマネできないひとつの集大成がこの「或る列車」だと話します。
「通勤車両から特急車両、ラグジュアリーな車両まで、すべてそれぞれのところで、それぞれに妥協がありません。こだわり、手間暇、気配りがされていると特に感じます」(南田マネジャー)
また南田マネジャーは「水戸岡さんの車両は鉄道の教科書に載ります。1000年後の評価は、頼朝、秀吉レベルです。僕が財務大臣だったら紙幣にします! 水戸岡さんは辞退されるでしょうけども(笑)」とも。
豊後森駅を発車すると、ミニャルディーズ(お茶菓子)の「木漏れ日」が運ばれてきました。「或る列車」という“物語”は、まもなく終幕です。
「或る列車」、その料金は? スーパーへ吸い込まれる南田マネジャー
「着いちゃった! マジかー。あっという間だ……」
そう嘆く南田マネジャーを乗せた「或る列車」は定刻12時07分、大分駅から2時間少々で「小京都」や「天領」などと形容される日田に到着。後ろ髪を引かれる思いで下車すると、南田マネジャーはもうひとつ、あることに気がつきました。ホームが変なのです。「或る列車」のデザインによって、「黄金色の波」がホームに生まれていました。
「鉄道車両が細分化し、発展し……。昭和世代からすると、この時代に生きているのが幸せですね。次はどんな列車が登場するのか、まだまだ楽しみです」
1974(昭和49)年生まれという南田マネジャーはそうしみじみと語ったのち、「或る列車」に別れを告げると、日田駅前にあるスーパーへ吸い込まれていきました。鉄道旅における楽しみのひとつ、立ち寄ったその土地の味。「或る列車」に刺激され、旬のご当地フルーツやスイーツを探しに行ったのかもしれません。
終点に日田駅に到着した「或る列車」。
「或る列車」でホームが不思議なことになっている日田駅。
博多駅と由布院駅方面を結ぶJR九州の特急「ゆふいんの森」。水戸岡さんのデザイン。
この「或る列車」大分コースは2017年9月18日(月・祝)まで、週末を中心に大分~日田間での運転。乗車にはこの列車の旅行商品へ、10日前までに申し込む必要があります。通常の列車のようにきっぷを買って利用することはできません。
大人1名の旅行代金は、2名から4名で利用する場合は2万4000円。1名の場合は3万円からから3万6000円です(基本プラン)。「或る列車」片道乗車と、ドリンクを含むスイーツコースが含まれます。全車禁煙で、10歳未満は乗車できません。
JR九州の担当者によるとすでに予約が多く入っているものの、列車によってはまだ席を確保できるほか、直前にキャンセルが出る場合があるため、こまめにチェックしていれば乗れることがあるそうです。また運転日など上記の内容はJR九州が企画、実施する分のもので、ほかの旅行会社が設定する旅行商品で運転される場合もあります。
ちなみに、「或る列車」の平均乗車率は約9割。200組以上のリピーターがいるそうです。
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