地下鉄駅のバスターミナルが始発の「村行きバス」、車両は…
愛知県にふたつある「村」のひとつ、飛島村。名古屋港の西側に位置するこの村に鉄道はなく、村へのアクセスとして飛島村地域公共交通活性化再生法定協議会が路線バス「飛島公共交通バス」を運行しています。このうち、名古屋市内と村を結ぶ路線が「名港線」です。
名港線の始発地は、名古屋市営地下鉄の名古屋港駅に併設されたバスターミナルです。朝の7時台には、市交通局の路線バスが次から次へと通勤客を運んでいきますが、そのなかで1番線に入ってくるグリーンのラッピングが施された飛島公共交通バスは、異彩を放っています。
なぜなら使用車両が日野「セレガ」なのです。何百kmも走る路線に使われる高速バス車両ですが、この路線の目的地はわずか10km先の飛島村。せいぜい30分強で終点に到着します。停留所に到着したバスには地下鉄からの乗り換え客が押し寄せ、あっという間に席を埋めていきました。なお、名港線ではいすゞ「ガーラ」も使われています。
高速バス車両が使われる飛島公共交通バス名港線。運行は三重交通に委託されている(OleOleSaggy撮影)。
バスはほどなくして発車。座席の高さが一般的な路線バスよりはるかに高く、横を走るクルマを見下ろせるだけでなく、座席にはリクライニングもついて、足を伸ばすこともできます。やがてバスは名古屋臨海高速鉄道(あおなみ線)の高架沿いを進み、金城ふ頭に入ると、車窓には遠くにテーマパークの「レゴランドジャパン」と「リニア・鉄道館」が。しかしバスはそのような観光施設に近づくこともなく、伊勢湾道の名港中央ICに入ります。このバスは高速道路を経由するのです。
高速道路では眼下に広がる名古屋港、降りた先の光景は
名港中央ICの坂を登ると、そこは名古屋港を跨ぎ越す橋脚群「名港トリトン」の一翼をなす「名港西大橋」の上です。1985(昭和60)年に一般道路として先行開業した名港西大橋は、高さ38mのカーフェリー「いしかり」が余裕をもって下をくぐれる高さが確保されており、バスの車窓からは名古屋港を一望できます。
もっとも、この眺めは早々に終わります。次の飛島ICで降りるので、高速道路を走行している時間は5分もありません。
飛島村内の工業地帯を走る名港線(OleOleSaggy撮影)。
高速道路を降りると、5分前までとはうって変わって、工業地帯の景色が広がります。ここは飛島村の一画を埋め立ててできた「飛島ふ頭」と呼ばれる一角で、三菱重工、三菱自動車、トヨタ、中部電力、UCC上島珈琲といった有名企業の工場が並びます。人口4000人少々の飛島村ですが、昼間の滞在人口はなんと1万4000人にも上り、なかには岐阜や静岡などから通勤する人もいます。
名港線は、そんな飛島ふ頭の企業に勤める人の重要な足となっています。飛島村も一律運賃500円のうち250円を補助しており、ほかの自治体のバスでは考えられない乗り心地と運転頻度を保ち続けているのです。
南北に長い埋め立て地でこまめに通勤客を降ろしたバスは、埋め立て地の北にある転回場に入っていきます。ここは公民館分館バス停。名港線は朝の一部の便を除くとほとんどがここから名古屋港方面に折り返していきます。
そしてここは、飛島公共交通バスのもうひとつの路線「蟹江線」の始発点でもあります。こんどは蟹江線で飛島村役場方面へ向かってみます。
蟹江線で「日本一リッチな村」の中心部へ
蟹江線の車両は名港線とは異なり、一般的な路線バス車両(いすゞ「エルガミオ」)です。公民館分館を出発すると、小さな橋を渡った先に水田が広がります。道は狭くなり、軒先には年季の入ったホーロー看板が目立つように。この周辺が江戸時代中期に造成された本来の「飛島村(飛島新田)」です。
名四国道(国道23号)を越えると、飛島村役場が見えてきます。公民館ホールや体育館を併設しているほか、さらに隣接してウォータースライダー付き温水プールのある「すこやかセンター」や、堅牢な防災タワーを備えた学校も立つなど、田んぼのなかにあってこの一帯だけ一種威容を放っています。役場駐車場の隅にあるバス停では、多くの人が乗車を待っていました。
蟹江線は一般的な路線バス車両で運行される。左は飛島村役場(OleOleSaggy撮影)。
この飛島村は「日本一財政が豊かな村」なのです。工場の固定資産税といった収入により、現在の財政力指数(収入/支出)は2.01と、収入が支出の倍以上ある状態で、ほかの市町村を大きく引き離しています。
その豊かな財源は至るところで活用されています。「18歳まで医療費無料」「中学生は希望者全員がサンフランシスコで研修」「三波春夫に頼んで『飛島音頭』を作ってもらった」など、「金持ち」エピソードは枚挙に暇がありません。乗車したバスも、いずれも比較的新しく手入れが行き届いた車両ばかりでした。
空いた土地を開発できない? 飛島村の悩みとは
しかし、財政的に豊かな飛島村にも課題はあります。村域のほとんどが、新たな建築が制限される「市街化調整区域」か、農地・工業用地なのです。このため、村内に大きな病院やスーパーもなく、これからの新設も難しいでしょう。村民の移動は、ほとんどが村外方向(蟹江、弥富方面)ということになります。
名港線と蟹江線の乗り換えポイント、公民館分館バス停(OleOleSaggy撮影)。
もともと飛島村と隣接する蟹江町のあいだでは、三重交通が路線バスを運行していましたが廃止され、2009(平成21)年、その代替として飛島公共交通バス蟹江線が運行を開始しました。名港線も、もともと別会社が一般道経由で運行していたところ、蟹江線とともに飛島公共交通バスとして再編され、現在の運行形態となっています。
このほか、同時期に「飛島コミュニティバス」も誕生しています。役場を中心に4系統が設定され、村内にくまなく路線網を広げていましたが、営業成績は通年で「利用者数225人、運賃収入30万円」と低迷。利用者からは「とにかく蟹江方面への接続を強化してほしい」との要望が多く、最終的には蟹江線を増便する形で、コミュニティバスは2015年に廃止されました。
蟹江線はその後、経由地の増加などが功を奏して乗客数の大幅増に成功し、いまでは名港線を上回っています。しかし現在も、村内で完結する乗車はほとんどないそうです。
【地図】高速道路も経由する飛島公共交通バスのルート
名港線と蟹江線のルート概略。名港線は高速道路を経由、蟹江線とは公民館分館バス停で接続する(国土地理院の地図を加工)