やけど防止の板でふさがれた座席の下
この季節、電車の席に座ると足元がポカポカと暖かくなることがあります。これは座席の下に、電気をニクロム線に通して暖める電気ストーブのような構造の「シーズヒーター」という暖房が組み込まれているためです。
ケコミ板で塞がれた座席の下。このなかにシーズヒーターが組み込まれている(児山 計撮影)。
ニクロム線はヒーターパイプで覆われていますが、直接触ったり荷物が当たったりすると、やけどや破損の危険があります。そのため、座席の下は「ケコミ板」という穴の開いたステンレス板でふさがれています。
このシーズヒーターは細かい温度調節が苦手で、基本的にオンとオフのいずれかしか選択できません。そのためときには、ふくらはぎの辺りが猛烈に熱くなるといったこともありました。
ところが最近の新しい電車は、座席の下にケコミ板がありません。ということはシーズヒーターもないはずですが、ほんのり暖かい空気は従来の座席と同様に感じることができます。
足元にあったシーズヒーターはどこへ行ったのでしょうか。
板はないけど暖かい理由
実はシーズヒーターが全く別の場所に移ったわけではなく、座席の裏側に取り付けられるようになったのです。席に座って目線を低くすると、席の下にシーズヒーターがチラッと見えます。もちろん、体に直接触れることがないよう、シーズヒーターの部分のみステンレス板で覆われています。
片持ち式ロングシートの足元はケコミ板をなくしてスペースを拡大。荷物を置きやすくなった(児山 計撮影)。
このタイプの座席暖房を通勤形電車で採用したのは、1993(平成5)年に登場したJR東日本の901系電車(現在の209系)です。そしていまでは、通勤車両の標準的な暖房の形になっています。
ただ、使用する地域の特性や座席構造の違いなどから、209系以降に製造された車両でもケコミ板を設けたり、あるいは別の暖房装置を追加したりしたケースもあります。
ケコミ板がなくなると、足元が広くなって荷物を置きやすいというメリットがあるいっぽう、暖気が逃げやすいというデメリットがあります。そのため、JR北海道の電車など寒冷地を走る車両のなかには、従来通りのケコミ板付きの座席を使用したり、片持ち式の座席でも足元のシーズヒーターの位置を下げたりするなどの工夫がなされています。
ちなみに、かつて首都圏ラッシュの切り札として山手線や埼京線に登場した6ドア車のサハ204形は、他の車両よりドアが多い分、外気が多く入ります。そのうえ、ほかの車両よりも座席が少ないためヒーターの数も減少。シーズヒーターだけでは室内温度が保てなくなってしまいます。さらに、この車両はラッシュ時に座席を折りたたみますが、そうなると乗客の身体とシーズヒーターが直接触れてしまい危険です。
通勤形で最初に足元をすっきりさせたJR東日本の209系電車(児山 計撮影)。
JR北海道731系電車の車内。寒冷地を走るため座席の下はケコミ板でカバー。さらにドア脇の衝立てで暖気を逃げにくくしている(児山 計撮影)。
6扉車のサハ204形。座席を畳んだ状態のときはシーズヒーターを停止して、床暖房を作動させていた(児山 計撮影)。
そこで、サハ204形では通常のシーズヒーターのほかに床暖房を設置。これにより暖房能力を補い、座席下のシーズヒーターは座席の収納時にはオフにしていました。
軽量化で「移転」した新幹線の暖房
新幹線では、高速運転を行うため可能な限り軽量化を図っています。そのため座席下のシーズヒーターも付いていません。
新幹線の座席にはヒーターが付いておらず、床下のヒートポンプから壁にある排気口に暖気が流れるようにしている(児山 計撮影)。
新幹線の空調は床下にある大容量のヒートポンプで行い、荷棚の下にある吹き出し口から冷気と暖気を出しています。床下から温度調節した空気を排出する際、冷たい空気は上から下へ、暖かい空気は下から上に流れてしまうので、吹き出し口をどこに設置するかは快適性に大きく影響します。
通勤型電車の空調はかつて、冷房はおもに屋根上に設置。暖房は座席下のシーズヒーターというように、設置場所と役割を分担していました。そのころの冷房もシーズヒーターと同様、オンとオフくらいの制御しかできず、きめの細かい温度設定はできませんでした。
しかし最近では、屋根上の冷房装置は冷暖房両方の機能を持つエアコンに変わり、インバーター制御で1度単位の細かな温度設定が可能となりました。つまり、シーズヒーターがなくても車内を暖めることは可能ですが、暖かい空気は下から上に流れるため、車内全体を効率よく暖めるには足元の暖房も有用ということで、シーズヒーターと並行で使われているのです。
車内をうまく保温しつつ、なおかつ空気の流れを最適化するために、空調装置も日々進歩しています。
外部リンク