千葉の芝山鉄道が「日本一」のはずだが…
運営する鉄道路線が最も長い鉄道事業者は、関東や甲信越、東北地方にネットワークを広げるJR東日本です。会社要覧(2017~2018年)によると、営業キロは69線区延べ7457.3km。世界最長の鉄道路線であるシベリア鉄道(約9300km)の8割の距離があります。
かつて「日本一短い鉄道事業者」だった和歌山県の紀州鉄道(2012年1月、恵 知仁撮影)。
それでは、営業路線が最も短い鉄道事業者はどれでしょうか。ケーブルカーやモノレールなどの特殊な鉄道を除くと、かつては和歌山県の御坊市内を走る紀州鉄道が日本一短い鉄道事業者でした。営業キロは御坊~西御坊間の2.7km。ちょっと頑張れば歩いて行ける程度の距離しかありません。
しかし、いまから15年ほど前の2002(平成14)年10月27日、千葉県成田市の東成田駅と芝山町の芝山千代田駅を結ぶ芝山鉄道が開業。営業キロは0.5km短い2.2kmで、「営業キロが日本一短い鉄道事業者」の称号を紀州鉄道から奪い取りました。
しかし実は、芝山鉄道より営業キロの短い鉄道事業者が存在します。その事業者の名は「和歌山県」。和歌山県内にある鉄道のことではありません。和歌山県という地方公共団体が「日本一短い鉄道事業者」なのです。
芝山鉄道の開業直前に一部廃止
和歌山県の鉄道が開業したのは、1956(昭和31)年5月6日のこと。同じ日、南海電鉄が和歌山港へのアクセス路線として和歌山市~久保町~和歌山港間の2.3kmを開業していますが、このうち久保町~和歌山港間の1.5kmは和歌山県が建設して線路を保有。南海電鉄が和歌山県から線路を借りて列車を運行するようになりました。
南海和歌山港線の和歌山港駅で発車を待つ特急「サザン」。和歌山港線は一部を除いて和歌山県が線路施設を保有している(2006年12月、草町義和撮影)。
それから15年後の1971(昭和46)年3月6日には、フェリー乗り場の移設に伴い和歌山港駅が築港町駅に改称。同時に築港町駅から新しい和歌山港駅を経て水軒駅まで延伸されています。この区間も和歌山県が建設し、南海が列車を運転しました。
こうして和歌山港線の営業キロは和歌山市~水軒間の5.4kmになり、このうち久保町~水軒間の4.6kmを和歌山県が保有。1987(昭和62)年4月には鉄道事業法が施行され、久保町~水軒間は和歌山県が線路を保有してほかの鉄道事業者に貸し付ける「第三種鉄道事業者」、南海電鉄はほかの鉄道事業者から線路を借りて列車を運行する「第二種鉄道事業者」になりました。
ところが、和歌山港~水軒間の2.6kmは利用者が少なく、2002(平成14)年5月26日に廃止。和歌山港線の営業キロは和歌山市~和歌山港間の2.8kmになり、和歌山県の線路保有区間に限ると久保町~和歌山港間の2.0kmに短縮されてしまいました。
ネットワークに取り込まれて「日本一」見えにくく
この結果、和歌山県の鉄道は紀州鉄道より0.7km短くなり、「日本一短い鉄道事業者」の座を「獲得」しました。その5か月後には芝山鉄道が開業しましたが、営業キロは和歌山県の鉄道より0.2km長く、実は「日本一短い鉄道事業者」ではなかったのです。
和歌山港線は和歌山県が保有している区間も含めて南海の路線の一部になっているため、今も芝山鉄道が「日本一短い鉄道事業者」といわれることがほとんどだ(2002年11月、草町義和撮影)。
ただ、実際は芝山鉄道が「日本一短い鉄道事業者」といわれ続けています。
和歌山県の営業キロは芝山鉄道より確かに短いですが、列車を運転しているのは先に述べた通り南海電鉄。駅や列車内でも、和歌山県が線路を保有している区間も含めて南海の和歌山港線として案内されています。実質的には150kmに及ぶ南海電鉄のネットワークの一部になっているため、「日本一」が影に隠れた格好になっているともいえます。
なお、南海電鉄と和歌山県の境界点だった久保町駅は2005(平成17)年11月に廃止され、今は「県社分界点」と呼ばれています。和歌山港線のほかの中間駅も同時に廃止されたため、和歌山県が保有している駅は終点駅(和歌山港)のひとつだけです。こうしたことも、和歌山県の存在を見えにくくしているのかもしれません。
【写真】案内に「和歌山県」の文字はなし
和歌山市駅の駅名標と案内板。和歌山県ではなく南海の路線として和歌山港線の乗り換え駅であることが案内されている(2006年12月、草町義和撮影)。