「刃物の持ち込み」について明確に規定
政府は2018年7月20日(金)、東海道新幹線車内で起きた殺傷事件を受けての緊急対策を発表しました。
6月9日夜の事件発生当初から、政府は内閣危機管理監を中心として、国土交通省、警察庁と共に局長級の会議を持ち、警戒警備の強化について協議してきました。これまでもJR東海をはじめとして関係者が、個々に対策を発表することはありましたが、政府による対策の発表は事件後初めてのことです。
殺傷事件は新横浜~小田原間を走行中の東海道新幹線「のぞみ265号」で発生。写真はイメージ(2017年11月、恵 知仁撮影)。
国土交通省鉄道局は、他人に危害を加える刃物を持ち込ませないことを狙いとした、法令や規則の改正を行います。列車内への刃物持ち込みについては、128年前(1890〈明治23〉年)に制定された鉄道営業法や、その後に定められた鉄道運輸規程における「他に危害を及ぼす恐れのある物品」に関連しますが、明確な規定はありませんでした。そこで鉄道局は今回、「適切に梱包されていない刃物の類の持ち込み」を規制する方針です。
明確に規定することにより、警察官だけでなく乗務員も、従わない乗客を次の駅で強制的に降ろすことが可能になります。また、改正の効力は新幹線だけでなく、在来線や地下鉄などすべての鉄道に及ぶため、改正前に国民から意見を集める予定。梱包された刃物や、職業上必要な持込など、鉄道の利便性をいかにして損なわないようにするかが焦点です。
また新幹線では、事態へ対応する乗務員のために、催涙スプレーや強化プラスチックの盾、防刃ベストなどを配備。乗客、乗務員の負傷を想定した止血バッドなどの応急手当品も用意します。医療用品は、これまでも新幹線車内に備えられていましたが、体調不良になった場合を想定したものでした。
事件の当事者となったJR東海では、こうした装備追加の取り組みについてすでに発表されていますが、国交省鉄道局は「あらゆる新幹線で効果のあることをやってもらうよう指導する」と話します。新幹線を運行するJR5社でノウハウを共有し、それを全国の新幹線に拡げていくことが、今回の緊急対策の大きな目的です。
「警察官の制服」を効果的に使う
新幹線車内防犯カメラの映像を、列車外の指令所と自動的に共有できるシステムの開発にも着手。リアルタイム映像を共有し、車内における乗務員の対応を支援するためです。また防犯カメラのリアルタイム映像を、現在の運転室や車掌室だけでなく、巡回担当者のスマートフォンでも確認できるようにするなど、同時に多くの関係者が共有できることを目指します。
そして国交省鉄道局は鉄道事業者に対して、警備員による列車内の巡回のほか、巡回と警備を目的とする社員の乗車も求め、自主警備の強化を図ります。
また警察庁は、警察官などが警戒を目的に列車へ乗り込む「警乗」について、抑止効果を高めるため、次のことに取り組みます。
第一に、効果的な警乗の実施です。より多くの人に警察官が車内を巡回していることがわかるよう、制服で警乗させます。これまでも警察では鉄道警察隊が、スリやチカンといった犯罪摘発などのために乗車することはありましたが、私服が中心でした。「安心感を与えられるように、制服を効果的に見せていく」と警察庁は考えています。
そして、新幹線の乗員にも警察官の警乗がわかるように情報を連携を強化して、車内で事件が起きた時の対処能力を高めます。警察官が乗っていることを乗員が事前に知っていれば、より効果的な事件対処が期待できるからです。ただ、警乗のための隊員の増員は考えられていません。
あわせて全国の警察は鉄道事業者に対して、新たに導入する防犯・護身用具や、事件でも使われたシートの座面を使った対応訓練を合同で実施します。
手荷物検査は先送りに
国交省鉄道局は乗客に対し、事件に遭遇したら「まず非常ボタンを押して、状況をしらせてほしい」と呼びかけます。またJR九州は新幹線で、全国に先駆けて「車内では各車両の自動ドア上部に設置しております非常ボタンを押して、乗務員にお知らせください」というアナウンスを流していますが、こうした非常ブザーの設置場所や、事件発生時に乗客がとるべき行動を案内することを、鉄道事業者へ求めます。
九州新幹線800系の車内。自動ドアの上、電光掲示板の右側に非常ボタンが用意されている(写真:JR九州)。
事件発生当時、対応策として注目を集めた乗客の手荷物検査については先送りされました。駅構内での混雑を避けるため不定期に検査を実施したとしても、検査の当事者となった乗客の理解が得られにくいこと、現状では不審物を即時に識別できるような技術が確立していないこと、発車時間に間に合わない乗客に対して配慮した場合、その対応方法がSNSなどで瞬く間に拡散して検査の効力が薄れることなどが考えられるためです。
2020年に「東京オリンピック・パラリンピック」が開催されることもあり、公共交通の安全はますます重要になります。このたび公表された緊急対策は、「事件発生から1か月時点での取り組みをまとめたもので、最終形ではない」とされており、政府は今後も対策の充実を図ります。
【写真】2015年の「新幹線放火事件」で備えられた乗務員用装備
2015年6月に東海道新幹線車内で発生した放火事件後、防煙マスクや防火手袋の車内搭載が進められた。写真は訓練時のもの(2017年11月、恵 知仁撮影)。