京急が10駅に副駅名を設定
「副駅名」は本来の駅名に追記する名称です。駅周辺の施設などを表記する事例が多く、鉄道路線の利用者にとっては分かりやすくなります。
東京メトロの二重橋前駅は「丸の内」という副駅名が付けられている(2018年3月、中島洋平撮影)。
京急電鉄は2020年に4駅を改称するのに加え、10駅に副駅名を設定すると発表しました。鮫洲駅(東京都品川区)に「鮫洲運転免許試験場」、大森海岸駅(同)に「しながわ水族館」、京急鶴見駅(横浜市鶴見区)に「大本山総持寺」、日ノ出町駅(同・中区)に「野毛山動物園」、追浜駅(神奈川県横須賀市)に「横須賀スタジアム」、汐入駅(同)に「横須賀芸術劇場」などです。これらの駅は、付近の施設名が副駅名に採用されました。
鮫洲運転免許試験場では自動車運転免許の取得、更新や免許停止処分者の講習などが行われています。鮫洲にあることから、この施設そのものが「鮫洲」と呼ばれることも。「鮫洲で運転免許更新してくる」という具合です。京急の鮫洲駅とは直感的な結び付きがあり、納得できる人も多いことでしょう。
「しながわ水族館」「野毛山動物園」「大本山総持寺」「横須賀スタジアム」などは、施設そのものの知名度は高いといえます。しかし、地元の人以外ですぐに最寄り駅を言える人は少ないかもしれません。副駅名の採用によって、そこへ行くまでの交通手段を連想しやすくなりました。とても便利ですね。
また、2020年3月に駅名そのものを変更する4駅は、大師橋駅(川崎市川崎区)が「産業道路」、花月総持寺駅(横浜市鶴見区)が「花月園前」、京急東神奈川駅(同・神奈川区)が「仲木戸」、逗子・葉山駅(神奈川県逗子市)が「新逗子」というように、改称前の駅名が副駅名に使われます。新しい駅名に耳慣れない人も、副駅名に旧駅名が残っていれば安心できます。
駅名変更より低コストで、わかりやすく
このように、副駅名の第一の目的は「分かりやすさ」です。分かりやすいというなら、駅名そのものを変更したほうが良いとも言えそうです。しかし、大森海岸駅を「しながわ水族館駅」にすると、地元の人々は「ここは水族館だけの街ではない」と思うかもしれません。また、「大森海岸駅前店」など駅名を冠した店舗や案内地図は「しながわ水族館駅前店」への変更が迫られます。施設と駅の位置が離れていると、駅前か水族館前か、立地が曖昧になってしまいます。
副駅名「横須賀スタジアム」が追加される追浜駅の駅名標イメージ(画像:京急電鉄)。
副駅名の傾向は「駅名は地域を表し、副駅名は施設を表す」と考えて良さそうです。もちろん例外もあります。たとえば埼玉新都市交通ニューシャトルの鉄道博物館駅(さいたま市)です。副駅名が「大成」となっていて、駅名が施設、副駅名が地域です。この駅はもともと大成駅でしたが、鉄道博物館の開業と同時に鉄道博物館駅へ改名しました。地元からは大成駅の名称存続が要望されたため、副駅名として大成が採用されました。しかし、2019年2月6日(水)、筆者(鉄道ライター・杉山淳一)が「鉄旅オブザイヤー」授賞式の取材で鉄道博物館へ出掛けたときは、駅名標や車内放送から「大成」が消えていました。副駅名の存在感が薄くなっているようです。
駅名変更も副駅名も、鉄道路線の利用者に分かりやすさを提供する取り組みです。影響力は駅名変更のほうが大きくなります。
しかし、副駅名にもメリットがあります。それは、駅名変更よりも低コストであることです。駅名変更の場合は駅構内の掲示物を変えるだけではなく、車両内の駅名表示システム、路線図、駅周辺の「○○駅前」と名乗る施設、駅名を表記している近隣他社の鉄道路線図、市販の地図や時刻表などに波及します。特にIC乗車券を採用している場合、提携先のIC乗車券システムの改修も必要となります。
これに対し、副駅名の場合は、最小限で駅の掲示物の変更だけで済みます。該当する駅以外では、掲示物をリニューアルするまでは副駅名を書いたシールを貼って対応する事例もよく見かけます。ほかの鉄道会社や駅周辺の企業にとっては、駅名変更ではないため副駅名の追加まで従わなくて良いですし、またIC乗車券システムの改修も不要です。駅名変更より副駅名の設定のほうが手軽で、短期間で変更しても「駅名変更」ほど大きな影響を与えません。
副駅名は「広告」として販売できる
副駅名は駅名変更より手軽に追加、変更できます。その利点から、鉄道会社にとって新たなビジネスも生まれました。「副駅名称広告の販売」です。東武鉄道は2016年1月27日から副駅名広告の販売を開始。第1弾として、東上線の東武練馬駅(東京都練馬区)に「大東文化大学前」、高坂駅(埼玉県東松山市)に「大東文化大学東松山キャンパス前」、霞ヶ関駅(埼玉県川越市)に「東京国際大学前」の副駅名が誕生しました。
副駅名広告は施設に広告主のブランドを追加する命名権(ネーミングライツ)のひとつといえます。「副駅名」と「副駅名広告」の違いは、京急電鉄が2019年1月25日に発表した駅名変更、副駅名採用に関する報道資料で明確に説明されています。
「『副駅名標』とは、公共性・公益性の高い施設や、名所旧跡等の認知度向上およびお客様の混乱を回避すること等を目的に、京急電鉄が駅看板の一部に無償で表記するもの。」
「『副駅名称広告』とは、駅看板の一部に地元の企業・学校・商業・行政施設・観光名所・病院など、当該施設の最寄り駅が分かりやすくなり、地元に親しまれる鉄道を目指すことを目的に京急電鉄が販売しているもの。」
京急電鉄は2013(平成25)年から副駅名称広告を販売しており、梅屋敷駅(東京都大田区)に「東邦大学前」、穴守稲荷駅(同)に「ヤマトグループ羽田クロノゲート前」の副駅名広告が付けられました。京急電鉄の副駅名広告は、駅の利用者や広告価値によって5段階の料金が設定されており、1か月あたり30万円から60万円となっています。
ローカル鉄道の支援策に?
2015年12月、銚子電鉄が7つの駅について命名権を販売し話題になりました。このときは本駅名に追記する形ではなく、正確には駅名愛称の販売です。このうち笠上黒生(かさがみくろはえ)駅(千葉県銚子市)について、頭髪育毛シャンプーなどを販売するメソケアプラスが命名権を購入し「髪毛黒生(かみのけくろはえ)駅」となりました。駅構内には既存の正式駅名のほか、愛称の入った新しい駅名標が設置され、同電鉄の車内放送や路線図などにも反映されます。
銚子電鉄の笠上黒生駅は、愛称駅名「髪毛黒生」が付けられている(2018年7月、杉山淳一撮影)。
命名権は1駅あたり80万円から200万円で、契約期間は1年間。また、契約の更新については優先権が与えられます。初年度は830万円の収入になったとのこと。
ちょっと良い話として、2016年に銚子電鉄 銚子駅(千葉県銚子市)の命名権を購入したNTTレゾナントは、あえて命名権を行使しませんでした。「銚子駅の名は地域で長年にわたり親しまれている」という理由で、愛称を付ける代わりに、駅名標に同社が運営するポータルサイト「goo」のロゴを入れるだけでした。
命名権は単なる広告ではなく、地域の支援という役割もあるようです。鉄道ではありませんが、鎌倉市(神奈川県)が材木座海岸海水浴場の命名権を販売したとき、鎌倉名物「鳩サブレー」を販売する豊島屋が10年契約で購入したものの、命名していません。豊島屋が材木座海岸の名を守ったという意味で、企業イメージアップにつながっているとも言えます。
経営が厳しい地方の鉄道にとって、副駅名は新たな収入源であり、地元企業からの支援を受ける手段でもあります。今後もユニークな副駅名が登場して、鉄道会社を潤し、旅人を楽しませてくれるかもしれません。
【写真】広告とセットの「髪毛黒生」駅名標
銚子電鉄の「髪毛黒生」駅(2018年7月、杉山淳一撮影)。
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