副業「ぬれ煎餅」の収入で危機回避
しょうゆの醸造で有名な千葉県銚子市内を走る銚子電鉄。JR総武本線の終点・銚子駅から関東最東端の犬吠埼付近を通り、漁港がある外川までを結んでいます。全長わずか6.4kmのローカル私鉄ですが、あることがきっかけで全国的にでも大きな話題になりました。
犬吠埼付近の田園地帯を走る銚子電鉄の列車(2018年4月、草町義和撮影)。
2018年4月13日(金)の午後、銚子駅から外川行きの列車に乗りました。2両編成の乗客は50人ほど。そのほとんどは家路につく高校生ですが、観光客らしき客も見られます。少ない人数ではありませんが、鉄道の利用者数としては多いとはいえません。
列車は15時54分に発車。10年以上前に乗ったときは揺れが大きかったように思いましたが、今回は強い揺れを感じることはありませんでした。速度が最高でも40km/hと遅いせいもありますが、近年の車両の更新や線路の改修などで改善されたのでしょう。
終点の外川駅には16時13分に到着。列車から下りた客の何人かは、古びた木造駅舎にカメラを向けています。いまとなっては珍しいレトロ感あふれる木造駅舎で、手入れも行き届いている様子。銚子電鉄のレトロな施設自体が、銚子の観光資源のひとつになっているといえます。
銚子電鉄は利用者の減少などで、過去幾度となく経営危機に見舞われています。これまでは、たい焼きや銚子名物「ぬれ煎餅」の製造・販売など、副業の収入で鉄道の赤字を埋めてきました。
しかし、2006(平成18)年には元社長が会社の借入金を横領した事件の影響で、運転資金が不足。事件が事件だけに自治体などからの補助も受けられず、車両の法定検査を行うための費用を捻出できない状況に陥ってしまいました。
このままでは列車を運転できなくなる……銚子電鉄は同年11月、公式ウェブサイトに「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです」と題した記事を掲載。会社の危機的な状況を切々と語り、ぬれ煎餅の購入などによる支援を広く一般に呼びかけました。
鉄道会社の異例ともいえる呼びかけは、インターネットの掲示板やブログなどで話題になり、ぬれ煎餅の売り上げも急増。生産が追いつかず、一時は販売を中止するほどまでになりました。これにより車両検査費用のめどが立ち、当面の危機を脱したのです。
利用者の減少や震災で再び経営危機に
あれから12年がたち、現在の銚子電鉄はどうなっているのでしょうか。2005(平成17)年に銚子電鉄の税理士に就任し、2012(平成24)年から社長を務める竹本勝紀さんは「とにかくいろいろありました」と、目線を遠くに置きながら語りました。
平日午後の外川行き。(2018年4月、草町義和撮影)。
「稼がなくちゃ」以降、銚子電鉄は副業の収入だけでなく利用者も増えました。2005(平成17)年度の年間輸送人員が約65万4000人だったのに対し、2007(平成19)年度には約83万人に。全国的な話題になったのをきっかけに銚子電鉄を訪ねた人も多かったようです。また、伊予鉄道(愛媛県)から比較的新しい車両を購入して古い車両を置き換えることになり、経営再建に向けて順調に動き出したように思えました。
しかし、利用者の増加は一時的なものでした。2008(平成20)年度以降は再び減少。2010(平成22)年度は「稼がなくちゃ」以前よりも少ない61万7000人にまで落ち込んでしまいます。
そして2011(平成23)年度は、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故による「風評被害」の影響で50万人を割り込み、47万8000人に。鉄道の収入が減るいっぽう、安全運行のために必要な設備の更新に多額の費用が必要になり、車両の法定検査も再び迫っていました。またしても厳しい状況に追い込まれたのです。
万策尽きた銚子電鉄は、ついに自主再建を断念。2013年には銚子市などで構成される対策協議会が設置され、運賃の値上げや公的支援を条件にした経営再建計画がまとめられました。これにより、設備更新費用(10年間で約7億6000万円)のうち3分の2を国と千葉県、銚子市が補助することになりました。
現在の銚子電鉄は再建計画に基づき運営されており、再度の危機を脱しました。しかし逆に言えば、設備更新費の残り3分の1は銚子電鉄が経営努力で負担しなければならないということになります。
「日本一のエンタメ鉄道」目指す
利用者の減少はいまも続いています。2015年度の輸送人員は約38万8000人で、2007(平成19)年度の半分以下になりました。経営的にも綱渡りが続いており、2016年度は約3000万円の赤字を計上しています。
銚子電鉄線の終点・外川駅。昔懐かしい木造駅舎がいまも残る(2018年4月、草町義和撮影)。
これはJR銚子駅構内のコンビニエンスストアが駅舎の建て替え工事で一時閉店し、ぬれ煎餅の売り上げが落ちたため。竹本社長は「ぬれ煎餅は我が社にとっての“補助金”。これがないとやっていけません。あらゆる販売ルートを使って、ぬれ煎餅の売り上げを回復させるのが急務です」と話しますが、鉄道の赤字を副業の収入で埋められる程度に抑えるためには、鉄道の経営改善も必要です。
銚子電鉄は「日本一のエンタメ鉄道」をコンセプトに掲げ、観光客の誘致による鉄道の経営改善を目指しています。「沿線の人口が減っていますし、新しい切り口でやっていかなければなりません」(竹本社長)。車内をお化け屋敷に見立てた「お化け屋敷電車」を運転するなど、近年はイベント列車による増収に力を入れています。
このほか、レトロなイメージでデザインした「超レトロ電車」も導入するといいます。現在運転されている2000形電車2両×2編成のうち、1編成の外川寄り1両(クハ2501)を改装。その費用は命名権(ネーミングライツ)の販売収入でまかない、「金太郎ホーム号」という愛称が付けられました。外装はすでに完成していて営業運転を行っていますが、2018年6月中には車内もレトロ感あふれる装飾が施される予定です。
竹本社長は「イベントがない日に楽しめる企画もいろいろ考えています」とも話します。「3の倍数の日は(運転士や車掌の)敬礼を変えてみるとか(笑)。くだらないことでいいんですよ、くだらないけどお客さんが笑顔になるような、そんなことを常にやっていきたいです」。
各地のローカル線は利用者の減少による赤字経営に悩んでおり、一部の路線は実際に廃止されています。さまざまな苦難を乗り越えてきた銚子電鉄も例外ではありません。「日本一のエンタメ鉄道」というコンセプトが鉄道維持の鍵となるかどうか、今後の動きが注目されます。